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8月に帝国ホテル東京を訪問した折りに、多田美波氏の「薔薇のシャンデリア」や「黎明」を見て、そこから今回の作品展を知りました。<br />首都圏では雨降りや曇り空が続いていたのですが、東京で仕事のあったこの日は、珍しいことに太陽が顔を出し、湿度も少し下がりました。仕事の合間に東京都現代美術館を訪れて、多田美波氏の作品展を鑑賞しました。<br />多田美波(ただ みなみ)氏は、大正13年(1924年)7月11日に台湾・高雄市で生まれました。鉱山技師であった父親の移動に伴って、一家は韓国へ転居しました。<br />その後日本に移り、昭和19年(1944年)に女子美術専門学校(現・女子美術大学)師範科西洋画部を卒業。昭和33年(1958年)二科展入選、昭和35年(1960年)二科展特選。<br />生涯で約200点の彫刻と、500点に及ぶ建築関連作品を残しています。<br />晩年は脳梗塞の後遺症で左半身麻痺となりましたが、動かせる右手を使って創作活動を続けました。平成26年(2014年)3月20日、肺炎のため死去、享年89歳でした。<br />今回の「多田美波~光、凛と ゆれる」は、初期の絵画、各時代の彫刻、作家本人が「光造形」と呼んだシャンデリアを含む照明の作品などを展示しています。<br /><br />会期:2026年8月29日(土)~12月6日(日)<br />開館時間:10~18時(展示室入場は閉館の30分前まで)<br />休館日:月曜日(9月21日、10月12日、11月23日は開館)、9月24日、10月13日、11月24日<br />観覧料:一般1,600円、65歳以上1,100円

東京都現代美術館の「多田美波~光、凛と ゆれる」を鑑賞しました

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2026/09/17 - 2026/09/17

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旅行記グループ 東京の旅その3

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FUKUJIRO

FUKUJIROさん

この旅行記のスケジュール

2026/09/17

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8月に帝国ホテル東京を訪問した折りに、多田美波氏の「薔薇のシャンデリア」や「黎明」を見て、そこから今回の作品展を知りました。
首都圏では雨降りや曇り空が続いていたのですが、東京で仕事のあったこの日は、珍しいことに太陽が顔を出し、湿度も少し下がりました。仕事の合間に東京都現代美術館を訪れて、多田美波氏の作品展を鑑賞しました。
多田美波(ただ みなみ)氏は、大正13年(1924年)7月11日に台湾・高雄市で生まれました。鉱山技師であった父親の移動に伴って、一家は韓国へ転居しました。
その後日本に移り、昭和19年(1944年)に女子美術専門学校(現・女子美術大学)師範科西洋画部を卒業。昭和33年(1958年)二科展入選、昭和35年(1960年)二科展特選。
生涯で約200点の彫刻と、500点に及ぶ建築関連作品を残しています。
晩年は脳梗塞の後遺症で左半身麻痺となりましたが、動かせる右手を使って創作活動を続けました。平成26年(2014年)3月20日、肺炎のため死去、享年89歳でした。
今回の「多田美波~光、凛と ゆれる」は、初期の絵画、各時代の彫刻、作家本人が「光造形」と呼んだシャンデリアを含む照明の作品などを展示しています。

会期:2026年8月29日(土)~12月6日(日)
開館時間:10~18時(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(9月21日、10月12日、11月23日は開館)、9月24日、10月13日、11月24日
観覧料:一般1,600円、65歳以上1,100円

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄 徒歩
  • 東京都現代美術館の最寄り駅である清澄白河駅には、壁画「風」があります。原画は中島潔氏。平成15年3月。

    東京都現代美術館の最寄り駅である清澄白河駅には、壁画「風」があります。原画は中島潔氏。平成15年3月。

  • 10分ほど歩いて東京現代美術館です。<br />よろしければ、清澄白河のお寺参りをした旅行記もご覧ください。<br />https://4travel.jp/travelogue/11862231

