mmsm61さんのクチコミ(2ページ)全673件
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投稿日 2023年07月25日
総合評価:3.5
本堂の裏側、直江兼続の墓の右方面、林泉寺庭園(米沢三名園の一・廻遊式)と刻まれた石柱があり、その先です。庭園には池がありハナショウブが咲き中島がありました。一周しました。西方の斜平山を借景とした雄大なつくりの禅庭だそうですが、どっちに山があるのか確認しませんでした。綺麗に整備されていましたが、途中で歩き難いところがありました。中程には弁財天の石の祠があり、平成23年に新たに建立、初代は林泉寺庭園が築庭された頃と思われるが詳細は不明、永年の疲弊と東日本大震災で大破損したので新たに建立したと説明石にありました。
- 旅行時期
- 2023年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年07月25日
総合評価:4.0
本堂で拝み左側に行くと武田信清の墓があり、その右方向に直江兼続のお墓がありました。上杉景勝の重臣、文武両道兼備の名将で大河ドラマ「天地人」で愛の前立をあしらった兜の武将として一躍有名になった人物です。夫婦の墓所です。境内の中で一番立派な墓所と思われます。米沢地方独特な万年堂・万年塔の墓で、正面の六角形の三個の穴は、直江家の家紋で、県指定史蹟だそうです。
- 旅行時期
- 2023年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2023年07月25日
総合評価:4.0
明治43年旧米沢高等工業学校の本館として建設、国指定重文、ルネッサンス様式の洋風木造建築だそうです。南米沢駅から徒歩10分位でしょうか。内部は見学出来ませんでしたが、外観は自由に見学出来ました。入口は中央正面を中心に左右にあり、門扉はなく外観を見るため自由に入れました。兎に角大きな建物で圧倒されました。この建物を管理するのは大変だろうと感じましたが、大切に管理しているのでしょう。また、敷地内には旧米沢高等工業学校の本館沿革石碑、「青春」詩碑、工学部関係先生のモニュメント、ライトアップの説明板等がありました。外観だけでも見学は十分でした。
- 旅行時期
- 2023年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年07月25日
総合評価:4.0
越後高田に創建、上杉景勝の時代に米沢に移ったそうです。長尾家、上杉家の菩提寺で立派な霊牌が数多く安置され、境内には上杉家歴代正室廟所や上杉家臣の墓がたくさんあります。山形大学工学部の前を通りコンビニを過ぎると寺名表示柱が見えます。近づくと駐車場入口で正門はちょっと先でした。上杉鷹山公がくぐられた竹俣當綱家老の門の表示板があり、入口石段を上り境内に入りました。石畳の先に本堂が見え、左側は樹木が生え紫陽花が咲き、墓所があり、右側には上杉鷹山公お手植えのしだれ桜、花が咲く時季は綺麗でしょうが、今は緑のしだれ桜葉のみでした。本堂近くに行くと左側に境内のみ1人100円との表示箱があり、右側には小屋がありました。どうしたらいいのか分からずそのまま本堂方面に進んだら鐘のような物が鳴らされました。入場料を払えとの合図でしょう。戻って小屋の前に行ったら担当者がいて、境内のみの拝観料100円を払い、パンフレットを貰い境内に入りました。境内左側が墓所で上杉家歴代正室廟所、直江兼続夫妻の墓、上杉家臣の墓がたくさんあり、該当墓に説明板や氏名板を立ててあり分かりやすかったです。また、本堂の裏には廻遊式米沢三名園の一つがありました。見どころ満載のお寺でした。
- 旅行時期
- 2023年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2023年06月28日
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投稿日 2023年06月28日
総合評価:3.5
銀座の中央通りを新橋方面に行き、高速道路(目印はドン・キホーテ)の下をくぐり抜けると左側にあります。銀座新橋ミニパーク、新橋親柱と同じ場所にあります。ここは港区です。昭和初期の西城八十作詞、中山晋平作曲の歌で楽譜と歌詞が石碑に刻まれていました。石碑を見て口ずさんでみました。聞いたことがある歌です。私の年齢が分りますね。古い歌でした。石碑の横には銀座の柳二世、そして標示柱もあり立派に生えていました。なお、銀座の柳二世は他の場所にもあるそうですがこの場所にもありました。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年06月27日
