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山口・島根県で気になる城跡を2泊3日の日程で訪問しました。<br /><br /><br />1.訪問期間 <br /> 2024年6月3日~5日(2泊3日)<br /><br />2.宿泊地<br />  萩市街(6月3日)・益田市街(6月4日) <br /><br />3.訪問先 <br /> 萩城(山口県萩市)ー浜田城(島根県浜田市)ー石見七尾城(島根県益田 <br />    市)ー津和野城(島根県鹿足郡)ー高嶺城(山口県山口市)ー大内氏居館    <br />   (山口県山口市)<br /><br />4.移動ルート <br />    羽田ー山口宇部(飛行機)ー新山口(バス)ー萩(バス)東萩ー浜田     <br />  (J R山陰線)ー益田(JR山陰線)ー津和野(JR山口線)ー山口(JR山口    <br />    線)ー新山口(JR山口線)ー山口宇部(バス)ー羽田(飛行機)<br /><br />      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />現地入手のパンフレットの一項に「津和野城の歩み」と題してコンパクトに紹介されています。<br /><br />「1.吉見氏の着任と津和野城の完成<br /><br />元寇警備のため1282年能登から石見に来た吉見頼行は、津和野樹の築城にかかり、2代頼直の代まで約30年の年月をかけて、本格的な山城を完成。11代吉見正頼以来、吉見氏は毛利氏の重臣として西石見鹿足郡、長門阿武郡を所領する。吉見氏時代の末期、津和野は中世の市場町から近世の城下町へと進んでいく。<br /><br /> 2.坂崎直盛の入城と城下町形成<br /><br />津和野藩3万石の初代藩主として津和野に入城した坂崎直盛は備前宇喜多氏の一族であり、在位16年の短期間に津和野城の大改築、城下町の骨格づくり、新田開発、和紙の原料であるこうぞ苗も栽培、灌漑用水路の建設など、今日の津和野の礎を築いた名君であった。<br /><br /> 3.亀井氏11代の城下町として繁栄<br /><br />坂崎氏が失脚すると、1617年に因幡鹿野城主であった亀井政矩が津和野藩4万3千石の藩主として入った。以後、歴代藩主は産業開発と教育の振興に力を注ぎ、一時は実高15万石といわれる。8代矩賢は藩校「養老館」を創設し、11代「これみ」は藩の機構改革を実施、人材育成の充実を図った。」

石見津和野 吉見氏が本格山城を成し江戸期坂崎氏が石垣を巡らした大改修を施し亀井氏が225年に亘り教育と産業に注力の天空の城「津和野城」訪問

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2024/06/05 - 2024/06/05

270位(同エリア390件中)

滝山氏照

滝山氏照さん

この旅行記のスケジュール

2024/06/05

  • JR益田駅(6:28) ー JR津和野駅(7:09)

  • JR津和野駅 ー リフト乗場(津和野城麓) 

  • リフト乗場(津和野城麓)ー リフト到着(津和野城)

  • リフト ー 出丸 ー 台所・海老櫓 ー 天守台 ー 本丸 ー 二の丸 ー 三の丸 ー リフト  

この旅行記スケジュールを元に

山口・島根県で気になる城跡を2泊3日の日程で訪問しました。


1.訪問期間 
 2024年6月3日~5日(2泊3日)

2.宿泊地
  萩市街(6月3日)・益田市街(6月4日) 

3.訪問先 
 萩城(山口県萩市)ー浜田城(島根県浜田市)ー石見七尾城(島根県益田
市)ー津和野城(島根県鹿足郡)ー高嶺城(山口県山口市)ー大内氏居館    
(山口県山口市)

4.移動ルート 
羽田ー山口宇部(飛行機)ー新山口(バス)ー萩(バス)東萩ー浜田
 (J R山陰線)ー益田(JR山陰線)ー津和野(JR山口線)ー山口(JR山口   
線)ー新山口(JR山口線)ー山口宇部(バス)ー羽田(飛行機)

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現地入手のパンフレットの一項に「津和野城の歩み」と題してコンパクトに紹介されています。

「1.吉見氏の着任と津和野城の完成

元寇警備のため1282年能登から石見に来た吉見頼行は、津和野樹の築城にかかり、2代頼直の代まで約30年の年月をかけて、本格的な山城を完成。11代吉見正頼以来、吉見氏は毛利氏の重臣として西石見鹿足郡、長門阿武郡を所領する。吉見氏時代の末期、津和野は中世の市場町から近世の城下町へと進んでいく。

