2024/05/22 - 2024/05/22
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/05/22
この旅行記スケジュールを元に
早朝に目が覚めてバルコニーに出てみるとちょうど日の出のタイミングでした。かすかに陸地が見えましたが、かなり沖合を航行しているのが分かります。そのうちに近距離を航行する小型フェリーが行き交うようになり、貨物船の姿も増えてくると「スタヴァンゲル(Stavanger)」が近づいていることが分かります。さらにプラットフォーム補給船が見えてくると北海油田がノルウェーの大きな産業だったことを感じます。フィヨルドの水路の突き当りのような「スタヴァンゲル(Stavanger)」の町が見えてくると「コスタディアデマ」は180度旋回してクルーズターミナルに着岸しました。ゆっくり朝食を摂った後は午前中のフリータイムに街歩きをすることにします。午後からはエクスカーションの「リーセフィヨルド遊覧ボートクルーズ」を申し込んであります。このフィヨルド内に有名な断崖絶壁「プレーケストーレン(Preikestolen)」があるので楽しみにしています。「スタヴァンゲル(Stavanger)」の町は「石油の首都」と呼ばれるようになりましたが、かつては単なる港町でした。1800年ごろまでは2500人程しか住んでいなかったこの町は今では14万人程の中規模の町にまで発達しています。主要産業の「漁業」から「造船業」と「海洋観光業」が盛んになり、漁業で培った造船技術と18世紀中頃から19世紀初頭にかけてイギリスで起きた産業革命の波がノルウェーにやってきます。そして北海油田の発見により、移民を送り出すことが多かった町は裕福になり移民を受けいれるようになっていきます。そんな歴史を知ってから港をぐるりと回って旧市街を散策しました。昨日訪ねた「オーレスン(Alesund)」と違って統一された街並みではありませんが魅力的な町でした。4時間近く街歩きをした後は船に戻って「SUSHINO」という寿司レストランで遅めのランチをいただきました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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クルーズ6日目の朝になりました。明るくなってきた部屋で目が覚めるとちょうど日の出のタイミングでした。妻には後で写真を見せればいいので、今回も起こさないことにします。かなり陸地から離れたところを航行しているのが分かりました。
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そんな夜明け時に「アイーダ・クルーズ(AIDA Cruises)」のクルーズ船を見掛けました。
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この日寄港する「スタヴァンゲル(Stavanger)」に向かって航行を続けます。だんだん陸地が近づいてくると行き交う船の姿も増えてきます。
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ノルウェー沿のフィヨルド沿岸では数多く見かけた小型のフェリーです。
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しばらくするとパイロット船が白波を立ててやってきました。
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ヨーロッパのクルーズに乗るとパイロット船やタグボートが色がカラフルだと感じることが多いです。日本の船はなぜ真っ黒が多いのでしょう。
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着岸の予定時間は午前10時なので9時前に「トラットリア・リド(Trattoria Lido)」で朝食をいただきます。ほとんど毎日同じようなメニューになりました。
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氷河が削り残した平らな島には美しい芝生と真っ白な建物が絵になります。わたせせいぞうのイラストのような景色です。
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「スタヴァンゲル(Stavanger)」への細い水路に差し掛かると北海油田へ物資の補給を行うプラットフォーム補給船が停泊していました。
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プラットフォーム補給船の主な機能は石油プラットフォームへ補給物資を輸送し、その他の積み荷を陸へ持ち帰ることです。ばら積み貨物のスペースには掘削によって発生した泥、粉末セメント、ディーゼル油、飲料・非飲料用水、掘削過程で用いられる化学薬品などのタンクがあります。
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北海油田は北海にある150余りの海底油田やガス田の総称です。イギリス、ノルウェー、デンマーク、ドイツ、オランダの各経済水域にまたがりますが、大半の油田とガス田はイギリスとノルウェーの経済水域の境界線付近に存在しています。
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1960年にイギリスが開発を開始し、次いでノルウェーも開発に乗り出しました。ノルウェー南西沿岸のスタヴァンゲルとイギリスのアバディーンは石油産業で発展し、イギリスは1980年代から石油輸出国となり、ノルウェーもロシアを除く欧州最大の原油生産国で輸出国となります。
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朝食が終わるころにクルーズターミナルに到着しました。
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ターミナルの裏手にある「ガムレ・スタバンゲイル(Gamle Stavanger)」は北ヨーロッパで最も保存状態の良い木造住宅の集落です。スタヴァンゲルのヴォーゲンの西の斜面にある古い建物で、1700年代後半から1800年代に建てられた173軒の保護修復された木造家屋が並んでいます。
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この近くには「ノルウェー缶詰博物館」もあります。双眼鏡を持った軍服の男性像があったので調べてみると「トーア・ホーヴ提督像(Thore Horve Statue)」だと分かりました。ノルウェーの海軍士官で実業家の彼は第2次世界大戦中の海軍の指揮と1946年から1951年までノルウェー海軍を率いたこと、そしてその後の退役水兵への補償活動で知られた人物でした。
