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岐阜県飛騨市は、平成の大合併により吉城郡古川町・神岡町・河合村・宮川村が合併して平成16年(2004年)に誕生しました。<br />面積が792.53平方kmと広く、東京23区の約1.3倍です。<br />飛騨古川は、高山の奥座敷とも称される古い街並みが残されており、散策するにはとても良い雰囲気の街でした。<br />一方、神岡は神岡鉱山で知られ、歴史的に富山とのつながりが深い地域でもあります。三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)による製錬時の未処理廃水が原因となって神通川下流域でイタイイタイ病が発症、四大公害病の一つとして歴史に刻まれています。<br />このような広域行政であるため、飛騨市巡回バス「ふれあい号」が誕生し、1乗車100円で1周約130km(所要時間、約4時間20分)という日本最長のコミュニティバスが存在していました。ふれあい号は、平成27年9月30日で運行終了しています。<br />私は飛騨古川駅前から神岡までふれあい号に乗ったのですが、バス内部の写真や車窓の写真が見つからず、ちょっと残念ではありますが、記憶をたどってまとめました。<br />表紙の写真は古川町の中心部「瀬戸川と白壁土蔵街」の様子です。1,000匹余りの色とりどりの鯉が泳ぐ瀬戸川沿いは素敵な散策路でした。<br />

飛騨古川の街並みと神岡鉱山跡を結ぶ100円バス

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2014/07/18 - 2014/07/19

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旅行記グループ 東海の旅

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FUKUJIRO

FUKUJIROさん

岐阜県飛騨市は、平成の大合併により吉城郡古川町・神岡町・河合村・宮川村が合併して平成16年(2004年)に誕生しました。
面積が792.53平方kmと広く、東京23区の約1.3倍です。
飛騨古川は、高山の奥座敷とも称される古い街並みが残されており、散策するにはとても良い雰囲気の街でした。
一方、神岡は神岡鉱山で知られ、歴史的に富山とのつながりが深い地域でもあります。三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)による製錬時の未処理廃水が原因となって神通川下流域でイタイイタイ病が発症、四大公害病の一つとして歴史に刻まれています。
このような広域行政であるため、飛騨市巡回バス「ふれあい号」が誕生し、1乗車100円で1周約130km(所要時間、約4時間20分)という日本最長のコミュニティバスが存在していました。ふれあい号は、平成27年9月30日で運行終了しています。
私は飛騨古川駅前から神岡までふれあい号に乗ったのですが、バス内部の写真や車窓の写真が見つからず、ちょっと残念ではありますが、記憶をたどってまとめました。
表紙の写真は古川町の中心部「瀬戸川と白壁土蔵街」の様子です。1,000匹余りの色とりどりの鯉が泳ぐ瀬戸川沿いは素敵な散策路でした。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • JR高山本線の飛騨古川駅。

    JR高山本線の飛騨古川駅。

  • 飛騨古川スペランツァホテル。駅から徒歩1分もかかりません。

    飛騨古川スペランツァホテル。駅から徒歩1分もかかりません。

  • 飛騨古川まつり会館。早朝のため、営業前でした。<br />毎年4月19日・20日に行われている古川祭を体験できる施設です。

    飛騨古川まつり会館。早朝のため、営業前でした。
    毎年4月19日・20日に行われている古川祭を体験できる施設です。

  • 飛騨の匠文化館。早朝のため、営業前でした。<br />匠の技を受け継ぐ地元の大工さんが釘を1本も使わずに建てました。

    飛騨の匠文化館。早朝のため、営業前でした。
    匠の技を受け継ぐ地元の大工さんが釘を1本も使わずに建てました。

  • 瀬戸川と白壁土蔵街。早朝のため、誰も歩いていませんでした。

    瀬戸川と白壁土蔵街。早朝のため、誰も歩いていませんでした。

  • 古川三寺の一つ、円光寺です。

    古川三寺の一つ、円光寺です。

  • 円光寺 山門。この山門は、この地を治めていた金森可重氏が築城した増島城の城門を移築したと言われています。

    円光寺 山門。この山門は、この地を治めていた金森可重氏が築城した増島城の城門を移築したと言われています。

  • 円光寺 本堂。早朝のため、境内を独り占めしました。

    円光寺 本堂。早朝のため、境内を独り占めしました。

  • 写真が暗いのですが、本堂の屋根下には亀の彫り物があります。<br />明治37年の古川大火から円光寺を守ってくれたといわれ、地元の人々が「水呼びの亀」と呼んでいます。