 2.坂崎直盛の入城と城下町形成

津和野藩3万石の初代藩主として津和野に入城した坂崎直盛は備前宇喜多氏の一族であり、在位16年の短期間に津和野城の大改築、城下町の骨格づくり、新田開発、和紙の原料であるこうぞ苗も栽培、灌漑用水路の建設など、今日の津和野の礎を築いた名君であった。

 3.亀井氏11代の城下町として繁栄

坂崎氏が失脚すると、1617年に因幡鹿野城主であった亀井政矩が津和野藩4万3千石の藩主として入った。以後、歴代藩主は産業開発と教育の振興に力を注ぎ、一時は実高15万石といわれる。8代矩賢は藩校「養老館」を創設し、11代「これみ」は藩の機構改革を実施、人材育成の充実を図った。」

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
JALグループ JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • JR山口線・津和野駅<br /><br />JR益田駅を6:28の始発で出発し7:09JR津和野駅着。無人駅車ではありますが駅舎は広くて斬新で心を落ち着かせる材木を使用、いつまでも離れたくない心温まる駅舎です。

    JR山口線・津和野駅

    JR益田駅を6:28の始発で出発し7:09JR津和野駅着。無人駅車ではありますが駅舎は広くて斬新で心を落ち着かせる材木を使用、いつまでも離れたくない心温まる駅舎です。

  • JR山口線・津和野駅前<br /><br />駅前広場の一隅には今では懐かしい蒸気機関車(D51・194)が展示されていました。

    JR山口線・津和野駅前

    駅前広場の一隅には今では懐かしい蒸気機関車(D51・194)が展示されていました。

  • 津和野街並み<br /><br />駅前の店舗で旅行鞄を預け身軽になって津和野城リフトまで徒歩で向かいます。<br />街並みは由緒ある古風な建物が多数を占め、趣深い佇まいですが、ときおり管理保全が行き届かない建物も散見されます。

    津和野街並み

    駅前の店舗で旅行鞄を預け身軽になって津和野城リフトまで徒歩で向かいます。
    街並みは由緒ある古風な建物が多数を占め、趣深い佇まいですが、ときおり管理保全が行き届かない建物も散見されます。

  • 津和野城・観光リフト駐車場<br /><br />山口線に沿った道路を30分ほど歩き、8:30頃にリフトに到着。リフトはまだ動いていません。スタッフから営業開始の9:00まで待つように指示があり、麓にある駐車場に戻り30分ほど待ちました。

    津和野城・観光リフト駐車場

    山口線に沿った道路を30分ほど歩き、8:30頃にリフトに到着。リフトはまだ動いていません。スタッフから営業開始の9:00まで待つように指示があり、麓にある駐車場に戻り30分ほど待ちました。

  • 津和野城・説明板(拡大)<br /><br /><br />「 国指定史跡   津和野城跡<br />          指定   昭和19年10月14日<br />          追加指定 昭和47年5月26日<br />          追加指定 平成19年7月26日<br />          指定面積 1、513、604平方メートル<br />          所有者  津和野町ほか<br /><br />津和野城の築城は、弘安5年(1262)能登より入部した吉見頼行によって永仁3年(1295)頃よりはじめられ、その子頼直の代の正中元年(1324)まで続いた。小規模な曲輪を連ねた典型的な中世山城は、城山山系の南端にある中荒城跡をはじめとし、南北出丸から延びる支尾根に沿って無数の曲輪群が伸び、とりわけ天文23年(1554)の陶氏との戦いに際し、竪堀などの機能が築造されたと考えられている。<br /><br />慶長6年(1601)関ヶ原の行賞で入城した坂崎直盛は、津和野の街並みを見下ろす比高200メートルの城山山頂を削平して壮大な石垣を設け、三重の土塁を有する近世山城へと大改造した。<br /><br />元和3年(1617)、因幡鹿野(現在の鳥取県鳥取市鹿野町)から亀井家二代政矩が津和野初代藩主として入城した。亀井氏は津和野藩邸を殿町にあった居館を城の麓に整備するとともに、外濠を整備するなど現在まで残る城下町の形を完成させた。<br /><br />明治4年(1871)、藩主亀井これ?は全国の藩主に先がけて廃藩を上申し、津和野藩知事を辞職、浜田県へ合併した。津和野城は津和野の商人、三上喜左衛門に払い下げることが決まり、明治7年(1874)解体に着手された。その後判定の一部が「嘉楽園」として整備されるとともに、町民らによって藩主亀井これ監の銅像、国学者の大国隆正、福羽美静日本紡績初代社長山辺丈夫らの石碑が建設された。 現在は公園として町民の憩いの場として親しまれている。<br /><br />石垣を伴う近世山城部は昭和17年(1942)国指定史跡となり、その後の調査によって中世山城部や藩邸跡(建物二棟を含む)の価値が認められ順次追加指定が行われている。<br />            津和野町教育委員会 」

