2026/04/27 - 2026/04/28
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FUKUJIROさん
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この旅行記のスケジュール
2026/04/28
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ホテルで朝食
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大芝裁縫女学校跡
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バスでの移動
富士駅前からバスに乗る
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広見団地入口バス停で富士山が見えた
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広見公園ふるさと村歴史ゾーン
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バスでの移動
富士駅に戻る
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この旅行記スケジュールを元に
富士山信仰とかぐや姫伝説について、富士市教育委員会のHPから引用します。
「富士山信仰のおこりは、富士山の持つ神秘的な威容と大きな関わりがあります。奈良・平安時代にかけて富士山の火山活動が活発化すると、これをおさめようと荒ぶる火の神アサマの神を鎮座し祭祀者をおく祀堂を建てるようになっていきました。これが古代、富士山周辺に浅間神社が祀られるようになった契機です。そして、中世にはさらに神仏習合思想の影響を受けながら、富士山自体が修験道による山岳修行の聖地となっていきました。
富士市に伝わるかぐや姫の物語では、かぐや姫は最後に月に帰ってしまうのではなく、富士山に登って忽然と消えてしまうことになっており、姫は富士山そのものの祭神とされています。この物語のもとになっている話は、中世の富士山縁起(富士山及び富士山信仰にかかわった寺社に関する由来や伝説などを記した縁起書の総称)です。かぐや姫を育てた竹取の翁と嫗夫妻は、それぞれ鷹と犬をかわいがり、「愛鷹」と「犬飼」と呼ばれる祭神となったとされています」とあります。
とてもわかりやすい。関連する地名や史跡なども点在するようですが、歩いて回るのは無理なので、富士市の広見公園内にある「富士山かぐや姫ミュージアム」を訪ねることにしました。
かぐや姫に纏わる資料の収集や保存をはじめ、調査研究を行っています。富士山へ帰るかぐや姫の物語を紹介するコーナー「富士山とかぐや姫」や、「富士に生きる」「富士山の玉手箱」などの常設展示があります。
昨年2月にメニエール病を再発してからなかなか体調が安定しなくて、一人旅は1泊までに制限していましたが、今回は久々の2泊旅になりました。
1日目
パスタ新宿から岡谷へ、岡谷蚕糸博物館と初代片倉兼太郎の生家を見学、岡谷泊
2日目
旧林家住宅を見学、イルフ童画館で作品鑑賞。甲府へ移動して身延線に初乗車、富士泊
3日目
富士山かぐや姫ミュージアムを見学して帰宅
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
-
身延線をのんびりと移動していたら、富士駅到着は真っ暗になってしまいました。
南口を出て、線路沿いの道を西へ歩きます。 -
今夜の宿、スーパーホテルJR富士駅本館です。
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第一印象は、ともかく室内が暗いでした。
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あちらこちらのスイッチを押して、全部の照明をつけます。
それでも写真よりもずっと暗い部屋でした。
ホテルは寝るだけだから暗い方が良いという理屈もありますが、明かりを点けても暗いのは嫌いです。 -
バスルームは明るかったので、便器に座って資料を読みました。
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ホテルの部屋は北向きだったので富士山が見えるのではと期待しましたが、見えたのはアーバンシティ富士ステーションコート。平成18年築の13階建てマンションです。
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ホテルで朝食をいただきました。ちなみに食事処は明るい場所でした。
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駅へ向かって歩いていたら、大芝裁縫女学校跡を発見しました。
