2026/09/13 - 2026/09/13
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takaさん
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2026/09/13
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2026年9月13日(日)朝~昼下がり
遅れていた中国国際航空のCA737便で、ワルシャワへ移動しました。
当初予定では朝8:00に到着し、日曜12:00からワジェンキ公園のショパン像前で開催される、ピアノ生演奏のコンサートに行く計画でしたが、結果的に同便が2時間半以上遅れたため断念した次第です(-_-;)
しかしコンサートを諦めたことで午後の行程に余裕ができ、計画どおりワルシャワの観光・散策&ご当地グルメを楽しめました(*^_^*)
※ワジェンキ公園自体は観光最終日にリベンジできました!
昼前にワルシャワ・ショパン空港到着後、一旦宿に寄って荷物を置かせてもらい、バスで市街地北部のカチン博物館まで移動してから、徒歩で南下する形で新市街~旧市街の各名所を巡っていきました。 本旅行記(前半編)はバルバカンまで書きます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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本来なら北京首都空港を3:55発ですが、前々日になって5:15発に変更と連絡があり、さらに6:35発に変更と遅延が拡大し・・・搭乗する頃には外が明るくなっていました。 仕方ないので気を取り直し、中国国際航空CA737便に搭乗します! ちなみに機材は懐かしいB777-300ERでした。 そして中国時間 7:17ころ離陸しました。
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離陸して1時間後に1回目の機内食。 中国の朝食らしく粥でした!
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中国の航空会社はロシア上空を飛べるので、欧州へは有利ですよね。
結局、北京からワルシャワまでの飛行時間は10時間程度でした。 -
6時間後に2回目の機内食が供され、普通に美味しいご飯でした。
北京で積む食事も悪くなく、昔よりレベルが上がったようです。 -
そしてポーランド時間10:40、ワルシャワ・ショパン空港に到着。
入国審査は無言で通してくれましたが(今年GW:ミュンヘン入りの時は根掘り葉掘り聞かれた)、今回から初めてシェンゲン協定入域時に入国スタンプが押されなくなり、旅の楽しみが1つ減りました。
欧州連合が新しい出入国システム(EES:Entry/Exit System)を導入した関係で、完全デジタル管理に移行したようです。ワルシャワ ショパン空港 (WAW) 空港
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11:35 空港の外に出て、券売機で75分有効の交通券を購入しました。
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170番バスに乗車してワルシャワ市内へ向かいました。
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宿最寄りのバス停:Zachętaで降りると、三位一体教会(Holy Trinity Church)があったので入ってみました。
三位一体プロテスタント教会 寺院・教会
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しかしミサの最中だったので、奥まで進むのは遠慮しました(^_^;)
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仕方ないので、外観を見ながら裏へ回ってみました。
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そして12:34、今宵の宿に立ち寄りました。 とりあえず観光に不要な荷物を置かせてもらい、身軽になりました!
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75分交通券が有効なうちに再び路線バスに乗り、市街北部にあるカチン博物館へ向かうことにしました。
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13:05 カチン博物館(Muzeum Katyńskie)に到着。 こちらは第二次世界大戦中の1940年に、ソ連の秘密警察(NKVD)によって約22,000人ものポーランド人将校や知識人が虐殺された「カチンの森事件」の犠牲者を追悼し、その歴史を伝える博物館です。
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赤レンガの遺構は19世紀の要塞「ワルシャワ城塞(ツィタデラ)」のもので、重厚で厳かな雰囲気に包まれています。
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無料で入場見学できますが、受付でチケットを受け取る必要があります。
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入ってすぐの通路壁面には、カチンの森事件の犠牲者(連行されていく人々)の姿を象徴した影のアート・インスタレーションが映し出されていました。
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先へ進むとメイン展示室へと続きます。 事件の前夜~発生に至るまでの歴史的背景が時系列で詳しく解説されていました。
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こちらは「発掘された遺品と嘘の歴史」に関する展示室の一つです。 まるで悲劇が起きた鬱蒼とした森の中に佇んでいるかのような空間演出がなされています。
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ソ連による長年の嘘(プロパガンダ)が、土の中から掘り起こされた「遺品という真実」によって打ち破られた瞬間を象徴するメッセージが伝わってきます。
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ソ連による犯罪の決定的な証拠を示す「殺害に使用された凶器と弾薬」
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これは事件から40年後の1980年に起きた抗議の歴史:ヴァレンティ・バディラクの事件を伝える展示で、ソ連と当時のポーランド政府が、カチンの真実を力で隠蔽し続けたことに対し、命を賭して抗議した一人の男性の悲劇が描かれています。
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犠牲者の一人であるJan Olbrycht氏にまつわる、戦前の平和な日常を伝える遺品。
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こちらはエピタフ(墓碑銘)の部屋で、格子の一つ一つは、事件で命を奪われた犠牲者一人一人に捧げられた個別のメモリアルスペースとなっています。
ここには判明している犠牲者の名前、生前の写真、軍の階級、そして彼らがどのような人物であったかを記録したカードや、発掘された小さな形見(ボタンや認識票のレプリカなど)が納められています。 -
そのうちの一部ですが・・・亡くなった一人一人の「生きた証」が、遺骨に代わるものとして静かに鎮座しています。
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博物館の外に出ると、要塞の土手を巨大な刃物で一刀両断にしたかのような、深く細いコンクリートの通路があり、先はスリット階段になっていたので下りてみました。
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その先には、犠牲者たちの魂を慰める屋外祭壇へと繋がっていました。
これを見た後、13:35 カチン博物館を後にしました。 -
南下して、レギオヌフ要塞(Fort Legionów)へ行ってみました。
中心的な遺構である赤レンガ造りの円形砲塔は見応えありました。 -
14:00 さらに南下して噴水公園へ。 ここは約360以上ものノズルから勢いよく水が噴き出すワルシャワ最大級の噴水広場です。
噴水公園 広場・公園
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日中は涼やかな水の音を楽しめるオアシスですが、5月~9月の週末夜になるとライトアップされた巨大な屋外ステージとなります。 夜間も来たかったのですが、宿から遠いので断念(^_^;)
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寛いでいる人々も多く、緑豊かな散策路と相まって市民の憩いの場となっています。
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階段で丘の上へ登り、噴水公園を見下ろしてみました。
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そこには世界的な科学者:キュリー夫人の記念像がありました!
