2014/10/09 - 2014/10/18
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mugifumiさん
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旅行5日目の午後から訪れたリガの新市街にある「ユーゲントシュティール建築群」で様々な建物と彫刻を見学しました。
ユーゲントシュティールは、ドイツ語でアールヌーヴォーという意味だそうで、19世紀後半にヨーロッパ各地を席巻した新芸術様式です。
リガ新市街のアールヌーヴォー様式のユーゲントシュティール建築群は、ユダヤ系ロシア人の独創的な建築が見られるアルベルタ通りとその周辺に集まっています。
<巻頭写真は、アルベルタ通り13番地の建物の彫刻です。>
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
<リガ到着前の光景>
◆ リガ新市街のユーゲントシュティール建築群
私たちは、バウスカ近郊のルンダーレ宮殿から再びリガに戻るところです。
でも、旧市街の散策は終わりましたので、リガのもう一つの見どころである新市街に向かいました。
まず、リガ到着前に小生が面白いと思った光景をご覧ください。
バウスカからリガまでは、直線で100㎞ぐらいでしょうか?
この建物が写っている光景は、出発してから40分ぐらいの距離にあるところのものですが、穏やかな空気に包まれているようで、とても心温まる光景でした。 -
<リガ近郊のダウガヴァ川>
この写真は、ダウガヴァ川にかかる電波塔のようなものでしょうか?
ここで、リガに近づいていることが分かりました。 -
<リガ市内のインターチェンジ>
-
<科学アカデミー>
そして、科学アカデミーの近くを走りましたので、鉄道橋の南にあるアクメンス橋や市内のインターチェンジ、リガ駅周辺を通ったことが分かります。 -
<ホテルOPERA>
こうして、リガ駅前を走っている1月13日通りからホテルOPERAなどを見ながらユーゲントシュティール建築群に向かったようです。 -
<クロンヴァルダ公園>
バスを下車した場所は、ユーゲントシュティール建築群の近くにあるクロンヴァルダ公園のようです。
正面に石碑が見えていますが、帰国してからこの石碑のことを調べてみました。
そして、この記念碑に刻まれている言葉の日本語訳を見つけることができました。
少々長く、また、日本語的にはおかしなところもありますが、掲載しておきます。
◆◇◆◇リガのベルリンの壁とバリケード◆◇◆◇
祈念ブロックの断片
ベルリンの壁が崩壊したあと、その断片がラトヴィアに寄附され、1991年バリケード中にセイマの建物に建設されたコンクリートの壁とともに、リガのクロンヴァルダ公園にまだ残されています。今日は鉄のカーテン崩壊の30周年であり、このイベントは私たち自身の独立の回復に必然的に貢献しました。
私がベルリンに始めていたとき、ベルタの壁の遺跡はもちろん、国会議事堂、ブランデルブルク門、有名なスタファ・ケバブとともに必見の名所の一つでした。しかし、鉄のカーテンの残骸にくる前でさえ、購入しにくいコンクリートの破片ーベルリンの壁の大小の破片ーに四方八方に襲われました。
鎖でつながれた最初のものはキーリング機能を持ち、ガラス製の箱に入ったわずかに大きいものは落下しますが、プラットホームに取り付けられた非常に高価なものはまったく機能しません。私は最初の石積みを購入してラトヴィアに持ち込みましたが、クロンヴァルト公園にはすでにはるかに大きな「お土産」があり、1991年のバリケードコンクリート壁の断片と組み合わされたベルリンの壁の本当の断片です。
ベルリンの30周年の前夜に私が思い出したのは、この物体であり、世界の歴史の中でこのような重要かつ象徴的な鉄筋コンクリートの死を祝うことにしました。
記念碑は1992年に公開されましたが、ベルリンの壁の破片はラトヴィアでの最初の日ではありませんでした。つまり1990年にはすでにリガの東ヨーロッパ諸国の政治的目覚めに関する展示会で展示されていました。その後、ハウスアムチェックポイントチャーリーミュージアムのディレクターがラトヴィアの首都に贈りました。
OiSparitisの著者「Riga Monuments and Decorative Sculpture」で報告されたように、1992年にはバリケード中にSaeimaの建物に建てられたコンクリートの壁の破片と記念のアンサンブルにまとめられました。
<以下は、記念碑に書かれている人々の紹介でしょうか?>
ラトヴィア語とロシア語のバリケード記念ブロックについて
「ベルリンの壁が私たちを分離 リガの壁は私たちを結びつける 隣人を愛しましょう そして、敵のために神に祈りましょう。」
<以下は、左下の小さな石碑に刻まれている言葉のようです。>
