2014/10/09 - 2014/10/18
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mugifumiさん
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この旅行記のスケジュール
2014/10/15
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ストランド・スパ&コンファレンス・ホテル
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朝の散策
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ホテル出発 バスで公園(Parnu Vanapark)に向かう
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パヌル市街散策
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Maarja-Madaleenaという工芸品店
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アカデミア通りを南に進み、Parnu Valiikaar公園から「タリン門」
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ホテル アメンデ・ヴィラで昼食
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エストニアの首都タリン 「歌の広場」
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タリンのホテル テレグラフ
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この旅行記スケジュールを元に
2014年の10月に9日間にわたって訪れたバルト三国の見どころを「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねて」という旅行記で訪問先ごとにその内容をお伝えしています。
この旅行記(No.14)では、旅行7日目(10月15日)に訪れましたエストニアの「パルヌ」の主な見どころをお伝えしたいと思います。
まず、初めに現地ガイドのカイレさんとお目にかかった場所での光景、そして、そこから歩いてキリスト変容教会、コイトゥラ公園、エリザベート教会などを散策しながら、Maarja-Magdaleena Gildという店に向かいました。
この店では、織物、園芸、ガラスアート、フェルト、編み物などの個性的な作品と製作風景を見せていただきました。
ところが、小生は、こういう作品にイマイチ興味がないものですから、一人で14世紀の騎士団時代から残る唯一の城壁の塔「レッドタワー」を見学に行ってしまいました。
パルヌという町がどんなところなのか?通りや建物の名前を使いながら旅行記としてまとめてみました。
<巻頭写真は、パルヌのコイトゥラ公園です。>
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
<美味しそうな朝食>
◆ エストニアのパルヌ
◇ パルヌの朝
皆様、おはようございます。バルト三国の旅も最後の国、エストニアに入りました。
今日はモーニングコールはありませんが、スムーズに目覚めることができました。
とはいっても、出発時刻が10時00分ですから当然ですよね。
ということで、時間がありますので、朝食後、Tさんのご厚意で希望者は8時45分にロビーに集まって朝の散歩に出かけました。 -
<ストランド・スパ&コンファレンス ホテル>
もちろん、カメラ持参ですから私たち夫婦がホテルの外観をバックににっこり微笑んでいるところを散歩前に撮影しました。
さて、次は朝食の模様ですが、その前にホテルの評価を申し上げます。
スリッパは用意してありませんが、シングルベッドながらバスタブ、トイレなどの水回りも良好で、建物の外観の印象より良好に感じられましたので、「A」をつけて良いのではないでしょうか。
次に朝食ですが、少しピンぼけですが、パン、コーヒー、野菜、ハムなどの肉類、卵、果物などが豊富にあり、肝心な味も大変良かったので、「文句なしのA」評価でした。
ところで、相変わらず大盛りの品のない取り方で「お行儀が悪い!」とかみさんから叱られそうですね。 -
<海岸近くの小道を歩く!>
さて、散歩ですが、パルヌ湾に面したビーチに向かうようです。
この街は、泥治療で有名なリゾートタウンで、観光客が押し寄せる夏には、どこまでも続く砂浜にカラフルな水着の花が咲くといいますが、この日は、天気も良くないためか人の気配がありませんでした。
草原のようなところの右側に建っている建物は、「Tervise Paradils」という表示が見えていますが、何かの工場でしょうか?
と思いましたら、ホテルだそうです。 -
<バルト海、生憎の曇り空>
そのホテルの付近から10分ぐらい歩きますと、ご覧のような砂浜につきました。
「この海辺が夏には観光客が押し寄せる海なの?」と、チョッピリ拍子抜けしたものですが、Tさんのご配慮に感謝しながらホテルに戻りました。 -
<パルヌの秋>
そして、予定通り10時00分にバスでホテルを出発して旧市街に向かいました。
まず、パルヌの秋とでもいうべき黄色に染まった樹木と町の光景をご覧ください。 -
<バス停で秋を楽しむ>
「パルヌの秋」は、バスの中から撮影したものですが、大きな木が黄色に染まっている光景は、まさにパルヌの秋と呼ぶに相応しい光景でした。
また、「バス停で秋を楽しむ」は、正確な場所は分かりませんが、黄色の落ち葉が敷き詰められ、私たちを歓迎しているようでした。 -
<現地ガイドのカイレさん>
などと、チョッピリ気取っていますが、私たちがバスから降りたところは、パルヌ・バナパーク(Parnu Vanapark)という公園の西にある「パルヌホテル」が目の前の「Ruulti Plats」という緑地のようです。
ここで現地ガイドのカイレさんが待っていました。
カイレさんの奥に大きな建物が見えていますが、この周辺には、この建物の他に「SEB」という建物などが建っていました。 -
<SEBという表示の建物>
-
<ホテル・パルヌ>
パルヌ・ホテルはバスターミナルのすぐ隣にある評判の良いホテルだそうです。
ホテルの先にある道路を挟んで建っているのが「SEB」という表示がある建物ですが、「SEB Parnu Kontori」となっていますので、「SEBパルヌ銀行」とでもいうのでしょうか?
