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秦の始皇陵の紹介です。兵馬俑と併せて世界文化遺産に登録されています。地下宮殿の言い伝えがあるものの、未だ全貌が分かっていない秦の始皇帝陵です。

2009夏、中国旅行記16(14/39:シルクロード):6月22日(7):西安、始皇帝陵、秦始皇陵頂上からの眺望

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2009/06/21 - 2009/06/27

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旅人のくまさん

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秦の始皇陵の紹介です。兵馬俑と併せて世界文化遺産に登録されています。地下宮殿の言い伝えがあるものの、未だ全貌が分かっていない秦の始皇帝陵です。

交通手段
観光バス
  • 1962年12月9日の日付が入った陝西省人民委員会名の『秦始皇陵』の石碑の光景です。第1級全国重点文物保存単位の標識でした。中国には、国家レベル、省レベル、県レベルの三段階の文物保護単位があり、国家レベルのものが『全国重点文物保護単位』と呼ばれています。

    1962年12月9日の日付が入った陝西省人民委員会名の『秦始皇陵』の石碑の光景です。第1級全国重点文物保存単位の標識でした。中国には、国家レベル、省レベル、県レベルの三段階の文物保護単位があり、国家レベルのものが『全国重点文物保護単位』と呼ばれています。

  • こちらも『新始皇陵』の大型石碑です。中国人民共和国・国務院名での標識でした。日付は省の指定より早い1961年3月4日でした。

    こちらも『新始皇陵』の大型石碑です。中国人民共和国・国務院名での標識でした。日付は省の指定より早い1961年3月4日でした。

  • ユネスコの世界文化遺産の登録標識です。『秦始皇帝陵』の表記となっていました。1987年の登録です。

    ユネスコの世界文化遺産の登録標識です。『秦始皇帝陵』の表記となっていました。1987年の登録です。

  • 秦始皇帝陵と、その関連施設の平面図と説明看板です。左から、『珍獣陪葬墓』『上焦秦墓』『秦始皇帝兵馬俑陪葬坑』『新始皇陵園』等のタイトルがありました。

    秦始皇帝陵と、その関連施設の平面図と説明看板です。左から、『珍獣陪葬墓』『上焦秦墓』『秦始皇帝兵馬俑陪葬坑』『新始皇陵園』等のタイトルがありました。

  • 写真が途切れた手前の看板の紹介です。左が総面積2.13平方キロの秦始皇陵園総平面図、右が更に広範囲の57(万)平方キロを表した秦始皇陵総区平面図です。

    写真が途切れた手前の看板の紹介です。左が総面積2.13平方キロの秦始皇陵園総平面図、右が更に広範囲の57(万)平方キロを表した秦始皇陵総区平面図です。

  • シモクレン(柴木蓮)の花のようですが、葉が出る前に花が咲く、日本で見かける光景とは少し違っていました。中国原産のモクレン科モクレン属の落葉小高木です。

    シモクレン(柴木蓮)の花のようですが、葉が出る前に花が咲く、日本で見かける光景とは少し違っていました。中国原産のモクレン科モクレン属の落葉小高木です。

  • 司馬遷が著した歴史書、『史記』の『始皇本記巻六』に記された始皇帝と兵馬俑に関する抜粋です。即位してからは70万人を動員し陵の建設を始め、水銀を用いて『以水銀為百川江河大海』を築き、秘密を守るため『皆令従死』したと記されていました。即位したのは紀元前247年、13歳の時でした。最近でも、始皇陵から水銀が見付かったとのニュースがありました。

    司馬遷が著した歴史書、『史記』の『始皇本記巻六』に記された始皇帝と兵馬俑に関する抜粋です。即位してからは70万人を動員し陵の建設を始め、水銀を用いて『以水銀為百川江河大海』を築き、秘密を守るため『皆令従死』したと記されていました。即位したのは紀元前247年、13歳の時でした。最近でも、始皇陵から水銀が見付かったとのニュースがありました。

  • 秦始皇陵の入口光景です。国家等級旅游区の『AAAA』表示がありました。最上級は5Aです。2007年5月8日、66中国国家旅游局は66箇所を公表しました。陝西省では、兵馬俑博物館、華清池と黄帝陵の3つが選ばれています。

    秦始皇陵の入口光景です。国家等級旅游区の『AAAA』表示がありました。最上級は5Aです。2007年5月8日、66中国国家旅游局は66箇所を公表しました。陝西省では、兵馬俑博物館、華清池と黄帝陵の3つが選ばれています。

