2023/11/02 - 2023/11/02
144位(同エリア554件中)
kojikojiさん
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「国立歴史民族博物館」の見学が終わると最後に「ザイサン・トルゴイ」という丘に行くだけでしたが、2日目の「アリアバル寺院」が雪のために参拝できなかった代わりに「ボグドハーン宮殿博物館」の見学が増えていました。個人的には棚からボタモチ状態で、ここにもザナバザルの仏像が収蔵されているからです。旅行会社にとっては無料の「アリアバル寺院」から有料の「ボグドハーン宮殿博物館」に変わったので大きな出費だと思います。ただ笑ってばかりもいれらなく、ここでの写真撮影は当然別料金で30,000トゥグルグと先ほどの倍の値段です。ガイドさんんが気の毒そうな顔をしていますが、後で後悔するのも嫌なので撮影用のタグを別にもらいました。ここでもガイドさんが説明をしてくれますが、写真を撮っているとどんどん遅れてしまい、最後に並ぶザナバザル派の仏像とザナバザルの製作したオリジナルの前からは動けなくなりました。ガイドさんが戻ってきてくれましたが、急がせることも無く、その顔は誇らしげでした。ここでの見学が終わると日は暮れ始めていて、夕方の渋滞の中を「ザイサン・トルゴイ」に向かうとすっかり日は落ちていました。大きなショッピングセンターの7階までエレベーターで昇り、そこから裏側の丘を登りますが、足元は真っ暗なうえに階段は凍っています。ツアーの半分くらいの方はショッピングセンターで買いものをしたりカフェでお茶を飲んでいることにされました。もちろん妻も当たり前のような顔で仲良くしてくださったご夫婦の脇に立っています。会談はかなり長かったのですが、途中から振り返ってみたウランバートルの夜景は美しかったです。ここまでモンゴルの大都会に面はあまり見てこなかったので、発展した夜景は別世界のように見えました。野坂昭如原作の「火垂るの墓」のジブリの映画ではエンディングで清太が無くなった妹の節子を荼毘に付しているシーンがあります。蛍が乱れ飛ぶ中に現代の神戸の夜景が広がって終わりますが、何故かその場面を思い出しました。それは丘の上に置かれたモニュメントが第2次世界大戦の戦いに由来する場面があったからかもしれません。他のツアーの方に「妻が待っているから先に降ります。」とカッコつけた途端に凍った階段を数段落ちて、ショッピングセンターに戻りました。まだ時間もあったので少し買い物もでき、カフェでお茶も楽しめました。全員が揃ったところでバスに戻り、最後の夕食に向かいます。予定表ではホテルへの戻りが午後6時でしたがすでに午後7時になろうとしています。渋滞の中を向かったのは「ボグドハーン宮殿博物館」の近くにある「Gegeenten Cinema」の建物の中にある「HOTPOT」というしゃぶしゃぶのレストランでした。大抵ツアーの最後の食事が一番おいしく、ホテルも同じような傾向がありますが、ここのレストランの食事も美味しかったです。そして渋滞の中をホテルに戻ると午後9時前になっていました。途中「スフバートル広場」の近くを通過したので降ろして欲しいところでしたが、勝手な行動は出来ません。妻はもう歩きたくないというので1人駆け足で「ノミン百貨店」を越えて「スフバートル広場」の先の「ガレリア」へ急ぎます。間に合ったと思ったら扉は施錠されていて、営業時間を見ると午後9時までになっていました。せっかく「GOBI」で買い物ができると思ったのですが、…。頭を切り替えてそのまま「ノミン百貨店」に踵を返しお昼に買い物した店に戻ります。妻が悩んでいたカーディガンをもう1つ購入し、マフラーや帽子もいくつか買っておきます。大抵帰国してから足りないと言い出すに決まっているからです。店の人たちと話し込んでいるうちに百貨店が閉店してしまい、最後は従業員通用口から店を出る羽目になってしまいました。カーディガンは2枚で大丈夫かと思っていましたが、翌日空港の免税店でまた買うことになりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ミアットモンゴル航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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ドラマ「VIVANT」で何度も見たモンゴルのパトカーです。車の上を俳優たちのように走りたくなりますが、そんなことをしたら捕まってしまいます。
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ウランバートルにはタクシーも営業しているようですが、滞在中に走っているのを見ることはありませんでした。逆に、路肩に立って斜め下に腕を伸ばして車を止める場面はよく見かけました。これは普通の乗用車が白タク営業しているそうです。モンゴルで正規のタクシーが少ない理由は、白タク(非正規タクシー)が非常に多いためです。街中を走っている車の半分は非正規タクシーだと言っても過言ではないようで、価格も正規タクシーと同じなため、多くの人が活用しています。
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バスは「国立アカデミックドラマシアター」の前を通過しました。チンギス大通りとソウル通りの角近くにある1931年にできたモンゴル最大の劇場で、国内外の演劇や音楽、舞踊などの公演が行われるそうです。
