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『高崎線沿線ぶらり旅』の11回目は、北本駅界隈。<br />北本は中山道沿いの街である。江戸幕府による街道整備が行われる前までは、北本に鴻巣宿があったのだが、後に現在の鴻巣に移設されたため、元宿と呼ばれるようになった。その後、北本宿村を経て、現在の北本市となったのである。このため、旧街道沿いには、あまり見るべきものは無い。そこで、今回はバスで街の西側に向かい、石戸宿界隈を歩いてみることにした。<br /><br />(2021.09.23 投稿)

高崎線沿線ぶらり旅 ~北本駅・石戸宿界隈~

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2021/09/20 - 2021/09/20

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『高崎線沿線ぶらり旅』の11回目は、北本駅界隈。
北本は中山道沿いの街である。江戸幕府による街道整備が行われる前までは、北本に鴻巣宿があったのだが、後に現在の鴻巣に移設されたため、元宿と呼ばれるようになった。その後、北本宿村を経て、現在の北本市となったのである。このため、旧街道沿いには、あまり見るべきものは無い。そこで、今回はバスで街の西側に向かい、石戸宿界隈を歩いてみることにした。

(2021.09.23 投稿)

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス JRローカル 徒歩
  • 北本駅には9時22分に到着。この駅は、以前、年に十数回は降り立った馴染みの場所である。とは言え、ほぼすべてが乗り過ごしである。

    北本駅には9時22分に到着。この駅は、以前、年に十数回は降り立った馴染みの場所である。とは言え、ほぼすべてが乗り過ごしである。

    北本駅

  • 駅前から、9時28分発の北里大学メディカルセンター行の川越観光自動車の路線バスに乗り、石戸宿を目指す。車内は、数人の乗客がいた。

    駅前から、9時28分発の北里大学メディカルセンター行の川越観光自動車の路線バスに乗り、石戸宿を目指す。車内は、数人の乗客がいた。

  • 10分足らずの乗車で着いたのは、自然観察公園前バス停。まずはここで降り、公園内を散策することにした。バス停からすぐの入口から入ると、すぐにふれあい橋を渡る。右手には、豊かな自然が観られる。その奥には、カワセミが姿を見せる池や、有名な江戸彼岸桜がある。

    10分足らずの乗車で着いたのは、自然観察公園前バス停。まずはここで降り、公園内を散策することにした。バス停からすぐの入口から入ると、すぐにふれあい橋を渡る。右手には、豊かな自然が観られる。その奥には、カワセミが姿を見せる池や、有名な江戸彼岸桜がある。

    北本自然観察公園 公園・植物園

  • 自然観察公園は、谷津と呼ばれる湿地が中心となっている。橋を渡って左手へ進むと、八ツ橋の池が見えて来る。そこには橋が架けられ、両側には湿地性の植物が観察できるようになっている。

    自然観察公園は、谷津と呼ばれる湿地が中心となっている。橋を渡って左手へ進むと、八ツ橋の池が見えて来る。そこには橋が架けられ、両側には湿地性の植物が観察できるようになっている。

  • 橋の上からは、谷津らしい景観が望める。湿地帯は、以前、田圃だったそうだが、今は自然に戻っている。

    橋の上からは、谷津らしい景観が望める。湿地帯は、以前、田圃だったそうだが、今は自然に戻っている。

  • 高尾の池を過ぎると、小川沿いの道となる。台地と谷津のの境に付けられた道で、木漏れ日の中に続き、とても気持ちが良い。この辺りは、初夏に蛍が観られるそうだ。

    高尾の池を過ぎると、小川沿いの道となる。台地と谷津のの境に付けられた道で、木漏れ日の中に続き、とても気持ちが良い。この辺りは、初夏に蛍が観られるそうだ。

  • さらに歩いて行くと、湿地を横切る道が現れる。一夜堤と呼ばれるもので、戦国時代の永禄5年(1562)、上杉謙信の家臣毛利丹後守が守る石戸城を北条氏邦が攻めた際、一夜にして築かれたとされる土橋で、これを使って石戸城を落城させたと云われている。

