2007/08/06 - 2007/08/06
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SUR SHANGHAIさん
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前日、香格里拉(シャングリラ 旧名:中甸)から虎跳峡を経由して麗江に戻ったSUR SHANGHAI。
この日は朝から玉龍雪山に行ってみようかと思って、宿になった玉縁酒店(旧・玉泉賓館)から出てみたら、
「う?ん、山の方は雲がかかっているなあ…。(ーー;) 雨になるかも? これじゃ7路のバスで雲杉坪まで行ってもただのとんぼ返りになりそうだあ…。」
…と考えた末、玉龍雪山がダメだった時の候補に、納西(ナシ)族の古集落を屋外博物館的に公開している玉水寨、白沙壁画で有名な白沙の集落、それに束河古鎮を挙げて、タクシーで行ってみることに。
これなら方向も同じ北郊外だし、道の途中で玉龍雪山の眺めが絶望的だと分かったらすぐに行き先が変更できる。
そう決めて、何台かのタクシーの運転手さんとお値段交渉。
まずは雲杉坪を目指して行って、玉龍雪山がダメだったら上記の玉水寨、白沙の集落、それに束河古鎮を回って帰るルートの言い値が待ち時間を合わせて150元と言った運転手おばさんに決定。車も比較的新しくて安心できそう。
これで途中で雨が降っても濡れずに済むし、ほかにも景色のいい所があったら停めてもらえるし、帰りの足の心配も無し、と出発進行。
この編では、結局玉龍雪山をあきらめて行ってみた上記の場所の内の玉水寨をご紹介します。
表紙の画像は、玉水寨で毛織物の実演をしていた納西(ナシ)族のおばさん
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
さて、表紙に出したような経緯で、まずは玉龍雪山方面に向かったSUR SHANGHAI。
ん〜、でもやっぱり肝心の玉龍雪山は全然姿が見えない。
タクシーの運転手おばさんも
「う〜ん、この分だと行っても無駄だね。」
残念だけど、SUR SHANGHAIも同感!
で、方向転換して玉水寨へと向かいます。 -
麗江到着編でも書きましたが、ここでまた麗江古城保護費の支払い証明半券についての注意点。
麗江での観光や宿泊の際には麗江古城保護費として80元を支払い、画像のような半券をもらうのですが、これは麗江を最終的に出るまで、この半券にも書いてあるように携帯した方がいいですよ。見所の入口で提示を求められることがあります。
何日間有効なのかまでは書いていないので分かりませんが、今回の雲南省の旅の最初(8月2日)に麗江で宿泊した宿でもらい、5日にまた麗江の同じ宿に戻って来た時にも使えました。
注意しなければいけないのは、半券をもらった時にその半券を出してくれた宿などのスタンプが押されているかどうかチェック。スタンプが無いと無効になる旨が書いてあります。
SUR SHANGHAIはこの日(8月6日)、これからご紹介する玉水寨に行った時にチケット売り場で提示を求められ、その時になってからこの半券を出してくれた宿のスタンプが押されていなかったのに気付きました。
本当なら再度の支払いになるところでしたが、回りの人たちの取り成しでこの時には免除になりました。 -
玉水寨自体の入場料は50元。
麗江古城保護費の再度の支払いも免れて、SUR SHANGHAIは無事にチケット売り場を通過。
運転手おばさんは
「じゃ、私は駐車場で待ってるからね。ゆっくり見ておいで。」
ここは玉水寨の入口。
出迎えの納西(ナシ)族のおばさんが並んで歌を歌っていたり、周辺にはちょっとキッチュな像が並んでいるので、「あ、遊園地テーマパークのような場所に来てしまったか!」と一瞬後悔。
でも、玉水寨敷地内部はこれからご紹介するように、納西(ナシ)族の文化の一端にも触れられていい所でしたよ。中国の国家AAAA級旅游景区なのだとか。
