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7月 7日から 31日までユーレイル・パスで<br />一切予約なしの 3週間の鉄道旅行。<br />ノルマンディ、南仏、スイス、オーストリア、<br />イタリア、ドイツなどを回ってパリに帰ってきた。<br />いよいよ残すところ、あと1週間…<br />パリで泊まりたいホテルが3つあった。<br />1つ目は写真の Hôtel Esméralda 。<br />名前で分かるようにカジモド、つまり<br />ノートルダムの側。<br />ここは『個人教授』でナタリー・ドロンが<br />家を出て泊まるホテルで、映画でも分かるが<br />ノートルダムが目の前に見える。<br />1640年からあるらしく、見ての通り古い古いホテル。<br />立地がいいこともあり、1つ星ではあるが半年前でないと<br />取れないと言われるほど非常に人気が高かった。<br /> (現在も1つ星だが 15,000円もしている!!)<br />この時も行ったが、やはり空きなしで泊まれず。<br />写真は入り口を入ったところで階段の右がフロント。<br />なぜか数匹の猫が迎えてくれた。<br />今ならネット予約できるので<br />いつか必ず泊まるつもり…

1986年 初自由旅行でヨーロッパ周遊 3週間 10/10 :やっぱり最後はパリで…

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1986/07/24 - 1986/07/31

5974位(同エリア15798件中)

旅行記グループ 1986年フランス・イタリア

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milouchat

milouchatさん

7月 7日から 31日までユーレイル・パスで
一切予約なしの 3週間の鉄道旅行。
ノルマンディ、南仏、スイス、オーストリア、
イタリア、ドイツなどを回ってパリに帰ってきた。
いよいよ残すところ、あと1週間…
パリで泊まりたいホテルが3つあった。
1つ目は写真の Hôtel Esméralda 。
名前で分かるようにカジモド、つまり
ノートルダムの側。
ここは『個人教授』でナタリー・ドロンが
家を出て泊まるホテルで、映画でも分かるが
ノートルダムが目の前に見える。
1640年からあるらしく、見ての通り古い古いホテル。
立地がいいこともあり、1つ星ではあるが半年前でないと
取れないと言われるほど非常に人気が高かった。
(現在も1つ星だが 15,000円もしている!!)
この時も行ったが、やはり空きなしで泊まれず。
写真は入り口を入ったところで階段の右がフロント。
なぜか数匹の猫が迎えてくれた。
今ならネット予約できるので
いつか必ず泊まるつもり…

旅行の満足度
5.0
観光
4.5
交通
4.5
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 泊まりたかった2つ目は…<br />11区バスティーユ近くの1つ星 Hôtel de l&#39; Europe 。<br />別に有名なホテルでも映画のロケ地でも何でもない。<br />1974年の初海外でパリに1ヶ月滞在した思い出のホテル。<br />別にノスタルジアからではないが<br />12年ぶりに 26日に 泊まった( 96+朝食 15フラン)。<br />昔ここに1ヶ月滞在した、とマダムに言ったが<br />経営者も何代か替わり、彼女は数年前からで<br />そんな昔の話は知らないと、軽くあしらわれた。<br />ホテル・カードによると各部屋にシャワーがあるが<br />74年に泊まった部屋にはトイレもシャワーも<br />なかったから、改装で設置したのだろう

    泊まりたかった2つ目は…
    11区バスティーユ近くの1つ星 Hôtel de l' Europe 。
    別に有名なホテルでも映画のロケ地でも何でもない。
    1974年の初海外でパリに1ヶ月滞在した思い出のホテル。
    別にノスタルジアからではないが
    12年ぶりに 26日に 泊まった( 96+朝食 15フラン)。
    昔ここに1ヶ月滞在した、とマダムに言ったが
    経営者も何代か替わり、彼女は数年前からで
    そんな昔の話は知らないと、軽くあしらわれた。
    ホテル・カードによると各部屋にシャワーがあるが
    74年に泊まった部屋にはトイレもシャワーも
    なかったから、改装で設置したのだろう

