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 本日の旅行(10月13日、旅行5日目)は、ラトヴィアのバウスカ近郊にある「ルンダーレ宮殿」の観光です。<br /> ルンダーレ宮殿は、バルトのベルサイユともいわれるバロック様式の豪華な宮殿です。<br /> その豪華な宮殿を外からも中からも十分に見学しましたので、その模様を2回に分けてお届けしたいと思います。<br /> この旅行記では、その2回目を「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.10<ルンダーレ宮殿②>」としてお伝えすることにしました。<br /><br /><br /> <巻頭写真は、ルンダーレ宮殿のフランス式庭園>

秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.10<ルンダーレ宮殿②>

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2014/10/09 - 2014/10/18

23位(同エリア32件中)

mugifumi

mugifumiさん

 本日の旅行(10月13日、旅行5日目)は、ラトヴィアのバウスカ近郊にある「ルンダーレ宮殿」の観光です。
 ルンダーレ宮殿は、バルトのベルサイユともいわれるバロック様式の豪華な宮殿です。
 その豪華な宮殿を外からも中からも十分に見学しましたので、その模様を2回に分けてお届けしたいと思います。
 この旅行記では、その2回目を「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.10<ルンダーレ宮殿②>」としてお伝えすることにしました。


 <巻頭写真は、ルンダーレ宮殿のフランス式庭園>

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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  • <バラの花飾り、入口左側>

    <バラの花飾り、入口左側>

  • <同じく右側><br /><br /> ◆ ルンダーレ宮殿の南棟と西塔<br /><br /> 前号に続き宮殿の南棟にある「バラの間」についてお伝えします。<br /> さらに、「天井画も!」といいたいところですが、撮影していないものですから壁一面に描かれたバラでご勘弁ください。<br /><br /> バラの間の全体が分かるものが見たい?<br /> 次の写真をご覧ください。

    <同じく右側>

     ◆ ルンダーレ宮殿の南棟と西塔

     前号に続き宮殿の南棟にある「バラの間」についてお伝えします。
     さらに、「天井画も!」といいたいところですが、撮影していないものですから壁一面に描かれたバラでご勘弁ください。

     バラの間の全体が分かるものが見たい?
     次の写真をご覧ください。

  • <ピンク色のバラの間><br /><br /> 次に私たちが見学した部屋は、バラの間の隣ある「オランダの間」です。

    <ピンク色のバラの間>

     次に私たちが見学した部屋は、バラの間の隣ある「オランダの間」です。

  • <オランダの間><br /><br /> それにしても、宮殿といいますと、部屋が多すぎる上に絢爛豪華なものですから、縁のない小生には、ただただ「ビックリ」して目を見張ってしまうというものですね。<br /><br /> 次に訪れた部屋は、多くの人物画が飾ってあった「支配者の間」という部屋です。

    <オランダの間>

     それにしても、宮殿といいますと、部屋が多すぎる上に絢爛豪華なものですから、縁のない小生には、ただただ「ビックリ」して目を見張ってしまうというものですね。

     次に訪れた部屋は、多くの人物画が飾ってあった「支配者の間」という部屋です。

  • <ロシアの女帝アンナ>

    <ロシアの女帝アンナ>

  • <支配者の間>

    <支配者の間>

  • <支配者の間に並ぶ肖像画><br /><br /> 支配者の間には、女帝アンナンの肖像画あるのは当然として、ビロン家の人々の肖像画がありますが、この宮殿の主であるビロン公の絵画ないのか?という疑問がわくと思います。<br /><br /> 実は、4枚の絵画の中にビロン公が描かれているのです。<br /> 下に置き時計がありますが、その奥にある絵画がビロン公なのです。

    <支配者の間に並ぶ肖像画>

     支配者の間には、女帝アンナンの肖像画あるのは当然として、ビロン家の人々の肖像画がありますが、この宮殿の主であるビロン公の絵画ないのか?という疑問がわくと思います。

