2019/03/14 - 2019/03/20
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ミズ旅撮る人さん
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2019年3月、ポルトガルを訪れました。
主な行程は、リスボンからロカ岬・オビドス・ナザレ・ポルト・アヴェイロ・コインブラ
と周って、リスボンに戻り1日自由行動というものです。
12回目は、シントラ・ヴィラにある王宮を訪ねます。
13世紀にイスラム教徒の残した建物を元に宮殿を建設し、
15世紀にジョアン1世によって大規模な改築が行われました。
以後も増築工事が続けられ、ムデハル、ゴシック、マヌエル、ルネッサンスなど、
さまざまな建築様式が融合した複合建築となりました。
外観は派手なペナ宮殿に人気が集中しますが、
内装の豪華さでは王宮に軍配が上がると評されています。
さて、どちらがいいか。比べてみよう。
ポルトガルは、日本の4分の1しかない国土に17か所もの世界遺産があります。
「シントラの文化的景観」は、1995年にユネスコの世界遺産に登録されました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
山頂のペナ宮殿から434番のバスで、
シントラ・ビラに降りて来ました。
バス停は王宮のあるレプブリカ広場より少し下ったところにあります。
多くの観光客が降りるので、大体はわかると思います。
シントラは、イギリスの詩人バイロンが「この世のエデン」と
表現したと言われています。
山間部の小さな町で、丘陵地帯に宮殿や別荘が点在している避暑地です。
正面に「SINTRA」と見える建物に、
ツーリストインフォメーションがあります。シントラ観光案内所 散歩・街歩き
-
レプブリカ広場に面して建つセントラルホテル(Central Hotel)です。
レプブリカ広場 散歩・街歩き
-
小さなシントラの町は、このレプブリカ広場周辺に
レストランや土産物店、ホテルなどが集まっています。
そして、この白い建物が王宮です。シントラの王宮 城・宮殿
-
レプブリカ広場は、広いテラスになっていて、
ここからの眺めは必見です。 -
正面の山の上に「ムーアの城跡」が見えます。
城跡が造られた当時は、ここにも集落が造られていましたが、
1147年にポルトガル初代国王アフォンソ・エンリケスによって、
ムーア人は追いやられ、
後にポルトガル王家の避暑地となって行きます。 -
テラス部分がレプブリカ広場で、その奥が王宮です。
王宮には大きくて白い煙突が2本突き出しており、
これが他にこれと言った特徴のないこの王宮のシンボルとなっています。 -
広場から階段を上がり、通廊に入ります。
チケットはペナ宮殿で購入済みなので、係員にそれを見せて、
奥の階段を上がって行きます。 -
何と言うことはない螺旋階段ですが、その手摺の曲線の優美なこと。
この建物は、イスラム教徒が残した建物を
13世紀にディニス王が居城として整備、
その後1415年頃にジョアン1世が増改築を行いました。
ジョアン1世(1357年~1433年)は、ポルトガル王国アヴィス王朝の
創始者(在位:1385年 - 1433年)です。
エンリケ航海王子の父と言えば、
どういう時代の王か想像がつくかもしれません。
政治・軍事の多くに成功を収め、ポルトガルの全盛期の基礎を
築き上げたことから「大王」と呼ばれています。 -
階段を上がった先には小さなホールがありますが、
ガランとしていてただの通路状態です。
ペナ宮殿にあれだけの人がいたのだから、
王宮もさぞやと思っていましたが、拍子抜けするほど人がいません。 -
ホールの壁には、とても古いアズレージョがあります。
それだけに模様が細かく、とても魅力的です。
修復できないかなあ。 -
次に入った部屋も装飾は何もなく、これが王宮?と思ってしまいます。
大王と呼ばれたジョアン1世の長子ドゥアルテ1世は、
この宮殿を非常に好みました。
ドゥアルテ1世の嫡子アフォンソ5世はシントラで1432年に生まれ、
1481年に亡くなっています。
アフォンソ5世の子ジョアン2世 は、