  • ホテル正面。HOTEL の縦看板が<br />正面入り口の右側にある

    ホテル正面。HOTEL の縦看板が
    正面入り口の右側にある

  • ★1980年に撮った写真では HOTEL の縦看板が<br />改装時に換えたのかSVと同じく入口の左側に。<br />ちなみに Hôtel de l&#39;Europe というホテルは<br />パリに少なくとも 6軒ある。<br />1つはエッフェル塔近くの3つ星、<br />クリシーの3つ星、カルティエラタンの3つ星など…<br />(右岸派トリュフォーの短編『アントワーヌとコレット』にも<br />Hôtel de l&#39;Europe が出てくるが、SVで確認すると<br />そのどれでもなかった。 というか、撮影用の偽装だった)

    ★1980年に撮った写真では HOTEL の縦看板が
    改装時に換えたのかSVと同じく入口の左側に。
    ちなみに Hôtel de l'Europe というホテルは
    パリに少なくとも 6軒ある。
    1つはエッフェル塔近くの3つ星、
    クリシーの3つ星、カルティエラタンの3つ星など…
    (右岸派トリュフォーの短編『アントワーヌとコレット』にも
    Hôtel de l'Europe が出てくるが、SVで確認すると
    そのどれでもなかった。 というか、撮影用の偽装だった)

  • 泊まりたかった3つ目が Hôtel du Quai Voltaire<br />『鬼火』でモーリス・ロネが滞在していたホテル。<br />ボードレールが滞在して 「悪の華」 を書いたとか、<br />ワグナー、ワイルド、シベリウス、ヘミングウェイなど<br />有名人に愛されたホテル (そのプラークが見える)。<br />2つ星(現在は3つ星)で、1泊 5,000円ほどと<br />僕には少し高かったがパリ最後の夜だし記念にと奮発。<br />(★ただし、理由は次に書くが写真は 79年のもの、…)

    泊まりたかった3つ目が Hôtel du Quai Voltaire
    『鬼火』でモーリス・ロネが滞在していたホテル。
    ボードレールが滞在して 「悪の華」 を書いたとか、
    ワグナー、ワイルド、シベリウス、ヘミングウェイなど
    有名人に愛されたホテル (そのプラークが見える)。
    2つ星(現在は3つ星)で、1泊 5,000円ほどと
    僕には少し高かったがパリ最後の夜だし記念にと奮発。
    (★ただし、理由は次に書くが写真は 79年のもの、…)

  • 泊まった領収書。手書きの数字で非常に分かりにくいが<br />7月28日に1泊 で210フラン朝食が 23フラン。<br />ホテルはセーヌに面し見晴らしは非常にいい。<br />昔の芸術家たちに愛されたのも納得。しかし…<br />現代では前の道路を夜中も車が走り続け<br />(ダイアナ妃も最後に前を走ったはず)<br />さらに(今は知らないが) 当時はエアコンなどないので<br />窓を閉めると暑く開けると相当やかましい。<br />そして、またまた大失敗!!<br />チェックアウトして、あとはオルリー・バスで<br />空港に向かうだけなので、部屋でやればいいのに、<br />ホテル前で簡単に荷物の詰め替えをした。<br />その時、横に置いたカメラを忘れてしまった…<br />(しかも友人から借りたカメラ!!)<br />だから最後のフィルム1本分の写真はない。<br />日記には、 7月27日はゴッホが銃で胸を撃った日なので<br />(死亡は29日) 墓参りに行こう、と書いているので<br />恐らく行ったのは この年だったのだろう。<br />だから写真も撮ったかもしれないが、それなら<br />写真がないのも納得できる

    泊まった領収書。手書きの数字で非常に分かりにくいが
    7月28日に1泊 で210フラン朝食が 23フラン。
    ホテルはセーヌに面し見晴らしは非常にいい。
    昔の芸術家たちに愛されたのも納得。しかし…
    現代では前の道路を夜中も車が走り続け
    (ダイアナ妃も最後に前を走ったはず)
    さらに(今は知らないが) 当時はエアコンなどないので
    窓を閉めると暑く開けると相当やかましい。
    そして、またまた大失敗!!
    チェックアウトして、あとはオルリー・バスで
    空港に向かうだけなので、部屋でやればいいのに、
    ホテル前で簡単に荷物の詰め替えをした。
    その時、横に置いたカメラを忘れてしまった…
    (しかも友人から借りたカメラ!!)
    だから最後のフィルム1本分の写真はない。
    日記には、 7月27日はゴッホが銃で胸を撃った日なので
    (死亡は29日) 墓参りに行こう、と書いているので
    恐らく行ったのは この年だったのだろう。
    だから写真も撮ったかもしれないが、それなら
    写真がないのも納得できる

