kioさんへのコメント一覧(35ページ)全472件
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kioさん、ごぶさたです!
おおっ!新しい旅行記がアップされていますね!!!
楽しみだなっ!
一昨日に無事に帰ってきました!
本当に厳しい旅だったので、その感慨もひとしおでした。
留守中にも私の方の版に、あたたかいお言葉を書き込みいただき、ありがとうございました!
また遊びにきますので、よろしくお願いいたします!
取り急ぎご報告まで!!2005年08月31日20時31分返信する -
予定通り8/31−9/7日、南アフリカ旅行に参ります。
kioさん
書き込みいただきありがとうございます。予定通り8/31−9/7日、南アフリカ旅行に参ります。状況は帰国後、旅行記でご報告いたしますので、ご覧いただければ嬉しいです。
2005年08月31日13時07分返信するさすらいおじさん 気をつけていってらっしゃ〜い
南アフリカかぁ、、憧れるなあ
とんでもなく風光明媚な所らしいですね。
南アフリカの真東に数千キロ先にオーストラリア大陸がありますよね
オーストラリア大陸とアフリカ大陸は数十万年前或いは数百万年前まで
一つの大陸として接していたと考えられ、南アフリカにダイヤモンド鉱山が
あるならば、同じ地層を持った真東にあるオーストラリアの西側でも
ダイヤモンド鉱山が有っても可笑しくないはずと、オーストラリア大陸の
西側に接する地域でも採掘事業が盛んだと何かで読んだ事があります。
南アフリカの端から端を横断する超豪華列車もあるみたいですね
憧れるなぁ^^マジに・・
2005年08月31日22時53分 返信するRE: さすらいおじさん 気をつけていってらっしゃ〜い
kioさん
9/7 深夜に無事帰国しました。
>南アフリカかぁ、、憧れるなあ
とんでもなく風光明媚な所らしいですね。
ケープホーン、ビクトリア滝、ザンベジ川、チョビ川など天気に恵まれ、素晴らしかったです。近いうちに写真をUPしますのでご覧いただければ嬉しいです。
>南アフリカの真東に数千キロ先にオーストラリア大陸がありますよね
オーストラリア大陸とアフリカ大陸は数十万年前或いは数百万年前まで
一つの大陸として接していたと考えられ、南アフリカにダイヤモンド鉱山が
あるならば、同じ地層を持った真東にあるオーストラリアの西側でも
ダイヤモンド鉱山が有っても可笑しくないはずと、オーストラリア大陸の
西側に接する地域でも採掘事業が盛んだと何かで読んだ事があります。
南アの金鉱跡を見学しましたが、すごい規模でした。金、ダイヤモンド、プラチナなどに南アが恵まれたのは地殻変動が原因らしく、オーストラリアにもあるかも知れませんね。パースあたりで出ればいいなあと思います。
>南アフリカの端から端を横断する超豪華列車もあるみたいですね
憧れるなぁ^^マジに・・
ロボスレイル、ブルートレイン、には乗れませんでしたが、豪華さ世界一だそうですので、是非体験ください。
2005年09月08日11時39分 返信するRE: RE: さすらいおじさん おかえりなさい〜〜
さすらいおじさん 無事のご帰還なによりです
おかえりなさいませ〜
南アフリカまで直行便はあるのですか?
いずれにしろ欧州に行くより遥かに長距離飛行なんでしょうね
スエズ運河が出来るまでは東西交易は南アフリカの喜望峰を廻っての
大変な時間と労力を費やしていたんですよね。
<アフリカの星>と呼ばれる何百カラットというダイヤモンドの原石を
観たのは大英博物館だったか、それとも夢の中だったかあ
ちょいと思い出せません(´ヘ`;)ハァ
2005年09月08日23時20分 返信するRE: RE: RE: さすらいおじさん おかえりなさい〜〜
kioさん
>南アフリカまで直行便はあるのですか?