シントラ王宮でポルトガル王即位を宣言しました。 -
シントラ王宮の模型です。
14世紀に建てられた宮殿で、15世紀から19世紀までは、
ポルトガルの王族が避暑のための離宮として使用していました。
しかし、1910年、ポルトガルが王政から共和制に変わった後は、
宮殿は国の文化財となりました。
外観や内装の破損などもほとんどなく、ポルトガル国内で、
最も保存状態が良好な宮殿と言われています。
この王宮は、1497~1530年の間に、マヌエル1世が
大航海時代の富を投入して、大きな増築を行いました。
マヌエル様式の窓を施した紋章の間を作り、
壁のほとんどにはアズレージョが施されました。 -
ホールの窓から見たレプブリカ広場のテラスとシントラ・ヴィラの
町並み、その背後の山の上には「ムーアの城跡」です。
一番の撮影スポットです。 -
白鳥の間(Swan Hall)です。
15世紀初頭にジョアン1世がブルゴーニュ公国に嫁いだ娘
イザベルの幸福を願って造らせました。
他の王女たちが夭逝したため、唯一の王女だったイザベルは、
18歳の時にフランスに対抗するためにイングランド王ヘンリー5世との
縁談が組まれましたが、破談となり、
その後13年間嫁ぐことがありませんでした。
1428年に、ブルゴーニュ公国のフィリップ善良公の
3番目の妻となり、3人の王子を生み、外交面で活躍しました。シントラの王宮 城・宮殿
-
1755年のリスボン大地震により破壊されましたが、
壁のタイルと天井は復元されています。
1584年に天正遣欧使節団が、この地を統治していた
アルベルト・デ・アウストリア公爵に、この部屋で謁見しました。 -
宮廷舞踏会場として使用された大広間で、
天井に夫婦円満の象徴とされる白鳥が描かれています。 -
27羽の白鳥がすべて王冠をつけ(頭の上でなく首の付け根ですが)
異なるポーズで描かれています。 -
中庭が見えます。
あの煙突を見ると自分がどの辺にいるのかわかって便利です。
もうちょっと太いと、イタリア・アルベロベッロの
トゥルリみたいですね。 -
余談ですが、アルベロベッロのトゥルリです。
煙突ではなく、屋根そのものが円錐形なので、大きいです。 -
1940年代、建築家ラウル・リノは宮殿に元の輝きを取り戻そうと、
他の宮殿から古い家具を持ち込ませたり、アズレージョを修繕しました。
その甲斐あって、この宮殿は重要な歴史的文化財となっています。 -
カササギの間
尾の向きが慎重に揃えられたペアのカササギを、三角形のパネルにし、
幾何学的に並べたカササギの間。
この部屋で召使にキスしたところを目撃されたジョアン1世が、
「浮気ではなく善意の接吻」であると弁解するために、
「おしゃべり」を意味するカササギと、”POR BENNE(「善意の接吻」を意味する)”を天井一面に描かせました。 -
王妃フィリパの実家ランカスター家の紋章である紅バラを
カササギに持たせています。 -
窓の外に見える東屋。
こうした場所でも、ジョアン1世は浮気していたかもしれませんね。
ジョアン1世には多くの子どもがおり、
ブラガンサ公になった庶子もいます。
エンリケ航海王子の父としても有名です。 -
古いけれど、涼し気なアズレージョ。夏の離宮らしいですね。
-
セバスティアン王(在位1557~1578)の居室です。
金色の地球儀のある書斎になっています。
この王宮は使用されていた長い年月の間には、暗い歴史もあります。
ブラガンサ王朝を開いたジョアン4世の次男アフォンソ6世は、
兄が亡くなり、その後、父王が亡くなったため、
1656年に13歳で即位しました。
しかし、小児麻痺のため政治に関心がなく、
母のルイサ・デ・グスマンが摂政を務めていました。
1667年、末弟のペドロは兄王から統治権を奪い、
摂政王太子となりました。
アフォンソ6世はアゾーレス諸島のテルセイラ島で7年間幽閉され、
1676年からは、このシントラ王宮に幽閉されて、
一歩も外へ出ることなく、1683年にその生涯を閉じています。
兄が死去するとペドロ2世が即位しました。
この時期以降はブラジルからの利益が
ポルトガルにもたらされるようになりました。
アフリカからの黒人奴隷を使って、17世紀半ばまで
