2005/03/13 - 2019/11/28
61位(同エリア2954件中)
norio2boさん
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- 旅行記327冊
- クチコミ632件
- Q&A回答26件
- 1,038,543アクセス
- フォロワー492人
最終回第4部は
45作品のうち亡くなる前の2年間(1567~1568)に描かれた12作品を取り上げています。
コロナで時間が出来ました。
「美」よりも「真実」を追求した画家ブリューゲル(父)を楽しみました。
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写真は没後450年にあたる2018年にブリューゲル展が開催されたウィーンの美術史美術館です。
行列ができていて、
入場制限が行われ
当日分チケットに「売れ切れ」の出た日もありました。
入り口の上には
1番好きなプラハのロブコビッツコレクション所蔵の「干草作り」の垂れ幕が掲げられていました。
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34枚目はウィーンの美術史美術館です。
The Conversion of Saul
108x156cm Oil on Panel 1567
「サウロの改宗」
1567年は
カソリック教国としてスペインが世界に君臨していた時期です。
スペイン国王フェリペ2世(1527~1598)は剛腕なアルバ公爵(1507~1582)に植民地ネーデルラントの統治強化を命じます。
アルバ公爵はネーデルラントの抵抗勢力(プロテスタント及びカソリックに対抗する人々)を片っ端から逮捕し処刑していきます。
形式的な問答無用裁判(異端審問)が行われ、、、見せしめと権力誇示を狙った残忍な処刑が一般公開で行われました。
代表的な処刑場はグランプラスです。
(世界一美しい広場と呼ばれているブリュッセルのグランプラスです)
ベートーベンが300年後に作曲することになる「エグモント」は圧政に戦いグランプラスで斬首刑となったネーデルラントの英雄エグモント伯爵ラモラール(1522~1568)をたたえる楽曲です。
アルバ公は在任6年間で8000人を処刑し、資産を没収しました。
1568年にスペインの圧制に堪えかね独立戦争が始まります。
80年戦争です。
80年後にネーデルラントはスペインに勝利し独立します。
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ユダヤ教徒としてキリスト教を迫害していた「サウロ」(パウロ)がキリスト教徒に改宗するエピソードです。
サウロ(紀元5~67年)は
ユダヤ語ではサウロ
ギリシャ語ではパウロス
正教会での呼名はパウロです。
使徒行伝第9章を引用しておきます。
「彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 さあ立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」サウロの同行者たちは物も言えずに立っていて、声だけは聞えたが、だれも見えなかった。 サウロは地から起き上がって目を開いてみたが、何も見えなかった。そこで人々は、彼の手を引いてダマスコへ連れて行った。 彼は三日間、目が見えず、また食べることも飲むこともしなかった。」美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「サウロの改宗」画面の中央部分です。
イエスの声を聞き、
馬から落ちた「サウロ」は青い服の男です。 -
「サウロの改宗」画面左端下の部分です。
急な山道をスペイン軍の甲冑姿の兵士が続々と登って来ています。上の山肌に沿った側道にも登ってくる行列が描きこまれています。
ブリューゲル(父)の画面構成の手法です。
「異なった時代」を一つに構成しています。
1)イエスの時代と
2)ブリューゲル(父)が生きた16世紀をひとつの画面に構成しています。
同じ愚かさを繰り返す人間の「真実」を表現していると思います。
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ミケランジェロやカラバッジョも「サウロの改宗」を描いています。
教会からの注文で制作された絵画にはブリューゲル(父)の様な構図の工夫はありません。 -
ご参考まで
ミケランジェロ(1475~1564)がバチカンのパオリーナ礼拝堂に描いた壁画「サウロの改宗」です。
パオリーナ礼拝堂
625x661cm フレスコ画
制作1542~45年(ミケランジェロ67~70歳)
ブリューゲル(父)がアントワープの聖ルカ組合にマスター登録した後、イタリアへ画法研修旅行に行ったのは1551年からの3年間です。(総集編1)
1553年にはローマを訪問しています。
ブリューゲルは54歳年上の大先輩ミケランジェロ作のこの「サウロの改宗」をパオリーナ礼拝堂で見たと思います。