    さらに歩いて行くと、湿地を横切る道が現れる。一夜堤と呼ばれるもので、戦国時代の永禄5年(1562)、上杉謙信の家臣毛利丹後守が守る石戸城を北条氏邦が攻めた際、一夜にして築かれたとされる土橋で、これを使って石戸城を落城させたと云われている。

  • その土橋を渡り切ると、曼殊沙華がたくさん咲いていた。

    その土橋を渡り切ると、曼殊沙華がたくさん咲いていた。

  • 近くの池では、鴨が一羽、食事中。水面に波紋が起き、灯台のレンズのようになっていた。

    近くの池では、鴨が一羽、食事中。水面に波紋が起き、灯台のレンズのようになっていた。

  • その先に、黄色い花がたくさん咲いていた。『キツリフネ』と言う花で、茶室で使われる『釣船』に似ていることから、名付けられたそうだ。

    その先に、黄色い花がたくさん咲いていた。『キツリフネ』と言う花で、茶室で使われる『釣船』に似ていることから、名付けられたそうだ。

  • 石戸城跡の麓を回り込み、一夜堤口から公園を出る。そこは、桜土手と呼ばれている場所で、桜の季節にはなかなか綺麗な所だ。ところが、出てみると、桜の樹がかなり枝を切られていて、青い空が広がっていた。

    石戸城跡の麓を回り込み、一夜堤口から公園を出る。そこは、桜土手と呼ばれている場所で、桜の季節にはなかなか綺麗な所だ。ところが、出てみると、桜の樹がかなり枝を切られていて、青い空が広がっていた。

    城ヶ谷堤 自然・景勝地

  • その土手は、正式には城ヶ谷堤と言う。城と言う名が付いている通り、すぐ近くに城跡がある。その城は、扇谷上杉氏が築いた石戸城である。堤のすぐ南側には、一の郭の土塁が観られた。

    その土手は、正式には城ヶ谷堤と言う。城と言う名が付いている通り、すぐ近くに城跡がある。その城は、扇谷上杉氏が築いた石戸城である。堤のすぐ南側には、一の郭の土塁が観られた。

    石戸城跡 名所・史跡

  • 土手から延びる道を歩いて行くと、右手に小さな畑があった。この辺りが、かつての三の郭の西の突端に当たり、南北に空堀があったようだが、今は埋め立てられていた。

    土手から延びる道を歩いて行くと、右手に小さな畑があった。この辺りが、かつての三の郭の西の突端に当たり、南北に空堀があったようだが、今は埋め立てられていた。

  • 畑の脇には、ニラらしき花が咲いていた。

    畑の脇には、ニラらしき花が咲いていた。

  • その向かいに、北本市の保護樹木に指定されているモチの樹があった。根元が岩のようになり、幹もかなり太い。長らく剪定されているらしく、樹高は低い。そのせいか、かえって堂々としていた。

    その向かいに、北本市の保護樹木に指定されているモチの樹があった。根元が岩のようになり、幹もかなり太い。長らく剪定されているらしく、樹高は低い。そのせいか、かえって堂々としていた。

  • そのすぐ横には、栗林が広がっていた。ちょうど収穫の時期らしく、立派な栗の実が生っている。

    そのすぐ横には、栗林が広がっていた。ちょうど収穫の時期らしく、立派な栗の実が生っている。

  • その畑の北の端が、石戸城跡の三の郭と五の郭境となっていて、土塁の跡が僅かに残されていた。

    その畑の北の端が、石戸城跡の三の郭と五の郭境となっていて、土塁の跡が僅かに残されていた。

  • 通りから路地へと入ると、民家の先に細い道が続いている。これが、一の郭と二の郭を隔てていた掘割の跡である。両側に土塁の跡が残り、城跡らしい場所であった。

    通りから路地へと入ると、民家の先に細い道が続いている。これが、一の郭と二の郭を隔てていた掘割の跡である。両側に土塁の跡が残り、城跡らしい場所であった。

  • 二の郭の北側の土塁も良好に残されてる。石戸城は、北上する北条氏に対する防御拠点の一つとして、関東管領扇谷上杉氏により築かれた城である。城跡を歩いてみると、西側には荒川が流れ、北と東は低湿地、南側に郭を連ねる堅固な城であったことが分かる。松山城の攻防戦の際には、援軍として駆け付けた上杉謙信が入城したこともあるそうだ。

