2020/12/18 - 2020/12/22
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kojikojiさん
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思い返せば最後に旅行へ行ったのは昨年の10月のトルコ旅行でした。エミレーツ航空で経由したドバイの空港で、弟からのLINEのメッセージで母の末期がんの診察結果を知り、その場で年末の南ドイツとフランスのアルザス地方とパリのクリスマスマーケット巡りのツアーをキャンセルしました。今から思えばその時にヨーロッパへ行っていたら、コロナに感染していたかもしれないので母に助けてもらったのかもしれません。そして3月に予定していたロシアのウラジオストックの旅の顛末は前の旅行記の通りでした。一抹の望みをかけていたゴールデンウィークのイギリスの旅もキャンセルとなってしまいました。その後は母の病気のこともあり、コロナ禍の中では自宅と仕事先の往復以外は全く外出しませんでした。9月下旬に母の最期の入院では全く面会も出来ず、緩和ケアの施設で2回ほど面会は出来ましたが、そのまま葬儀と四十九日を迎えました。そんな慌ただしいことが過ぎ、12月18日出発のトラピックス社の石垣島4泊5日のツアーを申し込みました。ところがコロナの感染者が気温の低下とともに増え、12月17日までのGo toは中止となり、28日から1月上旬のGo toも中止となりました。そんなGo toのはざまの18日出発はキャンセル料の適用も無く、母の入院から葬儀までのコロナによる影響も思い出され、またコロナ禍にやられるのかという思いでした。半分諦めの気持ちもありましたが、そんな時に背中を押してくれたのがガースーのステーキの会合でした。石垣島でステーキを食べようと気持ちを固め、出発の日を迎えました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス 船 タクシー JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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すったもんだで参加することになったトラピックス社の「【Go toトラベル適用】南国の楽園 八重山4島の旅 5日間」ですが、羽田空港までの公共交通機関の利用はためらわれました。キャリーバックを持っての大江戸線とモノレールには乗りたくなかったので、自宅前からタクシーで池袋のメトロポリタンホテルに向かいました。
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羽田空港までのリムジンバスは事前に予約してあり、ホテルロビーのカウンターでチケットを購入しました。
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通常であればチェックアウトの時間帯ですが、ホテルのロビーには誰もいませんでした。12月17日までのツアーなどはキャンセルになっていることが理由なのかもしれません。
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羽田空港行きのリムジンバスも気の毒なほどガラガラでした。その後この路線は一時休止になりました。
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定刻の午前8時30分にバスは発車してどこにも立ち寄らずに山手通りから首都高速中央環状線に入りました。
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ほとんど渋滞も無く50分ほどで空港近くまで来ました。今年初めて見る海です。この1年で自宅から1番遠くまで出掛けたのが渋谷でした。
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リムジンバスは羽田空港のターミナル2で数人のお客を降ろしました。
羽田空港 第2旅客ターミナル 空港
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そしてターミナル1で我々が降りるとバスの乗客はゼロになりました。
羽田空港 第1旅客ターミナル 空港
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ターミナルに入ると午前9時30分というのに閑散としていて驚きました。
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そして1年前まで一緒に国内旅行をしていた母がもういないことを痛切に感じました。数年前の沖縄旅行の出発時にはこの辺りで掲示板の下で記念写真を撮ったことが思い出されます。
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集合時間より早かったのですが南ウイングの2番カウンターで航空券を受け取り、手荷物は新しいセルフのシステムで預けてしまうと身軽になりました。
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久しぶりの羽田空港の国内線のターミナルをブラブラ歩いてみました。大きなクリスマスツリーのそばにはドイツのローテンブルグのケーテ・ウォルファルトの出店がありました。
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昨年のクリスマスマーケット巡りのツアーは母の末期がんを知ったドバイの空港でキャンセルし、この夏に予約を入れていた北ドイツのクリスマスマーケット巡りのツアーも早々とキャンセルしていました。
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午前9時前では空港内のレストランも閉まっている店が多かったので「cuud(クウド)」というカレーうどんの店に入ることにしました。
cuud グルメ・レストラン
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メニューはシンプルでカレーうどんとトマトカレーうどんで、ごはんとピクルスとだし汁がセットになっていることです。1つづつ注文してみました。
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説明によれば、まずはそのまま食べて、ご飯をスープに浸して食べたり、最後はスープをだし汁で割るのがオススメだそうです。
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量は少し少なめですが、スパイシーなカレーに目が覚めた気分です。