大芝裁縫女学校は、太平洋戦争による労働力不足を補うため、国策として女性を軍需工場へ送り込む「女子挺身勤労令」のもと、昭和19年(1944年)5月に廃校しました。
校舎は解体し、資材は旧清水市の工場宿舎に使用され、卒業生は市内印刷工場に女子挺身隊として送り込まれました。
昭和62年(1987年)、卒業生有志により同校跡地に記念碑が建立されました。 -
富士市のマンホール蓋。
霊峰富士と田子の浦をデザインしています。似ている別バージョンもあるようです。 -
富士駅の南口。
バスに乗るため、北口へ向かいます。 -
Aの富士宮駅行きに乗るのですが、直通するのは一日4便の路線です。
これは帰りも要注意です。 -
富士急バス。9:31発の直通バスに乗ります。
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富士市立中央病院。
地元のバスに乗ったら、だいたい病院へ行きます。 -
富士市立中央図書館。立派な建物で、教育に熱心なのかも。
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吉原中央駅。
ここ行きのバスは本数が多く、待ち時間と料金を気にしなければバスを乗り継ぐという手段もあります。 -
吉原中央駅前のアラビアンナイトビル。4階建ての雑居ビルのようです。
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建物名を象徴する空飛ぶ絨毯が目立ちます。
千一夜物語は元々はササン朝ペルシア(現在のイラン地方)の話で、後にイスラム語に翻訳されました。 -
広見団地入口バス停で降車しました。
今回の旅で富士山が見えたのはこの一瞬だけでした。 -
ふるさと村の碑。
広見公園は総面積136,700m2(東京ドームの2.9倍)もあり、その中に富士市の歴史に因む建物が移築展示されています。それをふるさと村と呼んでいます。昭和43年から整備が進められました。 -
広見公園ふるさと村歴史ゾーンの案内図。
かなり広いので、富士山かぐや姫ミュージアムを先に見学しましょう。 -
ミュージアムの入り口前にも大型機械が展示されていました。
カッター(紙の裁断機)。
このカッターには、アメリカのマサチューセッツ州ボストン・チャイルドカッターアンドプレス社の名が付いています。
1870年~1883年(明治3年~16年)の年号も見られますが、その当時日本では自国で製紙機械の製作までは行なえず、欧米の製紙機械を輸入していました。
このカッターは富士市で最初の洋紙製造会社である、富士製紙(現・新富士製紙)で使われていました。新富士製紙(株)寄贈。 -
ドライヤー(抄紙機の一部)。
紙の原料(パルプ)は薄い層となってドライヤーに送られていきます。ドライヤーの内側は高温の蒸気を通して熱してあり、まだ水分のある紙の層がその表面を通ると熱で乾いて紙ができあがります。
この抄紙機は明治時代から兵庫県尼崎市の真島製紙所で使われていましたが、この工場は大東亜戦争で米軍に爆撃破壊されてしまいました。新富士製紙(株)寄贈。
イラン戦争は日本の歴史と同じです。 -
富源(ふげん)。
明治30年(1897年)に四日市製紙芝川工場が完成したのを記念して、グラインダー(パルプにするための木を砕く機械)室の要石として設置されたものです。四日市製紙芝川工場は大東亜戦争中に一時機械製作工場になりましたが、戦後は製紙を再開し、現在も新富士製紙芝川工場として操業しています。
「富源」とは、富士山麓に源を発する芝川の水力を利用して工場の繁栄の源とする、という意味が込められています。 -
横型蒸解罐。
この機械の中に、紙の原料となるものを入れ、蒸気を通して回転させながら蒸煮し、機械すき和紙の原料を作ります。形がなつめの実に似ているので、「なつめ型蒸解罐」とも呼ばれます。
明治の中頃から昭和のはじめまで使われていましたが、洋紙業の発展にともない使われなくなりました。富士造機(株)鈴木覚氏寄贈。 -
球形蒸解罐。
これは県の製紙工業試験場(現在の工業技術センター)で試験用として昭和27年から48年まで使われていたものです。この中に古紙や古いロープ、ボロ布などを入れて薬品と混ぜあわせ、蒸気を通して回転させながら蒸煮して紙の原料を作ります。球状をしているので通常「地球がま」と呼ばれます。 -
富士山かぐや姫ミュージアム。
開館時間は9:00~17:00。月曜日(祝日の場合は開館)と祝日の翌日、年末年始は休館。
入館無料。 -
エントランスには、超かぐや姫!と富士市のコラボレーションが展示。
「超かぐや姫!」は今年1月にNetflixで公開されたアニメーションで、かぐや姫をモチーフにした作品とのことです。 -
イメージキャラクターの「ふじかぐちゃん」は、平成30年2月23日<富士山の日>に命名されました。
同年の「ミュージアムキャラクター2018」で栄えある2位を受賞しました。