世界最大の砂糖産地でした。砂糖は日本の出島にも運ばれました。
1690年代に金・ダイヤモンドが発見され、
砂糖に代わる産業となりました。
ゴールドラッシュに沸く人々はトルデシリャス条約の境界を越えて
ブラジルの領土を拡大し、
1750年にはその条約は廃棄されました。
ブラジル産の金は18世紀の半ばには世界の総生産量の85%を占め、
リオ=デ=ジャネイロは、金の積出港として繁栄しました。
ブラジルは、1822年にポルトガルから独立しました。 -
同じモチーフでも手書きのため、1枚1枚のタイルは微妙に違います。
ここに幽閉されていたアフォンソ6世は、
このブドウの葉模様を眺め暮らしたのでしょうか。 -
王の寝室です。
-
ベッドの造りがシンプルだけど、精巧です。
-
各部屋のアズレージョは、似たような感じですが、葉の形が異なります。
-
人魚の間です。
ちょっと「人魚」のイメージとは違うんですが。
海洋国家ポルトガルには、海のモチーフが多いです。
ポルトガル独自のマヌエル様式とは、マヌエル1世(1469-1521)の
名に由来しています。
ゴシック建築様式をベースとし、海外交易によって築かれた
巨万の富を用いて造らせた過剰装飾が特徴です。
ムデハル(イスラム)様式に、海草やロープ、鎖、貝殻、天球儀など
海洋、新大陸、そしてキリスト教の象徴が
デザインに取り入れられています。
マヌエル様式では、螺旋状の柱、多中心のアーチ、八角形の塔、
円錐状の尖塔などの特徴が挙げられます。 -
すべて手書きのアズレージョには、いびつさもありますが、
工業製品には出せない親しみやすさ、優しさがあります。 -
ガレー船の間
天井には、航海している帆船の絵が描かれています。
アーチ型の天井は、船旅に用いられた木製のチェスト
(海賊の宝箱みたいなもの)のような雰囲気です。
そして、王宮内で使われていたチェストが、並べられています。
(こちらにはアーチ型の蓋はないですが) -
1940年代に、建築家ラウル・リノが、他の宮殿から古い家具を
持ち込ませたそうなので、これらもそうかもしれません。 -
ポルトガルの帆船。
大西洋を渡ってブラジルに国家を築き、アフリカに数多の植民地を作り、
喜望峰を回ってインドのゴアに20世紀半ばまで総督府を持ち、
1999年までマカオを領有していました。
でも、ポルトガルの海軍って、強かったのかな?
スペインは「無敵艦隊(アルマダ)」で有名だけど、
ポルトガルって聞かないな。 -
富み栄えた時代の貢ぎ物。16世紀のお皿です。
-
女性の被り物がおもしろい絵です。実物が見たいなあ。
-
すべての引き出しに鍵が付いています。
どんなものを入れていたんでしょうか。
17世紀末にブラジルで金が発見されて以来、
1世紀に亘って莫大な富がもたらされました。
しかし、その富はこうした宮殿に費やされ、
新興産業に投資されることはありませんでした。
そのため、やがては新興国オランダや産業革命のイギリスに
追い抜かれてしまうのです。 -
王宮の最奥にある庭です。
シントラには、たくさんの宮殿や別荘が立ち並んでいます。
これらに富を費やすことなく、次世代の産業に投資されていたら、
ポルトガルはもっと違った国になっていたことでしょう。 -
シントラ王宮の中で、最も豪華な「紋章の間」です。
残念なことに、修復中で、あまり自由に見て回ることが出来ず、
所々にはこうした遮蔽物があります。 -
紋章の間の壁に飾られたアズレージョは、芸術作品となっています。
これを今、修復しているようです。 -
狩猟の場面を描いた18世紀のアズレージョ。
-
狩りに出掛ける場面でしょうか。
足場の向こうには行くことが出来ないので、ちょっと見づらいです。 -
今回の表紙です。
王宮の最上部にあたる部屋で、
ドーム天井に施された黄金の装飾が豪華です。 -
マヌエル1世の紋章を中心に、貴族たちの72の紋章が囲みます。
-
その中には、ヴァスコ・ダ・ガマの紋章もあります。
1488年にバルトロメウ・ディアスが喜望峰到達を達成した後、
マヌエル1世により派遣されたヴァスコ・ダ・ガマは、
1498年にインド航路を開拓しました。 -
こんな角の隅にまで紋章が描かれています。
日本で言うなら外様大名でしょうか。
このアーチを伴う構造は変わっていて、