    10分ほど歩いて東京現代美術館です。
    よろしければ、清澄白河のお寺参りをした旅行記もご覧ください。
    https://4travel.jp/travelogue/11862231

  • 東京現代美術館は、東京都美術館(台東区上野公園)が収集してきた現代美術のコレクションを中心に現代美術の紹介と国際的な視野での企画の実現を目指して、平成7年(1995年)3月に開館しました。

    東京現代美術館は、東京都美術館(台東区上野公園)が収集してきた現代美術のコレクションを中心に現代美術の紹介と国際的な視野での企画の実現を目指して、平成7年(1995年)3月に開館しました。

    東京都現代美術館 美術館・博物館

  • 東京現代美術館の入り口。

    東京現代美術館の入り口。

    東京都現代美術館 美術館・博物館

  • 屋外の作品(不詳)。

    屋外の作品(不詳)。

  • コインロッカー(100円戻り式)がありました。

    コインロッカー(100円戻り式)がありました。

  • 今回の企画展「多田美波~光、凛と ゆれる」です。

    今回の企画展「多田美波~光、凛と ゆれる」です。

  • 女子美術専門学校時代の多田美波(1942年)、写真提供:多田美波研究所。<br />解説パネルを複写しました。

    女子美術専門学校時代の多田美波(1942年)、写真提供:多田美波研究所。
    解説パネルを複写しました。

  • 初期の風景画(不詳)。

    初期の風景画(不詳)。

  • 変電所。1958年。<br />油彩、カンヴァス。東京国立近代美術館蔵。<br />1950年代に入ると、多田氏は変電所をテーマに描いた油彩画の発表を本格化させました。第41回二科展に初入選した作品は<変電所>(韮崎大村美術館蔵)でした。

    変電所。1958年。
    油彩、カンヴァス。東京国立近代美術館蔵。
    1950年代に入ると、多田氏は変電所をテーマに描いた油彩画の発表を本格化させました。第41回二科展に初入選した作品は<変電所>(韮崎大村美術館蔵)でした。

  • 変電所L。1958年。<br />油彩、カンヴァス。東京国立近代美術館蔵。<br />1957年、1958年にも同主題の作品を発表しており、戦後の高度経済成長とともに電化製品が普及すると電力需要が高まり、変電所の数も増えていき、多田にとっては現代社会を象徴する身近な題材となりました。<br />因みに当時の主力電源は水力発電で、黒部川第四発電所が造られたのもこの頃でした。

    変電所L。1958年。
    油彩、カンヴァス。東京国立近代美術館蔵。
    1957年、1958年にも同主題の作品を発表しており、戦後の高度経済成長とともに電化製品が普及すると電力需要が高まり、変電所の数も増えていき、多田にとっては現代社会を象徴する身近な題材となりました。
    因みに当時の主力電源は水力発電で、黒部川第四発電所が造られたのもこの頃でした。

  • 題不詳。制作年不詳。<br />油彩、カンヴァス。<br />現代社会を支えるエネルギーが集中する場所への関心は、後の「炭鉱」というテーマへと受け継がれていきました。

    題不詳。制作年不詳。
    油彩、カンヴァス。
    現代社会を支えるエネルギーが集中する場所への関心は、後の「炭鉱」というテーマへと受け継がれていきました。

  • 解説パネルの写真を複写。<br />変電所。1956年。韮崎大村美術館蔵。

    解説パネルの写真を複写。
    変電所。1956年。韮崎大村美術館蔵。

  • 変電所を描いたスケッチブック。制作年不詳。<br />残されたスケッチには、変電所の建物を写実的に捉えたものから、四方に伸びる電線の様子を捉えようと、勢いのある線で迫ったものまで、様々な描写が見られ、送電線や鉄柱、コイルなどの構造体は次第に抽象化され、幾何学的な構成要素となりました。

    変電所を描いたスケッチブック。制作年不詳。
    残されたスケッチには、変電所の建物を写実的に捉えたものから、四方に伸びる電線の様子を捉えようと、勢いのある線で迫ったものまで、様々な描写が見られ、送電線や鉄柱、コイルなどの構造体は次第に抽象化され、幾何学的な構成要素となりました。