SUR SHANGHAIと同じように、玉龍雪山が見られなかった人は来てみてもいいと思います。
麗江市街からだと車で30分くらいになります。
このおばさんたちの撮影は有料。額は決まっていないようなので、SUR SHANGHAIは籠に1元入れました。
これから入って行く小道の先には、納西(ナシ)族が信仰しているという大鳳神鳥の金色の像も見えています。 -
上の画像で≪玉水寨≫と書かれたゲートをくぐると、そこには三疊水という三段になった水の流れが。
玉水寨内にある納西(ナシ)族の古村を屋外博物館的に公開している場所へはこの水路に沿った小道を歩いて行きます。
緩やかな斜面なので、散策気分で回れます。 -
お次に見えてくるのは木のゲート。
両側の像は新しく造られたのかな。
大鳳神鳥の金色の像を乗せた柱もすぐそばにありました。
玉水寨に限らず中国の観光地ではいつも思うんだけど、こういう像はあまり置かない方が雰囲気を壊さなくていいんじゃないかなあ。あくまでもSUR SHANGHAIの個人的感想ですが…。
春先に行った福建省の崇武古城でも、入口から先の道に現代キッチュ・アート的石像が並んでいたのを思い出す。 -
緩やかな石段もある小道を上って行くと、足元の草むらには野草の花も。
これはエーデルワイスの仲間みたい。 -
何段にもなって落ちて行く水の流れに沿って、玉水寨の奥へと続く小道。
SUR SHANGHAIは標高3200mを超える香格里拉の町から帰ってきた後なのでこの緩やかな斜面では息切れなどは感じませんでしたが、麗江は標高2400mなので、着いたばかりの人は無理せずゆっくり行くのがいいかもです。 -
繊細な清水のカーテンも見られる玉水寨の小道。
-
イチオシ
涼やかな音を立てて流れ落ちる清水。
周辺の草木も、そのしぶきにしっとり濡れる。
この水はどこから流れて来るんだろうと思いつつ、また上って行くと…、 -
…清水が湧き出していると思われる部分は池のように囲ってありました。
たまたまこの回りに来ていた観光団体のガイドさんの話がちょっとだけ耳に入る。
それによると、この清水は玉龍雪山の麓の泉の一つなんだそうです。
その泉を守っているらしい神像も奥に見えていました。
あ、大きい魚がたくさん!
黄色と黒のコイかな、と思ってよく見てみたら…、 -
…あれ、顔立ちがコイとは違う。
あ、黄色い方は鮭だ! (◎o◎)
SUR SHANGHAIの後ろに立った団体さんのガイドさんも「これは鮭ですよ。」と言ってたし、間違いじゃないみたい。
色素が白化したアルビノなのかも。
それともこういう種類なのかなあ。(・・?
画像右寄りに見えている黒い方の魚もコイじゃない!
体の模様を見るとニジマスみたいだけど、体の大きさは50cm近い。 -
底まで透けて見える清水の中を悠々と漂う玉水寨の黄色い鮭。
玉龍雪山から湧くと言うこの冷たく清い水は、これからも涸れずにいて欲しい。 -
玉水寨の敷地一番奥の高みには、玉水縁と名の付いたお寺さん風の建物が。
ここまで上って来ると、肌寒く感じた今日の気温の中でも体がちょっと火照る。
せっかくここまで来たんだから、玉水縁にもちょっと行ってみます。 -
玉水縁の入口前に立って見下ろした不思議な形の建造物。
ヒンズー教だと、シバ神の象徴として信仰されているリンガに似ているけど…、これは大鳳神鳥をはじめとする神様への捧げ物を焚く香炉代わりなのかなあ。
不覚ながら未確認ですみません。m(__)m -
玉水縁の内部。
祭壇に置かれていた神像は新しい物のよう。
両側の女神像(?)も東南アジアの雰囲気が濃いそのお姿。 -
玉水縁の入口前から麗江市街方向を見る。
向こうに霞む山と山の間が平らになったあたりがそう。
元々のサイズの画像だと、麗江古城のあたりも新市街地のビルも写っていますが、この画像だと見えないのが残念。 -
玉水縁内部の祭壇のそばに陣取っていたのは、東巴(トンパ)文字をしおり風の紙に書いているおじさん。
東巴(トンパ)文字を後世に伝える方でしたら、おじさんと呼んでは失礼ですね。(^^ゞ