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ドラマ「VIVANT」では国立銀行の設定で出てきた建物だとすぐに分かりました。
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続いて「モンゴル国立中央図書館」の前を通過します。モンゴル国立中央図書館は1921年に設立された典籍委員会を起源とするモンゴル国最大の図書館で、第8代ボグド・ハーンが亡くなった後、ボグドハーンの宮殿で収蔵されていたモンゴル、チベット、満州、中国語で書かれた何万冊の本や経典がこの図書館に納められました。
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「モンゴル子供宮殿」の前も通過します。ここではトゥメンエフ民族アンサンブルの公園が毎晩行われているという情報がありましたが、今回のツアーの日程ではそれを組み込むことは出来ませんでした。次回は是非観劇したいところです。
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効果を通過して駅の南側に移ります。暖房用の巨大なパイプも線路を通過する場合は上を通過するようです。やはりソヴィエトからロシアの影響を強く感じる風景です。
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4つの山に囲まれたトーラ川のほとりの盆地にウランバートル市があるということが実感できる風景です。周囲の山々も雪で覆われてきたので、モンゴルにも冬が到来します。
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ツアー2日目に行った「テレルジ国立公園」では「亀岩」を見た後に行く予定だった「アリアバル寺」が雪のために見学できませんでした。律儀なツアー会社が代替えに入れてくれたのが「ボグドハーン宮殿博物館」でした。妻などは雪が積もっていなくても山の上まで階段を登る「アリアバル寺」に行くつもりもなかったくらいなのでこれは逆にラッキーなことでした。
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「ボグドハーン宮殿博物館」の入場料は旅行会社が出してくれますが、館内の写真撮影は自己負担になります。ここでは30,000トゥグルグとかなり高額です。かなり迷いましたが、ここには見たかったザナバサルの仏像が納められているので寄付の意味合いも含めて料金を支払いました。あまりに高額なのでツアーのメンバーでも1人だけしか申し込みませんでした。
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元々は第8代ジェプツンダンバ・ホトクトのボグド・ハーンの「冬の宮殿」であり、1893年から1905年にかけて建設されました。この宮殿はモンゴル宮殿建築の数少ない遺産でもあり、1961年からは博物館となってボグド・ハーンの日用品や他国から献納された剥製などを中心に展示されています。
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「影壁」(えいへき)は中国建築様式の特色である魔除けの壁です。中国では「邪気(魔物)は直進する性質を持つ」と考えられており、道の突き当りにある家は凶と信じられています。そのため邪気を避けるための対処として、玄関の前に塀や垣根を作ったり、鏡を置いたりして邪気を跳ね返します。影壁もその1つで、入り口から直進してくる邪気を阻むためのものです。映画に出てくるキョンシーも真っすぐ前にしか進めません。
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扉の無い門の真ん中は主であったホグド・ハーンが使うもので、左側から外国から来た来賓、右側から軍事達が入っていました。この門に扉が無いのは世の中のいいことは全部入って来るようにと言う意味です。
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入り口の看板に金色の文字でサンスクリート字、チベット字、清朝字、モンゴルの縦文字、中国語で「知性を広げる寺院」と書いてあります。
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この和平の門は1911年末の満州帝国から独立を求めるモンゴルの闘争の勝利を記念して8代目ホグド・バーンが絶対君主として戴冠したことを記念して1912年から1919年にかけて建設されました。
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モンゴル全土から集まった芸術家が参加して、一般から集められた費用で建てられました。これには銀175キロにも相当する費用が掛けられました。一切釘を使わずに108種類の木組みを用いられています。
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8本の支柱と7段の天涯で構成された門は仏教の象徴となる彫刻で覆われています。屋根には龍の彫刻と仏教を表す車輪と鹿の彫刻が2段設けられています。
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門の両面4面には守護神が描かれています。
