2024/06/05 - 2024/06/05
316位(同エリア523件中)
滝山氏照さん
この旅行記のスケジュール
2024/06/05
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徒歩での移動
高嶺城 ー 木戸神社
この旅行記スケジュールを元に
山口・島根県で気になる城跡を2泊3日の日程で訪問しました。
1.訪問期間
2024年6月3日~5日(2泊3日)
2.宿泊地
萩市街(6月3日)・益田市街(6月4日)
3.訪問先
萩城(山口県萩市)ー浜田城(島根県浜田市)ー石見七尾城(島根県益田
市)ー津和野城(島根県鹿足郡)ー高嶺城(山口県山口市)ー大内氏居館
(山口県山口市)
4.移動ルート
羽田ー山口宇部(飛行機)ー新山口(バス)ー萩(バス)東萩ー浜田
(J R山陰線)ー益田(JR山陰線)ー津和野(JR山口線)ー山口(JR山口
線)ー新山口(JR山口線)ー山口宇部(バス)ー羽田(飛行機)
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- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JALグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
木戸神社看板
看板には「文武両道の神(智・徳・体育に秀でた人)」と称賛の文言が描かれています。幕末期には桂小五郎として活躍した人物です。 -
木戸神社説明板
境内には当該神社の紹介が記されています。
「 木戸神社
当神社は木戸孝允(桂小五郎)を祭った神社です。木戸孝允は萩に生まれ幕末には京都や江戸で国事に活躍したのですが常に藩論を指導し倒幕の策を練り薩長連合を図って明治新政府樹立の大きな力となりました。
のちに内閣顧問を初め多くの要職について内外の政務に参与しましたが明治10年に京都において病没(享年45歳)しました。
孝允は死を前にこの地にあった本宅山林などを地区民に与えて子弟育英の資とするように言い残しました。人々は大変感謝し社を建てて孝允の霊を祭りました。」 -
木戸神社鳥居
-
城戸孝允恩徳碑
石碑の傍には孝允を顕彰する文言が配されています。
「 木戸公恩徳碑
内大臣従一位公爵三条実美簒額
故内閣顧問木戸(孝允)公は臨終にあたり、吉敷郡糸米村にある旧宅・山林を全て糸米の村民に寄付し、子弟の学資に充てるように遺言しました。?子正二郎君は、公の意志をうけて山口県令関口隆吉に寄託してこれを村民に与えました。糸米の村民はそれを公債証書六百円に換え、その利子を糸米村の五十余戸の子弟の学費としました。糸米村の人たちはこの恩を忘れてはならないと、祠を建て毎年お祭りをし、その経緯を石に刻んで後の人たちに知らせることにしました。
木戸公は明治新政府の重臣となり、国家の安泰を願っていましたが、明治10年西南戦争が起こるや国の将来を大変心配し、とても糸米の村民を心配しる暇などはありませんでした。しかし、木戸公は人や物をいつくしむ心が大変深く、ふるさとの人々のことを片時も忘れるはずはありませんでした。公は臨終にあたり後世のことを考え糸米の人たちのために学費を寄付したのです。これは郷里の人たちを心から愛したからでした。公は人や物を慈しむことを知ったのです。まして況や糸米村の人たちが公の心に親しくふれ、感謝するのは当然のことでした。
さて、この糸米の地は鴻峰の南側に位置し田野が南に開けた所です。土地は熟し、冬は温暖で樹木や竹が群生し、水は清く石を洗い、孤松は形よく野菊が香っています。この風景がかつて公の目を楽しませた所です。しかし、公はひとたび国政にたずさわれば、毅然としてこれに対処しました。
糸米の村民は深く公をしのび、その恩恵をうけたのです。そのため、詩歌をつくって公をまつりました。その言葉は、子弟をおしえ、老父を愛し、酒を酌み、飯を盛流、わずかな物ではあるがその風土は素晴らしく、これをはぐくむ山や水には公がいるようです。糸米の子孫の繁栄はまさに公のもたらしたものです。私たちは木戸公の恩徳を永久に忘れてはなりません。
(原文は漢文、難解なため現代文に書き改めたものです。)
明治19年10月 法制官正六位落合済三選並書 」 -
木戸神社拝殿
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木戸神社拝殿内部
内部の奥には木戸孝允の写真が配され、さらに奥には本殿が視野に入ります。 -
境内
拝殿から鳥居方向を捉えます。
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