    写真が暗いのですが、本堂の屋根下には亀の彫り物があります。
    明治37年の古川大火から円光寺を守ってくれたといわれ、地元の人々が「水呼びの亀」と呼んでいます。

  • 水呼びの亀。

    水呼びの亀。

  • 街中の商店に貼られていた絵。

    街中の商店に貼られていた絵。

  • 趣きある町並みは散策にぴったりです。

    趣きある町並みは散策にぴったりです。

  • 古い看板。

    古い看板。

  • 古川三寺の一つ、真宗寺です。手前の朱い欄干は今宮橋。

    古川三寺の一つ、真宗寺です。手前の朱い欄干は今宮橋。

  • 真宗寺。早朝のため、お参りする人はいませんでした。

    真宗寺。早朝のため、お参りする人はいませんでした。

  • 真宗寺。文亀2年(1502年)の開基と伝わり、三寺の中で最も古いお寺です。

    真宗寺。文亀2年(1502年)の開基と伝わり、三寺の中で最も古いお寺です。

  • 古川町出身の彫刻家・中垣克久氏が制作した「きつね火まつり」のモニュメントです。

    古川町出身の彫刻家・中垣克久氏が制作した「きつね火まつり」のモニュメントです。

  • 鳥居とお狐様、山の中腹に続く石段。

    鳥居とお狐様、山の中腹に続く石段。

  • 山の中腹にも鳥居。

    山の中腹にも鳥居。

  • ここにもお狐様。

    ここにもお狐様。

  • 岩の上で踊っているのもお狐様です。

    岩の上で踊っているのもお狐様です。

  • 本光寺の山門。

    本光寺の山門。

  • 古川三寺の一つ、本光寺の境内。

    古川三寺の一つ、本光寺の境内。

  • 飛騨地域で最も大きい木造建築の本堂です。<br />飛騨古川に伝わる三寺参りができました。

    飛騨地域で最も大きい木造建築の本堂です。
    飛騨古川に伝わる三寺参りができました。

  • 小説「あゝ野麦峠」の文学碑も建っています。

    小説「あゝ野麦峠」の文学碑も建っています。

  • 野麦峠を行く少女の像。

    野麦峠を行く少女の像。

  • しっとりとした街並みです。

    しっとりとした街並みです。

  • ホテルに戻り、朝食です。<br />三寺参りも済まし、「早起きは3文の徳」でした。

    ホテルに戻り、朝食です。
    三寺参りも済まし、「早起きは3文の徳」でした。

  • 飛騨古川駅前から飛騨市巡回バスに乗ります。

    飛騨古川駅前から飛騨市巡回バスに乗ります。

  • 左側が飛騨市巡回バス・ふれあい号です。

    左側が飛騨市巡回バス・ふれあい号です。

  • ふれあい号はどこまで乗っても(下車するまで)100円でした。

    ふれあい号はどこまで乗っても(下車するまで)100円でした。

  • 神岡鉄道が運行していたときの終点・奥飛騨温泉口駅です。<br />現在は、廃線を利用した「レールマウンテンバイク Gattan Go!!」というアトラクションの乗り場になっています。

    神岡鉄道が運行していたときの終点・奥飛騨温泉口駅です。
    現在は、廃線を利用した「レールマウンテンバイク Gattan Go!!」というアトラクションの乗り場になっています。

  • 道の駅 スカイドーム神岡。

    道の駅 スカイドーム神岡。

  • スーパーカミオカンデの実物大模型。今は展示されてないらしい。<br />カミオカンデは、Kamioka Nucleon Decay Experiment(神岡核子崩壊実験)の略した名称で、神岡じゃなかったら違う名前だったね。

    スーパーカミオカンデの実物大模型。今は展示されてないらしい。
    カミオカンデは、Kamioka Nucleon Decay Experiment(神岡核子崩壊実験)の略した名称で、神岡じゃなかったら違う名前だったね。

  • スーパーカミオカンデのリアルタイムモニターが置かれていました。<br />ニュートリノの振動を分析するとかなんとか...。

    スーパーカミオカンデのリアルタイムモニターが置かれていました。
    ニュートリノの振動を分析するとかなんとか...。

  • スカイドーム神岡から歩いて約10分、鉱山資料館に来ました。

    スカイドーム神岡から歩いて約10分、鉱山資料館に来ました。

  • 神岡鉱山は、養老年間に銅が発見されたと伝わっています。<br />すごい地下深くまで掘り進んでいます。

    神岡鉱山は、養老年間に銅が発見されたと伝わっています。
    すごい地下深くまで掘り進んでいます。

  • 神岡鉱山が最盛期の写真です。東京オリンピックの頃です。

    神岡鉱山が最盛期の写真です。東京オリンピックの頃です。

  • 1970年、神岡城(東町城)跡に建てられた模擬天守。若干の資料展示と展望台になっています。

    1970年、神岡城(東町城)跡に建てられた模擬天守。若干の資料展示と展望台になっています。

  • 神岡城からの景色。高原川の左岸が街の中止部、中央左寄りの白い橋が西里橋です。下流の橋が船津橋で、その右岸が神岡鉱山の入り口でした。

    神岡城からの景色。高原川の左岸が街の中止部、中央左寄りの白い橋が西里橋です。下流の橋が船津橋で、その右岸が神岡鉱山の入り口でした。

  • 中央の赤い橋が藤波橋。西里橋の上流にあり、かつては高原川に架かる唯一の橋でした。その頃は藤蔦を編んで作った吊り橋で、藤橋と呼んでいたそうです。奥の白い建物は、飛騨市立神岡小学校。

    中央の赤い橋が藤波橋。西里橋の上流にあり、かつては高原川に架かる唯一の橋でした。その頃は藤蔦を編んで作った吊り橋で、藤橋と呼んでいたそうです。奥の白い建物は、飛騨市立神岡小学校。

  • 展望台で一休みしていたら、突然のにわか雨。土砂降りでした。

    展望台で一休みしていたら、突然のにわか雨。土砂降りでした。

  • 神岡城の塀のすぐ外側にありました。謎の構築物です。

    神岡城の塀のすぐ外側にありました。謎の構築物です。

  • 神岡町江馬の住宅群。夕陽ヶ丘住宅というようです。<br />何となく、夕張と同じような空気でした。

    神岡町江馬の住宅群。夕陽ヶ丘住宅というようです。
    何となく、夕張と同じような空気でした。

  • 人通りがなく淋しげな商店街。

    人通りがなく淋しげな商店街。

  • 高原川の川原に下りてみました。

    高原川の川原に下りてみました。

  • 曹洞宗 円城寺。承久3年(1221年)建立、1600年頃に金森可重が中興しました。

    曹洞宗 円城寺。承久3年(1221年)建立、1600年頃に金森可重が中興しました。

  • 高原川の支流、堰堤に神岡祭りの絵がありました。

    高原川の支流、堰堤に神岡祭りの絵がありました。

  • 約20分歩いて濃飛バス神岡営業所(バス停留所)につきました。ここから県境を越えて、富山県の猪谷駅へ移動します。対岸には北陸電力・神岡電力所の水力発電設備が見えています。<br />最後までお読みいただきましてありがとうございました。

    約20分歩いて濃飛バス神岡営業所(バス停留所)につきました。ここから県境を越えて、富山県の猪谷駅へ移動します。対岸には北陸電力・神岡電力所の水力発電設備が見えています。
    最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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