画面の手前の落馬したサウロ(白い髭の男)はミケランジェロ自分自身の姿です。 -
35枚目はスイスのヴィンタートゥールのオスカーラインハルトコレクションにあります。
The Adoration of the Kings in the Snow
Oil on Panel 35x55cm 1567
「雪の中の東方三博士の礼拝」
初めてのスイスでした。
ヴィンタートゥールはチューリッヒから東に20kmの所にある人口10万人のベッドタウンです
https://4travel.jp/travelogue/11255329
ANAのNH215便11:45羽田、ドゴール空港17:10 パリからルフトハンザLH657便18:45発でチューリッヒ19:56でした。
ヴィンタートゥールに4泊、そのあとミュンヘンで4泊しました。
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「東方三博士の礼拝」は多くの画家が描いています。
ブリューゲル(父)も3枚描いています。
1枚目はベルギー王立美術館、
https://i.4travel.jp/travelogue/show/11119046
2枚目はロンドンのナショナルギャラリー
https://i.4travel.jp/travelogue/show/11119616
オスカーラインハルトの3枚目は雪が降っている中で描かれており、西洋美術史上「初めて、降る雪を描いた作品」とされています。
降る雪は白い絵の具のドットで表現されています。
ハイライトの部分では黒い絵の具で「座布団」を置いています。
白い雪を強調するための細かい工夫です。
普通の画家は「美」を描きます。
「真実」というキーワードを思うと
ブリューゲル(父)の工夫が理解出来ます。
「真実」を表現するためのひとつに
「~しているところ」の描写があります。
「~しているところ」の表現例は
口にスプーンで食べている「農民の結婚式」(ウィーン)
みんな揃って車座になって昼食を食べている「穀物の収穫」(ニューヨーク)
あと、「バベルの塔」(ウィーン)、「絞首台に鵲のある風景」(ヘッセン州立博物館)などでは排便しているところを描いています。
ダビンチの「最後の晩餐」、ヴェロネーゼの「カナの婚礼」でも料理は並んでいますが誰も食べたりしていません。
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2018年のウィーン美術史美術館のブリューゲル没後450年展を見たあとにブリュッセルを回りました。
ウィーンに作品を貸し出しているベルギー王立美術館のブリューゲルルームを見たかったのです。
留守のスペースには、長男作の「雪の中の東方三博士の礼拝」が展示されていました。
この絵には雪が降っていません。
雪のあがった雪景色の中の風景が描かれています。
長男が生まれたのは1564年でブリューゲル父は39歳です。1569年にブリューゲル(父)が44歳で亡くなった時に長男はまだ5歳でした。
工房に残された習作や素描をもとに長男は父の作品を再構築しました。
当時は
誰でも見られる美術館はなく、写真技術もありませんでしたから長男は父の作品(完成品)を見ることは出来ませんでした。
ブリューゲル長男は40枚の「雪の中の東方三博士の礼拝」を描いたとされています。
父の作品にまさか降っている雪が描かれていたとは長男も注文主も知らなかったのです。オスカー ラインハルト ミュージアム 博物館・美術館・ギャラリー
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父の「雪の中の東方三博士の礼拝」の左端下部の部分です。
この絵の主題の「東方三博士の礼拝」の部分です。
ハイライトの部分には黒い座布団をひいてから白を置いているのが分かります。
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マタイによる福音書の2章11節の記述がテーマです。
~そして、(三博士たちは)家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。~
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この部分は小さくて、ぼやけていて、どう見ても識別しにくいです。
ブリューゲル(父)ほどの画力を持つ天才画家がこんな風に描き、更に雪まで降らせてますます状況を分かりにくく構成したのは、作者としての意図があったのだと思います。
幼な子イエスはマリアの手の中に隠されているようです。
白い雪の点もブリューゲルとしてはこだわりがあって場所と大きさがあるようです。 -
「雪の中の東方三博士の礼拝」の右端下部の凍った川の上で遊ぶ子供たちと氷に穴を開けて作った天然の冷蔵庫から食材を運び出すおくさんの後姿です。
凍った川には穴が開いていています。バケツを持ったおくさんたちは何をしているのでしょうか?
