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ライオンベラーさんへのコメント一覧(3ページ)全33件

ライオンベラーさんの掲示板にコメントを書く

  • マッドマン

    ライオンベラーさん、はじめまして

    マッドマンショーの様子を懐かしく拝見しました。
    ライオンベラーさんが行かれたちょうど1年前に私もゴロカで
    このショーを見ました。
    私が見た時は人数がだいぶ少なかったので
    ライオンベラーさんの写真を見て驚きました。
    子供たちもすごく多くて迫力もすごいですね!

    私が見た時は子供は一人しか出てこなくて
    その子がとてもかわいかったんです。
    ↓この子です。
    http://4travel.jp/traveler/tapioca/pict/12634188/
    その子がいないかしらとライオンベラーさんの写真を探しましたが
    みんな似ていて正直分かりませんが、たぶんこの中にいるのだと思います。
    3歳くらいだったので一年たったらかなり成長しているだろうと思います。

    同じ村の様子を見ることができて、
    とても懐かしく嬉しい気持ちになりました。
    どうもありがとうございました。
    2009年02月07日19時51分返信する 関連旅行記

    RE: マッドマン

     コメントをいただきありがとうございました。

     ニューギニアに行ったのは半年前なのですが、
    もうずい分前のように思えます。

     行くまでは不安で、何度も4トラの旅行記を
    見ていたので、そのときに、あっちゃんさんの
    旅行記も拝見させていただいていたかも知れません。

     ラバウルにも行ってこられたのですね。

     ラバウルはとても行きたかったけど、
    思うようなツアーを探すことができませんでした。

     漫画家の水木しげるさんもラバウルで
    戦っておられたのですね。

     テレビの劇画などで見たことがあります。

     またいつか、その頃をテーマにした漫画も
    読んでみたいと思います。

     また、ゲゲゲの鬼太郎の映画の最新版も
    面白そうなので、ぜひまた見たいと思っています。

     では、よい旅を続けてくださいね。

                      ベラーより
    2009年02月08日19時12分 返信する
  • 戦争は悲しい

    会社の慰安旅行で鹿児島の知覧町へ行きました。
    特攻隊の基地があった所です。
    青年18歳〜20歳で少尉、中尉となり、
    特攻隊として、片道だけの燃料を積み、
    家族・日本人の為に多くの青年が戦死しました。
    その時に、身内に書いた手紙が展示されて
    いました。慰安旅行の途中でしたが、
    急に行く事になり、皆、長い間、感慨深く
    見てました。
    30年前に、サイパンに両親と行きました。
    父は現在90歳です。満州で伍長だったそうです。
    ザンゴウ、砲塔等を見ながら、昔を思い
    起こしたようです。
    戦争は反対ですが、日本の国は、スイスのような、
    永世中立国になれないならば、憲法を改正し、
    自衛隊を軍とし、日本領土は自国で守る必要が
    あると思います。他国軍の進入に対しては、
    断固、攻撃する。一人の国内に住む人々、
    物を破壊させない意志を示すべきだと思います。
    そのためには、唯一の被爆国である日本が、
    核の排除を強く呼びかけ、だめな場合は、
    核武装すべきだと思います。国際協力に対しては、
    日本国籍船のみを守る為に、軍を派遣し、
    戦争地域への補給援助等は、当分、検討する。
    ホームレスの方々に、自衛隊に入隊してもらい、
    住居と食料を提供し、訓練をしてもらい、適正な人は、
    武官として残ってもらう。100人に1人位は残る人が、
    いると思います。その他の人は、体を鍛え、就職斡旋
    部署を作り、住所を自衛隊にし、就職先を斡旋すれば
    良いと思います。
    2009年01月31日09時07分返信する

    RE: 戦争は悲しい

     インドのガンジーは右の頬を打たれれば左の頬を差し出せといいました・・・というのはウソです。確か、これは聖書に書いてあったことではなかったでしょうか。

     これはきっと、自分と相手を同等または対等とみなすことによって、相手を打つことで、自分が打たれているように感じるので、自分の行っていることの非を知り、反省するということではないでしょうか。

     しかしもし、自分は打ってもよい人間で、相手は打たれて当然の人間だと思い込んでいる人にとっては、自分=打つ人、相手=打たれる人 ということは、当然のこととして、何の疑問も抱かずに、行い続けるでしょう。

     戦争も同様で、日本は攻撃されても当然だと思い込む国(または勢力)があって、他の国がそれをとがめなければ、日本は攻撃されることも在り得るでしょう。

     しかし、特に資源も無い日本に攻め込んだところで、そのコストに比べて、利益はとても少ないのではないでしょうか?