東巴(トンパ)文字の先生と呼んでおきます。
この先生の書いてくれるしおり風の紙は購入可能。
特に定価は無いようなので、買いたい人は自分で決めた額を差し上げます。
見ていると、皆さん一枚数元程度でお買い求めのようでした。 -
その東巴(トンパ)文字の先生の前にやって来たのは、台湾からの団体客らしい人々。
口々に
「恭喜発財のあとに私の名前も東巴(トンパ)文字で書いてくださいね。」
などと注文が。
先生は大忙し。 -
東巴(トンパ)文字と言うのは、麗江一帯に数多い納西(ナシ)族に伝わる象形文字。
SUR SHANGHAIはそれ以上のことはよく分かりませんが、トンパ文字、トンパ文字一覧、トンパ文字フォントなどで検索してみると、色々なサイトが紹介されていますよ。どんな感じの文字なのか知りたい方はどうぞ。
SUR SHANGHAIは、シンプルに≪身体健康≫を表すと言う東巴(トンパ)文字を先生にお願いして、落款も押していただきました。
たまたまポケットに入っていた2元を恐る恐る差し出したところ、「それでいいですよ。(*^。^*)」
ン? トンパ文字一覧のサイトで見てみたら、ちょっと意味が違うかも。お金を払う時に誰かのと取り違えちゃったかな。 -
上の方の画像でリンガのような建造物があったそばの建物には、納西(ナシ)族の東巴(トンパ)文化を示す壁画があるので行ってみては?
新しい壁画ですが、東巴(トンパ)文化を構成する6つの主題を表す絵があって、簡単な説明(中国語簡体字と英語)が付いていました。
一つ一つの壁画は大きいので、SUR SHANGHAIは自分が気に入った絵柄の部分を撮りました。
これはその内の≪創世編≫の部分。
説明によると、人類の起源は天上の妙なる楽と地上の吉祥の気から生まれた白い卵で、天地が何百万年もかけてはぐくんだあと人類の祖先が生まれてきたのだそう。
(それとは別の黒い卵は邪悪なものたちの祖先を生む事に。)
大洪水が起こった後、唯一生き残った崇仁利恩が、蔵(チベット)族、納西(ナシ)族、白(ペー)族の共通の祖先なのだそう。 -
納西(ナシ)族の東巴(トンパ)文化を表す壁画の一部。
これは≪戦争編≫の部分。
説明によると、東巴(トンパ)経の≪黒白の戦い≫と言う故事に基づいた絵で、白い卵から生まれた人類を率いる美麗東主と黒い卵から生まれた邪悪なものを率いる美利術主との戦いの場面。
美利術主は美麗東主の領地を乗っ取ろうとしたが、最後には美麗東主が勝利を収めたという勧善懲悪ストーリー。 -
イチオシ
納西(ナシ)族の東巴(トンパ)文化を表す壁画の一部。
これは≪定住編≫の部分。
説明によると、原始は中国北西部に住んでいた納西(ナシ)族の祖先が次第に南方に移動して、最後には麗江を中心とした地域に移り住んだというストーリー。
それによって、それまでの狩猟や遊牧の生活から農耕定住生活に入ったのだとか。
労働は歴史を創造するという観念を表しているんだそうですよ。 -
納西(ナシ)族の東巴(トンパ)文化を表す壁画の一部。
これは≪因果応報編≫の部分。
占いに使われたと言う陰陽五行や干支を配した図もありましたが、これは上から天上・人間界・地獄を表した図。
この天国・地獄の観念は、どこでも同じなのが面白い。 -
納西(ナシ)族の東巴(トンパ)文化を表す壁画の一部。
これは≪人と自然編≫の部分。
納西(ナシ)族の人々が自然を敬っている図のほか、樹木を乱伐したり動物を乱獲する者が罰せられている図がありました。
説明によると、東巴(トンパ)経では人類と自然は同じ父母から生まれた兄弟なので、上手に付き合っていかないと災いが起こるのだそう。
これは現代の人類と自然の関わり方にも通じる内容。 -
納西(ナシ)族の東巴(トンパ)文化を表す壁画の一部。
これは≪愛情編≫の部分。
説明によると、東巴(トンパ)経の故事≪魯般魯饒≫の場面。
恩補羽勒旁という青年が、開美玖美金という乙女と放牧場で出会って恋に落ち、結婚を約束するが、親に反対された恩補羽勒旁は家の中に監禁されてしまう。