氷の自然の冷蔵庫から食料を出しているようです。
3人の女性の帽子には雪が積もっています。
この生活表現、描画力にほれぼれとします。
勤勉さと力強い生命力は時代を超えて人間の持つ尊敬すべき特性だと思います。
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「美」を描いた絵と
「真実」を描いた絵の
二つの絵があると考えると
ブリューゲル(父)の作品は「真実」を描こうとした絵だと思います。
「美」は「真実」に含まれない場合がある。
「真実」は「美」に含まれる。
と思います。
「真実」を描こうとした絵
それがブリューゲルの絵の魅力だと思います。 -
「雪の中の東方三博士の礼拝」の右上の部分です。
この部分にはブリューゲルの時代が描かれています。
スペインによるネーデルランドの弾圧が本格化しています。
左の家の間には車輪でバリケードが築かれています。
村に逃げ込んだプロテスタントはもう逃げられません、
大勢のスペイン兵がしらみつぶしに村中を探しているのです。
この絵でも「異なった時代」を一つの画面に構成しています。
そして同じ様に、主題の主人公たちを左隅に小さく配置しています。
風とか、
雨とか、
雪とかは
画面に緊張感、臨場感を演出します。
ブリューゲルは、3年前の1564年のあの大寒波と大飢饉を語りたかったのかも知れません。 -
「雪の中の東方三博士の礼拝」のあるスイスのオスカーラインハルトコレクションには素敵なミュージアムカフェがありました。
写真のように、
突き抜けるようなスイスの青空が広がっていました。
ケーキと飲み物で8スイスフランでした。
「雪の中の東方三博士の礼拝」の複製画を入り口にある小さなミュージアムショップで買いました。(25スイスフラン)
ここにはオスカーラインハルトの収集した印象派の作品が沢山あります。
彼の趣味の良さと鑑定眼の確かさと潤沢な資金力が感じられる個人コレクションでした。
展示作品の写真撮影はOKでした。
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人口10万人ほどの小さな街ですが4泊してヴィンタートゥールには尊敬すべき歴史と文化があることが分かりました。
ホテルからチューリッヒ空港までもタクシーで戻りました。
ホテルで手配して貰ったタクシーはベンツのEタイプの最新モデルで快適でした。
料金は90スイスフランでした。
(電車は20分で18スイスフランです)
旅行記の動画版です。
ブリューゲル以外に印象派の画家たちの作品もあるので是非お訪ねください。
https://4travel.jp/redirect/cjump?p=1&hurl=Q3vbQJJBlb5T5E1VGG%2FToNRmPMFZjrvSwsuyoew76UQ%3D%0A
ヴィンタートゥールの宿泊はヴィンタートゥール駅前のホテルにしました。観光案内案内所は線路を越えた反対側にあります。
オスカーラインハルトコレクション行きの無料のベンツの小型バスは観光案内所の前から出発します。 -
ベルギー王立美術館の長男作の「雪の中の東方三博士の礼拝」の写真をアップしておきます。
ご覧の通り、雪は降っていません。
長男作の40枚ほどのうちのベストの1枚がベルギー王立美術館にあるのは知っていましたが、見るのは初めてでした。
左隅には聖母マリアに抱かれたイエスキリスト、その前に東方の3人の博士が礼拝しています。
聖母マリアの右奥にはヨセフが立っています。
父の作品では降りしきる雪に遮られてよく見えなかった礼拝の様子が明確に描かれていたのが分かります。ベルギー王立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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36枚目はウィーン美術史美術館です。
The Peasant Wedding Banquet
Oil on Panel 114x163cm 1567
「農民の結婚式」
ブリューゲル(父)の作品の中で「バベルの塔」と並んで知られているのがこの「農民の結婚式」です。美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「農民の結婚式」の画面中央部の冠の飾られた緑の垂れ幕の前に描かれているのが新婦です。
