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先週から高崎線沿線ぶらり旅を始めたものの、偶然見つけた麦酒工房と博物館で時を使い過ぎ、予定していた中山道沿いを歩くことが出来なかったので、次の日曜日に、再び大宮駅界隈を歩くことにした。<br />今回は、時間が余ったので、19年前の夏に歩いた寿能町から土呂町の方へも足を伸ばしてみた。<br />そして、大きく変貌してしまった街の姿に、過ぎた年月を感じた。

高崎線沿線ぶらり旅 ~大宮駅界隈 其の二~

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2021/03/07 - 2021/03/07

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旅行記グループ 高崎線沿線散歩

2

42

旅猫

旅猫さん

先週から高崎線沿線ぶらり旅を始めたものの、偶然見つけた麦酒工房と博物館で時を使い過ぎ、予定していた中山道沿いを歩くことが出来なかったので、次の日曜日に、再び大宮駅界隈を歩くことにした。
今回は、時間が余ったので、19年前の夏に歩いた寿能町から土呂町の方へも足を伸ばしてみた。
そして、大きく変貌してしまった街の姿に、過ぎた年月を感じた。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
グルメ
4.0
交通
3.5
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩

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  • この日は、大宮駅の東口から散策を開始。<br />新幹線も発着する県下最大の駅でありながらも、落ち着いた佇まいを見せる駅舎は、なかなか風情がある。

    この日は、大宮駅の東口から散策を開始。
    新幹線も発着する県下最大の駅でありながらも、落ち着いた佇まいを見せる駅舎は、なかなか風情がある。

    大宮駅

  • その東口の目の前には、有名な居酒屋いづみや本店がある。<br />朝から呑めるのが売りだが、緊急事態宣言下と言うこともあり、10時半を過ぎてもまだ開店していなかった。

    その東口の目の前には、有名な居酒屋いづみや本店がある。
    朝から呑めるのが売りだが、緊急事態宣言下と言うこともあり、10時半を過ぎてもまだ開店していなかった。

  • いづみや本店の前を通る道を南へと歩いて行く。<br />すると、銅板が貼られた立派な看板を掲げた建物があった。<br />居酒屋だったらしいが、かなり前に閉めてしまったようだ。

    いづみや本店の前を通る道を南へと歩いて行く。
    すると、銅板が貼られた立派な看板を掲げた建物があった。
    居酒屋だったらしいが、かなり前に閉めてしまったようだ。

  • その通り沿いには、多くの飲食店が軒を連ねていた。<br />この界隈は、北側に比べると、歓楽街の雰囲気が強いようだ。<br />さらに先へ行くと、人通りも減り、かなり寂しくなった。

    その通り沿いには、多くの飲食店が軒を連ねていた。
    この界隈は、北側に比べると、歓楽街の雰囲気が強いようだ。
    さらに先へ行くと、人通りも減り、かなり寂しくなった。

  • しばらく歩くと、左手に駐車場が現れ、視界が開けた。<br />奥にはビルが建ち、駐車場の周りには取り残されたように集合住宅がある。<br />大宮駅から数分のところだが、まだ再開発は終わっていないようだ。

    しばらく歩くと、左手に駐車場が現れ、視界が開けた。
    奥にはビルが建ち、駐車場の周りには取り残されたように集合住宅がある。
    大宮駅から数分のところだが、まだ再開発は終わっていないようだ。

  • その先で、線路が寄り添ってきた。<br />その高架部分には、絵が描かれている。<br />『大宮ウォール美術館』と書かれていたが、いつ頃描かれたものかは分からなかった。<br />海の無い埼玉県で、夏の海を描くとは、なかなか刺激的だ。

    その先で、線路が寄り添ってきた。
    その高架部分には、絵が描かれている。
    『大宮ウォール美術館』と書かれていたが、いつ頃描かれたものかは分からなかった。
    海の無い埼玉県で、夏の海を描くとは、なかなか刺激的だ。

