あいあ〜るさんへのコメント一覧(8ページ)全117件
-
並の旅じゃありませんね。
チュラコーン大王を訪ねる旅。ついに完結ですね。
ほとんど学術探究のような旅でしたね。お疲れさまでした。
あいあーるさんの旅行記に触発され、チュラコーン大王の事歴を少し調べてみました。
パークナムの事件は当時「シャム危機」と呼ばれたそうですね。
1893年といえば日清戦争の前年。
仏軍は近代的な軍艦だったと思いますが泰軍は手漕ぎか帆船だったのでは・・・
しかも、泰にとっては無茶な言い掛かりをつけられ一方的に喧嘩を売られたようなもの完全な侵略ですよね。
結果、泰は仏の要求に屈しメコン河以東の領土を割譲。
この時、英は泰の救援や仲介要請を無視したそうです。
競い合ってアジアを食い物にしていた英仏。裏で話がついていたんじゃないでしょうか?
その後、英仏は勝手に泰を両国の緩衝地帯する共同宣言を行います・・・
タイの独立に腐心したチュラコーン大王の苦悩が察せられます。
日本も幕末に同じような目にあっていますが、英仏のやり方に比べれば浦賀にきたアメリカなんか紳士的な方だったみたいですね。
改めてファランの奴らのえげつなさに頭に来ました・・・
ちょっと思ったのが、タイ人と日本人の気質って似ているのかなってことです。
どちらも、比較的、過去の遺恨を引きずらない寛容性があることです。
日本なんかも「昨日の敵は今日の友」ですからね。
RE: 並の旅じゃありませんね。
房州ロッカーさん、コメントありがとうございます。
事前に日本で調べられることは調べて行ったので、タイでは実際にその場に行って写真を撮っただけですよ。(笑)
もちろんその場に行って初めて判ったこともありますが。
フランス軍艦を砲撃したチョーンクラーオ砦の大砲は、イギリスで造られた当時世界最新鋭の物だったようですが、軍艦の戦闘力はかなり差があったようです。
日本とタイは第二次大戦の開戦時にタイムラグで交戦していますが、基本的に敵対したことはありませんし、同じような歩みをしてきました。
しかし面白いことに、当時の日本はロシアに対抗するためにイギリスと手を結びましたが、タイはフランスに対抗するためにロシアと友好関係にありました。
もしかしたら日本とタイが歴史上唯一敵対陣営にいた時期かもしれません。2010年10月26日00時07分 返信するRE: RE: 並の旅じゃありませんね。
さすが、あいあーるさん。タイの歴史についても造詣が深い・・・
4トラにタイ好きは多いと謂えど、自前で日泰交流に貢献されている方だけに並のタイ好きとは次元が違うと思っていましたが・・・
確かに、タイ南部における日泰の交戦は敵国同士の戦争というより連絡調整の不調による不慮の事故といった感じでしたね。
(当時のタイ首相が怪しげな行動をとった所為のような気もしますが・・・)
事前に旅先のことを調べるというのは大事なことだと思います。
知っているか否かで旅の内容が変わってきますからね。
以前、チュンポンに行ったことがあります。
当初、滞在予定もなくサムイ島へ渡る通過点としか考えていませんでしたが、列車が遅れフェリーに乗れなくなり仕方なく一泊することになりました。夕方着いて翌早朝までの短い滞在です。
当時、チュンポンが日泰両軍の交戦した因縁深い土地だとは知りもしませんでした。
マレー作戦で日本軍がタイ領に上陸したのは知っていましたが、戦闘があったなど夢想だにしていなかったのです。マレー戦の緒戦といえばコタバルと認識していましたので・・・
チュンポンは「深夜特急」に出てくる町。タイ湾諸島へ渡る出航地という認識だけでした。
その事実を帰国後になって知りました。
事前に知っていれば、もう少し長く滞在し散策したのにと後悔しました。
ちなみに、この事件を題材にした「少年義勇兵」というタイ映画があります。
残念ながらツタヤでレンタルしていないので見ていません・・・
戦争物というより青春映画みたいな感じのようです。
P・S
読みが深いですね・・・
第一次世界大戦前は親ドイツでしたからね。
やはり、英仏への対抗手段だったのでしょうね。
2010年10月26日10時04分 返信するRE: RE: RE: 並の旅じゃありませんね。
房州ロッカーさん、こんにちは。
私は自国と同じくらいタイを愛していますので、タイ好き日本人と同じ次元だったら大問題ですが、タイの歴史を知っているのはたまたまです。
チュラーロンコーン記念日100年に合わせてチュラーロンコーン大王について勉強したので、たまたまこの年代の歴史を知っているだけで、タイについてはまだ勉強しなければならないことだらけです。
現地で勉強しているタイ人に教えてもらうのがもっとも簡単で早いと思いますが、いかんせん私はタイに滞在できる時間が限られているので、その時間をできるだけ有効に使うためには事前調査は欠かせません。
それでも今回はリストアップした場所の半分くらいしか行かれませんでした。
チュンポンにいらっしゃったことがあるんですね!