    二の郭の北側の土塁も良好に残されてる。石戸城は、北上する北条氏に対する防御拠点の一つとして、関東管領扇谷上杉氏により築かれた城である。城跡を歩いてみると、西側には荒川が流れ、北と東は低湿地、南側に郭を連ねる堅固な城であったことが分かる。松山城の攻防戦の際には、援軍として駆け付けた上杉謙信が入城したこともあるそうだ。

  • 城の南側は、旧鎌倉街道沿いに開かれた石戸宿となる。現在でも、街道に沿い、間口の狭い民家が建ち並ぶ典型的な宿場の景観が観られる。

    城の南側は、旧鎌倉街道沿いに開かれた石戸宿となる。現在でも、街道に沿い、間口の狭い民家が建ち並ぶ典型的な宿場の景観が観られる。

  • その石戸宿の一角に、天神社が建っていた。江戸時代に宿場の鎮守として勧請された社で、祭神は菅原道真。祭礼の日には、市の指定文化財である『ささら獅子舞』が奉納されるそうだ。境内には、保護樹木であるムクの樹もあった。

    その石戸宿の一角に、天神社が建っていた。江戸時代に宿場の鎮守として勧請された社で、祭神は菅原道真。祭礼の日には、市の指定文化財である『ささら獅子舞』が奉納されるそうだ。境内には、保護樹木であるムクの樹もあった。

  • その隣には、天神社の別当寺であった放光寺がある。そこそこ立派な本堂があったが、後は墓地が残されているだけである。片隅には、享保九年に奉納された手水鉢が置かれていたが、ほとんど放置されている感じであった。境内には、三春の滝桜の子孫と云われる枝垂桜もあるそうだ。

    その隣には、天神社の別当寺であった放光寺がある。そこそこ立派な本堂があったが、後は墓地が残されているだけである。片隅には、享保九年に奉納された手水鉢が置かれていたが、ほとんど放置されている感じであった。境内には、三春の滝桜の子孫と云われる枝垂桜もあるそうだ。

  • 墓地の前には、古い石仏などがいくつもあった。享保六年の銘がある石像は、かなり変わった姿をしていた。

    墓地の前には、古い石仏などがいくつもあった。享保六年の銘がある石像は、かなり変わった姿をしていた。

  • 石戸宿を抜けると、長閑な景色となった。この辺りは、関東平野の昔の情景が、まだ僅かに残っているようだ。谷津などの低湿地には田圃があり、高台には街道が通っている。その道沿いに集落があり、周りには農地が広がっている。高度経済成長期以前までは、普通にあった風景が、ここではまだ感じられるのだ。

    石戸宿を抜けると、長閑な景色となった。この辺りは、関東平野の昔の情景が、まだ僅かに残っているようだ。谷津などの低湿地には田圃があり、高台には街道が通っている。その道沿いに集落があり、周りには農地が広がっている。高度経済成長期以前までは、普通にあった風景が、ここではまだ感じられるのだ。

  • そして、集落の外れには、元禄十二年の銘がある石仏がある。脇には大きな樹があり、その根元には芭蕉の句碑が置かれていた。嘉永四年に設置されたもので、『原中や 物にもつかず 啼雲雀』と刻まれていた。県内には、約百基の芭蕉句碑があり、門弟などが多かったようである。

    そして、集落の外れには、元禄十二年の銘がある石仏がある。脇には大きな樹があり、その根元には芭蕉の句碑が置かれていた。嘉永四年に設置されたもので、『原中や 物にもつかず 啼雲雀』と刻まれていた。県内には、約百基の芭蕉句碑があり、門弟などが多かったようである。

  • 石仏のあった辻を曲がり、東光寺の方へと向かう。東光寺には、北本市で最も知られた石戸の蒲桜があるのだ。桜の季節に二度ほど訪れたことがあるが、別の季節に訪れてみるのも良いかと思ったのだ。途中の道沿いでは、秋桜の花が風に揺れていた。