  • JR線を潜って来た大通りに出たので、道に沿って東へと向かう。<br />そして吉敷町交差点で出会うのが旧中山道だ。<br />この交差点辺りが大宮宿の入口で、天明年間の大火の際、職場の人たちを救った勘定奉行安藤弾正に因んで名付けられたという安藤橋が架かっていたそうだ。<br />今は、欄干の一部と思われるものが保存されているだけである。

    JR線を潜って来た大通りに出たので、道に沿って東へと向かう。
    そして吉敷町交差点で出会うのが旧中山道だ。
    この交差点辺りが大宮宿の入口で、天明年間の大火の際、職場の人たちを救った勘定奉行安藤弾正に因んで名付けられたという安藤橋が架かっていたそうだ。
    今は、欄干の一部と思われるものが保存されているだけである。

  • 旧中山道を北へと向かう。<br />しばらく歩くと、ビルの谷間に、小屋のようなものが建っていた。<br />そこには、塩地蔵と三体の子育地蔵尊が祀られていた。<br />塩地蔵には、塩が供えられていた。<br />何でも、病に倒れた父のため、塩断ちをした娘たちに纏わる言い伝えによるものだそうだ。

    旧中山道を北へと向かう。
    しばらく歩くと、ビルの谷間に、小屋のようなものが建っていた。
    そこには、塩地蔵と三体の子育地蔵尊が祀られていた。
    塩地蔵には、塩が供えられていた。
    何でも、病に倒れた父のため、塩断ちをした娘たちに纏わる言い伝えによるものだそうだ。

  • 下町に入り1町ほど歩くと、史跡涙橋があった。<br />第四銀行大宮支店建設の際に発見された橋の部材を利用した史跡だそうだ。<br />置かれている細い道が、橋の架かっていた往還悪水路と呼ばれる排水路の跡のようだ。

    下町に入り1町ほど歩くと、史跡涙橋があった。
    第四銀行大宮支店建設の際に発見された橋の部材を利用した史跡だそうだ。
    置かれている細い道が、橋の架かっていた往還悪水路と呼ばれる排水路の跡のようだ。

  • 群馬銀行大宮支店の北側から仲町へと入る。<br />そこには、僅かに残った民家があり、古い土蔵も残されていた。<br />大宮宿は、完全に市街地となり、面影はほとんど残っていないが、そこかしこに宿場の残り香が感じられる。

    群馬銀行大宮支店の北側から仲町へと入る。
    そこには、僅かに残った民家があり、古い土蔵も残されていた。
    大宮宿は、完全に市街地となり、面影はほとんど残っていないが、そこかしこに宿場の残り香が感じられる。

  • 仲町バス停の場所には、木造の古い建物があった。<br />高島屋からもほど近い場所に、奇跡的に残っている。<br />すでに人も住んでいないようだが、大宮の中心部に残る貴重な建物なので、保存して欲しいものである。

    仲町バス停の場所には、木造の古い建物があった。
    高島屋からもほど近い場所に、奇跡的に残っている。
    すでに人も住んでいないようだが、大宮の中心部に残る貴重な建物なので、保存して欲しいものである。

  • 旧中山道から離れ、仲町二丁目の路地へと入る。<br />その路地の途中に、洋風の瀟洒な建物があった。<br />小児科の医院の建物で、どうやら現役のようだ。

    旧中山道から離れ、仲町二丁目の路地へと入る。
    その路地の途中に、洋風の瀟洒な建物があった。
    小児科の医院の建物で、どうやら現役のようだ。

  • そのすぐ先には、旗を作る専門店があった。<br />このご時世、旗を作るだけで商売が続いているのは素晴らしいと思う。<br />これからも、永く家業が続くことを願ってやまない。

    そのすぐ先には、旗を作る専門店があった。
    このご時世、旗を作るだけで商売が続いているのは素晴らしいと思う。
    これからも、永く家業が続くことを願ってやまない。

  • 路地に入ったのは、倉屋敷稲荷神社に参拝するため。<br />塩地蔵近くにあった案内板に記載されていて、気になったからである。<br />訪ねてみると、思いのほか立派で綺麗な社だった。<br />名前は、岩槻城の支城であった寿能城の倉屋敷に由来するそうだ。<br />

