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今年(2025年)の7月の3連休は、大仏大好きな甥っ子のともちゃん(小4)が唐招提寺の手がいっぱい生えてる仏像が見たいということで、奈良に行くことにしました。5年前。コロナ禍の2020年11月に妹とともちゃんと奈良に行っていますが、ともちゃんいわく「あの頃は、まだ仏像のよさとかよくわからなかったんだよね」とか生意気なことを言っています。自称「仏像ガール」の妹とは、何度か奈良に来ていますが、今回は世界遺産を中心に周りました。<br />おにいちゃんのカズキ(中1)は、今回はサッカーでパパとお留守番ですが、ともちゃんいわく「カズキは、まだ仏像の良さとかわからないから、いいよね(笑)」ということです。<br />1日目のスケジュールです。<br />①新薬師寺<br />②元興寺(世界遺産)<br />③興福寺(世界遺産)<br />④奈良国立博物館、ランチ<br />⑤春日大社(世界遺産)<br />⑥東大寺(世界遺産)<br />⑦蓮長寺(日蓮宗宗門史跡)<br />⑧ホテルへ<br />甥っ子と奈良の旅(5)は、⑥です。

2025.7 世界遺産「古都奈良の文化財」東大寺~ 甥っ子と奈良の旅(5)

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2025/07/19 - 2025/07/19

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今年(2025年)の7月の3連休は、大仏大好きな甥っ子のともちゃん(小4)が唐招提寺の手がいっぱい生えてる仏像が見たいということで、奈良に行くことにしました。5年前。コロナ禍の2020年11月に妹とともちゃんと奈良に行っていますが、ともちゃんいわく「あの頃は、まだ仏像のよさとかよくわからなかったんだよね」とか生意気なことを言っています。自称「仏像ガール」の妹とは、何度か奈良に来ていますが、今回は世界遺産を中心に周りました。
おにいちゃんのカズキ(中1)は、今回はサッカーでパパとお留守番ですが、ともちゃんいわく「カズキは、まだ仏像の良さとかわからないから、いいよね(笑)」ということです。
1日目のスケジュールです。
①新薬師寺
②元興寺(世界遺産)
③興福寺(世界遺産)
④奈良国立博物館、ランチ
⑤春日大社(世界遺産)
⑥東大寺(世界遺産)
⑦蓮長寺(日蓮宗宗門史跡)
⑧ホテルへ
甥っ子と奈良の旅(5)は、⑥です。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
家族旅行
交通手段
自家用車
  • 東大寺にやってきました。境内には鹿がたくさんいます。

    東大寺にやってきました。境内には鹿がたくさんいます。

  • 世界遺産「古都奈良の文化財」の8つの資産は、東大寺、興福寺、春日大社、春日山原始林、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡歴史公園です。<br />本日は、東大寺、興福寺、春日大社、元興寺を周りました。

    世界遺産「古都奈良の文化財」の8つの資産は、東大寺、興福寺、春日大社、春日山原始林、元興寺、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡歴史公園です。
    本日は、東大寺、興福寺、春日大社、元興寺を周りました。

  • 暑いので、鹿も水分補給。

    暑いので、鹿も水分補給。

  • 人間もかき氷で水分補給。

    人間もかき氷で水分補給。

  • 鹿せんべいを買いました。

    鹿せんべいを買いました。

  • かわいい子鹿にあげます。

    かわいい子鹿にあげます。

  • 鹿に追いかけまわされる妹さん。

    鹿に追いかけまわされる妹さん。

  • 国宝の南大門。鎌倉時代に再建されたもので、その高さは約25メートルもあり、日本最大級の山門になります。長年風雨に耐えてきた木材の古色が威厳を感じさせます。

    国宝の南大門。鎌倉時代に再建されたもので、その高さは約25メートルもあり、日本最大級の山門になります。長年風雨に耐えてきた木材の古色が威厳を感じさせます。

  • 門の中には、運慶、快慶ら慶派の仏師が1203年に造立した「金剛力士像」が安置されています。

    門の中には、運慶、快慶ら慶派の仏師が1203年に造立した「金剛力士像」が安置されています。

  • 2017年秋、東京国立博物館で「運慶展」が開催され日本全国から運慶仏が集結しましたが、巨大な「金剛力士像」は当然出品されませんでしたし、今後も展覧会に出展されることはないと思われます。

