2021/05/01 - 2021/05/01
2位(同エリア93件中)
旅猫さん
高崎線沿線ぶらり旅。
今回は、先日歩いた宮原駅から上尾駅へと向かうことにする。
高崎線は、中山道に沿って走ってるので、基本的に中山道を歩くことになる。
街道の風情はほとんど無いが、そこかしこに歴史の息吹が感じられた。
旅の後半は、上尾の地酒を堪能して締め括りとした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
-
宮原駅の東口を出ると、すぐのところに銅像が建っていた。
その銅像の主は、日本交通株式会社の社長だった川鍋秋蔵氏。
農家が数軒しかなかった宮原村にあった加茂宮信号所に、駅を設置するために奔走し実現させた功労を称えて設置されたものだそうだ。
今の宮原駅周辺の発展は、氏の功績なのだ。 -
駅から北へと少し歩くと、線路沿いに庚申塔が建っていた。
元禄六年の銘が刻まれたその塔は、地元の人に大切にされているらしく、花や果物がお供えされていた。 -
そこから旧中山道へと向かう。
その途中で、瓦屋根の趣のある民家が建っていた。
凝った意匠の石塀も風情がある。 -
旧中山道へ出てすぐ、左手に小さな社が建っていた。
地図には天満宮とあった。
要するに、菅原道真公を祀っていると言うことだ。
境内には、まだ躑躅が咲いていた。 -
天満宮の向いの道端には、天神橋と刻まれた橋の欄干らしきものが置かれていた。
以前、この辺りにあった川に架けられていた橋の名残りらしく、天満宮側にも竣工年が刻まれた同様の物が残されていた。
現在、川は暗渠になり、欄干だけが残されたようだ。
近くには、天神橋の庚申塔もあった。 -
しばらく歩くと、右手に緑が見えて来た。
そこには、この辺りにあった加茂宮村の名の由来となった加茂神社が鎮座し、境内では、地元の方々が清掃に勤しんでいた。
この社で、まずは旅の無事をお祈りした。
ちなみに、かの浮世絵『木曽海道六十九次』の上尾宿には、この加茂神社が描かれている。 -
新大宮バイパスの高架橋を潜った先には、馬頭観音があった。
駐車場を整備するにあたり、綺麗に保存されたようだ。
撤去されずに残されて良かった。
道を挟んで向いには、宮原村の道路元標も残されていた。 -
そこから高崎線の方へ少し入ると、住宅街の中に小さな祠が建っていた。
金山権現社と言う社で、鍛冶職人が信仰する神が祀られているそうで、江戸時代、この辺りにも鍛冶職人が住んでいた鍛冶村があったそうだ。
後に、加茂宮村と合併し、さらに宮原村の一部となっている。 -
その社の線路側には、小さな農地が広がっていた。
大都市にある住宅街の中に僅かに残る農地は、ふと心が和む景色だ。 -
その畑の片隅に、柑橘類の白い花が咲いていた。
-
中山道へと戻ると、宮原小学校の敷地内に大きな樹があった。
センダンの樹で、前身である加茂学校が明治8年に設立された当初に植えられたものらしく、さいたま市の天然記念物に指定されていた。
この学校の校歌にも歌われているそうだ。 -
見上げると、その梢には、小さな薄紫色の花が咲いていた。
花期は初夏だが、今年は季節の移ろいが早いので、すでに花は盛りを過ぎてしまっていた。 -
しばらく歩くと、南方神社と言う社が見えて来た。
鎮座地は、旧吉野原村字鈴木で、村の鎮守として、諏訪大社から大神を勘定した社だそうだ。
鈴木と言う字名は、当時、この辺りは樫が鬱蒼と茂り、夏でも涼しい風が通る『涼木』に由来するようだ。 -
鳥居を入ってすぐ右手にあった手水鉢は、文政十三年(1830)の銘があり、旧吉野原村字鈴木の氏子によって奉納されたものだそうだ。
-
朱塗りの拝殿は、唐破風のある立派なものだった。
由緒書きに寄れば、『南方』の名は、祭神の建御名方命に因むとともに、諏訪湖を表す水潟に所縁があるそうだ。
拝殿の幅が狭いのが気になったが、覆屋を転用したものだからだそうだ。 -
時計を見ると、バスの時間が迫っていた。
