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今回見学した五つ目の世界遺産、チュニジア最大のローマ遺跡、ドゥッガの紹介です。この一帯は、最近まで住居に使われていたようです。そのためでしょうか、保存状態はかなり良い遺跡です。

2010夏、チュニジア旅行記(28/34):7月10日(8):ドゥッガ:古代劇場址

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2010/07/07 - 2010/07/12

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

今回見学した五つ目の世界遺産、チュニジア最大のローマ遺跡、ドゥッガの紹介です。この一帯は、最近まで住居に使われていたようです。そのためでしょうか、保存状態はかなり良い遺跡です。

交通手段
観光バス
  • ドゥッガ遺跡の世界遺産の登録標識です。ドゥッガ遺跡は、チュニジア北部に位置し、65ヘクタールの広さを持つローマ時代の遺跡です。1997年に世界文化遺産に指定されました。

    ドゥッガ遺跡の世界遺産の登録標識です。ドゥッガ遺跡は、チュニジア北部に位置し、65ヘクタールの広さを持つローマ時代の遺跡です。1997年に世界文化遺産に指定されました。

  • ドゥッガ遺跡にいた猫ちゃんです。安心しきって寝ていました。まだ子猫のように見えました。飼い猫のようです。

    ドゥッガ遺跡にいた猫ちゃんです。安心しきって寝ていました。まだ子猫のように見えました。飼い猫のようです。

  • 人の気配を感じたのでしょうか、前足を精一杯伸ばし、大きく口を開けてあくびをしました。お目覚めのようです。

    人の気配を感じたのでしょうか、前足を精一杯伸ばし、大きく口を開けてあくびをしました。お目覚めのようです。

  • 目を開けて、周りを見回していますが、目がトロンとして、視線が合わないようです。一杯に伸ばした前足は、そのままの格好です。

    目を開けて、周りを見回していますが、目がトロンとして、視線が合わないようです。一杯に伸ばした前足は、そのままの格好です。

  • 子猫さんの頭側に移動しての撮影です。まだ寝ぼけているようでした。かなり平和な環境で育っているのでしょう。

    子猫さんの頭側に移動しての撮影です。まだ寝ぼけているようでした。かなり平和な環境で育っているのでしょう。

  • 青い木の実のアップです。葉の形から判断しますと、イチジクのようです。ドゥッガは、知られている一番古い時代は、ベルベル人の武装した村とされます。ドゥッガは『牧場』を意味する言葉です。

    青い木の実のアップです。葉の形から判断しますと、イチジクのようです。ドゥッガは、知られている一番古い時代は、ベルベル人の武装した村とされます。ドゥッガは『牧場』を意味する言葉です。

  • 同じく青い木の実ですが、こちらはオリーブです。大きさも二周り小さな木の実です。オリーブにも色々品種があるようですが、青い時期で収穫されるものもあります。

    同じく青い木の実ですが、こちらはオリーブです。大きさも二周り小さな木の実です。オリーブにも色々品種があるようですが、青い時期で収穫されるものもあります。

  • ドゥッガ遺跡がある丘の上からの眺望です。緑と茶色のモザイク模様です。緑はオリーブ畑ですが、茶色の部分は、獲り入れが済んだ麦畑辺りでしょうか、荒地も多いかも知れません。

    ドゥッガ遺跡がある丘の上からの眺望です。緑と茶色のモザイク模様です。緑はオリーブ畑ですが、茶色の部分は、獲り入れが済んだ麦畑辺りでしょうか、荒地も多いかも知れません。

  • 同じく、ドゥッガ遺跡がある丘の上からの眺望です。現在残るドゥッガ遺跡は、ローマ時代のものとされます。ローマがこの地を占領したのは、紀元前2世紀後半です。カルタゴが滅ぼされた直後当たりです。