    津和野城・説明板(拡大)


    「 国指定史跡   津和野城跡
              指定   昭和19年10月14日
              追加指定 昭和47年5月26日
              追加指定 平成19年7月26日
              指定面積 1、513、604平方メートル
              所有者  津和野町ほか

    津和野城の築城は、弘安5年(1262)能登より入部した吉見頼行によって永仁3年(1295)頃よりはじめられ、その子頼直の代の正中元年(1324)まで続いた。小規模な曲輪を連ねた典型的な中世山城は、城山山系の南端にある中荒城跡をはじめとし、南北出丸から延びる支尾根に沿って無数の曲輪群が伸び、とりわけ天文23年(1554)の陶氏との戦いに際し、竪堀などの機能が築造されたと考えられている。

    慶長6年(1601)関ヶ原の行賞で入城した坂崎直盛は、津和野の街並みを見下ろす比高200メートルの城山山頂を削平して壮大な石垣を設け、三重の土塁を有する近世山城へと大改造した。

    元和3年(1617)、因幡鹿野(現在の鳥取県鳥取市鹿野町)から亀井家二代政矩が津和野初代藩主として入城した。亀井氏は津和野藩邸を殿町にあった居館を城の麓に整備するとともに、外濠を整備するなど現在まで残る城下町の形を完成させた。

    明治4年(1871)、藩主亀井これ?は全国の藩主に先がけて廃藩を上申し、津和野藩知事を辞職、浜田県へ合併した。津和野城は津和野の商人、三上喜左衛門に払い下げることが決まり、明治7年(1874)解体に着手された。その後判定の一部が「嘉楽園」として整備されるとともに、町民らによって藩主亀井これ監の銅像、国学者の大国隆正、福羽美静日本紡績初代社長山辺丈夫らの石碑が建設された。 現在は公園として町民の憩いの場として親しまれている。

    石垣を伴う近世山城部は昭和17年(1942)国指定史跡となり、その後の調査によって中世山城部や藩邸跡(建物二棟を含む)の価値が認められ順次追加指定が行われている。
                津和野町教育委員会 」

  • 津和野城・ルートマップ<br /><br />基本的には山道を目指すのですが、自らの体力や時間の配分を考慮してリフトを使用します。

    津和野城・ルートマップ

    基本的には山道を目指すのですが、自らの体力や時間の配分を考慮してリフトを使用します。

  • 津和野城・リフト<br /><br />自分が一番目の利用者です。天気にも恵まれて気分良く乗り込みました。なおリフト利用に際して料金は往復で700円(片道400円)でした。

    津和野城・リフト

    自分が一番目の利用者です。天気にも恵まれて気分良く乗り込みました。なおリフト利用に際して料金は往復で700円(片道400円)でした。

  • 津和野城・リフト山上到着

    津和野城・リフト山上到着

  • 本丸・出丸への案内板<br /><br />まず出丸に向かいます。

    本丸・出丸への案内板

    まず出丸に向かいます。

  • 津和野城出丸・登階段<br /><br />本丸の北側防御のために江戸初期に藩主坂崎直盛の時代に家老浮田織部(うきた・おりべ)の名にちなみ、「織部丸(おりべまる)」とも呼ばれています。

    津和野城出丸・登階段

    本丸の北側防御のために江戸初期に藩主坂崎直盛の時代に家老浮田織部(うきた・おりべ)の名にちなみ、「織部丸(おりべまる)」とも呼ばれています。

  • 津和野城出丸・説明板<br /><br /><br />「 三本松城出丸<br /><br />出丸(でまる)は本丸の北側にあって、中世津和野城主であった吉見(よしみ)氏によって構築された。江戸時代になって坂崎直盛(さかざきなおもり)によって石垣が築かれ、堀部丸(ほりべまル)、中入丸(なかいりまる)とも言われた。周囲は塀で囲まれ、南東隅と北東隅に櫓(やぐら)が設けられていた。現在は石垣のみが残る。」

    津和野城出丸・説明板


    「 三本松城出丸

    出丸(でまる)は本丸の北側にあって、中世津和野城主であった吉見(よしみ)氏によって構築された。江戸時代になって坂崎直盛(さかざきなおもり)によって石垣が築かれ、堀部丸(ほりべまル)、中入丸(なかいりまる)とも言われた。周囲は塀で囲まれ、南東隅と北東隅に櫓(やぐら)が設けられていた。現在は石垣のみが残る。」