    2017年秋、東京国立博物館で「運慶展」が開催され日本全国から運慶仏が集結しましたが、巨大な「金剛力士像」は当然出品されませんでしたし、今後も展覧会に出展されることはないと思われます。

  • 東大寺大仏殿と、南大門の間に位置する鏡池。鏡池の名前の由来は、池の中に柄の付いている鏡のような小さな島がある事から、こう呼ばれているそうです。

    東大寺大仏殿と、南大門の間に位置する鏡池。鏡池の名前の由来は、池の中に柄の付いている鏡のような小さな島がある事から、こう呼ばれているそうです。

  • 「東大寺大仏殿」の正面に建つ中門。この中門は東大寺大仏殿の正面、大仏殿を取り囲む「回廊」沿いに位置するため、大仏殿にお参りするために通る正式な参入門として長らく用いられてきたものですが、現在は大仏殿の拝観料を徴収するための受付が東側の回廊内に設けられているため、通常時は中門から入ることは出来ません。

    「東大寺大仏殿」の正面に建つ中門。この中門は東大寺大仏殿の正面、大仏殿を取り囲む「回廊」沿いに位置するため、大仏殿にお参りするために通る正式な参入門として長らく用いられてきたものですが、現在は大仏殿の拝観料を徴収するための受付が東側の回廊内に設けられているため、通常時は中門から入ることは出来ません。

    東大寺 中門 名所・史跡

  • 国宝の本尊盧舎那仏(大仏)を安置する、東大寺の金堂。廻廊と中門に囲まれた壮大な建築で、間口約57m・奥行き約50m・高さ約48m。

    国宝の本尊盧舎那仏(大仏)を安置する、東大寺の金堂。廻廊と中門に囲まれた壮大な建築で、間口約57m・奥行き約50m・高さ約48m。

    東大寺 寺・神社・教会

    世界遺産・古都奈良の文化財~東大寺 by +mo2さん
  • 大仏殿の前に建つ『金銅八角燈籠』東大寺創建当初のもので国宝です。

    大仏殿の前に建つ『金銅八角燈籠』東大寺創建当初のもので国宝です。

  • 江戸時代の再建で創建時より間口が3分の2に縮小されていますが、それでも高さや奥行は創建時のままで、世界最大級の木造建造物です。

    江戸時代の再建で創建時より間口が3分の2に縮小されていますが、それでも高さや奥行は創建時のままで、世界最大級の木造建造物です。

  • 聖武天皇は、災害や政変、反乱などが相次ぐ当時の社会不安を、仏法の力によって解消しようと、全国に国分寺の創建を推進する一方、大仏造立を発願。 東大寺の本尊として世界最大の金銅仏、盧舎那仏の造営が始まり、天平勝宝4年(752年)に開眼法会が盛大に行われました。

    聖武天皇は、災害や政変、反乱などが相次ぐ当時の社会不安を、仏法の力によって解消しようと、全国に国分寺の創建を推進する一方、大仏造立を発願。 東大寺の本尊として世界最大の金銅仏、盧舎那仏の造営が始まり、天平勝宝4年(752年)に開眼法会が盛大に行われました。

