2010/08/18 - 2010/08/23
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あいあ〜るさん
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タイ(当時の国名はサヤーム/シャム)の近代化を推進し独立を守った、偉大なるチュラーロンコーン大王(ラーマ5世王)が亡くなって、今年でちょうど100年。
チュラーロンコーン記念日式典にたくさんのタイ人を集めるように大使館から要請が来ているが、その前に自らチュラーロンコーン大王をもっとよく知っておこうと、今回はチュラーロンコーン大王に関係するスポットを訪れることにしました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
大阪発のタイ国際航空深夜便で出発するため、仕事が終わってから会社で着替えて名鉄〜近鉄〜南海と乗り継いで関西空港へ。
名古屋からのタイ国際航空ではバンコク1500着なので、その日はもう夕食と夜遊びくらいしかできません。
深夜便ならバンコクに早朝に着くので、その日を丸々使えます。
名古屋から関空まで5,000円弱の出費ですが、現地滞在時間を1日5,000円で買ったと思えば高い金額ではありません。
名阪間は近鉄があるおかげで、新幹線・近鉄特急・JR在来線・近鉄急行と、鉄道だけでも時間と金額によって4種類から選択できるので、とても便利です。 -
この日の飛行機はB777のナコンナーヨック号でした。
お盆も過ぎたのに、ほとんど満席です。
待合室でハワイのガイドブックを持った人を何人か見かけましたが、こんな時間にホノルル行きの飛行機があるのだろうか?
隣りのゲートではLCCらしいソウル行きがありましたが、ソウルからもそんな時間には飛んでないだろうし。
空港に向かう途中にメールをチェックしていたら、スポーツ庁からスケジュールが届いていました。
それによると22日から野球と少年ラグビーの大会があるらしい。
本国の応援団はシンガポールで開催中のユースオリンピックで出払っているはずなので、せめて前日に知っていたら、国旗と太鼓を持ってきたのに。 -
到着前の機内食です。
いつもはオムレツばかり食べているのですが、この時はなんとなくさっぱりした物が食べたくなって、魚ごはんを選びました。
するとなぜか「STD」のシールが貼られています。
STDってたぶんスタンダードのことだよなあ。
他にもスペシャルな機内食があるのだろうか?
オムレツは金のアルミで、魚ごはんは銀のアルミがかけられているけど、オムレツがスペシャルなのだろうか?
それとも私だけが他の人の魚ごはんと違ってスタンダードなんだろうか? -
これがスタンダードな魚ごはんの中身です。
バンコクに到着し、飛行機から降りると、突然女性に声を掛けられました。
「大阪に妙齢の日本人女性の知り合いなんていないけど」とまだ眠ている頭で考えると、先月少年野球でタイ代表として来日した在タイ日本人選手のお母さんでした。
まさか同じ飛行機に乗っているなんて、これも運命かも…。
しかし2人の中学生のお子さんを横にして、ラブロマンスが生まれるはずもなく。
来年長男が高校に進学するので、日本の学校を見てきたそうです。
日本の高校に進学すれば、1人で日本で生活することになりますが、かと言って卒業までバンコク勤務かどうかもわからないし、駐在さんも大変ですね。 -
この日の宿泊はペッチャブリー通りにあるアマリアトリウム。
バンコクで行きたいのはドゥシット地区。
しかしこの日は昼と夜に友人に会うことになり、その2人共住むのはバンコクの東寄り。
ということでその中間で移動に便利そうな場所にあるアマリにしました。
偶然にも同じ飛行機に乗った大阪の後輩と一緒に空港からタクシーに乗り、まずは彼が宿泊するフアイクワーンのホテルへ。それから私のホテルに向かいました。
このホテル、ロビーだけがインターネットが無料で接続できるのか、やけにロビーでインターネットをしている人が目立ちます。 -
ホテルに到着したのはほぼ5時でした。
レセプションで「今晩泊まるんだけど、何時にチェックインできるか。」と聞くと、6時との答え。
コンピューターに6時以降に入力しないと、システム上今晩の宿泊にならないようなことを言っていました。
この日の朝は服を着替えて荷物をホテルに預けるだけでいいと思っていたので、6時でも充分過ぎるくらい早いのですが、レセプションの女性が何やら操作をして「本当は6時からだけど特別に」と鍵が出てきました。
もしかしたら鍵だけ開けて、コンピューターへの入力は後でしたのかも?
