2026/03/20 - 2026/03/27
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ミズ旅撮る人さん
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北スペインのバスク地方からピレネーを越えてフランスに入り、フレンチバスクの中心バイヨンヌから南西フランスの「最も美しい村」を訪ねつつ、ワインの産地を巡るツアーに参加しました。
13回目は、フランスでモン・サン・ミシェルの次に人気の観光地と言われるカルカッソンヌです。ここが最後の観光地になります。ヨーロッパ最大の二重城塞に囲まれた「シテ」と呼ばれる城塞都市。1997年に世界遺産に登録された名称も「歴史的城塞都市カルカッソンヌ」です。紀元前3世紀から砦が建設され、13世紀に二重城壁が作られ「難攻不落の城」となりました。しかし、17世紀にスペインとの国境紛争が終結すると存在意義を失い、衰退して行きました。ところが19世紀に歴史的価値を重んじて修復工事が行われ、現在の威容を取り戻しました。丘の上に建つシテは、どこから見ても浮かび上がって見え、コンタル城及びサン・ナゼール聖堂を始めとする中世の町がそこにあります。街歩きと共に城壁歩きも観光の目玉です。今回の観光時間は3時間。昼食を各自でとるため、充分な時間が確保されています。かねてより行ってみたかったカルカッソンヌを歩きまくりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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トゥールーズのホテルを出て1時間半程でカルカッソンヌが遠望できる所までやって来ました。カルカッソンヌのシテ(城塞都市)は南北に長い草鞋(わらじ)のような形をしています。見えているのはシテの西側で、右端にサン・ナゼール聖堂が、左端にコンタル城が見えています。
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バスは西から南に移動していて、シテの南端が見えています。南端の内側には古代ローマの遺跡のような円形劇場があります。
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東側に回り込みました。右端のオレンジ色のとんがり屋根がメインの門であるナルボンヌ門です。シテの周りにはブドウ畑が広がっていて、ラングドック・ワインの生産地になっています。試飲の出来るワイナリーもあります。今回の旅行はフランスワインを堪能する行程でした。最後にカルカッソンヌのワインも味わいたかったです。
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本来なら右手の駐車場に停まるのですが、御覧のように満杯です。どうやら大きなイベントが行われているようで、大型バスは650m離れた駐車場に停めさせられました。ナルボンヌ門が見えて来ました。
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門から入る前に左の木々の中に公衆トイレがあるので、利用しておきます。シテの出入口は東のナルボンヌ門が正面玄関で、西側のオード門が裏門となり、他に出入口はありません。堅固な要塞なので、守りが堅いのです。
ナルボンヌ門 建造物
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ナルボンヌ門から南側の城壁です。外側の城壁は上部が崩れていたのでしょう。小さな穴から上が新しいのが分かります。19世紀に修復された際に復元されたものと思われます。その下の城壁も真ん中で状態が異なっていますね。ちょうど人がいるので、城壁の高さがわかります。
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この女性は、カルカッソンヌの領主の妻公妃カルカスです。5年間カール大帝(シャルルマーニュ)に攻められて籠城していました。シテを一人で治めていた彼女は、食料の備蓄を持ってくるように命じました。持って来られたものは、子豚1頭と小麦1袋だけでした。これを見た彼女は、子豚に小麦を無理やり腹一杯に食べさせてから、一番高い塔の上から子豚を投げ捨てるよう命じたのです。犠牲になった子豚の腹の中に小麦が詰まっているのを見たカール大帝は、これほど豊かに家畜を飼育できるシテを包囲し続けても無駄だと考え攻城を諦めたと、言い伝えられています。
カルカスはその勝利を祝福し、町中の鐘を鳴らさせました。撤退中の大帝軍の一人はこう書き記しました。「カルカスが鐘を鳴らしている(Carcas sonne ; カルカ・ソンヌ)」と。伝説では、これが市の名前の由来になったのだと云います。シャルルマーニュの年齢が合わないなどの問題点のある伝説ですが、1つくらいこうした話があるのもいいじゃないですか。 -
門より北側の城壁です。こちらは短いように見えますが、城塞は四角い訳ではなく、草鞋型・楕円形なので、外から見える部分は短いのです。城壁の下部が色が違っています。時代の違いがはっきり分かります。
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1つ目のアーチをくぐっています。直ぐに次のアーチがありますが、そこまでが外郭の城壁です。
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これで外側の城壁の中に入りました。更にもう一つ内側にも城壁があります。
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ナルボンヌ門です。コンタル城の入場料は4月1日から9月30日までが19ユーロ、10月1日から3月31日までが13ユーロです。(2026年6月現在)
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カルカッソンヌは地中海と大西洋を結ぶ交通と軍事の要衝にあり、紀元前3世紀には砦が造られ、その後ローマ人が城塞都市を建設しました。13世紀にアルビジョア十字軍との戦いに備えてフランス王ルイ9世が二重に城壁を張り巡らせ、難攻不落の城と言われるようになりました。