  • 割と有名な話ではありますが、この蓮の花瓶に止まっている蝶は、8本足です。

    割と有名な話ではありますが、この蓮の花瓶に止まっている蝶は、8本足です。

  • 5年前に来た時には、「おうちの中にいる大仏」に会いたくて自作の歌まで作って楽しみにしていたともちゃん。今回も喜んでいました。

    5年前に来た時には、「おうちの中にいる大仏」に会いたくて自作の歌まで作って楽しみにしていたともちゃん。今回も喜んでいました。

  • 大仏殿の大屋根に輝く鴟尾の模型。

    大仏殿の大屋根に輝く鴟尾の模型。

  • 大仏さまの脇侍の「虚空蔵菩薩坐像」。江戸時代の作で、大仏様とは違って木造です。大仏様が巨大な為、小さく見えますが7mを超える巨大な仏像です。

    大仏さまの脇侍の「虚空蔵菩薩坐像」。江戸時代の作で、大仏様とは違って木造です。大仏様が巨大な為、小さく見えますが7mを超える巨大な仏像です。

  • 東大寺大仏殿には、北西に「広目天立像」、そして北東に「多聞天立像」がおり、大仏さまを守護しています。どちらも四天王の一員ですが、完成したのは、2体だけでした。

    東大寺大仏殿には、北西に「広目天立像」、そして北東に「多聞天立像」がおり、大仏さまを守護しています。どちらも四天王の一員ですが、完成したのは、2体だけでした。

  • 残りの2天、持国天と増長天は、体は作られず頭部のみが残されました。

    残りの2天、持国天と増長天は、体は作られず頭部のみが残されました。

  • 創建当時は、中心堂宇の大仏殿のほか、東西2つの7重塔を含む大伽藍が整備されていました。

    創建当時は、中心堂宇の大仏殿のほか、東西2つの7重塔を含む大伽藍が整備されていました。

  • 鎌倉期に再建された大仏殿

    鎌倉期に再建された大仏殿

  • 現在の大仏殿の模型<br />

    現在の大仏殿の模型

  • 寺の創建当初、四天王像は四体揃っていましたが、兵火によって二度焼失し、 その後、広目天と多聞天は鎌倉時代に再建されましたが、「持国天」と「増長天」は頭部が造られただけで完成には至りませんでした。

    寺の創建当初、四天王像は四体揃っていましたが、兵火によって二度焼失し、 その後、広目天と多聞天は鎌倉時代に再建されましたが、「持国天」と「増長天」は頭部が造られただけで完成には至りませんでした。

  • 北東の「多聞天立像」

    北東の「多聞天立像」

  • 大仏様に向かって右側に位置し、右手を上げているのが「如意輪観音坐像」です。

    大仏様に向かって右側に位置し、右手を上げているのが「如意輪観音坐像」です。

  • 大仏様、何度見ても立派です。

    大仏様、何度見ても立派です。

  • 東大寺大仏殿で御朱印など頂きながら外に出ます。

    東大寺大仏殿で御朱印など頂きながら外に出ます。

  • びんずる様、お顔がこわいです。

    びんずる様、お顔がこわいです。

  • 5年前に来た時には、大仏を見ただけで疲れてしまったともちゃんですが、今回は他の仏像も見たいということで3月堂方面に向かいます。<br />

    5年前に来た時には、大仏を見ただけで疲れてしまったともちゃんですが、今回は他の仏像も見たいということで3月堂方面に向かいます。

    手向山八幡宮 寺・神社・教会

  • 東大寺、本当に広いです。<br />

    東大寺、本当に広いです。

  • 古都に春を呼ぶ「お水取り」の名で知られる修二会は、このお堂で旧暦の2月に行われたことから、二月堂という呼び名がおこりました。良弁僧正の高弟実忠和尚の草創と伝わりますが、寛文7年(1667)の修二会中に出火焼失し、現在の堂宇は2年後に再建されたものです。

    古都に春を呼ぶ「お水取り」の名で知られる修二会は、このお堂で旧暦の2月に行われたことから、二月堂という呼び名がおこりました。良弁僧正の高弟実忠和尚の草創と伝わりますが、寛文7年(1667)の修二会中に出火焼失し、現在の堂宇は2年後に再建されたものです。