     まあ、相応の人口を安い労働力として使いたいようなときぐらいではないでしょうか?(もし、民族浄化を理由に日本民族を抹殺しようという勢力があれば、この限りではありませんが・・・)

     でも、もし、日本が核武装していればどうでしょうか?

     これは、一刻も早く(先制攻撃をしてでも)、その脅威を取り除きたいと、周辺の国々は思うのではないでしょうか?

     誰でも、武器があれば、なんらかの不利益を被ったときには、それを使いたくなるのは当然のことでしょう。

     過去に富国強兵政策をとっていた日本は、アジアの覇者となるべく、その軍事力で、皆が引くに引けなくなって、世界大戦を引き起こして(に巻き込まれて?)しまったこともあります。

     もし、核があれば、死を覚悟した人たちが”核があるのにそんな弱気でどうする!”と言い始めれば、皆が彼らの美学による自害につき合わされ、平和に暮らしたい諸国の人たちをも巻き込んでしまうことになりかねません。

     また、世の中を浄化したいと考えるような人たちにとっても、核というのは、その絶好の手段となるのではないでしょうか?

     と、いうことで、”核によって、一度地球を浄化しなければならない”と考えるような人たちが、増えないような世の中をつくっていくことこそが、今、最も大切なことであろうと考えます。

     また、世界大戦というのは大地震と同じで、だんだんその歪が蓄積されて、その被害を忘れた頃に、次の大戦が起こるということも考えられます。

     そのときに壊滅的な結果を導く、核兵器の量を少しでも減らしておく必要があろうかと思います。
                        私の予感はそんなところです。
    2009年02月01日22時07分 返信する
  • 極楽鳥でごくらく、ごくらくですね

    ライオンベラーさんへ
    まさに、秘境!
    あなた様は、インディジョーンズか
    ジェラシックパークの探検隊!?
    いいですねええ。想像もつかない世界での
    極楽鳥!あああ!・・・。
    どきどき、わくわく、想像できます。
    ありがとうございました。
    失礼しま〜す。
    2009年01月29日05時58分返信する 関連旅行記

    RE

    右の頬を打たれれば左の頬を差し出せといいました.
    これについては、暴力反対であり、例え、殴られても、
    自分の強固な意志を無暴力で示すという
    事ではないでしょうか?

    核武装については、ライオンベラーさんの考えに
    大筋賛成です。

    一度、田母神元航空幕僚長に、防衛大臣になってもらい、
    本来の自衛隊を見直すというのは、どうでしょう?
    選挙を第一と考える大臣、副大臣、自分の立場を
    守り、天下り先を考える、シビリアンの人達には、
    まかせられない問題だと思います。

    では、サラリーマンとして会社に行ってきます。
    良い一日でありますように。
    「外に出ると7人の敵がいる」と言われてますが、
    私には7人以上の、普通の人間に会える楽しみで
    一杯です。

    追伸。コメントはもう少し短くして、
       改行してください。私のPCでは、
       いちいち、右、左とマウスを動かさねば
       なりません。

                  ヒマジンより
    2009年02月02日07時56分 返信する

    RE: RE

     わかりました。
     コメントはもう少し短くして開業します。
     しかし、開業するためには資金が必要なので、
     何とか、資金を集める方法を考えたいと
     思います。

     さて、戦争の話題に戻りますが、

     私が思うには、人間も生物の仲間ですから
     戦争について理解するためには、
     他の動物の様子をよく観察しなければ
     ならないと思います。

     そうすると、動物の群れが他の群れと
     戦うときは、そのほとんどが、
     餌場を確保するためということに
     気がつきます。

     人間の場合も同じで、なぜ人間が戦争する
     のかといえば、自分たちがより快適に
     暮らすためということになるのでしょう。

     しかし、戦えば必ず、相応の被害を被る
     ことも確かでしょう。

     この被害と、戦いによって得られる利益との
     兼ね合いによって、戦うかどうかが
     決まるのではないでしょうか。

     しかしもし、戦いを遂行する人たちが
     十分な勝算があるため、敗戦の責任をとる
     必要が全くなくて、自分が現場に出て戦う
     必要も一切なければ、安易に戦争を始めようと
     考えることもあるでしょう。

     今は、平和憲法が邪魔で、安易に戦争を
     始めることができませんが、
     それさえなければ、その都度
     都合の良い法律をつくって、
     いくらでも簡単に戦争を始めることが
     できます。

     諸外国にとっても、平和憲法を掲げている
     国を攻撃することには抵抗がありますが、
     侵略の可能性のある国を先制してたたく
     ことに対しては、それほど抵抗は
     なくなると思います。

