2023/02/01 - 2023/02/01
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2023/02/01
この旅行記スケジュールを元に
門司港駅から次に向かったのは「九州鉄道記念館」です。自分が特に鉄道好きという認識はないのですが、子供の頃から父に国鉄の時刻表を渡され、夏の家族旅行のスケジュールを立てさせられたり、しているうちに嫌いではなくなり、国鉄の時刻表はいつのまにかトーマスクックに変わっていました。現在はネットの時代になり日本国内の切符の手配よりも、ヨーロッパの鉄道の方が先々の細かい予約までが簡単にできて、なおかつ早目の予約で安くなるという便利な世の中になりました。旅好きだった父の影響で写真を撮るようになり、列車を利用する際は車窓の風景や乗った列車などにシャッターを押してしまいます。今回門司港を訪れるにあたり、鉄道記念館の存在を知ったので予定に組み入れました。鉄道にほとんど興味のない妻にとってはあまり面白くないのかと思いましたが、それなりに面白がってくれました。入り口でチケットを買い求め中に入ると蒸気機関車が数両並んでいます。5歳くらいの頃に蒸気機関車に乗った記憶が残っていて、夏の暑い日にトンネルに入る度に窓を閉めたり、煙の臭いが鼻の奥を刺激したことを覚えています。小学生の終わりころには本州の蒸気機関車がどんどん廃止されていく時代でもあり、家族で行った新潟の笹川流れでは海岸線を走る羽越本線を走る蒸気機関車と写真を撮った記憶もあります。その奥には481系の「にちりん」がありました。同じタイプの「つばめ」と一緒に撮った写真が残っていましたが、調べてみると東海道新幹線開業の同日に新大阪と博多間に1往復設けられたようです。その当時大阪以西に行ったことはないはずなので、新大阪で写真を撮ったのか新しい疑問が生まれました。記念館は思っていたよりも空いていたのに驚きましたが、来ていたお客さんの多くが台湾からの旅行者だったことにも驚きました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー ANAグループ 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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「門司港駅」の見学を終えて「九州鉄道記念館」までやってきました。天気は変わってきて小雨が降ってきました。
九州鉄道記念館駅 駅
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前頭部車両3台はいずれも九州で活躍した車両で、「EF30 3」「ED76 1」と485系電車の「クハ481 246」の運転台が展示されています。
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こちらの展示は一番最後に見ることになりますが、切り取られた頭部の姿は無残に思えました。
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EF30形電気機関車は関門トンネルを走っていた車両です。どの車両も裏側から中に入り、運転機器を操作する事が出来るようです。
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入口前の広場のようなスペースの一角に駅名標があります。その前には線路が一部残されていて、「旧0哩(マイル)標」が設置されています。ここは九州鉄道が明治24年に門司駅を開設した時に鹿児島本線の起点として定めた場所です。
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券売機でチケットを購入して受付でパンフレットをいただきます。ここからしゃりゅ展示場が始まります。
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「C51 1号」
東海道線や山陽本線の主力機関車として誕生しました。昭和31年に門司に配属され、寝台特急「あさかぜ」を始め急行「雲仙」などに使用され、昭和37年には熊本に転属されます。この年に誕生した熊本初の特急「みずほ」も牽引していますが、昭和40年の熊本電化が完成した時点で、本線用で軸重が重く転属先がないことから廃車となりました。 -
門司に配属されてからは妻とほぼ同時代を生きてきた機関車なので記念写真を撮っておきます。線路の前に立てるのはここだけなので必然的にここが記念撮影場所になります。
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中学生の時の夏休みに祖父母宅に1カ月ほど預けられ、その間に京都市内の寺社仏閣を片っ端に参拝したことがあります。その中で唯一行ったのが出来て数年だった「梅小路蒸気機関車館」でした。当時は「C59 164」が動態保存されていました。
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蒸気機関車には子供の頃に何度か乗った記憶が残っています。一番古い記憶は仙台から陸中海岸を北上して久慈まで行った旅の時でした。夏の暑い日で客車の窓は開け放たれていましたが、トンネルを通過する度に前から窓が閉まっていくのが面白く思えました。
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昭和41年の1966年の旅だったので、当時5歳で57年前のことです。昨年同じようなルートをツアーバスで旅しましたが、海岸線以外の風景は全く変わっていました。
