2024/06/03 - 2024/06/03
785位(同エリア941件中)
滝山氏照さん
山口・島根県で気になる城跡を2泊3日の日程で訪問スケジュール
1.訪問期間
2024年6月3日~5日(2泊3日)
2.宿泊地
萩市街(6月3日)・益田市街(6月4日)
3.訪問先
萩城(山口県萩市)ー浜田城(島根県浜田市)ー石見七尾城(島根県益田
市)ー津和野城(島根県鹿足郡)ー高嶺城(山口県山口市)ー大内氏居館
(山口県山口市)
4.移動ルート
羽田ー山口宇部(飛行機)ー新山口(バス)ー萩(バス)東萩ー浜田
(J R山陰線)ー益田(JR山陰線)ー津和野(JR山口線)ー山口(JR山陰線)
ー新山口(バス)山口宇部ー羽田(飛行機)
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萩城下町から萩城の見学を終え次は松陰神社に向かいます。当地独自の交通機関の一つとして「萩循環バス」(小型バス)の西回りコースと東回りコース」があります。萩城見学終えて西回りコース(一回乗車毎に100円という安価)でバスセンターに戻り、そこから東回りコースのバスを利用し今度は吉田松陰の誕生地・墓所そして松陰神社参拝となります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
吉田松陰墓所入口
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吉田松陰の墓及び墓所
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吉田松陰の墓建立者・吉田大助墓の説明板
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高杉晋作の墓
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高杉晋作の墓・説明板
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吉田松陰誕生地と萩の眺望・史跡吉田松陰の墓並びに墓所案内図・説明板
「 この地は一名「団子岩」ともいわれ、吉田松陰が生まれ、幼児期を過ごしたところです。
ここから市内を一望すると、この小さな城下町の中から生まれた維新の活力を彷彿とさせてくれます。萩は関ヶ原の戦いに敗れた毛利氏が、この三角州指月山のふもとに城と町を築いたところで、江戸時代の典型的な城下町の姿を保ち、細工町、侍屋敷、商人町、寺町など、その他構造を知るには最も都合のよい町であるといわれています。」 -
吉田松陰と金子重之助の像
嘉永7年(1754)ペリーが日米和親条約締結のため再港したタイミングをとらえ同郷の金子重之助とともに密航を企てるも失敗して伝馬町牢屋敷に投獄されています。 -
吉田松陰・説明板
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吉田松陰誕生地・案内図
「 萩市指定史跡
吉 田 松 陰 誕 生 地
ここは吉田朱印の実家、萩藩主杉家(家禄26石)の旧宅地である。
こと付近は「団子岩」と総称され、萩城下が一望できる風光明媚な無書である。
杉家の建物は、元は萩藩士八谷聴雨の山荘であり「樹々亭」と称していた。
松陰は、天保元年(1830)8月4日杉百合之助の次男としてここで生まれ、19歳までの人間としての形成期を過ごした。
両親や兄弟とともに農耕に従事し、その合間に父から漢籍の素読などを受けた思い出深い場所である。松陰自身が書き残した書の中にも、「樹々亭」「山屋敷」「山宅」などの表現が見られる。旧宅の間取りは玄関(3畳)、表座敷(6畳)、居間(6畳)、隠居部屋(3畳)、納戸(3畳)、台所、それに別棟の納屋とかわやという、非常に狭く、簡素な造りであった。
嘉永6年(1853)に杉家が転居した後、いつしか建物などは失われ、荒れ果てていたが、大正11年(1922)に椿東村青年会会長信国顕治が青年会に呼びかけて整備した。当時の間取りを示す旧宅の敷石も、後に住んでいた人の記憶によってこの時復元したものである。
整備に合わせて山形有朋が「吉田松陰先生誕生之地」石碑の題字を揮毫している。肩書きを「門下生」のみとしているところに、師に対する謙譲の気持ちが表れている。なお、山形有朋は整備完了前に死去したので、これが絶筆となった。」 -
吉田松陰・誕生地
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萩市内展望
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吉田松陰・誕生地
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高杉晋作草庵跡・石碑