    路地に入ったのは、倉屋敷稲荷神社に参拝するため。
    塩地蔵近くにあった案内板に記載されていて、気になったからである。
    訪ねてみると、思いのほか立派で綺麗な社だった。
    名前は、岩槻城の支城であった寿能城の倉屋敷に由来するそうだ。

    倉屋敷稲荷神社 寺・神社

  • 拝殿の軒先には、いくつもの扁額が掲げられていた。<br />その中には、文化2年(1805)と刻まれたものもあった。

    拝殿の軒先には、いくつもの扁額が掲げられていた。
    その中には、文化2年(1805)と刻まれたものもあった。

  • 白狐が二対描かれた絵馬もある。<br />旧暦2月の初午の時には、結構賑わい、絵馬やおみくじも授与されるそうだ。

    白狐が二対描かれた絵馬もある。
    旧暦2月の初午の時には、結構賑わい、絵馬やおみくじも授与されるそうだ。

  • その社の隣には、旧大宮区役所がある。<br />2年前の2019年5月に新庁舎が完成し、閉館となった。<br />周辺は再開発が進んでいるので、ここにも大きなビルが建つのだろう。

    その社の隣には、旧大宮区役所がある。
    2年前の2019年5月に新庁舎が完成し、閉館となった。
    周辺は再開発が進んでいるので、ここにも大きなビルが建つのだろう。

  • その先で、駅前から続く大通りに出る。<br />道の向こうでも、再開発によるビルの建設中。<br />人口が減少していく中、なぜ、大きなビルばかり造るのだろう。<br />街から、空がどんどん遠くなる。

    その先で、駅前から続く大通りに出る。
    道の向こうでも、再開発によるビルの建設中。
    人口が減少していく中、なぜ、大きなビルばかり造るのだろう。
    街から、空がどんどん遠くなる。

  • 駅の方へと向かい、再び旧中山道と出会う。<br />その西南の角には、大宮高島屋が建っている。<br />その場所は、かつて、紀州藩徳川家の鳥見役、鷹場本陣を詰めた北沢家の屋敷があった場所だそうだ。<br />高島屋の屋上には、今でも屋敷に祀られていた北沢稲荷が祀られているらしい。

    駅の方へと向かい、再び旧中山道と出会う。
    その西南の角には、大宮高島屋が建っている。
    その場所は、かつて、紀州藩徳川家の鳥見役、鷹場本陣を詰めた北沢家の屋敷があった場所だそうだ。
    高島屋の屋上には、今でも屋敷に祀られていた北沢稲荷が祀られているらしい。

  • 旧中山道を北へと歩くと、両側には飲食店などが建ち並ぶ界隈となる。<br />この辺りには、最初の本陣であった内倉家や後に本陣となった山崎家の他、脇本陣などが建ち並んでいた場所だが、今ではビルばかりになり面影は全くない。<br />そして、県道2号線と交わる場所には、栗原堂という御堂が建っている。<br />武田家の家臣栗原内記が逃れ住んだ場所と云われ、死後、夫婦の木造を安置したことから御影堂とも呼ばれているそうだ。

    旧中山道を北へと歩くと、両側には飲食店などが建ち並ぶ界隈となる。
    この辺りには、最初の本陣であった内倉家や後に本陣となった山崎家の他、脇本陣などが建ち並んでいた場所だが、今ではビルばかりになり面影は全くない。
    そして、県道2号線と交わる場所には、栗原堂という御堂が建っている。
    武田家の家臣栗原内記が逃れ住んだ場所と云われ、死後、夫婦の木造を安置したことから御影堂とも呼ばれているそうだ。

  • 御影堂の建つ大栄橋交差点から、北東へ細い道が伸びていた。<br />旧岩槻道とのことなので、入ってみることにした。<br />道の北側には、東光寺と言う大きな寺院が建っている。<br />かの江戸名所図会に、江戸では無いのに、『大宮驛東光寺』として、なぜか描かれている寺である。<br />かなりの規模の寺であったが、佇まいが立派過ぎるので、あまり興味は沸かなかった。