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中国の明時代や清時代の宮殿や寺院建物の屋根には、数種類の動物の形をした装飾が付けられました。通常は陶製で「脊獣」や「走獣」などと呼ばれています。大棟と4つの隅棟を五脊とし、そこを装飾する小像(神獣)を指して六獣と言い、併せて五脊六獣と総称します。原型となった装飾はかなり昔から存在したようで、漢時代の埴輪には既にそれらしきものが見られ、宋時代の絵画からは小像が棟に並ぶ様子がうかがえます。また、元時代には武将の像が用いられ、明時代から清時代を通し、次第に現在の形に完成されたと思われます。
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日本では鯱の置かれる位置である大棟の両端部には、正吻(せいふん)と呼ばれる大きな口の龍が置かれます。降棟の先端にもこれに似た龍の上半身が置かれ、これは旁吻(ぼうふん)と呼ばれます。正吻よりもやや小さく、枝状に分岐した角を持ちます。これは龍生九子の第2子ともされています。これらは日本の鯱と同じように水を呼び火災を防ぐことを期待されたものと考えられています。
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走獣や垂獣の呼称も同じ装飾を指すようです。先頭には霊鳥に乗る仙人の像があり、その後ろに様々な霊獣が並びます。霊獣の順番や形態には様々なバリエーションがあるようです。これらの像はそれぞれ意味をもっていたとされていますが、現在ではその名称や像容、意味などについては、不明となってしまった点も多いようです。モンゴルでは霊鳥の上の仙人の姿も無くなっています。
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ここでも四天王像が出迎えてくれました。「持国天」は琵琶を奏でています。
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「広目天」は蛇か龍を掴んでいたような仕草ですが現在は失われているようです。日本では筆と巻物か戟という槍を持っています。
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「多聞天」は傘を持っています。日本だと宝塔と三叉の戟を持っています。
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「増長天」が持つのは剣ですので唯一日本と中国の持物が合っています。
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宮殿の建物はかなり傷んでいて、修復が行われているようです。高い撮影料でしたが、修復費の一部にでもなればと思います。
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まずは「アップリケの寺院」から見学を進めます。モンゴルでは生活様式にあった運びやすく傷みにくい、布を貼り合わせたアップリケによる掛け軸状の仏画(タンカ)が独自に発達しました。
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モンゴル仏教美術のもっとも有名な学校の1つがイク・フリー美術学校で、アンドゥ・アイマグのほかに24人の刺繍職人が雇用され、繊細で貴重な作品が制作しています。アップリケの手法は古く匈奴時代まで遡り、仏教の布教と共に急速に発展しました。イク・フリーのマスターの描いた文殊菩薩(ダルマダトゥ・ヴァギシュヴァラ)の姿です。
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黄色い文殊菩薩の周囲にもたくさんの刺繍が施されています。
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木製の扉の付いたガラスケースに納められているので影が出てしまい、うまく写真に納められないのが残念です。
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午前中に参拝した「ガンダン・テクツェンリン寺」の観音菩薩の脇侍だった「金剛手菩薩(チャナドルジェ)」の姿も見えます。
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タンカはチベット仏教の仏画の掛軸の総称で、主にチベットで作られたものを指しますが、チベット仏教を信仰するモンゴルや中国でも製作されます。初期のタンカは大きさや形状、画題などが確立されていませんでしが、時代が下るに従って形式が定まってきます。
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その神々の中で最も異形な姿をしているのがヴァジュラハイラヴァで、文殊菩薩の憤怒の姿と言われている。タンカは元々は僧が村々を回って仏教教義や釈迦の伝記などを解説するために作られ、持ち運びが便利なように掛軸にされました。
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白マハーカーラは様々な姿で表現されるチベットのマハーカーラの中で最も慈悲深い存在であり六本の腕を持っていいます。白は慈悲のシンボルカラーとされます。
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ダーキニーは元々インドの破壊の女神カーリーの侍女であり、血に満たされた頭蓋骨の杯とカトバーンカという生首が突き刺さった槍を持っています。