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他所に保存されているC59形はすべて戦後形で、この機関車は現存唯一の戦前形を残しているそうです。静態保存でありながら、釜を炊けばすぐに走れ出しそうなほどピカピカに整備されています。
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昨年秋に旅した遠野へ行く際に花巻駅から乗った列車は途中駅で蒸気機関車と入れ替えしました。近いうちに大井川鉄道にも乗ってみようなんて気持ちになってきます。
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小学生の時に家族で行った夏休みの旅先は新潟県の笹川流れでした。数日テントを張ってのキャンプでしたが、海岸線を走る羽越本線を蒸気機関車が疾走しているのが良く見えました。昭和の時代なので柵もなく、線路際まで行くことが出来るいい時代でした。この年の秋に羽越本線の蒸気機関車は電化と共に姿を消しました。
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「EF10 35」
昭和17年の関門トンネル開通時にこの区間だけが孤立した電化区間となり、トンネル専用のEF10型直流電気機関車が配置され、下関と門司で機関車がつけれかえられました。昭和36年に九州側が交流20,000ボルト、本州側が直流1,500ボルトの電化となり、交直両用機関車に役目を譲ることになりました。 -
この機関車はその後は本州各地で昭和54年まで使用され、引退後は門司大里公園で保存されていました。
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関門トンネルで運用されたステンレス外板車のうちの1両の35号機は昭和48年の1978年に豊橋機関区で廃車となった後に北九州市に寄贈されて大里不老公園に保存されました。2003年に修復の上で新しく開館した九州鉄道記念館に移され静態保存されており、これが本形式で唯一の現存機となっています。動態保存機はないとのことです。
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「ED72 1」
北九州電化で使用する交流電気機関車として登場しまし。暖房用ボイラーを載せているため、車長が長く中央に動力の伝わらない中間台車があるのが特徴です。暖房が蒸気から電気に変わり、ボイラーも不要となったために旅客用に限定する必要もなくなり晩年は貨物列車にも使用されていました。 -
この車両は試作機関車で他の同型機とは若干趣が異なっていますが、九州初の交流電気機関車として北九州市門司区の老松公園に保存されていました。
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「キハ07 41号」
戦前の代表的なクラッチで変速する機械式気動車で、連結運転の時は双方の運転士が合図しながら走っていました。昭和27年にガソリンエンジンをディーゼルエンジンに変更されています。 -
この車両は昭和32年に豊後森機関区に配置され、国鉄宮原線で使用されました。昭和44年に引退となり、豊後森機関区や大分運転所で保管されていました。戦前に製造された同型車で原形を保っているのはこの車両だけで、この気動車は令和3年に国の重要文化財に指定されています。
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令和3年10月27日付けの交通新聞では1面でこの気動車が紹介されています。
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国鉄宮原線にあった肥後小国駅と豊後森駅を結んでいたのだと分かるプレートが掛けられています。座席のシートと背もたれの国鉄青モケットが懐かしいです。横になって寝たこともあるので、その肌触りまで覚えています。
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「クハ481 603号」
昭和33年に登場した電車特急「こだま」型の発展型で、熊本電化にあわせて誕生したのが交流と直流の両方で運転できる481系です。この車両は昭和44年にクロ481-5として誕生して東北地方で活躍していましたが、昭和58年に鹿児島車両所に配属となり、普通座席車へ改造されてクハ 481-603と車号が変わりました。九州では特急「にちりん」、「かもめ」、「有明」として使用されたのち、平成9年以降は小倉工場で保存されていました。 -
このタイプの車両は旅行へ行く際に何度も乗っているので懐かしいです。ここで再開できるとは考えてもいなかったので感慨深く眺めてしまいます。散々乗った割には古い写真を見直しても数枚しか残っていませんでした。
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昭和38年7月の写真に「燕」と一緒に撮った写真が残っていました。さすがに2歳なので記憶は全く残っていません。生まれて3カ月の弟を連れて母と一緒に京都へ里帰りしたときのものです。昭和39年の1964年10月の東海道新幹線開業により「つばめ」「はと」は新大阪駅 -と博多駅間に運転区間を変更されますので、その少し前の写真だと分かります。