部屋まで案内してくれたベルボーイは、「おやすみなさい」(タイ語で)と言って帰って行きました。 -
せっかくの好意なので、シャワーを浴びて1時間ほど眠ました。そして外出。まずは王宮を目指します。
ペッチャブリー通りを西に向かって適当に歩いて、適当にバスに乗りました。
若い系統番号だったのでサナームルアンまで行くのではと思いましたが、渋滞しそうだったのでプラトゥーナームで降りて船に乗り換えることにしました。
バスを降りるとちょうどピンクのカオマンカイ屋があったので、ここで朝食。
店の写真はたくさんの人が撮っているので、店の中から前の通りを撮ってみました。
初めてこの店に来たのは7年くらい前でしたが、その頃より若干味が落ちたような。
何度も食べて私が慣れただけかもしれませんが。
逆に店員の愛想は、当時と比べると若干良くなったような。 -
プラトゥーナムから船に乗りました。
船内には水しぶきをガードするためのビニールシートがあり、乗下船の際はこのシートを下げますが、運航中は上げています。
もちろん自動ではないので誰かが上げるのですが、近くに立っている人がその役目を担うようです。
女性が左手に持っている吊革の取っ手のような物が付いた紐が、ビニールシートを上げる紐です。 -
ここはボーベー市場の船着場です。
この途中にやたらと臭い場所を徐行して通過しました。
危険地帯だから速度を落としたのか、あるいは速度を落としたから臭ったのかはさだかではありません。
川面から飛び込んできた汚水の一滴が、よりによって私の目を直撃。
とても心配でしたが、今のところは何事もないようなので安心しました。 -
船が終点に着きました。
運河の向こうにワットサケーット(プーカオトーン)が見えます。
ワットサケートもチュラーロンコーン大王が増築をしたり仏像を安置したりしているのですが、数年前に訪れているので時間の関係で今回は行きませんでした。 -
チュラーロンコーン大王がパリのシャンゼリゼ通りを模して造ったと言われるラーチャダムヌン通り(ラーチャダムヌン・ノーク通り)です。
この画像では小さくしか写っていませんが、突端にはチュラーロンコーン大王の騎馬像があります。
ラーチャダムヌンノーク通りの中ほど右手には、ボクシングのラーチャダムヌンスタジアムがあります。
ムアイタイを観にいらっしゃった方も多いのではないでしょうか? -
王宮までバスに乗ろうかタクシーに乗ろうかと考えながら、結局はブラブラと歩くことにしました。
ラーチャダムヌン通り(ラーチャダムヌン・クラーン通り)を西に向かって進むと、ロータリーの真ん中に独特な形をした民主記念塔(アヌサーワリープラチャーティッパタイ)があります。
アヌサーワリーと言えば戦勝記念塔を思い浮かべる人が多いかと思いますが、私はこちらを想像します。
初めてタイに来た時に見た印象が強かったからでしょうか。
バスで通ってガイドに説明されただけなのに、なぜだか他の場所よりも鮮明に覚えています。
ちなみに民主革命はプラチャーティポック王(ラーマ7世王)の時代なので、これはチュラーロンコーン大王とは関係ありません。 -
趣のある裏通りがあったので通っていくと、カーオサーン通りの入り口の近くに出ました。
せっかくなので久しぶりにカーオサーン通りを通ってみます。
通りに張り出した大きな看板が増えたような。
カーオサーン通りは2年に一度くらいは通りますが、まだ泊ったことがありません。
ゲストハウスのドミトリーに泊りたいという希望でもない限り、カーオサーンに泊る必要性は無いので。
でも経験として一度泊ってみたいと思います。
歳をとらないうちに。 -
カーオサーン通りを抜けると、警察署の前にこんな看板が出ていました。
どうやらラッタナコーシン島内の観光ポイントを巡回するバスのようです。
料金が書かれていないようですが、無料なのでしょうか?