それを知らない開美玖美金は何度も手紙を出すが、返事が無いので心変わりされたと思い込み首を吊ってしまう。
やっと監禁から逃れた恩補羽勒旁は、すでに他界していた開美玖美金を発見して自らも命を断つ。そして二人の魂は玉龍第三国へと昇っていったという悲恋物語。
ロメオとジュリエットを思い起こさせるストーリー。 -
上の方で見てきた壁画のある場所の近くには、納西(ナシ)族の文化を継承する若者を養成しているらしい場所も。
玉水縁の中で東巴(トンパ)文字を書いていた先生は銀色の上着だったけど、生徒さんは黄色い上着になるのかな。どちらも赤い帽子が印象的。
教室風のこのスペースで全員が広げているのは東巴(トンパ)文字の教科書。 -
上の画像で見た教室風スペース近くには東巴(トンパ)文字の古文書らしき巻物の展示も。
文字だけの物や絵がたくさん付いたものまで色々。
ガラス越しに撮ったので、ちょっと見えにくいのが残念。 -
玉水寨の出口方向へ向かう途中に咲いていたアジサイ。
盛りが過ぎてちょっとサビが出始めた花の上に一匹の赤い虫。 -
玉水縁から下りて来た斜面には、何やら石積みが。
台湾から来たらしい団体さんを引き連れたガイドさんが
「願い事がある人はここを回りましょう!でも逆に回っちゃダメですよ。」とグルグル。
あ、納西(ナシ)族のこの石積みも、チベット族のオボーや仏塔と同じように時計回りなんだ! -
玉水寨の広い敷地には、この麗江のあたりでは最も古いと言う納西(ナシ)族の集落を屋外博物館的に公開している場所もありました。
集落の家屋の数は数えるほどで規模は大きくはありませんでしたが、昔の住居、家畜小屋、醸造小屋…などが見られますよ。 -
その公開している民家の一軒の軒先では機織を実演して見せてくれる納西(ナシ)族のおばさんが。
見学にやって来た中国人の女の子は
「それは綿? え? 羊の毛?」
と興味津々の様子。
「そうだよ。ちょっと触ってみてごらん。」
と気さくに答えるおばさん。 -
「へえ〜、この羊の毛が、そんなピンク色の布になるんだ〜。」
「そうだよ、まず、その毛を紡ぐんだけどね。」
と紡いだ羊毛を巻いた棒も取り出して見せる納西(ナシ)族のおばさん。
こういう風に気さくに教えてくれる人がいると、見学するのも一層楽しい。 -
イチオシ
機織実演をしてくれる納西(ナシ)族のおばさんの衣装もやその着こなしも、見て楽しい展示の一部。
-
納西(ナシ)族の機織の仕掛けはシンプル。
それでも初めて見ると、どうやって織るのかなあ、と思ってしまう。 -
この納西(ナシ)族のおばさんが実演してくれた織物は幅が狭い。
それでも横糸を打ち込む手には力がこもる。 -
玉水寨の中で公開している集落の中には、内部へも入って見学できる民家もありましたよ。
木造の納西(ナシ)族の民家や小屋の柱には、東巴(トンパ)文字で書かれた紙が貼ってありました。
≪六畜興旺≫と漢字で併記されたものもあったので、農業や牧畜の繁栄祈願の言葉なのでは?
ちなみに≪六畜≫と言うのは鶏、犬、豚、羊、牛、馬のことなんだそうです。
向こうに見える出入り口の三方にも東巴(トンパ)文字で書かれた紙が貼ってあるなあ。
これは漢族の春聯と同じ意味合いなのかな。 -
上の画像と同じ納西(ナシ)族の民家の中に入ってみると、壁には仏画が三枚。
う〜ん、色合いも図柄もチベット仏教のマントラ風だあ。
祭壇もその前に置いてあるし、家の中では大事に扱われている部分だと言うのがありあり。
決して大きい家とは言えないその民家の内部を見回すと…、 -
イチオシ
…中央には炉が切ってあって、薪の火が明り取りと暖房の役目を兼ねていた。
ここで調理もするのかな。
今日はジッとしているとちょっと肌寒いから、この位の火の気があるとうれしい。
あ、火の上にかかっているヤカンはもう真っ黒。
岩手県の南部鉄器の鉄瓶を思い出すなあ。
向こうに座るおじさんのサングラスと足を組んで座る格好が渋い!
