2026/02/13 - 2026/02/13
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この旅行記のスケジュール
2026/02/13
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自宅から電車で新宿へ
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徒歩での移動
新宿駅から歩く
この旅行記スケジュールを元に
仕事で都内へ出かけた折り、空いた時間を利用して新宿にあるSONPO美術館を訪ねました。
SOMPO美術館は、SOMPOホールディングスの前身である安田火災海上が本社ビル内に、1976年7月「東郷青児美術館」を開設したことに始まります。
50周年を迎える今年、SOMPO美術館では幾つかの記念事業が行われます。今回の企画展もその一つで、日本の近代美術(モダンアート)の歴史において特異なポジションにある「新宿」をテーマとする企画展が開かれました。
あらかじめ写真撮影可能な作品もあると発表されていましたが、半分ほどの作品が撮影できたので、良かったです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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今回の企画展「 モダンアートの街・新宿」の招待券をいただいていたのですが、寒い日が続いていてグズグズしていたら会期末が迫っており、慌てて鑑賞してきました。
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SOMPO美術館の目玉は何と言っても、フィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」です。
当初の東郷青児美術館には世界的な名画がなかったことから入館者が少なく、社内で問題視されていたため、昭和62年(1987年)3月当時の代表取締役であった後藤康男氏がロンドンのクリスティーズで2,250万ポンド(当時の為替レートで約53億円)で落札した作品です。日本経済がバブル絶頂期へ突き進んでいたときだから可能だった話です。
常設展示ながら、他の展示を最後まで見ないと「ひまわり」を鑑賞できません。 -
新宿駅の出口を間違えてしまい、南側に出てしまいました。
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苔むした地下鉄の排気口。
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東京モード学園総合校舎コクーンタワーの反対側に目的のSONPO美術館があるはずです。
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損害保険ジャパンのビルの手前に美術館があります。
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「 モダンアートの街・新宿」の案内が出ています。
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SOMPO美術館の入り口です。
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「 モダンアートの街・新宿」のポスターデザイン。入館してロッカーにコートとバッグを預けて、受付します。
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エレベーターで5階へ上がり、最初の展示室に入りました。テーマは「中村彝と中村屋サロン、ルーツとしての新宿」。
中村彝(つね)の「目白の冬」、45.5×60.6cm。
大正9年(1920年)制作、油彩・カンヴァス、茨城県近代美術館所蔵。
彫刻家オーギュスト・ロダンに強い衝撃を受けた荻原守衛は30歳の若さで没するが、その萩原をたびたび訪ねていたのが中村彝。後年中村屋裏のアトリエに移り住み、中村屋に集う作家たちの中心的な存在となりました。 -
中村彝の「カルピスの包み紙のある静物」60.7×50.2cm。
大正12年(1923)制作、油彩・麻布・額装。
関東大震災の後、結核を患いながらも生き延びたものの持病の悪化により外出もままならなくなり、下落合のアトリエで花をモティーフにした静物画を繰り返し描きました。カルビスは相馬愛蔵から見舞いの品として貰ってから気に入っていました。この作品を描いた翌年、その短い生涯を閉じました。 -
鈴木良三「落合の小川」73.0×91.0cm。
大正11年(1922)制作、油彩・カンヴァス、茨城県近代美術館所蔵。
大正6年、医学生だった鈴木は、中村彝を子どもの頃から知っていた叔父に連れられ、彝のアトリエを訪問し、画家を目ざしました。
昭和3年、彝の遺品の背広を来てフランスに渡りました。 -
岸田劉生「武者小路実篤像」38.0×36.5cm。
大正3年(1914年)制作、油彩・カンヴァス、東京都現代美術館所蔵。