しかし、17世紀にスペインとピレネー条約が結ばれると堅固な城塞都市は無用の長物となり荒廃して行きました。 -
1853年から1879年まで行われた近代保存科学の創設者の一人、ヴィオレ・ル・デュクによる修復計画により現在のように甦りました。ただ、復元された塔のとんがり帽子の屋根は、実は平らな傘のような屋根だったなどのように、かなりのアレンジが加えられていて、現在でも賛否両論となっています。
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1997年、カルカッソンヌのシテ(城塞都市)はユネスコの世界遺産に登録されました。城壁内のコンタル城、サン・ナゼール聖堂など丸ごと世界遺産です。
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世界遺産のランプ。
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西のオード門から城外に出ます。ナルボンヌ門と比べると正に裏門ですね。添乗員がシテの全景を見られる場所に案内してくれると言うので、ツアー全員ついて行きました。
オード門 建造物
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二重の城壁の間に出ました。ここからはひたすら下り坂です。
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シテと麓の町は、これだけ隔絶しています。
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時間が十二分にある場合は、二つの城壁の間をぐるっと一周歩くことが出来ます。これとは別に内側の城壁の上を歩くコースもあります。これは後で行きます。
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オード門から下の町に降りる1本の道があります。これを下って、サン・ギマー教会の横を通り抜けて行きます。
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11~13世紀に建てられたコンタル城。優雅な城というよりは、要塞なので武骨な感じがします。
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サン・ギマー教会です。シテから下る道はこの教会に辿り着くようになっています。
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サン・ギマー教会。1688年に小さな礼拝堂がここに建てられました。903~932年にカルカッソンヌの司教であった聖ギマーを祀って、その生誕地に建っています。19世紀にヴィオレット・ル・デュックが設計して、現在のネオゴシック様式の教会に生まれ変わりました。
Saint Gimer Church 寺院・教会
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教会横の家並みは、アルビ・トゥールーズとレンガ造りの街並みが続いたので、ちょっと味気なく見えます。
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サン・ギマー教会の前でバルバカーヌ通り(Rue Barbacane)に入り、北に歩いて行きます。
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バルバカーヌ通りの小さな商店。果物や野菜の他にパンやワインなども売っています。
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奥の一角にバゲットが生身のまま置かれています。1.1ユーロです。クロワッサン(大きい!)も1.1ユーロです。ああ、買いたかったなあ。
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振り返ると城壁がとても近く見えていました。この町は常に城壁を見上げて暮らしているのだなと感じます。麓に暮らす人々にはシテはどう見えるのでしょうか。
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シテの全景がよく見える場所として有名な「ヴィユー橋(pont vieux)」です。ヴィユーは「景色(英語:view)」ではなく「古い」という意味です。
古い橋 (カルカソンヌ) 建造物
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薬局の前で添乗員が説明をしています。奥の人が歩いているスロープがヴィユー橋です。
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薬局で見ていたのは、ショーウィンドウに置かれている古い医療器具です。「20世紀半ばに小手術で使用されたピンセットとメスの模型」
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他に「鯉の尾、歯を抜くのに使う器具(1850~1900年)R.ペリッチ博物学者のコレクション」などもありました。
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旧橋ポン・ヴィユー(pont vieux)は、かつてはシテと城下町を繋ぐ唯一の道でした。シテ全景を眺めるのに絶好の展望地点です。
古い橋 (カルカソンヌ) 建造物
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橋の袂で見えるシテ。町より一段高みにあって、別世界です。国鉄カルカッソンヌ駅から歩いて来ると、ヴィユー橋を渡って来るので、この眺めにワクワクしながらナルボンヌ門を目指すのでしょう。このトリヴァル通り(Rue Trivalle)を東に歩いて行くと、シテの北側を回り込んでナルボンヌ門に行かれます。