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「コスタディアデマ」は船首を南に右舷側を着岸するのかと思いましたが、その場で180度旋回し始めました。
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海中に渦が生まれますが、水深が深いためか水が濁ることもありませんでした。
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着岸後は下船口が混雑するのでしばらく様子を見てから下船しました。このクルーズターミナルには建物も何もありません。
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そのままフェンスを抜けて町中に入ることが出来ます。
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このイラストはスタヴァンゲルとアメリカのヒューストンが姉妹都市になったことの記念で描かれたものでした。最近はグーグル・レンズで簡単に調べられる便利な時代になりました。
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2018年に描かれた割にはいたずらもされていません。妻と比べても巨大さが分かります。
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その横には公衆電話が置かれてありましたが、壁面は本棚になっていました。電話の横の文字を読んでみると実際の公衆電話ではなくて、2020年に設置された「読書キオスク(LESEKIOSK)という作品のようです。
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妻にも作品の一部になってもらいましょう。昨日ガイランゲイルで買ったノルウェーの国旗の刺繍を施したニット帽を早速被ってみました。
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スタヴァンゲルでニシン漁業が盛んになり、その後の海運業と造船業の結果、スタヴァンゲル市は1815年から1880年の間に爆発的な人口増加を経験しました。人口はこの期間にほぼ10倍に増加し、2500人から20,000人になります。このストレーンのエリアは急速に増加する人口に必要な市内初の住宅開発エリアになりました。
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羽目板張りの白い建物は住宅以外にもショップになっているものも多いです。「Neo Galleri AS」は作家物の癖の強いデザインが多かったです。
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「シグヴァル・ベルゲセンの像(Sigval Bergesen d.y)」
彼は 1863 年にこの町で生まれ、非常に若い頃からビジネスを始め、世界最大の海運会社Bergesen DYを設立しました。 -
ようやく船尾に到達しました。ボラード(係船柱)があったので海の男っぽいポーズで写真を撮ってみました。
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脇にはツーリストインフォメーションがあったので、地図など必要なものを貰っておきます。
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Nuartという団体はスタヴァンゲルでストリートアートフェスティバルを開催している結果、この都市はノルウェーで最も有名なストリートアートの町になりました。
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このグラフィティはマーティン・ワットソンとサンドラ・シュヴァリエのコラボレーションです。
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隣のバイキングショップも覗いてみます。ここはどこの観光地にでもありそうなグッズが数多く並んでいますが、欲しいと思えるものも無いので先を急ぎます。
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フィヨルドの氷河によって造られた港はぐるりと歩いても30分ほどで対岸の先まで行けそうです。目的地は遠野周辺にある木造の建物が密集した辺りです。
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港にはかなり大きめの帆船も停泊していました。マルタ島のヴァレッタの対岸のスリーマの辺りや北キプロスのギルネを思い出す雰囲気です。
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対岸の高台には「ヴァルベルジェ塔(Valberget Utsiktspunkt)」が見えます。
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きれいな港町の海に面した建物の多くはレストランになっています。夜になったらさぞ雰囲気も良いのだと思いますが、クルーズ船の旅行者はその時間までここにいることは出来ません。
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緑色の古い旅客船「サンドネス(Sandnes)」が停泊しています。この時はまだ知りませんでしたが、午後のフィヨルドクルーズではこの船に乗ることになりました。
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この1本マストの帆船も遊覧船で、午後には観光客を乗せて航行しているのが見えました。
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妻とはマルタ島のキャプテン・モルガン・クルーズのエクスカーションで帆船に乗ってマルタ島とゴゾ島を周り、コミノ島で海水浴したこともありました。基本はエンジンで航行するのですが、風が良いと帆走してくれることもあります。大海原で風の音だけしか聞こえない中を航行するのは素晴らしい体験でした。
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マルタ島以外にも北キプロスのギルネやキプロス共和国側のパフォスでも帆船に乗ることが出来ました。最近そんな旅をしていないことに気づかされます。
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2本マストの美しいヨットが入港してきました。こんなクラシックな木製の船にも乗ってみたいものです。ミレニアムの新年にセーヌ川で「ヨット・ド・パリ」野クラシックなボートでディナーを食べたことがありましたが、木造の船ながら暖炉があったり優雅なひと時を過ごせました。