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ターミナルは相変わらずガラガラです。時間もあるのでコーヒーを飲みに行くことにします。
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地元の仲良しの友人の中に幼稚園から中学まで一緒だった女の子がいて、その子からいただいていたBook of eGiftsで普段飲まないドリンクをいただきました。そしてLINEでお礼を伝えたら沖縄旅行が友人たちに知れ渡りました。
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この日のフライトは羽田発のJAL913便で那覇に向かいます。那覇到着は14時20分で、すぐに石垣島行きのフライトです。
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久し振りにこの辺りの庭園を見ることが出来ました。最後にここへ来たのはいつだったか…。
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往路の座席は中央の4人掛けだったのでかなり混んでいる予感がありました。まあ短いフライトでもあるし、気分も乗っていない旅でもあるので積極的になれません。
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機内は50%から60%の席が埋まっていました。個人旅行客というよりはツアーのお客さんが多いように思いました。我々以外にも沖縄本島へ行くトラピックスのツアーの方もいらっしゃいました。
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4人掛けの席でしたが右側の3人掛けが1列空いていたので、扉が閉まった後にCAさんに一声掛けて移動させていただきました。
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今回はGo toを利用しての旅ですが、12月17日までが中止になり28日からも中止になっていました。その狭間の期間になる18日から22日の4泊5日でした。キャンセル料も戻らないので参加しましたが、低気圧と低気圧の谷間の旅でもあり石垣島での天気は期待出来ませんでした。
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そう考えると天気の良いのは飛行機の中だけかもしれません。遠くにアクアラインの風の塔が見えました。風の塔は川崎市浮島の沖合約5キロに造られた直径約200メートルの人工島です。塔の上には高さ90メートルと75メートルの大小2つの塔がそびえ、これらはトンネル内部の空気を排気したり、外から空気を送気したりするための施設です。
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その先に海ほたるが見えてきました。東京湾が鏡のように輝いていてとてもきれいでした。
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東京湾の上を大きくターンすると富士山が綺麗に見えました。
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離陸した羽田空港も眼下に綺麗に見ることが出来ました。
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江の島の上空を過ぎると富士山の近くを通過しました。冠雪がほとんどない中で山頂の南東側の御殿場側にのみ雪の積もっていました。
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山頂付近には多少雪が積もっているのが見えました。
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もう少し雪が積もった方が美しく見えるのですが。
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妻の実家を探してみましたが、さすがにちょっと分かりませんでした。
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昭和40年の8月に初めて山頂に立ったのは4歳の時で、その当時の日本の最年少記録に近かったと思います。
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年始の挨拶で義父を訪ねる予定でしたが、Go toも中止になった上に自粛の風潮も高まってきたので中止にしました。
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富士山が見えなくなるとすぐに南アルプスの山々が見えてきました。この辺りだけ冠雪していて綺麗です。
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身延から伝付峠を越えて荒川三山や赤石岳や塩見岳、北岳を登ったのはもう45年前のことです。一緒に登った父はもう亡くなっていますし、2度と登ることも無いだろうと思います。
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飛行機が浜名湖を過ぎた辺りから海上に出てしまうと景色を楽しめないので機内誌に目をやります。旅行の数日前に3個まとめてオーバーホールの見積もりをお願いしたことを思い出してしまいます。見積もりがいくらになるか気になっているので思い出したくなかったのに。
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ドリンクのサービスが始まるとようやくホッとします。
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機内のアナウンスでJAL913便はハワイアン航空とのコードシェア便だと知りました。ハワイ感は全くありませんが海外へ行けないこともあり、気分的にはちょっと嬉しかったりします。
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往路で晴れていたのはこの辺りまででした。
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那覇空港へ向けて高度を下げていくとどんどん雲が多くなってきます。
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雲間に海が見えるだけでもちょっと嬉しくなります。