     実は、4枚の絵画の中にビロン公が描かれているのです。
     下に置き時計がありますが、その奥にある絵画がビロン公なのです。

  • <支配者の間のビロン公><br /><br /> どのようなお顔をしているのかを確認したい方は、ウキペディアにでていますので、確認してください。<br /><br /> と申し上げるところですが、帰国してから写真のアプリケーションで拡大方法などを勉強して、小生が撮影したものがこのように綺麗に表示することができました。<br /><br /> さて、次の部屋は宮殿の真ん中にある「公の寝室」です。<br /> ここからは、バロック様式のフランス式庭園が見られました。

    <支配者の間のビロン公>

     どのようなお顔をしているのかを確認したい方は、ウキペディアにでていますので、確認してください。

     と申し上げるところですが、帰国してから写真のアプリケーションで拡大方法などを勉強して、小生が撮影したものがこのように綺麗に表示することができました。

     さて、次の部屋は宮殿の真ん中にある「公の寝室」です。
     ここからは、バロック様式のフランス式庭園が見られました。

  • <フランス式庭園>

    <フランス式庭園>

  • <公の寝室><br /><br /> 公の寝室は、最も重要な部屋で、天蓋付きの豪華なベッドがあるほか、左手の壁面にはビロン公と妻ベニクナの肖像画がかけられているはずですが、撮影していませんでした。<br /><br /> 寄木細工の床と1740年製造の二対の陶器のストーブが印象に残っています。<br /> 他の部屋にも同じようなストーブがありますが、この部屋の裏側には小さな部屋があって、使用人がそこから薪をくべていたといいますから驚きです。

    <公の寝室>

     公の寝室は、最も重要な部屋で、天蓋付きの豪華なベッドがあるほか、左手の壁面にはビロン公と妻ベニクナの肖像画がかけられているはずですが、撮影していませんでした。

     寄木細工の床と1740年製造の二対の陶器のストーブが印象に残っています。
     他の部屋にも同じようなストーブがありますが、この部屋の裏側には小さな部屋があって、使用人がそこから薪をくべていたといいますから驚きです。

  • <公の謁見室><br /><br /> この部屋は、赤い壁面が印象的な赤い書斎といわれる「公の謁見室」です。<br /> そしてその隣の部屋は、ビロン公の子息であるピーター公がイタリアが大好きだったことからこの部屋があるのでしょうか?青の壁面の「イタリアの間」です。

    <公の謁見室>

     この部屋は、赤い壁面が印象的な赤い書斎といわれる「公の謁見室」です。
     そしてその隣の部屋は、ビロン公の子息であるピーター公がイタリアが大好きだったことからこの部屋があるのでしょうか?青の壁面の「イタリアの間」です。

  • <イタリアの間><br /><br /> ピーター公は、1772年にビロン公が死去すると後を継いだのですが、1795年の第3次ポーランド分割によって、クールランド公国は、ロシア領に組み込まれてしまい、女帝カテリーナ2世から年金と生活の保障をされて引退したという人物です。

    <イタリアの間>

     ピーター公は、1772年にビロン公が死去すると後を継いだのですが、1795年の第3次ポーランド分割によって、クールランド公国は、ロシア領に組み込まれてしまい、女帝カテリーナ2世から年金と生活の保障をされて引退したという人物です。

  • <大理石の間><br /><br /> 続いては、「大理石の間」といわれる部屋で、食堂として利用されていた部屋です。<br /> 周囲の壁は、白と青の人工大理石で造られていて、テーブルの上に置かれている陶器の食器は、息子のピーター公がベルリンの工房に制作させたものだそうです。

    <大理石の間>

     続いては、「大理石の間」といわれる部屋で、食堂として利用されていた部屋です。
     周囲の壁は、白と青の人工大理石で造られていて、テーブルの上に置かれている陶器の食器は、息子のピーター公がベルリンの工房に制作させたものだそうです。