私はまだ行ったことが無いんですよ。
チュンポンにも行きたい場所がたくさんあるのですが。
当時のタイは近代化のために欧米先進国の力を借りなければなりませんでしたが、英仏に比べて領土的野心の無いドイツ系に多くを落札させたようです。
対抗というよりは、消去法でしょうか?(笑)
他にデンマーク企業も結構多かったみたいですね。
なぜか日本では王室系財閥なんて言われているサイアムセメントも、元々はデンマーク系です。
国鉄南線などは、ドイツに偏重し過ぎることを危惧してわざわざイギリスに落札させたようですから、ドイツ系は相当進出していたのではないかと思います。
ドイツで思い出しましたが、日本では「ファラン」は「白人と言えばフランス人が多かったので、白人全体を指すようになった」みたいなことが言われていますよね。
私はあれは嘘じゃないかと思っています。2010年10月27日12時50分 返信するRE: RE: RE: RE: 並の旅じゃありませんね。
好きこそ物のナントヤラじゃありませんが・・・
私の場合、旅行で訪れ気に入った国があるとその国の歴史が知りたくなります。
そして、その国の歴史を知ることで文化・慣習・信仰といった風俗にも興味が沸き、更にその国が好きになるといった感じです。
普通は言語なのでしょうが・・・語学が苦手なので敬遠してしまいます。
「ファラン」の語源は何なのでしょうね?
あくまでも白人を指しているようで黒人や黄色人種は含まれていないみたいな感じですし・・・
果物の「グァバ」をタイ語で「ファラン」と言うようですが実が白いとかでしょうか?
チュンポンは夕方着いて翌早朝までの僅かな滞在です。
一泊しただけなので何も見ていません・・・
気ままな旅で急ぐ理由は何も無かったのですが、タオ島やサムイ島へ行くことしか考えていなかったみたいでチュンポンを通過点としか捉えてていなかったようです。
どうも視野が狭くなっていたというか・・・
今、思うと本当に惜しいことをしたと悔やんでいます。
後になって知りましたが実に良い所みたいですよ。
再訪してジックリ滞在してみたい町No1です。
2010年10月27日15時57分 返信するRE: RE: RE: RE: RE: 並の旅じゃありませんね。
房州ロッカーさん、こんにちは。
いえいえ、好きになったらやはり文化・風習ではないでしょうか?
とりあえず英語で言葉が通じるのであれば、言語はその先かと思います。
私は恥ずかしながら、日本語を話せる友人がいたこともあって、初タイから7年間はサワッディー・コーップクン・サバーイ、マイペンライの4つの単語しか知りませんでした。
ある女性のある一言がきっかけになるまで、タイ語を勉強しようなんて思いませんでしたから。
ファランの語源がフランスなのは間違いないと思います。
私が嘘だろうと思っているのは、「白人と言えばフランス人だったので、白人全体を指すようになった」という理由です。
チュンポンやスラーッターニーなどはほとんどの人にとっては単なる通過点ですから、それもしかたないのではないでしょうか。
サムイ島やタオ島はかなりいい所らしいですからね。
10年ほど前にチェンマイで会ったバックパッカーが、「コタオはすごく綺麗らしい。」とコタオ、コタオと連呼していたのを思い出します。
当時の私はタオ島なんて名前も知りませんでした。2010年10月28日12時58分 返信する -
おつかれさまです!