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ヒンドゥー教の影響を感じるアップリケも数多く見られます。時間が無いのでゆっくり見ることができないのが残念です。
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一番素晴らしいと思った作品の部分です。ベゲツェとダルマバーラを描いたのはイク・クーレンの熟練職人の指導の下で訓練を受けて造られました。
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子供の頃に祖母の善光寺土産で貰った地獄の世界を描いた絵本を思い出します。同じような絵本を高野山で見つけたので姪へのお土産に買いましたが、いざとなったら嫌われそうで渡せていません。
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モンゴルの手描きのタンカは18世紀から発展しました。使われる絵の具は5つの基本色である青と赤と黄と白と緑に鉱物由来の顔料を用いて描きました。モンゴルの職人たちは他の国々のタンカとは違い、大地や神の宿る自然の中の場面を描きました。
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アジア各地で信仰かれているヒンドゥー教の神ガネーシャはチベット仏教でも信仰され知恵や商売をつかさどります。
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平面的なタンカだけではなくこのような塑像もいくつか納められていますが、詳しい説明はありませんでした。
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ツアーの皆さんからかなり遅れて宮殿の中に入ります。建物はかなり傷んでいて、長年修復もされずに使われたと感じられます。
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1903年に建てられたモンゴルで最初のヨーロッパの様式の建物です。2階の最初の部屋は賓客の待合室、次に謁見の間があり、左側に僧侶、右側に政治家の代表らが座る椅子や玉座が並びます。
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玉座に敷かれた座布団おかずに驚きます。あまりの高さに横には階段まで設けられています。
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ホグド・ハーン(ジェプツンダンバ・ホトクト8世)は僧侶にもかかわらず、テンジン・ドンドグラムという名のエヘ・ダギナ(荼枳尼天母)として知られていた妻を娶っていました。その妃の着用していた衣装も展示してあります。
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五如来の冠は中国雲南省の納西族の東巴教のことを思い出させます。まだ中国の国内観光ブームが来る前に雲南省を旅しておいて良かったと思います。
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皇后の外套はホグド・ハーン宮殿の職人たちによって作られました。ベストには孔雀の羽も織り込まれています。
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五本の爪を持つ龍が刺繍されたローブも皇后のものです。金糸に銀糸がふんだんに使われているのでかなりの重さだったと思えます。
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素材は金属なので100年の年月を経過したとは思えないほどの輝きがあります。
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第8代ボグド・ハーンとドンドグドラム女王の玉座
モンゴル最後の君主第8代ボグド・ハーンとドンドグドラム女王が20世紀初頭に座っていた玉座です。 -
この玉座の背もたれ部分には仏教のシンボルである九頭竜や馬や仙人の浮彫が彫刻され、座面には龍と花、果物と永遠の絆の象徴となる模様が浮彫りにされました。1924年にこの宮殿で火災が発生した時に保管されていたこの玉座の一部が燃え、背もたれだけが残りました。座面などは後で復元されたものです。
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ドンドグラム皇后の頭飾りも額に入れられています。銀や珊瑚や真珠、その他の半貴石で装飾されています。
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宮殿の仕立て職人によって作られたローブには136枚の黒テンの毛皮と700枚のセーブルの毛皮が用いられ、9頭の龍が刺繍されています。
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毛皮で覆われたホグド・ハーンの王冠と中段には印璽、下段には鼻煙壷や煙管などの愛用品が並んでいます。
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ドンドグラム皇后の居室には肖像写真が飾られています。