     今でこそ、日米関係はある程度、良好に
     保たれていますが、日本が相応の
     軍備をもてば、そんなにアメリカの
     いうことばかりを聞く必要も
     あるまいというおごりの気持ちが
     出てきて、日米の関係が緊張していくことも
     考えられます。

     そのとき、アメリカを仮想敵国として
     軍備を増強していくとしたら、
     もう後にはひけないでしょう。

     現在は、世界恐慌→軍部による2.26事件
     という構図が、この間の軍部による論文事件と
     酷似しているような気がします。

     いったん社会が”行け行け”ムードに
     なってしまったら、もはや誰にも
     止めることはできません。

     そんなことを考えると、安易な憲法改正や
     武装強化は考え直さなければなりません。

     とは、言いつつも、喉元を過ぎれば
     熱さを忘れるというように、

     大地震と同じで、次の世界大戦は、もはや
     避けようにも避けられないものとして、
     地球の未来史に組み込まれてしまって
     いるのかも知れません。

     昔、映画で見た”猿の惑星”を思い出して
     しまいます。

             以上が私の予感です。
     
    2009年02月02日19時32分 返信する
  • ぐんぐん、日本橋、威厳を感じました

    ライオンベラーさんへ
    初めまして、一歩人です。
    やっぱり、旅行記を拝見して、掲示板へ来ちゃいました。
    昔は、これほど、マイブームになりませんでした。
    やっぱり、江戸東京博物館の木製の日本橋を見てからです。
    というより、あの、欄干が気になってからです。
    獅子と麒麟もどんどん、迫って来て迫力を感じました。
    ありがとうございました。
    2008年11月20日01時58分返信する 関連旅行記

    RE: ぐんぐん、日本橋、威厳を感じました

     感想をいただきありがとうございます。私も東京(江戸)の歴史に関心をもつようになりましたので、またブログを訪ねさせていただきます。
    2008年12月29日20時42分 返信する


  • 霊に、深々とコウベを垂れます。

    詳しい、お話有り難うゴザイマシタ。

    国民学校卒業者として、思い出したくない「戦争」でした。

    いまでも、なにかにつけ「ガダルカナルやインパール作戦の兵隊さんを考えれば、コレシキ」です。

    あさから、襟を正す気持となりました。

    失礼致しました。
    2008年10月23日08時22分返信する 関連旅行記

    RE: 霊

    感想をいただき、有難うございました。
    私も昭和生まれなので、太平洋戦争についてはよく話に聞きながら育ちました。
    これからはこのような大規模な世界戦争が決して起こらないようにと祈り続けています。
    (小規模な戦争も同じですね)
    2008年11月21日23時30分 返信する
  • ありがとうございます

    江戸弁の件、トヨタ織機の件、
    勉強になりました。

    実は私の勤めている会社も
    繊維を製造していましたが、
    現在は、繊維製造はせずに、
    アクリル・カーボン等の製造を
    しています。しかし未だに会社名に
    レイヨンという名称を残しています。
    では、失礼こきます。
    2008年10月05日10時16分返信する

    RE: ありがとうございます

    人類は太古の昔からいろいろな繊維を利用していたようですね。
    それ以前は何を使っていたのでしょうか?
    動物の毛皮などで寒さを防いでいたのでしょうか?
    暑い地方はどうなのでしょうか?
    そのへんのところは、ニューギニアの村の人たちの衣装が参考になるかも知れません。
    繊維についても関心を持って見ていくといろいろ面白そうですね。
    絹糸なんかも誰が発見したのでしょうか?
    誰かが繭を触っているうちにひらめいたのでしょうか?
    昔は繊維産業が盛んで、東京駅ができる前に品川−高崎(群馬県)線が開通していたようですね。(明治17年)上野−新橋がつながったのは大正14年のことだったようです。
    2008年11月21日23時53分 返信する
  • そうですね。

    3人同士では、やはり名古屋弁で話ていたのでしょうね。
    しかし、徳川家康が始めて、東京に進出したときは、
    ほとんど人が居なかったのでしょう。
    そうすると、家康の部下たち町民達は名古屋から、
    東京に来たのに、なんで東京は江戸弁になったのでしょうか?
    高校の先生に質問してるようですが、不思議です。

    中心地、名古屋もすごいですが、トヨタ自動車の景気は
    すごく良いですね。
    2008年10月04日18時45分返信する

    RE: そうですね。

     名古屋(駿河や岡崎?)から江戸に移住してきたのはごくわずかの武士で、江戸で人口が増えたのは、そのほとんどは関東各地から集まってきたと思われます。

     そのとき、流入してきた人たちが、元々江戸にいた人たちの言葉を真似るうちに、いわゆる”江戸っ子言葉”が普及していったのではないでしょうか?