  • 炭鉱。1957年。<br />油彩、板。東京国立近代美術館蔵。<br />炭労会館レリーフ・コンペティションのための下絵。

    炭鉱。1957年。
    油彩、板。東京国立近代美術館蔵。
    炭労会館レリーフ・コンペティションのための下絵。

  • 題不詳。1957年。<br />油彩、板。<br />炭労会館レリーフ・コンペティションのための下絵。<br />たくさんの炭鉱夫が働く姿です。

    題不詳。1957年。
    油彩、板。
    炭労会館レリーフ・コンペティションのための下絵。
    たくさんの炭鉱夫が働く姿です。

  • 炭鉱。1957年。<br />東京の炭労会館から北海道の夕張市石炭博物館に移設されたレリーフ作品「炭鉱」の実物大写真。<br />もとは日本炭鉱労働組合のビルである炭労会館入口に取り付けられていた作品で、建物の建設段階からレリーフ作品のためのコンペティションが行われました。<br />多田は、福島県の常磐炭鉱を訪れ、現地取材と詳細なスケッチを重ねました。<br />下絵を見た現場の人々からの賞賛がその後の制作の原動力になったという多田の発言からは、現場での対話を通じて、その場に溢れるエネルギーを感じ取ろうとした様子がうかがえます。<br />よろしければ、常磐炭鉱の南端にある菊池寛実記念高萩炭礦資料館を訪れた旅行記もご覧ください。<br />https://4travel.jp/travelogue/11801465

    炭鉱。1957年。
    東京の炭労会館から北海道の夕張市石炭博物館に移設されたレリーフ作品「炭鉱」の実物大写真。
    もとは日本炭鉱労働組合のビルである炭労会館入口に取り付けられていた作品で、建物の建設段階からレリーフ作品のためのコンペティションが行われました。
    多田は、福島県の常磐炭鉱を訪れ、現地取材と詳細なスケッチを重ねました。
    下絵を見た現場の人々からの賞賛がその後の制作の原動力になったという多田の発言からは、現場での対話を通じて、その場に溢れるエネルギーを感じ取ろうとした様子がうかがえます。
    よろしければ、常磐炭鉱の南端にある菊池寛実記念高萩炭礦資料館を訪れた旅行記もご覧ください。
    https://4travel.jp/travelogue/11801465

  • いずれも題不詳、制作年不詳の作品。

    いずれも題不詳、制作年不詳の作品。

  • 題不詳。1960年。<br />油彩、テグス、砂、カンヴァス。

    題不詳。1960年。
    油彩、テグス、砂、カンヴァス。

  • 題不詳、制作年不詳。<br />油彩、砂、砂利、メッシュ布、板。

    題不詳、制作年不詳。
    油彩、砂、砂利、メッシュ布、板。

  • 虚。1960年。<br />ブロンズ、石。<br />1960年頃、特定のモチーフやテーマから離れ、アクリルや布といったこれまでとは異なる素材を取り入れるようになりました。<br />そして、平面から立体へと展開し、ブロンズの制作にも取り組みました。

    虚。1960年。
    ブロンズ、石。
    1960年頃、特定のモチーフやテーマから離れ、アクリルや布といったこれまでとは異なる素材を取り入れるようになりました。
    そして、平面から立体へと展開し、ブロンズの制作にも取り組みました。

  • 発祥。1960年。<br />ブロンズ。

    発祥。1960年。
    ブロンズ。

  • 抗。1961年。<br />ブロンズ、石。

    抗。1961年。
    ブロンズ、石。

  • 周波数37303030MC。1963年。<br />アルミニウム。東京国立近代美術館蔵。<br />多田氏は既存の価値観に囚われない造形を求めて、より可塑性の高い素材としてアルミニウムにも着目しました。「指紋をつけたくない。手の痕跡を拭いたい」という思いで編み出されたのが、アルミニウムを叩いて独自の「皺」を創り出す手法でした。

