2010/01/30 - 2010/01/30
446位(同エリア455件中)
TMBSさん
この旅行記のスケジュール
2010/01/30
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飛行機での移動
大阪国際空港815→(日本航空JL2151便)→950青森空港
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バスでの移動
青森空港1120→(弘南バス五所川原駅行き)→1200五所川原
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電車での移動
津軽五所川原1240→(津軽鉄道普通津軽中里行き)→1304金木
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電車での移動
金木1440→(津軽鉄道ストーブ列車津軽中里行き)→1457津軽中里
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電車での移動
津軽中里1521→(津軽鉄道ストーブ列車津軽五所川原行き)→1607津軽五所川原
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電車での移動
五所川原1612→(五能線・奥羽本線弘前行き831D)→1702弘前
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電車での移動
弘前1730→(弘南鉄道弘南線黒石行き)→1759黒石
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電車での移動
黒石1850→(弘南鉄道弘南線弘前行き)→1918弘前
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この旅行記スケジュールを元に
2010年1月に津軽鉄道のストーブ列車と、弘南鉄道弘南線を乗りつぶした際の旅行記です。
往路にはJALのMD-90に搭乗。青森到着後は乗り鉄のほか、金木の街歩きやご当地グルメも楽しむことができました。
なお、2日目の弘南鉄道大鰐線乗車と五所川原市内観光の様子については、以下のリンク先で先行アップしています。
その2(弘南鉄道大鰐線と五所川原)はこちら
https://4travel.jp/travelogue/12055161
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2010年1月30日(土)
午前7時40分過ぎに大阪国際空港(伊丹空港)着。
普段はANA利用が多いですが、久しぶりのJAL利用なので北ターミナルからの出発になります。大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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北ターミナルの出発便案内。
出雲、青森、但馬、信州まつもとなど、JALならではのデスティネーションが並んでいます。大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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本日の搭乗便は、8時51分発のJAL2151便青森行き。
大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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JAL2151便は23B搭乗口からの出発です。
大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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永らくTDA→JASが運航していた大阪~青森間の航空路線ですが、JALとJASの合併後はJALが引き継ぐことになりました。
大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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8時10分頃、定刻よりやや遅れて搭乗案内が始まりました。
23B搭乗口から搭乗機までは、バス2台での案内になります。大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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バスの方向幕には「青森 AOMORI」の表示。
大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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搭乗機のMD-90(機体番号JA004D)が見えてきました。
大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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MD-90の外観上の特徴である、T字型尾翼とリアエンジン。
リアエンジンにはユニセフのロゴが入っていました。大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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長年乗りたかったMD-90の機内に入ります。
JALのフリートとなり、ドア横には「ワンワールド」のロゴが入りました。大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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トーイングトラクターは、JAS時代のままのレインボー塗装でした。
大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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いざ、機内に入ります。
大阪国際空港 (伊丹空港) 空港
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離陸直後に撮影した、大阪府茨木市付近の風景。
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大阪府・京都府境付近。
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京都市の中心部。
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大津市上空からは琵琶湖を見渡すことができました。
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冠雪した鈴鹿山脈。
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機内誌「SKYWARD」2010年1月号と、MD-90の安全のしおり。
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ドリンクサービスで温かいコーヒーをいただきました。
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北陸上空から日本海に出ます。
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ブラインドには「MCDONNELL DOUGLAS」のロゴが入っていました。
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機内誌「SKYWARD」2010年1月号と、機内販売カタログ「JAL SHOP」2010年1・2月号。
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MD-90の天井に設置されていた格納式のモニター。
機内番組や広告を放映していました。 -
MD-90の機内。
先輩のMD-81、MD-87とは異なり、格納式のモニターや機内オーディオ設備が装備されており、快適に過ごすことができました。 -
機内オーディオのコントロールパネル。
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エンジンが吊るされていないすっきりとした左主翼。
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東北地方の上空に入ると、下界は一面の雪景色でした。
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雪化粧した奥羽山脈
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離陸から1時間20分ほどしたところで、青森空港に向け最終の着陸態勢に入ります。
着陸直前には年末の開業を控えていた東北新幹線の新青森駅が見えました。 -
イチオシ
9時50分、青森空港に到着。
青森空港 空港
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JA004D号機、楽しい旅をありがとうございました。
青森空港 空港
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除雪されたターミナルビル周り。