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サンゴ礁が見えるとすぐに那覇空港へ着陸です。
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4年ぶりの那覇空港に到着しました。
那覇空港 空港
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空港ターミナルまで来ると4年前にこの辺りを歩いた記憶が蘇ります。首里城再建の横断幕を見ていると、昨年の火事の日にトルコのアンタルヤにいた事を思い出しました。
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アンタルヤのホテルで食事から戻ってテレビを見ると、この画面が目に飛び込んできて驚きました。
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妻と母と3人で行った旅の思い出もあるので驚きと共に悲しみも感じました。
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那覇空港のターミナルもかなりガラガラな印象を受けました。ここでも乗り継ぎはほとんど時間が無いので、周囲のお店を見る時間もありません。
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到着ゲートのすぐ前のゲートが出発ゲートで、すぐにアナウンスがあって優先搭乗が始まってしまいました。
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ここから先の八重山諸島へ行くのは2人共初めてです。搭乗前に前の座席下に荷物を置く時の不織布の袋を貰っておきます。
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那覇から先はJTA617便で15時出発です。機体はボーイング737-800で中央通路の左右3席のレイアウトです。今度の座席はAとBで3席を2人で使えました。座席は80%くらいは埋まっていました。
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JTAの機内誌Coralwayも「よみがえれ首里城」という特集が組まれていました。面白かったのは八重山諸島のマンホールの特集で、普段は既読スルーの多い弟にLINEで写真を送ったら、機内誌を貰ってくるようにお願いされました。
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那覇空港は自衛隊も使用する国土交通省が管理する官民共用空港です。航空自衛隊と海上自衛隊と陸上自衛隊の格納庫がそれぞれ並んでいます。
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海上自衛隊の哨戒機P-3Cは後部胴体下にソノブイ発射口を48基増設し、対潜水艦戦機材を向上させたタイプで1969年配備開始されています。
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愛称は「Orion」で日本ではその英語読みから「オライオン」とされます。Orion はギリシア神話に登場するオリオン座となった狩人の名前です。初飛行から60年以上が経過しているもののアップデートを重ねつつ、アメリカ海軍や海上自衛隊など軍の航空隊やアメリカ沿岸警備隊など国境警備隊の他、気象観測や消防機など非軍事用などにも転用され20以上の国で運用されているベストセラー機です。
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航空自衛隊のE-2C早期警戒機の役割は多岐にわたります。低空侵入機の早期発見とその対処の迅速化、陸上と海上部隊との作戦連携、捜索・救難・指揮の円滑化、陸上レーダーサイト機能の代替、通信の中継など、航空作戦を効果的に遂行する使命を担っています。昭和62年から実戦配備され現在13機が運用されています。また米海軍が配備しているE-2Cグループ2の性能向上型であるホークアイ2000と同等機能にアップグレートされた改修型機は、平成17年から部隊配備されています。
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定刻に離陸した日本トランスオーシャン航空の737-800は50分ほどのフライトで石垣島に向かいます。
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沖縄本島と石垣島の中間地点の宮古島の北側を通過しています。
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伊良部島と下地島の空港に手が届きそうです。
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宮古島と伊良部島を結ぶ伊良部大橋まで綺麗に見ることが出来ました。こんなきれいな海と空を見ていると石垣島にも期待してしまいますが、それは残念な結果になります。
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しばらくは快晴の空と青い海の上を飛行していきます。
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丸い多良間島が見えてきました。多分サトウキビ畑であろう緑色と島の周りの美しいリーフが印象的な島です。新型コロナウイルス感染拡大防止策で島への観光客の来島中止や島民の不要不急の島外渡航中止要請しています。
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沖縄から戻って数日後に沖縄本島の北にある伊平屋島では集団感染が起きたと報道がありました。小さい島ではその対応によって感染も抑えられますが、一度広がってしまうと大変なことになるのだと感じます。
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石垣島に向かって高度を下げると、予想通りに雲が広がってきました。
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これが快晴だったらどれほど美しいのだろうかと考えてしまいます。
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初めて見る竹富島とその奥には西表島が確認できました。ということは石垣島の南側から空港に向かっているのだと分かります。
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石垣港も空から確認することが出来ました。