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ヴィユー橋の真ん中です。14世紀初頭、オード川に架けられた橋は12個のアーチを持ち、全長225m。
ルイ9世は、カルカッソンヌを手に入れた際、籠城をさせないために市民の住む町バスティード・サン・ルイを新たにオード川の対岸に作りました。1245年に誕生した新しい町は城下町として栄え、17世紀にラシャ製造の中心地となります。ラシャ(羅紗)とは毛織物の一種の紡毛織物(Woolen Fabric)。書道の下敷きやビリヤードの盤面の敷物で使われています。19世紀に入るとワインの交易でも栄えました。14世紀にはアルマニャック公により2,800mもの城壁が建設され、現在でもジャコバン門(PORTAIL DES JACOBINS)などが残っています。 -
シテの西側がほぼ全部見えます。惜しむらくはさっきバスの中で見た角度と同じなので感動はありませんでした。
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コンタル城は、内側の城壁の一部になっています。城壁歩きは、コンタル城から出発して北に向かい、東のナルボンヌ門、南のサン・ナゼール聖堂、西のオード門を巡って戻って来ます。
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春の陽に山吹が輝いています。さあ、シテに戻りましょう。
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サン・ギマー教会の隣の緑地のベンチで小休憩。
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コンタル城から斜めに石垣が下って来て、この緑地に降りて来ます。ここも2つの城壁の間から麓に降りられるようになっているのですが、現在は道が悪いので通行止めになっています。
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城の方から声が聞こえて来ます。よ~く見ると女学生たちが手を振っています。今日行われているイベントの参加者でしょう。こちらも手を振り返すと喜んでいました。日本の城の天守閣でも、そばの高校の校庭から手を振られて、振り合いました。旅の思い出です。
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さて、ここから城のオード門まで上って行きます。
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西側は外側の城壁と内側の城壁の間が狭いです。まるでくっついているように見えます。
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ここの城壁は古そうです。石造りの重量感が伝わって来ます。
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城壁の間も意外と起伏に富んでいます。城壁の全長は3㎞。52の塔があります。
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石畳には、排水溝が設けられています。
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コンタル城の入口に来ました。現在「Entree(入口)」と書かれた場所にいます。城と城壁への入場が可能で、出口は3つあります。北側の城壁(緑)15分、東側の城壁(青)20分、西側の城壁(ピンク)25分。城(茶)45分。売店があります。ブティックって売店を指すんですね。日本語のイメージとは違います。
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コンタル城は周りをお堀のような緑地が取り囲んでいて、緑地の手前の広場にチケット売り場があります。入場料は4月1日から9月30日までが19ユーロ、10月1日から3月31日までが13ユーロです。冬は2,500円で夏は3,500円くらいです。クロアチアのドゥブロブニクの城壁が冬は35ユーロ、夏は48ユーロですから、まだ安い方?私が訪れたころは3,000円台くらいでしたが、毎年値上げしていました。円安だから尚更厳しいですね。
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緑地はイベントのチェックポイントになっていて、大勢の学生がいました。
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スポーツイベントらしく、とっても楽しそう。まさかお城でこんな事をやっているなんて、思ってもみませんでした。
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石橋を渡って城の中に入ると、案内図がありました。左が城の中で、3階建てになっています(フランス式に0~2階と表示)。右が城壁の案内図です。途中2か所に出口があります。この地図には塔が書き込まれていて、円柱形と方形の二種類と塔の大きさも分かるようになっています。城に入るなら左、城壁に上がるなら右へと矢印が指し示しています。
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城の中庭です。城壁の上り口は一番奥の角にあります。
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お堀緑地側には上層階に木造の通路があります。ここはおもしろそうなので通ってみたいと思っていたら、最後の最後に通ることが出来ました。
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中庭の北側は一段高くなっています。開いているドアは入口ではありません。
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北西の角にある狭い階段を上がって行きます。
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今度この中庭に戻って来るのは、おそらく1時間後いや1時間半後かな?