納西(ナシ)族のチョイ悪親父、と言ったらまたまた失礼ですね。 -
なんでこの暗い民家の中でサングラスをかけているんだろう。
家の中で火を焚いているから、いくらかでも煙避けの役に立てているのかな。
…と思っていたら、サングラスを不意に上げて身を起こしたおじさん。
青い煙の向こうのその格好がバッチリ決まってカッコいいけど…、おじさんと言うよりおじいさんと呼ぶべきお年だったかも。
少数民族のある程度以上の年齢の人たちは結構老けて見えるので、どう呼んでいいか迷うことがよくあります。 -
イチオシ
上の画像の家屋とは別の建物。
ここは住居ではなく小屋。その片隅にも炉が切ってあって、納西(ナシ)族のおじさんたちが。
こちらのおじさんたちの撮影は有料。10元だったかな?
あまりこういう写真は撮らないSUR SHANGHAIも、左側のおじさんの愛想の良さに負けて数枚パチリ。 -
玉水寨の屋外博物館的に公開している民家や小屋の外側には、昔からの生活用品が壁のあちこちに。
このほかには水牛の頭骨が掛けられていたりしました。 -
玉水寨の出口近くまで戻って来ると、ちょっとしたコンサート・ホールがあって、納西(ナシ)族の古楽が無料で聞けました。
若手がほとんどなので演奏の迫力にはちょっと欠ける様な感じでしたが、玉水寨に来たら足を止めていってもいいと思います。
納西(ナシ)族の古楽を本格的に聞きたいなら、麗江古城内の≪大研納西古楽会≫に行ってみては?
大水車がある場所から水路に沿って延びている東大街にあって、演奏は毎晩8時から9時。
チケットは160元、140元、120元の三種。入口で直接買えます。 -
上のコンサート・ホールで納西(ナシ)族の古楽を2,3曲聞いたあとは、その後に控えてるお土産屋さんへ。
東巴(トンパ)文字入りの衣料品(Tシャツやショール)なんかは麗江古城内のほうが種類が豊富。
ここでSUR SHANGHAIが物色してみたのは、まず東巴(トンパ)文字辞典。
一つの絵文字に中国語、英語、日本語でも意味が付いているのはいいけど、こんなに薄くて1冊50元?
それだったらトンパ文字で検索すると出て来るサイトのほうが便利そうだなあ…。
残念ながらパス。 -
あ、2008年のカレンダーももう出てる。
茶馬古道の道筋の風景画付きか〜。
絵柄も紙も古びた感じでいいんだけど、これも50元。
いつもの如くの「安くして。」に応じてくれないこの価格。
ちょっとみんなに配るには高すぎるし、持ち帰るまでにグシャグシャになってしまいそう。
ん〜、心引かれながらもパス。
注:茶馬古道と言うのは、雲南省産の茶をチベット産の馬と交換するために出来た交易路の名前。 -
東巴(トンパ)文字入りのお土産で、サイズや色の好みに左右されない物は?
