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楽翁さんのクチコミ(9ページ)全316件

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  • 観光スポット
  • 基本情報
  • 比較的急勾配

    投稿日 2015年04月02日

    清水坂 御茶ノ水・本郷

    総合評価:3.0

    JR御茶ノ水の聖橋口を出て聖橋を渡り直進し、本郷通り、蔵前橋通りの交差点は清水坂。ここから湯島天神に向かう坂であり、セントヒルズホテルの前あたりに案内版があります。それによると、このあたりにあった霊山寺の跡地が明治になって清水精機会社の所有となり、同社が土地の一部を提供し坂道を整備したので「清水坂」と名づけられたそうです。御茶ノ水界隈には多くの坂道がありますが、清水坂は比較的急勾配の路です。

    旅行時期
    2015年03月

  • ニコライ堂を見ながら

    投稿日 2015年04月02日

    紅梅坂 神田・神保町

    総合評価:4.0

    ニコライ堂の入口に沿って「お茶の水仲通り」の方に上る坂で、かつては御茶ノ水ソラシティ脇の幽霊坂とつながっていましたが、本郷通りに分断されたので幽霊坂の別名もあります。この坂上に紅梅で知られた光感寺があったことから、紅梅坂と呼ばれたそうです。ギリシャ正教のニコライ堂を見ながら歩いていると、紅梅坂の案内板を見落としてしまいます。

    旅行時期
    2015年03月

  • 歴史を感じる坂道

    投稿日 2015年04月02日

    淡路坂 神田・神保町

    総合評価:3.5

    聖橋の南側から御茶ノ水ソラシティの脇を通り、JR中央線に沿って昌平橋のたもとまで下る緩やかな坂です。江戸時代、坂の上に鈴木淡路守の屋敷があったことから、この名が付いたと云われます。坂の途中にはホテル聚楽があり、昌平橋近くの中央線のレンガ造りのガード下にはこじゃれたレストランもあり、歴史を感じる坂道です。

    旅行時期
    2015年03月

  • 明るい坂道

    投稿日 2015年04月02日

    幽霊坂 神田・神保町

    総合評価:3.0

    御茶ノ水ソラシティの駿河台側でJR中央線に沿った緩やかな坂道です。その昔は坂の両側には木が繁り、人通りも少なかったので、幽霊坂と呼ばれたようです。いまでは人通りはそれなりにあり、切通しのような道の両側に樹木はなく、幽霊が出るような余地のない明るい坂道です。

    旅行時期
    2015年03月

  • 静かな通り

    投稿日 2015年04月02日

    妻恋坂 御茶ノ水・本郷

    総合評価:3.0

    妻恋神社の前を蔵前橋通りに並行しているなだらかな坂道。案内板によると、「坂の南にあった霊山寺が1657年の大火の後に浅草に移り、妻恋神社が移ってきた」とあります。霊山寺は四国遍路の1番札所として有名ですが、同名寺もあるのだと思いました。都会のど真ん中ですが、人通りも少なく静かな通りです。

    旅行時期
    2015年03月

  • 妻恋稲荷も併せて

    投稿日 2015年04月02日

    妻恋神社 御茶ノ水・本郷

    総合評価:3.5

    JR御茶ノ水の聖橋口を出て聖橋を渡り直進し、本郷通り、蔵前橋通りを渡り清水坂にさしかかり、坂を50mほど登り右折すると左手にあります。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征のとき、三浦半島から房総への途中で暴風雨にあい、妃の弟橘姫(おとたちばなひめ)が海に身を投じて海を鎮めたと云われ、途中湯島の地に滞在したので、お二人を祀ったのがはじまりと伝えられています。階段を上った狭い境内の妻恋稲荷も併せてお参りできます。

    旅行時期
    2015年03月

  • 井政の屋号

    投稿日 2015年04月01日

    神田の家 (井政 /旧遠藤家住宅) 御茶ノ水・本郷

    総合評価:4.0

    この建物は、江戸時代より神田鎌倉町で「井政」の屋号で材木商を営んできた遠藤家が、関東大震災後に建てた店舗併用住宅で、「遠藤家旧店舗・住宅主屋」が正式名称です。伝統技術を受け継いだ職人たちが、腕によりをかけ、銘木や良材をふんだんに用いて建てています。幸いに戦災で焼失することもなく、都心部の木造住宅としては貴重な存在として残りました。神田明神の屋上庭園の隣の静かな場所に、近在のビルを背にして建っています。