「ふじかぐちゃん」の作者は、イラストレーターのJINCO(松井あや)さんです。 -
展示室は2階です。
竹林をイメージした通路。 -
竹取物語のシーンをミニチュアで表現。
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商業出版された竹取物語。元禄5年(1692年)。
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かぐや姫と富士山縁起。
古くより、富士山は神仏が宿る山と考えられており、その由来や伝説が、富士山縁起という書物の中で縮介されています。その中には富士山の祭神として天女やかぐや姫を取り上げたものがあります。 -
描かれた富士山とかぐや姫物語。
東海道五十三対(原宿)、歌川広重作。 -
描かれた富士山とかぐや姫物語。
書画五十三駅(駿河吉原)、林静ほか作。明治5年(1872年)。 -
描かれた富士山とかぐや姫物語。
東海道名所図会「竹取翁」、秋里籬島作。寛政9年(1797年)。 -
駿河国富士山繪図(壁絵)。
富士市東部に位置する比奈地域を中心に、富士山の南麓には、富士山のかぐや姫物講にゆかりのある場所が数多く残されています。 -
村山修験の峯入り修行。大正時代。
神や仏の山、いわゆる霊山における過酷な修行によって、験力と呼ばれる特別な力を手に入れ、祈祷などの宗教的な活動をおこなう人びとのことを修験者と呼びます。
富士山も修験者の活動した山の一つであり、興法寺(現在の村山浅間神社)を中心とした村山修験の修験者の修行の場となっていました。
修験者は、修行やまじない、祈祷をおこなう際には、十二道具や十六道具と呼ばれる独特な衣装や道具を身にまといます。
代表的なものは、鈴懸、頭襟、結袈裟、叢多角憥珠、手甲、錫杖、法螺貝、螺緒、脚絆。 -
法螺貝。
法螺貝を吹くことにより、三界の天衆を驚かし、六道の妄夢を覚ますといわれ、その音は獅子の吼える声にたとえられています。獅子は百獣の王であるため、その声を聞く時一切の魔物は消滅し、煩悩も去ることができるといわれています。
入峯の修験者はそれを如来の説法と考え、必ず身につけて行かれます。イノウエコーポレーションのHPより抜粋して引用。 -
秋山家の祭壇に鎮座する不動明王像。
地域の中で修験者として活動した秋山家には、修験道の本尊である天目如来、その化身とされる不勤明王などの仏像や、日々の活動で用いるさまざまな法具などを収めた祭壇がありました。 -
全国にある○○富士の石を集めて積み上げたオブジェ。
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名物「富士の白酒」の仕込みをする「吉原 蒲原へ二り二十丁」再現ジオラマ。
旅が流行ると道中記と呼ばれるガイドブックが数多く出版され、各地の名所や名物が絵入りで紹介されました。 -
市制60周年記念展として「富士をかけるウマと人のくらし」が行われていました。
令和8年(2026年)は、二市一町の合併による現行の富士市が誕生してから60年目にあたります。つまり富士市の生まれ年は丙午の午歳です。 -
軍事とウマの生産に関わった人々。
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曽我物語図屏風(左隻)、江戸時代。
曽我兄弟の仇討ちが描かれています。
個人蔵(静岡県富士山世界遺産センター寄託)。 -
曽我物語図屏風(右隻)。
富士の巻狩が描かれています。 -
曾我物語。歌川広重作、天保後期。
広重が描いた曽我物30枚の一つ。
兄弟が大磯(神奈川県)にいる仇の工藤祐経がこの辺りを通って鎌倉へ向かうと聞き、馬に乗り駆けつけたが、祐経は100騎ほどを従えており、兄弟はあきらめて立ち去ったという場面。
富士市天馬には、兄が祐経を追う途中、上井出(富士宮市/富士の巻狩の主会場)の方角をにらんだ際、馬のひづめの跡が付いたといわれる馬蹄石が残っています。 -
牧士植松与右衛門の陣笠。
原 宮之前 植松家旧蔵資料・沼津市歴史民俗資料館蔵。 -
牧士植松与右衛門の鎧。
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牧士植松与右衛門の鞭。
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富士馬車鐵道の模型。
明治23年(1890年)6月、静岡県下最初の馬車鉄道として入山瀬~鈴川(現・吉原)間7.5kmと入山瀬~大宮(現・富士宮)間6.6kmを開業、明治43年(1910年)には富士~長沢間3.2kmも開業しました。
その3年後に富士身延鉄道が富士~大宮間を蒸気機関車で開業すると、富士馬車鐵道は路線の大半を富士身延鉄道に譲渡しました。 -
富士馬車鐵道の模型(令和前期、渡辺栄一氏作)。
乗車賃は1人2銭で、大宮町(現・富士宮市)まで行くと10銭でした。
所要時間は大宮町行きが上り坂のため約115分、帰りは約90分でした。