    御影堂の建つ大栄橋交差点から、北東へ細い道が伸びていた。
    旧岩槻道とのことなので、入ってみることにした。
    道の北側には、東光寺と言う大きな寺院が建っている。
    かの江戸名所図会に、江戸では無いのに、『大宮驛東光寺』として、なぜか描かれている寺である。
    かなりの規模の寺であったが、佇まいが立派過ぎるので、あまり興味は沸かなかった。

    東光寺 寺・神社

  • 大宮宿を南から北へと抜けたが、まだ12時前であった。<br />どうしようかと考え、大宮公園の方へと行ってみることにする。<br />先週も歩いた道を辿って行くと、やはり氷川の杜に目が行ってしまった。<br />ちょうど昼時でもあるので、また立ち寄ることにした。<br />とりあえず、気になっていた『ノスタルジア』という麦酒を注文。<br />少し重い感じの飲み口だった。

    大宮宿を南から北へと抜けたが、まだ12時前であった。
    どうしようかと考え、大宮公園の方へと行ってみることにする。
    先週も歩いた道を辿って行くと、やはり氷川の杜に目が行ってしまった。
    ちょうど昼時でもあるので、また立ち寄ることにした。
    とりあえず、気になっていた『ノスタルジア』という麦酒を注文。
    少し重い感じの飲み口だった。

  • 今回も、正月プレートを食べてみる。<br />前は売れ切れでありつけなかった自家製ベーコンも載ってる。<br />その自家製ベーコンも美味しかったが、やはりスモークチキンは文句なかった。

    今回も、正月プレートを食べてみる。
    前は売れ切れでありつけなかった自家製ベーコンも載ってる。
    その自家製ベーコンも美味しかったが、やはりスモークチキンは文句なかった。

  • カウンターの上には、麦が置いてあった。<br />その中には、見沼の小麦と言うものもある。<br />店長に訊くと、見沼で小麦を栽培しているそうだ。<br />ホップも栽培していて、見沼産原料で醸した麦酒もあるそうだが、残念ながらこの日は無かった。

    カウンターの上には、麦が置いてあった。
    その中には、見沼の小麦と言うものもある。
    店長に訊くと、見沼で小麦を栽培しているそうだ。
    ホップも栽培していて、見沼産原料で醸した麦酒もあるそうだが、残念ながらこの日は無かった。

  • 二杯目には、新しく醸したというアメリカンペールエール。<br />これは、なかなか旨かった。<br />やや軽めだが、爽やかで春にはちょうどいい味わいだ。

    二杯目には、新しく醸したというアメリカンペールエール。
    これは、なかなか旨かった。
    やや軽めだが、爽やかで春にはちょうどいい味わいだ。

  • 早目に切り上げて、散策を再開。<br />先週やんごとなき理由で立ち寄れなかった手焼き煎餅の店に立ち寄る。<br />店の前に菜の花が飾られて春らしい。

    早目に切り上げて、散策を再開。
    先週やんごとなき理由で立ち寄れなかった手焼き煎餅の店に立ち寄る。
    店の前に菜の花が飾られて春らしい。

    小林屋 グルメ・レストラン

    美味しい手焼き煎餅の店 by 旅猫さん
  • 中に入ると、目移りしそうなくらい美味しそうな煎餅が並んでいる。<br />量り売りと言うのも良い。<br />今回は、満月を100g購入した。

    中に入ると、目移りしそうなくらい美味しそうな煎餅が並んでいる。
    量り売りと言うのも良い。
    今回は、満月を100g購入した。

  • 氷川神社の参道を横切り東へと向かう。<br />堀の内交差点で県道35号線とぶつかり、これを左折。<br />しばらく歩くと、右手に小さな社が見えて来た。<br />子育延命地蔵尊と言い、中には小さなお地蔵さまが祀られていた。

    氷川神社の参道を横切り東へと向かう。
    堀の内交差点で県道35号線とぶつかり、これを左折。
    しばらく歩くと、右手に小さな社が見えて来た。
    子育延命地蔵尊と言い、中には小さなお地蔵さまが祀られていた。