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「サンドネス(Sandnes)」は第2次世界大戦後にノルウェーで建造された最も美しい船と呼ばれているそうです。
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ここまで乗船してきた「コスタディアデマ」と比べると小舟のようですがその優雅さは建造されて75年経っても衰えることはありません。
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歩いてきた対岸にもクルーズ船が停泊しています。午後のエクスカーションではこちらの新しい高速艇も使われていました。我々は古い「サンドネス(Sandnes)」に振り分けられましたが、その方がよかったです。
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「サンドネス(Sandnes)」を通り過ぎてさらに埠頭の先に向かうと「ビクトリア・ホテル(Victoria Hotel)」が現れました。
ホテル ビクトリア ホテル
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このホテルは1900年7月に開業し、1906 年の調印旅行の際にホーコン7世国王とモード王妃が宿泊しているそうです。1905年にノルウェーはスウェーデンとの同君連合を解消して独立しましたが、その際に大叔父のスウェーデン=ノルウェー国王オスカル2世に代わってノルウェー国王に選ばれた人物です。
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建築家のヘンリー・ブッチャー(Henry Bucher)は世紀末の高級ホテルの野心に合った洗練された精巧なネオルネッサンス様式の建物を設計しました。この建物は赤と茶色のレンガのパターンに白のパイピングを加えた芸術的なファサードと、ギリシャ風の柱のある正面玄関などのいくつかの古典的な要素を備えています。名年トランスが港側にあることからも船でこの町へ入る時代の建物なのだと感じます。
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「スタヴァンゲル税関(Tollboden Stavanger)」
スタヴァンゲルの旧税関は手狭になり、ベルゲンの建築家シャク・ブルの図面に従って、新しい税関は1904年から05年に建てられました。トールボーデンは2階建てのオフィスビルと地下に倉庫を計画しましたが、竣工しても1906年まで家具が完備されておらず、使用できる状態ではなかったようです。 -
建築デザインはシンプルなネオロマネスク様式の表現を備えたアール・ヌーヴォー様式になっています。漆喰仕上げのレンガ造りの建物は重い石の台座の上に乗っています。窓枠はシンプルな赤レンガで構成され、ロマネスク様式のコーニスでも同じ素材が繰り返されています。
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メインファサードには1905年を表す赤い錬鉄製の数字がホーコン7世のモノグラム(H7)の両側に設置されています。正面玄関の上には石に彫られたTALLOIDの碑文があります。
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「ヘットランド・スペアバンク(Hetland Sparebank)」の建物はホテルビクトリアの建つ1ブロックの中に組み込まれていました。現在は銀行としては使われておらず「コルネット(På Kornet)」というレストランバーになっています。
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赤茶色のレンガと白の組み合わせの美しい建物ですが、壁のレリーフはケーリュケイオンという「聖なる力を伝える者が携える呪力を持った杖」とそこに絡んだ2匹の蛇の螺旋(らせん)は生命力や権威などを象徴しています。杖の上に乗った翼の生えたヘルメットはギリシャ神話のヘルメスまたは古代ローマのメルクリウスの象徴です。この建物が銀行だったと考えるとメルクリウスの釣り合いのとれたやり取りや互恵関係が理想とされる2つの領野である商取引と交渉とを表していると思います。
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ケーリュケイオンの持ち主はキューピッドや天使としても描かれます。ここではキューピッドがケーリュケイオンが描かれた盾を持っています。
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「スタヴァンゲル(Stavanger)」の旧市街の中には歩行者天国のカラフルストリートを意味する「Fargegaten」があります。ここからはそんな通りを歩いてみます。
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通りの先に見える「コスタディアデマ」がどれほど巨大化が分かります。
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クルーズ船ターミナル近くの「ガムレ・スタバンゲイル(Gamle Stavanger)」は真っ白い建物が残されていますが、これは現在も住宅街として機能しているからですが、この商業エリアの建物は外観をカラフルに塗り分けています。
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「アッパー ホルムゲート(Øvre Holmegate)」もそんな通りの1つです。レストラン「Gaffel&Karaffel」の建物は木造ではなく、オーレスンで見てきたようなアール・ヌーヴォーの建築の要素が残されています。
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以前は静かで退屈だったこの「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」を完全にリニューアルするというアイデアを思いついたのは、美容師のトム・キョルスヴィク(Tom Kjørsvik)という人でした。
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キョルビクのビジョンは新しく切望されている生命をストリートに送り込むことでしたが、そのプロセスは時間のかかるもので4年以上続きました。アーティストのクレイグ・フラナガン(Craig Flannagan)が家の塗装の配色を作成し、その計画は家主と市議会の承認が必要でした。