    石仏のあった辻を曲がり、東光寺の方へと向かう。東光寺には、北本市で最も知られた石戸の蒲桜があるのだ。桜の季節に二度ほど訪れたことがあるが、別の季節に訪れてみるのも良いかと思ったのだ。途中の道沿いでは、秋桜の花が風に揺れていた。

  • 民家の庭先では、斑入りの薄が穂を伸ばしている。烏山で初めて出会って以来、この斑入りの薄は気に入っているのである。

    民家の庭先では、斑入りの薄が穂を伸ばしている。烏山で初めて出会って以来、この斑入りの薄は気に入っているのである。

  • 途中で道を間違え、少し戻る。私道かと思って通り過ぎた細い道が、東光寺への道だったのだ。その道は舗装が剥がれ、所々砂利道になり、水溜りまで出来ていた。子供の頃は普通だった光景だが、今となっては懐かしい感じがする。

    途中で道を間違え、少し戻る。私道かと思って通り過ぎた細い道が、東光寺への道だったのだ。その道は舗装が剥がれ、所々砂利道になり、水溜りまで出来ていた。子供の頃は普通だった光景だが、今となっては懐かしい感じがする。

  • そして、小さな御堂があるだけの東光寺に辿り着いた。その傍らに、蒲桜が立っている。蒲冠者源範頼に因んだ桜で、日本五大桜のひとつである。天然記念物に指定された大正の頃は、大きな四つの枝に分かれていたそうだが、今は年老いて、株別れして残った部分が花を付けているそうだ。

    そして、小さな御堂があるだけの東光寺に辿り着いた。その傍らに、蒲桜が立っている。蒲冠者源範頼に因んだ桜で、日本五大桜のひとつである。天然記念物に指定された大正の頃は、大きな四つの枝に分かれていたそうだが、今は年老いて、株別れして残った部分が花を付けているそうだ。

    石戸蒲ザクラ 花見

  • その根元に小さな石塔があり、源範頼の墓と伝わっている。範頼と言えば、伊豆修禅寺で自害したのが史実とされているが、ここ石戸に逃れ隠れ住んだと言う伝承が残っているそうだ。

    その根元に小さな石塔があり、源範頼の墓と伝わっている。範頼と言えば、伊豆修禅寺で自害したのが史実とされているが、ここ石戸に逃れ隠れ住んだと言う伝承が残っているそうだ。

  • 東光寺を後にし、近くの石戸神社に立ち寄る。以前は白山社と呼ばれていたその社が建つ場所は、源範頼の館があった場所と云われてる。土塁や堀の跡が残ることから、主は分からないが、居館があったことは間違いないようだ。

    東光寺を後にし、近くの石戸神社に立ち寄る。以前は白山社と呼ばれていたその社が建つ場所は、源範頼の館があった場所と云われてる。土塁や堀の跡が残ることから、主は分からないが、居館があったことは間違いないようだ。

  • 石戸神社近くの石戸三丁目バス停へ向かったが、直前でバスに追い抜かれてしまったので、その先にある北里大学メディカルセンターまで歩く。そこから、12時31分発の北本駅西口行に乗り、駅へと戻った。<br />ようやく一駅進んだが、まだ北本には見所があるようなので、次回も北本駅界隈を歩いてみようと思っている。

    石戸神社近くの石戸三丁目バス停へ向かったが、直前でバスに追い抜かれてしまったので、その先にある北里大学メディカルセンターまで歩く。そこから、12時31分発の北本駅西口行に乗り、駅へと戻った。
    ようやく一駅進んだが、まだ北本には見所があるようなので、次回も北本駅界隈を歩いてみようと思っている。

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高崎線沿線散歩

この旅行記へのコメント (6)

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  • ポテのお散歩さん 2021/09/28 22:27:01
    初秋
    旅猫さん こんばんは。

    今回は北本を歩かれたのですね。
    湿地帯があったり、戦国時代の古城跡があったり、そういった場所に季節感のある花が咲いているのを見ながら歩くのも、ふらり旅の楽しみの一つですね。 お写真の中に一杯秋が感じられました。