観光ポイント以外にカーオサーン通りの目の前だけ停まるってことは、カーオサーンでフラフラしている暇な外国人に、少しでもタイの文化に触れて貰おうってことなのかな。 -
今回直前まで宿泊の最有力候補だったロイヤルホテルです。
このホテルはずっと興味があるのですが、いかんせん場所が不便で。
なぜ興味があるかと言うと、英語名こそロイヤルホテルですが、タイ語の名称は王朝名と同じ「ラッタナコーシン」ホテルなんです。
ついに宿泊の時が来たか!と思ったのですが、他の目的地との兼ね合いを考えると、東側のスワンナプーム空港からここまでやってきて、同じく東側のプラカノーンやフアマークとの間を1日に何度も行ったり来たりするような元気はありませんでした。 -
王宮より先に、手前にあるプラナコン国立博物館に行くことにしました。
散々バンコクに来ていながら、プラナコン国立博物館にはまだ行ったことがありません。
国立博物館に向かって歩いて行くと、歩道の掃除をしていました。
やはりこの辺りは掃除もスケールが違います。 -
清掃している人達にも何となく威厳を感じます。
おそらく清掃員の中でも精鋭部隊なのでしょう。 -
プラナコン国立博物館は、副王が使用していた宮殿(前宮)を利用しています。
チュラーロンコーン大王の時代までのタイ王朝は、国王の他に副王もいて、大きな権力を持っていました。
しかしチュラーロンコーン大王はその副王を廃止し、勢力争いにより国家が弱体化するを防ぎました。
その後イギリス王室にならって皇太子(ワチルナヒット皇太子)を任命。後継者争いの憂いも解消しました。
チュラーロンコーン大王は、父モンクット王(ラーマ4世王)の所蔵品などを中心として、1884年にタイで初めての国立博物館を開設しましたが、当初は王宮内にあったようです。
後に今の場所に移されたのですが、それがチュラーロンコーン大王の時代だったのかどうかは、あいにく私は知りません。 -
9:20分頃に博物館に到着すると、入館券売場の前に日本人のグループがいました。
首からかけられたプレートを見ると、「日本語無料ガイド」と書かれています。
毎週水木曜日の9:30から、ボランティアでガイドをしているそうです。
専門家ではなく、バンコク駐在員の奥様方がやっているそうです。
文化面の説明が中心で歴史面は詳しくなさそうだったので、チュラーロンコーン大王について知りたかった私にとっては残念ながらほとんど役に立ちませんでしたが、素人が自分たちで勉強をしてこのような活動をされていることには敬意を表したいと思います。
水木曜日にバンコクにいらっしゃる方は、参加されてみてはいかがでしょうか。この日は20名以上の日本人が参加しました。 -
ツアー終了後、併設の売店で本を買いました。
しかしこの本、名前が全て正式名で書いてあるので、国王くらいは解かりますが、王妃や親王になると誰なのか私には解かりません。
ちなみにチュラーロンコーン大王の正式な名前は「プラバーッソンデップラチュラチョーンクラーオチャオユーフア」です。
もちろん日常の会話では正式名では呼びません。
もっとも簡単な呼び方は「ローハー」。英語で書けば「R.5」というような感じですね。しかし音が重要なタイ語では、短い言葉ほど正確な発音が要求されます。
外国人がチュラーロンコーン大王について会話するなどと思ってないこともあるでしょうが、私がいきなり「ローハー」と言って一発で理解されることはほとんどありませんでした。
ですから会話をする時は、最初は別の呼び方「プララッチャカーンティーハー」か「プラピヤマハーラーッ」と言い、会話の中でより簡単な「ローハー」に切り替えました。 -
中にはどんなことが書かれているのか気になると思いますので紹介します。
著作権の問題もあると思うので、写真が載っているページを少しだけ。
もっともタイで、それも王室を紹介する冊子で、著作権が問題になどならないでしょうけど。
左ページの写真はチュラーロンコーン大王と、父親のモンクット王(ラーマ4世王:プラバーッソムデップラチョーンクラーオチャオユーフア)です。
2411年(タイ仏暦)と書かれているので、モンクット王が亡くなってチュラーロンコーン大王が即位した年に撮られたものです。
右ページは左は出家した時のものでしょう。何年かは書かれていません。
右は2516年、20歳の時に、成人して2度目の即位式を行った時の写真のようです。2516年とありますが、2416年の誤植ですね。 -
こちらは外遊のページのようです。
左ページ上の船は2414年と書かれているので、即位間も無い頃に近隣諸国(英領マラヤ・蘭領ジャワ・英領ビルマ・英領インドなど)を回った際の、3艙のうちの旗艦のようです。
この際にヨーロッパ植民地の実態を目にした経験が、後の近代化推進とそれによる独立維持への礎となったと言われています。
下の船は2440年(1897年)の欧州歴訪の際のロイヤルチャクリー号のようです。
この旅は欧州諸国にタイの先進性をアピールし、まさにタイの独立を賭けたものでした。
右ページの集合写真は、ナポリで撮影したカンミン船長と乗組員と書かれています。チャックリー号の船員でしょうか。 -
サナームルアン(王宮前広場)の前にある法務省です。
王妃陛下のお誕生日直後なので、見事な飾り付けがされています。
法務省は1892年にチュラーロンコーン大王が設置しました。
それまでは完全な縦割り行政で、各省庁(権力集団)が独自のルールの下で裁判も勝手に行っていました。それらを全て法務省の元に統一し、国内の裁判所も7ヶ所に統合しました。
法律関係の博物館は別にあるのですが、念のために一般人が見学できるような施設が館内にあるか聞いたところ、ここには無いと言われてしまいました。 -
法務省の隣りのサーンラックムアンに向かっている途中で、友人から電話が入りました。
仕事が終わったので、一緒に食事をしようとのこと。
私としては彼と会うのはもっと遅い時間を想定していたので、王宮をはじめまだこの近くに行きたい所がたくさんあります。
彼はこちらまで来ると言いますが、それも申し訳ないし、向こう3日間のうちのどこかでバレーボール協会にも行かなければならないので、この日はここでチュラーロンコーン大王を訪ねる旅を打ち切ることにしました。
ラックムアンについての考証は、ブヒブヒさんが素晴らしい旅行記を投稿されていますので、ぜひ一度ご覧ください。
バンコクのラックムアンはラッタナコーシン創建の際にチュラーローク王(ラーマ1世王)が建て、その後モンクット王(ラーマ4世王)も建てています。 -
ではラックムアンはチュラーロンコーン大王と関係ないのでは?