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ザナバサルが17世紀に使用していた椅子が置かれてありました。ウンドル・ゲゲーン・ザナバザルは政治家で学者であるばかりか、建築家であり、彫刻家、詩人、仏師、画家、哲学者でもあります。多様な才能、人道的な思想、高い芸術性により、正にルネサンスの芸術家らに匹敵する真の芸術家でした。ザナバザルの五智如来、オチルダリ仏、弥勒菩薩、文殊菩薩、白多羅菩薩、緑多羅菩薩、二十一多羅佛母、仏舎利塔などの作品群は今日においても高い評価を受けています。
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部屋の中央には皇帝のベッドが置かれてあります。明時代から清時代の中国で用いられた天蓋のある床榻(しょうとう)と呼ばれる小屋のような寝台です。
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モンゴルの冬の寒さを考えたらこのような小屋のようなベッドであれば多少の寒さをしのげたのではないでしょうか。
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皇后の床榻(しょうとう)は女性らしいデザインになっています。
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宮殿の中にはボグド・ハーンが特別に輸入したペットの象が身に着けていた宝石で飾られたレガリアがあります。また、宮廷のためだけに働いていた20人の絹刺繍職人の作品も展示されています。
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彼は宝石の象嵌細工が施された黒檀の家具、英国からの馬車、自分の動物園のために世界中から集められた動物を所有し、150頭のユキヒョウの皮で覆われたゲルを持っていました。このような社会的不公正により、共産主義者がモンゴルで大きな支持を得たのも不思議ではないのかもしれません。
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「パンチェン・ラマ7世テンペー・ニマの像」
チベット仏教ゲルク派においてダライ・ラマに次ぐ高位の化身ラマへの称号で、無量光仏(阿弥陀如来に相当)の化身とされ、転生によって後継者が定められます。現在はダライ・ラマ14世がゲンドゥン・チューキ・ニマ少年をパンチェン・ラマ11世と公式に承認した後に両親共々同少年は行方不明となります。 -
「タラナタ像」
タラナータはチベット仏教のジョナン派のラマ僧です。1614年からモンゴルに赴き、そこでいくつかの修道院を設立したと伝えられています。彼の転生はモンゴルのザナバザル、第1ボグド・ゲギーン、ジェブツンダンバ・フトゥクトゥとして知られます。 -
チベット滞在中にザナバザルはゲルク派が好むネパールの表象芸術スタイルを賞賛するようになり、それは彼自身の芸術的発展と作風に深く影響を与えました。1656年にチベットから帰国すると、彼はモンゴルで金属像製作の芸術を復活させます。
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1670年代から1680年代にかけて彼とトフホーン僧院の見習いの工房は、彼が設立した多くの僧院や寺院に飾られる何百もの芸術作品を制作し、その延長線上では宮廷の枠を超えて一般大衆に仏教を広める手段と見なされていました。彼の政治的影響力が増すにつれて彼の作品は外交の一形態となり、ジュンガルの指導者ガルダン・ボシュグトゥ・ハーンとの交渉に使用され、康熙帝の寵愛を得て外モンゴルを清の保護領に編入する道を開きました。
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ザナバザルの芸術作品の大部分は1651年のチベットへの最初の旅行から帰国してから、1688年にジュンガル・モンゴル軍がハルカ軍を打ち負かすまでの間に生まれました。
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ザナバザルの作品は女性の美しさを描写する彼の並外れたスキルと人間の肉体的な完璧さに対する彼の美的ビジョンを表しています。平和で瞑想的な女性像を描いた彼の彫刻は高い額に薄いアーチ型の眉毛、高い鼻筋、小さくて肉付きの良い唇を特徴とする顔は美しく均整が取れています。
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特に美しいのは深い瞑想をしているザナバザルの仏陀と菩薩の顔です。怒り、無知、欲望、軽蔑、悪意など、すべての罪を生む5つの悪徳から人々を解放したいという願望に導かれています。この作品はバルナザルの造った「すべての願いをかなえるタラ像」です。
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この博物館には数多くのザナバザル派の造ったタラ像が数多く並んでいます。その1つ1つが表情や持ち物や姿が違います。
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この「ボグドハーン宮殿博物館」でザナバザルの作品を観ることができると知ったのはこの日のバスの中でしたが、ここだけでもこれだけの作品を観ることができると余計に「バルナザル美術館」へ行きたくなってきます。