総合評価:3.5
御門通り、銀座8丁目10番ビルと標示があり、その一角に芝口御門跡の説明板がありました。江戸時代にこの場所に新橋が架かっており、我が国の威光を示すため桜田門のような城門を建設、芝口御門と呼ばれ新橋は芝口橋と改称、しかしながら築後15年で焼失、芝口御門は再建されず石垣が撤去、芝口橋は新橋に戻ったそうです。この経緯については説明板等があるため分かりましが、説明板が上にあり読みにくく後から撮影したのを読み返しました。また、説明板の後ろ側にも詳しい内容があるようですが如何せん上にあり、また擦れているため分かりませんでした。それでも、江戸時代の様子に少し接したような気がしました。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年06月27日
総合評価:3.5
汐留遺跡・龍野藩(兵庫県)脇坂家上屋敷内、祠の参道から出土した物だそうです。花椿通りと昭和通りの交差点、Xの字形の歩道橋、右側歩道橋階段下にありました。歩道橋階段下にこのような遺跡を保存展示しているとは当時の屋敷内が偲ばれて良いと思います。ただ、この遺跡に気付く人は少ないようです。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年06月27日
総合評価:3.5
汐留遺跡・大名屋敷の石組溝(排水設備)で使われていた物だそうです。花椿通りと昭和通りの交差点、Xの字形の歩道橋の左側歩道橋階段下にありました。歩道橋階段下にこのような遺跡を保存展示しているとは当時の屋敷内が偲ばれて良いと思います。ただ、この遺跡に気付く人は少ないようです。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年06月27日
総合評価:3.5
中央通りがら花椿通りを昭和通り方面に向い二つ目の通り先ありました。ポツンと椿の花を持った少女像が設置してあります。像には像設置経緯説明板、製作者、「はな」像名板が埋め込まれていました。それによると環境整備作業の完成と道路愛称名の花椿通りにちなんで像を設置したとありました。ただ、あまり関心を持ち振り向く歩行者はいないようです。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年06月27日
総合評価:4.0
銀座には小さな神社がたくさんあるそうで、ここもその中の一社です。歌舞伎座裏、銀座三丁目木挽町通りに鎮座し、うどん屋の先、郵便局の隣にあります。鋳物と思われる神社由来説明板が神社入口横にあり、それによると1615年三河の国深溝の領主板倉内膳匠重昌の江戸屋敷内に家内安全と火除けの神として祀られた等々説明があり、明治維新後、地元木挽町の氏子に寄進され現在に至っているそうです。狭い敷地内に神社名標示柱、狛犬、鳥居、赤い前掛のお狐さん、社殿があり、地元の方でしょうか、お参りをして行きました。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年06月27日
総合評価:3.5
中央区には大学発祥の地が数多くあるようで、その一ヶ所です。歌舞伎座裏、松屋通り、うどん屋入口の右側、ビルとビルの間・自販機の横に丸型の茶色の碑がありました。碑には明治時代にこの地に法律及び経済の専修学校として発足、建学の精神は社会に対する報恩奉仕であり質実剛健、誠実力行は学風であると刻まれています。今の専修大学の始まりで、創立100周年を前に建立したそうです。人通りが多い通りで、隣のうどん屋には並んでいる人が多かったですが、この碑に目を止める人はいなかったです。あまり目立たない碑でした。
- 旅行時期
- 2023年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年05月28日
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投稿日 2023年05月28日
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投稿日 2023年05月28日
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投稿日 2023年05月27日
総合評価:3.5