実はラックムアンが納めてある御堂。サーンラックムアンはチュラーロンコーン大王が建立しているのです。
今まで本体しか気にしていませんでしたが、御堂を見るために再訪しました。
しかし時間が無いので、撮影だけして帰りました。 -
サーンラックムアンの隣り、国防省の前庭には、数々の大砲が並べられています。
この中にチュラーロンコーン大王時代の大砲もあるはず。しかし時間が無いので撮影だけです。
確か日本製の大砲もあったのではなかったでしょうか?
この後タクシーに乗って友人と合流し、食事をしました。
タイ人と一緒なので、食事は全く撮影していません。
それからバレーボール協会へ。 -
バレーボール協会に行ったら、「いつタイに来たんだ?」と聞かれたので、「今日来た」と答えたら、「どうして来るのが遅い!」と言われてしまいました。
今日着いて今日来たんだから遅くないだろと一瞬思いましたが、きっとワールドグランプリのこと言っているんでしょう。
3日前までバンコクでワールドグランプリが開催されていたので、その応援に来いということです。
バレーボール協会では10月から日本で開催される世界バレーについての話をしました。
前回「松本は寒いから上着を用意しろ」とか「標高がアスタナ(1次リーグ突破の当面の相手となるカザフスタンの首都)と同じだ」とか言ってきたら、それが考慮されたのかどうか知りませんが、その3週間後に「気候になれるために大会2週間前に日本に行く」と公式発表されました。
しかしスケジュールを見ると、練習予定地が○○。10月の○○って全然寒くないぞ。
スケジュールをしっかりチェックして、また協会に意見しなければなりません。 -
今回もまたバレーボール協会から服を貰ったのですが、ワールドグランプリの物。
これを世界バレーの応援に来る時に着ろと言っています。
しかしタイ代表のスポンサーのロゴが入っていると言っても、世界バレーでワールドグランプリの服なんて着られません。
着るのであれば来年のワールドグランプリの応援の時かな。
でもたぶんその前に友人にあげると思います。
この後ホテルに一度戻ってから、マッサージに行き、20時に友人と一緒に夕食に行き、長い1日が終わりました。
夕食もタイ人と一緒なので写真はありません。
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この旅行記へのコメント (23)
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- おぷさん 2010/09/13 22:55:17
- 名古屋から関空→BKK
- あいあ〜るさん、こんばんは、おぷです。
先日、教えてトラベラーでバンコクからのおすすめの旅先についてご回答いただいたものです。
わたしは結局ラオス・パクセに向かいましたが、バンコク市内の名所・旧跡・博物館めぐりも楽しそうですね。
名古屋から近鉄でKIXまで行かれているようで、早朝バンコク着の便はすごく使えそうですね。
セントレアの便はJLが廃止されるようで、不便になりそうです。
次回はぜひ関空便を利用したいと思いますので、参考になりました。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/09/14 12:36:20
- RE: 名古屋から関空→BKK
- おぷさん、こんにちは。
ご訪問&書き込みありがとうございます。
パクセーは何があるのかは知りませんが、一度行ってみたい場所の1つですので、おぷさんの旅行記を拝見させていただいています。
名古屋はJLが廃止になってTGが増便になるので、大阪発の深夜便を利用するのもこれが最後かもと思っていましたが、16:55発では使えません。
結局これからも大阪発を利用することになりそうです。
もっとも私は使えなくても、この時間帯ならヨーロッパやオーストラリア方面への乗り継ぎが便利なので、利用者が増えればいいと思いますが。
私はいつも20時のアーバンライナーに乗って、南海の急行に乗り換えています。
新幹線を利用すればもっと遅く出発できますが、電車賃がタイでのホテル1泊分くらい違いますので。
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- haraboさん 2010/09/09 12:46:36
- ラーマ5世
- あいあ〜るさん、こんにちは!