白樺派の影響をいち早く吸収した岸田劉生は、、新進作家によるヒュウザン会(フュウザン会)を立ち上げ、新宿ゆかりの作家・武者小路実篤と交流し、実篤の小説の装幀を数多く手がけました。 -
「みづゑ」第240号(中村彝追悼号)
大正15年(1925年)2月、個人蔵、春鳥會。
表題の「みづゑ」とは水彩画のことで、明治38年に創刊された美術雑誌。創刊号の印刷部数は1,000部であったとされ、1920年代になると日本・東洋美術を扱う総合美術誌となりました。平成4年(1992年)、バブル経済崩壊による広告収入減少などが原因となって休刊しました。 -
「白樺」第一巻第8号(ロダン号)、明治43年(1910年)11月、個人蔵、洛陽堂。
武者小路実篤、柳宗悦、志賀直哉、木下利玄、有馬生馬ら学習院大学同窓生らが中心となって同人文芸雑誌「白樺」を創刊。
大正デモクラシーを背景に、個性尊重、理想主義、生命主義を基調とした思想。セザンヌ、ゴッホ、ロダン、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、デューラーら西洋美術を紹介し、若手芸術家たちが熱狂しました。 -
「白樺」大正10年11月・12月合本号(表紙:岸田劉生)、個人蔵、白樺社。
大正7年(1918年)から大正12年まで岸田劉生が表紙を描いていました。岸田は療養のため神奈川・鵠沼など各地を転々とし、昭和4年山口で没しました。 -
「ARS」創刊号、大正4年(1915年)4月、個人蔵、阿蘭陀書房。
北原白秋の実弟・北原鐵雄が創立し、森鴎外(林太郎)、上田敏、谷崎潤一郎、志賀直哉、北原白秋らが寄稿しました。 -
佐伯祐三「自画像」
大正10年(1921年)頃の作品。鉛筆・紙、新宿歴史博物館所蔵。 -
佐伯祐三「立てる自画像」80.5×54.8cm。
大正13年(1924年)制作、油彩・カンヴァス、大阪中之島美術館所蔵。
佐伯祐三による自画像の代表作。
顔のクローズアップではなく、パレットと絵筆を持った全身像を描いています。 -
顔の表情だけはパレットナイフで削り取られています。
佐伯祐三は明治31年(1898年)に大阪で生まれ、大正6年、東京・九段に下宿しました。川端画学校で藤島武二の指導を受け、大正7年、東京美術学校に入学。大正10年、下落合にアトリエ付き住居を新築。大正13年に渡仏。昭和2年に再度渡仏し、翌年パリ郊外の精神病院に入院。一切の食事を拒み、8月16日衰弱死しました。 -
佐伯祐三「壁」73.1×60.8cm。
大正14年(1925年)制作、油彩・カンヴァス、大阪中之島美術館所蔵。 -
佐伯祐三「下落合風景」60.4×72.8cm。
大正15年(1926年)頃の作品。油彩・カンヴァス、大阪中之島美術館所蔵。
坂の上から南へ向かって街を遠望しています。 -
崖の縁に立つ人物は何を見ているのでしょうか。
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佐伯祐三「雪景色」61.0×72.5cm。
昭和2年(1927年)制作、油彩・カンヴァス、東京国立近代美術館所蔵。
下落合風景と同様に下落合の勾配が大きい地形を描き、坂の下から見上げた坂道は垂直な壁のように見えます。 -
佐伯祐三「下落合風景(テニス)」73.0x117.5cm。
大正15年(1926年)制作、油彩・カンヴァス 新宿区(落合第一小学校)所蔵。
狂気に取り憑かれていたのか、この頃の佐伯は1年間に30~40もの作品を描いていました。 -
展示室の様子。この3作品はいずれも撮影可でした。
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東郷青児「ピエロ」90.8×63.4cm。
大正15年(1926年)制作、油彩・カンヴァス、SOMPO美術館所蔵。
佐伯祐三と同世代の東郷青児も若くしてパリへ渡り、頭角を現しました。
ここに描かれているピエロは、イタリア発祥のコメディア・デラルテの役者で、仮面の奥のピエロの表情をうかがい知ることはできません。
東郷青児の没後、遺族より東郷の作品156点を含む、美術作品345点の寄贈を受け、美術館の創設につながりました。 -
峰村リツ子「本棚」72.7×60.6cm。
昭和4年(1929年)制作、油彩・カンヴァス、板橋区立美術館所蔵。
中段の本の背表紙には、「マチス」「ビカソ」「ルウンオ」などの書き込みが見えます。 -
織田一磨 「37番 ほていや六階から新宿三越遠望(『画集新宿風景』) 」、17.5×28.0cm。
昭和5年(1930年)制作、リトグラフ。
織田一磨は、大正7年に日本創作版画協会を結成し、創作版画の普及につとめました。大正12年に発生した関東大震災から復興していく東京の姿を記録しました。 -
織田一磨「38番 新宿カフェ―街(『画集新宿風景』) 」、 28.0×16.5cm。
昭和5年(1930年)制作、リトグラフ。 -
織田一磨「42番 新宿ステーション(『画集新宿風景』) 」、17.0×28.0cm。
昭和5年(1930年)制作、リトグラフ 。 -
木村莊八「新宿駅」。
昭和10年(1935年)制作、油彩・カンヴァス、個人蔵。
この駅舎は、関東大震災後の大正14年(1925)に竣工し、昭和37年に取り壊されるまで新宿ターミナルとして運営されていました。 -