    同じく、ドゥッガ遺跡がある丘の上からの眺望です。現在残るドゥッガ遺跡は、ローマ時代のものとされます。ローマがこの地を占領したのは、紀元前2世紀後半です。カルタゴが滅ぼされた直後当たりです。

  • ドゥッガの丘の上に残るのは、神殿、劇場、ベルベル人の廟等の遺跡です。四囲が見渡せる場所が選ばれたのは当然かも知れませんが、馬車かない時代、荷物運びなどは大変だったことでしょう。硬い石に深い轍の跡が残っていました。

    ドゥッガの丘の上に残るのは、神殿、劇場、ベルベル人の廟等の遺跡です。四囲が見渡せる場所が選ばれたのは当然かも知れませんが、馬車かない時代、荷物運びなどは大変だったことでしょう。硬い石に深い轍の跡が残っていました。

  • 子猫さんが寝転んでいた休憩所から見上げたドゥッガ遺跡の光景です。遺跡の中の一つ、古代劇場址の遠望です。

    子猫さんが寝転んでいた休憩所から見上げたドゥッガ遺跡の光景です。遺跡の中の一つ、古代劇場址の遠望です。

  • 同じく、古代劇場址の遠望です。ローマ時代の劇場は、欧州を始め、北アフリカから中東地域にかけて数多く残されています。その中のいくつかは、世界文化遺産に指定されています。

    同じく、古代劇場址の遠望です。ローマ時代の劇場は、欧州を始め、北アフリカから中東地域にかけて数多く残されています。その中のいくつかは、世界文化遺産に指定されています。

  • カメラでズームアップした古代劇場跡の石柱の光景です。柱だけでなく、少しだけですが、その上部も修復・再建されていました。この後、身近に見学しました。

    カメラでズームアップした古代劇場跡の石柱の光景です。柱だけでなく、少しだけですが、その上部も修復・再建されていました。この後、身近に見学しました。

  • 古代劇場に向かって、右端方面の光景です。駐車中のバスも見えています。古代劇場があった場所が、遺跡の中では一番高い場所か、その近辺のようでした。

    古代劇場に向かって、右端方面の光景です。駐車中のバスも見えています。古代劇場があった場所が、遺跡の中では一番高い場所か、その近辺のようでした。

  • 古代劇場に向かって、左端方面の光景です。古代劇場の周りの、石段が付いた通路のような光景です。

    古代劇場に向かって、左端方面の光景です。古代劇場の周りの、石段が付いた通路のような光景です。

  • 最初に紹介する遺跡は、古代の劇場址です。規模もさることながら、その保存状態のよさには驚きました。古代劇場址の一番高い部分のアップです。

    最初に紹介する遺跡は、古代の劇場址です。規模もさることながら、その保存状態のよさには驚きました。古代劇場址の一番高い部分のアップです。

  • 同じく、古代劇場の観覧席の光景です。ローマ帝国の往時が偲ばれる規模です。舞台側からの撮影になります。

    同じく、古代劇場の観覧席の光景です。ローマ帝国の往時が偲ばれる規模です。舞台側からの撮影になります。

  • 左右が少しはみ出しましたが、古代劇場跡の全景です。修復作業はされたでしょうが、素晴らしい保存状態です。観客席には屋根がありませんが、vela と呼ばれる天幕を広げて日光や雨を避けたとされます。

    左右が少しはみ出しましたが、古代劇場跡の全景です。修復作業はされたでしょうが、素晴らしい保存状態です。観客席には屋根がありませんが、vela と呼ばれる天幕を広げて日光や雨を避けたとされます。

  • 古代劇場跡の観覧席に向かって、右側方面の光景です。観覧席は、施工の容易さから、斜面に造られることも多いようですが、この施設は斜面利用か、そうでないかは分かりませんでした。

    古代劇場跡の観覧席に向かって、右側方面の光景です。観覧席は、施工の容易さから、斜面に造られることも多いようですが、この施設は斜面利用か、そうでないかは分かりませんでした。

