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 急行アルプスの車内画像を見つけてきました。<br /><br /><br /><br />両親の実家のあった信州の松本には子供の頃からよく遊びに出かけていた。そんな小学5年の冬休み、私は唐突に一人で電車に乗って松本に行ってみたいという思いに駆られその思いを両親に伝えた。 <br /><br />両親はそれもよかろう、勉強にもなるだろう、と思ったかどうかは定かではないが、数日後には、新宿駅まで母に伴われ、当時の急行<アルプス>に乗り込んでいた。<br /><br />4人掛けの座席の一つを確保してから駅弁とお茶を渡され、家人は、4人掛けの他の乗客に<この子は松本駅まで行きます。宜しくお願いします>と挨拶すると、じゃあね〜と拍子抜けするほどに あっさり降りていった。<br /><br />その瞬間から急に心細くなってきた私は、<一人で行くなんて云うんじゃなかった>などと、幼こころに後悔しはじめていた. 4人掛けの他の乗客は、そんな私に気遣ってくれたのか、あれこれと話しかけてくる。<br />「坊や どうして一人で松本にいくの?寂しくないかい?」 中年の男性客が尋ねてきた。<br />  <br />そういうことを聞かれると寂しさを実感していた私の胸の内は泣き叫んばかりな感情で溢れ出そうだったが、じっと我慢していた。 <br />蜜柑を分けてくれたりもしたのだが、とても喉を通らなかった。<br />列車が 走り出しても彼らの質問は止まらなかった。私はそれらの質問に出来るだけ短く答えていた。<br /> <はい>と<いいえ>の繰り返しだったと思う。  <br />子供なりに自分の感情をなんとかコントロールしようとしていたが、駄目だった。涙がとめどなく溢れてくるのだ。<br />昨日の今頃は友達と楽しく遊んでいたのに・・などと、思い出すにつけ、益々涙ぐむ、とても情けない子供だった。子供なりのプライドで、涙を他の乗客に見られたくない私は、車窓に顔をつけるようにして移り変わる涙で歪んだ景色をただ、じっと見ていた記憶がある。<br /><br />列車は最初の停車駅、八王子駅に到着した。操車場のあるこの駅での停車時間は長かった。 正面に座った男性客とその隣の女性客は、今考えると新婚のような若いカップルだった。 貨車が沢山停車している方を指さし、男性客は貨車両に書かれている数字の意味と記号の意味を私にあれこれと、レクチャーし始めた。 私は 全くそういうことに興味を持つ子供ではなかったが、子供心に、このおじさんを立ててあげようという気持ちがあったのかもしれない。さも興味深そうに、時々相づちを打ちながら聞いていたりしていた。<br />今、思い返すと妙に世間ずれしている餓鬼のような気がする。 その様子を見ていた連れの女性客が鉄道マニア?或いは国鉄職員?の彼氏に興奮した口調で語りかける。<br />「わあ〜00さんって、さすがね!何でも知っているのね!凄いわ」<br />「はっはは〜、、、それほどでもないよ 00ちゃん」<br /><br />子供心にも なんだかとてもバカバカしい気分になった記憶がある。<br />思い返せば子供でも男女の機微や空気を窺い知ることが出来ると感じる。<br /><br />この頃になるとようやく 自分のペースが掴めるようになってきたのか、気持ちが落ち着き始め余裕が出てきたのかもしれない。周りの様子が見えるようになってきた。<br />しかし、私は八王子駅を出発以降、松本駅に祖父がホームで迎えにきている場面まで、4時間程乗っているのに全くその後の記憶が欠落している。何も覚えていないのだ。祖父母の家に正月過ぎまで1週間以上、滞在したはずなのだが、その記憶も印象も何も覚えていない。<br />松本からの帰りの電車も一人だったのかも記憶にない。<br />   <br />私の心に刻まれた最初の一人旅の記憶は新宿駅から八王子までの数十分間のみ、ということになる。<br /><br />人間の記憶は、激しく感情が揺れ動いていたり、不安感に満ちあふれていた時、じわじわと心に深く刻み込まれていくのかもしれない。 その時の一人旅での不安、緊張感、ときめいた体験、幼き冒険心、旅への切なき思いの全てが、当時10歳だった私を、後に旅好きにさせていく原点になっているような気がしてならない。<br />