東郷青児「黒い手袋」、119.2×68.2cm。
昭和8年(1933年)制作、油彩・カンヴァス、SOMPO美術館所蔵。
第20回二科展(第九室)への出品作品で、東京火災(損保ジャパンの前身の一つ)のパンフレット表紙に使用されていました。
東郷青児は、明治30年(1897年)に鹿児島で生まれ、大正5年、第3回二科展に「パラソルさせる女」で二科賞を受賞しました。大正10)年に渡欧。昭和53年(1978年)80歳で没しました。 -
松本竣介「N駅近く」、97.0×131.0cm。
昭和15年(1940年)制作、油彩・カンヴァス、東京国立近代美術館所蔵。
幼少期を過ごした岩手県花巻を離れ、昭和4年から池袋に移りました。聴覚障害のため兵役を免除された松本は、昭和11年に妻の禎子と結婚し、下落合(現在の中井)にアトリエ付きの住居を構えました。西武新宿線の中井駅をモデルとしています。 -
松本竣介「自画像」、33.6×24.5cm。
昭和16年(1941年)制作、油彩・板、神奈川県立近代美術館所蔵。
大東亜戦争の直前の緊迫した社会、松本はアトリエで孤独に自画像を描き続けていたといいます。 -
松本竣介「立てる像」、162.0×130.0cm。
昭和17年(1942年)制作、油彩・カンヴァス、神奈川県立近代美術館所蔵。
松本が描いた最大サイズの自画像。
昭和13年頃から独特な視点で捉えた風景画を描き始め、都会の喧騒や猥雑さを感じさせない画風となりました。この作品は新宿のごみ捨て場を背景としています。 -
松本竣介「電気機関車」、小品。
昭和18~21年頃の作品、油彩・カンヴァス、神奈川県立近代美術館所蔵。
FUKUJIROが描いたらいたずら書きと評価されるでしょう。 -
林芙美子の肖像画。
大正11年、尾道の高等女学校を卒業した芙美子は上京し、工場での女工や売り子、カフェの女給など職を転々とするその日暮らしの日々、奔放な恋を繰り返しながら執筆を続け、昭和3年「放浪記」で流行作家になりました。 -
林芙美子「自画像」。
制作年不詳、油彩・板
新宿歴史博物館所蔵。
よろしければ中井駅から林芙美子記念館を訪問したときの旅行記をご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11619127 -
手塚緑敏「芙美子像」。
昭和12年(1937年)制作、油彩・カンヴァス、新宿歴史博物館所蔵。
緑敏は明治35年(1902年)長野県で農家の次男として生まれました。画学生だった大正15年(1926年)林芙美子と内縁関係となり、芙美子の文学活動を支えました。 -
手塚緑敏(まさはる・通称りょくびん)の「下落合風景」。
昭和8年(1933年)制作、油彩・カンヴァス、新宿歴史博物館所蔵。
林芙美子と結婚した緑敏は、昭和16年に下落合の新居に移り、その後は落合川の周辺を題材に絵を描いていました。平成元年(1989年)没。 -
鶴岡政男「死の静物(松本竣介の死)」、73x52cm。
昭和23年(1948年)制作、油彩・カンヴァス、神奈川県立近代美術館所蔵。
NOVA美術協会時代からの盟友であった松本竣介の死を悼みつつも感傷から距離を取った作品です。松本のアトリエに残された板を使って描かれたといわれています。 -
松本竣介のデスマスク。
冷たい色合いは積年の思いを凝縮しています。 -
寺田政明「ひまわり」72.2×90.3cm。
昭和25年(1950年)制作、油彩・カンヴァス、板橋区立美術館所蔵。
昭和8年に池袋へ移住した寺田は、池袋モンパルナスで松本竣介らと交流し、早くからシュルレアリスムに関心を寄せていました。 -
芥川(間所)紗織「女」131.0×98.4cm。
昭和29年(1954年)制作、染色・綿布、板橋区立美術館所蔵。
大正13年、愛知県渥美郡高師村(現・豊橋市)に生まれ、東京音楽学校(現・東京藝術大学)声楽部を卒業後、作曲家の芥川也寸志と結婚しました。結婚後は声楽の道をあきらめ、女学校時代に描いていた絵画を再開し、野口道方に師事してろうけつ染めを学びました。 -
東郷青児「超現実派の散歩」、64.0×48.2cm。
昭和4年(1929年)制作、油彩・カンヴァス、SOMPO美術館所蔵。
日本におけるシュルレアリスムの原点の一つとされる作品で、東郷青児がパリから帰国した翌年、第16回二科展に発表しまし。 -
全ての展示を見終わった最後に現れるのがフィンセント・ファン・ゴッホ「ひまわり」です。
100.5×76.5cm、1888年(明治21年)、油彩、キャンヴァス、SOMPO美術館所蔵。
ゴッホは7点の「ひまわり」を制作しましたが、このうち6点が現存しています。
この「ひまわり」は、南仏のアルルでポール・ゴーギャンと共同生活をしていた1888年12月頃に描かれた5番目の作品で、昭和62年(1987年)3月に安田火災海上(損害保険ジャパンの前身)が、2,250万ポンド(当時の為替レートで約53億円)で落札しました。 -
SONPO美術館の50周年ロゴマークは、東郷青児の「超現実派の散歩」をモチーフに描いています。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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