新郎が画面のどこに描かれているのかについては諸説があります。
当時の結婚式の習慣では新郎は出てきてはいけないという意見が有力です。
新婦は当時の習慣に従って無表情で座っています。
手前に金属の蝶番のついた外された板戸の上にはご馳走が並べられて配膳されています。 -
「農民の結婚式」
画面の左側には並んで入り切れない行列の参列者たちが描きこまれています。
この頃、農村を描くために、ブリューゲル(父)は農民に扮装して農村に潜り込み何枚も素描を描く取材をしていました。
賑やかな婚礼の様子はその時の素描を再構成して描きこまれています。
家に入りきれない人たちの表情、指をしゃぶる子供、納屋の壁には鳥の巣まで取材の成果が緻密に描きこまれています。 -
ブリュッセル中央駅からベルギー王立美術館へ向かう坂道の途中の左側にアールヌウヴォー様式の建物の楽器博物館があります。
オーディオガイドで展示楽器の演奏を聞くことができます。
写真はブリューゲルの時代のバグパイプです。
明るい音色に新鮮な臨場感が広がりました。楽器博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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37枚目です。
これもよく知られている作品です。
The Peasant Dance
Oil on Panel 114x164cm
「農民の踊り」
この作品は36枚目の「農民の結婚式」と同サイズのパネルに描かれた連作です。
ブリューゲル が頻繁におこなった農村へのスケッチ取材の成果が盛り込まれています。
写真の右側写り込んでいる若い女性は解説本を参照しながらブリューゲルを楽しんでいました。美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「農民の踊り」
全体写真です。
農民のパワーあふれる祭りの風景が繰り広げられています。
右側の木には農村には場違いな何かの貼り紙があります。
貼り紙は聖母子像でその下に3行の文字があります。
下にはリボン状の献花が見えます。
教会まで行けない農民のための礼拝所だとわかります。 -
「農民の踊り」の左側下の部分です。
手前のおばさんと娘
奥のバグパイプを吹く男たちよりも極端に小さく描かれています。 -
「農民の踊り」右下の部分です。
右から踊りに加わって入ってく男女の足元の地面に落ちている
Jの文字の形のものは何か?
男が右脚で踏みつけている麦わらで構成された十字は十字架でしょう。
他にも何かボタンのようなものが落ちています。
農婦のスカートにポーチと鍵が描かれています。
ブリューゲル はいくつもの「?」を散りばめています。 -
38枚目です。
The Land of Cockaige
Oil on Panel 52x78cm 1567
「怠け者たちの天国」
この絵はミュンヘンのアルテピナコテークにあります。(ブリューゲル(父)は2枚あります)
2015年12月にはこの「怠け者たちの天国」だけでした。
食べ物が置かれたテーブルの下には
右側にオレンジ色の服の学者
左側に白いシャツの農夫
奥には鎧と赤いマントの騎士
の怠け者が寝っ転がっています。アルテ ピナコテーク 博物館・美術館・ギャラリー
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「怠け者たちの天国」
52x78cmの小さな画面には怠け者の大食いの世界が描かれています。
僕はそんな天国に行ってみたい、住んでみたいと思います。
このブリューゲルの描いた画面は暗くて汚くて遠慮したい世界です。
ちゃんと生きろと言われても
だらしなく生きてしまう
そんな人生の「真実」 -
39枚目は
The Magpie on the Gallows
Oil on Panel 46x51cm 1568
「絞首台に鵲(かささぎ)のある風景」
ダルムシュタットのヘッセン州立博物館にあります。
この絵を初めて見たのは1995年です。
池袋の東武デパートにあった東武美術館の「ブリューゲルの世界」展にヘッセンから来日していました。
この写真は2018年の没後450年展
ウィーンで再会した時のものです。 -
「絞首台に鵲(かささぎ)のある風景」に見入る女性。(ブリューゲル作品の前の鑑賞者の後ろ姿)
ブリューゲル(父)は