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このプロジェクトが最終的に評議会によって承認されたとき、多くの人はその明るい色の組み合わせに懐疑的でした。しかしプロジェクトが完成したことが事実になると懐疑論はすぐに熱意に変わりました。
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」は現在スタヴァンゲルの主要な観光スポットの1つとなり、地元の人々はこの通りを色彩を意味するファルジェガタ( Fargegata)と呼んでいます。
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そんな通りの中にもストリートアートが入り込んでいます。これはデビッド・チョーとスウンによる「無題(Untitled)」という作品です。
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スウウィートペーストの複雑なポートレートで最もよく知られているアメリカのストリート アーティストで、デビッド・チョーは何度もNuartのフェスティバルに参加し、市内各地で幅広いスタイルの豊富な作品を制作しています。
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ノルウェーらしいトロールがモチーフになっているようです。
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」を歩いていても午前中の中途半端な時間帯なのか歩いている人の姿はまばらです。
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
ナフィア(Nafir)の「呼吸(Breach)」という作品です。 -
「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
気分はウェス・アンダーソンになってきました。 -
「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」
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「オーヴル・ホルムゲート通り(Øvre Holmegate)」の散策から幅の広い「オースターヴォーグ通り(Østervåg)」に入ります。通りには巨大なゾウガメの木彫が置かれてありました。
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伝統的な木造建築の1階のファサードは重厚な扉を挟んで両側が曲面のガラスのウインドウになっていました。この通りでは唯一数十年前の造りが残されているように思えました。「Embla」はノルウェーの伝統的な民族衣装のショップのようでした。
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時間が経つにつれて気温も上がり、いつの間にか妻は上着を脱いでしまっています。ニット帽は気に入ったようでしばらく被っていました。
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「昔の番人の像(Statue Old Time Watchman)」本来は左手にランタンを持っていたようですが失われてしまっています。彼は夜に街をパトロールして火事や平和を乱す者を探していた監視員のようです。
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25番地のエントランスの扉も古いものがそのまま残されていました。
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ドムキルケプラッセン(Domkirkeplassen)の彫刻コンペティションでグンネルード (Arne Vinje Gunnerud)は「ソルトレ(Soltre)」で優勝しました。木の円形の冠を持つ透かし彫りの幾何学的なフォルムは木と光源の両方との関連を呼び起こさせます。
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中国系の派手なおばちゃんがこのオブジェと自分を写真に撮ってくれとスマホを渡されてびっくりしました。広場には大きな樽に植えられた花がとてもきれいでした。
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広場はピンコロのような四角い石が敷き詰められています。マンホールには手動の井戸のイラストが描かれていますがどんな意味があるのでしょうか。
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「キルケ通り(Kirkegata)」も入ってしばらく歩くと「イルムス(Illums)」のビルがあったので入ってみました。ウインドウに飾ってあった商品を探しましたが、値段の高さに驚いて買うかどうか迷って…。
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西武百貨店がイルムスと業務提携して池袋西武の中にショップを作る際には設計監理をしていたので思い入れのあるブランドです。28,000円で売っていた電気ケトルが400メートル離れたビックカメラで3,900円で売っているのを見つけたときは難しい商売だなと思いました。立派なカタログがあったのでそれだけいただいてきました。ノルウェーのお土産はロイヤル・コペンハーゲンとイルムスのカタログだけになりました。
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「ポニーに乗った少年(Gutt og Ponni)」
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この通りには美しいペチュニアの鉢植えがいくつも並んでいました。
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ここにもアール・ヌーヴォー様式の建築が残されていました。「プロフステバッケン2番地(Provstebakken 2)」の建物は建築家トルゲイル・アルヴセイカー(Torgeir Alvsaker)によって設計され1905年に完成しました。
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おそらくスタヴァンゲルで最も美しいレンガ造りの建物です。3階建ての建物は赤レンガで建てられており、ファサードには赤い漆喰が組み合わされています。
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特徴的なコーナータワーは建物の他の部分よりも1階高く建てられ、尖塔のようになっています。内装にも特徴的なアール・ヌーヴォー様式のデザインになっているようです。