清澄三丁目、清洲橋通りと小名木川の間の一つ目の通りの住宅地の中にありました。三穂道別稲荷神社名の石柱があり、清澄三丁目北部町会事務所と住宅の間の狭い道を行くと神社がありました。石の鳥居があり木製の社殿、お稲荷様、社殿の戸は開けられていました。ただ、前後は住宅で日陰になっています。神社の右側は空地となっており、お参りをした後、その横を通りもう一つの通りに出ました。この神社の由来については、社殿前に関心のある方は一部持ち帰り下さいと書かれた入れ物があり、その中に印刷物がありました。それによると神社地が三坪だったので三坪神社と呼ばれたのを満穂となり、さらに三穂に変わり、昭和40年に隣り合わせにあった道別神社を合わせ三穂道別神社になったそうです。満穂、道別神社とも歴史は古いようです。
- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年05月27日
総合評価:4.0
本誓寺正門から参道を行き清洲橋通りに出て左側です。本誓寺の横側です。芭蕉ゆかりの寺で臨済宗妙心寺派だそうです。本堂は新しいようで丸みを帯びた屋根で近代的な建物です。正門門扉の鉄の板のような物に寺名と宗派そしてRINSENJI-Templeとありました。境内に入ると左側が本堂と庫裡、右側が墓地、入って直ぐ右側にはお寺の由来と芭蕉ゆかりの石碑の説明板、そして、正面に芭蕉由緒の碑、芭蕉墨直しの碑、玄武仏碑、梅花仏碑の4碑があり、分かりやすいように碑の標示板がありました。古い石碑で、いずれも芭蕉ゆかりのようです。
- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年05月27日
総合評価:3.5
400年前に創建されたそうで、深川七福神のひとつ布袋尊として親しまれているそうです。三穂道別稲荷の裏出入口、清洲橋通りと小名木川の間の二つ目の通りを左側に行き直ぐで、住宅地の角地にありました。こちらは清澄二丁目です。布袋尊の看板があります。鳥居をくぐると右側に社殿、左側に社務所があり、社殿には柵が設置されて近くにいけませんが石像の布袋尊がありました。社務所は清澄二丁目会館の一部となっており、普段は閉まっているようです。1月1日から7日深川七福神めぐり、色紙・笹・鈴の授与と書かれた看板が立っていました。また、清澄町二丁目自治会明治百年記念碑があり、その横の石造燈籠(昭和2年在銘)は江東区有形文化財のようで登録証がありました。
- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年05月27日
総合評価:4.0
清澄庭園の向い側、本堂は近代的な造りですが由緒ある浄土宗のお寺です。正門は清澄庭園入口側ですが、清洲橋通りの臨川寺裏側が参道となっている門があり、そちらからも来れます。正門を入ると正面に近代的な本堂、本堂前には車が3台留まっており窮屈に感じました。正門左側に観音菩薩像、右側には石造迦楼羅立像(インド神話上の架空の大鳥だそうです)があり、そして庭園、庫裡がありました。庭園の白藤は3月29日開花、4月上旬見頃と掲示板にありました。花の棚の近くに行って見たのですが4月下旬のため見頃は終わったのでしょうか。墓地は参道を挟んで反対側で、墓地には江戸時代中期の著名な国学者村田春海の墓、中国事情や薬種・薬学等に精通していた呂一官の墓があると石標柱と説明板がありましたが墓地は門扉があり閉じており中には自由に入れないようです。なお、正門脇石壁にある寺名板の寺名の誓は、左側が手偏となっており、その説明書きに書家が書いた異体字(標準字以外俗字略字)とありました。
- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年05月27日
総合評価:3.5
蒲田八幡神社の隣、由緒ある日蓮宗の古いお寺のようです。山門を入る前、右側に大田区文化財・妙安尼供養塔、日蓮聖人坐像(非公開)の説明板があり、それを見て境内に入りました。妙安尼は初めて聞く名前です。参道両側は樹木が生い茂りその両横は墓地になっていました。しばらく進むと右側奥に本堂、左側に七面堂(七面天女と軍配を持った八幡菩薩像の説明板設置)その先に妙安尼供養塔、庫裡がありました。また、七面堂手前の小さな池に震災の蓮が咲く(7月)との説明板がありました。街の中にあるのに樹木が多いお寺でした。
- 旅行時期
- 2023年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0















































































































































