2011/10/22 - 2011/11/06
22位(同エリア29件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1461冊
- クチコミ1135件
- Q&A回答73件
- 2,650,175アクセス
- フォロワー147人
「クロ・リュセ城」の見学の後、ミニバンに乗り込んでほんの2、3分でアンボワーズ市内のツーリストインフォメーションに着きました。ここでツアーは2時間後の午後1時20分まで自由行動になりました。万が一のために連絡先と集合場所の書かれた地図が配られます。最初は全員で「アンボワーズ城」に向かい、やはり他の城と同じように割引入場券を買ってドライバーさんとお別れです。今日は昨日のおじさんと違ってお姉さんのドライバーさんでした。城門を潜ると長いトンネルがあり、登りきると広い城内のテラスに出ます。芝生の広がった気持ちの良い場所です。正面に城館と左手に礼拝堂、右手は小高い丘になっていて、丸く刈り込まれた植栽が綺麗に並んでいます。テラスまでは城塞のようですが、中に建つのは城館の美しさを兼ね備えた2つの顔を持った所だと感じました。城館はフランソワ1世の居城だっただけあって豪華で美しい建物です。また狩りが好きであったフランソワの城の修道院はサン・テュペールという狩りの守護聖人が祀られていました。ここで忘れていけないのはこの修道院内の左手にはダ・ヴィンチのお墓があるということです。内部の見学が終わってテラスでくつろいでいて、ダ・ヴィンチの胸像の写真を撮った後でお墓を見ていないのに気づきました。見学の後は城下町を散歩してロワール川の河畔でピクニックしました。ホテルで準備してきたサンドイッチを頬張りながら、晩秋のロワール渓谷の眺めを楽しみました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
チケットを購入してゲートのトンネルを抜けてテラスに出ると正面に城館が現われます。ここだけ見ていると普通の平地に建つ瀟洒な城館ですが数十メートルの城壁に囲われています。建物の裏側は全くイメージの違う城塞のようです。
-
眺めの良いテラスの脇にやはり瀟洒なフランボワイヤン・ゴシック様式のファサードを持つ「サン・ユベール礼拝堂」が建っています。「クロ・リュセ城」のアンヌの礼拝堂は内部が素晴らしかったですが、ここは外観の装飾が美しいです。
-
天使が乳香の入った香炉を振る中に聖母子像が立っています。下にいる天使はアヴェ・マリアと書かれたラテン語のモットーを掲げています。
-
非常に優しい表情の美しい聖母子像です。マリアの冠にはフランス王家のフルール・ド・リスの紋章が入っています。
-
サン・ユベール(フベルトゥス)は元々は宮廷人として自堕落な生活を送っていましたが、キリストの復活前の聖週間の時期に森で狩りをしていると、枝角にキリストの磔刑像を掲げた牡鹿に出会い改心します。その場面の古いレリーフが残っていました。
-
この逸話から狩人の守護聖人とされるそうです。狩り好きのフランソワ1世の時代の建物かと思ったらシャルル8世の時代の1491年から1496年の間に建てられたそうです。
-
ステンドグラスには聖ルイと呼ばれたルイ9世の生涯が描かれています。
-
細かく見たわけではありませんが十字軍遠征の場面が数枚と聖遺物であるキリストの被った「イバラの冠」などを描いた場面もありました。ただ、古いステンドグラスでは無さそうでした。
-
この礼拝堂の1番の特色はそのピナクルと呼ばれる小尖塔部分でしょう。たくさんの牡鹿の角で周囲を威嚇しているようです。これもフランボワイヤン・ゴシックスタイルだそうですが、牡鹿の伝説とも関係していると思われます。
-
礼拝堂の脇のテラスからのロワール川の眺めは本当に美しく、こんな城壁のすぐ脇に礼拝堂を建てたなとも思いました。
-
1437年にシャルル7世が城を差し押さえるとアンボワーズは歴代フランス王に愛されるようになり、シャルル7世は城の大改修を思い立ち、2人のイタリア人建築家ドメニコ・ダ・コルトナとフラ・ジョコンドを雇い入れ、フレンチ・ゴシック後期のフランボワイアン様式で改築しました。
