2024/06/05 - 2024/06/05
337位(同エリア523件中)
滝山氏照さん
この旅行記のスケジュール
2024/06/05
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電車での移動
JR津和野(12:13)ーJR山口(13:29)
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その他での移動
JR山口駅前ー高嶺城・電波塔(TAXI)
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徒歩での移動
電波塔ー高嶺城主郭
この旅行記スケジュールを元に
山口・島根県で気になる城跡を2泊3日の日程で訪問しました。
1.訪問期間
2024年6月3日~5日(2泊3日)
2.宿泊地
萩市街(6月3日)・益田市街(6月4日)
3.訪問先
萩城(山口県萩市)ー浜田城(島根県浜田市)ー石見七尾城(島根県益田
市)ー津和野城(島根県鹿足郡)ー高嶺城(山口県山口市)ー大内氏居館
(山口県山口市)
4.移動ルート
羽田ー山口宇部(飛行機)ー新山口(バス)ー萩(バス)東萩ー浜田
(J R山陰線)ー益田(JR山陰線)ー津和野(JR山口線)ー山口(JR山口
線)ー新山口(JR山口線)ー山口宇部(バス)ー羽田(飛行機)
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高嶺(こうのみね)城は山口市街中心地の西北に位置する標高338mの鴻ノ峰に、大内家最後の当主義長(よしなが、1532?~1557)によって弘治2年(1556)に居館の詰城として構築を始めた山城です。
遡って言及すれば武断派の重臣陶隆房(すえ・たかふさ、1521~1555)による下克上で16代当主義隆(よしたか、1507~1551)を自害に追い込み、豊後の大名大友義鎮(おおとも・よししげ、1530~1587)の実弟晴英(はるひで)を大内家当主に迎え、将軍義輝の偏諱を得て義長(よしなが)と改名し、同時に隆房自身もも晴賢(はるかた)と改めます。
天文24年(1555)「厳島の戦い」で晴賢が毛利元就に大敗して自刃、次なる元就の山口侵攻に対抗するため義長が築城に取り掛かりますが防御態制に不安を感じて未完成のまま当該城を放棄して長門に敗走します。義長自害後は毛利氏の山口支配の拠点となり、歴代の城番が配されますが、元和元年(1615)の一国一城令により廃城に至ります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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テレビ電波塔
山口駅前から当地までTAXI利用して電波塔下車、ここから徒歩にて主郭を目指します。途中の車窓から急勾配道路を窺うと距離は長く徒歩は困難思われ、併せて今後の時間配分と自分の体力温存を考慮してTAXI採用は正解でした。 -
高嶺城登道
電波塔を過ぎるとゴツゴツした細い道を歩くことになります。 -
高嶺城途中からの展望
電波塔を下方に見ながら周囲を眺めます。 -
高嶺城・東家
最初の郭は広々としてその中にいわゆる東屋が建てられ休憩が可能となっています。 -
高嶺城中腹・展望
山口市街を展望します。 -
高嶺城登城道
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高嶺城跡・案内板
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案内板に建つ説明板
「 広大な郭(くるわ)
高嶺城には大小さまざまな郭があり、この広い空間も郭の一つです。通常は城の中に広いところを設けないよう堀切で区切って狭くします。これは広い空間には敵の軍勢も集合しやすく、軍事的に不利になるからです。では高嶺城に広い空間があるのは、何故でしょうか。それは軍事よりも居住を意識していたからと考えられます。山の上を居住域とし、山の下で防御することを意図していたのでしょう。
なお、この郭には石垣がなく全て切岸です。これは大内氏の段階にさかのぼる古い造り方に見えます。しかし、瓦が落ちていることから毛利氏が城番を置いていた段階にも使用されたことが分かります。高嶺城は大内氏が築き、その後毛利氏が手を加えて使用し続けますが、手が加えられたのは一部であり、当初の状況がよく残っています。」 -
高嶺城主郭・案内板
さらに直進すれ主郭へ、右折すれば石垣部となります。 -
最頂部郭(砦)跡・案内板
最初に主郭を目指します。 -
登城道に散乱する石群
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石垣の一部
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高嶺城主郭
中央の奥には説明板と「史跡 大内氏遺跡 高嶺城跡」と刻された標柱が建っています。 -
高嶺城・説明板
城の縄張図と説明板が設置されています。説明板には下記の通り紹介されています。
「国指定史跡 大内氏遺跡附凌雲寺跡
高 嶺 城 跡
昭和34年11月27日指定
高嶺城は、大内氏最後の当主大内義長が毛利氏の侵攻に備えて弘治2年(1556)に築いた城です。翌年、義長は形勢が不利となり長門国(下関方面)に逃れましたが、4月、長府の長福寺(現在の功山寺)にて自刃しました。
義長が去った後、毛利氏は城の改修をし、市川経好を城番として置きました。永禄12年(1569)に大内輝弘が山口に攻め入った際に、毛利勢はこの城の守りを固めて寄せ付けなかったといわれています。
元和元年(1615)、徳川幕府から一国一城令が出されたため、毛利氏は萩指月城を残し、山口高嶺城、長府串崎城、岩国横山城を破却することとしました。寛永15年(1838)高嶺城は廃城となりました。
高嶺城跡のある鴻ノ峰は標高338メートルの丘陵です。城跡は頂上の主郭を中心に、四方に伸びる尾根に曲輪群が広がっています。主郭やその周囲の曲輪には石垣が巡らされ、礎石や瓦片が発見されています。
なお、史跡大内氏遺跡は館跡・築山跡・高嶺城跡・凌雲時跡の四遺跡で構成されています。
管理団体 山口市
平成17年3月建山口市 」 -
旧大内氏居館眺望
眼下は展望が見事で龍福寺(旧大内氏居館)を含む山口市街の中心地を捉えることができます。 -
高嶺城主郭・説明板
展望所の傍には下記の説明板が設置されています。
「 主郭からの眺望
この地に高嶺城があった当時、主郭付近の木々は伐採され樹木はありませんでした。ふもとから主郭までの比高差は約290m、ここからは広く山口盆地を見渡すことができます。戦国時代、大名は平地に居館を設けましたが、戦国時代末になると自身の支配領域を広く見渡せる山頂に城を築き始めます。この東向きの地点からは、大内氏館跡、築山跡を見ることができます。」
主郭の建物
地表に点在する平たい石は建物の礎石です。建物は2棟あり、この主郭いっぱいに建てられた大きなものです。瓦が散乱していることから、この建物は瓦葺と分かります。高嶺城は大内氏が築いた城ですが、大内氏が滅んだ後には、毛利氏が城番を置き山口を支配する拠点としました。毛利氏の城番はここに住み生活をしていました。」 -
石垣エリア
主郭を離れ元来た道へ戻り、今度は石垣エリアに向かいます。 -
野面積石垣
義長としては家運を賭けた毛利との戦いに向けて限られた期間で城郭防御を固めるためか、なりふり構わずの石垣工事がなされたと思われます。あるいは義長時期では土塁造成で毛利氏の城番設置以降に初めて石垣が付されたのか悩むところです。 -
崩壊の石垣
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