    旅行時期
    2015年03月

  • 神社に練り込み

    投稿日 2015年04月01日

    神田祭 御茶ノ水・本郷

    総合評価:4.5

    江戸時代から続く、全国的に有名な祭りであり、「日本三大祭り」、「江戸三大祭り」に 数えられます。江戸幕府の庇護を受け、江戸の庶民から「天下祭」と称されるようになり、赤坂・日枝神社の山王祭と隔年で斎行することが恒例となっています。この日は丁度御輿宮入に当たり、複数の町内毎に結成された御輿連合が、秋葉原電気などを巡行した後に、時間を決めて神社に練り込み、境内は担ぎ手と見物客で騒然としていました。

    旅行時期
    2013年05月

  • 本殿と隣り合わせ

    投稿日 2015年04月01日

    神田神社(神田明神) 御茶ノ水・本郷

    総合評価:3.0

    御社殿の左脇にある朱色の資料館。神田明神と神田祭の歴史や江戸東京文化に関する絵巻、古文書、浮世絵などを多く所蔵・展示しています。本殿と隣り合わせなので、本殿の続きかと思っていましたが、齋館・資料館の看板があることで気づきました。

    旅行時期
    2015年03月

  • 銭形平治と共に

    投稿日 2015年04月01日

    神田神社(神田明神) 御茶ノ水・本郷

    総合評価:3.0

    国学は、京都伏見の神宮で国学者であった荷田春満により江戸において始められた学問であり、古事記や日本書紀などの古典の研究を通じて、日本古来の道を説く学問です。荷田春満が、江戸で初めて国学の教場を開いた場所が神田神社境内であることから、、昭和53年12月に碑が建立されました。国学は、日本中心の復古主義に発展し、幕末の尊王攘夷運動に影響を与えましたが、その碑は銭形平治の記念碑と共に、本殿の横に静かに並び建っています。

    旅行時期
    2015年03月

  • 日立の跡地

    投稿日 2015年04月01日

    御茶ノ水ソラシティ 神田・神保町

    総合評価:3.0

    かつては日立製作所の本社でしたが、再開発により大成建設の設計施工で2013年4月に完成した複合施設で、地下鉄千代田線・新御茶ノ水駅に直結し、JR御茶ノ水駅聖橋口から徒歩1分と極めて便利な立地です。屋外配置の設備機器はソーラパネル一体型のルーバーで隠し、発電能力は150kWで、都内の事務所ビルでは最大級だそうです。更に、敷地内を通る千代田線のトンネルにたまる湧出水を空調機器やトイレの洗浄水、植栽散水として活用するなど、省エネ実践ビルです。中央線沿いの淡路坂は人通りも少なく静かな散歩道のようです。

    旅行時期
    2015年03月

  • 年を取らない街

    投稿日 2015年04月01日

    お茶の水楽器店街 神田・神保町

    総合評価:3.0

    JR御茶ノ水駅から駿河台下交差点へ向かう明大通り沿いは、黒澤楽器、石橋楽器など大手の楽器店が軒を連ねており、店頭にはギター、キーボード、ドラムなどが並んでいます。御茶ノ水には明治大、日大、東京医科歯科大、順天堂大など多くの大学が集まり、ロックバンドや軽音楽サークルも多く、それにより楽器需要が生まれたと思われます。この通りを行き交う人々は学生が多く、年を取らない街のようです。

    旅行時期
    2015年03月

  • 倉を模したトイレ

    投稿日 2015年03月19日

    美倉橋公衆トイレ 神田・神保町

    総合評価:3.5

    秋葉原と浅草橋の中間あたりの神田川に架かる美倉橋の南側の柳原通りに面して、この橋の名前にちなんで倉の形を模した公衆トイレが建っています。男性用、女性用、車椅子対応のトイレそれぞれが倉の形をしています。この場所はかつては柳原土手として大いに栄えたところです。そばにある石垣で囲まれた松の植え込みあたりには、近くの人々がいつも座ってくつろいでいますが、においは?