    周波数37303030MC。1963年。
    アルミニウム。東京国立近代美術館蔵。
    多田氏は既存の価値観に囚われない造形を求めて、より可塑性の高い素材としてアルミニウムにも着目しました。「指紋をつけたくない。手の痕跡を拭いたい」という思いで編み出されたのが、アルミニウムを叩いて独自の「皺」を創り出す手法でした。

  • 周波数37303030MCの側面。

    周波数37303030MCの側面。

  • 周波数373055MC。1963年。<br />アルミニウム。

    周波数373055MC。1963年。
    アルミニウム。

  • 周波数373055MCの側面。

    周波数373055MCの側面。

  • 展示室の様子。

    展示室の様子。

  • ラインステラ(大、中、小)。1972年。<br />ステンレス。

    ラインステラ(大、中、小)。1972年。
    ステンレス。

  • (左)スノーバレル。1962年。<br />アクリル、鉄。<br />(中)ボーンチャイナライト。1976年。<br />陶公。<br />(右)パイプランプ。1964年。<br />アクリル、鉄。<br />多田氏は、アクリルによる本格的な彫刻制作に先駆けて、新素材の可能性を探る研究を重ね、その成果を身近な器や照明器具として具体化しました。照明器具やブラケットの制作を継続し、それらをいずれも「光の彫刻」として捉えていました。<br />蛍光灯やネオンの普及により、明るさや視認性が過度に追求され、昼夜の区別が曖味になりつつあった時代に、人間の精神に寄り添う光を志向しました。

    (左)スノーバレル。1962年。
    アクリル、鉄。
    (中)ボーンチャイナライト。1976年。
    陶公。
    (右)パイプランプ。1964年。
    アクリル、鉄。
    多田氏は、アクリルによる本格的な彫刻制作に先駆けて、新素材の可能性を探る研究を重ね、その成果を身近な器や照明器具として具体化しました。照明器具やブラケットの制作を継続し、それらをいずれも「光の彫刻」として捉えていました。
    蛍光灯やネオンの普及により、明るさや視認性が過度に追求され、昼夜の区別が曖味になりつつあった時代に、人間の精神に寄り添う光を志向しました。