     トヨタに関してですが、トヨタというのは、豊田佐吉という人が紡績機を発明したために発展してきたようです。

     その孫(?)でしたか、その人が車が好きで、先代の積み上げた財力で自動車部門を始めて、それが当たって現在に至っているようです。

     糸から布を作るとき、縦糸と横糸を交互に通していきますが、これまで人の手で機織機(はたおりき)を動かしていたけど、豊田佐吉という人が、世界で始めて、縦糸と横糸を無人で通す機械を発明したようです。

     そして、日本中で繊維産業が盛んになったようです。

     今日、是非”トヨタテクノミュージアム産業記念館”に行きたかったけど、時間がなくて行けませんでした。

     う〜ん、残念!
    2008年10月05日00時46分 返信する
  • 第二次世界大戦

    良い復習が出来ました。
    地理の勉強にもなりました。

    何故か学校の先生の授業を
    受けてる感じがしました。

    私はグアムとサイパンに
    行った事があります。
    特に、サイパンには沢山の
    戦場の跡が残されていました。
    2008年09月13日17時26分返信する

    RE: 第二次世界大戦

     私自身、これを書きながらいろいろと知りたいことを調べています。

     いい勉強になります。

     実は私は、今は福祉系の仕事をしていますが、若い頃は、学習塾に勤めていたこともあります。

     基本的に子供に教えるのは大好きです。
    2008年09月13日18時01分 返信する
  • ファンタスチック!

    はじめまして、ヒマジンと申します。
    ブログを拝見しました。ケニア、
    パプア・ニューギニヤとは、かなり
    旅行通ですね。現地の事が良くわかりました。
    現地の人との交流もされてるようですね。
    特にパプア・ニューギニヤでは、いろんな
    祭事に参加させていますね。あれだけ、溶け込めるのは、
    数少ない日本人じゃないですか。
    もちろん、景色も素晴らしいですね。
    東京散策では、21年東京で働いている私も、
    知らない所も一杯ありました。
    築地では、何か食べられましたか?
    回転寿司屋なら、築地の入口あたりにある、
    寿司屋より市場の中にある、すし屋の方が安いですよ。
    しかし並ばなければいけませんが。
    これからもブログ楽しみにしています。

    私のハンドルネームのヒマジンの由来を説明させて
    下さい。ヒマは、忙しいビジネスマンの仕事量を、
    私は効率よく、こなして、同じ仕事量でも、ヒマが
    あるという、うぬぼれ?と、マジンは、ジョン・レノン
    の「イマジン」の歌詞に共鳴して作った造語です。
    私の体験記も時間があれば見てください。

    http://4travel.jp/traveler/cea45420/album/

    2008年09月09日19時26分返信する

    RE: ファンタスチック!

    ヒマジンさん

     ジョンレノンについては私も思い出があります。ロンドンに住んでいたときのことです。日本を出てから半年以上も経って、そろそろ日本のことが恋しくなりかけていた12月のことでした。

     事件は新聞の一面を飾っていました。衝撃的でした。まわりにいたイギリスの人たちの表情は皆同じでした。完全に凍りついていました。


     その前のことでしたか、後のことでしたか、ロンドンのカーナビーストリートとか、リバプールの彼ら所縁のスポットを訪ねたことも懐かしく思い出されます。

     あの頃の時間は今はどこへ行ってしまったのでしょうか?


     ヒマジンさんとは確か、以前、成田から京都までご一緒したと思うのですが・・・
    2008年09月10日01時05分 返信する
  • はじめまして

    毎度おおきに
    nakamasananiwaと申します。

    実は昨年末、浜金谷に行ったのですがすごい強風でケーブルカーもフェリーも駄目。急ぎ旅のため、のこぎり山、東京湾フェリーともあきらめました。

    そんなわけで今朝このブログ見つけて、もしかしてと思いうかがいました。
    おおきにです。見たかった風景が自分で行ったみたいな感じで、うれしーです。

    また遊びに来させていただきます。

    それでは

    2008年07月30日10時15分返信する 関連旅行記

    RE: はじめまして

     のこぎり山は階段が多くて大変でした。

     ロープウェイは片道にして、歩いて下りた方がよかったかなと思いました。

     天候には恵まれていたので幸運でした。

     これからもいろいろな旅を続けたいと思っています。

     ブログを見ていただいて有難うございました。
    2008年07月30日23時42分 返信する

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国内44都道府県、海外39ヶ国を訪れました。あと3県、61ヶ国を訪れるのが目標です。これまでは「出会いと発見」がテーマでしたが、これからは旅を通して少しずつでも何かの役に立っていけたらと思っています。

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