2009/06/21 - 2009/06/27
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旅人のくまさんさん
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絢爛豪華だった、唐歌舞ショー紹介の締め括りです。ホテルに戻るタクシーがなかなか拾えず、結局バイクでけん引する三輪車で戻りました。
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『大唐・梨園』の華やかな場面が続きます。日本では『梨園』は歌舞伎界の事を指しますが、語源は中国の玄宗皇帝の時代に遡ります。
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『梨園』の語源の話題の続きです。長安の西北郊の西内苑内で、梨が植えられている梨園と称される庭園に芸人達が集められ、音楽教習府と呼ばれる施設で芸を磨いたことに由来します。
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玄宗皇帝は大変な舞踊の愛好家で、梨園では自ら教授したとされます。このため、梨園の芸人達は、皇帝梨園弟子と称されました。
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玄宗皇帝が愛好したのは、法曲と呼ばれるものです。中国伝来の音楽と、西洋から渡来した音楽を融合させたものとされます。
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安禄山の乱により、梨園は荒廃し、法曲は一旦は衰退しましたが、再び『仙韶曲』と改められて復興したとされます。
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バックの満開の木からは、ピンクの花びらが舞い散り始めました。梨園の衰退を暗示する演出でしょうか。
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舞い散る花びらの数が増えてきました。梨園は『仙韶院』と改められましたが、結局は、唐の時代に終わりを告げました。
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755年から763年にかけて、唐の節度使であった安禄山とその部下の史思明達によって引き起こされた大規模な反乱は、『安史の乱』と呼ばれます。間接的には、日本へも影響を及ぼしました。
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安禄山による乱の情報が日本へ伝わり、大宰府が厳戒態勢になったと、続日本紀に記されているようです。反乱軍による日本への派兵を警戒したものです。
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ファンファーレの金管が鳴って、最終幕です。『大唐・盛世』の場面です。唐は816年に始まり、907年に終焉しました。その最盛期は、8世紀初頭です。
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ファンファーレの金管です。トランペットに似ていましたが、少し違った楽器のようでした。
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長い旗竿がいくつも立って、賑やかで活気あふれる場面となりました。唐の時代は、初唐(7世紀初頭-) 、盛唐(8世紀初頭-)、中唐(8世紀半ば-)及び晩唐(9世紀半ば-10世紀初頭) の4つに時代区分されます。
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『梨園』にも負けない華やかな踊りです。『盛唐』は、玄宗皇帝が権力を掌握し治世した前半です。『開元の治』と謳われ、唐の絶頂期でした。
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琵琶を手にした踊り子さんや、リズミカルに手を撓わせる踊りが続きます。天下太平の世の中です。
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唐の最盛期に終わりを告げたのが、安禄山達による乱でした。玄宗は長安の都を追われ、蜀に逃亡しますが、その途中で反乱の原因を作った楊貴妃を殺しました。そして、失意の内に玄宗は譲位しました。
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旗竿の数が増してきたようです。提灯が括り付けられています。日本でも、お祭りの時によく目にします。
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旗棹を持った人が、一箇所に固まりました。提灯は、夜間の照明も兼ねているのでしょうか。日本各地のお祭りで、今も見かける光景です。
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旗棹が二手に分かれて行きました。龍の文様がある何本もの柱は、宮廷の中を示しているようです。
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琵琶を背にした踊りです。琵琶の演奏法に、背中に回して弾く曲芸があるようです。
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同じく琵琶の曲芸演奏の踊りです。琵琶は、首のところが直角に曲がった造作のものです。
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琵琶を奏でる踊りが続きます。首が直角に曲がった四弦系です。首が真っすぐな五弦系は、今は使われなくなりました。正倉院御物として日本にも残っています。
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今回の旅行で、敦煌の街中で、反弾琵琶の彫刻を見ました。莫高窟の壁画にある反弾琵琶の図をモデルにしたものとされます。
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『大唐・盛唐』の場面ですから、まだ玄宗皇帝と楊貴妃は健在です。再び舞台に現れました。
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楊貴妃は719年に生まれ、756年に30代の若さで亡くなりました。玄宗皇帝の在位期間に生まれ、そして殺されました。
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玄宗皇帝は唐の第6代皇帝で、その在位期間は712-756年でした。初代の高祖に始まり、第20代の哀帝で幕を閉じました。
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唐の時代は、日本では遣唐使で知られます。その回数は、12回から20回まで、種々の説があります。始まったのは舒明2年(630年)のことです。玄宗皇帝時代には、安倍仲麻呂等が渡っています。
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最後の遣唐使に任ぜられたのは菅原道真でした。寛平6年(894年)のことです。しかし、道真は遣唐中止の建議をし、唐に渡ることはありませんでした。
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グランドフィナーレです。背景には大きな牡丹の花が咲き揃いました。唐の時代は618年に始まり、907年に終焉しました。この舞台は最盛期のままでのフィナーレでした。
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観劇を終えて、ホテルに戻るのが大変でした。なかなかタクシーが拾えなかったからです。劇場の正面の光景です。
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同じく劇場の正面の光景です。暫く待ってもタクシーを拾えそうにありませんでしたから、結局は、単車で牽引する三輪車でホテルに戻りました。
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