  • モンパルナスに &quot;鬼火&quot; というレストランがあった。<br />もしかしたら映画に関係あるかもと行ってみた。<br />やはりハスキーボイスのマダムは9割ぐらいの確率で<br />奥さんの役者だと思われる。<br />店には2回行ったことがある<br />

    モンパルナスに "鬼火" というレストランがあった。
    もしかしたら映画に関係あるかもと行ってみた。
    やはりハスキーボイスのマダムは9割ぐらいの確率で
    奥さんの役者だと思われる。
    店には2回行ったことがある

  • 前後するが 26日はルーブルの近くの Hôtel l&#39;ouest に<br />85フランで泊まっているが、ホテルの記憶はまったくない。<br />写真を見るとホテルのフロントらしいので、多分そのホテル。<br />それはともかく、パリに帰った 24日にオペラ座近くの<br />シンガポール航空に行きリコンファームを済ませ、<br />ラ・ロシェルに向かっている<br />(ラ・ロシェルの旅行記は既に 3/10 に書いている)

    前後するが 26日はルーブルの近くの Hôtel l'ouest に
    85フランで泊まっているが、ホテルの記憶はまったくない。
    写真を見るとホテルのフロントらしいので、多分そのホテル。
    それはともかく、パリに帰った 24日にオペラ座近くの
    シンガポール航空に行きリコンファームを済ませ、
    ラ・ロシェルに向かっている
    (ラ・ロシェルの旅行記は既に 3/10 に書いている)

  • 以下、例によって時系列はバラバラだが<br />パリの街歩き…<br />多分、東駅近くではないかと思うが<br />消防車に出くわした

    以下、例によって時系列はバラバラだが
    パリの街歩き…
    多分、東駅近くではないかと思うが
    消防車に出くわした

  • ハシゴ車と5人の消防士が見える

    ハシゴ車と5人の消防士が見える

  • 見たところは火も煙もなかったが、<br />ボヤでもあったのだろうか…

    見たところは火も煙もなかったが、
    ボヤでもあったのだろうか…

  • 右の消防車に電話のマークと消防・救急の特番 18が見える。<br />(一番上の写真は、もしかしたら別の場所かもしれない。<br />何となく2回見かけた気もするから…)

    右の消防車に電話のマークと消防・救急の特番 18が見える。
    (一番上の写真は、もしかしたら別の場所かもしれない。
    何となく2回見かけた気もするから…)

  • 東駅正面は工事中だった

    東駅正面は工事中だった

  • 東駅の裏。<br />ブニュエルの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』で<br />フェルナンド・レイがこの階段を降りる

    東駅の裏。
    ブニュエルの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』で
    フェルナンド・レイがこの階段を降りる

  • サン・ラザール駅。<br />『ディーバ』を思い出す

    サン・ラザール駅。
    『ディーバ』を思い出す

  • 恐らくメトロの Havre-Caumartin 駅。<br />ベッソンの『サブウェイ』を思い出す

    恐らくメトロの Havre-Caumartin 駅。
    ベッソンの『サブウェイ』を思い出す

  • 当時の車両、もっともパリでは<br />同時に新旧の車両が走っていた

    当時の車両、もっともパリでは
    同時に新旧の車両が走っていた

  • シャンゼリゼで何かのパレードがある。<br />革命記念日の感じがするが、その日はスイスのモントルー。<br />パレードを見たのは 1977年だけだと思うが…

    シャンゼリゼで何かのパレードがある。
    革命記念日の感じがするが、その日はスイスのモントルー。
    パレードを見たのは 1977年だけだと思うが…

  • 当時はパリでも有数の高級ホテルだった<br />オペラのル・グラン・ホテル (現在はインターコンチ) 。<br />右岸派ゴダールの『アルファヴィル』の舞台でもある。<br />1階にあるカフェは有名な Café de la paix 。<br />いつだったか1度だけ1人で入ったことがあるが、<br />恐らくは差別で無視され(たように感じ)、何も注文せずに出た。<br />[余談だが最初に書いた『アントワーヌとコレット』の<br />ホテル、入って行く入り口には Hôtel de l&#39;Europe ではなく、<br />Hôtel de la paix  と表示がある]

    当時はパリでも有数の高級ホテルだった
    オペラのル・グラン・ホテル (現在はインターコンチ) 。
    右岸派ゴダールの『アルファヴィル』の舞台でもある。
    1階にあるカフェは有名な Café de la paix 。
    いつだったか1度だけ1人で入ったことがあるが、
    恐らくは差別で無視され(たように感じ)、何も注文せずに出た。
    [余談だが最初に書いた『アントワーヌとコレット』の
    ホテル、入って行く入り口には Hôtel de l'Europe ではなく、
    Hôtel de la paix と表示がある]

  • こちらはモンマルトルと言えばの<br />ムーラン・ルージュ (入ったことないけど)<br />その象徴の赤い風車が見える (何が何だか分からない?)