いずれにしろ欧州に行くより遥かに長距離飛行なんでしょうね
スエズ運河が出来るまでは東西交易は南アフリカの喜望峰を廻っての
大変な時間と労力を費やしていたんですよね。
現在は直行便は無いそうです。香港、カイロ、ロンドンなど経由ですが私は香港経由で待ち時間を含め約20時間でした。
<アフリカの星>と呼ばれる何百カラットというダイヤモンドの原石を
観たのは大英博物館だったか、それとも夢の中だったかあ
ちょいと思い出せません(´ヘ`;)ハァ
<アフリカの星> どこかで聞いたような見たような---思い出せません。ぼけが、きはじめたかも知れません。2005年09月09日01時43分 返信するRE: RE: RE: RE: さすらいおじさん おかえりなさい〜〜
kioさん ようやく思い出しました。カリナン(アフリカの星)はロンドン塔で見ました。
【カリナン・アフリカの星、は南アフリカのトランスバール政府に売却され、そこから1907年11月9日、イギリス国王エドワード7世へ66歳の誕生日の贈り物として贈呈された。エドワード7世はオランダ・アムステルダムにあるロイヤル・アッシャー・ダイヤモンド社にカットを依頼し、9つの大きな石と96個の小さな石が切り出された。9つの石にはそれぞれカリナンI世からIX世の名が与えられ、すべてイギリス王室か王族個人の所有物となっている。いくつかはロンドン塔で永久展示されている。】
2005年09月09日01時49分 返信する長時間の乗り物は・・・やっぱ辛い。さすらいおじさん殿へ
>9つの石にはそれぞれカリナンI世からIX世の名が与えられ、すべてイギリス王室か王族個人の所有物となっている。いくつかはロンドン塔で永久展示されている
そうかぁ、、でっかいダイヤモンド原石を9つにカットしたんだ?
じゃあ 自分はロンドン塔で観たのかなぁ?
あそこ、なんだか昼間でも、とても薄気味悪い感じ多々あると思ってたら
やっぱり、しっかり出るらしい(爆)〜〜〜〜〜(m--)mハイゴレイ
さすらいおじさん様 <アフリカの星>について、
しっかり調べて頂き有り難うございます!
>現在は直行便は無いそうです。香港、カイロ、ロンドンなど経由ですが私は香港経由で待ち時間を含め約20時間でした。
ひえ〜香港経由で20時間ですかあ 南アフリカまで・・
昔 南周りで欧州に行った時はロンドンまで23時間くらいかかったものです(爆)
トランジットの数が凄かった。上海、北京、イスラマバード、テヘラン、
イスタンブールで飛行機はいちいち急停車(笑)プロペラ機ではないけどね(^-^;
食事の回数は4〜5回出たんじゃなかったかなあ
でもさすらいおじさんの <青年は荒野をめざす>コースのシベリア横断鉄道での
モスクワ行きには敵わないです。 あれは列車だとハバロフスクからモスクワまで
1週間も列車に乗り詰めでしょ。長時間に渡る振動で内臓がやられてしまうらしい。昔の武士は籠<かご>に長時間乗る時は上下振動で内臓がヘロヘロになってしまうという事で必ず、腹部をサラシで強く巻いていたと云う話を聞いたことがあります。
2005年09月09日21時24分 返信するRE: 長時間の乗り物は・・・やっぱ辛い。さすらいおじさん殿へ
kioさん
>でもさすらいおじさんの <青年は荒野をめざす>コースのシベリア横断鉄道での
モスクワ行きには敵わないです。 あれは列車だとハバロフスクからモスクワまで
1週間も列車に乗り詰めでしょ。長時間に渡る振動で内臓がやられてしまうらしい。昔の武士は籠<かご>に長時間乗る時は上下振動で内臓がヘロヘロになってしまうという事で必ず、腹部をサラシで強く巻いていたと云う話を聞いたことがあります。
シベリア鉄道は時速50キロくらいでのんびり走っていたので、内臓をやられた人は聞きませんでした。それより、ナホトカー横浜のバイカル号のゆれには参りました。酔ったことが無かった私が胃を空にしました。
時間はかかりますが、鉄道の旅はやはりいいですね。2005年09月09日21時52分 返信する -
もうすぐ留守にします。
>たとえ言葉判らずとも喜怒哀楽の<恕>はとても通じ易いと思う。
は本当だと思います。
道端で色々な表情を見せる土地の人。
言葉はわからずとも怒りの感情はストレートに伝わる。
これは人間の攻撃・防御本能に直に伝わってくるからでしょうね。
ハヤシくんも、私のプロフィールの『旅先で出会う不思議な人々・怪事件』の一員のような気がします。
ふと巡り会って、不思議な印象を与えて想い出に残る、そんな人ですね。
RE: もうすぐ留守にします←旅行に出掛けられるのですか?