いや〜、写真コメントのひとつひとつがスゴい!
これ、調べるのかなり時間がかかって大変やったんやろなあ〜って感じますわ〜。
おつかれさまでした。。。
紀伊国屋書店で買われたあのマンガ、あれやったら僕にも読めそうですわ〜。
あ、でもタイ語で書いてあるんでしたっけ?
やっぱムリです。。。
PS
テレビでご覧になったのはオージーボールかと思われます。
オーストラリアに行ったら芝生とかで少年たちが夢中になってやってますわ〜。RE: おつかれさまです!
keng-kengさん、毎度コメントありがとうございます。
最初から予定して行った場所は、だいたいのことは事前に勉強して行っているので、まあそれほど難しいことはありません。
それ以外に現地に行って見付けた場所は、投稿の際に調べていますが。
ただ適当に書く訳にはいかないので、投稿に時間がかかりました。
あのマンガはもちろんタイ語ですよ。
あんな本が日本語であったら、逆に驚きますわ。
でもkeng-kengさんならかなり読めるのではないかと思います。
あれはオージーボールって言うんですか。
確かにオーストラリアでやっているようでした。
オージーボールと言うからには、オーストラリアとせいぜいその周辺国くらいでしかやってないんですかね?2010年10月12日16時58分 返信する僕にはムリですわ〜。。。
チュラーロンコーン大王に関するマンガ、絶対読むのムリですわ〜!
以前貸しマンガ屋さんで「ワンピース」を一晩借りてヒマつぶしにパラパラ眺めたんですが
お手上げです!叫び声ひとつ、マトモに読めなかったのを覚えてます。。。
オージーボール、僕はプレイしてるのを実際に見たのはオーストラリアしかないんでなんとも言えませんが、どうでしょうね〜。ラグビーと同様でしたら、ニュージーランドや南アフリカあたりでもやってて不思議はないんですけど。。。でも確かオージーボール、元祖はクリケットだったと思いますんで、そういう意味ではインドとかアラビア半島の国々でもやってておかしくはないですもんね〜。2010年10月12日22時01分 返信する -
こんにちは
何度か日記にコメント頂いた福岡の南島です(島が好きで命名です)
電車では間に合わないから車って・・
どちらにお住まいです?
タイのバレーチームは以下がでしたか?
きっと背が高く笑顔素敵な方が多かったでしょうね^^
私も応援に行きたかったのですが・・
仕事でした。
またタイチームが福岡へ来ないかな?RE: こんにちは
南島行男さん、コメントありがとうございます。
私は愛知県民なのですが、田舎ですから空港まで電車で1時間半かかります。
それでも今は空港まで電車で直接行かれますから、名空時代に比べたら中空は30分ほど短縮されましたよ。
決して山奥に住んでいる訳ではないのですが。
福岡では毎年6月(第3週末くらい)に大会がありますよ。
ただ、今年まではずっと出場していたのですが、どうも今年はタイ国政府観光庁が協賛から降りたっぽいので、果たして来年は呼ばれるかどうか。
今週末には女子代表が名古屋に来ますが、残念ながら今回は福岡では試合がありません。
もし来年6月にタイが出場しましたら、ぜひ応援にいらっしゃってください。2010年10月12日16時00分 返信する -
社命でしたか!
あいあ〜るさん、こんばんは。
バドミントンと旅行博の旅行記、作成の真っ最中ですね〜。
中国行き、僕はホンマに「チュラーロンコーン大王を訪ねて」やと思ってたんですが。。。
実は社命でしたか?!おつかれさまです!