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あっという間に通り過ぎていきますが、これから5日間の旅に期待が膨らんできました。
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思っていたより大きな印象の石垣島です。
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市街地を抜けると収穫時期を迎えたサトウキビ畑が続いています。
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新石垣空港に無事着陸しました。「南ぬ島 石垣空港(ぱいぬしま いしがきくうこう)」が愛称だそうです。滑走路が濡れているのはスコールがあったからだと思いました。
新石垣空港 (南ぬ島石垣空港) 空港
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荷物を受け取って表に出ると添乗員さんと合流です。添乗員さんは那覇から一緒だったようです。今回のツアーの参加者は9組18人でした。20代の女性2名以外はご夫婦のようで、ほとんどが70代の方のようです。
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荷物を持ってターミナルを出てバスの待っている駐車場に向かいます。
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旅行前に石垣島の地図を見ていて、空港の南側に「白保」の文字を見つけて思い出しました。1979年に沖縄県は石垣島東部の白保集落の沖合に2,500 mの滑走路を備えた新空港を建設する許可を得て計画を発表しました。白保集落の住民には事前の話はなく、空港建設はサンゴ礁(リーフ)内側の海(礁池)での漁業を長年続けていた住民には死活問題であり、集落は反対運動を始めたものの島内では新空港建設支持の意見が多く、島全体の漁協もこれを支持したため集落以外に反対運動が広がらず計画は着々と進行しました。
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その後白保サンゴ礁は数少ない良好な生態系を残したサンゴ礁であると認識され、さらに守る会による1坪地主運動が行われる中で計画変更を要請し、守る会は1988年に国際自然保護連合総会で危機を訴える手段に出ます。国際的な自然保護団体の調査や圧力が強まる中の1989年に白保埋め立て案は撤回されました。そんなニュースがあった事を思い出しました。
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翌日から2泊するフサキビーチ&リゾートの送迎バスも停まっていました。今回のツアーはここに2泊するのが売りにもなっています。
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空港から石垣市内のホテルまで30分ほどの移動です。この間に添乗員さんから今回のツアーについての説明がありました。
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途中石垣牛ともご対面です。八重山諸島で生産された牛は松阪牛のような有名産地に素牛として出荷されることが多く、牛肉としてのブランドは確立してなかったそうですが、2000年の九州・沖縄サミットの晩餐会でメインディッシュとして供されたことでブランド牛肉としての知名度が向上したそうです。
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石垣島初日の宿泊は石垣市内のアートホテルです。今回4泊のうち1泊が「アートホテル」で2泊が「フサキビーチリゾート」で、最終日が「グランヴィリオリゾート石垣島」と3か所のホテルに宿泊します。
石垣市内の北側にある高層のホテル。 by kojikojiさんアートホテル石垣島 宿・ホテル
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このホテルは元々「ホテル日航八重山」で2017年より「アートホテル」に経営が変わったそうです。フサキリゾートヴィレッジと経営も同じなので、コロナ禍もあり宿泊を分散しているのかもしれません。同じホテルに収益が偏らないようにする旅行会社の工夫かと思えました。
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ロビーの奥で1度集合して翌日の出発時間を確認して解散になります。この日の晩御飯はツアーには含まれていません。3日目も終日自由行動なので程よいフリーな感じが良いです。ツアー代金は元々が100,000円でGo to利用で65,000円になり、1人15,000円の地域商品券が渡されるので、実質50,000円のツアーです。
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部屋は低層階の山側でしたので眺めは良くありませんが、天気は良くないのであまり気になりませんでした。部屋は広めのスタンダードツインルームです。
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ベットもクイーンサイズなので広々としてよかったです。
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スマートフォンの充電器を家に忘れてきたのですが、このホテルとフサキリゾートは充電器が部屋ごとに備えられてありました。冷蔵庫とミネラルウォーターが2本置かれてありました。面白いのが部屋の奥側は土足禁止になっています。
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バスルームのアメニティは揃っていますが、シャンプーなどは大きなボトルの物でした。洗濯物干しがあるのはリゾートで連泊するには必要なのかもしれません。
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このホテルの2階には大浴場があるので、部屋の風呂を使うことはありませんでした。
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ホテルで晩御飯を食べることも考えたのですが、せっかくなので街中まで歩いてみることにしました。ところがかなり離れているようなので、ホテルに待機していたタクシーで港まで行ってもらいました。
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運転手さんに夕焼けを見るなら離島ターミナルの屋上の駐車場に行くのが良いと教えられて急いで上がってみました。