  • <ビリヤードの部屋><br /><br /> ビリヤードの部屋は、大理石の間の隣にあります。<br /> 中央に置かれているビリヤードの台は、1770年代に復元されたものですが、当時はビリヤードの他にカードゲームをするためのテーブルもあったそうです。<br /><br /> 続いて、「公のトイレ(化粧室)」や「シュヴァロフ伯の部屋」などです。

    <ビリヤードの部屋>

     ビリヤードの部屋は、大理石の間の隣にあります。
     中央に置かれているビリヤードの台は、1770年代に復元されたものですが、当時はビリヤードの他にカードゲームをするためのテーブルもあったそうです。

     続いて、「公のトイレ(化粧室)」や「シュヴァロフ伯の部屋」などです。

  • <シュヴァロフ伯の部屋><br /><br /> シュヴァロフ伯とは、どんな人物なのでしょうか?<br /> シュヴァロフ家は、ロシアの貴族で16世紀の女帝エリザヴェータ・ペトローヴナに重用され、1746年9月5日に伯爵に叙せられ、サンクトペテルブルグに4つの宮殿を所有していたほか、ルンダーレ宮殿などを入手しているそうです。<br /><br /> どうしてこの宮殿に伯爵の部屋があるのか?その理由は分かりませんが、こうした関係を反映しているのかも知れません。

    <シュヴァロフ伯の部屋>

     シュヴァロフ伯とは、どんな人物なのでしょうか?
     シュヴァロフ家は、ロシアの貴族で16世紀の女帝エリザヴェータ・ペトローヴナに重用され、1746年9月5日に伯爵に叙せられ、サンクトペテルブルグに4つの宮殿を所有していたほか、ルンダーレ宮殿などを入手しているそうです。

     どうしてこの宮殿に伯爵の部屋があるのか?その理由は分かりませんが、こうした関係を反映しているのかも知れません。

  • <書斎>

    <書斎>

  • <公の化粧室(トイレ)>

    <公の化粧室(トイレ)>

  • <ビロン公の家系図><br /><br /> こうして、南棟の見学が終了しますと、次は公の家族が住んだという西塔を見学しました。<br /> このビロン公の家系図は、西塔で最初に見学した部屋「公婦人のプドゥアール」に入る前に撮影した人物画です。<br /><br /> そのうち、上段の二人の人物が「エルンスト・ヨハン・フォン・ビロン公」(左)とその妻「ベニクナ・フォン・トロタ夫人(右)で、下段の右側の人物が二人の息子の「ピーター・フォン・ビロン公」のようです。

    <ビロン公の家系図>

     こうして、南棟の見学が終了しますと、次は公の家族が住んだという西塔を見学しました。
     このビロン公の家系図は、西塔で最初に見学した部屋「公婦人のプドゥアール」に入る前に撮影した人物画です。

     そのうち、上段の二人の人物が「エルンスト・ヨハン・フォン・ビロン公」(左)とその妻「ベニクナ・フォン・トロタ夫人(右)で、下段の右側の人物が二人の息子の「ピーター・フォン・ビロン公」のようです。

  • <公婦人の化粧室><br /><br /> 次は「公婦人のブドゥアール」といわれる部屋ですが、ブドゥアールとは、女帝や公夫人たちの私室で、親しい人をもてなす部屋または寝室を兼ねたプライベートな空間のことだそうです。<br /><br /> その中には、「公夫人の化粧室」や「リビングルーム」、部屋の廊下の凹んだ場所のことである「アルコーブ」などがありました。

    <公婦人の化粧室>

     次は「公婦人のブドゥアール」といわれる部屋ですが、ブドゥアールとは、女帝や公夫人たちの私室で、親しい人をもてなす部屋または寝室を兼ねたプライベートな空間のことだそうです。