今年がラーマ5世が亡くなって100年とは知らずに
ワット・ラーチャボピットへ行っていました。
「チュラーロンコーン大王を訪ねるタイの旅」はとても興味深いですね。
あいあ〜るさんの旅行記で予習をしてから
ワット・ラーチャボピットへ行けば、
もっと見方が変わったかもしれません。
タイの歴史には疎いですが
ちょこっとですがチュラーロンコーン大王(ラーマ5世)に
興味を持ってきました。
harabo
- あいあ〜るさん からの返信 2010/09/13 09:44:02
- RE: ラーマ5世
- haraboさん、こんにちは。
ご訪問&書き込みありがとうございます。
> 今年がラーマ5世が亡くなって100年とは知らずに
> ワット・ラーチャボピットへ行っていました。
普通の日本人は知らないですよね。
今年の5月に知り合いの領事に「今年はワンピヤマハーラート(チュラーロンコーン大王記念日)が100年目だけど、特別な式典はするのか」と聞いたら「あれっ、今年が100年だったかな?」なんて言っていましたから。
しかし知らずにワットラーチャボピットへいらっしゃるとはすごいですね。
私は知らなかったら、多分通り掛かった時にしか行かないと思います。
> 「チュラーロンコーン大王を訪ねるタイの旅」はとても興味深いですね。
> あいあ〜るさんの旅行記で予習をしてから
> ワット・ラーチャボピットへ行けば、
> もっと見方が変わったかもしれません。
ありがとうございます。
私も今まで勉強していたわけではなく、「今年100年だ」って気付いてから調べ始めたばかりなので、旅行後も、そして旅行記投稿後も、毎日新しい情報を得て見方も変わっています。
そして今更ながら「ここにも行っておくべきだった」と思うこともたくさんです。
> タイの歴史には疎いですが
> ちょこっとですがチュラーロンコーン大王(ラーマ5世)に
> 興味を持ってきました。
専門家以外でタイの歴史に興味を持っている日本人ってほとんどいないと思いますが、興味を持つ分野が増えれば増えるほど旅先で得るものも増えますし、より一層タイに興味を持っていただければ幸いです。
私の旅行記は今週末辺りにはワットラーチャボピットまで投稿できると思いますが、haraboさんのように綺麗な写真が撮れてないのでちょっと恥ずかしいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。
-
- ゲストさん 2010/08/29 00:15:23
- ラーマ五世といえば
- ラーマ五世といえばタイ三大王の一人。
「王様と私」では王子のモデルになった王ですね。
タイ人の家に何度か行きましたが、神棚には必ずラーマ五世の肖像画や像が祀られていました。
日本の感覚だと明治天皇を祀るような感覚ですね。
しかし、時代背景が近いというだけで、ラーマ五世は明治天皇というよりも絶対王権を持っていた古代の天皇のような感じがします。
それだけに神格化されているんでしょか・・・
確かに神格化されるだけの業績を残していますね。
西洋列強の台頭にアジアが次々と呑み込まれていった時代に独立を保ちつつ近代化を推進し、今日のタイを確立したラーマ五世の業績は世界史的に見ても凄いものがあります。
ちなみに、私はナレースワン大王の方が好きです。
ナレースワン大王を訪ねる旅もお願いします。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/08/29 00:53:28
- RE: ラーマ五世といえば
- 房州ロッカーさん、こんにちは。
明治天皇も偉大な天皇だと思いますが、同じ時期に近代化によって独立を守ったアジアでただ2つの国でも、日本ではそれぞれの分野のプロが大きな役割を果たしたのに対し、タイの場合は国王の力によるところがかなり大きいので、やはり違ってくるのでしょうね。
チュラーロンコーン大王も今までそれほど詳しく知っていた訳ではないんです。
同様にナレースワン大王も詳細についてはまだ良く知りません。
しかしさすが大王と呼ばれるだけあって、インターネットで観光地を探していだけでも至る所で名前が出てきますね。
ビルマとの戦いがあっただけに、特にスパンブリーやカーンチャナブリー方面ではよく目にします。
ナレースワン大王を調べていた訳でもないのに、たくさんの関係する史跡が出て来るので、近いうちに回ってみたい対象ではあります。
おそらく来年くらいかな?