-
アンボワーズ城の庭にはフランスで初めてイタリア風レイアウトが採用され、これがフランス式庭園(幾何学的構成の庭園)の始まりといわれます。シャルル8世の時代にはイタリア人聖職者パセロ・ダ・メルゴグリアーノが庭の設計をしたことが記録されています。
-
礼拝堂を見返えすとアンボワーズの街が広がっています。最初に見学した「クロ・リュセ城」を探しますがよく分かりませんでした。
-
フランスの庭と称えられる美しいアンボワーズは人口約12,000人の小さな町です。
純粋なフランス語を話すことで知られるトゥーレーヌ地方にある「アンボワーズ城」の城下町といった風情です。 -
次は城館の見学に向かいます。左手は城塞の崖になっているようには見えません。
-
アンリ2世と王妃カトリーヌ・ド・メディシスは自分たちの子供と一緒に、後のフランソワ2世の婚約者でスコットランド女王のメアリー・ステュアートをアンボワーズ城で育てています。またユグノー戦争中の1560年、ブルボン家の面々によってギーズ公フランソワへの陰謀が企てられました。当時ギーズ公は幼いフランソワ2世の名の下に実質的にフランスを支配していました。しかし事前にギーズ公に察知されて計画は失敗に終わります。
-
事態の収拾までには1200人のプロテスタントが絞首刑に処せられ、城壁や祝事の際に旗やタペストリーをかける鉄のフックでアンボワーズ城のバルコニーに吊るされたそうです。その死臭のために宮廷はすぐに街を出て行くことになったといわれます。そう考えると礼拝堂から見えた城壁もただ美しいだけではないと思えます。
-
城の全体像が分かる模型がありました。強固な城壁に囲まれた要塞とその上に立つ瀟洒な城館という不思議な組み合わせです。1200人を吊るすと考えると城壁を1周しそうな気がします。
-
アンボワーズに王宮が戻ることは2度となく、17世紀初めに巨大な城はルイ13世の弟オルレアン公ガストンの手に渡たりますが、ほとんど放置されていました。フロンドの乱の際には刑務所に転用され、ルイ14世の時代には失脚した大臣ニコラ・フーケとローザン公アントワーヌ・ド・コーモンもここに拘留されます。
-
フランス革命期には城のかなりの部分が取り壊され、1800年代の初めに皇帝ナポレオンが委任した技術者は城の大部分を取り壊すというものでした。ルイ・フィリップ王の統治時代に修復が始められましたが、1848年に退位すると城は共和国政府に没収されました。1873年、ルイ・フィリップの相続人に資産管理が委ねられ大規模な修復が行われますが、1940年のナチス・ドイツ侵略により、城はさらなる被害を受けました。
-
城館からはロワール川とマルシャル・ルクレール橋が綺麗に望めました。
-
「鼓手の間」
当時は王の移動に伴い家具調度品も一緒に運んでいたそうです。床のテラコッタタイルには王家の百合の紋章があしらわれています。紋章を足で踏むのは躊躇われる気もしますが、当時は問題なかったのでしょうか?家具も移動に耐える剛健な造りですが、ルネサンス風のテーブルにゴシック風の背もたれの高い椅子も見られます。タペストリーは「ダリウス1世からアレキサンダー大王へのオマージュ」が題材です。 -
部屋に置かれた椅子に座れるのが良かったです。当時に想いを馳せることが出来ますし、妻は休み休み見学をすることができます。
-
暖炉には火が入り、館の主は出掛けて誰もいないかのようです。脇には古材が山のように積まれてありました。暖炉の彫刻を見ていくと2人の天使が2つの紋章を掲げています。左はフランス王家の紋章で、右側は半分がフランス王家と半分がブルターニュの紋章です。清廉潔白の象徴だった白いアーミン(冬毛のオコジョ)の黒い尻尾を、ブルターニュ公国最後の公女アンヌ・ド・ブルターニュがブルターニュの紋章にしました。
-
「国家の間」
