2022/08/06 - 2022/08/06
173位(同エリア1707件中)
+mo2さん
私が学生の頃(70年代後半~80年代前半)学んだ歴史教科書では、縄文時代は、渡来人の影響で稲作,それに伴う農耕用石器,金属器などがもたらされた弥生時代の前の時代で狩猟採集社会で、森や海の恩恵を受けながら土器を使って煮炊きした時代という認識でした。国内の主な遺跡もまだ発掘が進んでおらず、教科書に載っていた縄文時代の遺跡と言えば大森貝塚ぐらいだったと記憶しています。20~30人程度の集団で暗い竪穴住居に住み、狩りをして暮らしていたという原始的なイメージが覆されたのが、1992年から発掘が始まった青森県の三内丸山遺跡の成果です。三内丸山遺跡では、最大で500人近い人々が生活し、集落は1500年もの間存在し続けたことが判明しました。そんな三内丸山遺跡を含む北海道・北東北の縄文遺跡群は令和3年7月に世界遺産に登録されています。今回の青森旅行の最大の目的がこの三内丸山遺跡の訪問であり、じっくり見学してきました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
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青森県立美術館から10分ほど歩いて、三内丸山遺跡に到着です。
世界遺産・北海道・北東北の縄文遺跡群の中心的な遺跡 by +mo2さん特別史跡 三内丸山遺跡 名所・史跡
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令和3年7月27日に開催された第44回ユネスコ世界遺産委員会において、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を世界遺産に登録することが決定されました。
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中でも中心的な存在が、こちら青森県青森市大字三内字丸山にある、縄文時代前期中頃から中期末葉(約5900-4200年前)の大規模集落跡、三内丸山遺跡です。
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三内丸山遺跡へは縄文時遊館に入場し、トンネルをくぐり見学することになります。
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トンネルを抜けると広大な遺跡が広がっており、縄文時代にタイムスリップできます。
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丁度、ボランティアガイドツアーが始まっており、説明を受けながら遺跡を周ることができました。
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ムラまでの道は、当時の道路跡が見つかった場所の上に設定されており、実際の道幅を再現しているのだそうですが広い!!道幅は最も広いところで21m、最長で420mほど続いているそうですが、車のない時代なんでこんな広い道路が必要だったのでしょうか?
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八甲田山から続く緩やかな丘陵の先端に位置し、標高は約20メートルで、遺跡は約40ヘクタールの広大な範囲に広がっています。
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村の中に入りシンボル的な巨大な建物が見えてきましたが、まずは住居跡である竪穴建物跡から見ていきます。
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「竪穴式住居」ですが、三内丸山遺跡では600棟以上確認されていますが、建物跡なので上にどのような家(屋根)があったのかは判明していません。そこで、こちらでは、可能性のある茅葺き、樹皮葺き、士葺きのそれぞれのスタイルで復元をしているそうです。こちらは士葺きの竪穴式住居。
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屋根を支えるための柱を据える穴や、明りや暖を取ったり調理をするための炉のあとなどがあります。
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茅葺きの竪穴式住居。登呂遺跡(静岡・弥生遺跡)で見慣れているせいか、一番しっくるくるような気が・・・
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こちらは樹皮葺きです。
諸説ありますが、縄文時代は今から約16,000年前から約3,000年前までの間、実に13,000年ほど続いた時代で、弥生時代のスタートが今から約2300~2400年前からですから、日本の歴史は年数だけでいくとほぼ縄文時代ともいえます。 -
掘立て柱の建物です。地面に炉や床などの跡が見られないことから、高床式の建物が並んでいたと想定されています。食べ物などを備蓄するための倉庫として使われていたそうです。
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柱の組み方などは想像だと思います。
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北の谷です。遺跡の北側を流れる沖舘川へ続いている谷で、様々なものを捨てる場所として利用されました。この場所は湧水があるため骨角器や漆器、木製品。動植物などが腐らず良好に保存されていたそうです。ガイドさんがいないと完全に見落としてしまうようなポイントです。
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北盛土です。竪穴住居などを掘った時の土や、炉の灰・焼け土、土器などの生活廃棄物を約1000年間にわたって繰り返し捨てた結果、小山のようになった場所です。
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土器が一面に敷き詰められているようになっていますが、展示している部分はほんの一部で、この周辺一帯に何層にも重なって拡がっています。このような一時に捨てられていた状況からは、一緒に使われていた土器の形や文様の種類を知ることができます。
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三内丸山遺跡では亡くなった人は土葬されていましたが、大人と子供では埋葬する場所や方法が異なっていたことがわかっています。
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子供の遺体は、土器の中に入れて埋葬しました。この周辺では、これまでのところ約550個の埋設土器が集中して見つかっています。
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三内丸山遺跡の象徴的な存在の建物。直径2m、深さ2mの巨大な柱の跡が規則正しく並んだ状態で発見されました。
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どのような屋根があったのか、何に使っていたのかなど想像が膨らみます。
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当時の技術では考えられないほど、正確な幅感覚で柱が配置されており、柱は若干内側に傾いて設置されています。
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大型掘立柱建物跡です。直径2m、深さ2mの巨大な柱の跡が規則正しく並んだ状態で発見されました。
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出土した柱はクリ材で、その直径は最大で103センチもあり、根元を焼き焦がしてありました。
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こちらは大型竪穴建物の跡です。これまで13棟確認されていますが、竪穴式住居跡と比べると極端に少ないため、一時期に1棟程度の存在ではないかと想像されています。
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大型竪穴建物の復元です。こちらの建物は、長さ約32m、幅9.8m、床面積250㎡あり、大型竪穴建物として日本最大のものです。
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大型竪穴建物の内部です。
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集会所や共同作業場として使われていたと想定されています。
ここで約1時間のボランティアガイドツアーは終了です。 -
縄文時遊館に戻り、重要文化財約500点を含む約1,700点の出土品が展示されている常設展示室(さんまるミュージアム)を見学します。
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大型の縄文土器です。縄文時代前期~中期(紀元前3,900年~2,600年)のもので土器の表面には縄を転がしたり、押し付けた文様や様々な形状のものがあります。
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こちらも大きな縄文土器、何に使ったのでしょう?