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城壁歩きの始まりです。ここはお堀緑地の北端です。
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外壁の向こうに先程歩いた麓の町が見え、オード川とヴィユー橋があります。対岸が新しく作られたバスティード・サン・ルイの町です。いびつな六角形の城壁に囲まれた碁盤の目のような都市計画に基づいた町並みです。
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右側に見えているのが、1269年よりサン・ルイ地区の北側に建てられたサン・ヴァンサン教会(Eglise Saint-Vincent )です。フィリップ4世が拡張工事をした南仏風ゴシック様式の教会には、フランスで2番目の大きさの約20mの身廊があります。また15世紀のバラ窓とステンドグラス、17~18世紀の教会美術も展示されています。八角形の鐘楼は高さ54m、232段の階段を登るとこの街とシテの北半分を見渡すことが出来ます。
1247年には町の南端に、南仏風ゴシック様式のサン・ミシェル大聖堂が建てられました(写真の左端に小さく鐘楼が見えます)。1355年に百年戦争でイギリスのエドワード黒太子の部隊によって壊滅的な被害を受けたため、この大聖堂には要塞の一部として円柱状の塔など防衛的な設備が残ります。
1803年にシテのサン・ナゼール聖堂から司教座が移され大聖堂となったものの、1849年に大火災に見舞われました。建築家ヴィオレ・ル・デュクにより修復されました。 -
シテの塔の殆どは青いとんがり帽子ですが、この塔は平べったいオレンジの瓦屋根です。こちらの方がオリジナルなのかもしれません。
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外壁には見張り台がいくつも作られています。今は見晴らし台になっています。
ルイ14世の時代に、ラングドックの徴税吏として財をなしたピエール・ポール・リケの発案で、大西洋岸から地中海沿岸を結ぶ貨物輸送航路「ミディ運河」が計画され、17世紀末に完成しました。スペインの支配下にあったジブラルタル海峡を通る海上ルートより3,000㎞も短縮出来ました。トゥールーズからトー湖までを繋ぎ、総延長240kmにも及びます。19世紀に鉄道が発達するまでは、主要な輸送ルートでした。カルカッソンヌ駅の前のマレンゴ橋はミディ運河の上に架かっており、高低差を埋めるための閘門(こうもん)があります。当初運河への資金投与を拒否したため、カルカッソンヌには運河は引かれませんでしたが、1810年に追加工事で駅の前を通るようになりました。 -
内壁沿いに小さな広場があり、レストラン「Adelaide」の屋外テーブルが広がっています。夏には満席になるのでしょうね。
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優しい水色の鎧戸の家。白い花がよく似合っています。
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城の外れなので、城に入る橋が横から見られます。
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古い城壁に黄色い花が咲いています。無機質な石壁を心地よい場所にしています。
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城壁歩きは、決して平坦な道のりではありません。ドゥブロブニクのような坂道はありませんが、塔ごとに通路の高さが異なるため、階段は必須です。
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シテの家々はオレンジ色の瓦屋根で壁の色もベージュ色に統一されています。奥に見えているのは、この先の内壁に建つ塔やナルボンヌ門です。
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階段はありますが、通路自体は比較的平坦なので歩きやすいです。
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城壁歩きは、内と外を見ながら進むので、なかなか前に進みません。それが楽しいのですが、時間が限られている時には、果たして一周して集合時間に間に合うのかが常に心配の種です。
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手前にあった見張り塔は階段を下りて行ったのに対して、ここの見張り塔は階段を上がります。土地の形状なのでしょうが、変化があっておもしろいです。
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そして、内壁もいろいろな塔が現れ、内部の景色もどんどん変わっておもしろいです。
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カルカッソンヌのシテと下町(ville basse)を合わせた人口は4万6千人ほどです。シテだけだと何人なのかはわかりませんが、17世紀に廃墟となり、19世紀に復興したシテは丸ごと観光地なので、純然たる住民は少ないのではないでしょうか。この辺りは一般住宅のようです。