SUR SHANGHAIさん <リスボンのハヤシ君>の感想頂きありがとうございます。
>ハヤシくんも、私のプロフィールの『旅先で出会う不思議な人々・怪事件』の一員のような気がします。
ふと巡り会って、不思議な印象を与えて想い出に残る、そんな人ですね。
うんうん(^-^) 彼は相当にミステリアスな雰囲気と印象を持った青年でしたよ。
我々は果たして何処の国の言葉でコミュニケーションを
取っていたのかなとふと思います。
英語でもなければ勿論ポルトガル語でもない。
彼は中国語を喋り、自分は日本語で問い返す・・
ただ彼には悪意な気持ちはホンの欠片も無いという事は
最初から感じ取れました。
隔靴掻痒という言葉がありますが、最初の頃こそ、林君とはそんな印象が
有りましたが、時が経つと不思議とコミュニケートできるようになるんですよね
文章の末尾にも書きましたが、リスボンでは名所旧跡や風景などより
よほど強く印象に残ったのがハヤシ君の事でした。
独りで旅しているからこそ、やたらと人との出逢いがあるんだろうなと
つくづく感じます。
もし自分が誰かと複数で歩いていたら、ハヤシ君はおそらく
背後から私の背中を叩いて声を掛けることは無かったでしょう。
2005年08月29日22時49分 返信するRE: RE: もうすぐ留守にします←旅行に出掛けられるのですか?
私の知り合いも、日本人と中国人のカップルですが、お互いにお互いの言葉はあまり出来ないんです。
で、周りからはどうやってコミュニケートしてるのかと不思議がられていますが、そこは不思議なもので、気持ちが通い合ってるんです。
これは当人同士にしか分からないことですよね。
上の例とはニュアンスが違いますが、そんな人にも巡り会える旅っていい物ですねぇ〜。しみじみ。
話は変わって、今回の旅には自分のPCを持って行く予定なので、出先からもお邪魔するかもしれません。行き先は…。^m^2005年08月29日23時50分 返信するミステリーツアーへ・・SUR SHANGHAIさん
SUR SHANGHAIさん 書き込み有り難うございます
>上の例とはニュアンスが違いますが、そんな人にも巡り会える旅っていい物ですねぇ〜。しみじみ。
文字通りday triperな日々を送っていた風来坊な旅人<たびにん>に取っては
出逢いと別れの繰り返しの云えるほどの毎日だったかも
>話は変わって、今回の旅には自分のPCを持って行く予定なので、出先からもお邪魔するかもしれません。行き先は…。^m^
結構、自分の中ではSUR SHANGHAIさんも充分にミステリアスな雰囲気を
醸し出しているんですよね(*^o^*)
捉え処のない不思議なイメージ多々ありますよん(^-^;
ミステリアスなSUR SHANGHAIさん、行く先不明のミステリーツアーへ
間もなく出発されるんですね。
是非、旅先からの書き込みを待っていますよん
2005年08月31日22時37分 返信する -
kioさん、どうも、、
ちら〜と読まさせてもらいました、79年にいろいろ放浪されたのですね、それにしても26年も前のことなのによく、やりとりの言葉覚えてますね?
僕なんかチョッと前のことでも思い出すの大変なのに、まあ海外に旅したときは日記を書いているので何とか数年前のでも大丈夫なんですが、、
僕の今後の予定は、チベットにアフリカ・サファリです、あくまで予定ですが、、
ではまた宜しくです。
招き猫
RE: manekinekoさん どうも・・
>ちら〜と読まさせてもらいました、79年にいろいろ放浪されたのですね、それにしても26年も前のことなのによく、やりとりの言葉覚えてますね?