    東大寺二月堂 名所・史跡

  • 『東大寺要録』による天平5年(733)を上限とし、天平年間の創建と考えられている東大寺最古の建物です。不空羂索観音を本尊とするところから古くは羂索堂と呼ばれていましたが、毎年3月に法華会が行なわれたことから、のちに法華堂と呼ばれるようになりました。後方(左側・北側)の正堂と前方(右側・南側)の礼堂と二つの部分からなっており、当初は双堂形式の建物でしたが、現在の礼堂部分は正治元年(1199)に重源上人によって新造されたものです。東大寺の前身である金鍾山寺の主要伽藍のひとつで、このお堂で華厳経が日本で初めて講義されたともいわれています。堂内の仏像群は、天平文化のきらびやかさを想起させます。

    『東大寺要録』による天平5年(733)を上限とし、天平年間の創建と考えられている東大寺最古の建物です。不空羂索観音を本尊とするところから古くは羂索堂と呼ばれていましたが、毎年3月に法華会が行なわれたことから、のちに法華堂と呼ばれるようになりました。後方(左側・北側)の正堂と前方(右側・南側)の礼堂と二つの部分からなっており、当初は双堂形式の建物でしたが、現在の礼堂部分は正治元年(1199)に重源上人によって新造されたものです。東大寺の前身である金鍾山寺の主要伽藍のひとつで、このお堂で華厳経が日本で初めて講義されたともいわれています。堂内の仏像群は、天平文化のきらびやかさを想起させます。

  • 堂内は写真撮影禁止なのでポストカードで展示の一部をご紹介します。<br />不空羂索観音は無病息災、財産守護などの20種類にのぼる利益があると伝わり、その利益は十一面観音に倍増すると言われております。

    堂内は写真撮影禁止なのでポストカードで展示の一部をご紹介します。
    不空羂索観音は無病息災、財産守護などの20種類にのぼる利益があると伝わり、その利益は十一面観音に倍増すると言われております。

  • 法華堂(三月堂)の御朱印<br />

    法華堂(三月堂)の御朱印

  • 外に出て鹿と遊びます。<br />

    外に出て鹿と遊びます。

  • あ!鹿せんべい持っているの気づかれた。

    あ!鹿せんべい持っているの気づかれた。

  • 鹿せんべいあげています。<br />

    鹿せんべいあげています。

  • 平成23年に開館した東大寺ミュージアムにも入館しました。<br />内部は写真撮影禁止なので、購入したポストカードで展示の一部をご紹介します。

    平成23年に開館した東大寺ミュージアムにも入館しました。
    内部は写真撮影禁止なので、購入したポストカードで展示の一部をご紹介します。

  • 三昧堂(四月堂)本尊であった千手観音像。<br />この像は像高250センチを越える堂々たる立像であり、本来由緒ある一堂の本尊であったと思われますが、残念ながら江戸時代より前の来歴は明らかではありません。法華堂の客仏としてその東隅に安置されていましたが、近代になって法華堂の西側に立つ三昧堂に迎えられました。

    三昧堂(四月堂)本尊であった千手観音像。
    この像は像高250センチを越える堂々たる立像であり、本来由緒ある一堂の本尊であったと思われますが、残念ながら江戸時代より前の来歴は明らかではありません。法華堂の客仏としてその東隅に安置されていましたが、近代になって法華堂の西側に立つ三昧堂に迎えられました。

  • 伝日光菩薩像<br />伝日光・月光菩薩像は、像高約2メートル。東大寺戒壇堂四天王像とともに奈良時代を代表する塑造の仏像です。

    伝日光菩薩像
    伝日光・月光菩薩像は、像高約2メートル。東大寺戒壇堂四天王像とともに奈良時代を代表する塑造の仏像です。

  • 伝月光菩薩像<br />その立ち姿は静謐そのものですが、細部はなかなかダイナミックで、粘りのある土を深く彫り込み、魅力ある衣の襞を形成しています。

    伝月光菩薩像
    その立ち姿は静謐そのものですが、細部はなかなかダイナミックで、粘りのある土を深く彫り込み、魅力ある衣の襞を形成しています。

  • ホテル方面へ向かいます。<br />

    ホテル方面へ向かいます。

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