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松陰神社(全景)
松陰誕生地から東光寺前を経て徒歩で約20分、今度は松陰神社を訪ねます。東京都世田谷にある松陰神社とは異なり規模の大きさに驚かされます。 -
松陰神社・大鳥居(近景)
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松陰神社御由緒・説明板
「 松 陰 神 社 御 由 緒
祭神 贈正四位 吉田矩方命
号 松陰、二十一回猛士 幼名 虎之助
祭日 春季大祭 5月25日
安政6年 江戸へ檻送のため萩の地に永訣の日
生誕祭 8月4日
文政3年 御誕生の日
例大祭 10月27日
安政6年 江戸伝馬町の獄において殉節(刑死)
創祀 明治23年8月松下村塾改修の際、塾生等故旧の人々の協力により、実家杉
家の私祠として村塾の西側に土蔵造りの小祠を建て、神霊を鎮祭し、併せて
遺墨、遺品を収めたのが始めである。
創建 明治40年9月15日塾生伊藤博文、野村靖の名を以って公に神社創建を出
願、同年10月4日県社(旧社格)として認可を得て創建されたものであ
る。
土蔵造りの小祠を村塾の南隣に移し、祝詞殿神選所を付し社殿とした。祝詞
殿は、もと萩城内にあった荻藩主毛利家の鎮守宮崎八幡宮の拝殿を移築した
ものである。
沿革 昭和12年5月 皇政復古70周年記念事業として山口県より神域を
拡張奉納される。
昭和15年3月 現位置に社殿新築k方時起工
昭和17年秋 檜皮葺社殿竣功
昭和29年5月 銅板葺改修工事施工
昭和30年10月 遷座祭斎行
昭和34年10月 御祭神殉節百年記念大祭斎行
平成19年9月 御創建百年記念事業として、御屋根銅板葺替工事竣功
平成19年10月 御創建百年式年大祭斎行
平成21年10月 御祭神殉節百五十年記念斎行記念事業として、宝物殿
至誠館建設開館
平成22年8月 御生誕百八十年記念大祭斎行
松門神社
塾生・門下生52柱の神霊を奉斎
(御由緒は松門神社前に設置)
境内史跡
松下村塾 吉田松陰幽囚旧宅 (以上国指定史跡)
(茶室、県指定有形文化財建造物)
施設
宝物殿至誠館、吉田松陰歴史館 」 -
松陰神社境内案内図
-
松下村塾
某所より神社境内に移設されているようです。 -
松下村塾・説明板
「 国指定史跡
松 下 村 塾
所 在 地 萩市大字椿東字新道
指定年月日 大正11年10月12日
説 明
吉田松陰は安政4年(1857)実家杉家宅地内にあった小屋を改造して八畳の塾舎とし更にその翌年十畳半を増築した。これが現在の松下村塾で、松陰27歳の時のことである。
ここで松陰が教育した間は1年であり実家の幽囚室時代を通算しても2年半に過ぎない。この短い期間に、この粗末な教室から若い松下村塾グループが育ち、安政の大獄で刑死した師の志を継いで尊攘倒幕運動に挺身し明治維新の原動力となった。
同志の主な者は激動期に死んで行ったが、生き残った者は維新政府の中枢に立って新しい日本を指導することになった。
萩市教育委員会」 -
松下村塾・説明板
-
吉田松陰幽囚の旧宅
-
吉田松陰幽囚の旧宅・説明板
「 国指定史跡
吉 田 松 陰 幽 囚 の 旧 宅
所 在 地 萩市大字椿東字新道
指定年月日 大正11年10月12日
説 明
この建物は吉田松陰の父杉百合之助の旧宅であるが、始め家禄49石余の親族瀬能家から借りたものでかなり広い。
松陰は伊豆下田港で海外渡航に失敗して江戸の獄につながれついて萩の野山獄に移されたが安政2年(1855)許されて実家へお預けとなり三畳半一室に幽囚されることになった。
ここで父兄や近親が松陰の講義を聞き、やがて入門者が増えて私塾の形態ができるようになった。この講義は安政4年松下村塾に至るまで一年半ばかり続けられた。
松陰は安政5年、老中間部詮勝の要撃を企てたために、野山獄に再入獄前の約一ヶ月間再びここに幽囚される身となった。
萩教育委員会 」 -
吉田松陰幽囚の旧宅の石標
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吉田松陰幽囚の旧宅
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松陰神社・鳥居
鳥居には「松陰神社」社号が書かれています。 -
松陰神社・拝殿
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2024年版特大絵馬
拝殿の傍には松陰と並ぶ人物は辰年馬生まれの教え子で日本大の学祖山田顕義となっています。 -
松陰神社・拝殿内部
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