僕はバドミントンには全く疎いんですが、ソンポン選手、スッケー選手、ブンサック選手のこの3名は、3名ともが世界ランキング最高、ってことなんでしょうか?だとしたらスんゴイ豪華メンバーやないですか?!この時期にタイの新聞読んでたら、ギラー版にはヨネックスオープンの記事、掲載されてたんかもしれませんね〜。ちょい惜しいことをしました。。。
続き、楽しみにしてます!RE: 社命でしたか!
keng-kengさん、書き込みありがとうございます。
ただ単に写真をカメラからパソコンに取り込むのが面倒だという理由で、1ヶ月前のタイフェスティバルの旅行記と同時進行です。
なんせO型人間なもので。
自分の意思でしたら、こんな大事な時にタイ以外には行きませんよ。
尖閣諸島事件の影響で、誰かやめるって言ってくれないかなって、心の底から思いましたわ。
ランキングは自分でもどうかけばいいか迷ったのですが、最高位であのランキングということです。
世界ランキングは試合結果によって毎月変わっているので、今はもう少し下がっています。
タオ(スッケー)は新聞に書いている11位ですね。ダック(ソンポン)は9位くらいだと思います。メーン(ブンサック)が10位くらいではないでしょうか。
今年の大会は結果が良くなかったので、掲載されたかどうか微妙ですね。
最高がメーンのベスト4ですが、スーパーシリーズのベスト4くらいでは普段は掲載されていないと思います。2010年10月05日02時50分 返信する応援おつかれさまです!
速攻で旅行記完成のようですね?
さすがあいあ〜るさん、仕事が早いっ!
あのサラーリー選手からのお土産、写真を拝見すると結構高そうですし、バナナチップ?なんかは形状からしてかさばって持って来るのんタイヘンやったんでは?あいあ〜るさん、かなり感謝されてるんですね〜!ホンマ、アタマが下がりますわ。
ところでサラーリー選手からのお土産、真ん中の筒状のヤツ、ทุเรียนっていうのが読めるんですが、もしかしてドリアンを乾燥させて加工したお菓子でしょうか?その下のทองってのはドリアンの品種のหมอนทอง(モーントーン)の略称?とお見受けしましたが。。。?もしドリアンのお菓子でしたら、ぜひお味を教えて下さい!!結構タラーッは歩いていろんなモンを見て回ってるんですが、ドリアンのお菓子って見たことがないもんで。。。2010年10月05日23時25分 返信するRE: 応援おつかれさまです!
keng-kengさん、こんにちは。
タイの旅行記に比べて完成が早いのは、中身が無いからですわ。(マジ)
実は値札が付いているのですが、200バーツ弱ですからタイのお菓子にしては結構高額な物だと思います。
協会やスタッフの人達からは間違いなく感謝されていると思います。
私達が行けば、どこよりもタイの応援の方が大きいですから。
でも当の選手本人からはどう思われているのか、私にはわかりません。
特に女子選手は必要以上にはあまり接触しないようにしているので。
あのお菓子は、お察しの通りドリアンチップスです。
ドリアンを薄切りにして乾燥させた物ですが、空港の売店で売っていると思います。
たぶん外国人用に開発したのでしょうから、市場には売っていないでしょうが、バンコクならスーパーでも売っていますよ。
味は…
すみません、私はグルメではないので何と書けばいいのか。
塩味ですわ。
フリーズドライのドリアンはドリアンの味がしますが、これはモロドリアンでもないので、ドリアンがダメな人でも食べられると思います。
これでは全然わかりませんね。2010年10月06日04時24分 返信する塩味。。。!
あいあ〜るさん、こんばんは。
エラい早朝に書き込んで頂いて、恐縮です。
夕方ネットした時はあいあ〜るさんの書き込みに気付かず、失礼しました。。。
ちょっと予想外の風味ですわ〜。
てっきりタイをこよなく愛するあいあ〜るさんのために、味も香りもモロにドリアン!って感じのお菓子かな〜って想像してたんですが。。。でもはるばるニッポンまで持って来てくれて、ありがたいことですよね〜!
PS
女子選手とは必要以上に接触しない、ってのは分かる気がします。
誰がどういう見方をするか分かりませんからね〜。。。
でももしあいあ〜るさんが独身でしたら、接触しても特に問題ないのでは?