日本の参勤交代のように妻を伴って数か月滞在を要求された領主たちを供宴した場所です。一番有名なのはダ・ヴィンチによって考案されたフェスタ・デル・パラディソという青い布と燭台を使って天体の運行を巧妙に仕掛けた供宴だそうです。 -
暖炉で燃やされる古材や丸太はよく乾燥しているのでパチパチと乾燥した音を立てています。ここで1日火の番をしていても良いなと思いました。
-
広間の柱にもフランス王家(ブルボン家)のフルール・ド・リスとブルターニュの紋章が交互に彫られ、天井のキーストンにも紋章が彫られています。当時の政略結婚の意味が少しわかったような気がします。
-
城によって花のセンスが違うのが面白いです。一番すごかったのは最後に見学した「シュノンソー城」でした。今回の見学の順番は最後になるほど凄いお城が現われるのが良かったです。これが逆であったら違った印象が残っていたと感じました。
-
「国家の間」
大きなホールなので大きな暖炉が2つありました。こちらには火が入っていませんが、この時期では火を入れる必要も感じませんでした。パフォーマンスなのか城の保守管理上火を焚くことが必要なのか分かりませんが、見学する身からはリアリティを感じられて非常に良かったです。 -
季節外れで空いていたこともありますが、ゆっくり見学が出来るのが良かったです。この後の世界的な観光ブームは異常で、事前に見学したい場所のインターネット予約が出来ないと何時間も並ばなければならないほどでした。この当時はパリのエッフェル塔とヴェルサイユ宮殿以外は普通に見学できました。
-
「給仕係の間」
中世の脚台に代わってテーブルが使われる、時代の転換期の調度品が飾られています。壁に掛けられたタペストリーも見事なものです。 -
馬車に乗る国王はローマの皇帝のようないでたちです。馬に乗りラッパを吹く兵士の旗にはPXの文字が見えます。PXはラバルムと呼ばれるローマ帝国正規軍の紋章の1つで、コンスタンティヌス1世により制定されました。ギリシア文字のΧとΡを重ね合わせた形が特徴で、この紋章をかたどったXPの組み文字は、今日でもイエス・キリストの象徴となっています。
-
見学者も少ないので係のおじさんは窓から見える景色に目をやるばかりで振り向きもしませんでした。
-
タペストリーはル・ブランの下絵によるオービュッソンの国立工場で織られたものです。1番下の枠にAubusson(オービュッソン)の文字が読み取れます。14世紀にこの地にフランドルからタペストリーがもたらされ、タペストリー産業は16世紀から17世紀に全盛期を迎え、王立の工場の名前も与えられます。15世紀に初めてタペストリーを売る商店ができてから、オービュッソンはタペストリーの町として世界中に知られています。
-
17世紀のタペストリーとは思えない見事なクオリティで残されています。ピンクの百合の花も映えます。
-
ルイ・フィリップの書斎と寝室も残されています。時代はかなり下り19世紀のインテリアです。ルイ・フィリップはシャルル10世の退位後に思想的に大衆に支持されて18年間の治世が始まります。新憲法の宣誓を行いフランス国民の王なりますが、最後は暴動により退位を迫られ英国に亡命して亡くなりました。
-
こうして7月王政は終わり、オルレアン朝は1代で終わりを迎えました。7月王政を打倒した2月革命は諸国民の春としてヨーロッパ諸国に波及し、ウィーン体制の崩壊を招きます。また900年余り続いたユーグ・カペーに始まるカペー朝とその支流によるフランスの王政はここにその幕を閉じました。
-
インテリアは第1帝政時代の様式です。帝政様式はナポレオンのマルメゾン城の建築家であるシャルル・ペルシエとフォンテーヌの創意に富んだデザインによって広まりました。そのデザインは古代ギリシャ・ローマ時代の素晴らしい象徴や装飾からインスピレーションを得て重々しく描かれました。壁にはフランツ・ヴィンターハルターの描いたルイ・フィリップの肖像画があります。
-