少し早歩きで、さいたま市と上尾市の境を越え、栄町南バス停近くにある庚申塔を探す。
すると、道の反対側に立っていたので観に行き、すぐ戻ろうとしたが、横断歩道が緑に変わる直前に、目の前をバスが走り去ってしまった。 -
この後、4時間もバスは無いので、仕方が無く、歩いて行くことにする。
適当に歩いていると、ご当地マンホールがあった。
上尾市のもので、市民の木である『あおき』が描かれていた。 -
さらに住宅街の中を歩いていると、生産緑地があった。
植えられていたのは、栗の樹のようだ。 -
住宅街を抜けると、空き地が広がっていた。
林を切り開いたらしく、切株がたくさん残っている。
緑が一部残っているが、新しい住宅街となり、空き地もすぐに無くなりそうである。 -
その先で、桜で有名な芝川を渡った。
もうすっかり緑の季節である。 -
バス停から40分余りで、原市にある妙厳寺に着いた。
延徳元年(1489)に創建された古刹で、文禄年間に、時の領主であった西尾隠岐守吉次が現在地に再興した寺だ。
境内に、『西尾隠岐守一族累代の墓』があるので拝観しに来たのだが、入口が閉められ、境内に入ることが出来なかった。 -
そこから10分ほどのところには、その西尾吉次が築いた原市陣屋の跡があり、現在は陣屋公民館の敷地となっていた。
-
陣屋跡の脇に陣屋公民館バス停があり、すぐにバスが来るようなので待つことにしたが、時間が過ぎても来る気配が無い。
結局、12時22分発のバスは、15分ほど遅れてやってきた。
そのバスで愛宕神社バス停まで乗ることにしたが、渋滞に巻き込まれ、7分の道のりのところを15分も掛かって到着した。 -
目指す愛宕神社はバス停の目の前にあった。
境内には欅の木が多くある。
平安時代前期に創建されたと伝わる古社で、明治の神社整理の際、地元の人たちが合祀を拒否したため残ったそうである。
その本殿の裏手にも、大きな欅が立っていた。
さらに、鳥居の左手には、立派な庚申塔も保存されていた。 -
愛宕神社から、中山道沿いに歩いて行く。
そこは、すでに上尾宿の中である。
しばらく歩くと、木造の古風な民家が建っていた。
21万都市の上尾の中心部に、こんな建物が残っているとは嬉しい。 -
そのすぐ先には、『ゆず最中本舗 伊勢屋』と言う和菓子屋があった。
その和菓子屋は、創業180年と言う老舗だそうだ。
ゆず最中に惹かれたので、ひとつ買ってみた。
食べてみると、柚子の香りが広がりとても美味しかった。伊勢屋製菓店 グルメ・レストラン
-
上尾駅が近付いて来ると、宿場の中心だった場所となる。
上尾宿には、本陣1軒と脇本陣3軒があり、日本橋を七つ立ちすると、最初の宿泊地が上尾宿となるため、往時は賑わったそうだ。
脇本陣のひとつであった井上五郎右衛門家の鬼瓦が、民家の塀に残されていた。 -
井上家の鬼瓦が見えた場所の斜向かいに、おしゃれ工房新井屋と言う店があり、その軒先の上に鍾馗様が祀られていた。
京都などでも見られるが、厄除けの鬼瓦を載せた家の向かいでは、鬼瓦によって跳ね返された災いが降り懸かるの避けるため、より強い鍾馗様を屋根に置くことが多いのだ。
鍾馗様が祀られていた新井屋は、明治35年(1902)創業の老舗で、元々は呉服屋だったそうだ。 -
上尾宿発祥の地である寛永9年(1632)創建の氷川鍬神社に参拝。
二本の鍬を御神体とする珍しい社で、上尾宿の総鎮守だそうだ。
境内には、上尾郷の郷学の性格を持った『二賢堂』跡の碑があった。
学舎に、中国南宋の朱文公と菅原道真の二賢人を祀ったことが名前の由来だそうだ。氷川鍬神社 寺・神社・教会
-
拝殿前には、地元の酒蔵が醸す『文楽』が奉納されていた。
境内は狭いが、しっかりと地元の人たちに大切にされているのが伝わり、とても嬉しくなる。 -
往時は、神社の向いに本陣があり、その両脇に脇本陣があったそうだが、今では駅前の商業地域となり、面影は全くない。
-
そのすぐ先で、上尾駅前に出た。
