2026/08/07 - 2026/08/07
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本格的な洋式ホテルとして明治23年(1890年)11月7日に開業した帝国ホテルは、かつての鹿鳴館に隣接しており、外国人の接遇所を兼ねた大型ホテルでした。開業時の初代会長は渋沢栄一翁でホテルオークラ、ニューオータニとともに「ホテル御三家」として知られるますが、品格が違うなあと感じるほどの名門ホテルです。
まあ普通に考えてFUKUJIROには縁のない場所ですから、その存在すら意識したことがなかったのですが、たまたまディナーバイキングに招待されてしまいました。
もちろん、お断りしました。どんな服装で行けば良いのか?持ち物は?食事の作法は?即座にお断りしたのですが...結局は招待を受けざるを得ない状況でした。
ところで、日本では「バイキング」=「食べ放題」という意味で定着していますが、その発祥は昭和33 年(1958年)8月1日に帝国ホテルが始めたブフェレストラン「インペリアルバイキング」でした。
そのルーツは北欧の伝統料理である “スモーガスボード (スウェーデン語で「パンとバターのテーブル」)” で、“好きなものを好きなだけ”食べるというスタイルに注目した帝国ホテル 社長・犬丸徹三氏が発案しました。
当時、日本では映画「バイキング」が話題となっていて、海賊の豪快な食事シーンにヒントを得て「バイキング」と名づけました。
兎にも角にも人生最初で(恐らく)最後の帝国ホテル訪問記です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 徒歩
-
霞ヶ関から日比谷公園を抜けて日比谷通りに出て来ました。左の建物が帝国ホテル東京です。
帝国ホテルは「日本の迎賓館」として明治23 年(1890年)11月7日に開業しました。
当初の計画では隣接地に建てられていた鹿鳴館とともに外交の表舞台となるはずでしたが、開業前年に鹿鳴館は外務省から十五銀行へ払い下げられ、明治23年に十五銀行から華族会館に貸与されていました。
初代の建物は、木骨煉瓦造3階建てでしだが、大正8年(1919年)に火災で焼失してしまいました。 -
帝国ホテル東京(3代目)。
大正12年(1923年)9月1日に2代目となる帝国ホテルの開館式が行われました。奇しくも関東大震災当日のことでしたが、損傷を受けなかったことから、ホテルの信頼性を高めることになりました。
2代目の建物は、フランク・ロイド・ライトが設計し、4年間の大工事を経て竣工、ライト館と呼ばれて親しまれました。
日比谷通りに面して間口約100m、奥行き約150m余の広大な敷地に鷲が翼を広げたような形状で、鉄筋コンクリートおよび煉瓦コンクリート造、地上3階(中央棟5階)、地下1階、総面積34,000m2余の大規模なホテルで客室数270でした。
昭和20年3月10日の米軍による東京大空襲では、本館中央部から南翼など4割強に大きな被害を受け、終戦ともにGHQに接収されました。
戦後、都内に次々と大型ホテルが建てられると、帝国ホテルの規模は見劣りするようになってしまい、第一新館、第二新館を増設しましたが、昭和39年にライト館の取り壊しが決まりました。
当時の客室棟の中央玄関部分は愛知県の明治村に移築保存され、建物前面にあった池も再現されています。帝国ホテル 東京 宿・ホテル
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交差点の東側には、日生劇場のある日本生命日比谷ビル。奥の高層ビルは東京ミッドタウン日比谷。
日生劇場の前に日比谷駅の出入り口があります。日生劇場 美術館・博物館
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現在の帝国ホテル東京は、昭和45年(1970年)3月10日に開業しました。
高橋貞太郎氏の設計、鉄筋鉄骨コンクリート造、地上17階、地下3階、客室数772です。
後に鉄筋鉄骨コンクリート造、地上31階(うちホテルフロアは20~31階の12フロア)、地下4階、客室数361のタワー棟を増築しました。 -
帝国ホテル東京では、次世代に向けた大規模な建て替えプロジェクトが進められています。
当初の計画では、2024年からタワー棟の解体を始め、三代目の本館も2030年度に営業を終了し、2036年に新ホテル竣工の予定でしたが、建築費の高騰などの諸課題があり、かなり遅れる見通しとなっています。 -
帝国ホテル東京の正面を見上げてみました。
建て替え計画の遅れにより、しばらくはこの姿を見られそうです。 -
帝国ホテル東京の隣は内幸町一丁目街区セントラルタワーの工事中ですが、この地にはかつて鹿鳴館が建っていました。
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江戸東京博物館リニューアル記念特別展「洋館 明治の夢と挑戦」で紹介されていた鹿鳴館のイメージです。
鹿鳴館跡 名所・史跡
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帝国ホテル東京の正面入口です。
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ホテルのメインロビー中央には、多田美波氏の傑作、巨大な「薔薇のシャンデリア」が輝いています。そして、その下に大きな装花が配されています。
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初代のシャンデリアはクリスタルの破片が落下する事態があり、安全を期して一度撤去されました。
平成13年(2001年)8月、金属フレームでしっかりと囲む堅牢な構造に変えて2台目のシャンデリアがよみがえりました。368枚の四角いガラス板を繋ぎ合わせた作品で、重さが660kgもあります。 -
ロビー中央にある装花には、お客さまに日本の四季を感じていただきたいという想いが込められています。