最後の部屋は音楽サロンです。肖像画はルイ・フィリップの妻であるマリー・メアリー王妃と2人の息子です。ここも第1帝政時代スタイルの家具が並びます。マリー・メアリーは初代両シチリア王フェルディナント1世の娘で、スペイン王カルロス3世、神聖ローマ皇帝フランツ1世とマリア・テレジアの孫の孫でもあります。ベルギー王妃ルイーズ・マリーの母でベルギー王レオポルド2世とメキシコ皇后シャルロットの兄妹でヴュルテンベルク家始祖フィリップ、ブルガリア王フェルディナントであるスペイン王妃マリー・ド・グラースの祖母という人物です。
-
マリア・テレジアはプロイセン打倒のためにマクシミリアン1世の時代に始まる200年来の宿敵フランスと和解する必要から、娘や息子のほとんどがフランス、スペイン、イタリアのブルボン家の一族(多くはルイ15世の孫)と結婚しています。ハプスブルグ家の「戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」という家訓が思い出されます。
-
ロワール川に浮かぶのはトゥーと呼ばれる伝統的な平底の船で、中世からこの形をしているそうです。
-
10月下旬はロワール渓谷を旅するには持って来いの気候と美しい紅葉と黄葉の時期でした。
-
街に居ながらこんな景色が眺められるのですからアンボワーズは素晴らしい所です。多分ロワール川の河畔のどこも同じかもしれませんが、護岸工事されていない川辺の美しさを感じられます。
-
城館のテラスから周辺を眺めると右手には古い城壁が見えました。ここには絶対1200人のプロテスタントが絞首刑に処せられた後に鉄のフックで吊られただろうことが想像できます。
-
テラス側の建物の印象と外側の建物の印象はかなり違います。15世紀にゴシック建築が復活した一般にフランボワイアン(火焔式)と呼ばれるデザインです。フランスでは古典ゴシックの影響が強く、トレーサリーは幾何学模様のままでしたが、14世紀末から絡み合った曲線が好まれるようになります。
-
「クロ・リュセ城」のマントルピースの上にも掲げてあった王冠とフルール・ド・リスと聖ミカエル修道会の首飾りである帆立貝の紋章がステンドグラスになっていました。
-
城館の見学の後はテラスの奥の庭園の見学をします。
-
シャルル8世によって招かれたナポリの庭師ドン・パッチェロが15世紀に作った庭を現代的にアレンジした庭園もきれいに手入れがなされています。
-
可愛らしい秋の草がたくさん咲いています。
-
今回の旅でフランスの庭園の自然な植栽がとても気に入りました。もちろん幾何学的な伝統の庭も素晴らしいです。
-
芝生もきれいに手入れがされています。揃いの制服を着た若い園丁の職員の方が数名仕事をしていました。
-
ロワール川から4段に高さが統一された風景も色も揃っていてとてもきれいです。もう少し葉が落ちると一番奥に見える緑色のヤドリギだけが残ります。そうするとこの辺りにもクリスマスがやってくるのでしょう。
-
これだけ美しい川辺なのにロワール川をクルーズするエクスカーションはあまりないようです。しかし護岸されていない川辺の美しさは言葉になりません。
-
庭園側からの城館の眺めはまた違った印象を感じます。時間があったらスケッチをしたいところです。
-
最初に見た「サン・ユベール礼拝堂」もきれいな姿を見せています。
-
遠くから眺めると丸い球の連続に見えましたが近くで見ると茶畑のようでした。
-
これでは静岡の妻の実家の庭先と同じ風景です。茶畑の先には駿河湾が見え、北側の玄関を開けると目の前に富士山が見えます。
-
彼らがこの庭を手入れしていた園丁の職員さんです。とてもやりがいのある仕事だと思います。同じ仕事でも日本だとあまりかっこよく見えない気がします。
-
陳腐な例えですが高台にある「天空の庭園と城館」といった雰囲気です。
-
シンフォリカルポスが綺麗に白い花をつけていました。日本ではスノーベリーと呼ばれる花です。
-
名前は分かりませんが、沢山の山野草が植えられています。
-
中庭にあったレオナルド・ダ・ヴィンチの胸像です。これを見ていて思い出しました。この城にダ・ヴィンチの墓があったということを。
-
危ないところでダ・ヴィンチの墓参りをしないで表に出てしまうところでした。