青森空港 空港
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隣のスポットにもJALのMD-90(機体番号JA005D)が駐機していました。
青森空港 空港
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到着ロビーの到着便案内板。
昔ながらの反転フラップ式(パタパタ)でした。青森空港 空港
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青森空港のターミナルビル内部
青森空港 空港
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青森空港ターミナルビルの外観。
ソウル便だけですが、国際線も就航しています。青森空港 空港
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五所川原行きのバスまで時間があるので、ターミナルビル屋上の展望デッキを少し覗いてみます。
青森空港 空港
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イチオシ
大阪国際空港(伊丹空港)から搭乗してきたJALのMD-90(機体番号JA004D)
青森空港 空港
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展望デッキには、懐かしのJAS(日本エアシステム)に関する貴重な資料が展示されていました。
青森空港 空港
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雪の中、東京国際空港(羽田空港)からのJAL1203便が到着しました。
機体はA300-600R(機体番号JA8529)。
こちらは復路に搭乗する予定です。青森空港 空港
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1時間近く待ちましたが、そろそろバスの発車時刻なので到着ロビーの外に出ます。
青森空港 空港
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11時20分発の五所川原行き弘南バスに乗車します。
弘前行きや青森行きのバスと比べて小型の車輌でした。青森空港 空港
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見事な雪道でしたが、バスは五所川原駅に向けて快調に走りました。
空港バス (弘南バス) 乗り物
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見事なまでに雪化粧した土手。
空港バス (弘南バス) 乗り物
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12時ちょうどに五所川原駅着。
五所川原駅 駅
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イチオシ
津軽鉄道の始発駅・津軽五所川原駅の駅舎。
今日はここから津軽鉄道を乗り潰します。津軽五所川原駅 駅
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駅に隣接した敷地に、津軽鉄道の本社がありました。
津軽五所川原駅 駅
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駅の待合室で、青森空港で調達した空弁「三内丸山五千年の味 縄文古代飯」で昼食にします。
津軽五所川原駅 駅
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「三内丸山五千年の味 縄文古代飯」の中身は古代米に塩鮭、名産の帆立などでした。
津軽五所川原駅 駅
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五所川原駅前の街並み
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雪靴を履いてきて正解でした。
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12時40分発の普通津軽中里行きで、津軽半島の北を目指します。
津軽鉄道 乗り物
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沿線は、青森空港から五所川原の道路沿いと同様に一面の雪に覆われていました。
津軽鉄道 乗り物
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鉄道を護る防雪林でしょうか
津軽鉄道 乗り物
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車内の先頭部、運転室横にはミニ図書館が設けられていました。
津軽鉄道 乗り物
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イチオシ
嘉瀬駅には、かつて香取慎吾さんが「SMAP×SMAP」の企画で地元の子どもたちと絵を描いたキハ22 22028号が留置されていました。
嘉瀬駅 駅
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嘉瀬駅の駅名標。
金木町は平成の大合併で五所川原市の一部になりました。嘉瀬駅 駅
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嘉瀬駅の木造駅舎。
嘉瀬駅 駅
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金木町内の前面展望。
津軽鉄道 乗り物
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車内の路線図
津軽鉄道 乗り物
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13時4分着の金木駅で下車します。
金木駅 駅
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金木駅の駅名標
金木駅 駅
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イチオシ
津軽鉄道の津軽21形気動車。
金木駅 駅
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津軽鉄道の津軽21形気動車には「走れメロス号」の愛称が付いています。
金木駅 駅
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金木駅から五所川原方面を望んだスナップ。
金木駅 駅
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イチオシ
しばらく待つと、ディーゼル機関車に牽引された津軽五所川原行きのストーブ列車がやって来ました。
ストーブ列車にはこの後乗車する予定です。金木駅 駅
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ストーブ列車は前から順番にディーゼル機関車、気動車(ディーゼルカー)、客車という編成でした。
金木駅 駅
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金木駅の駅舎内。
金木駅 駅
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駅舎内の時刻表。
金木駅 駅
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運賃表。
金木駅 駅
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券売機。
金木駅 駅
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ストーブ列車は毎年12月1日から翌年3月31日まで運転されています。
金木駅 駅
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駅窓口では各種グッズも販売されていました。
金木駅 駅
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1930年に発行された津軽鉄道沿線案内図が展示されていました。
金木駅 駅
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駅舎内には鉄道部品も展示され、ミニ鉄道資料館の様相でした。
金木駅 駅
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金木駅の駅舎。
これよりしばらく街歩きに繰り出します。金木駅 駅
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駅前の観光案内図。
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金木は太宰治の町。
町の中心部にはゆかりのスポットがいくつかあります。 -
五所川原市役所の金木庁舎(旧金木町役場)
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金木町中心部の観光案内図
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「金木銀行跡」の説明板。
太宰治の親族が経営に関わっていた金融機関です。 -
イチオシ
金木駅から8分ほど歩いて「斜陽館」に到着。
太宰治の旧宅を活用した記念館です。