manekineko様 少しでも旅行記に目を通して頂き有り難うございます。
四半世紀前の旅のディテールを描けるのは当時、リアルタイムで
散文風のメモ書きを沢山残していたからです。
それでも一語一句、忠実に会話の遣り取りを
再現出来るわけでは無いですけどね。
そんなような遣り取りをしたという事ですねん。
>僕なんかチョッと前のことでも思い出すの大変なのに、まあ海外に旅したときは日記を書いているので何とか数年前のでも大丈夫なんですが、、
自分は昨日の昼に何を食べたかという事すら
すぐには思い出せませんわ(T^T)2005年08月25日21時00分 返信する -
お久しぶりです
最近、居たり居なかったり、4TRA内では出不精になってしまい、お伺いしていませんでした。m(__)m
一人旅の最初の想い出は、私も小5の時。夏休みなどには父の実家によく行っていたのですが、この年から一人旅をさせられていました。
私の場合、もう何度か家人と乗った電車で不安は無かったのですが、目的地に着いてみたら、連絡の行き違いで誰も迎えがいなかった…。(T0T)
結局は駅前で待つこと1時間。よく攫われなかったな〜と思ってます。(^○^)RE: お久しぶりです SUR SHANGHAIさんへ
SUR SHANGHAIさん こんばんわ〜
盆も過ぎ、暦の上では秋とも云えども
焼け付くような相変わらずの暑さが続いています。
>私の場合、もう何度か家人と乗った電車で不安は無かったのですが、目的地に着いてみたら、連絡の行き違いで誰も迎えがいなかった…
いやはや〜〜 自分が同じ立場だったら
もいっかい〜ベソを掻いていることでしょう(笑)
昨日はお台場のレインボーブリッジを
原付バイクで走行してしまいました。(笑)
途中からやばそうな雰囲気になってきて、あれれ〜
どうみても原付は進入禁止な虹の橋という感じでした。
途中から白バイと遭遇するなよ〜パトカー来るなよ〜
と念じながら走行していました。念が通じて警察車両との遭遇は
免れました。芝浦側の出口には原付は走行禁止の立て札が
ありました。お台場側の入り口にも原付走行禁止の立て看板
掲げておけよ〜 つい進入してしまうじゃん(^-^;って
おいらが見過ごしただけかも(爆)
2005年08月16日20時27分 返信するRE: RE: お久しぶりです SUR SHANGHAIさんへ
私もこちら(上海)で原付買ってみようかと検討中。
この交通地獄の中で。
でも、一昔前の同じような状態の台湾で無事故だったから、大丈夫…、かな。(?_?) 駐輪違反はよくしましたが。(^○^)2005年08月16日21時38分 返信する日本製中古バイクVS中国製新品バイク
>私もこちら(上海)で原付買ってみようかと検討中。
この交通地獄の中で。
数年前から日本のバイクメーカーが中国製のバイクを
自社ブランド名で販売するようになりました。
中古の日本製の原付バイクより新品の中国製の原付バイクの方が
安いくらいなので乗り心地はどうなのさ〜バイク屋の親爺に尋ねました。
親爺曰く 2〜3キロをちょい乗りするくらいなら中国製の原付でも構わないけど
それ以上連続走行すると耐えられない程の乗り心地の悪さだとか(^-^;
サスが硬くて尻が痛くなっちまうという話でした。
んで 中古の日本製のバイクの方が絶対に良いと力説していました。
ちなみのこのバイク屋の親爺は中古バイクをメインに販売しています。
ハノイからメコンまで三時間、原付バイクで疾走したというバリフリークの
マダムは何処のメーカーのバイクを駆ってベトナムの大地を走破したのか
ふと気になったりして・・・きっとお尻痛かったかと思われ(*^_^*)
2005年08月18日21時18分 返信するRE: 日本製中古バイクVS中国製新品バイク
こちらで検討中の物はなかなか良さそうです。
買ってから、「う〜ん、やっぱり…。」と思うかもしれませんが。(^○^)2005年08月18日21時36分 返信する -
KIOシャン(*^_^*)リスボンのハヤシ君主人も読んだヨォ〜\(^o^)/
読み終わって、ハヤシ君の気弱な顔を思い浮かべてしまったよぉ〜
KIOシャンの居たたまれない気持ち、凄くわかるような
気がする(゚ー゚)(。_。)ウンウン
これもやっぱり旅の中での一期一会だよねぇ〜
ハヤシ君はKIOシャンに親切にしたかったんだけど(^^ゞ
何処の国でも女性は強いよねぇ・・
KIOさんの、この旅行記、主人も読んで
「実はねぇ・・僕もスペインでトラックの運転手さんに
拾われた時、‘心配するな今日は俺の家に泊まれ’って
連れて行かれたんだけど僕の格好が長髪、ヨレヨレのジーパンに
同じくヨレヨレのTシャツとザックでしょう、家に行ったは
いいけど奥さんが凄い剣幕で気のいいトラックの運転手を
怒ってるわけよ。スペイン語わからなくても雰囲気で僕の事
不振に思ってるのがわかるから彼に‘もういいよ有り難う’
って言って夜中、スペインの片田舎で外に出たら彼が心配して
追っかけてきて外にある納屋みたいなところで寝ろって・・
そう言うの。だからKIOさんの居たたまれない気持ちわかるナァ」
って、言ってました。
私には経験がないけれど団塊の世代バックパッカー
やってた人達ってチョッピリ羨ましい世界の人達かなぁ(*^。^*)
その時点では悲惨な経験も思い返すと、それこそ
セピアカラーの胸がチョッピリ・・ジンとするような・・
今日も有り難う!KIOワールド読めて嬉しかったです<(_ _)>
で、頑張ってまたヨロシクねぇーーーーーo(〃^▽^〃)oあははっ♪
ホント!幾らでも読みたいよぉ〜〜〜
2005年08月15日01時02分返信するRE: KIOシャン(*^_^*)リスボンのハヤシ君主人も読んだヨォ〜\(^o^)/
チビケイしゃ〜〜ん 早速に<リスボンのハヤシ君>の感想
頂きど〜〜〜も有り難うm(._.)m ペコッ
>だからKIOさんの居たたまれない気持ちわかるナァ」
って、言ってました。
チビケイ,sご主人にも読んで頂きホントに光栄ですよ。
でも真夜中にスペインでおっ放り出されるつうのも相当にキツイですよね(^^;)
バックパッカーのご主人は納屋で夜明かし出来たのかしらん?