ああ、また無責任な発言ですね〜。どうぞご放念下さい。2010年10月06日22時50分 返信するRE: 塩味。。。!
kneg-kengさん、こんにちは。
最近変な時間に目が覚めるんですわ。
味はともかく香りがドリアンだったら、完全密封しないと土産として持って行けないでしょう。(笑)
正直言ってこちらもただでさえ応援用の荷物が多いし、土産なんていらないのですが、代表チームがわざわざ持って来てくれるのですから気持ちをありがたくちょうだいします。
それも今回の場合は直行ではなく、他の国を転戦して来ているはずですから。
自分が男なので、女子選手はやはり気を遣いますわ。
幸か不幸か間違いは自分は起こしたくても、相手が起こさせてくれないでしょうけど。
そう言えば以前女子バレーの監督が「タイ人の奥さんがいるのか」と聞くので、「いないから選手を1人ください」と答えたら、「頑張れ」って言われましたよ。
もちろん頑張っていませんが。
そのバレーの代表もいよいよ来週名古屋に来るので、向こう1ヶ月はチュラーロンコーン大王記念日もあるし、またえらい忙しくなりそうです。2010年10月07日12時45分 返信する -
書き込みありがとうございます。
あいあ〜るさんさん、書き込みありがとうございます。風人です。
ご質問については、ここは、元日本領事館でした。
ですので、この建物の門の前に、行き場がなく追い詰められたユダヤ人がビザを求めて集まってきたと思うと、以前に訪れたドイツのザクセンハウゼンというベルリンにあったユダヤ人収容所の余りに悲しい過去に思いをはせると、この領事館の門が開いた時のユダヤ人の歓喜は、どれほどのことか思うと、胸が熱くなってしまうんです。
本当に、単純に目の前の命に優しくできた杉原千畝さんを昔から尊敬していたし、誇りに思っていたんです。
ただ、現地で本当に英雄扱いされているかと言えば、疑問です。一応情報では首都のビリニュスには杉原千畝さんの名を冠した通りがあるとのことでしたが、見つけられなかったし、この記念館の現地の地図での扱いは、すごくマイナーな遺跡、記念館扱いだったので、英雄扱いされているかと言えば疑問でした。
でも、当の杉原千畝さんは、そんな英雄扱いされることを望んでいたのではなくて、目の前のユダヤ人の人々の命を見過ごせなかったんだと思うんです。
すみません、とても長い返事になってしまいました。つい、思い入れが強いものですから、どうぞご容赦を。
書き込みありがとうございました。2010年10月02日01時53分返信するRE: 書き込みありがとうございます。
風人さん、コメントありがとうございます。
これが領事館だったのですか。
ずいぶん小ぢんまりした建物ですが、日本とリトアニアの関係ならこの程度で充分でしょうか。
愛知万博のリトアニア館では、杉原千畝に関することが展示されていました。
スタッフは杉原千畝は誰でも知っているというようなことを言っていました。
まあ日本向けに展示内容を決めているでしょうから、そのまま鵜呑みにはできませんが、それでもほとんど無名の日本に比べれば、まだ良い扱いをされているのではなかと思います。
ところでビザを貰ったユダヤ人はどこへ行ったのでしょうかね?
おそらく陸路でソ連を越えて、船でアメリカへでも渡ったんですよね?