こういうことを申し上げますと、パルヌの町をよく知っているようですが、カイレさんについていくのが精一杯ですから、説明を聞き逃さないように、また、迷子にならないように気をつけたいものです。
私たちは、ここからアイア(Aia)という通りを南に向かって歩きはじめました。 -
<何という教会>
やがて見たこともない鮮やかな色使いの建物が見えてきました。
なんと表現したら良いのでしょうか?
独特の色使いの教会のような建物です。 -
<キリスト変容教会>
いやー!こういう色使いが独特な建物を見たことがないものですから、思わずシャッターをパチパチと切ってしまいました。
それにしても、「建物の正体が分からない!なんてお前らしくない!」といわれそうですが、後で調べましたら「Parnu Trnsformation of our Lord Church」と表示されていました。
日本語に訳しますと、「パルヌで変化した私たちの神教会」ということになるのですが、旅行雑誌に書いてありました「キリスト変容教会」という日本語訳が適切なのでしょうね。
この教会からアイア通りを南に進みますと、ヨーロッパでよく見かける丸型の交差点がありますが、ここから左方向(西)に向かいますと、「Kuninga」という通りになります。 -
<Basic School>
その曲がり角に茶色の建物が見えていますが、この建物には旗が立っていますので、公的な施設が入っているのでしょうか? -
<手を振る子供たち>
後で調べたのですが、この建物は、「Parnu Kuninga Street Basic School」と表示されていました。
直訳すると、「パルヌ クニンガ通り 基本的な学校」となるのですが、子供たちが笑顔で歩いていましたので、小学校だと思います。
この通りを西に進んでいきますと、「Koidula park」という大きな公園がありましたが、この公園でエストニアの秋を楽しむことになりました。 -
<黄色に染まるコイトゥラ公園>
-
<エストニアの女性詩人の像>
この女性像は、エストニアの女性詩人、劇作家でリーティア・エミリー・フロレンティヌ・ヤンセン(1843~1886年)という名前の方だそうです。
また、作品は、詩集「野の花」、「エマヨキ川の夜鳴き鳥」などで祖国愛、民族愛を歌った詩が多いそうです。
銅像にどんな表示がされているのか気になりますよね?
「Lydia Koidula monunent」となっていました。
だから、この方のことを日本語では、「コイトゥラ・リーティア」と表現し、また、彼女の像があるこの公園を「コイトゥラ・パーク」と名付けているのだと思います。
さて、カイレさんは、私たちをどこに案内しようとしているのでしょうか?
パルヌの散策を大いに楽しんでもらおう!ということのようですが、女性が大好きな手工芸品の工房に案内していただけるようです。
私たちは、コイトゥラ・パークがあるクニンガ通りからHospidaliという通りを北に向かって歩きはじめました。 -
<Ruutla通り>
やがて、Ruutlaという通りと交差しますが、ここを左折(西方向)すると多くの人々が行き交う繁華街のような光景が待っていました。 -
<同じくRuutla通り>
Ruutla通りをさらに進んで行きますと、やがてPuhavaimuという通りとの交差点(北側と南側の交差点が少しずれている。)につきますが、この場所には次の光景が待っていました。 -
<Puhavaimu通りの南方向>
-
<Ruutla通りの西方向>
この交差点のPuhavaimu通りでは、右側に写っているSoorikudと表示されている店など多くのカフェが並んでいました。
また、Ruutla通りでは、左側に写っている黄色の建物に表示されているAra.Kvartaという看板が印象的でした。
Ruutla通りをさらに西に進んでいきますと、Nikolaiという通りとの交差点につきますが、ここでもこの通りの左右(南北)に印象的な光景が待っていました。 -
<Nikolai通りの北方向>
まず、交差点からNikolai通りの北方向を見ますと、LAIITKLAという店の看板が手前に、その先に教会の尖塔のような建物が見えます。
でも、この建物は教会ではなく、Uusという通りの先にあるTown Hallという建物の尖塔のようです。 -
<Nikolai通りの南方向>
続いて、この写真に写っている大きな尖塔の建物ですが、赤い塔が印象的なバロック様式のエリザベート教会(St.Elizabetu’s Church)です。
1744年に時のロシア女帝エリザベートが資金を出して建設がはじまったことからこの名がつけられたそうです。
内部には、黒い十字架のレプリカや、エストニアでも最高のオルガンが備え付けられているということですが、見学しませんでした。
Nikolai通りを北に進んでいきますと、Uus通りと交差しますが、この通りを左折しますと、先ほど申し上げたParnu Linnagaleriliや、Town Hallという表示の建物があり、また、1764年にロシアのエカテリーナ2世が建築を命じたという「エカテリーナ教会」が見えてきました。 -
<エカテリーナ教会>
この教会は、英語表記では「St.Katherine Orthodox Church」となっていることから「聖キャサリン教会」と呼ばれているようです。 -
<アートギャラリー>
また、タウンホールは、観光案内所になっているのでしょうか?