  • (左)ナイトランプ。1964年。<br />アクリル、ステンレス、鉄。<br />(右)摩天楼。1962年。<br />アクリル、ステンレス、鉄。

    (左)ナイトランプ。1964年。
    アクリル、ステンレス、鉄。
    (右)摩天楼。1962年。
    アクリル、ステンレス、鉄。

  • ナイトランプ。

    ナイトランプ。

  • 周波数37306776MC。1967年。<br />アクリル、アルミニウム、アルミニウ蒸着メッキ。

    周波数37306776MC。1967年。
    アクリル、アルミニウム、アルミニウ蒸着メッキ。

  • 解説パネルから、多田美波研究所での制作風景、1978年。<br />写真提供:(株)世界文化社『家庭画報』。

    解説パネルから、多田美波研究所での制作風景、1978年。
    写真提供:(株)世界文化社『家庭画報』。

  • Phase-Space 6943。1969年。<br />アクリル、アルミニウム蒸着メッキ、鉄、モーター。<br />神奈川県立近代美術館蔵。

    Phase-Space 6943。1969年。
    アクリル、アルミニウム蒸着メッキ、鉄、モーター。
    神奈川県立近代美術館蔵。

  • Phase-Space 6943、中央に接写。<br />モーターでゆ~っくり動いていて、自分自身が見えることもありました。

    Phase-Space 6943、中央に接写。
    モーターでゆ~っくり動いていて、自分自身が見えることもありました。

  • 周波数373050シリーズ。1965年。<br />アクリル、アルミニウム蒸着メッキ、鉄。<br />東京都現代美術館蔵。

    周波数373050シリーズ。1965年。
    アクリル、アルミニウム蒸着メッキ、鉄。
    東京都現代美術館蔵。

  • (床の作品)オートシンクローネ。1973/2026。<br />アクリル。

    (床の作品)オートシンクローネ。1973/2026。
    アクリル。

  • 周波数37306505。1965年。<br />アクリル、アルミニウム蒸着メッキ、鉄。<br />東京都現代美術館蔵。

    周波数37306505。1965年。
    アクリル、アルミニウム蒸着メッキ、鉄。
    東京都現代美術館蔵。

  • 映像の部屋。<br />建造物の照明など展示会で再現できない作品を紹介していました。

    映像の部屋。
    建造物の照明など展示会で再現できない作品を紹介していました。

  • レリーフ・彫(翔光)。1990年。<br />春日井市。

    レリーフ・彫(翔光)。1990年。
    春日井市。

  • レリーフ (調)。1990年。<br />東京芸術劇場。

    レリーフ (調)。1990年。
    東京芸術劇場。

  • レリーフこう彩。1996年。<br />帝国ホテル大阪。

    レリーフこう彩。1996年。
    帝国ホテル大阪。

  • 帝国ホテル東京にある光の壁(黎明)のガラスブロックの展示。

    帝国ホテル東京にある光の壁(黎明)のガラスブロックの展示。

  • 「環境芸術」の時代。<br />1966年に松屋銀座で開催された「空間から環境へ」展を契機に、1960~70年代は、作品を個別に鑑賞するものから、それを取り巻く場全体を体験するものへと美術界の関心が移行した時代で、観客と作品を含むすべてが相互に影響し合う、動的な「環境」を提示しようとしました。

    「環境芸術」の時代。
    1966年に松屋銀座で開催された「空間から環境へ」展を契機に、1960~70年代は、作品を個別に鑑賞するものから、それを取り巻く場全体を体験するものへと美術界の関心が移行した時代で、観客と作品を含むすべてが相互に影響し合う、動的な「環境」を提示しようとしました。

  • 超体積。1972年。<br />アクリル、真鍮クロームメッキ。

    超体積。1972年。
    アクリル、真鍮クロームメッキ。

  • スペース・アイ No. 3。1975年。<br />アクリル、ステンレス。

    スペース・アイ No. 3。1975年。
    アクリル、ステンレス。

  • 空閑C。1982年。<br />ステンレス。

    空閑C。1982年。
    ステンレス。

  • 空閑B。1982年。<br />ステンレス。

    空閑B。1982年。
    ステンレス。

  • 解説パネルから、多田美波研究所での制作風景、1978年。<br />写真提供:(株)世界文化社『家庭画報』。

    解説パネルから、多田美波研究所での制作風景、1978年。
    写真提供:(株)世界文化社『家庭画報』。

  • 超空間 No. 3。1975年。<br />アクリル、ステンレス。

    超空間 No. 3。1975年。
    アクリル、ステンレス。

  • Epicycle No.3。1980年。<br />アクリル、ステンレス。

    Epicycle No.3。1980年。
    アクリル、ステンレス。

  • 通路から中庭の野外彫刻が見えました。<br />1960年代以降、野外に彫刻を展示する試みは大規模かつ継続的な展覧会として本格化し、多田氏の彫刻家としてのキャリアを大きく後押ししました。

    通路から中庭の野外彫刻が見えました。
    1960年代以降、野外に彫刻を展示する試みは大規模かつ継続的な展覧会として本格化し、多田氏の彫刻家としてのキャリアを大きく後押ししました。

  • 翔Soar。1986/2026年。<br />ステンレス。<br />吹き抜けの空間を使って再現展示されていました。

    翔Soar。1986/2026年。
    ステンレス。
    吹き抜けの空間を使って再現展示されていました。

  • 翔Soar。

    翔Soar。

  • 翔Soar。

    翔Soar。

  • 翔Soar。

    翔Soar。

  • Mirage。1989年。<br />ステンレス、陶板、リノリウム。

    Mirage。1989年。
    ステンレス、陶板、リノリウム。

  • Mirage。

    Mirage。

  • Venus。1987年。<br />ステンレス、アルミニウム。

    Venus。1987年。
    ステンレス、アルミニウム。

  • 屋外展示、スペース。2009年。

    屋外展示、スペース。2009年。

  • スペース。

    スペース。

  • スペース。

    スペース。

  • 光造形の展示室。<br />光造形とは多田氏による造語であり、主に天井から吊り下がる、あるいは建築と不可分のかたちで設置される造作のうち、内部に光源を含む作品を指します。