客車は近隣の宮大工が作ったと言われています。 -
富士馬車鉄道のレール。明治~大正時代、個人蔵。
レールの幅(軌間)は609mm、高さ45mm。
富士馬車鉄道のレールは他社に譲渡されたため、ほとんど残存していません。 -
広島市在住の武田弘氏が寄贈した富士山コレクションが展示されていました。
富士山形蓋物。
瀬戸焼(愛知県)の蓋物。裏面に「三峰園造」とあります。
一富士、二度、三茄子の縁起物。 -
扇。
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色絵富士高砂図鉢。
九谷焼(石川県)の鉢。裏面に朱で「九谷製」とあります。 -
かき氷機。昭和前期。
正面に富士山、砲台、貨物船などが描かれ、正面下方には、雪の結晶が描かれた手動のかき氷機。富士山部分と雪の結晶を挟むように「初雪」と書かれています。 -
色絵金彩山水花蝶文皿。
-
一富士二鷹三茄子図大皿。
中央に鷹、背景に富士山と茄子を掲げた宝船を描いた吉祥図。
松の枝を中央に配し、船をいくつも重ねて描くことで奥行き深い構図となっています。 -
吉原宿の茶屋を再現しています。
-
ロシア軍艦ディアナ号の遭難と救助。
ディアナ号の40分の1模型。
DON海事研究所 飯森汪太郎氏作図、(株)岡村造船所制作。平成2年8月。 -
ミュージアムを出て、ふるさと村を散策しましょう。
小糸のぶ文学碑。昭和58年建立。
明治38年吉原町追分に生まれた小糸のぶさんは、富士高等女学校を経て静岡女子師範に学び卒業と同時に県内各地の小学校で教鞭をとりました。昭和16年国民映画脚本募集に応じ「母子草」が1等に当選、その翌年から作家生活に入り、以来「おもかげ」が直木賞候補となるなど多くの作品を発表しています。 -
眺峰館。明治25年築、富士市指定有形文化財。
木造3階建八角尖塔造り、銅板葺。延べ床面積59m2、高さ14.4m(四五尺七寸)、避雷針2.7m(九尺)。
吉原町の鈴木義三が料理店の厳寒塔屋として建設したもので、大工は同町米山卯ノ吉。
本建物は昭和40年、吉原商店街の整備に伴い、大渕大昭和園芸センターに移され、保存されてきましたが、大昭和製紙(株)より寄贈を受け昭和59年3月、移築復元しました。 -
眺峰館遠景(昭和7年)。
避雷針をもつ3階建、ハ角形の洋風建築は珍しく、3階からの富士山の眺めが極めてよかったことから、眺峰館と名付けられ、以来、吉原の名物となりました。 -
杉浦医院。大正8年築、富士市指定有形文化財。
構造木造擬洋風建築物。総2階建139m2。
(一階)診療室、待合室、薬局
(二階)和室二間
旧東海道沿いの吉原伝馬町(富士市中央町一丁目)に、地域の医院として建てられました。70年間、杉浦家二代に亘って民間医療の場となりましたが、昭和63年8月に閉院しました。
建物の外壁は下見板張りペンキ塗り仕上げ。 -
雨の日は建物が閉まってしまうので、晴れてて良かったです。
内部には畳敷きの部屋など和風も取り入れており、外観洋風の近代建築としてはもちろん、地域の医療実をかたる貴重な建物です。 -
杉浦医院の室内に掲げられた額。
表面的には激しく厳しいが、心の底は「佛」のように優しいという意味でしょうか。 -
なまこ壁の蔵。昭和51年築。
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現在は休憩所として使われています。
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樋代官植松家住宅。
代々が樋代官に任ぜられ用水路の維持管理を務めてきました。
地域の発展に尽力されてきた植松家です。 -
植松家住宅の内部。
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植松家住宅の内部。織機。
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植松家住宅の内部。竈。
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植松家住宅の内部。囲炉裏。
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旧独楽莊石倉。大正9年(1920年)頃。
木造切妻造瓦葺き石倉、総二階建、10坪。
この石倉は、伊藤博邦(伊藤博文の養子)公が興津町浅間山(清水市興津)に建てた別邸、被楽社に併設されたものです。
別邸の命名は時の元老西国寺公望公によるものと伝えられ、大正時代から昭和初期には皇室関係者や政界要人の訪問も度々あったどいわれます。
当時、西国寺公望公は興津の別邸・座魚荘において元老政治を執っていました。
よろしければ、興津の街歩きをご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11236486 -
東平遺跡竪穴住居(平安時代)。