この作品の翌年1569年に亡くなっています。
病床の彼は妻のマイケン(結婚6年後)に「反体制的な作品」(やばそうなもの)を処分するよう指示しています。
1567年スペインから着任したアルバ公爵の弾圧は激しさを増し息苦しい社会でした。 -
「絞首台に鵲(かささぎ)のある風景」の全体図です。
一見
なんともなごやかな農村風景に見える作品です。
左隅をよく見るとしゃがんで排便している男がいます。
ブリューゲル(父)はこの絵を妻マイケンに与えています。
「安全な絵」だと理解をされると考えたのだと思います。
マイケンは次男のヤンブリューゲルに相続しています。
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ブリューゲルの長男(1564~1636)は父の模作で知られています。
次男のヤンブリューゲル(1568~1626)には絵の才能があると思います。
ルーベンス(1577~1640)のアントワープの工房で働いています。
ブリューゲル(父)の小品
「エジプトへの逃避」1563年
「聖母の死」1564年
はルーベンスのコレクションでした。
ルーベンスは
アントワープの聖ルカ組合の大先輩であるブリューゲル(父)を尊敬していたのだと思います。
「エジプトへの逃避」があるロンドンのコートールドには
「ヤンブリューゲルと家族の肖像」1613~1615が常設展示されています。
全体のバランスが良い作品です。
弟子との分業ではなくルーベンスが全て描いたと思っています。 -
「絞首台に鵲(かささぎ)のある風景」
絞首台の下った右側には十字架が建てられています。
その奥にはのんびりとした農村が描かれています。
絞首台とその上にとまった鵲(ネーデルランド地方では告げ口屋を意味する)が暗示する
不当な根拠なき逮捕、
そして異端審問、
公開処刑。
画家は明るい画面構成に過酷な歴史の「真実」を巧妙に隠しています。 -
40枚目は
「嵐の海」ウィーン美術史美術館にあります。
ブリューゲル (父)の作品とされてきました。
Storm at Sea
Oil on Panel 71x97cm 1568
「嵐の海」
暴雨風や荒波が当時の社会状況に対するブリューゲル(父)の心象風景を描いている
という評価がありました。
パネルに使われているオーク材が年輪分析され1610~1615年頃のものと分かり1569年没のブリューゲル(父)作品ではないと鑑定されました。
いま美術史美術館では
ブリューゲル(父)の影響を受けたアントワープの画家ヨースドモンペル(1564~1635)Joos de Momperの作品として展示しています。
帆船のレイアウトや波の表現や奥に広がる遠景の細密な表現には確かにブリューゲル(父)を思わせるものがあります。美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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41枚目は南イタリアのナポリです。
The Parable of the Blind
Tempera on Canvas 86x156cm
「盲人の寓話」
ブリューゲルの作品としては唯一の横長の寸法(86x154cm)です。
ブリューゲルの主要な作品
農民の結婚式
農民の踊り
連作月暦画たちは114x164cmの寸法です。国立カポディモンテ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ナポリのカポディモンテ美術館にはブリューゲル(父)の油彩が2枚あります。
写真左が「盲人の寓話」で
右に並んでいるのが「人間嫌い」(44枚目)です。
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「ブリューゲルをたずねる旅」はいつも「冬の旅」でした。
航空券代、ホテル代が安いことに加えて、美術館がすいていてゆっくりと鑑賞できるからです。
4Tのみなさんに頂いたアドバイスにしたがって夏にしました。
ナポリは抜けるような青空でした。
イタリアは北より南がいいなぁと実感した2016年の夏でした。 -
「盲人の寓話」の画面の右端の2番目の男の部分です。?
男の目は事故か、刑罰かによって失われています。
作品の損傷が激しく一部の部分は絵の具が剥げ落ちているところがありました。?