  • 津和野城・出丸

    津和野城・出丸

  • 津和野城出丸・説明板<br /><br />「 土塀の控柱跡<br /><br />敵の攻撃や強風による土塀の倒壊を防ぐために控柱跡。石垣修理に伴う発掘調査では、控柱跡と推定される柱穴が4ケ所で発見されており、偽木でその位置をしめdしている。本丸などに残る控柱は石製に改修されているが、出丸の控柱は古くからの木製であったと推定される。」

    津和野城出丸・説明板

    「 土塀の控柱跡

    敵の攻撃や強風による土塀の倒壊を防ぐために控柱跡。石垣修理に伴う発掘調査では、控柱跡と推定される柱穴が4ケ所で発見されており、偽木でその位置をしめdしている。本丸などに残る控柱は石製に改修されているが、出丸の控柱は古くからの木製であったと推定される。」

  • 津和野城出丸・説明板<br /><br />「 平櫓跡<br /><br />出丸の南東隅にあった平屋建の櫓跡。番所として使われた建物には下履が付く。発掘調査では、平面L字形をした雨落溝の跡から多くの瓦片が出土している。(その範囲は黒色の石粒混じりの舗装で表示)。雨落溝は石組水路につながり、門の下を通った石樋が出丸石垣の端まで続く。」<br /><br />

    津和野城出丸・説明板

    「 平櫓跡

    出丸の南東隅にあった平屋建の櫓跡。番所として使われた建物には下履が付く。発掘調査では、平面L字形をした雨落溝の跡から多くの瓦片が出土している。(その範囲は黒色の石粒混じりの舗装で表示)。雨落溝は石組水路につながり、門の下を通った石樋が出丸石垣の端まで続く。」

  • 津和野城・出丸

    津和野城・出丸

  • 津和野城出丸・市街地展望

    津和野城出丸・市街地展望

  • 津和野城出丸・土塁

    津和野城出丸・土塁

  • 津和野城出丸・土塁説明板

    津和野城出丸・土塁説明板

  • 津和野城出丸・二重櫓礎石

    津和野城出丸・二重櫓礎石

  • 津和野城・出丸

    津和野城・出丸

  • 出丸二重櫓・説明板<br /><br /><br />「 二重櫓跡<br /><br />出丸の北東隅にあった二階建ての櫓跡。出丸の形状に合わせ、鋭角に屈曲する二重櫓は全国唯一。雷火によって本丸の主要建物が存在していなかった津和野城では、三ノ丸の南門櫓などとともに、城下町から見ることのできる数少ない建物のひとつであり、津和野城にとっては象徴的な建物であった。」

    出丸二重櫓・説明板


    「 二重櫓跡

    出丸の北東隅にあった二階建ての櫓跡。出丸の形状に合わせ、鋭角に屈曲する二重櫓は全国唯一。雷火によって本丸の主要建物が存在していなかった津和野城では、三ノ丸の南門櫓などとともに、城下町から見ることのできる数少ない建物のひとつであり、津和野城にとっては象徴的な建物であった。」

  • 津和野市街・展望

    津和野市街・展望

  • 津和野城・東屋<br /><br />正規の通路(画面左側)は現在工事中のため通れません。右側設置の仮通路を利用となります。

    津和野城・東屋

    正規の通路(画面左側)は現在工事中のため通れません。右側設置の仮通路を利用となります。

  • 津和野城跡・説明板

    津和野城跡・説明板

  • 津和野城・案内板<br /><br />現在工事中とのことで仮設通路の案内板が建っています。

    津和野城・案内板

    現在工事中とのことで仮設通路の案内板が建っています。

  • 津和野城跡・仮設通路<br /><br />周辺は大規模な深い堀が横たわっています。あいにく工事に伴う仮設道路の設置により景観が損なわれていることは残念です。

    津和野城跡・仮設通路

    周辺は大規模な深い堀が横たわっています。あいにく工事に伴う仮設道路の設置により景観が損なわれていることは残念です。

  • 台所櫓・海老櫓跡<br /><br />三の丸西側に突き出た部分に、「台所櫓」があって、その奥には「海老櫓」となっています。城の裏手側の監視と防御するための施設となっています。