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ここへ来る前に見学した「国立歴史民族博物館」の近くに「バルナザル美術館」があるのですが、見に行けなかったのが残念です。ザナバザル美術館は1966年に設立され、建物は120年近い歴史があります。ウランバートル市の歴史と文化の記念碑であり、1905年にロシアの商人によって建てられたものです。
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その最も重要な所蔵品はモンゴル最大の芸術家である初代ボグド・ゲーゲンのザナバザルとその一派の彫刻、絵画です。その特徴は哲学、美、慈悲の理想を表現した中空で継ぎ目のない真鍮製の鋳造仏です。
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ここに並んでいる数多くの「多羅菩薩(たらぼさつ」は仏教で信仰される女性の尊格で漢字名は多羅、多羅仏母、救度仏母で、手に青い蓮の花を持つ姿で表されます。
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この菩薩は観音菩薩が「自分がいくら修行しても、衆生は苦しみから逃れられない」と悲しんで流した2粒の涙から生まれました。右目の涙からは白ターラーが、左目の涙からは緑ターラーが生まれました。 彼女たちは「衆生の済度を助ける」と発願し、菩薩は悲しみを克服したとされます。
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同じターラー像を表したものですが、眉間にしわを寄せる姿に手にはシンギングボールと三鈷杵を持つ姿で表されています。
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憤怒の表情のターラーはもう違う仏のような姿です。
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三界の勝利者としてのターラーの姿は凛々しい若者のようです。
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あまりの像の多さに写真を撮るのにも時間がかかってしまいます。ガイドさんとツアーのメンバーの姿も人のいる気配もありません。暖房も無い寒い部屋で1人でいると心細くなってきますが、ガイドさんがやってきました。
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遅いので迎えに来たのかと思いましたが、横に立って「すごいでしょう。」と一言。今回のツアーでザナバザルについてあれこれ言っていたのは自分1人だけでしたが、モンゴル人のガイドさんとしては誇らしかったのではないでしょうか。
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ボグド・ザナバザルの座像は18世紀になってバルナザル派によって造られたものです。多彩な美術家ではなく僧としての姿で表されています。
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ウスニサビジャヤは仏教における長寿の仏とされます。彼女は頭飾りにヴァイロカーナの像を着けています。阿弥陀如来とシタータラと共に長寿の三仏を構成しています。彼女はネパールやチベット、モンゴルでよりよく知られている仏教の神の1人です。通常は色が白く座っていて、8本の腕を持ち、両手にさまざまな象徴的な道具を持っているように表されます。
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先ほどのターラーとは違った白ターラーの姿です。この像は20世紀になってからの作品なので、顔つきなども現代的に見えます。
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これほど多くの仏を見ることができるとは思いませんでした。今回少しはモンゴルの仏像について学べたので次回は「ザナバザル美術館」へ行くのが楽しみです。
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神々の中で最も異形な姿をしているのがヴァジュラハイラヴァであり水牛の頭に36もの手を持っています。文殊菩薩の憤怒の姿と言われています。このタンカだけが1枚部屋の中に飾られていました。
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最後に150頭のユキヒョウの毛皮が使われた豪華なゲルを見て見学は終わりです。
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モンゴルのラスト・エンペラーの世界を垣間見た気がしました。
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既に陽が落ちかけていますが、最後の観光場所がまだ残っています。バスの車窓から見えたのは「ザイサンの丘」です。これからあの丘の上まで登らなければなりません。
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バスは丘をぐるぐる回りながら近づいていきます。この時点でデジカメで撮ってもこの暗さですから。肉眼ではもっと暗かったです。
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バスは丘の中腹にある「ザイサンヒル・コンプレックス(Zaisan Hill Complex)」の駐車場に停車して、エレベーターで7階まで上がります。