     その中には、「公夫人の化粧室」や「リビングルーム」、部屋の廊下の凹んだ場所のことである「アルコーブ」などがありました。

  • <公夫人のリビングルーム>

    <公夫人のリビングルーム>

  • <部屋のアルコーブ><br /><br /> 

    <部屋のアルコーブ>

     

  • <女性らしい調度品><br /><br /> これらの部屋は、ご覧のように女性らしく美しい装飾を施しており、また、椅子、テーブルなどの調度品が置かれていました。<br /><br /> 次に、公夫人の寝室とトイレを見学しました。

    <女性らしい調度品>

     これらの部屋は、ご覧のように女性らしく美しい装飾を施しており、また、椅子、テーブルなどの調度品が置かれていました。

     次に、公夫人の寝室とトイレを見学しました。

  • <公夫人のベッドルーム>

    <公夫人のベッドルーム>

  • <公夫人のトイレ><br /><br /> 公夫人の寝室は、意外と小さいな!と感じましたが、寝室から隠し扉で通じているトイレは、「これが18世紀のトイレ!?」というものでした。

    <公夫人のトイレ>

     公夫人の寝室は、意外と小さいな!と感じましたが、寝室から隠し扉で通じているトイレは、「これが18世紀のトイレ!?」というものでした。

  • <服装のリボン>

    <服装のリボン>

  • <公夫人のドレス><br /><br /> 最後に、公夫人が着用していたものと同じものだという服装が展示してありましたので、ご覧ください。<br /><br /> これで、宮殿内の見学がすべて終了です。<br /> 次は、宮殿のレストランで昼食をいただきました。

    <公夫人のドレス>

     最後に、公夫人が着用していたものと同じものだという服装が展示してありましたので、ご覧ください。

     これで、宮殿内の見学がすべて終了です。
     次は、宮殿のレストランで昼食をいただきました。

  • <サラダ>

    <サラダ>

  • <魚のフィレ>

    <魚のフィレ>

  • <デザート><br /><br /> サラダは、「リンシードドレッシングがけ」だそうです。<br /> 意味?分かりません!<br /> メインディッシュは、魚のフィレです。<br /> デザートは、シナモンのデザートで、レーズンのソースがけとなっています。<br /> どれも「美味しい!」のですが、小生には、品が良すぎてお腹が驚いてしまいました。<br /><br /> 食後は腹ごなしにフランス式庭園を見学しました。<br /> 併せてルンダーレ宮殿の建物全体が入った写真が撮影できましたので、ご覧ください。

    <デザート>

     サラダは、「リンシードドレッシングがけ」だそうです。
     意味?分かりません!
     メインディッシュは、魚のフィレです。
     デザートは、シナモンのデザートで、レーズンのソースがけとなっています。
     どれも「美味しい!」のですが、小生には、品が良すぎてお腹が驚いてしまいました。

     食後は腹ごなしにフランス式庭園を見学しました。
     併せてルンダーレ宮殿の建物全体が入った写真が撮影できましたので、ご覧ください。

  • <フランス式庭園>

    <フランス式庭園>

  • <庭園の草花たち>

    <庭園の草花たち>

  • <宮殿の正面>

    <宮殿の正面>

  • <樹木越しの宮殿><br /><br /> ◆◇こうして、宮殿を存分に見学しましたので、バスでリガに戻り、新市街のユーゲントシュティール建築群を見学することになっています。<br /> これで「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.10(ルンダーレ宮殿②)」は、終了です。◇◆<br /><br /> ◇◆午後から見学したユーゲントシュティール建築群の模様は、「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.11」としてお届けします。◆◇

    <樹木越しの宮殿>

     ◆◇こうして、宮殿を存分に見学しましたので、バスでリガに戻り、新市街のユーゲントシュティール建築群を見学することになっています。
     これで「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.10(ルンダーレ宮殿②)」は、終了です。◇◆

     ◇◆午後から見学したユーゲントシュティール建築群の模様は、「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.11」としてお届けします。◆◇

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