>私には経験がないけれど団塊の世代バックパッカー
やってた人達ってチョッピリ羨ましい世界の人達かなぁ(*^。^*)
ご主人は団塊世代かもしれませんが、自分は5年程ラグがあります(爆)
小学校一年の頃、全校生徒参加の朝礼で6年生の朝礼の列が異常に長いのを
子供心に不思議に感じていたものでした。(*^o^*)
>その時点では悲惨な経験も思い返すと、それこそ
セピアカラーの胸がチョッピリ・・ジンとするような・・
今日も有り難う!KIOワールド読めて嬉しかったです<(_ _)>
その時、切なく感じた事も、たとえ厭な事を経験したとしても
過ぎてしまえば、旅のスパイスというかあ〜
ある意味、一人旅の醍醐味ですらあるかもしれません。
いつも感想を早々に頂きホントに謝辞ですねん(*^o^*)
2005年08月15日17時09分 返信する -
おはようございます
<リスボンのハヤシ君>、日曜朝の食後の好編でした。不思議な雰囲気のただようリスボン風景ー放浪の乾いた詩情を感じました。リスボンは行きたいところです。古い地元の居酒屋でアマリア・ロドリゲス風の「暗いはしけ」で酔いたい。…(>_<)…節酒、禁酒勧告の日常ではすこし無理かなー。
涼しくなったら、わたしもトルコ篇、西安篇などUPしたいと考えています。RE: osdさん お久しぶりですねん
> <リスボンのハヤシ君>、日曜朝の食後の好編でした。不思議な雰囲気のただようリスボン風景ー放浪の乾いた詩情を感じました。
osdさん ご無沙汰しておりました。
食後の一編、、清涼剤に為り得たとしたら、とても光栄です。
>リスボンは行きたいところです。古い地元の居酒屋で
アマリア・ロドリゲス風の「暗いはしけ」で酔いたい。
私はハヤシ君と別れた後に、一人でレストランに入り、テンプラの
ようなコロモに包まれた魚を食しました(^-^;
結局ファドを聴かせる店には行かず仕舞いがちょいと心残りですねん
>節酒、禁酒勧告の日常ではすこし無理かなー。
osdさ〜〜ん、、 γーGTP、GOT、GPT、なぞの肝機能数値など
まったくクソ喰らえ〜〜ですよねえ
って 云いながらそんな数値に一喜一憂している自分も切ないものあり(^-^;
2005年08月14日21時08分 返信する下の句的、下町トーク…!
kioさん おはようございます。
ゆみナーラさんとの下町トークに割り込んで申し訳ありません。ただ接点のますます近いのにビックリです。
芥川龍之介の学校をスベッて、いくつかの駅を千葉よりに下った旧2桁ナンバーの都立。お茶の水の私大はオイらにはまったくお呼びでない法律専門学校。アテネフランセの英会話もモノにならず、毎日、学食のスープの薄いラーメンと近所の定食屋そしてマージャンABCなど。劫火のごとき<60年安保>にはあまりいい思い出はありません。その頃、<ラドリオ>で気取ってウィンナーコーヒーを飲んでいた永六輔に会いました。真っ赤なシャツに真っ白なブレザー、カッコいい(^0_0^)と思いました。その影響かどうか、その世界を仕事としました。人生、こんなもので60年をだいぶすぎました。肝機能数値、ご賢察のように医者に行く度にキビシイ指摘、γをはじめGは3つとも*印、尿酸値も9↑、メタボリックシンドローム傾向などと脅かされています…。しかし、すこしお酒は減らしても、この秋はバリ・町内会の旅、台北中華の旅と「ガンバルぞー」のつもりです。
※諸氏のカキコミを拝見しますと、なにか共通のリンクがみられますね。それを発見した時は楽しいですね。新しい友人のように感じます。楽しい旅文・カキコミあれば教えてください。ちなみに、ゆみナーラさんの北海道篇のあと見つけた、midnight mamiyさんの京都流鏑馬2編面白かったです。
2005年08月15日10時40分 返信するRE: 続・下町トーク… OSD氏へ
>ゆみナーラさんとの下町トークに割り込んで申し訳ありません。ただ接点のますます近いのにビックリです。
自分は勝手にosdさんは地方にお住まいかと思っていました(^^;)
庭木の手入れをせねばなどと云う何処かで書き込みを見た所為かな?