-
そうこのお墓です。最初に入った「サン・ユベール礼拝堂」の中にあったのです。危うく見逃して帰ってしまうところでした。礼拝堂に入った左側奥にひっそりと埋葬されています。真新しい白ユリの花が供えられていました。
-
これで思い残すことはありません。もう一度礼拝堂の中を見学して表に出ます。
-
今回沢山の古城を見学しましたがどこも個性的で常に新しい発見があってとても楽しめました。今回行けなかったお城は数多くあるので、また機会を見てロワールの古城巡りをしたいと思いました。
-
周辺の景色も見たいので時間を残しつつ「アンボワーズ城」を後にしました。ロワール川のレベルから考えると数十メートルの高低差があることが分かります。
-
城の周辺のアンボワーズの町を散歩してみます。観光客がたくさんいましたが、特に中国の人が多かったです。これ以降ヨーロッパを旅していて中国の団体さんに出会わないことはありませんでした。地元の人向けの店と観光客向けの店は半々といった感じです。
-
中心街にある時計が付いた門は元々は単なる門でしたが1500年ごろに時計塔となったそうで、18世紀までは風車も付いていたそうです。この周辺が一番の繁華街のようでした。
-
まるでレゴで造った街の中にいるような気になりますね。
-
「ロテル・ド・ヴィル美術館」は16世紀に建てられた旧市庁舎の建物を利用した博物館でした。ここにもオービュッソンのタペストリーが収蔵され、聖母マリアの14世紀の彫刻や王室のコレクションなどが見られるとのことです。
-
残念ながらミニバンツアーの滞在時間ではお昼を食べて博物館を見学している時間はありません。
-
城と町が一体になったようなアンボワーズの街です。河岸はきれいに整備された公園になっていて、秋の草花が植えられていました。
-
先ほど城館から見えたマルシャル・ルクレール橋の上からロワール川を眺めます。水辺に近い高さからの眺めもまた素晴らしいです。
-
対岸まで行く時間はありませんでしたが、橋の上からでも中世のまま時間が止まったような景色を堪能できました。朝夕の景色も見てみたい気もします。
-
この辺りの水位はほとんど無いので川船はどうやって移動するのだろうか心配になってしまいます。
-
橋の反対側には自然の景色が広がります。この近くにレオナルド・ダ・ヴィンチの銅像があることは知っていましたが、それだけを見に行くほど時間がありません。
-
そんな景色を眺めながら川辺のベンチに座ってピクニックを楽しみました。お弁当は妻がホテルからもらってきたクロワッサンとバケットとハムとチーズです。アンボワーズでレストランに入っている時間もありません。
-
妻が茹で卵だと思って持って来たのが生卵だったので大笑いしました。ホテルのレストランでは卵の入ったバスケットの横に卵茹で器が置いてあったのですが。
-
そんな笑い話も楽しい思い出です。最高の景色の中での食事でした。
-
思い出に残るアンボワーズ城の見学でした。時間になったので川沿いのツーリストインフォメーション前の駐車場に向かいます。
-
全員揃ったところにミニバンが到着して午後のツアーが始まります。午後は1名増えて7人ツアーになりました。今朝トゥールのツーリストインフォメーションで別のミニバンに乗られた女性の方でしたが、午後からこちらのツアーに合流になったようです。そしてここでその女性が日本人だったと分かりました。今回の古城巡りのハイライトである「シャンボール城」と「シュノンソー城」に向かいます。
-
ミニバンツアーで一緒になった女性はロンドンへ英語留学して日本へ戻る前にヨーロッパを旅しているという事でした。妻と話が弾んでいるうちに、同じ美術大学の同窓だということも分かってさらに話が弾んでいました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2011 ロワール渓谷とノルマンディーの旅
-
前の旅行記
晩秋のロワール渓谷古城巡り(7)レオナルド・ダ・ヴィンチ終焉の地「クロ・リュセ城」で、ダ・ヴィンチの発明の数...