でもその前にウボンラーチャターニーにも行かないと。
- ゲストさん からの返信 2010/08/29 20:07:29
- RE: RE: ラーマ五世といえば
- ナレースワン大王は東南アジアの戦国時代に生きた王。
その波瀾万丈の生涯はタイの随一の英雄にふさわしいものがあります。
ところで「キング・ナレスワン」の三部は完成したのでしょうか?
一部と二部を見ましたがハリウッド並みのスペクタクル巨編で日本映画を完全に凌駕していて文句なく面白かったです。
多少、史実と違う誇張や曲解もありましたが・・・
私は少年時代を描いた第一部の方が面白いと感じましたね。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/08/29 20:23:47
- RE: RE: RE: ラーマ五世といえば
- 房州ロッカーさん、こんにちは。
「キング・ナレスワン」なんて映画があったんですね。
実は私は映画はほとんど観ないんですよ。
最近はテレビで21時から放送されている映画をなるべく観るようにしていますが、私にとって映画とは飛行機の中で観るものでした。
ちなみに最後に映画館で観たのは「タイタニック」です。
最近も「マッハ」とか「チョコレート」とか、日本で上映されるというニュースはよく目にしますが、観てはいません。
もし「キング・ナレスワン第3部」が上映されたら、ぜひ観てみたいと思います。
今年の秋頃には山田長政を題材にした「YAMADA」が上映されるようですね。
日本人俳優の大関正義(だったかな?)さんが主演です。
でも2年くらい前から言っているから、今回もどうなることやら。
- ゲストさん からの返信 2010/08/29 23:27:47
- RE: RE: RE: RE: ラーマ五世といえば
- 「キング・ナレスワン」は2007年制作の映画です。
タイ映画史上最大の制作費が投じられた大作で見応えがありますよ。
ちなみにTUTAYAでレンタルしています。
勿論、日本語字幕付きです。私はレンタルで見ました。
三部は、2008年の公開予定だったはずなのですが予定どおりいっていないみたいですね・・・
> 今年の秋頃には山田長政を題材にした「YAMADA」が上映。
それは楽しみです。
私が初めてタイを知ったのは子供の頃に読んだ山田長政の伝記です。
私の世代では山田長政は豊臣秀吉並みの英雄。
私のタイ好きの原点は山田長政なのです。
最近の左傾化した学者は山田長政が嫌いらしく存在そのものをも否定し創作上の人物のようにとらえられています。
しかし、資料も乏しく断片的で真偽のほどは今や遥かかなたの歴史の闇に包まれ誰にもわからないというのが実情です。
山田長政の終焉の地。ナコンシータマラート。
やはり、思い入れがあります。一度行ってみたいと思います。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/08/30 08:40:35
- RE: RE: RE: RE: RE: ラーマ五世といえば
- 房州ロッカーさん、こんにちは。
山田長政が日本国内でここまで有名になったのは、大東亜共栄圏構想の宣伝活動によるものだとも言われていることが原因かと思いますが、左寄りの学者は山田長政が虚空の存在だと証明したところで(思想的に)今更どうなるんですかね?
山田長政が嘘だとすることで、大東亜共栄圏の全てを否定したいのでしょうが、山田長政が本当か嘘かなんて大勢に影響ないと思いますが。
山田長政の故郷とされる静岡では、山田長政は実在した人物だとされています。
そして外国へ渡ったのも本当らしいです。(実際にアユタヤに到着したのかどうかは知りませんが。)
そしてアユタヤで活躍した人物が静岡から渡った山田長政本人がどうかは判りませんが、あの時代にそういう日本人がいたことは間違いないことでしょう。
私もナコンシータンマラートは南部で最も行ってみたい所です。
残念ながら山田長政に関する史跡はほとんど残っていないそうですが。
- ゲストさん からの返信 2010/08/31 18:07:28
- RE: RE: RE: RE: RE: RE: ラーマ五世といえば
- ちなみに「キング・ナレスワン」にも山田長政は日本人義勇兵として登場します。
勿論、山田長政はナレースワン大王の時代の人ではありません。
そこは、娯楽大作としての御愛嬌といったところでしょう。
まあ、それだけタイ人にも日本人傭兵隊長として認知されているんでしょうね。
しかし、山田長政がタイで映画化されるとは吃驚です。
長政はソンタム王の治世では忠臣として大活躍します。
この辺までなら確かにヒーローですね。
その後、長政はプラーサートトーンの王位継承問題の政争に敗れリゴールに左遷させられた揚げ句に暗殺されてしまいます。
おまけに、アユタヤの日本人町は謀叛の嫌疑をかけられ壊滅・・・
当時、日本が侵略してくるといった噂もあり、実際は勢力を増した日本人を排斥するための華人側の陰謀だったみたいですね。