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季節に合わせたお花が飾られ、8月は見事な向日葵でした。
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メインロビーの左手には「ランデブーラウンジ」があります。
その壁面は、高さ8m、幅24mの大きな壁に約7,600個のガラスブロックが並べられていて、通称「光の壁」と呼ばれています。 -
光の壁は、多田美波氏の作品「黎明(夜明けの意味)」です。昭和45年に現在の帝国ホテル東京が建てられた際に制作されました。
ホテルの建て替え工事が先送りとなっていることで、「黎明」を鑑賞する機会が残されました。ランデブーラウンジ グルメ・レストラン
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メインロビーを進むと、フランク・ロイド・ライトが設計した2代目帝国ホテルにあった壁のデザインに手を加えて制作されたレリーフがあります。
ライトが帝国ホテルに使った大谷石と幾何学模様の組み合わせはまるで遺跡のようです。 -
地下1階には帝国ホテルアーケードがあります。2代目本館のライト館の時に日本で初めて作られたホテル直結のショッピング街で令和5年(2023年)には100周年を迎えました。
独特な書体で書かれた看板はライト館のイメージそのものです。 -
メインロビーを突き抜けると(裏側の)入口です。館内マップでは、単に入口と書かれています。
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扉の脇に渋沢栄一翁の肖像画がありました。
ボルドーワインを愛し、帝国ホテルの初代取締役会長を務めた渋沢翁にオマージュを込めて作られた作品です。 -
ワインボトルのコルク栓2,400個で作られています。
コルクアーティストの久保友則氏が令和2年(2020年)1月に制作しました。
SDGs活動の一環として帝国ホテルで抜栓し収集したワインコルクも使用されています。 -
入口の外側です。
有楽町駅から来ると、この入口から入ります。 -
帝国ホテル内郵便局です。
明治43年(1910年)の開設と言われ、日本初のホテル内郵便局です。
利用するには、ホテルの外に出る必要があります。 -
打ち水イベントが行われていました。
最大で5℃も気温が下がるそうです。 -
外国人観光客には好評だとお聞きしました。。
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もう一度メインロビーに戻りました。
正面の装花の先に本館中2階へ続く階段があります。中2階にはホテルのおもてなしを象徴するステンドグラスが設置されており、どなたでも鑑賞できます。 -
階段下のスペースを利用して帝国ホテル東京のSDG’s取組みなどをレクチャーするミニ説明会が開かれていました。画面はSAFの取り組みについての説明。
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階段の下にフランク・ロイド・ライトが設計した2代目帝国ホテルで使われていた椅子やテーブルコーナーが展示されています。
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ライトがデザインした椅子、テーブルコーナー。ティーカップや食器までもデザインしていました。
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メインロビーで待ち合わせして、本館17階のブフェレストラン インペリアルバイキング サールで食事です。
インペリアルバイキングのルーツであるスカンジナビアに因んだ飾りです。
当初はスモーガスボードの代表的なメニューの燻製料理、酢漬け、塩漬けなどのほかに、独自の温かい料理やデザートが提供されました。インペリアルバイキング サール グルメ・レストラン
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入り口にはバイキング船の模型も展示されています。
現在は、西洋料理に加えて中国料理、日本料理も提供されており、月替わりで約40種類の本格的な料理をいただけます。 -
仕事関係の集まりなので、ノンアルコールカクテルをいただきました。
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一皿目は、
サラダ
スモークサーモン
鰯のエスカベッシュ
基本的な理念は “好きなものを好きなだけ” 食べるということですが、帝国ホテル東京ですので、コース料理に準じるような流れで少しずついただくのが良いマナーとされています。 -
二皿目のオードブルは、
サーモントラウトと野菜のナージュ ディル風味
海老のマヨネーズソース
揚げ出し豆腐
肉と野菜の味噌炒め -
メインディッシュは、
ローストビーフ 西洋わさび添え
インペリアルバイキング サールの人気メニューであり、ライト館時代にワゴンサービスによる特別メニューとしてお客様の目の前で切り分けるサービスが評判となったものです。
ディナーメニューは月替わりですが、ローストビーフは必ず提供されています。 -
四皿目には日本料理をいただきました。
天麩羅は、注文してから目の前で揚げるので、サクサクでした。 -
食事は、伝統のカレー にしました。
こちらはご飯小盛りです。
いろいろなパンや炊き込みご飯、中華麺などもありました。 -
デザート。
美味しそうなものかたくさんあるのですが、糖質制限のため、この二品です。
食事に制限がない方は、お腹いっぱい食べてくださいね。 -
美味しい食事をいただいている間に暗くなりました。
日比谷公園の先には法務省のビルが見えています。
帰りの電車では、有楽町から和光市駅まで座れたのでとてもラッキーでした。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。日比谷公園 公園・植物園
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