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7階にはカフェやお土産物屋さんがあるので、ツアーの半分の方がここで休憩するようです。妻も当たり前のように仲良くなったご夫婦の脇に立って見送っています。
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凍った階段は登りは良いですが、下りはもっと暗くなるので怖そうです。デジカメでもこれくらいですが、実際はほとんど足元は見えていません。
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上に人がいる気配はありません。これだけ暗ければ外套を付けても良いと思うのですが真っ暗なままです。ここから約300段の階段を登ります。
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振り返るとウランバートル近郊の火力発電所から立ち昇る黒い煙が見えました。西の空はもう暗くなろうとしています。
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共産主義時代にソ連によって建てられた大きなモニュメントは旗を掲げたソヴィエト兵と幅3メートルの鉄筋コンクリートのリングが山頂を一周巻いてあり、そのコンクリート帯には第1次世界大戦と第2次世界大戦で共に戦ったモンゴルとソヴィエトの友好関係やモンゴルの英雄たちが描かれています。
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山頂はこんな感じで我々以外には誰もいませんでした。
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以前モスクワへ行った際に2晩かけて市内の地下鉄駅構内の写真を撮りまくったことがありますが、その時に見た壁画やモザイクを思い出します。どちらもソヴィエトの力を誇示するプロパガンダを感じます。
モスクワの地下鉄1:https://4travel.jp/travelogue/11299342
モスクワの地下鉄2:https://4travel.jp/travelogue/11299760 -
倒れた仲間を抱えるソヴィエト兵とモンゴル兵には共産主義時代の意志が感じられます。
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モンゴル人初の宇宙飛行を行ったソユーズ39号の飛行を含むソ連の宇宙飛行の場面では有効と平和が強調されています。
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ナチスドイツに対する勝利ではドイツ軍の象徴として最も著名な鉄十字の旗を地面に倒すソヴィエト兵の姿があります。
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1939年のモンゴル国境のハルキンゴルでのソ連による日本の関東軍の敗北の場面では旭日旗が踏まれています。
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山頂からしばらくウランバートルの西側の夜景を眺めました。何とも幻想的な風景です。リドリー・スコット監督の映画「ブレード・ランナー」の2019年11月のロサンゼルスの夜景を想像してしまいました。残念あガラウランバートルにはタイレル社のような巨大な建物は見当たりません。ヴァンゲリスのテーマ曲が頭の中に浮かんできます。https://www.youtube.com/watch?v=wQMwfoXg5JE
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今回あまり深く考えずに来てしまったウランバートルでしたが、旅も終わりになるとその魅力に魅了されていました。実質3日間ではその一部しか触れることができませんでしたので、もう一度季節の良い時に再訪したいと願います。
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「妻が待っていますから先に降ります。」といった瞬間に階段の踏み面で滑って尻もちをつきました。妻はカフェで仲良くしてくださったご夫婦とお茶を飲んでいました。そこに合流してしばらく休憩します。
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麓にはモンゴルの人々が費用を負担した旅団のソビエト戦車が見えました。戦車記念碑には旅団が1943年にモスクワから1945年のベルリン陥落に参加するまでのルートを示す地図があるようです。
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「ザイサンヒル・コンプレックス(Zaisan Hill Complex)」はこんな立派な施設でした。周囲はもう真っ暗です。
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観光もすべて終わり、最後の食事に向かいます。最後の晩ご飯は「ボグドハーン宮殿博物館」の近くにある「Gegeenten Cinema」の建物の中にある「HOTPOT」というしゃぶしゃぶのレストランでした。