政敵のプラーサートトーンは長政と対立し暗殺を指示した人物として日本では仇役ですが、タイ側から見れば正式なアユタヤ王になりますし、プラーサートトーンと反目した長政の方が悪役ということになります。
たぶん、この辺は有耶無耶にされるんでしょうね・・・
タイ側の視点で描れる山田長政。
果たして、どんな映画になるのか興味深いですね。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/09/01 07:31:35
- RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: ラーマ五世といえば
- 房州ロッカーさん、こんにちは。
私も映画の内容はまだ知りませんが、日本人が主演ですし、静岡県も協力して静岡で撮影もしたと思うので、日本から見て変な内容にはなっていないと思いますよ。
- ゲストさん からの返信 2010/09/01 08:07:16
- RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: ラーマ五世といえば
- なるほど。あいあ〜るさんの仰るとおりでしょうね。
娯楽映画なんですから日泰双方の観客が単純に楽しめる内容になっているんでしょうね。
しかし、日本人が主人公の映画がタイで制作されるというのは理屈抜きに嬉しいですね。
これを機会にタイで日本の人気が騰がればいいですね
「メナムの残照」を超えるようなヒットを期待したいものです。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/09/01 08:55:32
- RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: RE: ラーマ五世といえば
- あまりにも早く返事が来ていてビックリしました。
日本の人気というより、サムライ人気が沸騰して、また日本人はサムライだと思うタイ人が増えたりして?(笑)
とりあえず失敗作に終わらないように、そこそこヒットしてもらいたいところですが、当初の予定では2〜3年前に上映しているはずだっただけに、ちょっと(かなり?)心配です。
YAMADAがヒットした暁には、房州ロッカーさんにはぜひサムライスタイルでウボン入りしていただきたいです。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/09/05 22:44:16
- YAMADA
- 房州ロッカーさん、こんにちは。
今日静岡に行って聞いてきましたが、YAMADAはタイ日ともに年末に上映予定だそうです。
- ゲストさん からの返信 2010/09/05 23:59:00
- RE: YAMADA
- おお、年末上映予定ですか?
予想外に早かったですね。
情報源は日泰交流フェスティバルですね。
ボランティアでの日本とタイの架け橋・・・本当に、お疲れさまです。
今年は暑かったので、実験的に水シャワーと風呂の溜水だけで過ごしてみまました。まったく問題無しでしたよ。
今後、夏はタイ田舎式入浴方を採用します。
あいあ〜るさんも田舎のお友達宅訪問に向け挑戦してみては如何ですか?
- あいあ〜るさん からの返信 2010/09/06 10:03:18
- RE: RE: YAMADA
- 房州ロッカーさん、こんにちは。
上映予定ということですが、はたして今回は本当に上映されるのかかなり不安です。
あまり期待しないでお待ちください。(笑)
今年の夏は私もほとんど水シャワーだけでした。
完全な水道水ですと、やはり少し冷たいですね。(堪えられないほどではありませんが。)
タイの田舎の水はそれよりもかなり冷たいので、やはり私には厳しいです。
たぶん真昼間の水浴びだったら大丈夫じゃないかと思いますが。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/11/19 09:44:10
- RE: RE: RE: YAMADA
- 房州ロッカーさん、こんにちは。
「山田−アヨタヤの侍」が、今度こそ本当に上映されるようです。
11月29日に記者会見&試写会を行うと案内が来ましたが、日本の大使もスピーチをするようですので、間違いはないでしょう。
私も参加したいのですが、翌週に国王陛下御誕生日に合わせてバンコクへ行く予定なので、残念ながら今回は自重します。
- ゲストさん からの返信 2010/11/19 12:47:09
- RE: RE: RE: RE: YAMADA
- おお、ついに上映ですか。
わざわざ、教えていただいて有難うございます。
先日、「マッハ2」を見ましたが今度はアユタヤ時代のイサーンが舞台。
ムエタイ以外にも刀槍などの様々な武術が盛り込まれていました。
侍や忍者も一杯出ていましたよ。
タイのアクション映画は凄いと思います。
「YAMADA」も期待できそうです。
12月5日の王宮近辺は祝賀式典なんかで凄いことになっているのでしょうね。
今回も忙しい滞在なのでしょうね・・・お疲れ様です。
-
- keng-kengさん 2010/08/25 00:59:20
- 早いですね!