復元の対象となった第125号住居址は高床倉庫とほば同時期(九世紀初頭)のもので、方形に掘り下げた賢穴に粘土で築き固めた煮炊きのカマドを配しており、住居内からは土器類のほか、鉄製品が多量に発見されています。 -
本住居では上屋を支えた柱の痕跡が認められず、それ以前の縄文・弥生時代の住居とは異なる上屋構造が検討され、炭化材の出土状況や全国の近年の発掘事例に基づく複原がなされました。
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東平遺跡高床倉庫(奈良時代)。
東平遺跡は奈良時代から平安時代初頭期(八~九世紀)の大集落で、東名高速道路と西富士道路の建設に伴う発振調査から墜穴住居地23軒、堀立柱建造物61棟、高床式の住居(倉庫)が発見されています。 -
横沢古墳(後期古墳時代)。
横穴式石室を有する円墳で、墳丘直径16m・総高3.5m(推定)。
墳丘は、当時の姿をよく保ち、とくに墳丘の裾を一周する葺石はこの地方でも唯一の例であり、たいへん貴重な古墳です。
昭和54年に、西富士道路建設工事によって市内大渕横沢で発見され、昭和58年にここへ移築復示しました。 -
石室は、全長8.3m・最大幅2.3m、天井高2.5m(推定)。
古墳時代後期(6世紅後半)に造られた円墳で、その石室の規模は市内で最大のものです。石室内からは、土器類・剣・鉄のほか、馬具である轡や金銅製の鈴などが出土しており、このような大型の石室やりっぱな副葬品から、この地域一帯を支配した有力者が埋葬されたと考えられます。 -
原泉舎。嘉永元年(1848年)築。
もともとは、今泉村妙延寺の土蔵として建てられましたが、明治になり、今泉村と原田村の教場となりました。
前面の壁には二十四孝像の漆喰彩色鏝絵細工が施されています。
昭和55年(1980年)、富士市に寄贈されたもので、現在地に移築しました。 -
二十四孝像の漆喰彩色鏝絵細工。
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二十四孝像の漆喰彩色鏝絵細工。
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明治の初め、教場として使われていました。
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傾斜地を下りてきましたが、階段の上に門が見えています。
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旧松永家住宅。江戸時代末期築、富士市指定有形文化財。
木造平家建寄棟造瓦葺、間口18.95m、奥行12.74m、総高6.3m。
旗本領の地方代官の役割を務めた平垣村の豪農・松永安兵衛の邸宅として、安政4年(1857年)に建立されたと伝えられています。 -
武家風様式をとり入れた建造物は市内において他に類例をみず、明治元年の明治天皇江戸東行の折には休息御座所となりました。
昭和57年3月、所有者である青木堅治氏から寄贈を受け、移築復元しました。 -
旧松永家住宅。室内には上がれません。
-
樋代官長屋門(旧植松家)。江戸時代末期築、富士市指定有形文化財。
内側です。 -
樋代官長屋門(旧植松家)。江戸時代末期築、富士市指定有形文化財。
表側です。
木造平屋建寄棟造茅葺、間口15.1m、奥行4.57m、総高5.8m。
植松家は、代々樋代官として、鷹岡伝法用水の管理を任務にし、この地方の開発に寄与した旧家でした。植松家の寄贈を受けて創建当時の型式に近く移築復元しました。 -
一字一石経王塔。
経塚の一種で、江戸時代に庶民の間で盛んに造営されました。
小石一個に一字ずつ、願いや経文を書いて地中に埋め、その上に石塔を建てたものです。
この石塔は、寛政2年に現在の東本通り一丁目に造営されたもので、法華経の一節が刻まれています。 -
仁春耕の道しるべ(第2号26号・28号・40号)。
旧吉永村の仁譲春耕が、明治の末に根方街道から十里木を通り、御殿場に至る道の辻々に建てた道しるべです。 -
東海道・大宮街道の道しるべ。
大宮街道が改修された明治23年に、吉原本町通りの、現静岡銀行の角に建てられた道しるべです。 -
根方街道の道しるべ。
根方街道が改修された昭和15年ごろ、旧田宿郵便局前の通称「金子曲り」の三文路に建てられた道しるべです。 -
広見団地入口バス停に戻ってきました。
わずかばかりの日陰に身を隠してバスを待ちます。 -
土日の昼間だと、富士駅へ直通するバスはたったの1便しかありません。
出かける時は計画的に。 -
富士駅に戻って来ました。
ここからは東海道線と東北本線を乗り継いで埼玉へ帰ります。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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