  • 古代劇場跡の観覧席に向かって、左側方面の光景です。観覧席を全て積み上げた場合は、相当の量の土が必要です。掘削した土砂と、埋め立てる土砂とのバランスを考えた設計かも知れません。

    古代劇場跡の観覧席に向かって、左側方面の光景です。観覧席を全て積み上げた場合は、相当の量の土が必要です。掘削した土砂と、埋め立てる土砂とのバランスを考えた設計かも知れません。

  • 劇場の通路だった部分でしょうか、ドーム型の出入口がありました。その出入口の脇には、出土品らしい品が展示してありました。

    劇場の通路だった部分でしょうか、ドーム型の出入口がありました。その出入口の脇には、出土品らしい品が展示してありました。

  • 出入口の右側に展示してあった大理石らしい座像です。残念ながら頭はありませんでした。この遺跡が建設された、紀元前の像かも知れません。

    出入口の右側に展示してあった大理石らしい座像です。残念ながら頭はありませんでした。この遺跡が建設された、紀元前の像かも知れません。

  • その他の展示品の光景です。割れてしまった大きな石材の一部です。部分的に彫刻が残っていました。少し黒っぽい色をした石材です。砂岩当たりでしょうか。

    その他の展示品の光景です。割れてしまった大きな石材の一部です。部分的に彫刻が残っていました。少し黒っぽい色をした石材です。砂岩当たりでしょうか。

  • 同じく、破損した石材の展示です。イメージ的には、石柱の上に乗せられていた部材が多いようです。説明書きなどは見当たりませんでした。

    同じく、破損した石材の展示です。イメージ的には、石柱の上に乗せられていた部材が多いようです。説明書きなどは見当たりませんでした。

  • 石柱群のアップです。かなりの数がありました。再建されたものでしょう。建設当初は、屋根もあったに違いありません。

    石柱群のアップです。かなりの数がありました。再建されたものでしょう。建設当初は、屋根もあったに違いありません。

  • 立派に再建された石柱の一部のアップです。その昔、ローマ人の建築技師が北アフリカにやって来て建設したものでしょうか。

    立派に再建された石柱の一部のアップです。その昔、ローマ人の建築技師が北アフリカにやって来て建設したものでしょうか。

  • 更にアップした石柱の光景です。荒廃した遺跡では、石材は建築資材などとして持ち去られてしまっていますが、建設当初の石材がそのまま残っているようでした。それが組み立てられているのにも驚きました。

    更にアップした石柱の光景です。荒廃した遺跡では、石材は建築資材などとして持ち去られてしまっていますが、建設当初の石材がそのまま残っているようでした。それが組み立てられているのにも驚きました。

  • 丘の上から眺めた麓の光景です。トゥッガ遺跡之周りの通路は、立派な石造りの柵が続いていました。復元された施設の一部でしょうか。

    丘の上から眺めた麓の光景です。トゥッガ遺跡之周りの通路は、立派な石造りの柵が続いていました。復元された施設の一部でしょうか。

  • 同じく、丘の上から眺めた麓の光景です。左手前に見える卒塔婆風の建物は、先住民のベルベル人が建てた塔のようです。ベルベル人は、現在ではチュニジアの人口の1%にも達しません。98%くらいはアラブ人が占めるとされます。

    同じく、丘の上から眺めた麓の光景です。左手前に見える卒塔婆風の建物は、先住民のベルベル人が建てた塔のようです。ベルベル人は、現在ではチュニジアの人口の1%にも達しません。98%くらいはアラブ人が占めるとされます。

  • 眼下に見える街並は、トゥッガ遺跡が世界遺産に指定されるに当たり、遺跡界隈に棲んでいた人達が移住された場所です。これは、現地ガイドさんによる説明でした。

    眼下に見える街並は、トゥッガ遺跡が世界遺産に指定されるに当たり、遺跡界隈に棲んでいた人達が移住された場所です。これは、現地ガイドさんによる説明でした。

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