美術館内は空調はないようで窓を開けて換気していました。
作品の保存には良くない状態です。
ナポリは財政的に厳しいのです。
ブリューゲル(父)の作品がある17室は閑散としていました。
光がガラスに反射してしまい撮影には苦労しました。
黒服の女性が親切に黒いカーテンを閉めてくれました。 -
「盲人の寓話」と「人間嫌い」の前のご夫婦です。
手ぶらでじっくりと鑑賞されていました。
作品をよく見ると、盲人たちの行列が幅の狭い、足元の悪い畦道に紛れ込んでしまっているのが分かります。
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この絵はモンテカッシーノ修道院にあったといいます。
ナチスのゲーリング(1893~1946)のコレクションとして略奪され、ドイツ降伏間近のゲーリング51歳の誕生日祝いにベルリンに運ばれています。 -
一休みします。
ナポリはイタリア人でも行かない危険な街と言われています。
ナポリひとり旅の感想は「イタリアで一番」!
宿泊したホテルのテラスからの景色のスケッチです。
手前に卵城
奥にベスビオスが見えています。ユーロスターズ エクセルシオール ホテル ホテル
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42枚目はフランスのパリのルーブル美術館にあります。
The Cripples
Oil on Panel 18x21cm 1568
「いざり」
総集編1の表紙で使った作品です。
初めてこの18x21cmの小さな絵を見ることができた場所は六本木でした。
2015年に六本木の新国立美術館(The National Art Center, Tokyo)で開催された「ルーブル美術館展」に来日したのです。
展示はフェルメールの「天文学者」が主役でした。
この小さな作品「いざり」の前はルーブルと同じように「誰もいない空間」でした。
続いて2回目に見たのは2018年のウィーン美術史美術館のブリューゲル没後450年展の翌年2019年のパリのルーブル美術館です。
ルーブルに行かれたら是非見てください。
見たい作品を見つけるのが大変なルーブル、美術館員に場所を聞いてください。ルーヴル美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「いざり」 の
5人のいざりの内のふたりの描写です。
不自由な体ですが元気いっぱいです。
生命の「真実」に溢れています。
ブリューゲル(父)の活躍した16~17世記では、画家たちはギルド(画家の組合)に登録され、注文主である教会や君主や王侯貴族の注文内容に対応して絵を描いていました。
当時のアントワープは海運業を中心に世界中の国から人が集まっていました。
財を成した新興の進歩的知識人の間で人気の画家がブリューゲル (父)でした。
この作品の描かれた1568年の9年前に描かれた現存する4枚の油彩作品の1枚に「謝肉祭と四旬節の戦い」(ウィーン美術史美術館蔵)があります。
この絵の中に「いざり」の描写があります。
「謝肉祭と四旬節の戦い」を見た誰かがこの「いざり」の部分だけを主題にした絵の注文をしたと考えると納得出来ると思います。
「バベルの塔」1563年(ウィーン美術史美術館)と1564年(ロッテルダム美術館)の2枚の作品もそのような経緯だったと思います。
「東方三博士の礼拝」
1556年(ベルギー王立美術館)
1564年(ロンドンナショナルギャラリー)
1567年(ヴィンタートゥールのオスカーラインハルト美術館)
の3枚の作品
などの同じ主題の作品については(あれがほしいと)誰からか追加注文があったと思うのが自然だと思います。
もっと大勢に人気になった場合には版画化されたと思います。 -
「いざり」の画面の右奥に描かれた背中姿の人物です。
右手に金属製の「お椀」を持っています。
いざりが貰った小銭の入った「お椀」をめしあげる管理人だと思います。
乞食をやるのも免許があって
上納金を管理人に渡し、
食事と住居と安全は保証された。
管理人の帽子の下には白い頭巾が描かれて、この人物が女性であることを表現しています。 -
ルーブル美術館にはフェルメールが2枚あります。
左は「レースを編む女」です。
右はさっきお話しした「天文学者」です。
2015年にブリューゲルの「いざり」と一緒に六本木の新国立美術館に来ていた作品がこれです。ルーヴル美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ここで一休み
ブリューゲルをたずねる旅が終わって
しばらく旅行にはいかない時期がありました。
それでも2019年11月に1週間パリにいました。
シテ島の北側にある静かな通りの水彩スケッチです。
右側にセーヌが見えます。
その奥は右岸(北岸)です。 -
43枚目はウィーン美術史美術館です。
The Peasant and the Birdnester