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このタイプの青モケットに白いカバーの掛かった座席も懐かしいです。50年くらい前はスキーへ行く際はアルミパイプの荷物置の下にS環でスキー板を吊り下げていました。
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「にちりん」の名称自体は博多駅・門司港駅と日豊本線経由で西鹿児島駅間、および博多駅と熊本駅間を日豊本線と豊肥本線経由で運行していた急行「ひかり」が東海道新幹線の超特急「ひかり」に使用するのに伴い列車名の変更を余儀なくされ、1964年10月1日から西鹿児島駅発着編成を「にちりん」とした列車が最初です。
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「クハネ 581 8号」
世界初の寝台電車特急「月光」としてデビューしました。昼間は座席特急として昼も夜も運転できる便利な特急用車両です。昭和45年には仲間も増え「つばめ」や「はと」などの関西と九州間特急に使用されました。 -
昭和59年に小倉工場で普通電車に改造され交流電車715系(クハ7151)として生まれ変わり、おもに長崎、佐世保線で平成12年まで活躍しました。廃車後は登場当時の特急塗装に戻され小倉工場に保存されていました。
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座席シートと背もたれの一部がスライドして、ベッドになるというシステムが面白いです。ただ、これだと日中と夜間で利用できる人数が変わってしまうように思えます。
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国内で寝台列車に乗ったのは札幌の仕事の帰りに「北斗星」に乗ったのが最後ですが、今から思えば乗っておいて良かったと思います。家族旅行では島根県の隠岐の島の帰りに鳥取砂丘を見た後に米子から東京へ戻った50年ほど前が唯一の旅でした。
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「14系寝台客車」
寝台特急客車14系11は昭和47年に2世寝台特急として日本車両で製造されたものです。20系「さくら」「みずほ」などの置き換え用として運転を開始した車両です。保存されている「スハネフ14系11」は床下にディーゼルエンジンを搭載しており、自車両を含む5両に電気を送ることが出来ました。 -
製造時は3段寝台客車で車掌室付でしたが、昭和57年から寝台が2段に改装されています。 永きに渡り活躍しましたが平成6年に寝台特急「みずほ」、平成17年には同「さくら」が廃止、平成21年の「富士」「はやぶさ」が廃止され、これが最後の運転となりましたが、九州では臨時列車として平成22年まで活躍し、引退後は熊本車両センターで保存されていました。
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ヨーロッパを旅していると寝台列車に乗ることが多く、ローマからシチリアのパレルモ、ナポリからシチリアのシラク―サ、スペインのサンチアゴ・デ・コンポステーラからマドリッド、チューリッヒからウィーン、トルコのハイダルパシャ駅からカッパドキアに近いカイセリなど…。たくさんの楽しい思い出が残っています。
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階段を上ってレンガ造りの本館へ向かいます。振り返ると「にちりん」の運転席がきれいに見えました。
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本館は明治24年の1891年に建築された赤レンガ造りの初代九州鉄道本社社屋が転用されています。現在の門司港駅が開業したのをきっかけに、駅の南側に本社を移転しました。時代は折しも石炭ブームで、明治22年の1889年に門司港は石炭を扱う国の特別輸出港に指定されます。港と鉄道ができたことでそれまで若松と芦屋に集められていた筑豊の石炭は折尾を経由して直接門司駅に輸送され、門司港から輸出されるようになりました。九州鉄道は石炭産出地の筑豊と積出港である門司港をつなぐ輸送手段として大きな役割を果たします。
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館内は大きな吹き抜けが設けられ、明治時代から活躍してきた客車が展示してあります。その周囲に当時の乗客や車掌などの人形造形を配置し、音響演出によりかつての旅の情景を演出しています。
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昭和40年代の終わりころまではこのような弁当売り屋さんが駅のホームを回っていたのを懐かしく思い出します。上越線に乗ったら何駅のなんていうお弁当を食べて、信越本線、中央本線だと何駅のお弁当などと考えるのも楽しかったです。
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木製の客車の中に入ることが出来ました。木製の床を見ると昔池袋駅と赤羽駅を結んでいた赤羽線を思い出します。国鉄72系電車が使われていた頃は床板のワックスの油の臭いが臭かったのを覚えています。20年くらい前は台湾でもそんな列車に出会うことがありました。
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妻に小芝居をしてもらい、記念写真を1枚。