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「骨刀」縄文時代前期(紀元前3,900年~3,300年)
刀のような形状をしたクジラの骨製の道具。盛土から出土するものは焼けたあとが残るものが多く儀式に使用された可能性があります。 -
「石棒」縄文時代中期(紀元前3,300年~2,600年)
円柱状や紡錘形のもの、火を受けた痕や破損したものがあり、何らかの祭祀に使用された可能性があります。 -
「石冠」縄文時代中期(紀元前3,300年~2,600年)
こちらも何らかの祭祀に使用された可能性があります。 -
「異形石器」縄文時代前期~中期(紀元前3,900年~2,600年)
狩りや木の伐採など特定の用途の石器と違った形の石器。お墓に供えられたものもありお守りのような特別な意味をもった道具かもしれません。 -
「岩偶」縄文時代前期~中期(紀元前3,900年~2,600年)
石でできた人形でこれまで20点ほどみつかっています。前期のものは素材の制約から土偶よりも簡略化した造りですが、中期になると目、鼻、口などが表現されるようになります。 -
「岩偶」縄文時代前期~中期(紀元前3,900年~2,600年)
キクラデス文明(紀元前3,000年~2,000年頃)の大理石像を思わせるフォルムです -
「土偶」縄文時代前期~中期(紀元前3,900年~2,600年)
土でできた人形でこれまで2,000点以上発見されています。 -
土偶と言えば思い浮かぶのは遮光器土偶ですが、全国各地から出土する土偶は様々な様式のものがありますが、こちらはヒトデのような形です。
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「大型板状土偶」縄文時代中期(紀元前3,000年)
全長32cmで日本最大級の大型板状土偶。十字形で表情含め、その姿に魅了されてしまいます。 -
「鹿角製ハンマー」縄文時代前期(紀元前3,900年)
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「黒曜石製石槍」縄文時代前期~中期(紀元前3,900年~2,600年)
北海道から交易品としてもたらされた黒曜石製の石槍 -
「編籠」縄文時代前期(紀元前3,800年)
こちらは特別展示の「縄文ポシェット」。大きさは高さ16センチ、横10センチでスマートフォンがすっぽり入る位。右すみに置かれているのはポシェットの中から出てきたクルミ。この縄文ポシェットは5500年前のゴミ捨て場跡から見つかり、保護の為、1年を通じて90日間のみ一般公開されています。 -
「木柱」縄文時代中期(紀元前2,600年)
こちらは大型堀立柱建造物の柱跡から出土した栗の木。表面を焦がして防腐処置を施していたおかげで現代までその姿を留めることができました。この木は調査の為切断されており、年輪を数えると樹齢119年(だったと思います。木に付いている印が1目盛り10年分です)だったそうです。 -
当時の生活の様子なども再現されていました。
縄文時遊館 公園・植物園
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企画展示室では、世界遺産登録1周年記念特別展「北海道・北東北のJOMON」が開催されており、世界遺産の構成資産をはじめとする4道県の縄文遺跡の出土品から、
北海道・北東北の共通性や生業・まつり等の特徴について紹介されていました。 -
展示品の中から印象的なものをいくつか紹介します。
「岩偶」熊沢遺跡 縄文時代前期 -
「土偶」三内丸山遺跡 縄文時代中期
三内丸山遺跡が発掘調査される以前に青森県内で見つかっていた土偶の多くも三内丸山遺跡周辺から採集されたものと考えられます。 -
「赤彩切断壺形土器」大石平遺跡 縄文時代後期
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帰りは、市営バスで青森駅まで帰ることにしましたが、こちらも立っている方は身動きもできなほどの大混雑で行きの予想どおり、青森県立美術館でもバス待ちの行列ができていましたが、停まることできず青森駅まで行きました。
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