  • その足元には、石に描かれた達磨さんが置かれている。<br />尾道で見かけた猫よりも、はるかに上手い。

    その足元には、石に描かれた達磨さんが置かれている。
    尾道で見かけた猫よりも、はるかに上手い。

  • 県道35号線は、別名産道路と呼ばれ、かなりの交通量がある。<br />騒がしいので、道を反れ、適当に住宅街の中を彷徨う内に、小奇麗なまっすぐな道に行き当った。<br />大宮公園連絡遊歩道と呼ばれる道だった。

    県道35号線は、別名産道路と呼ばれ、かなりの交通量がある。
    騒がしいので、道を反れ、適当に住宅街の中を彷徨う内に、小奇麗なまっすぐな道に行き当った。
    大宮公園連絡遊歩道と呼ばれる道だった。

  • 歩きやすい道だったので、そのまま辿って行く。<br />道端では、雪柳が咲き始めていた。<br />その先で見沼代用水西縁に出た。<br />今度は、その流れに沿って北上する。

    歩きやすい道だったので、そのまま辿って行く。
    道端では、雪柳が咲き始めていた。
    その先で見沼代用水西縁に出た。
    今度は、その流れに沿って北上する。

  • 右手には大宮第二公園があり、大和田公園との境あたりで住宅街へと入ると、そこには、19年前に一度訪れたことがある寿能城跡がある。<br />岩槻太田氏の支城として、太田資正の子、潮田出羽守資忠が守っていたが、豊臣秀吉による小田原攻めの際に落城したそうだ。<br />城跡の一角には、資忠の墓碑が建っている。

    右手には大宮第二公園があり、大和田公園との境あたりで住宅街へと入ると、そこには、19年前に一度訪れたことがある寿能城跡がある。
    岩槻太田氏の支城として、太田資正の子、潮田出羽守資忠が守っていたが、豊臣秀吉による小田原攻めの際に落城したそうだ。
    城跡の一角には、資忠の墓碑が建っている。

  • 城跡を出るころに、やんごとなき状況がまたやってきた。<br />仕方が無いので、すぐ近くにあった市営大宮球場で用を足す。<br />日曜日であったが、球場は使われていなかった。

    城跡を出るころに、やんごとなき状況がまたやってきた。
    仕方が無いので、すぐ近くにあった市営大宮球場で用を足す。
    日曜日であったが、球場は使われていなかった。

  • そこからさらに北上して行く。<br />19年前には、もう少し風情があった記憶のある見沼代用水だが、まるで排水路のようになっている。

    そこからさらに北上して行く。
    19年前には、もう少し風情があった記憶のある見沼代用水だが、まるで排水路のようになっている。

  • この辺りは、当時、畑や林が広がり、長閑な風景だった場所だ。<br />ところが、区画整理が行われ、更地になっていた。<br />木々に囲まれて佇んでいた御嶽社も、更地の隅に追いやられ、真新しくなっていた。<br />御嶽社は、土呂村の鎮守で、武田氏の旧臣初鹿野昌久が甲斐国から勧請したものと伝わっている。

    この辺りは、当時、畑や林が広がり、長閑な風景だった場所だ。
    ところが、区画整理が行われ、更地になっていた。
    木々に囲まれて佇んでいた御嶽社も、更地の隅に追いやられ、真新しくなっていた。
    御嶽社は、土呂村の鎮守で、武田氏の旧臣初鹿野昌久が甲斐国から勧請したものと伝わっている。

  • 踏切を渡り、土呂町へと入る。<br />この辺りも以前は長閑な風景が観られた場所だが、区画整理により、まったく別の街と変貌していた。<br />僅かに残った畑と、南側に建つ団地だけが面影を残していた。

    踏切を渡り、土呂町へと入る。
    この辺りも以前は長閑な風景が観られた場所だが、区画整理により、まったく別の街と変貌していた。
    僅かに残った畑と、南側に建つ団地だけが面影を残していた。

  • 様変わりしてしまった街の一角に、地蔵堂が建っていた。<br />土呂の地蔵堂と呼ばれるもので、初鹿野氏の墓守堂と云われている。<br />この堂も、以前建っていた場所から移転されていた。