    光造形の展示室。
    光造形とは多田氏による造語であり、主に天井から吊り下がる、あるいは建築と不可分のかたちで設置される造作のうち、内部に光源を含む作品を指します。

  • 光造形。1965/2026年。<br />アクリル。<br />大阪にあった「クラブ赤いドア」に設置されていた作品の再構成。

    光造形。1965/2026年。
    アクリル。
    大阪にあった「クラブ赤いドア」に設置されていた作品の再構成。

  • 多田氏にとって建築における照明とは、その空間の質や方向性を決定づける重要な要素でした。劇場やホール、ホテルのロビーなど、人が集う場における仕事を多く手がけた多田氏は、電気による人工の光と、アクリルやガラスといった工業素材を用い、「第二の自然光」ともいうべき光を空間に浸透させようとしました。

    多田氏にとって建築における照明とは、その空間の質や方向性を決定づける重要な要素でした。劇場やホール、ホテルのロビーなど、人が集う場における仕事を多く手がけた多田氏は、電気による人工の光と、アクリルやガラスといった工業素材を用い、「第二の自然光」ともいうべき光を空間に浸透させようとしました。

  • 光造形。

    光造形。

  • 光造形、瑞雲。1973/2026年。<br />クリスタルガラス、ボールチェーン。

    光造形、瑞雲。1973/2026年。
    クリスタルガラス、ボールチェーン。

  • リーガロイヤルホテル大阪。<br />ヴィニェット コレクション設置作品の再制作。

    リーガロイヤルホテル大阪。
    ヴィニェット コレクション設置作品の再制作。

  • 多田氏が好んだ言葉に、「光面不耀(ひかりてかがやかず)」(老子)があります。<br />内面にある輝きをひけらかさない在り方という意味で、空間を支配するような煌々とした光は、かえって空間を平板なものにしてしまう。多田氏は、影を光の階調の一部として取り込むことで、奥行きと深さを備えた空間を生み出そうとしました。

    多田氏が好んだ言葉に、「光面不耀(ひかりてかがやかず)」(老子)があります。
    内面にある輝きをひけらかさない在り方という意味で、空間を支配するような煌々とした光は、かえって空間を平板なものにしてしまう。多田氏は、影を光の階調の一部として取り込むことで、奥行きと深さを備えた空間を生み出そうとしました。

  • チェーンデリア。1963/2026年。<br />ボールチェーン、鉄。

    チェーンデリア。1963/2026年。
    ボールチェーン、鉄。

  • マツヤ・サロン、。<br />全共連ビル(東京)に設置されていた作品の再制作。

    マツヤ・サロン、。
    全共連ビル(東京)に設置されていた作品の再制作。

  • 題不詳(自画像)。1948年。<br />油彩、板。

    題不詳(自画像)。1948年。
    油彩、板。

  • レリーフ、瑞光。2013年。<br />オリーブベイホテル(長崎)に展示されている作品の写真。<br />大村湾に沈む夕景から着想を得た多田美並氏の最後の作品。<br />多田氏は「結局お手本にするのは全部自然の光ですね。やっぱり光がなければ人間は生きていかれないものだと思いますし、光はいろいろな意味で、本当に人の心を慰めるものでありたいと思うのです」と語っています(1990年7月)。<br />最後までお読みいただきましてありがとうございました。

    レリーフ、瑞光。2013年。
    オリーブベイホテル(長崎)に展示されている作品の写真。
    大村湾に沈む夕景から着想を得た多田美並氏の最後の作品。
    多田氏は「結局お手本にするのは全部自然の光ですね。やっぱり光がなければ人間は生きていかれないものだと思いますし、光はいろいろな意味で、本当に人の心を慰めるものでありたいと思うのです」と語っています(1990年7月)。
    最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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東京の旅その3

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