- あいあ〜るさん、こんばんは。
タイから帰って来たばっかりやのに、もう旅行記作成開始されてるんですか?
お仕事もあるのに、いや〜、タイヘンですね〜。
しかし大使館から要請って、サラッと書かれてますが、スゴいことですよ?!
ただ単にタイが大好き!ってレベルやったら、そんなことは起こりえないですし、
恐らく今回の旅も全額自費?でチュラーロンコーン大王のことを調査されたんでしょうしね〜。
何回か書いてますが、ホンマ、アタマが下がります。
続き、楽しみにしてます。この旅行記でチュラーロンコーン大王のこと、勉強させてもらいますわ!
ではでは。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/08/25 09:11:40
- RE: 早いですね!
- keng-kengさん、こんにちは。
とりあえず表紙だけは作りましたが、実はこの後の写真はまだ縮小もしていないので、投稿できる状態ではないんですわ。
しかしチュラーロンコーン大王記念日の準備は早急にしないといけないので、ついでに旅行記も早目に作ろうと思っています。
今週末はタイ検定がありますが、既に頭にありませんわ。
せっかくお金を払ったので極力受験するつもりですが、正直言ってチュラーロンコーン大王記念日の重要性に比べたら、タイ語検定なんてどうでもいいという感じです。
大使館からの要請と言っても、別に私個人宛で来ている訳ではないので、私がすごいって訳ではないです。
まあ名古屋でタイ人絡みの式典となれば、おのずと私もメンバーに入ってくるというだけですわ。
タイ大好き日本人とは次元が違うとは自分でも自負していますが、タイではそんなことが起こりえますよ。
大使館に限らずタイ代表でもそうですが、日本とは全然違いますね。
そこに使える人間がいるのなら、使った方がいいでしょという感じですかね。
日本なら税金を使って内輪だけでやるでしょうが。
チュラーロンコーン大王は私も今までは漠然と偉大な王様程度の認識しかなかったのですが、勉強するとタイにとっては本当にすごいことをしたんだなって思いましたよ。
ただ今回の旅行では行きたかった所の半分くらいしか行かれなかったし、旅行記の中でそれをどこまで伝えられるか自信がありませんが。
- keng-kengさん からの返信 2010/08/26 12:01:24
- やっぱり早いですね!
- あいあ〜るさん、こんにちは。
いつの間にか写真がアップロードされてたんで旅行記拝見したら、かなり出来てきましたね〜。
お忙しいのにおつかれさまです。
関空のあの時間帯って、バンコク行き以外にはカタール航空のドーハ行きくらいしかなかったような記憶があるんですが、ホノルル行き、新設されたんでしょうかね〜?たしかにホノルルは、朝現地に着いて早よホテルにチェックインしたくても15時まではダメとか理不尽な扱いを受けることが多いんで、なるべく遅めに出発した方がラクでええのかも?
あいあ〜るさんの旅行記は、通りひとつとっても丁寧な解説が入るので、これは勉強になりますわ〜。ラーチャダムヌン通りがパリのシャンゼリゼを模して作られたなんて、知りませんでした。タイはどちらかというと英国の王室と深いかかわり合いがあったようなイメージがあるんで、フランスとはちょい意外でした〜。
続きを楽しみにしてます!
PS 目は大丈夫ですか?今度からはゴーグルでもかけてボート乗った方がええかもしれませんね〜。
- あいあ〜るさん からの返信 2010/08/26 12:34:00
- RE: やっぱり早いですね!
- keng-kengさん、こんにちは。
ラオスからコメントありがとうございます。
ホノルル行きは謎です。
確かにTGだけにしては人が多いかなという気もしましたが、TGはほぼ満席だったので、それに+ホノルル行きの人が加わるほどはいませんでしたし。
keng-kengさん、プレッシャーかけないでくださいよ。(笑)
他の通りも説明しないといけなくなるじゃないですか。
ラーチャダムヌン通りはたまたま知っていましたが、他の通りはさらっとスルーですわ。
王室とか法制とか色々と模範にしているのは英国からが多いと思いますよ。
王室としてはフランス王室ってあまり聞きませんね。
チュラーロンコーン大王は1897年に欧州諸国を歴訪されたようで、私は最初の訪問国がロシアだということしか知りませんが、当時の最大の交渉相手であったフランスにも当然行っていることでしょうし、フランス王室とも付き合いが全くなかったわけではないでしょうが。
恥ずかしながら、ラーチャダムヌン通りが造られたのは、欧州歴訪の前なのか後なのかは知りません。
目は幸い何ともありませんでしたが、あの時は近年にないほどビビリました。
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