となると、杉原千畝が英雄になっているのは、リトアニアよりもアメリカかも。2010年10月05日02時37分 返信するまたまた、風人です。
あいあ〜るさん、こんばんは
愛知万博で、展示があったのですね。観たかった。。。
ところで、杉原氏に助けられたユダヤ人たちは、最終目的地はオランダ領キュラソー島です。
もともと、日本のビザは通過ビザですから、目的地は、救われたユダヤ人の多くが住んでいたオランダで発行してもらった渡航ビザのとおりオランダ領キュラソーだったんです。
ただ、余りの長い道のりなのでアメリカまででやめてしまった人たちがいたようです。
そして、戦後イスラエルというユダヤ人の国が創設されたので、ばらばらに暮らしていた世界中のユダヤ人たちが集まってきて、杉原氏のビザで助けられた人たちが杉原氏を探し始めて、30年近くかかって探し出し、イスラエルで英雄扱いされているようです。
ちなみに、30年近くかかった理由としては、国(外務省)が杉原氏を認めなかったことは無論ですが、一説では、探しているユダヤ人に対して知り合いの日本人がビザに書かれたサインの「千畝」を「せんぽ」と教えたからわからなかったという話がありますよ。
ドラマでは、自ら「せんぽ」と名乗るシーンがあったりしますが、自ら名乗ったかは脚色みたいで微妙です。自分の名前に誇りがあるでしょうから。
では、では2010年10月07日23時33分 返信する -
次のターゲットです
あいあ〜るさん、おはようございます。
サイアム博物館をずっと狙っておりました。
ぽつんと1つ離れていて、それだけで時間が掛かりそうなので延ばし延ばしになっていますが、雨期にぴったりの場所じゃないかと近々行ってみるつもりでいました。
「歩くバンコク」の今年度版が出て特集のラッタナコーシン島を読み、以前行ったサームプレーンで半分済んでいるので東半分を回れば完成じゃないかと明日向かうつもりでもあります。
行く前にいくつかのスポットを見せていただいてよかったです。
The Old Siamは「ディオーンサヤーン」でしたか(笑)
地図で見たり歩いたりするとそれほど難しいロケーションではないのですが、運転手さん(この時はうちの車でしたが)たちは誰も地図を読んでくれませんね。住所より電話番号がある方が早く見つかるのがこの頃わかりました。
(タニヤには精通しているのに、観光地は知らない人であるのもありましたが)
ずっと「アイティム」がタイ人の英語の中に混じるのがなんだかわからなかったのですが、この間アイスクリームと判明しました(笑) 日々、これでタイ語の(限定的)単語が増えていっているのもあります。
MuffinRE: 次のターゲットです
Muffinさん、こんにちは。
ご訪問&書き込みありがとうございます。
サイアム博物館の辺りは、タクシーに乗ってもあまり通りませんし、私もあまり行かないエリアです。
しかし日本語の情報はあまりないと思いますが、Muffinさんならきっと色々なものを見付けられると思いますよ。
サイアム博物館は展示点数は多くないので、見学にはそれほど時間はかからないと思います。
しかしラッタナコーシン島の特集なんてあるんですね。どんなことが書かれているのか気になります。
オールドサイアムは、旅行記を見た時は日本語モードでしか考えていなかったので気付きませんでしたが、現地でタイ語モードでみたら「ああ、これじゃあ理解されるのはかなり難しいだろうな」と思いました。
タイ人は一般的に日本人ほど地図を読むことに長けていないと言われていますね。
私は地図を見せても、必ず同時に説明しています。
> (タニヤには精通しているのに、観光地は知らない人であるのもありましたが)
これは解かるような気がします。(笑)
観光地には普通は1人1回しか行かないでしょうが、タニヤには頻繁に行くでしょうからね。
それに観光地は知らなくても特に問題ありませんが、タニヤ情報は会社の業績や運転手本人の雇用にも影響するかもしれませんから。
タイ語は二重子音や末子音が多いですかし、外来語の場合は黙字も多いですから、全ての音に母音が付く日本語を使っている日本人の耳には聞き取り難いですね。
でも「アイティム」と聞こえるということは、aitkhrimのtとhが重なって聞こえているということでしょうから、その人は相当早口なのでは?
私は投稿ペースが遅いので、この後旅行記はMuffinさんが訪問された地域に進んで行きます。
ただし今回はチュラーロンコーン大王に関係ない場所は、極力カットしていますが。
Muffinさんはタイ語が話せないのに、本当に色々見られてすごいと思います。
それに日本人旅行者に多いタイを見下す目線では見られていないので、正当な評価をされていると思いますし。
私は年に10日くらいしか自分でタイを観光する時間がないので、Muffinさんの投稿を楽しみにしています。2010年09月20日12時35分 返信する -
旅行記増えてますね〜!