  • 入場した後で、振り返って撮影した入口付近の光景です。日差しを避けたくなる好天となりました。

    入場した後で、振り返って撮影した入口付近の光景です。日差しを避けたくなる好天となりました。

  • 入場した後で、振り返って撮影した入口付近の光景です。日差しを避けたくなる好天となりました。

    入場した後で、振り返って撮影した入口付近の光景です。日差しを避けたくなる好天となりました。

  • 秦始皇陵の麓に設置された大木は石造レリーフの光景です。

    秦始皇陵の麓に設置された大木は石造レリーフの光景です。

  • 石造レリーフのアップ光景です。紀元前の秦始皇帝時代の国造りと戦さ等がモチーフのようです。右端の方には始皇帝らしい像も見えます。

    石造レリーフのアップ光景です。紀元前の秦始皇帝時代の国造りと戦さ等がモチーフのようです。右端の方には始皇帝らしい像も見えます。

  • こちらも紀元前の秦始皇帝時代の国造りと戦さ等がモチーフのレリーフのようです。上の方には、軍隊や都の光景があります。

    こちらも紀元前の秦始皇帝時代の国造りと戦さ等がモチーフのレリーフのようです。上の方には、軍隊や都の光景があります。

  • 始皇陵の遠望です。頂上に向かって石段があり、それを登る人の列が見えました。

    始皇陵の遠望です。頂上に向かって石段があり、それを登る人の列が見えました。

  • 屋根が付いた立派な造りの石碑です。『秦始皇帝陵』の5文字が記されているようですが、『秦』の文字は、別の文字のようにも見えます。

    屋根が付いた立派な造りの石碑です。『秦始皇帝陵』の5文字が記されているようですが、『秦』の文字は、別の文字のようにも見えます。

  • 左手奥には東屋風の休憩所、その右手前には傷が目立つ黒い石碑がありました。石碑の右手には線刻の始皇帝像、その右手には系図が記されていました。始皇帝(前259〜前210年)は 『戦国の七雄』の秦の第31代の王でした。

    左手奥には東屋風の休憩所、その右手前には傷が目立つ黒い石碑がありました。石碑の右手には線刻の始皇帝像、その右手には系図が記されていました。始皇帝(前259〜前210年)は 『戦国の七雄』の秦の第31代の王でした。

  • 右手に『秦陵荘園・変化図』らしい文字と、寸法を記した平面図がありました。勝手な推測ですが、秦陵荘園の敷地面積の変遷のようです。

    右手に『秦陵荘園・変化図』らしい文字と、寸法を記した平面図がありました。勝手な推測ですが、秦陵荘園の敷地面積の変遷のようです。

  • 秦始皇陵の麓の光景です。最高の旅行日和に恵まれましたので、自由時間を利用して頂上まで登ることにしました。

    秦始皇陵の麓の光景です。最高の旅行日和に恵まれましたので、自由時間を利用して頂上まで登ることにしました。

  • 秦始皇陵の頂上からの眺望です。四方に見晴らしが利きました。こちらが正面出入口のあった方角です。

    秦始皇陵の頂上からの眺望です。四方に見晴らしが利きました。こちらが正面出入口のあった方角です。

  • 秦始皇陵の保護を巡る懸念が記された看板のようです。地下宮殿の存在が確認されたことで、盗掘や火災防止のため、陵の周囲2キロに亘っての管理が強化されたようです。

    秦始皇陵の保護を巡る懸念が記された看板のようです。地下宮殿の存在が確認されたことで、盗掘や火災防止のため、陵の周囲2キロに亘っての管理が強化されたようです。

  • 左が漢文、右が英文の説明看板です。『新始皇陵地宮』は、地下宮殿(アンダーグラウンド・パレス)のことでした。1200平方メートルの地下宮殿の深さは30メートル、豪華な副葬品があるようです。2003年に電気探査などのハイテク技術で調査した結果、判明したものですが、現時点での発掘調査の予定はないようです。

    左が漢文、右が英文の説明看板です。『新始皇陵地宮』は、地下宮殿(アンダーグラウンド・パレス)のことでした。1200平方メートルの地下宮殿の深さは30メートル、豪華な副葬品があるようです。2003年に電気探査などのハイテク技術で調査した結果、判明したものですが、現時点での発掘調査の予定はないようです。

  • 秦始皇陵の頂上付近の光景です。頂上には、かなりの広さの平地がありました。楽に移動して、四囲の光景を眺めることが出来ました。

    秦始皇陵の頂上付近の光景です。頂上には、かなりの広さの平地がありました。楽に移動して、四囲の光景を眺めることが出来ました。

  • 秦始皇陵の頂上付近で1輪だけ咲いていた、オレンジ色のザクロの花です。

    秦始皇陵の頂上付近で1輪だけ咲いていた、オレンジ色のザクロの花です。

  • 秦始皇陵の頂上からの眺めです。こちらの方角には、畑の先に小高い山並みが見えました。

    秦始皇陵の頂上からの眺めです。こちらの方角には、畑の先に小高い山並みが見えました。

  • 同じような方角の光景です。山裾まで続く農村光景です。

    同じような方角の光景です。山裾まで続く農村光景です。

  • 同じく、秦始皇陵の頂上からの眺めです。陵の周りは畑でしたが、遠くにはビルが立ち並ぶ市街の光景がありました。西安郊外の街でしょうか。

    同じく、秦始皇陵の頂上からの眺めです。陵の周りは畑でしたが、遠くにはビルが立ち並ぶ市街の光景がありました。西安郊外の街でしょうか。

  • 新緑の木々の間から眺めた秦始皇陵の麓の光景です。

    新緑の木々の間から眺めた秦始皇陵の麓の光景です。

  • 西安市街らしい建物が見える方角の光景です。西安市からは北東に30キロほど離れていますから、西安中心街ではないようです。

    西安市街らしい建物が見える方角の光景です。西安市からは北東に30キロほど離れていますから、西安中心街ではないようです。

  • 2003年に電気探査などのハイテク技術で調査した結果判明した、秦始皇陵の内部構造のようです。まだ未発掘のままのようです。

    2003年に電気探査などのハイテク技術で調査した結果判明した、秦始皇陵の内部構造のようです。まだ未発掘のままのようです。

  • 秦始皇陵を中心とした付近の平面図です。大きな黒い石の平板に刻まれていました。

    秦始皇陵を中心とした付近の平面図です。大きな黒い石の平板に刻まれていました。

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