2005/03/11 - 2005/11/18
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旅人のくまさんさん
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<2005年3月11日(金)>
先月の17日に開港したばかりですから、セントレア国際空港からの出発は今回が初めてです。アクセスを確認するため、下調べをしておきました。
その時は、往きは赤池からの高速バスで、帰りは金山経由の名鉄電車にしました。荷物がある場合は、赤池コースも魅力的ですが、まだ本数が少なく、早い時間以外は、1時間に1本の割合です。それで、朝の早い時間で余裕のない今回は、金山経由のコースにしました。
<名古屋空港集合、成田へ>
早い時間なので、金山駅までの地下鉄は空いていました。何しろ、5時台の始発でした。金山からも直ぐに空港往きの電車に乗れましたので、予定の7時より随分と早く、6時半には着いてしまいました。
空港カウンターでの受付は国際線の一番奥の1・2番カウンターでした。まだ運用が軌道に乗る前の体制でしょうか、誘導や案内のための人員配置が目に付きました。このカウンターでも同じでした。その案内の人に誘導されてカウンターに行きましたが、「まだ時間前です。添乗員の人が纏めて手続きしてください」との返事でした。
少し受け付け時間を過ぎた後で、もう一度このカウンターに顔を出しましたら、直ぐに受け付けてくれて、JTBさんの説明会場の部屋番号を教えてもらいました。何かと慣れていない時期ですから、これくらいは仕方がありません。その、説明会場では、三々五々に説明が行われていました。添乗員の方は、2日前に旅行の確認電話を入れて戴いたTmさんでした。7泊8日の旅行の始まりです。
2月の名古屋空港からの出発の時は免税店が引越し途中でした。このため、私の旅の友のオールド・パーが手にいりませんでした。しかし、今度は大丈夫でした。出発前に買っていても、帰りには荷物にはなりませんので大丈夫です。
セントレアの出発は9時でした。成田空港をハブとしての飛行ですから、少々、出発が遅れても乗り継ぎには心配ありません。出国手続きはこのセントレア空港の方でした。1時間程のフライトです。
<成田出発、アムステルダムへ>
これまでは、名古屋からの直行便を原則に、旅行計画を立てていましたから、実は成田空港へ立ち寄ったのは初めてでした。何となく、乗換えが億劫な感じもしましたし、ヨーロッパ方面へは逆戻りの飛行の点も引っ掛かるものがありました。
成田では3時間以上の待ち時間がありましたから、軽食と生ビールを飲んだりしながら時間を潰しました。予定時刻では13時30分に成田発ですから、機内食が出ても15時頃になる可能性があったためです。この時間を利用して何通かのEメールも打っておきました。
成田からアムステルダムまでは、同じJALですが乗り換えてJL411便でした。後ろから2列目で、完全に近い満席状態でした。ロシア領内に入る飛行ルートは良く分かりませんでした。飛び立って暫くは飛行案内の画面がなかったためです。
帰りの飛行ルートから推測しますと、日本列島を縦断して北上し、日本海を超えた後は、直ぐにロシア領内に入ったようです。帰りは佐渡ケ島の東側をほとんど真南方向に飛行していました。 大陸から海に出た時に流氷が見えましたから、かなり北部で日本海に出たようです。北京からウランバートル近くを通った、小牧の名古屋空港からの飛行ルートとは、明らかに違うようでした。
成田発が13時30分、アムステルダム到着予定が17時35分ですから、時差の8時間を加えますと、約12時間のフライトです。後半では、座席でストレッチ運動をして、エコノミー・シンドロームにならないよう気をつけました。画面でもその手ほどきの番組を流していました。最近は、どの航空会社でも実施しているようです。
<シベリア上空の印象>
シベリア上空経由でヨーロッパへ向かう時は、この時間が無限に思えるほど長く感じます。それで、退屈しないよう、眼下に広がるシベリアの耕地を眺めながら印象を纏めました。往きのこの時間に眠ってしまうと、スペインについてからの行動に影響が出ます。その逆に帰りは無理にでも休むことにしています。
その時のメモです。「なだらかな丘陵と、曲がりくねった川、その川は全て白い帯。30分見続けていても同じ景色の連続。民家や人の手にかかったような構造物も一切見当たらない。雪や氷が少ない場所は、褐色の荒地。多分、これは永久凍土。白い帯が広くなったところが広い川、これに注ぐ川は幾何学模様に曲りくねった細い帯。時としてループのような形も。丘陵地帯が切れた平地では一面の白。窓には氷の結晶が付着。外気温はマイナス64度C、飛行速度は865km/h」などでした。
やはり、こんな景色の連続では、眠気が襲ってくるのは止むを得ません。後は、手元の画面でビデオを楽しむことにしました。アニメ、外国映画、日本の時代劇等の番組がありました。エンドレスのビデオ放送です。途中から見始めた場合、もう一度、前に戻って始めの方を見ました。
ところどころ気流の悪い箇所を飛行しましたが、予めアナウンスで放送されていましたので、何のトラブルもない、順調な飛行でした。もちろん私の場合、用事で席を立った時以外は、全てシートベルトを着用していますから、少々のことは大丈夫です。機内放送でも、シートベルトの着用が、繰り返し流されていました。
<アムステルダム到着、マドリッドへ>
シベリア上空を過ぎて、ウラル山脈を越えると少しほっとします。しかし、これから先の飛行時間もたっぷりとあります。モスクワの北を通って、サンクトペテルグルグ付近を過ぎ、それから更に西に飛んでヨーロッパの東端です。
アムステルダムからマドリッドまでの飛行は、イベリア・スペイン航空機でした。JALとの提携飛行です。Tmさんから「ここからマドリッドまでの飛行機は、基本的には飲み物サービス等はありませんから、各自で用意して置いてください。ホテルへ到着するのも夜ですから、このことも計算に入れてください」といった趣旨の説明をしてくれていました。それで、アムステルダムでの待ち時間の間で軽食を済ませ、ホテルに到着した夜に備えて、つまみを買っておきました。
アムステルダム空港の印象です。さすがにヨーロッパのハブ空港だけあって、規模も大きく、待ち時間を過ごすには設備も整っています。お土産品を選ぶのにも好都合です。通路の真ん中の目立ちやすい場所には、日本からの出店と思われる鮨屋さんも見かけました。
<マドリッド到着、ホテルへ>
