その他の都市旅行記(ブログ) 一覧に戻る
1943年1月14~24日「無条件降伏伏!」(自由フランスが奪還したモロッコ)<br /> 大戦中、米英首脳は再三会談し、政策の調整を行った。1942年11月のアメリカ中間選挙と北アフリカ上陸作戦(トーチ作戦 これを機にフランス全土がドイツ軍の占領下に置かれた)直後にアメリカ大統領ルーズヴェルト、イギリス首相チャーチルが参加して開かれた、カサブランカ会談について述べる。会談にはスターリンは参加していない。これはスターリングラードの戦いが最後の山場を迎える中、国内を離れることができなかった事情による。日程の延期を提案した両首脳に対し、スターリンは「一刻も早く第二戦線の構築を」という電文を送りつけた。スターリンが待望した第二戦線は11月のテヘラン三巨頭会談で正式に決定され、翌年6月にノルマンディー上陸という形で実現する。<br /><br />(このページを訪問してくださった方へ)<br /> ご訪問有難うございます。<br /> もし読者の方が根本的間違い、編集の際に発生したと思われる不整合、文法上の誤りなどを発見されたり、何か目新しい情報をお持ちの方、ご意見がおありの場合は、ご遠慮なく掲示板でもメールでも、ご一報くだされば幸いです。<br /><br /> 心からの感謝を込めて                          砂布巾

1943年1月14日~24日 「無条件降伏」(砂布巾のLW 第7章5)

4いいね!

2024/09/15 - 2025/03/07

259位(同エリア415件中)

砂布巾

砂布巾さん

1943年1月14~24日「無条件降伏伏!」(自由フランスが奪還したモロッコ)
 大戦中、米英首脳は再三会談し、政策の調整を行った。1942年11月のアメリカ中間選挙と北アフリカ上陸作戦(トーチ作戦 これを機にフランス全土がドイツ軍の占領下に置かれた)直後にアメリカ大統領ルーズヴェルト、イギリス首相チャーチルが参加して開かれた、カサブランカ会談について述べる。会談にはスターリンは参加していない。これはスターリングラードの戦いが最後の山場を迎える中、国内を離れることができなかった事情による。日程の延期を提案した両首脳に対し、スターリンは「一刻も早く第二戦線の構築を」という電文を送りつけた。スターリンが待望した第二戦線は11月のテヘラン三巨頭会談で正式に決定され、翌年6月にノルマンディー上陸という形で実現する。

(このページを訪問してくださった方へ)
 ご訪問有難うございます。
 もし読者の方が根本的間違い、編集の際に発生したと思われる不整合、文法上の誤りなどを発見されたり、何か目新しい情報をお持ちの方、ご意見がおありの場合は、ご遠慮なく掲示板でもメールでも、ご一報くだされば幸いです。

 心からの感謝を込めて                          砂布巾

  •  会談の最終日、ローズヴェルトは記者団に「われわれはドイツ、イタリア、日本に対して無条件降伏を突きつけたい」と語った。全く突然のことで米軍関係者、チャーチルも驚いたが、「戦争努力に深刻な影響が出るので、その場で異議を唱えるわけにはいかなかった」。<br /> この政策は第二次大戦中最大の愚策とも言われるが、国務長官ハルの言葉を借りて説明すると、「ドイツなど枢軸国は冷静な判断を無くして絶望的な戦いを繰り広げ、結果として破壊され尽くした敵国は自ら復興できなくなり、最終的に米国がその責任を負わなくてはならない」。その後も何回か「無条件降伏」について首脳間で議論されたが、ルーズヴェルトは自説を曲げなかった。

     会談の最終日、ローズヴェルトは記者団に「われわれはドイツ、イタリア、日本に対して無条件降伏を突きつけたい」と語った。全く突然のことで米軍関係者、チャーチルも驚いたが、「戦争努力に深刻な影響が出るので、その場で異議を唱えるわけにはいかなかった」。
     この政策は第二次大戦中最大の愚策とも言われるが、国務長官ハルの言葉を借りて説明すると、「ドイツなど枢軸国は冷静な判断を無くして絶望的な戦いを繰り広げ、結果として破壊され尽くした敵国は自ら復興できなくなり、最終的に米国がその責任を負わなくてはならない」。その後も何回か「無条件降伏」について首脳間で議論されたが、ルーズヴェルトは自説を曲げなかった。

    チャーチル博物館&キャビネット ウォー ルームズ 博物館・美術館・ギャラリー

  •  解決すべき問題の1つが、自由フランスを支持するイギリス、ヴィシー政府と外交関係を持つアメリカの対仏関係の調整だった。自由フランス代表ドゴール、アメリカが上陸作戦に連れてきたジロー将軍との会談が行われ、「フランスの解放のため、一緒にドイツと戦う」という共同声明を発表し、促されて両者は握手し、この気まずい会談は終わった。<br /> 米英関係が円滑に行かなかったのは、フランス問題ばかりではなく、戦後も植民地の維持を画策する英仏と、有色人種の反乱を恐れると同時に植民地を独立させ、自由貿易の覇者として世界経済を牛耳ろうとするアメリカの思惑の違いがあった。<br /> 「モロッコ国王を真ん中に左側にチャーチル、右側にはルーズヴェルトが座り、盛り上がったところでルーズヴェルトは『戦争が終われば、植民地諸国は次々と独立することになるでしょう』といかにも楽しそうに語っている。国王は信じられないといった表情で『本当ですか。モロッコもフランスから独立することになるのですね』と念を押し、チャーチルはその会話の間、居心地悪そうに何度も足を組み直していた」。<br /> 本項目は、主に産経新聞「ルーズヴェルト秘録」を参考にした。<br /><br />もくじへ http://4travel.jp/travelogue/10681693

     解決すべき問題の1つが、自由フランスを支持するイギリス、ヴィシー政府と外交関係を持つアメリカの対仏関係の調整だった。自由フランス代表ドゴール、アメリカが上陸作戦に連れてきたジロー将軍との会談が行われ、「フランスの解放のため、一緒にドイツと戦う」という共同声明を発表し、促されて両者は握手し、この気まずい会談は終わった。
     米英関係が円滑に行かなかったのは、フランス問題ばかりではなく、戦後も植民地の維持を画策する英仏と、有色人種の反乱を恐れると同時に植民地を独立させ、自由貿易の覇者として世界経済を牛耳ろうとするアメリカの思惑の違いがあった。
     「モロッコ国王を真ん中に左側にチャーチル、右側にはルーズヴェルトが座り、盛り上がったところでルーズヴェルトは『戦争が終われば、植民地諸国は次々と独立することになるでしょう』といかにも楽しそうに語っている。国王は信じられないといった表情で『本当ですか。モロッコもフランスから独立することになるのですね』と念を押し、チャーチルはその会話の間、居心地悪そうに何度も足を組み直していた」。
     本項目は、主に産経新聞「ルーズヴェルト秘録」を参考にした。

    もくじへ http://4travel.jp/travelogue/10681693

    第二次世界大戦博物館 博物館・美術館・ギャラリー

4いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

ドイツで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ドイツ最安 294円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ドイツの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP