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甥っ子のともちゃんと妹と行く奈良の旅、いよいよ最終日(3日目)です。<br />3日目のスケジュールですが、翌日仕事ということもあり、早め(お昼ごろ)に奈良を出ることにしました。<br /><br />①長弓寺(大和十三仏)<br />②法隆寺(世界遺産)<br />③中宮寺<br />④敢國神社(一宮)<br />甥っ子と奈良の旅(10)は、①②③です。<br />なお、法隆寺各施設の解説は同寺のHPを参照しています。

2025.7 世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」~ 甥っ子と奈良の旅(10)

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2025/07/21 - 2025/07/21

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+mo2

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甥っ子のともちゃんと妹と行く奈良の旅、いよいよ最終日(3日目)です。
3日目のスケジュールですが、翌日仕事ということもあり、早め(お昼ごろ)に奈良を出ることにしました。

①長弓寺(大和十三仏)
②法隆寺(世界遺産)
③中宮寺
④敢國神社(一宮)
甥っ子と奈良の旅(10)は、①②③です。
なお、法隆寺各施設の解説は同寺のHPを参照しています。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.5
グルメ
4.0
同行者
家族旅行
交通手段
自家用車
  • 2泊したノボテル奈良を出発。本日も晴天で暑い。

    2泊したノボテル奈良を出発。本日も晴天で暑い。

    ノボテル奈良 宿・ホテル

  • 長弓寺の創建については、奈良時代、土地の豪族・小野真弓長弓とその養子であった長麿が、若年の聖武天皇に従ってこのあたりで狩猟をした時のこと、森より一羽の怪鳥が飛び立ったのを見て、親子でこれを追っていました。この時、養子である長麿が誤って父・長弓を射殺してしまいました。聖武天皇はこのことを深く哀しみ、行基に命じてこの地に小さな御堂を建て十一面観音をおまつりになって長弓菩提を弔いました。また、自らも仏教に帰依され、この寺を深く信仰なさいました<br /><br />

    長弓寺の創建については、奈良時代、土地の豪族・小野真弓長弓とその養子であった長麿が、若年の聖武天皇に従ってこのあたりで狩猟をした時のこと、森より一羽の怪鳥が飛び立ったのを見て、親子でこれを追っていました。この時、養子である長麿が誤って父・長弓を射殺してしまいました。聖武天皇はこのことを深く哀しみ、行基に命じてこの地に小さな御堂を建て十一面観音をおまつりになって長弓菩提を弔いました。また、自らも仏教に帰依され、この寺を深く信仰なさいました

    長弓寺 寺・神社・教会

    大和十三仏霊場満願しました by +mo2さん
  • 御朱印はこちらの法華院でいただきました。<br />これで15年かかった大和十三仏満願です

    御朱印はこちらの法華院でいただきました。
    これで15年かかった大和十三仏満願です

    長弓寺法華院 グルメ・レストラン

  • 長弓寺の御朱印

    長弓寺の御朱印

  • 法隆寺に向かう途中、道の駅クロスウェイなかまちに寄りました。<br />私は柿ジャム、妹は三輪そうめんをたくさん購入しました。<br />

    法隆寺に向かう途中、道の駅クロスウェイなかまちに寄りました。
    私は柿ジャム、妹は三輪そうめんをたくさん購入しました。

  • 法隆寺に到着しました。ともちゃんは世界遺産についても勉強していて、今回、「法隆寺地域の仏教建造物」に行くのを楽しみにしていました。

    法隆寺に到着しました。ともちゃんは世界遺産についても勉強していて、今回、「法隆寺地域の仏教建造物」に行くのを楽しみにしていました。

  • 法隆寺の玄関にあたる総門です。三間一戸の八脚門で現法隆寺建立時には中門前の石段上に立っていたが、寺域の拡大により現在の場所に移されたと言われます。創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、永享10年(1438)に現在の門が再建されました。

    法隆寺の玄関にあたる総門です。三間一戸の八脚門で現法隆寺建立時には中門前の石段上に立っていたが、寺域の拡大により現在の場所に移されたと言われます。創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、永享10年(1438)に現在の門が再建されました。

  • 法隆寺は、推古15年(607)、聖徳太子と推古天皇により創建されたと伝わります。「日本書紀」には、天智9年(670)に伽藍を焼失したとの記述があり、8世紀初頭に現伽藍が完成したと考えられます。兵火や天災にはあわず、太子信仰に守られたこともあって、現存する世界最古の木造建築群として往時の姿を今に伝えています。

    法隆寺は、推古15年(607)、聖徳太子と推古天皇により創建されたと伝わります。「日本書紀」には、天智9年(670)に伽藍を焼失したとの記述があり、8世紀初頭に現伽藍が完成したと考えられます。兵火や天災にはあわず、太子信仰に守られたこともあって、現存する世界最古の木造建築群として往時の姿を今に伝えています。

  • 中門は、西院エリアの入り口・正門にあたる国宝に認定されている門。大きな軒が鶴翼のように広く覆い被さり、エンタシスの柱がそれを支えています。

    中門は、西院エリアの入り口・正門にあたる国宝に認定されている門。大きな軒が鶴翼のように広く覆い被さり、エンタシスの柱がそれを支えています。

  • 法隆寺金剛力士像 阿形<br />門の下に構える迫力満点の金剛力士像は奈良時代に造られた現像する最古の仁王像です。

    法隆寺金剛力士像 阿形
    門の下に構える迫力満点の金剛力士像は奈良時代に造られた現像する最古の仁王像です。

  • 法隆寺金剛力士像 吽形<br />高さ約3.79m。阿形と同じく711年に制作された塑像ですが、16世紀前半の補修で体部が木彫に置き換わっています。

    法隆寺金剛力士像 吽形
    高さ約3.79m。阿形と同じく711年に制作された塑像ですが、16世紀前半の補修で体部が木彫に置き換わっています。

  • 「金堂」は、世界に現存する木造建築の中で最古にあたる歴史的な建造物。入母屋造りの二重構造ですが、上層に部屋はなく1階建てになっています。下層に付けられた裳階が外観を豪華に彩り、美しい木組み・彫刻が施された、他ではあまり見られない飛鳥様式が大きな特徴。

    「金堂」は、世界に現存する木造建築の中で最古にあたる歴史的な建造物。入母屋造りの二重構造ですが、上層に部屋はなく1階建てになっています。下層に付けられた裳階が外観を豪華に彩り、美しい木組み・彫刻が施された、他ではあまり見られない飛鳥様式が大きな特徴。

  • 日本最古の塔である五重塔は、五重目の軸部が初層の半分の大きさになっており、これに深い軒の出が相まって安定感を与えています。その軒を雲肘木が優しく支えて、見る人を飽きさせません。心柱の下にある心礎には、仏舎利が納められています。

    イチオシ

    日本最古の塔である五重塔は、五重目の軸部が初層の半分の大きさになっており、これに深い軒の出が相まって安定感を与えています。その軒を雲肘木が優しく支えて、見る人を飽きさせません。心柱の下にある心礎には、仏舎利が納められています。

  • 金堂と五重塔の北側に立つ間口九間の大講堂は、元は北側の回廊の外に独立して建っていましたが延長3年(925)に焼失し、正暦元年(990)ほぼ元の規模と同じ大きさの堂々とした姿に再建されました。さらに回廊を北側に延長してこれに取り付けたので堂の前が広く清々しい空間となっています。

    金堂と五重塔の北側に立つ間口九間の大講堂は、元は北側の回廊の外に独立して建っていましたが延長3年(925)に焼失し、正暦元年(990)ほぼ元の規模と同じ大きさの堂々とした姿に再建されました。さらに回廊を北側に延長してこれに取り付けたので堂の前が広く清々しい空間となっています。

  • 大講堂内に安置されている薬師三尊像は、正暦元年(990)の再建時に新たに造像されたものです。

    大講堂内に安置されている薬師三尊像は、正暦元年(990)の再建時に新たに造像されたものです。

  • 回廊は東側の鐘楼、中央の大講堂、西側の経蔵につながり、並立する五重塔と金堂を囲んでいます。平安時代以前の回廊は、経蔵、鐘楼の手前で閉じられ、大講堂、経蔵、鐘楼は回廊の外側に建っていました。また西側より東側のほうが一間だけ長くなっているのは、金堂と五重塔のバランスを考慮したものだと考えられています。

    回廊は東側の鐘楼、中央の大講堂、西側の経蔵につながり、並立する五重塔と金堂を囲んでいます。平安時代以前の回廊は、経蔵、鐘楼の手前で閉じられ、大講堂、経蔵、鐘楼は回廊の外側に建っていました。また西側より東側のほうが一間だけ長くなっているのは、金堂と五重塔のバランスを考慮したものだと考えられています。

  • 「金堂」の見どころは、聖徳太子の冥福を祈り、造られたとされる「釈迦三尊像」です。

    イチオシ

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    「金堂」の見どころは、聖徳太子の冥福を祈り、造られたとされる「釈迦三尊像」です。

    法隆寺 寺・神社・教会

    世界遺産~法隆寺地域の仏教建造物 by +mo2さん
  • ポストカードより「法隆寺の金堂壁画」<br />7世紀後半から8世紀にかけて描かれたとされる法隆寺の金堂壁画は、インドのアジャンター石窟群壁画、中国の敦煌莫高窟壁画などとともに、アジアの古代仏教絵画を代表する作品の一つでしたが、1949年1月の火災で焼損してしまいました。

    ポストカードより「法隆寺の金堂壁画」
    7世紀後半から8世紀にかけて描かれたとされる法隆寺の金堂壁画は、インドのアジャンター石窟群壁画、中国の敦煌莫高窟壁画などとともに、アジアの古代仏教絵画を代表する作品の一つでしたが、1949年1月の火災で焼損してしまいました。

  • 金堂内陣の広い須弥壇には、飛鳥彫刻を代表する釈迦三尊像を始め、薬師像や四天王像のほか、鎌倉期に造られた阿弥陀三尊像や平安期の毘沙門・吉祥天像が安置され、また釈迦・薬師・阿弥陀像の頭上には、それぞれ華麗な天蓋が吊り下げられています。端厳ななかに穏やかなほほ笑みをたたえた釈迦三尊像の精緻な光背の裏面には、推古30年(622)に聖徳太子が発病され、また薨去されるにあたり、その病気平癒と成道を願って造られた太子等身の像が、その翌年に止利仏師によって完成したことなどが刻まれております。

    金堂内陣の広い須弥壇には、飛鳥彫刻を代表する釈迦三尊像を始め、薬師像や四天王像のほか、鎌倉期に造られた阿弥陀三尊像や平安期の毘沙門・吉祥天像が安置され、また釈迦・薬師・阿弥陀像の頭上には、それぞれ華麗な天蓋が吊り下げられています。端厳ななかに穏やかなほほ笑みをたたえた釈迦三尊像の精緻な光背の裏面には、推古30年(622)に聖徳太子が発病され、また薨去されるにあたり、その病気平癒と成道を願って造られた太子等身の像が、その翌年に止利仏師によって完成したことなどが刻まれております。

  • 聖徳太子信仰の高揚にともなって、聖徳太子の尊像(平安末期)を安置するために、東室の南端部を改造したのがこの聖霊院です。内部には3つの厨子があり、中央の厨子にはご本尊の聖徳太子の尊像、向って左の厨子には太子の長子・山背大兄王や兄弟皇子の殖栗王の像、右の厨子には太子の兄弟皇子・卒末呂王や高句麗僧・恵慈法師の像(いずれも国宝)が祀られ、毎年3月22日のお会式(御命日法要)の時に扉が開かれます。こちらで御朱印を頂けます。

    聖徳太子信仰の高揚にともなって、聖徳太子の尊像(平安末期)を安置するために、東室の南端部を改造したのがこの聖霊院です。内部には3つの厨子があり、中央の厨子にはご本尊の聖徳太子の尊像、向って左の厨子には太子の長子・山背大兄王や兄弟皇子の殖栗王の像、右の厨子には太子の兄弟皇子・卒末呂王や高句麗僧・恵慈法師の像(いずれも国宝)が祀られ、毎年3月22日のお会式(御命日法要)の時に扉が開かれます。こちらで御朱印を頂けます。

  • 法隆寺の御朱印<br />「以和為貴」(和を以って貴しと為す)と書かれています。

    法隆寺の御朱印
    「以和為貴」(和を以って貴しと為す)と書かれています。

  • もともと政所という法隆寺の寺務所でありましたが、平安時代に入って、僧が食事をする食堂として使われるようになりました。この建物は、食堂の南側にある細殿と軒を接して建っていることから「双堂」とよばれる奈良時代の建築様式です。

    もともと政所という法隆寺の寺務所でありましたが、平安時代に入って、僧が食事をする食堂として使われるようになりました。この建物は、食堂の南側にある細殿と軒を接して建っていることから「双堂」とよばれる奈良時代の建築様式です。

  • 百済観音堂を中心に東西の宝蔵からなる大宝蔵院には法隆寺に伝来する数々の名宝が安置されています。中でも飛鳥時代の建築様式を伝える宮殿形の玉虫厨子は、周囲の金具の下に玉虫の翅があるのでこの名があります。このほか橘夫人念持仏と伝える精緻な光背と後屏を背に蓮池から出現した蓮華に座す阿弥陀三尊像をお祀りした厨子や、その優しげなお顔から悪夢を吉夢に替えてくださると伝える夢違観音像をはじめ、中国から伝えられた白壇造りの九面観音像・天人の描かれた金堂小壁画・百万塔など、上代文化の息吹を今に伝えています。

    百済観音堂を中心に東西の宝蔵からなる大宝蔵院には法隆寺に伝来する数々の名宝が安置されています。中でも飛鳥時代の建築様式を伝える宮殿形の玉虫厨子は、周囲の金具の下に玉虫の翅があるのでこの名があります。このほか橘夫人念持仏と伝える精緻な光背と後屏を背に蓮池から出現した蓮華に座す阿弥陀三尊像をお祀りした厨子や、その優しげなお顔から悪夢を吉夢に替えてくださると伝える夢違観音像をはじめ、中国から伝えられた白壇造りの九面観音像・天人の描かれた金堂小壁画・百万塔など、上代文化の息吹を今に伝えています。

    法隆寺大宝蔵院 寺・神社・教会

    百済観音像などみどころたくさん by +mo2さん
  • ポストカードより「観音菩薩像(夢違観音)」<br />この像に祈ると悪夢が吉夢に変わるとの伝説から、夢違観音と呼ばれ、親しまれています。<br />溌剌とした少年のような像で白鳳時代を代表する仏像です。もとは東院の絵殿にお祀りされていました。

    ポストカードより「観音菩薩像(夢違観音)」
    この像に祈ると悪夢が吉夢に変わるとの伝説から、夢違観音と呼ばれ、親しまれています。
    溌剌とした少年のような像で白鳳時代を代表する仏像です。もとは東院の絵殿にお祀りされていました。

  • ポストカードより「百済観音像」<br />飛鳥彫刻を代表するこの像は像高209.4㎝。あたかも天を指すようなすらりと伸びた体躯に、優しく微笑みかける柔和な尊顔が華麗な光背に映え、見る人の心を惹きつけます。江戸時代には虚空蔵菩薩とされていましたが、明治に化仏のある透かし彫りの宝冠が見つかり、百済観音と呼ばれるようになりました。光背の支柱は竹を模して造られ、基部に山岳文が表現されています。

    ポストカードより「百済観音像」
    飛鳥彫刻を代表するこの像は像高209.4㎝。あたかも天を指すようなすらりと伸びた体躯に、優しく微笑みかける柔和な尊顔が華麗な光背に映え、見る人の心を惹きつけます。江戸時代には虚空蔵菩薩とされていましたが、明治に化仏のある透かし彫りの宝冠が見つかり、百済観音と呼ばれるようになりました。光背の支柱は竹を模して造られ、基部に山岳文が表現されています。

  • 東院伽藍へ歩いていきます。<br />築地塀は粘土を棒で一層ずつ何層にも突き固める「版築」と呼ばれる工法で作られます。法隆寺では南大門の左右に伸びる大垣と呼ばれる築地塀をはじめ、各塔頭を囲む築地塀などが各々の区域をそれぞれに分けております。

    東院伽藍へ歩いていきます。
    築地塀は粘土を棒で一層ずつ何層にも突き固める「版築」と呼ばれる工法で作られます。法隆寺では南大門の左右に伸びる大垣と呼ばれる築地塀をはじめ、各塔頭を囲む築地塀などが各々の区域をそれぞれに分けております。

  • 「中ノ門」ともよばれるこの門は、西院と東院の間に建っています。かつては鏡池の東側に南向きに建っていたようですが、平安時代ごろに現在の場所に移されたといわれています。この門は珍しい三棟造りという奈良時代を代表する建物の一つです。

    「中ノ門」ともよばれるこの門は、西院と東院の間に建っています。かつては鏡池の東側に南向きに建っていたようですが、平安時代ごろに現在の場所に移されたといわれています。この門は珍しい三棟造りという奈良時代を代表する建物の一つです。

  • 東院伽藍の夢殿、聖徳太子の供養と信仰のために建てられた聖地です。八角形の屋根が特徴で、屋根の頭頂部には宝珠が光り輝いており、一際目を引く建築となっています。

    イチオシ

    東院伽藍の夢殿、聖徳太子の供養と信仰のために建てられた聖地です。八角形の屋根が特徴で、屋根の頭頂部には宝珠が光り輝いており、一際目を引く建築となっています。

  • 夢殿に救世観音様がいらっしゃいます。

    夢殿に救世観音様がいらっしゃいます。

  • 法隆寺東院に隣接する中宮寺にも参拝。菩薩半跏像を拝観します。

    法隆寺東院に隣接する中宮寺にも参拝。菩薩半跏像を拝観します。

    中宮寺 寺・神社・教会

  • ポストカードより「菩薩半跏像(伝如意輪観音)」<br />半跏思惟のこの像は、飛鳥時代の最高傑作のひとつであると同時に、わが国美術史上、欠かすことの出来ない存在です。<br /><br />

    ポストカードより「菩薩半跏像(伝如意輪観音)」
    半跏思惟のこの像は、飛鳥時代の最高傑作のひとつであると同時に、わが国美術史上、欠かすことの出来ない存在です。

  • 中宮寺の御朱印

    中宮寺の御朱印

  • 炎天下、広い法隆寺内を歩いたので門前で休憩。

    炎天下、広い法隆寺内を歩いたので門前で休憩。

    松本屋 グルメ・レストラン

    かき氷を食べました by +mo2さん
  • ランチの時間ですが、おなかは空かないのでかき氷。

    ランチの時間ですが、おなかは空かないのでかき氷。

  • ともちゃんも頑張って歩きました。仏像たくさん見れてうれしかったとのこと。

    ともちゃんも頑張って歩きました。仏像たくさん見れてうれしかったとのこと。

  • 駐車場に行く前に柿の葉寿司のお店がありました。<br />

    駐車場に行く前に柿の葉寿司のお店がありました。

    柿の葉ずし 平宗 法隆寺店 グルメ・レストラン

  • 五種十個入を買って車の中で食べました。

    五種十個入を買って車の中で食べました。

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