ここからワルシャワ観光のハイライトである歴史地区に入ります。 -
14:20 目の前に佇む聖母訪問教会へ。 新市街エリアにおける最古の教会の一つであり、ワルシャワでも数少ないゴシック様式の面影を今に伝える赤レンガ聖堂です。
聖母マリア訪問教会 寺院・教会
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ぐるっと1周してみましたが・・・レンガの温かみと、どこか凛とした静けさがありました。
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入って聖堂内部を覗いてみました。 白い壁に赤レンガのリブが映えるゴシック様式の交差リブヴォールト天井や、奥の祭壇を彩るステンドグラスが神秘的でした。
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聖母訪問教会を後にして、コシチェルナ通りを左折し・・・
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お次は新市街広場へ。 これから行く「旧市街広場」に比べて観光客が少なく、地元ワルシャワ市民がのんびりと散歩したり、ベンチで読書をしたりする静かな雰囲気がありました。
新市街広場 広場・公園
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14:25 聖カジミェシュ教会(St. Casimir's Church)に入って見ました。 鮮やかなエメラルドグリーンの大きなドーム屋根と真っ白な壁が美しい!
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聖堂内部はバロック様式で、内装は隅々まで白で統一された空間が広がっていました。
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敷地内(すぐ脇)にある「聖ベネディクトの像」は、教会の創建に関わったベネディクト修道女会に敬意を表して設置されたものだそうで、左手に本(聖規則)を持ち、静かに広場を見守るように佇んでいます。
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最後に鋳鉄製の井戸(水飲み場)を見て、新市街広場を後にしました。
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新市街~旧市街のメインストリート:フレタ通りを南下します。
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馬車が来たので撮ろうと構えましたが間に合わず、お馬さんの頭が・・・(^_^;)
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Bar Mleczny Mleczarnia Fretaというミルクバー(ポーランドの大衆食堂)を見つけたので、ここで遅めのランチとしました。
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店内の様子。 観光客よりも地元民で賑わっている感じでした。
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オーソドックスなウクライナ風ピエロギ(Pierogi Ruskie)を注文、一皿PLN18.27(757円)でした。 モチモチの皮の中にはマッシュポテトと白カッテージチーズ(トファルク)、そして炒めた玉ねぎを混ぜ合わせた餡がたっぷり詰まっています。 お肉は入っていませんが、チーズのコクとポテトの優しい甘みが絶妙で、日本人の口にも非常によく合います。
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食後も引き続き、フレタ通りを南下。 ここから道幅が広くなりました。
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入場しませんでしたが、キュリー夫人博物館の外観を眺めてみました。
キュリー夫人博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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聖ヒヤシンス教会(St. Hyacinth's Church)や・・・
聖ヒヤシンス教会 寺院・教会
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聖霊教会(Church of the Holy Spirit)も・・・
聖霊教会 寺院・教会
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聖霊教会から正面に伸びる、モストバ通りを眺めてみました。
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特に角の建物が気になり、XVIII- wieczna kamienica w stylu rokokoと云うそうです。
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来た道(フレタ通り)を振り返ってみました。
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そして15:30、バルバカン(Barbakan Warszawski)に到着!
新市街から旧市街を遮る中世の関門で、こちらが正面ゲートとなります。
1548年にイタリア人建築家ジャンバッティスタ・ディ・クアドロによって設計された馬蹄型の砦です。大砲の発達に合わせて造られた強固なものですが、皮肉にも完成した時代にはすでに軍事的な実用性が薄れており、実際に大きな戦闘で使われたのは1656年のスウェーデン侵攻時の1度きりと言われています。バルバカン 史跡・遺跡
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右手には、周囲を取り囲む深い空堀と外郭の城壁(防壁)が見えます。 城壁をよく見ると、下部と上部でレンガの色や質感が少し違っているのが分かります。濃い赤や黒ずんでいる部分は、戦火を耐え抜いた「当時(16世紀)のオリジナルのレンガ」で、明るい赤色の部分は戦後に新しく焼き直して補強されたレンガです。新旧のレンガが歴史を今に繋いでいます。
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正面ゲートを潜って振り返り、こちらは「城内から見た裏側(内門)」となります。 正面ゲート(外門)が敵を迎え撃つための頑丈で丸みを帯びた盾のようなデザインだったのに対し、こちらは2つの尖った塔がそびえ立つ、中世の「城門」らしい美しい佇まいをしているのが特徴です。
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脇道に入ってシェロキ・ドゥナイと云う通りを眺めてみます。
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南側から回り込んで、ヤン・ザフファトヴィチの記念碑がある城壁の遊歩道から眺めてみました。 先ほど潜り抜けた「2つの尖塔を持つ内門」と「丸い正面ゲート(外門)」、そしてそれらを繋ぐアーチ橋と深い空堀のレイアウトが把握できました。
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最後にFortified Wall側からも眺めて、バルバカンを後にしました。
この後も南下しながら散策を続け、旧市街広場へ向かいます!
後半につづく
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