「Parnu Linnagalerili(アートギャラリー)」と表示されている建物と同じ敷地にあり、入口が別になっているようです。
何を言ってるのか理解できない?
「同じ敷地に建っている。」というより「隣り合わせに繋がっているように建っている。」と言った方が良いかも知れません。
タウンホールは、撮影しなかったのですが、赤い屋根に教会のような塔があり、壁が黒灰色で正面入口がNikolai通りに面しています。
これに対して、アートギャラリーは、黒い屋根に黄色の壁の建物で正面入口がUus通りに面しています。
などと細かく申し上げても、理解しづらいと思いますので、同じ建物だと考えても差し支えないと思います。
さて、ここから向かったのが、カイレさんが最も案内したかったという「Maarja-Magdaleena Gild」という建物です。 -
<Maarla-Magdaleena Gild>
-
<正面の入口>
この建物は、エカテリーナ教会やアートギャラリーが面しているUus通りを東方向に歩きますと、右側に見えてきます。
こういうところが好きな方は、女性が多いと思いますが、織物、陶芸、ガラスアート、フェルト、編み物などの個性的な作品に出会えるところだそうです。
しかも、建物の中には沢山の部屋があって、それぞれの作家の製作風景を見せてもらえるといいますから、業種的には「工芸店」や「工具店」とでもいったら良いのでしょうか?
それでは、中を数多く撮影しましたので、ご覧いただきましょう! -
<ティータイム:わが家のバラ>
と思ったのですが、ここで一休み!少々お待ちくださいませ。
この花は、今年のものではありませんが、わが家のバラです。
<バラの花言葉>
全般の花言葉は、「愛」と「美」だそうです。
でも、花の色別に花言葉があるようです。
赤は「愛情」など、白は「純潔」など、ピンクは「しとやか」など、黄色は「嫉妬」などだそうです。
さて、旅行記に話を戻しましょう。
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<店の中①>
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<店の中②>
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<店の中③>
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<店の中④>
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<店の中⑤>
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<店の中⑥>
本来ですと、写真の下に簡単なコメントなどを書くべきなのですが、どういう作品なのか小生にはサッパリ分からないものですから省略しました。
だからでしょうか?小生は、まもなくここから外に出てしまい、一人だけで恐縮ですが、カイレさんに案内していただいて「ある建築物」を見学に行きました。
工芸品店の見学を中座してどこに行ったのかですが、旅行雑誌で紹介されていた「レッドタワー」と呼ばれている14世紀の騎士団時代から残る唯一の城壁の塔を見に行ったのです。 -
<レッドタワー>
カイレさんによれば、「どうしてこの建物が海外で紹介されているのか?不思議でしょうがない」というような話をされていました。
レッドタワーの場所は、東側のHommikuという通りから見学するのが一般的なようですが、私たちが訪問していたMaarja-Magdaleena Gildという工芸品店は、レッドタワーの西にあるものですから、まず、Uus通りを東に向かい、Ruhavainuiという通りの交差点に向かいました。
そして、その交差点を真っ直ぐ進みますと、Hospidaliという通りに突き当たりました(T字路)。
分かりやすく書きますと、工芸品店の前の通りを東に進んで、突き当たりを右に曲がる、ということですね。
ここを歩いていますと、左側に狭い通路があり、その先にご覧のような赤い丸型のレッドタワーがあったのです。
この建物は、2階建てでカフェになっていて、一階で飲み物や食べ物を注文し、二階でくつろげるようになっているとのことです。 -
<人間型の案内標識>
レッドタワーを探しに行く途中に、このような面白い標識を見つけました。 -
<工芸品店⑦>
こうして、小生がレッドタワーを見ている間、かみさんは店の中を存分に見学したようです。 -
<同じく工芸品店⑧>
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<工芸品店⑨>
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<同じく店内⑩>