石垣港離島ターミナル 乗り物
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午後5時30分ころでちょうど日が沈むタイミングでした。また、離島から戻る観光客を乗せた船がちょうど戻る時間でもありました。
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石垣島4泊の間で夕陽を見ることが出来たのはこの日だけでした。夕日どころか毎日のように雨が降っていました。
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海岸で夕陽を眺めるのは1年ぶりで、最後に眺めたのはトルコ周遊の旅でアイワルクのホテルに泊まった時以来です。
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夕方の離島ターミナルは閑散としていましたが、翌日以降毎日ここへはやってくるとずっと混雑していました。
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夕日の中を滑るように入港してきた双胴船は、石垣島と波照間島の区間で沖縄県内最大級の大型高速船「うみかじ2」でした。
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「うみかじ2」は主に石垣港と西表大原港、竹富東港を結び運行している安栄観光の観光船です。
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港には近海マグロを扱う「マルハ鮮魚」がありました。2日目と4日目は離島ターミナル周辺で昼食を摂るようになるので、ここもその候補になっていましたので場所の確認をしておきます。
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離島ターミナルで一番活躍していたのはこのタイプの定期船でした。
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太陽が沈んでしまうと周囲はだんだんと暗くなってきます。
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それでも石垣港へ戻って来る船はまだあるようです。
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港を離れてユーグレナモールにも行ってみることにしました。八重山の森の王者「ぱいーぐる」のモチーフは特別天然記念物のカンムリワシだそうです。南ぬ島空港(ぱいぬしまくうこう)」のマスコットキャラクターですが空港では見かけなかったような。
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市街地の中心部にある国道390号線の拠点となる730交差点です。1978年07月30日に自動車が右側通行から左側通行に変更された記念碑もありました。終戦後の沖縄は米軍に占領されていた為に右側通行でしたが、1972年5月15日に日本に復帰した後もしばらく右側通行が続き約6年後に左側通行へ戻りました。
730交差点 名所・史跡
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共同通信に勤めていた父は沖縄返還の時にパスポートを持って沖縄に向かい、その当時のパスポートなどが残っています。
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雰囲気のある脇道を少し進むと「ユーグレナモール」のアーケードがありました。夕暮れ時の空の青さが綺麗な時間帯でした。
ユーグレナモール 市場・商店街
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前日にGo toが中止になった石垣島の12月18日の夕方です。観光客の姿はほとんどありません。2010年に命名権が譲渡されるまでの旧名は「あやぱにモール」で、その後石垣島に微細藻類ミドリムシの培養施設を持つユーグレナに、本商店街の命名権を2年契約で譲渡します。
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一番賑わっていたのが「おみやげ市場」で、お酒などを覗くとみんな10%の割引が嬉しいです。4日目に自由時間があるので買い物はその時にします。「黒い濃い人」とピーチパインが気になったけど買わず仕舞いでした。
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その少し先にあった「たましろ鮮魚店」にも立ち寄りました。元々はここが魚屋さんだったそうで、店の奥には巨大な冷蔵庫が残っていました。セイイカなどいろいろ買いたかったのですが、さすがに刺身を持って数日石垣を旅するわけにもいかないので4日目に戻ってくることにします。店の奥さんに美味しい焼肉屋さんを尋ねましたが、行きつけの店は遠いので近くの店を教えてもらいました。
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創業65年の「たましろ鮮魚店」の前には「真仁屋そば屋」があります。こちらは創業100年近いの老舗だそうです。この店は石垣島に35年通い続けている友人のおすすめなので、4日目の自由時間に来ることにしました。
真仁屋そば屋 グルメ・レストラン
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モールの先にはユーグレナのショップがあり、店の脇に置かれた自動販売機は全てユーグレナの商品でした。
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「たましろ鮮魚店」の奥さんに教えてもらったのが「大地」という焼肉屋さんでした。事前にいろいろ焼肉屋さんは調べてはありましたが、数か月前に予約するとか面倒だったので行き当たりばったりでの選択です。
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まずはオリオンビルの生ビールで乾杯です。今回の旅での初オリオンです。37年ほど前に那覇の国際通りにあった「西武オリオンホテル」の改修工事で45日くらい那覇に滞在したことを思い出します。
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台風の来る9月に3週間の予定で客室の改修をする予定でしたが、その年は全く台風が来なく、工期は倍の45日に延びてしまいました。最初は3食付き1泊8,000円でそのホテルに宿泊していたのですが、ホテルの方が気の毒に思い1泊3,000円にしてくれました。おかげで出張手当と宿泊費と食費の補助代が浮いてしまい、東京へ戻る前に角萬漆器で漆器の懐石盆を6枚特注したことがありました。