    旅行時期
    2015年03月

  • おきつね様が守る社殿

    投稿日 2015年03月19日

    正一位金綱稲荷神社 秋葉原

    総合評価:3.0

    JR秋葉原駅から徒歩5分ほどの和泉公園の一角に隣接しており、三井記念病院の裏手に位置します。江戸時代に、日本通運の開祖にあたる飛脚問屋、京屋弥兵衛が、道中の安全の期すため、伏見稲荷に祈願を続け、自店の神様を「金網稲荷大神」と讃え、信仰に励んだところ、道中の災難がなくなったことから、交通安全の加護のある神社とされています。恐い目をしたおきつね様が社殿を守っているようです。

    旅行時期
    2015年03月

  • 奇跡を生んだ地

    投稿日 2015年03月19日

    関東大震災協力防災の地碑 秋葉原

    総合評価:3.5

    JR秋葉原駅徒歩5分ほどの和泉公園に設置されています。関東大震災のときに神田区佐久間町、和泉町などの町民が協力して防火に努め、甚大な被害をうけた神田にあって奇跡的に焼失を免れた事を記念した石碑があります。ここは商家と下町独特の長屋が軒を連ねた住宅密集地でもありました。多くの人命が失われた関東大震災にあって奇跡を生んだ地であります。

    旅行時期
    2015年03月

  • 往年の将軍道はいま

    投稿日 2015年03月19日

    御成道 (千代田区) 神田・神保町

    総合評価:3.0

    江戸時代、徳川家将軍が、江戸城から上野の寛永寺に向かう道でした。この街道は現在の中央通りとほぼ同じですが、中央通りと明神下通りとの交差点より神田側は、中央通りより御茶ノ水寄りの道であったようです。それでも中央通りに架かる総武線のガードは御成街道架道橋とされています。当時の神田川には、今の昌平橋の50メートルほど下流に筋違橋(すじかいばし)が架かっており、その場所に御成道の碑があります。神田から御茶ノ水に向かう中央線が通る赤レンガの壁脇にひっそりと立っていて、ほとんど気づかないほどの碑です。

    旅行時期
    2015年03月

  • 小さな小さな社殿

    投稿日 2015年03月19日

    講武稲荷神社 神田・神保町

    総合評価:3.0

    大貫伝兵衛が安政4年に、旗本や御家人たちが武術の稽古をする講武所に付属する土地の払い下げを受け、稲荷社を創建しました。関東大震災によって焼失しましたが、その後の区画整備によって現在地に安置され、昭和55年に社殿が改装されました。秋葉原電気街のあきばおう2号店の奥に位置しているので目立たず、赤い社殿だけがあり、隣接するビルが取り壊し中であるので鎮座するおキツネ様も落ち着かないことでしょう。社殿の下は神田旅籠町会の防災備蓄倉庫として使われています。

    旅行時期
    2015年03月

  • 住民を守った水

    投稿日 2015年03月19日

    和泉町ポンプ所 秋葉原

    総合評価:4.0

    JR秋葉原駅昭和通り口を出て、目の前の昭和通りを渡り上野方面に200mほど進み、5つ目の角を右に曲がり浅草橋方面に50mほど行くと右手にレンガ造りの建物があります。このポンプ所は、大正11年に建てられた鉄筋コンクリート造2階建ての建物で、外装は煉瓦風タイルを貼り付け新しくなっていますが、関東大震災や東京大空襲に耐え、元の形状を保っています。関東大震災では、町内に発生した火災を、住民がこのポンプ所の水を放水し、守ったと伝えられてます。付近は会社関係の小規模ビル群で、妙な立地ですが、
    近くの和泉公園には、これを伝える「防火守護地」の碑が残されています。

    旅行時期
    2015年03月

  • 柳森神社の境内

    投稿日 2015年03月19日

    福寿稲荷 秋葉原

    総合評価:3.5

    神田川沿いの柳森神社の境内に、おたぬきさんと云われている福寿神が鎮座しています。徳川五代将軍綱吉生母である桂昌院によって江戸城内に福寿いなりとして創建され、大奥の女性の多くが玉の輿にのった桂昌院にあやかりたいと、おたぬきさまを崇拝したとも云われています。その後、明治2年に柳森神社に合祀され、神田川を背にした鉄製のたぬきが参拝者を見つめています。

    旅行時期
    2015年03月

  • 当時の面影はないが

    投稿日 2015年03月19日

    柳原土手跡 秋葉原

    総合評価:3.0

    江戸時代には神田川の神田寄りの岸に沿って築かれた、浅草橋から万世橋までの土手に沿った通りに、100~200軒程の古着屋が並んでいました。この土手通りの古着屋は、幕末時には由緒ある富沢町市場と肩を並べるほどに発展した卸売市場だったようです。いまでは昭和通りに架かる和泉橋のたもとに小さな案内板があるだけで、当時の面影は残っていません。神田川の両岸はセメントで覆われ、風情はありませんが、その当時に思いをはせることはできるでしょう。

    旅行時期
    2015年03月

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