戦後は旅館として利用されていましたが、2004年に国の重要文化財に指定されました。太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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「斜陽館」の館内案内図。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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格子戸から見た中庭の雪景色。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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広い土間。
もともと小作人が小作米を積み上げていた場所で、旅館時代は喫茶コーナーとして活用されていたといいます。太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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吹き抜け。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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囲炉裏。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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太宰治が好んで着用していた二重回しのマント。
地元住民の方から寄付された品で、来館者の記念撮影用として使われていました。太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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太宰治が生まれた部屋。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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廊下
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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大広間(座敷)
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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大広間には、立派な掛け軸や調度品が飾られていました。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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仏壇
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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金融業店舗として使われていた区画
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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立派な衝立のある大広間から、2階に上がります。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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洋風のモダンな階段
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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階段奥の部屋は事務室となっており、見学不可でした。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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2階の洋間。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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洋間の扉と絵画
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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洋間の内部
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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照明
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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明治末期に青森県の小さな町でこれだけの洋間を設えられた、太宰治の生家(津島家)の財力には驚かされます。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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2階の和室。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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2階の廊下。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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小説「津軽」に登場した、金襖の日本間。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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春夏秋冬の景色を描いた襖絵
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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掛け軸と床の間
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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階段の照明・柵はお洒落なデザインでした。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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ピカピカに磨かれた床。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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太宰治の母の居室であり、書斎とも呼ばれていた一室。
左から2番目の襖の漢詩には「斜陽」の2文字が含まれています。太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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2階の吹き抜けから見た、1階の囲炉裏。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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そろそろ津軽中里行きストーブ列車の発車時刻なので、「斜陽館」を後にします。
太宰治記念館「斜陽館」 美術館・博物館
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「斜陽館」の近くには観光物産館がありました。
金木観光物産館「産直メロス」 お土産屋・直売所・特産品
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この当時、五所川原や金木には地吹雪やストーブ列車を目当てにした中華圏からの観光客が来るようになっていました。
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雪道を歩いて、駅に戻ります。
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太宰治が戦時中に疎開していた「旧津島家新座敷」の入口
太宰治疎開の家 旧津島家新座敷 名所・史跡
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こちらが「旧津島家新座敷」
太宰治疎開の家 旧津島家新座敷 名所・史跡
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「斜陽館」とは建築様式が異なりますが、こちらも和洋折衷の外観でした。
太宰治疎開の家 旧津島家新座敷 名所・史跡