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最初に出てきたのは何かお菓子かと思ったらおしぼりでした。最後にビールを2本注文しようと思ったら185,000トゥグルグしかなく、15,000足りなくて1本しか頼めませんでした。
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しゃぶしゃぶの鍋は1人用のものが並んでいます。テーブルはフラットでコンロの部分だけがIHになっています。4人分がセットになっているので前に座られた九州からのご夫婦と一緒にいただきました。
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3種類の餃子は冷凍ですが、鍋に入れておくと美味しくなります。
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最後の締めは麺でした。
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最初はきゅうりの醤油漬けと薄切り牛肉の冷菜でした。これはとても美味しかったです。日本の高級中華料理店と比べても遜色ないほどです。
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4人分のセットです。お肉は牛肉の後に羊肉と最後に鶏肉の3皿が続きました。ボリュームいっぱいでお腹いっぱいになりました。
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ピラフのようなチャーハンまで出てきますが、とてもではありませんが手が出ません。大満足の最後の食事でした。午後7時にスタートした食事が終わって、ホテルに戻るとすでに午後8時30分です。
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日本で貰ったツアーの予定表ではこの日は午後6時にホテルに戻れると思い、外出するつもりでいましたが、出掛けられたのは午後9時前でした。妻は疲れたので残念そうでしたがお留守番です。「東横イン」を出て15分で「ノミン百貨店」を通過してそのまま「ガルレリア・ウラアンバアトル」に向かいます。
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「中央郵便局」はきれいにライトアップされていました。
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司馬遼太郎が見たらどう思うだろうかなどと考えながら広場を通り抜けます。
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左の建物が「証券取引所」で右側が「ごろ元銀行」の建物です。実っちゅうは目立たなかった建物たちも夜になると雄弁になります。
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広場を挟んで反対側には「国立オペラ・バレエ アカデミックシアター」の建物が見えます。
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「スフバートル騎馬像」も日中に曇り空の下で見るのとは迫力が違いました。
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そしてたどり着いた「GOBI」のショップは午後9時で閉まっていました。もうここにいても仕方がないので戻ることにします。妻はこのショップでの買い物を楽しみにしていたので残念です。
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「政府宮殿(国会議事堂)」も青いライトアップになっていました。こういった政府機関で色を付けるライトアップは珍しいと思います。
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柴氏チンギス・ハーンと対峙してみます。
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建物の中も青いライトアップをしてガラスのトップライトも青く染まっています。
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1992年のNHKスペシャルで放送した「大モンゴル」という番組があったことを思い出しました。近いうちに再放送しないかなと願います。
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踵を返して「ミノン百貨店」まで戻ると閉店まで30分ほど時間がありました。急いで昼前に買い物をしたショップに行くと、同じ店員さんがいました。妻がどちらにするか悩んでいたリバーシブルのカーディガンと数点を急いで買い物しました。
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買い物が終わると閉店時間になっていて、最後は社員通用口から表に出ました。急いでホテルに戻り、妻にお土産を渡すと大喜びだったので、走り回った甲斐がありました。
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旅行記グループ 2023 モンゴルの旅
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