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美味しそうなメニューが並んでいて、Go toの地域クーポン券も30,000円分あるので気が大きくなってしまいます。
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せっかくの石垣島ですので海ぶどうやじーまみ豆腐も注文しました。ここで初めて食べたセイイカの刺身のねっとりした甘さに魅了され、「たましろ鮮魚店」に売っていたので買う事を決めます。
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1番人気という大地盛りはメニューほどのボリュームが無くてちょっとがっかり。
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ビールの後は生シークワーサーサワーにしました。これは600円ですがおかわりは300円になります。
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お肉の量が思ったほどでは無いのでフラストレーションがありました。初めて食べる石垣牛は脂身が甘くておいしかったです。
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物足りないのでホルモンの盛り合わせも注文しました。これは新鮮でとてもおいしかったです。
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さらに追加でハラミも注文。
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壺漬けカルビは漬けられているのか壺に入っているだけなのか?
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最後は冷麺でしめました。美味しかったですが、これで16,000円だったら自宅近くの焼肉屋さんの方が良かったかなと思います。Go toのクーポン券は換金出来るまで2か月ほどかかるらしいのですがクーポン券でお支払いします。
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お店の女の子に近所のコンビニの場所を教えてもらい立ち寄りました。沖縄にはローソンやセブンイレブンは無く、ファミリーマートしかないそうです。沖縄限定の缶チューハイなどを買い求めてタクシーでホテルに戻りました。
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ユーグレナモールから「アートホテル」までは初乗り料金の490円でした。
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部屋に戻る前にホテルの周辺を歩いてみました。
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リゾート感はあまりありませんが、石垣市内では高きゅなぶ類のホテルだということは感じました。
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ホテルの1階にはThe ART SHOPギャラリーゾーンがあり、「島の手仕事展」が開催されていました。
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与那国島の「よなは民具」のクバという植物の葉を使ったウブルという水汲みなど魅力的なものがあります。
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同じくクバの蓑(みの)とクバ笠も素朴で素晴らしいです。蓑はバリ舞踊のバロンダンスに出てくる「木の精」を連想させます。
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宇野里依子さんという作家さんの漆器も素敵でした。
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八重山三線(やいまさんしん)工房の三線の工程も紹介されていました。三線の棹として大変希少価値の高い八重山黒木や八重山ゆし木を使用した高級なものだそうです。
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平仲知念型と呼ばれるスタイルの完成品です。胴のニシキヘビの皮がかっこいいです。
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アンガマのお面を作り続けるマルタ工芸の作品も並んでいます。沖縄の獅子舞は中国から伝来したといわれていますが、いつ頃伝わったのかも定かではなくて演目や様式の広さから1度のみの移入ではないという説が強いようです。また大陸文化だけでなく本州の文化も習合して現在の形に至っていると考えられています。本州の獅子舞と大きく異なる点は胴体が幕で覆われているのではなく、体全体が毛に覆われていることだそうです。
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アンガマは石垣地方に伝わる伝統行事で、祖先を表すといわれる「ウシュマイ(老人)」と「ウミー(老婆)」の仮面をつけた2人を先頭に語りや踊り、歌を披露して家々を訪ねてまわり、祖先の霊の供養などをする行事だそうです。
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ホテルのロビーにはシーサーの形をしたポストも置かれてありました。
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毎年のクリスマスは母と3人で過ごしていましたが、今年は妻と2人だけで迎えることになります。
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ファミリーマートで買ってきたアルコールドリンク。「愛さ KANASA」はシークワ―サーの爽やかな香りとパイン果汁の風味豊かな味わいが特長の泡盛カクテルです。
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つまみはカルビーのシークワーサーチップとハイサイえびせんです。ファミリーマートでもGo toのクーポン券が使えました。
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