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この道を直進した突き当たりが、金木駅です。
金木駅 駅
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ようやく金木駅に戻ってきました。
金木出身のプロ飛行士・白戸栄之助や津軽三味線、先ほど訪れた「斜陽館」に関する展示もありました。金木駅 駅
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2010年12月に迫っていた東北新幹線八戸~新青森間延伸開業を前に、機運を盛り上げる垂れ幕が掲示されていました。
金木駅 駅
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津軽五所川原方面から、ストーブ列車がやって来ました。
今度は前から順にディーゼル機関車+客車2両+気動車(ディーゼルカー)1両という編成です。金木駅 駅
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金木駅のホームに停車中の「ストーブ列車」の旧型客車
金木駅 駅
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毛筆体の行先板(サボ)と津軽鉄道の社紋がまた泣かせます。
金木駅 駅
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後ろから2両目の客車・オハフ33‐1に乗車します。
金木駅 駅
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オハフ33の諸元表
金木駅 駅
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いよいよ、待ちに待った「ストーブ列車」の車内に入ります。
金木駅 駅
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津軽21形気動車の貫通扉に掲げられた「走れメロス」の愛称板。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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「ストーブ列車」は14時40分に金木駅を発車、津軽中里を目指します。
写真はオハフ33‐1の車内。
デッキ近くに排気筒付きのストーブが置かれていました。津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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イチオシ
オハフ33‐1の車内に設置された石炭ストーブ。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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オハフ33‐1のボックスシート。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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天井を貫く排気口
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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沿線の「芦野公園」には、航空自衛隊のT-2練習機が保存されていました。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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イチオシ
「ストーブ列車」での最大の楽しみは、車内で買ったスルメを焼くこと。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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「津鉄」と染め抜かれた法被を着た乗務員が接客にあたります。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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芦野公園の雪景色。
芦野公園 公園・植物園
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冬の津軽半島の風物詩である地吹雪に打たれながら、「ストーブ列車」は北に走ります。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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そろそろストーブに置いていたスルメが焼けたので、味わっていただくことにします。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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見渡す限りの白い雪に覆われた水田地帯
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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14時57分、「ストーブ列車」は終点の津軽中里駅に到着。
津軽中里駅 駅
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イチオシ
津軽中里駅は本州最北の民鉄駅です。
第三セクター鉄道や公営交通を除いた純粋な民鉄に限れば、日本最北の民鉄駅ということにもなります。津軽中里駅 駅
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駅舎は近代的な建物でしたが、入居しているスーパーマーケットはすでに閉店していました。
津軽中里駅 駅
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津軽中里駅の線路終端部。
ここから小泊を経て三厩までの延伸計画もあったそうです。津軽中里駅 駅
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折り返しを待つ「ストーブ列車」。
到着後、速やかに機関車の方向転換作業が行われ、津軽中里寄りに連結されていたディーゼル機関車は津軽五所川原寄りに付け替えられました。津軽中里駅 駅
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津軽中里駅は終着駅とあり、広い構内を有しています。
津軽中里駅 駅
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津軽中里の集落を背に発車を待つ、先頭のディーゼル機関車も撮影しました。
津軽中里駅 駅
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15時21分発の津軽五所川原行き「ストーブ列車」で折り返します。
帰りはストーブの真ん前に陣取ることにしました。津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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「ストーブ列車」の旧型客車の車内
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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石炭ストーブの排気管こそありますが、天井は割合すっきりしています。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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復路は天気が好転し、車窓には夕方の日差しが注ぎ込んでいました。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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旧型客車の妻面に貼られたプレート。
一番右のプレートは、鉄道友の会からベテラン車輌に贈られる「エバーグリーン賞」の受賞プレート。
中央のプレートは新潟鐵工所(現トランシス)の製造銘板、左のプレートは国鉄大船工場の昭和34年の更新修繕銘板です。津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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ストーブと座席を一緒に写してみました。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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暮れ始めた津軽平野を、「ストーブ列車」は津軽五所川原に向け力走します。
津軽鉄道 ストーブ列車 乗り物
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16時7分、「ストーブ列車」は終点津軽五所川原駅に到着。
津軽五所川原駅 駅
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津軽21形気動車と、倉庫に転用された旧型貨車ワム1形5号。