工芸品手の見学が終了しますと、次は昼食のようです。
19世紀のドイツ人貴族の邸宅を利用したホテルのレストランでいただく、という話ですから超楽しみですね。
また、レストランに到着する前に秋景色に彩られた「タリン門」などを見学できるそうです。
早速、その模様をお伝えしたいと思います。
まず、工芸展前のUus通りからニコライ(Nikolai)通りに出て、そしてRuutla通りを東方向に歩きました。 -
<帽子にステッキなどの男性像>
ニコライ通りからは、再びエリザベート教会などパルヌを象徴する光景が見えましたが、Ruutla通りでは、何かを持った黒い彫刻の男性像がおかれていましたので、思わず記念撮影をしてしまいました。 -
<中央図書館>
この男性像のところからは、Akdeemia(アカデミア)という通りに出て、バスに乗ったのですが、Keskvaljakという大きな通りの交差点では中央図書館(Patnu Central Library)の建物が見えました。
ここから「タリン門」に行くために、バスはアカデミア通りを南に進んで、突き当たりのLounaという通りを右折(西方向)して、さらに、Ringiという通りの交差点で小路に右折してParnu Vallikaarという公園に向かったようです。 -
<秋深し!の公園の光景>
この公園は、周りがパルヌ川(Parnu River)が陸地に食い込んでいるような場所にあり、この水辺のことをParnu Vallkaavと表記していました。 -
<林の奥にタリン門>
タリン門がある場所は、この水辺の奥ですが、南向きの門は、門というより大きな分厚い建物のような造りでした。 -
<タリン門>
綺麗に塗り直されているためか?新しく見えましたので、「これがかつて3つあったという17世紀の城門なのか?」という印象でした。 -
<黄色の落ち葉の公園>
タリン門とともに公園の光景をご覧んいただきましたが、もう少し面白い光景がないのか?という声が聞こえそうですね。
リクエストに応えて周辺で見えたものをご覧んいただきます。 -
<タリン門付近にあった彫刻>
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<タリン門近くの水辺>
この水辺は、タリン門の正面から見ると西側にあるParnu Vallkaavという表示のパヌル川の支流のような流れで、鴨などが護岸に羽を休めていますが、川というより湖や池のように見えてしまいます。 -
<タリン門付近にて>
この水辺からは、さらに南のアメンデ・ヴィラ(Ammende Villa)というホテルに向かいましたが、その間に見つけたパルヌの秋をご覧いただきました。 -
<ホテルの前で見つけた秋>
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<ホテル アメンデ・ヴィラ>
この素敵なホテルで美味しい料理の数々をいただきました。
また、食後には、ホテルの部屋も見学させていただきました。 -
<ホテルのレストラン>
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<クリーム・プリュレ>
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<子豚のトロ煮>
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<クリーム・ブリュレ>
昼食の内容ですが、建物が美しい!と食べ物も美味しい?そんな理屈はありませんが、料理だけではなく調度品も洒落ていました。
このように高級感が溢れていましたので、料理が美味しい!と感じたのは、雰囲気に飲まれたためかも知れませんね。 -
<ジュニアスイートルーム>
さて、部屋の見学ですが、ジュニアスイートルームを見学しました。 -
<ジュニアスイートルーム>
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<部屋のベランダから>
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<ホテルの廊下など>
この後は、13時30分頃ホテル アメンデ・ヴィラを出発して一路、エストニアの首都タリンに向かいました。
まず、出発して40分ぐらい走ったところの白い雲が美しい空とタリンに近づいて見えたUlemiste行きのトラムの様子をご覧ください。 -
<青空と飛行機雲?>
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<Ulemiste行き?>
やがてタリンに到着したのですが、パルヌ街道からタリン旧市街を抜けてナルヴァという街道に入り、郊外の北東にある「歌の広場」というところに向かいました。
なぜ、ここを案内していただけるのか?