初めての一人旅の記憶 ・10歳 編

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2008/07/15 - 2008/07/15

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kio

kioさん

 急行アルプスの車内画像を見つけてきました。



両親の実家のあった信州の松本には子供の頃からよく遊びに出かけていた。そんな小学5年の冬休み、私は唐突に一人で電車に乗って松本に行ってみたいという思いに駆られその思いを両親に伝えた。 

両親はそれもよかろう、勉強にもなるだろう、と思ったかどうかは定かではないが、数日後には、新宿駅まで母に伴われ、当時の急行<アルプス>に乗り込んでいた。

4人掛けの座席の一つを確保してから駅弁とお茶を渡され、家人は、4人掛けの他の乗客に<この子は松本駅まで行きます。宜しくお願いします>と挨拶すると、じゃあね〜と拍子抜けするほどに あっさり降りていった。

その瞬間から急に心細くなってきた私は、<一人で行くなんて云うんじゃなかった>などと、幼こころに後悔しはじめていた. 4人掛けの他の乗客は、そんな私に気遣ってくれたのか、あれこれと話しかけてくる。
「坊や どうして一人で松本にいくの?寂しくないかい?」 中年の男性客が尋ねてきた。
  
そういうことを聞かれると寂しさを実感していた私の胸の内は泣き叫んばかりな感情で溢れ出そうだったが、じっと我慢していた。 
蜜柑を分けてくれたりもしたのだが、とても喉を通らなかった。
列車が 走り出しても彼らの質問は止まらなかった。私はそれらの質問に出来るだけ短く答えていた。
 <はい>と<いいえ>の繰り返しだったと思う。  
子供なりに自分の感情をなんとかコントロールしようとしていたが、駄目だった。涙がとめどなく溢れてくるのだ。
昨日の今頃は友達と楽しく遊んでいたのに・・などと、思い出すにつけ、益々涙ぐむ、とても情けない子供だった。子供なりのプライドで、涙を他の乗客に見られたくない私は、車窓に顔をつけるようにして移り変わる涙で歪んだ景色をただ、じっと見ていた記憶がある。

列車は最初の停車駅、八王子駅に到着した。操車場のあるこの駅での停車時間は長かった。 正面に座った男性客とその隣の女性客は、今考えると新婚のような若いカップルだった。 貨車が沢山停車している方を指さし、男性客は貨車両に書かれている数字の意味と記号の意味を私にあれこれと、レクチャーし始めた。 私は 全くそういうことに興味を持つ子供ではなかったが、子供心に、このおじさんを立ててあげようという気持ちがあったのかもしれない。さも興味深そうに、時々相づちを打ちながら聞いていたりしていた。
今、思い返すと妙に世間ずれしている餓鬼のような気がする。 その様子を見ていた連れの女性客が鉄道マニア?或いは国鉄職員?の彼氏に興奮した口調で語りかける。
「わあ〜00さんって、さすがね!何でも知っているのね!凄いわ」
「はっはは〜、、、それほどでもないよ 00ちゃん」

子供心にも なんだかとてもバカバカしい気分になった記憶がある。
思い返せば子供でも男女の機微や空気を窺い知ることが出来ると感じる。

この頃になるとようやく 自分のペースが掴めるようになってきたのか、気持ちが落ち着き始め余裕が出てきたのかもしれない。周りの様子が見えるようになってきた。
しかし、私は八王子駅を出発以降、松本駅に祖父がホームで迎えにきている場面まで、4時間程乗っているのに全くその後の記憶が欠落している。何も覚えていないのだ。祖父母の家に正月過ぎまで1週間以上、滞在したはずなのだが、その記憶も印象も何も覚えていない。
松本からの帰りの電車も一人だったのかも記憶にない。
   