2011/10/22~
アンボワーズ
-
次の旅行記
晩秋のロワール渓谷古城巡り(9)広大な敷地を走り続けて着いた狩猟の館「シャンボール城」の林立する塔に驚き、広...
2011/10/22~
ロワールの古城周辺
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(1)トゥール駅前のル・グランド・ホテルに3泊してロワール渓谷の古城を巡る旅はトゥ...
2011/10/22~
ロワールの古城周辺
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(2)フランボワイヤン・ゴシックとルネサンス様式の美しい「ブロワ城」の美しさとフラ...
2011/10/22~
ブロワ
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(3)古城巡りのミニバンツアーは、アンドル川のダイアモンド「アゼ・ル・リドー城」か...
2011/10/22~
ロワールの古城周辺
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(4)暖炉の火が優しい「ヴィランドリー城」を彷徨い、美しく甦ったルネサンス様式の美...
2011/10/22~
ヴィランドリー
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(5)シャルル・ペローが「眠れる森の美女」を執筆した「ユッセ城」で物語の中に迷い込...
2011/10/22~
ロワールの古城周辺
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(6)小さな城下町の城塞「ランジェ城」でシャルル8世とブルターヌ女公アンヌとの結婚...
2011/10/22~
ロワールの古城周辺
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(7)レオナルド・ダ・ヴィンチ終焉の地「クロ・リュセ城」で、ダ・ヴィンチの発明の数...
2011/10/22~
アンボワーズ
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(8)レオナルド・ダ・ヴィンチの眠る「アンボワーズ城」でフランソワ1世とダ・ヴィン...
2011/10/22~
アンボワーズ
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(9)広大な敷地を走り続けて着いた狩猟の館「シャンボール城」の林立する塔に驚き、広...
2011/10/22~
ロワールの古城周辺
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(10)ツアーの最後は花で飾られた貴婦人の館「シュノンソー城」で、歴代の女主人に思...
2011/10/22~
サントル・ロワール地方
-
晩秋のロワール渓谷古城巡り(11)ロワール河畔ナントの美しいパサージュ・ポムレと「ブルターニュ公爵城」で古城...
2011/10/22~
ナント
-
晩秋のロワール渓谷(12)ナント最大のアミューズメント「ラ・マシーン・ド・リル」で巨大な象に出会い、ジュール...
2011/10/22~
ナント
-
晩秋のノルマンディーの旅(1)ラ・メール・プーラールでオムレツを食べて、誰もいないモン・サン・ミッシェル修道...
2011/11/03~
モンサンミッシェル
-
晩秋のノルマンディの旅(2)幻想的なモン・サン・ミッシェルの日の出を眺めて、キャラメルとガレットクッキーを買...
2011/11/03~
モンサンミッシェル
-
晩秋のノルマンディの旅(3)ブルターニュの古都レンヌに立ち寄り、古い街並みを散策してからパリへ戻る。
2011/11/03~
モンサンミッシェル
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2011 ロワール渓谷とノルマンディーの旅
0
83