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1階にはミュージアムショップのようなものがあり、最近孫の生まれた地元の友人の奥さんにドクターイエローの靴下と門司港駅のクリアファイルをお土産にしました。かなりのスジ鉄の方で、わざわざドクターイエローを見に行ったりする方なので喜ばれました。
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2階では九州の鉄道の歴史を当時の写真などでダイジェストに紹介しています。全国で活躍した蒸気機関車の模型や実物資料なども展示されています。「つばめコーナー」では歴代の名列車「つばめ」を紹介しています。
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「ヘッドマーク」とは列車の愛称を文字やイラストで示したもので、主に特急や急行列車の先頭部に取り付けられています。列車の最後尾に取り付けられているものは「テールマーク」、その両方を合わせて「トレインマーク」とも呼びます。
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昭和初期までは列車に愛称名は付けられていませんでした。昭和4年の9月に特急列車の「富士」「櫻(さくら)」の愛称が一般公募によって採用され、列車の後ろにテールマークが取り付けられました。
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ヘッドマークが初めて採用されたのは昭和25年の特急「つばめ」が最初になります。「へいわ」から「つばめ」に改称されると、大阪鉄道管理局の運転部と旅客課の発案で「つばめ」を牽引する機関車にも直径66センチのマークが取り付けられます。
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特急「あかつき」は京阪神と九州を結ぶ夜行特急(関西ブルートレイン)の祖であり、最後まで残った列車でもあります。2008年3月に廃止され、これにより京阪神と九州間のブルートレインおよび夜行定期列車は1965年の「あかつき」運行開始以来、42年半の歴史に終止符を打つことになります。JR旅客他社の車両が定期列車でJR九州管内の在来線に乗り入れるのも終了しました。
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かなり大きな施設ですが我々が訪れたときは30人ほどのお客しかいませんでした。その半分は台湾からの観光客のようでした。
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九州を舞台にしたHOゲージの巨大な鉄道模型も展示してありました。博多駅や門司港駅からJR九州を代表する列車が次々と発車する姿が見られます。博多駅は昨年末にイレギュラーで新幹線に乗って小倉に向かいましたが、今回はちゃんと予定を立てて博多駅に向かいます。
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操作して遊びたいところですが、先の予定もあるので楽しそうに遊んでいる子供を後ろから眺めて先に進みます。
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帰りがてらに最初に見た切り取られた運転台を見ていきます。こちらは「EF30 3号」ですが、その狭さに驚いてしまいます。
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「ED76 1号」
専門的には違いのでしょうが、素人目には車両が変わっても基本的な機器の配置はあまり変わらないような気がします。 -
指さし確認をして出発進行!
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「59634号」
9600型は初の国産貨物機関車で770両が作られました。その活躍の場は九州全域に及び、キュウロクの愛称で親しまれました。特徴は動輪上にボイラーあるため、車体高が高いことです。この機関車は昭和49年に米坂線から後藤寺機関区に転属してきました。 -
遠くやって来た機関車はその番号から「ごくろうさんよ」とファンの間では呼ばれていました。筑豊地区で働いたのは1年足らずでしたが北九州地区最後の蒸気機関車の1両となっています。
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「キューロク」や「クンロク」あるいは「山親爺」と愛称され、四国を除く日本全国で長く使用されました。国鉄において最後まで稼動した蒸気機関車ともなった長命な形式です。
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ようやく見学が終わりました。妻も鉄道にはあまり興味がないのですが楽しめたようです。
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子供の頃には神田にあった交通博物館には行ったことがありますが、大宮に移転した後の交通博物館へはまだ行ったことがありません。空いていそうなタイミングがあるのか分かりませんが一度行ってみようと思いました。
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