私の心に刻まれた最初の一人旅の記憶は新宿駅から八王子までの数十分間のみ、ということになる。

人間の記憶は、激しく感情が揺れ動いていたり、不安感に満ちあふれていた時、じわじわと心に深く刻み込まれていくのかもしれない。 その時の一人旅での不安、緊張感、ときめいた体験、幼き冒険心、旅への切なき思いの全てが、当時10歳だった私を、後に旅好きにさせていく原点になっているような気がしてならない。

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この旅行記へのコメント (13)

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  • shinesuniさん 2006/06/13 03:50:26
    初めての一人旅の記憶
    私は千葉の自宅から高尾山まで行ったのが最初でしょうか...
    小学校4年だったと思います.。o○.。o○.。o○.。
    高尾山に行きたかったよりも、中央線の特別快速
    に乗りたかったような...懐かしいです(u‿ฺu)
    ♣〜♧〜♣〜♧〜♣〜♧〜♣〜♧〜♣〜♧〜♣〜♧〜♣〜♧〜♣〜♧〜♣〜
    ヘルシンキのオリンピックスタジアム際のユースホステル
    も泊まろうとしましたが荷物を持って
    移動するのが面倒になり諦めました^^;
    あそこ今でも結構人気ありますよ^^

    kio

    kioさん からの返信 2006/06/15 21:39:50
    こんばんわ〜 shinesuni
    shinesuniさん こんばんわ〜

    私の情けなるような10歳の時の「初めての一人旅」編を読んで、併せて
    投票まで頂き有り難うございます。m(._.)m ペコッ

    >私は千葉の自宅から高尾山まで行ったのが最初でしょうか...
    小学校4年だったと思います.。o○.。o○.。o○.。
    高尾山に行きたかったよりも、中央線の特別快速
    に乗りたかったような...懐かしいです(u‿ฺu)

    八王子で既にべそかいていた小学五年のおいらよりも遥かに凄いです(笑)

    >ヘルシンキのオリンピックスタジアム際のユースホステル
    も泊まろうとしましたが荷物を持って
    移動するのが面倒になり諦めました^^;
    あそこ今でも結構人気ありますよ^^

    ここのユースホステルを根城に数日間、同室になったスイス青年と
    毎晩のようにdisco(今はクラブって云うの?)に出掛けていました(*^_^*)
    シャワー浴びて外出すると冬の寒さで髪の毛がツララ状態になろうとも
    白い吐息を弾ませて、嬉々として出掛けていた
    お馬鹿で元気な若かりし日々、(爆)






  • fkczさん 2005/10/06 01:11:20
    10歳で一人旅
    kioさん,

    私も今 思い出してみるのですが10歳の頃1人で旅をしたかな〜
    ちょっと思い出しません。

    でも,10歳のとき強烈な印象を残した電車の旅というのは素敵ですね。
    東京に住まわれていたから出来たことでしょうね。

    私は田舎育ちですから電車がなかったのです。
    バスで幼稚園に通ったのはいい思い出です。

    10歳の頃は家族で島に旅行したのが想いだされます。

    kioさんの日記,はらはらしながら読みました。

    kio

    kioさん からの返信 2005/10/06 23:52:53
    RE: 10歳で一人旅 fkczさんへ
    fkczさん  はじめまして
    書き込み頂きありがとうございます。

    10歳で一人旅・・・電車に数時間、べそを掻きながら
    乗っていただけの、とても情けない話なんですけどね(^^;)