津軽五所川原駅 駅
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ワム5号貨車の車体には、芦野公園について触れた太宰治「津軽」の一節が掲示されていました。
津軽五所川原駅 駅
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時刻表や運賃表も掲示されていました。
津軽五所川原駅 駅
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津軽五所川原駅のホーム。
ホームの番号はJR五所川原駅の続番となっていました。津軽五所川原駅 駅
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津軽五所川原駅の駅名標と、古レールの展示。
津軽五所川原駅 駅
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ストーブ列車を牽引していたDD350形ディーゼル機関車。
製造後50年以上が経過しているベテラン車輌です。津軽五所川原駅 駅
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JRと津軽鉄道で共用している跨線橋を渡り、五能線のホームに向かいます。
津軽鉄道ホームのサインは、手書きではありますがJRの様式に合わせたデザインでした。津軽五所川原駅 駅
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駅構内のサインには、観光スポットへのアクセスが記されていました。
五所川原駅 駅
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五能線は1・2番ホームに発着。
板柳・弘前方面行きの列車は2番ホームから発車します。五所川原駅 駅
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五所川原駅の跨線橋から俯瞰した、津軽鉄道の津軽五所川原駅。
五所川原駅 駅
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五所川原16時12分発の五能線・奥羽本線弘前行き831Dに乗車し、宿泊地の弘前を目指します。
五所川原駅 駅
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板柳駅。
りんごの産地として、大相撲の高見盛関(現東関親方)の出身地として知られる板柳町の玄関口です。板柳駅 駅
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列車は川部駅から奥羽本線に入ります。
川部駅 駅
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17時2分、弘前駅に到着。
弘前駅 駅
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特急「つがる」用のE751系電車が留置されていました。
弘前駅 駅
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城東口から、宿泊先の東横イン弘前駅前に向かい、ひとまずチェックインを済ませました。
弘前駅 駅
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ホテルにチェックインした後、弘前駅に戻り、弘南鉄道弘南線の乗りつぶしにかかります。
弘前駅 駅
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弘南鉄道の弘前駅舎は、JRの駅舎の一角にあります。
弘前駅 駅
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17時30分発の黒石行き電車に乗車します。
弘前駅 駅
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弘南鉄道弘南線の券売機と時刻表、運賃表。
弘前駅 駅
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郷土料理「けの汁」を楽しめるイベント列車「けの汁列車」が運行されるようです。
弘前駅 駅
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黒石行きの7000系電車。
元東京急行電鉄の7000系電車を譲受した車輌で、中間車に運転席を取り付け、先頭車に改造しています。弘前駅 駅
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ドア上の路線図。
弘南鉄道 弘南線 乗り物
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17時59分に終点黒石駅に到着。
黒石駅 駅
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黒石駅の駅舎出入口。
黒石駅 駅
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黒石市の名物は「つゆ焼きそば」。
駅前の老舗「すごう食堂(須郷食堂)」でいただくことにします。須郷食堂 グルメ・レストラン
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「つゆ焼きそば」とは、ソース焼きそばを和風だしで食べる黒石市の名物料理。
ソースの沁みた焼きそばと和風だしが思っていた以上にマッチした絶品でした。須郷食堂 グルメ・レストラン
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夜の帳の降りた黒石駅前。
黒石駅 駅
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黒石駅の駅舎内。
黒石18時50分発の弘前行き電車で、弘前に戻ります。黒石駅 駅
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黒石駅は黒石温泉郷の最寄り駅でもあります。
黒石駅 駅
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改札を抜け、ホームに入ります。
黒石駅 駅
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構内には、除雪用のED33形電気機関車と主力車輌の7000系が並んでいました。
黒石駅 駅
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帰りの弘前行きも7000系でしたが、往路に乗った車輌とは異なり、製造当初から先頭車として造られた車輌でした。
黒石駅 駅
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7000系電車の側面に入ったロゴマーク。
黒石駅 駅
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側面に入った弘南鉄道の社紋。
黒石駅 駅
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妻面には「東京急行電鉄」、「東急車輌 昭和39年」の銘板が残っていました。
黒石駅 駅
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黒石駅の駅名標
かつてはこの駅から川部まで、旧国鉄線を引き継いだ黒石線も走っていましたが、こちらは1998年に廃止されています。黒石駅 駅
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19時18分、終点の弘前に到着。
駅名標の隣駅表記は、何故か「黒石」となっていました。弘前駅 駅
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改札を出て
弘前駅 駅
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JRと共用の橋上駅舎経由でホテルに戻ります。
弘前駅 駅
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東北新幹線新青森延伸開業をPRする、E5系電車の電照広告が輝いていました。
弘前駅 駅
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今夜のお宿「東横イン弘前駅前」
東横イン弘前駅前 宿・ホテル
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夕食は駅前の「津軽居酒屋わいわい」でいただくことに。
一度食べてみたかった「じゃっぱ汁」わいわい グルメ・レストラン
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大ぶりな帆立貝を使った「かやき味噌」
わいわい グルメ・レストラン
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店内には地元出身の高見盛関ほか有名力士の手形が飾られていました。
翌日は弘南鉄道大鰐線の乗りつぶしと五所川原観光を楽しみ、青森空港から羽田空港乗り継ぎで帰阪しました。
その2(弘南鉄道大鰐線と五所川原の旅)に続く
https://4travel.jp/travelogue/12055161わいわい グルメ・レストラン
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