アムステルダムの出発が30分程遅れましたから、マドリッドには22時30分頃に着きました。当初予定より30分遅れです、まずまずの時間でしょう。空港内での移動の時に撮った写真には22時38分の電光表示がありました。
全員の荷物が無事に届いて、迎えのバスに乗りました。メモには23時19分、空港出発とありました。やはり荷物出しには30分程の時間がかかりました。1時間以上かかることもあるようです。この時の外気温は9度Cでしたから、少しひんやりはするものの、出発した名古屋とは余り違わない気温でした。コート無しで名古屋を出発しましたが、どうやら正解だったようです。
出迎えてくれた現地ガイドさんは、たまたま同じ名古屋の西区に住まわれているベテランガイドの杉本さんでした。スペインでのお仕事で、5年程はマドリッドに住まわれているようでした。バスの中での案内では、「田舎の雰囲気が残っているポルトガルが好きです」の言葉が印象に残りました。時々、日本へも帰られているようです。予め竹村さんからお聞きしていたマドリッドの治安問題も、繰り返して注意がありました。
「スペインに渡航される皆様方へ」のタイトルで、2003年6月10日付けで出された外務省の海外危険情報では、「首絞め強盗」の話が注意喚起されていました。2001年には実に263件の日本大使館への届出があり、その後の注意喚起で減少はしていますが、マドリッドを中心に相当数の強盗被害が発生しています。
被害の特徴は、全体の8割が土曜、祝日を含めた休日に発生していることと、個人旅行者が主に狙われていることのようです。いきなり頭を殴られて気絶をさせられるなど、怖い犯罪です。持ち去られるのは金品のほか、パスポートです。闇市場で高価な値段で取引されているようです。
空港からホテルまでは1時間はかかりませんでしたが、深夜になって仕舞いました。この日はシャワーを浴びて寝るだけでした。シャワーの前に薄い水割りを作って、この日のメモを簡単に整理しておきました。まずは順調な旅行の始まりです。
シベリア中空で
荒涼の山野は氷に閉されて生の営み目には映らず
彩の少き広きツンドラの時は止りて遅々と進まず
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー
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開港したばかりのセントレア空港からは、初めての出発でした。最初の乗換え地、成田へ向かっての出発です。2005年3月11日の金曜日のことでした。
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空港へのアクセスの確認のため、赤池からバスでやって来て、帰りは名鉄バスで金山経由で帰ったことがあります。この日は金山経由にしました。
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世界のハブ空港には遥かに及びませんが、以前の名古屋空港に比べれば、格段に規模が大きく、明るくなった空港です。
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名古屋空港では国際線と国内線が別棟でしたが、今回は同じフロアーとなりました。相互間の乗換えなどは便利なようです。
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2月17日の開港にあわせ、夜を徹して名古屋空港からの大移動が行われました。運ばれたのは機体のほか、牽引車などでした。
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総勢30名で、全て名古屋からの出発です。説明をされているのは今回の添乗員のTmさんです。飯田のご出身とお聞きしました。
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今回の旅行は行き帰り共、2回の乗継がありました。最初の乗継が成田空港で、2回目がオランダのアムステルダム空港でした。
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前の写真も、既にアムステルダム空港でのトランジットの時間です。長い長いシベリア上空の飛行を終え、ウラル山脈を越えて到着しました。
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空港内の2階にあったパブ風のお店です。食事の人や、生ビールを飲んでいる人で賑わっていました。時間があれば立ち寄りたい店でした。
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さすがにオランダはチュリップの国です。お土産として、各種の球根を売っていました。大きなひまわりは飾り用の造花です。
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通路の真ん中の目立ちやすい場所で、お鮨屋さんが営業していました。お店の看板に「シラサギ」の英文字とマークがありました。
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いよいよ2回目の乗換えで、マドリッドを目ざしました。今度はイベリア・スペイン航空機です。かなり長い距離を歩いて搭乗口に向かいました。
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時刻は22時38分を指しています。マドリッドのバラハス国際空港です。アムステルダムからは2時間半ほどの飛行時間でした。
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この案内表示もアムステルダムで撮りました。ロンドン、フランクフルト、リスボン行きの便等が表示されていました。
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全員無事の到着を確認される竹村さんです。私の場合は機内持ち込みのリュック1つなので、その心配はありませんでしたが、荷物の方も無事に到着しました。
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止まったマドリッドのホテルのフロントです。50mと離れていないコンビニに行く時でも、強盗に注意するよう、教えて貰いました。
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