Oil on panel 50x68cm 1568
「農夫と鳥の巣」
木の上では落ちそうになった鳥の巣取りが枝にしがみついています。帽子は落ちています。
その手前の農夫は鳥の巣取りを指差して馬鹿にしています。
でもその農夫の前には川があって、あと一歩進むと農夫は落ちてしまいます。
二人の登場人物の奥にはのどかな農村風景が描きこまれています。美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「農夫と鳥の巣」の二人の部分です。
マタイ伝第7章の教えを引用します。
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。 -
「農夫と鳥の巣」の遠景部分です。
農家の前には放し飼いの鶏
手前に大きな木があり
右側に馬小屋と馬
農家の上には鳥が舞っています。
ブリューゲル(父)の細密な描写に改めて驚きます。 -
44枚目
The Misanthrope
Oil on Canvas 86x85cm 1568
「人間嫌い」
41枚目の「盲人の寓話」と同じナポリのカポディモンテ美術館にあります。
ナポリの景観で心に残るのは
ナポリを一本に分ける「スパッカナポリ」
あと、ベスビオス火山のシルエット
だと思います。 -
写真はナポリ市内とナポリ湾が鳥瞰できるサンテルモ城から撮影したものです。
右上にはベスビオス火山が
左側には縦に黒い太線スパッカナポリが
見えます。
スパッカナポリは昼間に歩きました。
洗濯物やお店の商品や看板や
色がにぎやかで絵になる景観でした。 -
45枚目
ブリューゲル(父)最後の作品です。
Three Soldiers
21x18cm Oil on Panel 1568
「3人の兵士」
ニューヨークのフリックコレクションにあります。
没後450年の2018年にウィーンの美術史美術館で開催されたブリューゲル展にもこの「3人の兵士」は来ていました。
美術専門家、業界でもブリューゲル (父)の作品として認められているようです。
写真はウィーンでの展示の時のものです。フリック コレクション 博物館・美術館・ギャラリー
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初めてフリックコレクションに行ったのは2012年11月です。
その時この「3人の兵士」は展示されていませんでした。
兵士の衣装の描き込みはラフです。
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フリックコレクションの作品解説によると
美術館が購入したのは1965年
履歴は英国チャールズ1世のコレクション1900~1950年英国の個人が所有
骨董商を経て1960年にオークションで競売24150ポンドで落札
版画の下絵かキャビネットの内装パネルとして描いたのではないかとの解説がついています。
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細部を見れば見るほど
疑問がわき
画面に引き込まれてゆく作品
それを支える圧倒的な「絵のうまさ」
それがブリューゲル(父)の作品を鑑賞する楽しみです。
この「3人の兵士」にはそういった「ブリューゲルの絵を見る楽しみ」がありません。
画面の下部に立派なサインと日付けがあります。
下絵、キャビネットの内装として描かれた作品ならサインは不自然だと思います。
チャールズ1世(1660~1727)のコレクションから現代までの履歴の空白にも素朴に疑問を感じます。
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https://youtu.be/jhjigundKp4
総集編の終わりに
ウィーン美術史美術館での没後450年のブリューゲル 展の動画をアップします。
全作品のほとんどが世界各地から集まった展示でした。
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旅行記グループ
続〜ブリューゲルをたずねる旅
-
ブリューゲルをたずねる旅~総集編第1部
2005/03/13~
ブリュッセル
-
ブリューゲルをたずねる旅~総集編第3部
2005/03/13~
ブリュッセル
-
ブリューゲルをたずねる旅~総集編第4部(最終回)
2005/03/13~
ブリュッセル
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ウィーン
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この旅行記へのコメント (4)
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- milkさん 2021/11/24 22:45:52
- まるで解説本のよう!