紋章ばかりで単調になりがちの内装に変化を持たせています。 -
チャイニーズコレクション。随分高い塔だなあ。
家具は特注で造らせたのかな? -
礼拝堂の参列者の席の床にしては珍しい緑色のタイル。
この王宮は緑色のアズレージョを多用しているのが大きな特徴です。
目にも涼し気であることを意図しているのでしょう。 -
ここは、天井の装飾が特に秀でた礼拝堂です。
-
このデザインは、私が気に入ったペナ宮殿の壁と似ています。
-
壁には、オリーブの枝をくわえた白い鳩が描かれています。
「ノアの箱舟」の寓意でしょうか。
洪水の後、ノアが放った鳩は、オリーブの葉をくわえて戻って来たので、
水が引いて陸地にオリーブが生えていることがわかったのです。 -
アラブの間
ポルトガルに現存する最古のアズレージョがあります。
多彩色のアズレージョは、15世紀にスペインのセビーリャで
作られたものです。
セビーリャには陶器博物館(Centro Ceramica Triana)があり、
アズレージョも展示されています。
部屋の中央に泉が設けられているアラブ風の様式は、
スペイン・グラナダのアルハンブラ宮殿でも見られます。 -
隣室との扉付近は、如何にもイスラミックで、ここもイスラム文化の
影響を受けたイベリア半島の一部なんだなと感じます。 -
厨房です。
壁一面に白いタイルが貼られ、とても明るいです。
ペナ宮殿もとても明るい厨房でした。
美味しい料理を作るには、いい環境が必要ですね。 -
そして、シントラ王宮の最大の特徴である、巨大な2本の煙突。
何故、部屋の天井に2本も煙突を付けたんでしょう?
火を使う場所に付ければ良さそうなものですが。 -
豪華なシャンデリアのあるホールに来ました。
シントラ王宮は、1415年頃に建てられ、増改築を経て来たため、
ムデハル・ゴシック・ルネサンス、更にはマヌエル様式を内包した
複合施設となりました。 -
マヌエル様式を経て、18世紀後半からはロココ様式になっています。
-
額なのか、鏡なのか不明ですが、なんとも不思議なデザインです。
-
最後の部屋は、なんともロマンチックな内装です。
壁全面にアズレージョがあり、天井は、まるでウェッジウッドのような
雰囲気になっています。 -
ペナ宮殿も様々な様式の「ごった煮」でしたが、
シントラ王宮も随分変化がありますね。
惜しむらくは、ちょっとこの天使は可愛くない・・・ -
王宮の中で、この部屋のアズレージョが一番、完成度が高く、
芸術的なんじゃないかな。
これらのアズレージョには、噴水や庭園が描かれています。 -
このフレスコの間(casa de fresco)には、
「風呂の洞窟(Grotto of the Baths)」という区画があります。
18世紀後半にジョヴァンニ・グロッシが、中央に世界の創造、
角に四季と神話のテーマを描きました。 -
「風呂の洞窟」のアズレージョには、小さな穴がたくさん開いています。
この穴から水が、部屋を交差するように噴き出していました。
孔雀の胴体の真下に、横一線に穴が開いています。 -
「風呂の洞窟」だけでなく、フレスコの間のタイルに穴はありました。
これらすべてから水が噴き出したら、どんなことになるんでしょう。
ヨーロッパの宮殿には、様々な水の仕掛けがあることで有名な
庭があります。
1712年にロシアのピョートル大帝がサンクトペテルブルグに建てた
夏の離宮ペテルゴフ(Peterhof)は壮観です。
そうした水を使った贅沢な遊びが貴族趣味の一つだったのでしょう。
これで王宮を一周しました。外に出ます。 -
レプブリカ広場に面したカフェで、ランチタイムです。
ゆっくり時間を掛けているわけには行かないので、
パニーニとパステル・デ・ナタを頼みます。
シントラ名物のお菓子「トラヴェセイロ」もあります。
卵黄とアーモンドの粉末が入った粘り気の少ないクリームを
パイ生地で包んだものです。
(リスボンのリベイラ市場編に写真があります)
今回はここまで。次回は奇妙な建物と広大な庭がユニークな
レガレイラ宮殿と、あまり訪れる人が少ないモンセラート宮殿を
訪れます。
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