あいあ〜るさん、こんにちは。
またしばらく拝見出来なかった間に旅行記、増えてますね〜!
ゆっくり見させて頂きましたよ。
バーンプリー市場の入り口の看板を見てたら、「タラーッボーラーンバーンプリー(バーンプリーオールドマーケット?)」なんですね〜。ちゃんと現役で営業してるところがタラーッ好きの僕には嬉しかったですわ〜。こんな立地やったらゴミとかは床板の切れ目とかからどんどん下の運河に落とせばええんでしょうから、ラクで合理的でええですね〜。ベトナムのメコンデルタによくあるようなつくりの市場やな〜ってちょい懐かしく?拝見しました。ベトナムではトイレもいちおう個室にはなってるものの、床板がなくって下の運河に「直結」してましたが、タイではさすがにそこまではやらんでしょうね〜。。。
シーチャン島の周りに停泊する船舶の数!あれスゴいですね〜!タイは米の大輸出国なんやな〜って実感しましたわ〜。きっと水深が十分に深くて座礁の心配がなく、よほどの良港なんでしょうね〜。昔ははるかかなたのサムットプラーカーン県やったなんて、おっしゃる通り、貿易港とか軍港として重要な拠点やったんやろなあ〜って想像出来ますわ〜。
PS
さらっと書かれてますが、「シーラーチャーのロビンソンでチュラーロンコーン大王に関する本を立ち読み」!こんなことが出来る日本人は、あいあ〜るさんだけでしょう!僕なんかはチュラーロンコーン大王に関する本がどこにあるか探すだけで閉店時間になったことでしょう。。。RE: 旅行記増えてますね〜!
keng-kengさん、書き込みありがとうございます。
確かに旅行記は増えたんですが、1日の行動で3つも作っていますからね。
PCの性能の問題もあって自分が写真を大量に投稿している旅行記を見る時にやけに時間がかかるのであまり写真の枚数を多くしたくないこともあるのですが、長い旅行記を完成される気力もないので、30枚程度で切るようにしているんです。
バーンプリーのトイレは、ちゃんと水洗でしたよ。
でも昔はそのまま運河に流していたかもしれませんね。
シーチャン島は昔は海が荒れた時の船の避難場所だったようですので、停泊場所としては良いのでしょう。
タイは確か米の輸出が世界で1番か2番くらいだと思いました。
日本では自国米があるのであまり感じませんが、こういう光景を見ると実感しますね。
チュラーロンコーン大王の本は確かに2時間くらい立ち読みしましたが、理解したかどうかは別問題ですわ。(笑)
難しいタイ語が理解できないので、どの本がいいかって色々と見ていたんです。
もしも言葉に問題がなければ、簡単に1冊選んで買っていたでしょう。
本がある場所を探すのは、それほど難しくないですよ。
国王陛下に関する本はたくさんあるだろうと思ったので、それを目印に探しました。
意外だったのは、トンブリー朝のタークシン王に関する本が結構多かったことです。2010年09月15日22時04分 返信するタークシン王って。。。
確か処刑されて、そんで処刑したのが現王朝の創始者、でしたっけ?
そのタークシン王に関する本が多いっていうのは、タイ国民は国王陛下を敬愛しながらも、チャックリー朝の創始者が処刑した王様にも一定の敬意を払ってるってことなんでしょうかね〜。
あ、そう言えばテレビで朝8時と夕方6時に国家が流れる時、7チャンネルでは確か、タークシン王の騎馬像の映像も歌のバックに流してますね〜!