それは、ここで全国歌謡祭が開催されているからだと思います。
5年に一度開催される歌謡祭で、2003年には「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言」に、2008年には「バルト地方の歌謡・舞踏フェスティバル」の一部として無形文化遺産に登録されています。
ところで、なぜ、こういう登録がされたのかを考えることが大切だと思います。
ロシア帝国時代の1869年にはじまった大規模な歌謡祭が2019年で第27回を数えていますが、その間、戦間期やソ連時代、独立回復期、独立回復後のそれぞれの時代にこの歌謡祭を行うために多くの方々の苦労と努力の歴史があるからです。
特に、第一回歌謡祭活動の中心人物であるジャーナリストのヨハン・ヴォルデマル・ヤンセンとその娘であるリディア・コイトゥラの作詞、グスタス・エレネサクス作曲の「我が祖国我が愛」は、今でも国家のように歌われているそうです。
リディア・コイトゥラといえば、パルヌに彼女の像があるコイトゥラ公園がありましたネ。 -
<年号の記念碑>
「タリン歌の広場」といわれるこの場所には、「1869」と「1969」という年号を刻んだ彫刻が建っていました。
その意味は、1869年が第一回の全国歌謡祭が開催された年を表し、1969年が百周年(第17回、出演人員30,230人)を表しているのだと思います。 -
<野外音楽施設>
まるで宇宙船のような形をした野外音楽施設があるタリン音楽広場は、ステージ部分が1800㎡の屋内面積と23ヘクタールの野外エリアを擁するものです。
ステージは、2本の放物線に囲まれた75m×35mの屋根を特徴とし、これは、音を反響させる役割も担っていて、ステージには、15,000人の演者
を収容できるそうです。
こういう話を伺いますと、この「歌の広場」に案内していただいた意味が良く理解できるのですが、小生には、特に、会場の奥から野外音楽施設を見下ろす「エレネサクス像」が印象的でした。 -
<広場の入口>
歌の広場への入口は3つあり、そのうちのラスマナエからの入口沿いには、1869年からの伝統をエストニア音楽祭の歴史を辿った彫刻群が設置されているほか、グランドには音楽が流れる「歌う椅子」や、高さ2.25m、重さ2.5トンのグスタフ・エレネサクス像が設置されています。 -
<グスタス・エレネサクス像>
エストニアの音楽の父エレネサクス(1908~1993年)は、エストニア歌謡祭典の最終日に歌われるエストニア第二国歌「我が祖国我が愛」の作曲家です。
会場の麓から見下ろすエレネサクスは、一体何を思いながら人々の歌声を聞いていたのでしょうか?
歌の広場の見学が終了しますと、今夜の宿泊ホテルテレグラフ(Hotel Telegraaf)に向かいました。 -
<丸い太った建物>
タリン旧市街の北側(タリン湾付近)に近づきますと、Pannamae teeという通りを通過しましたが、その際、赤い屋根の丸く太った建物と青く高い教会にあるような尖塔が見えてきました。
「ここはどこだろうか?」という好奇心から勝手にシャッターを切っていました。
もしかしたら、明日、ここを訪れることになるかも知れませんネ。 -
<タリン旧市街のホテル>
ホテル到着後は、19時00分までは自由時間でしたので散策に出かけました。
19時からは、予定通り生演奏付の夕食をホテル(ホテル テレグラフ)のレストランでいただきました。 -
<魚(ラバレ)のタルタル、西洋わさびとセロリ>
-
<ローストダック レーズン、ナツメグ、ポテトのピューレ添え>
-
<西洋ナシとアーモンドケーキ キャラメルアイスクリーム添え>
とても美味しそうで、品が良いですね。
自分で好きなものをどうぞ!ではないからです。
味?「記憶にございません。」といいたいところですが、「文句なしの美味しさ!」でした。
明日(10月16日、旅行8日目)は、タリン市内観光が待っています。
明日も楽しみですが、段々帰国の日が近づいてきて、寂しくなってきました。
明日の出発までの予定
・ モーニングコール なし
・ 朝食 7時00分から
・ 朝の散歩 7時45分(希望者ロビー集合)
・ 出発(タリン市街観光)9時00分
◇◆これにてパルヌの旧市街観光を記した「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.14」は終了です。◆◇
◆◇この続きは、エストニアの首都タリンの見どころを訪問する旅ですが、その模様を「秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねてNo.15」としてお伝えしたいと思います。◇◆
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