    文中にも書いた通り、新宿から八王子までの車中の様だけを異様に
    細かく覚えているんですよ。それ以後の記憶は何も無いんですけどね

    fkczさんのサイトも見せて貰いました。チェコに関わるお仕事かなと
    思いました。自分は東西陣営の色分けが濃厚だった1970年代後半にハンガリーを
    訪れています。ウイーンから列車でのハンガリー国境のパスポート、
    持ち物検査の異様な細かさは西側旅行者の自分をおおいに緊張させた
    ものです。 東側で当時ドルの強制両替が課せられなかったのは
    ハンガリーとユーゴスラビアのみでした。
    よろしかったらブタペスト滞在記もご覧下さい。

    fkcz

    fkczさん からの返信 2005/10/07 17:50:15
    鉄のカーテンハンガリーへの入国
    kioさん,

    当時はハンガリー入国も異様な雰囲気だったのですね。

    しかも宿泊先が見つからず駅でごろ寝の体験,驚きましたね。


    私は社会主義時代のチェコに三度入国しました。
    英国から一度,フランスから二度,鉄のカーテンを出入りしました。三度とも
    電車でした。


    国際電車ですからいろんな人と話して面白かったのですが,おかしげな人たちが
    いましたね。kioさんのアメリカ人との会話を読み思い出しました。
    ビザなしに入国を試みた人,変なことを話し出す人など。

    私は思うのですが,西欧から社会主義に憧れて当時の東欧に入る人とか
    スパイとかいたのではないかと。
    とにかく異様な雰囲気の国境越えでした。

    kio

    kioさん からの返信 2005/10/07 22:20:24
    1970年代のハンガリーの事   fkczさんへ
    fkczさん こんばんわ〜 ブタペスト編に目を通して頂き
    有り難うございます!

    >当時はハンガリー入国も異様な雰囲気だったのですね。
    しかも宿泊先が見つからず駅でごろ寝の体験,驚きましたね。

    当時はマニュアルも情報もほぼ皆無でしたからねえ(・・;)
    予備知識を持たないから共産圏への入国は結構スリリングな
    感じになってしまいますね
    バックパッカー同士の不確かな怪しげ情報だけが頼りでした(笑)
    でも過ぎてしまえばすべてが良い思い出と化してしまうから不思議です。


    >国際電車ですからいろんな人と話して面白かったのですが,おかしげな人たちが
    いましたね。kioさんのアメリカ人との会話を読み思い出しました。
    ビザなしに入国を試みた人,変なことを話し出す人など。
    私は思うのですが,西欧から社会主義に憧れて当時の東欧に入る人とか
    スパイとかいたのではないかと。とにかく異様な雰囲気の国境越えでした。

    自分はお金を落とさない闇ドル目当てのしょ〜もない不良旅行者でしたが、
    当時共産圏の中ではハンガリーは生活水準も高く、とりわけ若い人達は
    西側のポップスや、風俗にとても敏感な印象を持ちました。
    街中ではABBAのサウンドが至るところから聞こえてきたものです。
    当時、チェコでもポーランドでも国境駅で滞在日数に応じて一日10ドルの
    公定レートでの強制両替を課せられていました。そんな中でハンガリーは
    強制両替が無く、それゆえ共産圏の中でもハンガリーを目指した一番の理由です。

    米ドルの闇ドル相場もハンガリーでは公定レートの2倍でした。
    当時、聞いた話でポーランドは闇ドルが公定レートの5倍という事でした。
    しか〜し、たとえ5倍になっても現地通貨では買うものが何も無いという経済状況
    で金の使途に困ってしまうという話でした。
    共産圏では遥かに経済力の高かったハンガリーでさえ
    早朝の駅構内では西側から仕入れたと思われる物資(カセットテープ、マッチ!)を闇屋が熱気溢れる人ゴミの中で販売しているのを目撃しています。

    国境駅でのモノモノシイ検札や持ち物チェックは西側旅行者よりむしろ
    西ヨーロッパでの出稼ぎ帰りの東欧の人達により厳しいものでした。
    同室のコンパートメントでも私以外のルーマニアに帰るというファミリー達の
    荷物は徹底的に調べられ、私のザックはノーチェックでした。
    というわけで私に荷物を預かってくれという怪しげな輩が現れるんでしょうね。
    人の良くない私は勿論断りましたけど(^^;)

  • SUR SHANGHAIさん 2005/08/15 22:59:14
    お久しぶりです
    最近、居たり居なかったり、4TRA内では出不精になってしまい、お伺いしていませんでした。m(__)m