今度機会をつくって、タイ人に「タークシン王をどう思うか?」を聞いてみようと思いますわ〜。2010年09月15日23時51分 返信するRE: タークシン王って。。。
確かにタークシン王も人気があるとは聞いていましたが、個人の気持ちの問題はともかく、現王朝との関係上まさか本までたくさん出版されているとは思いませんでした。
タークシン王が気が触れて処刑されて損王朝ができたのですが、私もまだ勉強していないので、処刑したのがラーマ1世王なのかどうかは知りません。
タークシン王は祖国を復興したんですから、ナレースワン大王以上の英雄になっていてもおかしくはないと思いますが、私が想像するにタークシン王が不運だったのはあまりにも早く復興が成功してしまったことではないかと思います。
タークシン王については、いずれ研究しなければいけないテーマかなと思っています。2010年09月16日03時16分 返信する -
名古屋から関空→BKK
あいあ〜るさん、こんばんは、おぷです。
先日、教えてトラベラーでバンコクからのおすすめの旅先についてご回答いただいたものです。
わたしは結局ラオス・パクセに向かいましたが、バンコク市内の名所・旧跡・博物館めぐりも楽しそうですね。
名古屋から近鉄でKIXまで行かれているようで、早朝バンコク着の便はすごく使えそうですね。
セントレアの便はJLが廃止されるようで、不便になりそうです。
次回はぜひ関空便を利用したいと思いますので、参考になりました。
RE: 名古屋から関空→BKK
おぷさん、こんにちは。
ご訪問&書き込みありがとうございます。
パクセーは何があるのかは知りませんが、一度行ってみたい場所の1つですので、おぷさんの旅行記を拝見させていただいています。
名古屋はJLが廃止になってTGが増便になるので、大阪発の深夜便を利用するのもこれが最後かもと思っていましたが、16:55発では使えません。
結局これからも大阪発を利用することになりそうです。
もっとも私は使えなくても、この時間帯ならヨーロッパやオーストラリア方面への乗り継ぎが便利なので、利用者が増えればいいと思いますが。
私はいつも20時のアーバンライナーに乗って、南海の急行に乗り換えています。
新幹線を利用すればもっと遅く出発できますが、電車賃がタイでのホテル1泊分くらい違いますので。
2010年09月14日12時36分 返信する -
ラーマ5世
あいあ〜るさん、こんにちは!
今年がラーマ5世が亡くなって100年とは知らずに
ワット・ラーチャボピットへ行っていました。
「チュラーロンコーン大王を訪ねるタイの旅」はとても興味深いですね。
あいあ〜るさんの旅行記で予習をしてから
ワット・ラーチャボピットへ行けば、
もっと見方が変わったかもしれません。
タイの歴史には疎いですが
ちょこっとですがチュラーロンコーン大王(ラーマ5世)に
興味を持ってきました。
haraboRE: ラーマ5世
haraboさん、こんにちは。
ご訪問&書き込みありがとうございます。
> 今年がラーマ5世が亡くなって100年とは知らずに
> ワット・ラーチャボピットへ行っていました。
普通の日本人は知らないですよね。
今年の5月に知り合いの領事に「今年はワンピヤマハーラート(チュラーロンコーン大王記念日)が100年目だけど、特別な式典はするのか」と聞いたら「あれっ、今年が100年だったかな?」なんて言っていましたから。
しかし知らずにワットラーチャボピットへいらっしゃるとはすごいですね。
私は知らなかったら、多分通り掛かった時にしか行かないと思います。
> 「チュラーロンコーン大王を訪ねるタイの旅」はとても興味深いですね。
> あいあ〜るさんの旅行記で予習をしてから
> ワット・ラーチャボピットへ行けば、
> もっと見方が変わったかもしれません。
ありがとうございます。
私も今まで勉強していたわけではなく、「今年100年だ」って気付いてから調べ始めたばかりなので、旅行後も、そして旅行記投稿後も、毎日新しい情報を得て見方も変わっています。
そして今更ながら「ここにも行っておくべきだった」と思うこともたくさんです。
> タイの歴史には疎いですが
> ちょこっとですがチュラーロンコーン大王(ラーマ5世)に
> 興味を持ってきました。
専門家以外でタイの歴史に興味を持っている日本人ってほとんどいないと思いますが、興味を持つ分野が増えれば増えるほど旅先で得るものも増えますし、より一層タイに興味を持っていただければ幸いです。
私の旅行記は今週末辺りにはワットラーチャボピットまで投稿できると思いますが、haraboさんのように綺麗な写真が撮れてないのでちょっと恥ずかしいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。2010年09月13日09時44分 返信する