さすがに大きな街だけのことはあり、駅前も整備されている。 -
駅前には、上尾の象徴とも言える丸広百貨店がある。
丸広百貨店は、川越に本店を置く、埼玉県の地方百貨店。
他の地方百貨店と同様に、厳しい経営環境の中、何とか生き残っている。 -
上尾駅の先で旧中山道を離れ、遍照院へと向かう。
遍照院は、応永元年(1394)に創建された古刹で、本尊は不動明王。
境内は広く、多くの古い墓碑や石仏が置かれていた。
鐘楼の脇には、宝永7年(1710)に建立された庚申塔もあった。 -
そして、この寺には、孝女お玉の墓がある。
お玉は、越後から身売りされ、上尾宿で遊女となっていた娘。
前田家の小姓に見初められ江戸で暮らしたものの、病に罹り上尾に戻されたが、その後も実家のために働き、僅か25歳でこの世を去ったそうだ。
孝行娘だったお玉のため、楼主がこの寺に墓を建てたのだが、当時、遊女のために立派な墓を建てる例は稀であった。
しかも、『廊室妙顔信女』と言う戒名まで刻まれていた。
余程慕われた娘だったのだろう。 -
遍照院から中山道へ戻り、さらに歩いて行く。
すると、丁字路の角に大きな庚申塔が立っていた。
上町の庚申塔と呼ばれるもので、延享2年(1745)に建てられたもの。
ちょうどこの辺りが上尾宿の北の入口だったそうなので、その境目に建立されたものだろう。 -
丁字路ののすぐ先に、黒い大きな建物があった。
『文楽東蔵』とあり、地元の蔵元である北西酒造が直営する食事処だったので、ここで昼を食べることにした。
店内は洗練された空間が広がり、庭にも席があった。
こちらは一人なので、カウンター席に案内された。文楽 東蔵 グルメ・レストラン
-
北西酒造の看板銘柄は『文楽』である。
まずは、『本生にごり酒原酒』をいただく。
思ったよりも濁り感は無く、すっきりとした味わいだった。 -
酒の肴には、とりあえず板わさを注文。
厚切りで食感も良かったが、値段の割に量が少なかった。 -
続いて、『生酛純米酒』を一献。
こちらは芳醇な味わいで、米の旨味がしっかりと感じられた。 -
板わさと一緒に注文しておいた鴨ロース肉の炙り焼きが出て来た。
これが思いの外美味しく、酒が進む。
肉も旨いが、葱の食感と味付けが気に入った。 -
次の酒は、蔵の若い人たちが中心となって醸した、新しい『文楽』である『Bunraku Reborn』のひとつ『純米吟醸 無濾過生原酒』。
この系列の酒は、酸味、甘味、香りの3つの要素を兼ね備えた3次元の日本酒をと言うことらしいが、名前はともかくとして、味は悪くは無かった。 -
そして、この店の名物が手打ち蕎麦だと言うので、半せいろを注文。
出てきたそれは、変に凝った盛り付けなどではなく、普通の蕎麦屋の風情であった。
蕎麦自体は特徴は無かったが、こしもあり、十分美味しかった。 -
合わせたのは、『純米大吟醸 袋吊り無濾過生原酒 荒走り おりがらみ』。
春ならではの酒なので、奮発して呑んでしまったのだ。
大吟醸系は滅多に呑まないのだが、これは美味しかった。
上尾駅近くで、美味い酒を醸す酒蔵があるのは嬉しい。
しかも併設された店で、料理と一緒に味わえるのはありがたい。 -
地酒を堪能した後、さらに街道沿いに歩くと、北上尾駅に出た。
そのすぐ先の交差点の角に、木塀に囲われた屋敷のようなものがあった。
そこは、紅花の仲買で財を成した須田家の屋敷で、敷地内には、いかにも豪商らしい門構えの立派な邸宅が建っていた。 -
今回はここまでとし、北上尾駅に戻り帰ることにした。
宮原駅から北上尾駅まで二駅分と、陣場まで片道40分ほど歩いたので結構疲れたが、美味しい酒と料理にありつけたので良かった。
次回は、江戸近郊の旧中山道で、街道筋の風情を残す桶川宿界隈を散策する予定だ。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- 前日光さん 2021/05/07 23:15:12
- 5月3日、上尾にいました!