    一人旅の最初の想い出は、私も小5の時。夏休みなどには父の実家によく行っていたのですが、この年から一人旅をさせられていました。

    私の場合、もう何度か家人と乗った電車で不安は無かったのですが、目的地に着いてみたら、連絡の行き違いで誰も迎えがいなかった…。(T0T)

    結局は駅前で待つこと1時間。よく攫われなかったな〜と思ってます。(^○^)

    kio

    kioさん からの返信 2005/08/16 20:27:18
    RE: お久しぶりです SUR SHANGHAIさんへ
    SUR SHANGHAIさん こんばんわ〜
    盆も過ぎ、暦の上では秋とも云えども
    焼け付くような相変わらずの暑さが続いています。

    >私の場合、もう何度か家人と乗った電車で不安は無かったのですが、目的地に着いてみたら、連絡の行き違いで誰も迎えがいなかった…

    いやはや〜〜 自分が同じ立場だったら
    もいっかい〜ベソを掻いていることでしょう(笑)

    昨日はお台場のレインボーブリッジを
    原付バイクで走行してしまいました。(笑)
    途中からやばそうな雰囲気になってきて、あれれ〜
    どうみても原付は進入禁止な虹の橋という感じでした。
    途中から白バイと遭遇するなよ〜パトカー来るなよ〜
    と念じながら走行していました。念が通じて警察車両との遭遇は
    免れました。芝浦側の出口には原付は走行禁止の立て札が
    ありました。お台場側の入り口にも原付走行禁止の立て看板
    掲げておけよ〜 つい進入してしまうじゃん(^-^;って
    おいらが見過ごしただけかも(爆)

    SUR SHANGHAI

    SUR SHANGHAIさん からの返信 2005/08/16 21:38:28
    RE: RE: お久しぶりです SUR SHANGHAIさんへ
    私もこちら(上海)で原付買ってみようかと検討中。
    この交通地獄の中で。

    でも、一昔前の同じような状態の台湾で無事故だったから、大丈夫…、かな。(?_?)  駐輪違反はよくしましたが。(^○^)

    kio

    kioさん からの返信 2005/08/18 21:18:46
    日本製中古バイクVS中国製新品バイク 
    >私もこちら(上海)で原付買ってみようかと検討中。
    この交通地獄の中で。

    数年前から日本のバイクメーカーが中国製のバイクを
    自社ブランド名で販売するようになりました。
    中古の日本製の原付バイクより新品の中国製の原付バイクの方が
    安いくらいなので乗り心地はどうなのさ〜バイク屋の親爺に尋ねました。
    親爺曰く 2〜3キロをちょい乗りするくらいなら中国製の原付でも構わないけど
    それ以上連続走行すると耐えられない程の乗り心地の悪さだとか(^-^;
    サスが硬くて尻が痛くなっちまうという話でした。

    んで 中古の日本製のバイクの方が絶対に良いと力説していました。
    ちなみのこのバイク屋の親爺は中古バイクをメインに販売しています。

    ハノイからメコンまで三時間、原付バイクで疾走したというバリフリークの
    マダムは何処のメーカーのバイクを駆ってベトナムの大地を走破したのか
    ふと気になったりして・・・きっとお尻痛かったかと思われ(*^_^*)

    SUR SHANGHAI

    SUR SHANGHAIさん からの返信 2005/08/18 21:36:20
    RE: 日本製中古バイクVS中国製新品バイク 
    こちらで検討中の物はなかなか良さそうです。
    買ってから、「う〜ん、やっぱり…。」と思うかもしれませんが。(^○^)
  • チビケイさん 2005/07/17 17:16:01
    >初めての一人旅の記憶 <kioさんの旅の始まりだったのかなぁ(*'ー'*)ノ~~
    kioさん(* ^-^)ノお久しぶり〜♪
    毎日暑いネェ(^^ゞ・・(^^ゞ・・(^^ゞ

    10歳での一人旅・・きっと凄く心細かったんではないかなぁ
    kioさんは自分で思っている以上に
    感受性の強い人だと思うよ(゚ー゚)(。_。)ウンウン