2011年に、記念碑はラトヴィア語、英語、ロシア語のテキストのあるプラークで復元されました。ラトヴィアは、石の破片が置かれた唯一の場所です。つまり、その破片が世界の多くの大都市に寄附された後だけでなく、私たちの場合、視覚的にも象徴的にも記念碑を補完するユニークなバリケード記念碑です。
◆◇小生の感想
何だか長い説明文で内容が良く分からないのですが、ドイツのベルリンの壁のことが書かれている記念碑のようです。
ベルリンの壁の崩壊は、ラトヴィアをはじめ東側の人々にとっては、それほど重大な出来事だったのだと感じました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
という独り言のような話ですが、本題のユーゲントシュティール建築群に戻りたいと思います。 -
<Pulkveza通り>
ユーゲントシュティールは、ドイツ語でアールヌーヴォーという意味だそうで、19世紀後半にヨーロッパ各地を席巻した新芸術様式で、多くの建物でその特徴である装飾的なデザインを多用しているそうです。
リガのユーゲントシュティール建築群は、この新芸術様式が1900年頃からはじまって十数年間という短い期間で膨大な数の多様な建築を残したのです。
このユーゲントシュティール建築群は、ミハエル・エイゼンシュテイン(1867~1921年)というユダヤ系ロシア人の独創的な建築が見られる「アルベルタ通り」とその周辺に集まっています。
この写真は、アルベルタ通りに向かっているところで、プルクベザという通りの隅にあるモニカセントラムホテルなどを見ながら、エリザベテス通り(Elizabetes iela)を歩いているところです。 -
<ストレールニエク4番地の建物>
その交差点を少し過ぎますと、北東に走っているストレールニエク(Strelnieku iela)という通りがあり、その通りの4番地に最初の見どころであるエイゼンシュテイン製作の美しい建物がありました。
この建物は、1905年の建物で、ミッツソウという私立学校として使われているそうです。
細かい装飾と青いレンガ、そして、美しい女性像など何とも優雅ですが、この写真では、そこのところが分からないかも知れませんね。
そこで、帰国してから何とか拡大できないか苦労して造った画像がありますので、少々斜めになっていますがご覧いただきたいと思います。 -
<花輪を掲げる女性>
小生にしては、うまく拡大でしました。
ストレールニエク4番地の青いレンガと美しい女性像が確かに写っていました。 -
<同じく女性像>
「そうはいっても、右側の青い建物の様子は分かったが、左側の茶色の建物の拡大写真がないのか?」ということになりますが、幸いにもこの部分は現地でカメラで拡大して撮影していました。 -
<茶色の建物の女性像>
それにしても、髪の毛でおっぱいを支えるとは!面白い発想の女性像ですね。
ところで、この茶色の建物は、ストレールニエク通り4番地の青いレンガの建物と繋がっているように見えますが、「アルベルタ通り13番地」と表示されている建物で、写真はストレールニエク通り側から見えた部分です。 -
<ユーゲントシュティール博物館>
さて、話が変わって恐縮ですが、赤い尖り棒のような屋根が見えるこの建物は、周辺に四角い建物が多い中で変わった造りになっていると感じました。
この建物が「ユーゲントシュティール博物館(アルベルタ通り12番地)」ですが、この建物は、K.ペークシェーンスとEラウベという人の制作で1903年の後期民族主義建築といわれています。
建物の中には、螺旋階段やアールヌーヴォーの色使いをした天井などの見どころがあるようですが、見学しませんでした。 -
<アルベルタ通り13番地の建物の人面像>
-
<同じく女性像>
さて、博物館から話を戻していただいて、先ほどのアルベルタ通り13番地の茶色の建物にある彫刻ですが、その人面像と女性像を拡大してみました。
こうしてメインストリートのアルベルタ通りに入ったのですが、次に撮影した建物も同じ13番地の建物でした。 -
<13番地の茶色の建物>
このアルベルタ通り13番地の建物は、ストレールニエク通り4番地の建物と同じくエイゼンシュテインの作で、動物、植物、喜怒哀楽を表す人面、女性など無数の彫刻がありますが、2002年に修復が終わり、輝きを取り戻した建物の一つだそうです。 -
<アルベルタ13番地の建物の人面像>
この人面は、建物の左右に二つありますが、怒っているのでしょうか?
ここからアルベルタ通りを東に進んでいきますと、通りの左側に見どころの8番地、6番地、4番地などの建物が並んでいるはずですが、まず、中央にエレベータのような塔が印象的な8番地の建物が見えてきました。
しかしながら、まずご覧いただくのは13番地の横にある茶褐色の暗い建物です。
この建物があるのは、通りの右側にある11番地です。 -
<11番地の茶褐色の建物>
-
<11番地の建物の中央部分>
この建物は、豪華で美しい建物が並んでいる建築群の中では、薄暗く、悪くいえば「汚い!」と感じてしまいました。
だから通りの反対側に建っているのでしょうか?そして、もしかしたら、これから修復されるのでしょうか?
