2026/01/20 - 2026/01/20
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砂布巾さん
1942年1月20日 ユダヤ人問題の最終解決~ヴァンぜー会議(ユダヤ人、ドイツ)
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心からの感謝を込めて 砂布巾
2023年「砂布巾のLWほぼ完結の旅」で写真を新たなものに入れ替えるなどの改訂を行いました
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ベルリン郊外にあるヴァンゼーの館を訪れた。〈あの恐ろしい決議がなされたヴァンゼーとは、どのような地であろう〉と想像をめぐらしていたが、予想とは異なる美しいたたずまいであった。館は57年前と変わらず緑に囲まれ、会議がなされた部屋の窓越しに広がる湖にはヨットが浮かび、まさに地上の楽園にいる感がする。私は、六百万もの命を奪ったユダヤ人大虐殺がこの美しい館で、たった1時間余りで決められたことの不可思議さ、「人間の成しうる悪」について、深い思いに沈んだ。
ヴァンゼー会議記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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1942年1月20日、「ヴァンゼー会議」が召集され、この日を境にホロコースト(ユダヤ人大虐殺)が本格化した。当時、総統として絶対的な権力を握っていたヒトラーは「ユダヤ人問題」の速やかな解決を願っていた。そこでゲーリング国家元帥の指示を受けたハイドリッヒ国家保安長官はこの日、国家のおもだった代表者をヴァンゼーに召集した。参加者十五人のうち八人は博士号を取得した超エリートだった。短時間の会議で当時全ヨーロッパ、ロシア地域に居住していた千百万のユダヤ人の完全な抹殺〈ナチス用語で「最終解決」〉が公式に決議されたのである。
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*第一次大戦前のユダヤ人の人口(国境が大きく変更されていることにもご注目)
その実施にはあらゆる国家機関が当たり、ユダヤ人絶滅計画が、より効率的なガス殺などによって実行に移された。既にヘウムノでは二ヶ月前からガスによる殺害が始まっており、アウシュビッツなどでは巨大なガス室の建設が進行中であった。さて、この館は1992年1月20日、ヴァンゼー会議後五十年を機に公にホロコースト教育センターとして公開されている。その展示は客観的かつ公正である。 -
*第一次大戦後のユダヤ人の人口
「民族自決」の原則に基づいて、フィンランド・エストニア・ラトヴィア・リトアニア・ポーランド・チェコスロヴァキア・ハンガリー・ユーゴスラビアが新たに独立した -
一階全体が常設展示場でナチスの台頭からユダヤ人解放まで十三のプロセスに分けてホロコーストが展示されている。六番目の展示である「ヴァンゼー会議」は実際に使われた会議室が充てられ、その時配布された資料、出席した十五人の写真などが展示され、当時の雰囲気が今も漂っている。
*1933年1月 ヒトラー内閣成立 -
二階はホロコーストの書籍やビデオ・フィルムが収められている資料センターであり、福山のホロコースト記念館のパンフレットも見いだすことができた。隣接する各部屋には視聴覚機器が置かれ、いつでもグループ研修ができるように完備されている。この日もドイツの青年グループや見学者たちで館はいっぱいであった。
*ユダヤ人商店への嫌がらせ 傍観する人々と突撃隊(SA) 1933年4月1日 -
ドイツを訪れていつも感心することは、このような「負の遺産」を保存し、教育に生かそうと工夫されている点である。それはドイツ各地にある収容所跡でも見られることである。
*さらし者にされるカップル 1935年7月22日 -
*1938年11月9日 ポグロム(水晶の夜)
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*1939年10月22日 ポーランド市民を銃殺するドイツの殺人部隊
ここまでは、訪問3ヶ月後の1999年11月18日に福山ホロコースト博物館館長の大塚信氏が朝日新聞に寄稿されていた記事を引用した。 -
*ドイツ兵によるユダヤ人襲撃 1939年9,10月 ポーランド
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*ゲットー(ユダヤ人居住区)への移送 1940年3月
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*ヴァンゼー会議
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*会議の参加者
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*1942年のヨーロッパ ドイツ本国(濃い青)・占領下にある地域が青色の部分の筈だが、なぜイギリスが青色になっているかは不明 フィンランドも占領下ではなかったはずだが
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*追放、大量虐殺、根絶
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*最終解決ファイル
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*占領軍の犯罪
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*共犯の重大さ
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*追放、殺害、排斥、強制労働
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*1945年以後、過去をどう教訓として生かすか
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*発見の機会
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最後の段落に書かれている部分は考えさせられる。旧西ベルリン、ヴィッテンベルクプラッツに掲げられている看板には、アウシュビッツなど絶滅収容所の名が書かれ、「決して繰り返してはならない」趣旨のことが書かれている。
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広島に住んでいると、原爆の被害者としての立場を強く意識しがちだ。もちろん許せないのは当然だが、左脚を失いながらも被爆アオギリに生きる力を得、語り部として活動されていた故沼田鈴子さんは、被爆者でありながら日本の加害責任についても言及しておられ、大変立派だと思う。知人によると、ドイツでは現在でも週に1回は、ヒトラーがいかに酷いことをしてきたか、といった内容のテレビ番組を放送しているそうだ。これも凄い。
*沼田さんに関しては「アオギリの歌(広島)」の旅行記をどうぞ
https://4travel.jp/travelogue/11226009 -
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ナチスが迫害したのは勿論ユダヤ人だけではない。シンティロマ(以前はジプシーと呼ばれた)、
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*以下はプレッツェンゼーの写真
同性愛者、ナチスに反対するドイツ人等もそうだった。会議場は3度目の訪問となった2023年には反ナチス主義者2千人以上が処刑されたというプレッツェンゼーも訪問した。(1990年9月,1999年8月22日,2023年10月4日訪問)プレッツェンゼー記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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処刑された人 1933年4人 1943年 1,158人 合計2,883人
国籍 ドイツ 1,449人 チェコスロヴァキア 667人 ポーランド 248人
フランス245人 オーストリア89人 意外なところではアフガニスタン1人
*1938年に併合されていたオーストリアがドイツに含まれていない意図は不明
*処刑方法はギロチン、または絞首刑 -
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旅行記グループ 砂布巾のLW「進化し続ける自叙伝的旅行記…」 第7章 抵抗と虐殺(ホロコーストとナチスへの抵抗)
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