でもバリバリのtokyo down town boyだったんですね!
>その頃、<ラドリオ>で気取ってウィンナーコーヒーを飲んでいた永六輔に会いました。真っ赤なシャツに真っ白なブレザー、カッコいい(^0_0^)と思いました。その影響かどうか、その世界を仕事としました。
私も永六輔と御茶ノ水の<山の上ホテル>で見かけたことがありました。
大男でした(笑)<寒い時に寒い所に行く事こそが旅の醍醐味だ>という
この永さんの言葉に若かりし頃の自分は完璧に縛られましたねえ・・
冬のフィンランドにそれもヘルシンキから北へ1000K、北極圏際の街
ロバニエミに行くという、尋常とは程遠いアホな旅をしたものです。
マイナス25度の凍てつくような中を「旅の醍醐味・・旅の醍醐味を体感中」と念じながら歩く行為、これを酔狂と呼ばずして何が酔狂に為り得ることでしょう。´ヘ`;)osdさん 出版や編集に関わる仕事をされていたんですね。
嫁が実家に帰っている今日は、ゲンチヤリに乗ってお台場でバイキングを
喰らった後に、靖国神社に出掛けておりました。←なんつうコースなんだぁ?
戦没者の主催する会でタキシードを着た<つのだひろ>が朗々と戦没者に
思いを込めるように熱唱しておりました。
彼の<メリージェーン>しか知らない自分にはとても新鮮な驚きでしたね。
2005年08月15日17時43分 返信する -
爽やかな気持ちになりました
kioさん
ハヤシ君、不思議な人ですね。中国系の人でしょうか。東洋人の顔を見て親しみを感じて声をかけてきたのでしょうか。
人なつっこくて優しい人のようですね。
kioさんの旅行記では、いつも人との心の交流をされておられるのに感心します。爽やかな気持ちになりました。さすらいおじさん 様へ
>ハヤシ君、不思議な人ですね。中国系の人でしょうか。東洋人の顔を見て親しみを感じて声をかけてきたのでしょうか。人なつっこくて優しい人のようです
いい得て妙・・ まさしく不思議な少年というか、青年というか
不思議な雰囲気を感じさせる人でしたよ。
ポルトガル語も全然、話せないようだったので、
他所の土地から移ってきたばかりかと察します。
プロ・テニスのマイケル・チャンに似た感じでしたね(今で云えば)
何となく同じ東洋人にシンパシーを感じて声をかけてきたのでしょうね。
リスボンの旧市街、アルファマ地区を歩いてる時に、
細い道で、すれ違った妙齢のポルトガル女性数名から、すれ違いざま、
「アナタ ドコ ノ フネ?」といきなり日本語で尋ねられた時は
面食らいました(笑)でもすぐに、ピンときましたけどね(*^o^*)
2005年08月13日14時25分 返信するRE: さすらいおじさん 様へ
kioさん
>リスボンの旧市街、アルファマ地区を歩いてる時に、
細い道で、すれ違った妙齢のポルトガル女性数名から、すれ違いざま、
「アナタ ドコ ノ フネ?」といきなり日本語で尋ねられた時は
面食らいました(笑)でもすぐに、ピンときましたけどね(*^o^*)
洗濯物とファドが似合うアルファマ地区は好きな場所です。私はツアーだったので声をかけられることもありませんでしたが、kioさんは日本の船乗りと思われたのですね。2005年08月13日16時47分 返信する -
Kioさんへ
パスポート置き忘れ事件、すっごくおもしろかったです!
私もみなさん同様、Kioさんのいろんな旅行記読みたいです。
これからもよろしくお願いいたします。