    台所櫓・海老櫓跡

    三の丸西側に突き出た部分に、「台所櫓」があって、その奥には「海老櫓」となっています。城の裏手側の監視と防御するための施設となっています。

  • 津和野城跡(馬立・台所・海老櫓)・説明板<br /><br /><br />「 国指定史跡<br />        津和野城跡(馬立・台所・海老櫓)<br /><br />ここは本丸の西、当城の三の丸にあたる。階段を上って左は馬立と言われ、乗馬を繋ぎとめておく所、右は三段櫓の最上部の建物へつながる。馬立の奥には台所があり、石列による排水の機能が見て取れる。<br /><br />さらに奥には海老櫓といわれる建物があり、からめ手(喜時雨側)に直面する望楼であった。<br /><br />周囲は塀で囲まれ、その支柱を支えるための控え石がおおむね一間(1.8m)おきに置かれている。<br />             津和野町教育委員会 」   <br />

    津和野城跡(馬立・台所・海老櫓)・説明板


    「 国指定史跡
            津和野城跡(馬立・台所・海老櫓)

    ここは本丸の西、当城の三の丸にあたる。階段を上って左は馬立と言われ、乗馬を繋ぎとめておく所、右は三段櫓の最上部の建物へつながる。馬立の奥には台所があり、石列による排水の機能が見て取れる。

    さらに奥には海老櫓といわれる建物があり、からめ手(喜時雨側)に直面する望楼であった。

    周囲は塀で囲まれ、その支柱を支えるための控え石がおおむね一間(1.8m)おきに置かれている。
                 津和野町教育委員会 」   

  • 津和野城・天守台石垣

    津和野城・天守台石垣

  • 津和野城・天守台石垣

    津和野城・天守台石垣

  • 津和野城・西櫓門跡

    津和野城・西櫓門跡

  • 津和野城・西櫓門跡

    津和野城・西櫓門跡

  • 津和野城・天守台石垣

    津和野城・天守台石垣

  • 津和野城・三の丸(遠景)

    津和野城・三の丸(遠景)

  • 津和野城・本丸(中央部)

    津和野城・本丸(中央部)

  • 津和野城・本丸(三十間台)(右端)

    津和野城・本丸(三十間台)(右端)

  • 津和野城・本丸(三十間台)標柱

    津和野城・本丸(三十間台)標柱

  • 津和野市街眺望<br /><br />秋から冬にかけての朝は、石垣がポッかりと雲の上に浮かび上がり見事な雲海を見せてくれます。

    津和野市街眺望

    秋から冬にかけての朝は、石垣がポッかりと雲の上に浮かび上がり見事な雲海を見せてくれます。

  • 津和野城・三の丸方向<br /><br />本丸から三の丸を見渡します。三の丸奥には南の門跡が確認できます。なお手前の曲輪は「人質櫓台」と呼ばれています。

    津和野城・三の丸方向

    本丸から三の丸を見渡します。三の丸奥には南の門跡が確認できます。なお手前の曲輪は「人質櫓台」と呼ばれています。

  • 津和野城・本丸(先端部)

    津和野城・本丸(先端部)

  • 津和野城・本丸

    津和野城・本丸

  • 津和野城・二の丸(太鼓の丸)中央部

    津和野城・二の丸(太鼓の丸)中央部

  • 津和野城・二の丸(太鼓の丸)標柱

    津和野城・二の丸(太鼓の丸)標柱

  • 津和野城・本丸石垣<br /><br />本丸から二の丸に降りて振り返ります。

    津和野城・本丸石垣

    本丸から二の丸に降りて振り返ります。

  • 津和野城・二の丸

    津和野城・二の丸

  • 三の丸方向<br /><br />本丸を廻るように二の丸から三の丸へ向かいます。

    三の丸方向

    本丸を廻るように二の丸から三の丸へ向かいます。

  • 津和野城三の丸・標柱

    津和野城三の丸・標柱

  • 津和野城・人質櫓<br /><br />三の丸から人質櫓方向を捉えます。正面の石垣が見事です。

    津和野城・人質櫓

    三の丸から人質櫓方向を捉えます。正面の石垣が見事です。

  • 津和野城・三の丸南門跡

    津和野城・三の丸南門跡

  • 津和野城・三の丸土塁

    津和野城・三の丸土塁

  • 津和野城・人質櫓石垣<br /><br />三の丸土塁より人質櫓石垣を捉えます。

    津和野城・人質櫓石垣

    三の丸土塁より人質櫓石垣を捉えます。

  • 出丸方向<br /><br />帰路は出丸の脇を通ってリフトに向かい下城します。<br /><br />

    出丸方向

    帰路は出丸の脇を通ってリフトに向かい下城します。

  • 津和野城・堀切跡

    津和野城・堀切跡

  • リフト乗場(全景)

    リフト乗場(全景)

  • 藩庁跡(一部)<br /><br />当地と左側の喜楽園がかつての津和野藩の藩庁であったとされます。

    藩庁跡(一部)

    当地と左側の喜楽園がかつての津和野藩の藩庁であったとされます。

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