    享保六年の銘がある石像を見たとき、よく観る韓国時代劇の人達に似ていると思いました。 韓国ドラマの観過ぎ? かも(^-^;
    お写真のどこにも山が写っていない関東平野で繰り広げられた歴史の数々。 今の生活の中に溶け込みながら残っているのが素敵です。

      ポテ

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2021/09/29 06:27:40
    RE: 初秋
    ポテさん、こんにちは。

    書き込みありがとうございます。
    北本は、高崎線沿線でもかなり地味な場所です。
    それでも、歩いてみると、なかなか面白かったです。
    自然観察公園は一度歩いたことがあるのですが、秋は初めてでした。
    湿地帯の雰囲気や咲いている花なども違い、季節の違いは良いですね。

    あの石像は、日本らしくないですよね。
    大陸系の意匠が感じられました。

    関東平野は、高い山が無いですが、よく見ると台地と谷地があり、それを巧みに利用し、城や町、畑や田圃が作られていて、そこに歴史が伝わっています。
    そんな土地は、ぶらり旅が一番です。

    旅猫
  • rokoさん 2021/09/25 17:04:11
    猫旅ワールド
    猫旅さん  こんにちは~♪

    北本駅・石戸宿界隈
    いったい何処にあるのか、さっぱりわかりません!
    埼玉県のどこか程度で見せていただいてました。

    表紙の画像がいいですね~♪
    湿原散策、そそられます。
    初夏に蛍が観られる小川沿いの木漏れ日の道
    さぞ気持ちよかったでしょうね。
    また戦国時代に一夜にして築かれたとされる土橋
    これを使って石戸城を落城させたと云われているなんて
    すごい道を歩かれたんですね(笑)
    ツリフネソウ 久しくお目にかかってないです。
    墓地の前には、古い石仏 貫禄ありますね。
    pedaruさんが言われてるとおり、初秋の猫旅旅行記
    しみじみ味わわせていただきました。

       roko

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2021/09/25 17:51:11
    RE: 猫旅ワールド
    rokoさん、こんばんは。

    書き込みありがとうございます!
    北本、分からないですよねぇ(^^;
    高崎線沿線でも、かなり地味な所ですからね(笑)

    関東平野の昭和初期くらいまでは普通にあった里山の風情を残す自然公園があり、そこがなかなか良い所なのです。
    湿原とまではいきませんが、湿地帯があり湿原好きには気に入ってもらえる場所です。
    散策路も湿地沿いに付けられていて、気持ちが良いです。

    そんな長閑な場所ですが、戦国時代には大規模な戦が行われた場所でもあります。
    一夜堤は、その歴史を感じられる場所です。
    普通に歩けるのが凄いですよね。
    ツリフネソウ、私も久しぶりに出会いました。

    pedaruさんには、猫旅さんと言われています(笑)
    旅する猫では無く、猫の旅と言ったところか(^^)

    旅猫
  • pedaruさん 2021/09/24 04:41:17
    北本市
    猫旅さん おはようございます。

    北本市と聞いても、何も知りません、ずいぶん地味な土地を歩いたものです。
    ところが、この土地に足を踏み入れると、興味深い解説に心を奪われます。
    見るべきものは何もない、田んぼだった湿地と、小さな神社、土塁の跡、水たまり、
    これらが猫旅さんの手に架かると最後まで引き込まれる旅行記になってしまうのですね。
    では私も訪ねてみようと、行ってみれば、何にもない土地だけだと、がっかりして帰ってくる予感がします。やはりこの土地は猫旅旅行記で見るのが一番ですね。

    pedaru

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2021/09/24 06:14:49
    Re: 北本市
    pedaruさん、こんにちは。

    書き込みありがとうございます。
    北本市は、かなり地味な場所ですね。中山道沿いの街ですが、宿場も無かったので、街道歩きでも通過されてしまうような街です。観光地ではありませんが、歩いてみれば、その土地が歩んできた歴史が滲み出て、なかなか楽しく歩けます。とは言え、歴史や小さな自然に興味がないと、ちょっと楽しめないかもしれませんね(笑)

    旅猫

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