…と探していて見つけたのはトランプ。
SUR SHANGHAIが気付いた限りでは、2種類あってどちらも8元。中国語と英語で絵文字の意味も付いています。
この画像の上にある、箱に大鳳神鳥の絵柄が付いたものの方が中身のカードの図柄もきれい。
これだとみんなで遊びながら東巴(トンパ)文字も覚えられるかも。お値段も手頃でお勧めです。
この玉水寨の出口にあるお土産屋さん以外でも見かけたので、興味のある方はどうぞ。 -
納西(ナシ)族の東巴(トンパ)文字グッズ以外には、東巴(トンパ)紙と呼ばれる手漉き紙製品もありましたよ。
東巴(トンパ)紙の材料は、蕘というジンチョウゲ科のガンピの一種らしいので、雁皮紙(がんぴし)に近い感じの紙になるんだと思います。
東巴(トンパ)紙のノート類も100元位からありましたが、表装が野暮ったくて全体に分厚いのが残念。
画像に出ているA4サイズに切ったプリント用紙はお勧め。温かみのある手触りと色合いがいい感じです。
実物はもっと黄色がかった色合いで、10枚入りが20元でした。 -
納西(ナシ)族の民家の屋根の合わせ目にご注目。
ほとんどの民家に懸魚(げぎょ)らしき物が付いています。
懸魚(げぎょ)と言うのは、家屋を火災から守るため、水に縁のある魚を象ったおまじない的装飾品。
麗江古城内では、もっと魚らしい形のものなどいろいろ見られましたが、本当に懸魚(げぎょ)なのかどうかは未確認ですみません。 -
玉水寨の出口近くで最後に見たのは奇石博物館。
この画像に写っているのは食材そっくりの石。
わ、包丁の横に置いてある石なんか、脂身と赤身が入り混じった肉の塊そっくり! -
玉水寨の駐車場で、タクシーの運転手おばさんはすっかり待ちくたびれていた。
「さあ、じゃ次は白沙の集落に行ってみようか!」
玉水寨から白沙の集落へ行く途中では、牛の放牧風景も見られる緑濃い眺め。
白沙の集落は寺院に残された壁画で有名。そのご紹介は、次編へと続きます。
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この旅行記へのコメント (5)
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- しゅんはさん 2007/12/29 13:29:29
- エーデルワイス !!
- SUR SHANGHAIさん
こんにちわ
エーデルワイス に見えます。
といってもしゅんはは、本物は見たことがありません。
ただアートフラワーでは、作った経験が‥‥
道端にこんなお花が咲いているなんて、
しあわせな村なんですね。
今年一年やさしいメールを有難うございました。
来年もよろしくお願いします。
しゅんは (*^_^*)
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2008/01/05 09:39:40
- RE: エーデルワイス !!
- お返事が遅れて失礼いたしました。
明けましておめでとうございます。m(__)m
この麗江のあたりは標高が2400mを超えるので、エーデルワイスの仲間らしき花もこうして集落の道端に何気なく咲いているのかな、と思いましたよ。
白い星型の花が、小さいながらすがすがしく見えました。
日本だとその辺に咲いている花じゃないと思うので、いい物を見つけた気分。
(*^。^*)
-
- arfaさん 2007/12/08 17:57:15
- SUR SHANGHAIさん、80回目のご訪問ありがとうございます。
- こんにちは、arfaです。
納西族の伝説で、「原始は中国北西部に住んでいた祖先が次第に南方に移動して、最後には麗江を中心とした地域に移り住んだ。」というのは巷でいわれている通り、殷の時代に一回に数千人程度も生贄として狩られた「羌」といわれる民族が納西族なのでしょうね。
四川省にも山奥に隠れて住んでいて、高い見張り台に見張りを常時おいて漢族がくれば集落全員で逃げて暮らしていたそうです。かつては殷や周と競った民族も漢族に追われて以来、安住の地を求めて生産性の悪い土地での生活により人口も減少し少数民族になってしまった悲劇の民族なのでしょうが、お気の毒に'50年代に中共の軍事侵略でまた漢族の支配下になってしまっちゃいましたね。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/12/10 19:57:57
- RE: SUR SHANGHAIさん、80回目のご訪問ありがとうございます。
- お久しぶりでございます。
中国の少数民族と言うと、その衣装がまず目を引きますが、そこから1歩入って、その文化や歴史などを知るのはとても刺激になると思います。
ナシ族に限らず、ああ、ここにも多数派の民族によって歴史や風習を変えられてきた民族がいるんだな、と思いますね。
- arfaさん からの返信 2007/12/10 23:33:07
- RE: SUR SHANGHAIさん、80回目のご訪問ありがとうございます。
- チベット、ウィグルもそうですが昔からの独立国が'50年代に世界がベトナム戦争、植民地の独立紛争に目が行っている時に中共軍は周辺の独立国を次々と武力で支配。固有の文化を粉砕し、野蛮な胡に高度な中華文明を教えてやる式でしたが、最近は貧農も減ってきており豊かになった漢族ですがこの気位の高さは何なんでしょう。
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