    様変わりしてしまった街の一角に、地蔵堂が建っていた。
    土呂の地蔵堂と呼ばれるもので、初鹿野氏の墓守堂と云われている。
    この堂も、以前建っていた場所から移転されていた。

  • 19年前に訪れた時に撮影した土呂の地蔵堂。<br />現在の場所から北に100mほどの場所に建っていた。<br />その場所には、真新しい道路が通り、樹々の一本も残っていなかった。

    19年前に訪れた時に撮影した土呂の地蔵堂。
    現在の場所から北に100mほどの場所に建っていた。
    その場所には、真新しい道路が通り、樹々の一本も残っていなかった。

  • その場所一帯は、江戸時代、土呂村の領主であった初鹿野氏の陣屋が置かれていた場所だが、道筋も変わり、以前あった旧家の立派な長屋門も無くなっていた。<br />畑の中を曲がりくねっていた小道は跡形も無く、幅の広い真っすぐな道が造られている。<br />整然と区画された街は、面白味も無く、ただ寒々としていた。

    その場所一帯は、江戸時代、土呂村の領主であった初鹿野氏の陣屋が置かれていた場所だが、道筋も変わり、以前あった旧家の立派な長屋門も無くなっていた。
    畑の中を曲がりくねっていた小道は跡形も無く、幅の広い真っすぐな道が造られている。
    整然と区画された街は、面白味も無く、ただ寒々としていた。

  • 帰りは、大宮公園駅へ出ることにした。<br />その前に、近くの墓地に残る、初鹿野氏の墓を参拝。<br />そこには、三代初鹿野昌次と息子昌季の墓碑がある。<br />祖父である初代昌久が、武田信玄・勝頼に仕えた後、徳川家康に出仕したことが、昌次の墓碑の刻まれていた。

    帰りは、大宮公園駅へ出ることにした。
    その前に、近くの墓地に残る、初鹿野氏の墓を参拝。
    そこには、三代初鹿野昌次と息子昌季の墓碑がある。
    祖父である初代昌久が、武田信玄・勝頼に仕えた後、徳川家康に出仕したことが、昌次の墓碑の刻まれていた。

  • 墓地からは、少し彷徨いながら、何とか大宮公園駅に着いた。<br />駅前は以前とさほど変わってはいなかったが、駅舎は見違えるように綺麗になっていた。<br />個人的には、以前の木造の駅舎の方が好きだったのだが。

    墓地からは、少し彷徨いながら、何とか大宮公園駅に着いた。
    駅前は以前とさほど変わってはいなかったが、駅舎は見違えるように綺麗になっていた。
    個人的には、以前の木造の駅舎の方が好きだったのだが。

    大宮公園駅

  • 家に帰ってから、手焼きの煎餅を食べてみる。<br />すると、これが癖になるほど美味しかった。<br />また近くに行くことがあったら、必ず立ち寄ろうと思う。<br /><br />高崎線沿線ぶらり旅。<br />次回は、大宮駅を離れることが出来るだろうか。

    家に帰ってから、手焼きの煎餅を食べてみる。
    すると、これが癖になるほど美味しかった。
    また近くに行くことがあったら、必ず立ち寄ろうと思う。

    高崎線沿線ぶらり旅。
    次回は、大宮駅を離れることが出来るだろうか。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 墨水さん 2021/03/14 23:03:16
    そういえば・・・。
    旅猫さん、今晩は。
    学生時代に、旗屋に日の丸を買いに行った事を思い出しましたよ。(笑)
    紀州家の鷹匠が、こんな所に住んでたの?。
    呑むから、やんごとなき事が発生するんじゃ無いの?。(爆)
    墨水。

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2021/03/16 14:50:35
    RE: そういえば・・・。
    墨水さん、こんにちは。

    旗屋に旗を買いに行ったことがあるというのも珍しいですね。
    今では、旗すら買いに行くことは無いですからね。
    江戸在住なので、休日は、大宮辺りに鷹狩に出掛けていたのでは。

    > 呑むから、やんごとなき事が発生するんじゃ無いの?。(爆)
    ご明察の通りです(笑)

    旅猫

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