    小さな時の記憶って断片的なんだけど
    それでも強く心に残っている所と不思議なくらいに
    霧の彼方に霞んでしまうのとがあるよねぇ(^。^)y-.。o○
    チビケイも何故か昔・・多分3歳位の頃に
    知らない女性に手を引かれネオンの街を歩いている
    記憶が薄っすら残ってるんだけど・・それが誰だか
    未だにわからないのです(・・?

    kioさん、前に幽体離脱したでしょう、
    それってやっぱりkioさんの強い感受性も影響している
    ような気がするよぉ〜( ̄ヘ ̄;)

    それにしても小さなkioさんって意地らしかったのねぇ ̄m ̄) ウププッ
    情景が目に浮かんできてニヤニヤしちゃいましたよぉ〜
    kioさんに色々説明してくれた男性はkioさんを
    通して彼女にチョッピリ自慢したかったのかもね(^_-)-☆

    考えたらこれぞ、セピアカラーの彼方にある
    旅日記だよ〜〜
    なんだか不思議と優しい気持ちになれました。
    また何か書いてネェーーーー♪待っとるよぉ〜〜

    PS:ナイトトレインさん、ついに出発したね!
       今回の巡礼、色々と大変そうだけどナイトトレインさん
       だったら楽しんで帰ってくるよねぇ(^_-)-☆

    kio

    kioさん からの返信 2005/07/18 08:21:08
    RE: >初めての一人旅の記憶  チビケイ様 書き込みサンクス〜
    チビケイしゃ〜〜ん おはようっす〜
    いつも アップすると早々に感想を頂きホントにありがとうございます
    今回はちょいと趣向を変え、自分の一人旅・事始めの思い出みたいな
    事を書いて見ました(^^;)

    >10歳での一人旅・・きっと凄く心細かったんではないかなぁ
    kioさんは自分で思っている以上に
    感受性の強い人だと思うよ(゚ー゚)(。_。)ウンウン

    う〜ん、、新宿駅まで見送りして貰い、松本駅には出迎えが来ている
    という、ただ急行列車に一人で数時間乗っていただけの事だったんですけどね
    新宿駅から八王子駅までの事はもう鮮明に自分の心象風景も含めて
    記憶に留まって居ますけどその後の記憶はな〜んにもありません(^^;)

    >kioさん、前に幽体離脱したでしょう、
    それってやっぱりkioさんの強い感受性も影響している
    ような気がするよぉ〜( ̄ヘ ̄;)

    う〜ん、、<唸ってばかりいるしぃ>(笑)
    あの時はマニラでパスポート無くして無茶苦茶に心身共に疲れて、
    身体と魂?がホンの数分だけ乖離してしまったんだと思う。
    でもホントに不思議な事はあるもんですね。身体に戻れなかったら
    命を亡くしてしまっていたんだろうかあ??
    ご主人はその後も、幽体離脱にトライされていますか?

    >kioさんに色々説明してくれた男性はkioさんを
    通して彼女にチョッピリ自慢したかったのかもね(^_-)-☆

    ふと思ったけど、10歳の子供でも この人、ええかっこし〜しているなと
    感じる事が出来るんですよね(爆)二人の会話を聞いた後は、自分が刺身の
    つまみたいな感じで何だか子供心に馬鹿馬鹿しく思いましたもんね


    >PS:ナイトトレインさん、ついに出発したね!
       今回の巡礼、色々と大変そうだけどナイトトレインさん
       だったら楽しんで帰ってくるよねぇ(^_-)-☆

    night trainさんの旅行スケジュール記を今みたら 
    すんげえハードスケジュールを組んでいるんですよね。
    ロンドンからマドリードに到着した夜には
    夜行バスでセビリアに向かうらしい。更にセビリアに到着した午後には
    もう歩き始めるって、、一、二泊、して体調を整えても良いと思ったけど、
    なにしろ無茶苦茶な暑さですからねえ(^_^;)

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