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知らない草花がシテの住宅街を彩ります。奥の黄色い花はレンギョウです。
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シテの北側を回り込み、東側に入って行きます。一般車用の駐車場が見えて来ました。
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来(こ)し方を振り返ります。内壁は生活と隣り合わせなのがわかります。
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2つの塔が至近距離にありますが、手前の塔には階段を下りて入り、出た時にはあの高さになり、更に塔に向かって階段を上がります。平坦な通路は歩きやすいけれど、塔ごとにアップダウンが必ずあって、川の高低差を解消する閘門のような役割を塔が担っているのだとわかります。
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外壁に大きな見張り塔があります。内壁にも塔があって、二重に見張るようになっています。
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オレンジ色のとんがり屋根のナルボンヌ門が近付いて来ました。あの辺りから青いとんがり帽子が塔の上に乗るようになります。ここが最後の平屋根です。屋根は当時のそのままですが、外側の壁は修復されているのが見て取れます。
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平屋根の塔の内側には整備された庭があります。
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身分の高い人の館があったのでしょうか。
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また階段です。ここから外へ出られそうですが、途中にある筈の出口はナルボンヌ門にあるので違います。
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左側が内壁なのですが、その内側にも城壁があります。既に遺跡状態です。
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内側の店は高級食材店の「Terres d'Oc」です。
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「Terres d'Oc」は、路地に面して建っているのですが、そちらは壁だけで、店は城壁に向いているのです。存在を知っていて訪ねるか看板を見て敷地の中に入って行く人しか客にはなり得ないのです。余程城壁歩きの人の方がアピールする対象としては有効なのでしょう。こうした路地を歩き回るのもシテの楽しみです。
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ナルボンヌ門付近からコンタル城方面を見ています。物議を醸している青いとんがり帽子ですが、あれがあると城の場所がよくわかります。ナルボンヌ門から南側の塔はとんがり帽子になるようです。
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ナルボンヌ門の先は青いとんがり帽子がひしめいているように見えますが、これまでと同じように間隔を空けて塔が建っています。
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これが最初の城壁で、ぐるりと3km作っているうちにより堅固な壁になって行ったのでしょう。
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これまでの塔は内部に入って通り抜けたのですが、この塔は外側を壁伝いに回り込みます。おかげでナルボンヌ門がよく見られます。門とは言っても城塞なのでしょう。内部が気になります。
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コンタル城のほぼ真正面に来ました。真ん中に大2と小1の塔が連なっている所が、橋を渡って入った正面玄関です。
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イベントに来ている子供たちが笑いさざめきながら時折通過して行きます。
この日はものすごい強風で、城壁の上は手摺が文字通りライフガードでした。髪の毛は逆立つし、写真を撮っていると風に煽(あお)られるし。それもかなり楽しい思い出です。 -
ここまでで前編を終わります。後編はナルボンヌ門から始まり、南に進んでサン・ナゼール聖堂や円形劇場を見ながらオード門を経て、コンタル城に戻ります。城の中の展示を見ながら中庭を囲む木製の通路を歩いて、出発地点に辿り着きます。その後はあまり時間が無い中、サン・ナゼール聖堂まで町歩きをしました。
次回でこの旅行は終わりです。
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