- こんばんは、旅猫さん
連休の5月1日、2日と娘たちが鹿沼に来ており、3日に婿殿の実家の上尾に彼らを車で送って行きました。
非常事態宣言中でしたが、車の中と婿殿の実家だけなのでいいかと思いまして。
この時、実は私はいわゆる四十肩(とっくに四十は過ぎていますが(^_-)がひどくて、とても大変でした。
右腕が上がらなかったのですが、車に乗っているだけなので大丈夫と思ったのです。
でも実際にはけっこう痛くて大変でした。
今はかなり良くなったので、こうしてコメントも書けています。
婿殿の実家は上尾と言っても、宮原駅に近いようです。
「花の丘公園」というところに近く、旅猫さんが宮原編で行かれた、「~貫水」にも近いです。
「ゆず最中本舗 伊勢屋」について、婿殿のお母さんに聞いてみたら、よく知っていました。さすが180年の歴史です。
おいしそうなお酒も醸されているようで、今度は「文楽」という地酒も飲んでみようかな。
昼頃までに着いて、3時頃には帰ってきてしまったので、町中散策は全くしていませんが、宮原小学校とか原市の団地などは通過しました。
金山権現社があるようで、鉄関連ですね。
鍛冶屋町があったとか。
「鉄」と言われるとアンテナが働いてしまいます(^^;)
私も上尾とはこれからも縁がありそうなので、この方面についての町中散策、たいへん参考になりました。
ありがとうございます<(_ _)>
前日光
- 前日光さん からの返信 2021/05/07 23:19:05
- Re: 5月3日、上尾にいました!
- 訂正します。
「~貫水」→「三貫清水緑地」の間違いでした!
失礼いたしました^^;
前日光
- 旅猫さん からの返信 2021/05/08 09:37:41
- RE: 5月3日、上尾にいました!
- 前日光さん、こんにちは。
書き込みありがとうございます。
3日に上尾にいらしていましたか!
奇遇ですね。
花の丘公園だと、川向うですね。
駅からはかなり離れています。
『伊勢屋』、さすがに地元では有名なのですね!
たまたま通りかかって、ゆず最中に惹かれてしまいました。
『文楽』は、なかなか美味しいですよ。
ちなみに、埼玉県は全国で4番目に日本酒の生産量が多い県なのです。
1位は灘を擁する兵庫、2位は伏見を擁する京都、3位は米どころ新潟。
酒どころ東北よりも多いのが驚きです。
金山権現社があった界隈は、江戸時代、鍛冶職人が住んだ鍛冶村があったそうです。
さすが、前日光さんですね。
金山権現社に反応するとは(笑)
そういえば、四十肩とか罹ったことないですねぇ
お大事に!
旅猫
-
- salsaladyさん 2021/05/04 08:57:07
- 旧中山道(いちにちじゅう山道?)と呼んだ女子アナがいた~
- ☆温故知新の旅ですな!脇本陣の鬼瓦をフェンスにするセンス!が冴えてる。
☆埼玉県ー群馬県境は何故か江戸時代の参勤交代の面影が残っています。
☆旅後半が上尾で締めくくりですか?折角なら熊谷まで脚を伸ばして~
- 旅猫さん からの返信 2021/05/04 14:02:34
- RE: 旧中山道(いちにちじゅう山道?)と呼んだ女子アナがいた?
- salsaladyさん、こんにちは。
書き込みありがとうございます。
緊急事態宣言は出ていませんが、県境を越えるのは自粛して、高崎線沿線を散歩しています。
上尾宿は、ほとんど街道の風情が消えていますが、微かに歴史を感じるものも残っていました。
群馬県境の辺りは、街道筋の面影が残っていますか。
それは楽しみです。
今日、桶川宿を歩いてきました。
桶川は、上尾と違って古い建物が多く残っています。
孝女和宮が泊った本陣もあるのですが、個人宅なので公開されていないのが残念ですが。
熊谷到着は、6月末くらいになりそうです。
旅猫
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