- norio2boさん、こんばんは。
お元気ですか?
総集編、楽しみにお待ちしておりました!
本当にどれも解説が丁寧で、細かなところまで興味深く拝見させて頂きました。
ブリューゲルの絵を見る時はこの総集編4部作が私の解説本になりそうです。
今度こそウィーン美術史美術館に行こうと思っているのに、いつになったらヨーロッパにいかれる事やら...。
昨年の4月にはNYに行く予定で、メトロポリタンやフリックコレクションに行こうと思っていたのにコロナが蔓延し始めてやむを得ずキャンセル...。
今年の8月末には倉敷に行く予定だったのに、これまた感染再拡大で岡山も緊急事態宣言が発令されてしまい、大原美術館が臨時休館になってしまったので出発の1週間前に泣く泣くキャンセルしました(T_T)
今はようやく落ち着いてきていますが、ヨーロッパはまた再拡大しているのでどうなる事やら...。
先が読めないですね。
倉敷は来年の夏にリベンジ予定です。
桃とシャインマスカットが食べたくて(笑)
milk
- norio2boさん からの返信 2021/11/25 17:24:23
- Re: まるで解説本のよう!
- milkさん
ご無沙汰です。
お元気で国内各地を転戦のご様子
楽しく拝見拝読しています。
2020年にキャンセルした海外3件は2022年にはなんとかと思っていますが、現地の感染者数を考えると無理なようです。
あまりビクビクしながら敢行するのもなんですから、、、、
来年は瀬戸内国際芸術祭が予定されています。倉敷はそれとセットもありかな?とご提案します。
昔の旅行記「雨のロダン美術館」に書いていますが
ロダンが浮世絵師のお礼に白樺派に送った小さな彫刻3点が大原にあります。
楽しいご旅行がありますように!
-
- frau.himmelさん 2021/11/23 21:58:55
- ブリューゲル総集編
- norio2boさん、こんばんは。
ついに最終回ですか?お疲れさまでした。
ブリューゲル総集編、まさに渾身の作でしたね。
ブリューゲルの絵の素晴らしさは言うまでもなく、その中にびっしり詰まった歴史や時代背景、物語など、細部まで詳しく説明してくださった norio2boさんによって、ブリューゲルを開眼なさった方も多いのではないでしょうか。
私も海外や国内でブリューゲルの絵と何度も対面することがありましたが、その度毎に norio2boさんを思い出しておりました。
ブリューゲルが終わったら次は何を norio2boさんは取り上げてくださるでしょうか。ブリューゲルが素晴らしかっただけに、次作も大いに期待が高まります。
よろしくお願いいたします。
himmel
- norio2boさん からの返信 2021/11/24 07:16:19
- Re: ブリューゲル総集編
- himmelさん
おはようございます。
コメントありがとうございます。
朝は冷え込むようになり
カレンダーももう一枚
今年もあっという間に終わりそうです。
近場の旅行は再開しています。
海外はNHKBSによれば新規感染者
ドイツ6万人
フランス1万人
今後が見通せない状況です。
パリオリンピック頃まで足腰の維持が出来るかどうか?
料理と菓子作りは喜んで貰えるし
買い物で歩くし(1万歩目標)
朝は毎日
夜は時々作っています。
メレンゲ焼き
白味2個分をホイップ
砂糖50g
小さく押し出して
100度で1時間
サクサクのメレンゲが出来上がる簡単なレシピなんですが、白く仕上げられず模索中です。
今日はこれからクロックムッシュを焼きます。
ーーーーーーーーー
ブリューゲルはあとふたつ小話で下書きあります。
総集編4部の最後の動画のご感想お聞きできたらと思っています。
お孫さんとの旅行記続きをお待ちしています。
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