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この通りにはシンプルなアール・ヌーヴォー様式の建物はいくつかあるようです。
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さすがに昨日のように1つ1つの建物を見ていく元気はありません。
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通りから坂道を登って「ヴァルベルクパルケン公園(Valbergparken Lekeplass)」に向かいます。
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船からも見えた「ヴァルベルジェ塔(Valberget Utsiktspunkt)」が目の前にそびえています。200年近く前の木製バージョンに代わるものとして設計されました。 高さ 26メートル)の塔の建設は1850年から1853年にかけて行われ、当時のノルウェーで最も有名な建築家クリスチャン・ハインリヒ・グロシュ(Christian Heinrich Grosch)がニューロマン・スタイルで設計しました。
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監視員たちは塔からスタヴァンゲルの端から端まで見渡すことができました。火災の初期の兆候は丘の上にある塔の見晴らしの良い場所から簡単に発見できたので、スタヴァンゲルの住民は鐘の音と大砲の発砲によって警告を知ることが出来ました。
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1658年当時はここには木造の八角形の三重塔が建っていたようです。
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対岸の「ガムレ・スタバンゲイル(Gamle Stavanger)」の住宅群がきれいに見渡せました。
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この公園からも壁面アートを見ることが出来ました。以前マレーシアのペナン島のジョージ・タウンで壁画やアイアンワークを数日掛けて探し回ったのを思い出します。
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小さい窓の連続が美しい建物です。屋根裏部屋の妻壁の半円形のデザインが強調されています。2回と3階の間の銅製のメダリオンがデザインのポイントになっています。
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この店の前にはセール品が並んでいて、その中にジェンガ(Jenga)がありました。白木のものしか知らなかったのですが、売っていたのは6種類の可愛らしいイモムシで、サイコロを振ってその目のイモムシを抜くというものでした。
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面白いので姪にお土産にしようと買うことにしました。店のレジには座布団に座ったフレンチブルドックがいました。可愛らしいのでお姉さんに断って写真を撮らせてもらいました。
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お昼も近くなったので一度船に戻ることにします。町中でお昼を食べても良いのですが、船で食べればお金は必要ありません。
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ようやく港まで戻ってきました。帆船の周りが賑やかで乗り込んでいる人の姿もありました。
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スタンドの案内を読んでみるとコリン・アーチャー(Colin Archer)という造船技師が設計した帆船だと分かりました。彼が設計して有名なのはフラム号で、フリチョフ・ナンセンとロアルド・アムンセンの極地探検に使われました。極地探検家のアムンセンがノルウェー人だったと思い出すとともに、スコットとの初の南極点到達を争った話も思い出しました。
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先ほど入港してきた2本マストの帆船も停泊しています。
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このボートはフィヨルド巡りのエクスカーションにも使われていましたが、防寒着を着てシートにはジェットコースターのようなロールバーがあって体を固定してものすごいスピードで海面を疾走していました。
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半日かけてかなり歩いたので結構疲れました。ツアーといってもクルーズの場合は夕食と共通のエクスカーション以外で会うことはないのですが、今回のツアーでは町中でもどなたにも出会いませんでした。
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船の周りも閑散としています。乗客の人たちはどこへ行ってしまったのでしょう。
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今日は5階の「SUSHINO」という寿司屋に入ることにしました。16ユーロのセットメニューがいただけます。飲み物はドリンク・パッケージがあるので基本的には無料です。
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5階には数店舗の有料レストランがありますが、どこもガラガラでした。この時間このレストランには我々しかいませんでした。
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ナプキンと箸はこんな風に並べられていました。
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まずは生ビールで乾杯です。歩き疲れた体に冷たいビールが沁みます。
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16ユーロなので2,700円くらいですが、このボリュームにはビックリしました。もちろん日本人のすし職人はいませんが、意外に美味しかったです。ネタの種類が限られているのは仕方ありませんが、パリで韓国の人が経営しているサーモンしかない寿司屋よりずっとバラエティに富んでいます。お腹いっぱいにして部屋で休憩して、午後3時からのフィヨルドクルーズに備えます。
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