さて、先ほど申し上げた豪華な建築群が並んでいるアルベルタ通りの建物ですが、通りを西側から入りますと、最初に目に入るのが8番地の建物です(1903年エイゼンシュテイン)。 -
<アルベルタ通り8番地の建物>
-
<8番地の中央上部>
この建物は、ブルーの縦のラインと中央のエレベータのような造りが印象的です。
そして、中央上部の力強いライオンの顔とその周りの繊細で優雅な装飾が見どころとなっています。 -
<6番地が見えるアルベルタ通り>
さて、次に8番地の横に建っている6番地の建物(1903年エイゼンシュテイン)ですが、建物全体を正面から撮影していませんでした。
誠に心苦しいのですが、そのエキスみたいなこの写真でご勘弁いただきたいと思います。 -
<6番地の建物>
工事中ですが、赤いレンガが印象的な6番地の建物です。
その隣に僅かに写っている薄茶色の建物が見えていますが、この建物は4番地の建物(1904年エイゼンシュテイン)です。 -
<アルベルタ通りにて>
-
<中央の薄茶の建物が4番地>
その4番地の建物ですが、これも残念ながら正面から撮影したものがありません。 -
<4番地の建物の中央上部>
-
<同上の拡大、メドゥーサの3つの顔>
-
<4番地のライオンの像>
この4番地の建物は、最も完成度が高い建物の一つといわれています。
中央上部の窓の美しい曲線、メドゥーサの3つの顔、青と緑の窓ガラスが心に響く!といわれています。
ここに描かれているメドゥーサ(Medousa)は、泣いているのでしょうか、怒っているのでしょうか?
なお、メドゥサは、ギリシャ神話に登場する怪物です。
メドゥサは、女王という意味の3女で、姉はステンノー(強い女)と、エウリュアレー(広く彷徨う女)と呼ばれているそうです。 -
<2a番地の建物>
4番地の次の見どころは、2a番地の建物です。
この建物もエイゼンシュテインの設計で建てられたもので、縦の赤いタイルが印象的な建物で、窓ガラスの青と建物の色が調和したデザインになっていると評されています。 -
<女性と、その下の怒ったような人面の彫刻>
-
<最上部の兜を被った兵士の人面>
建物全体の写真がぼけているためか、小生には、女性やスフィンクス、人面などの彫刻が印象に残りました。
こうして、アルベルタ通りの見学が終了しますと、南のエリザベテス通りに戻って東側に建っている10b番地と33番地に向かいました。
エリザベテス通りを東から入りますと、面白い建物が目に入りました。
なんと!カタカナで「ヤクザ」という文字と大きく「YAKUZA」という文字の看板が掛かった店があったのです。 -
<明るい雰囲気のエリザベテス通り>
-
<YAKUZAの建物>
YAKUZAという看板がある建物ですが、ここは寿司店のようです。
余計なお世話かも知れませんが、YAKUZAという意味を承知していて表示しているのでしょうか?
さて、この店は、10a番地の表示がある建物の横にありましたので、見学したい10b番地の建物の並びにあるようです。具体的には、ヤクザの店の「隣の隣」に10b番地の建物が建っているということになります。 -
<10b番地と10a番地の建物>
左の白っぽい建物が10b番地の建物で、右側の茶褐色の建物が10a番地の建物です。 -
<10b番地の建物の上部>
見どころの10b番地の建物の上部には、ご覧のような大きな人間の顔などの彫刻がありました。 -
<10b番地と10a番地の彫刻>
この写真には、隣の10a番地の茶褐色の建物も見えていますが、白っぽい大きな顔の彫刻は、10b番地の建物の右端の彫刻です。
なお、ヤクザの隣の汚い建物にも多くの彫刻が彫られているようですから、こちらも修復すれば素晴らしいものになるのではないでしょうか。
いずれにしても、ユーゲントシュティール建築(アールヌーヴォー)に興味がある方々にとっては、このリガの建築群はとても魅力的な場所だと思います。 -
<エリザベテス通り33番地>
最後に、エリザベテス通り33番地の建物(1901年エイゼンシュテイン)ですが、10b番地の斜め前の方向に静かに佇んでいました。
この建物の写真が遠景になってしまいしたので、彫刻部分を一部拡大してみました。 -
<33番地の拡大画像>
この建物は、最初期のユーゲントシュティール建築で、様々な建築様式の影響が見られるそうです。
中央に人物の彫刻が見えていますね。 -
<クロンヴァルダ公園>
ユーゲントシュティール建築群の見学が終わりますと、近くのクロンヴァルダ公園や、その側で開かれていた果物売り場、ロシア大使館、フランス大使館などを眺めて、ここから中央市場とスーパマーケットに向かい買い物を楽しんでからホテルに戻りました。 -
<フランス大使館>
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<中央市場>
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<スーパーマーケット>
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<レストラン STEIKU HAOSS>
夕食は、ちょっと遅めの19時00分からホテル近くの「STEIKU HAOSS」というレストランでいただきました。 -
<クリームスープ>
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<ローストポーク>
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<ダークチョコレート>
このレストランでいただいた料理の味ですが、メインのローストポークは「美味」、スープとチョコレートは「まあまあ」といったところでした。
飲み物?もちろんいただきました。
小生が赤ワイン、かみさんが白ワインです。(両方とも5ユーロ)
◆◇これにて10月13日旅行5日目に訪れましたリガのユーゲントシュティール建築群の記事は終了です。◇◆
◇◆この続き10月14日旅行6日目に訪れた「ラトヴィアのスイスと呼ばれるスィグルダ」の模様は、「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo12<ラトヴィアのスィグルダのトゥライダ城>」としてお届けいたします。
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