    こちらはモンマルトルと言えばの
    ムーラン・ルージュ (入ったことないけど)
    その象徴の赤い風車が見える (何が何だか分からない?)

  • ここはサティが住んでいたモンマルトルのコルトー街。<br />今回の旅の大きなテーマがエリック・サティだったので、<br />まず最初にノルマンディはオンフルールに行ったわけだが、<br />もちろんパリでもサティめぐりをやっている。<br />このアパルトマンで隣!!に住むシュザンヌ・ヴァラドン<br /> (ユトリロの母) に300通ものラブレターを書いた。<br />&quot;1893年1月14日シュザンヌとの恋愛が始まり<br />6月20日に終わった&quot; とサティは書いている。<br />つまり半年で 300 ということは、<br />毎日2通近く出している…<br />当時は『夜霧の恋人たち』にも登場する<br />プニューマティック(気送便) があり<br />数時間で配達された。<br />(直接部屋に入れたら切手代が浮くのにね)<br />確か隣同士でも互いの訪問もなかったはず。<br />生涯たった1度の恋は実らなかった…

    ここはサティが住んでいたモンマルトルのコルトー街。
    今回の旅の大きなテーマがエリック・サティだったので、
    まず最初にノルマンディはオンフルールに行ったわけだが、
    もちろんパリでもサティめぐりをやっている。
    このアパルトマンで隣!!に住むシュザンヌ・ヴァラドン
    (ユトリロの母) に300通ものラブレターを書いた。
    "1893年1月14日シュザンヌとの恋愛が始まり
    6月20日に終わった" とサティは書いている。
    つまり半年で 300 ということは、
    毎日2通近く出している…
    当時は『夜霧の恋人たち』にも登場する
    プニューマティック(気送便) があり
    数時間で配達された。
    (直接部屋に入れたら切手代が浮くのにね)
    確か隣同士でも互いの訪問もなかったはず。
    生涯たった1度の恋は実らなかった…

  • 同じくモンマルトルはサティの(?) 黒猫があった場所。<br />(1885年に移転した2代目)<br />SV を見るとロドルフ・サリスのプラークの上に<br />黒猫の飾りが出来ている

    同じくモンマルトルはサティの(?) 黒猫があった場所。
    (1885年に移転した2代目)
    SV を見るとロドルフ・サリスのプラークの上に
    黒猫の飾りが出来ている

  • 次は郊外になるが、同じくサティが住んでいた<br />アルクイユの 4本煙突の家。<br />なぜか撮られるのを拒否するかのように<br />原因不明で極端なピンボケに…

    次は郊外になるが、同じくサティが住んでいた
    アルクイユの 4本煙突の家。
    なぜか撮られるのを拒否するかのように
    原因不明で極端なピンボケに…

  • ★まともに撮れば、こんな家で<br />2002年に再訪したときの写真

    ★まともに撮れば、こんな家で
    2002年に再訪したときの写真

  • アルクイユの街並み。<br />ちなみにサティはここから<br />モンマルトルの黒猫まで毎日歩いて通ったが<br />グーグルマップで調べると2時間以上もかかる。<br />ご苦労というか、彼らしいというか…<br />墓参りもしようと思ったが見つけられなかった<br />(やはり 2002年に実現)

    アルクイユの街並み。
    ちなみにサティはここから
    モンマルトルの黒猫まで毎日歩いて通ったが
    グーグルマップで調べると2時間以上もかかる。
    ご苦労というか、彼らしいというか…
    墓参りもしようと思ったが見つけられなかった
    (やはり 2002年に実現)

  • 新しく出来たエリック・サティ街

    新しく出来たエリック・サティ街

  • これは旅行に関係のない自慢話だが…<br />今ではサティの音楽はCMなどでも頻繁に使われ<br />&quot;心地よい&quot; 音楽としてポピュラーになったが<br />僕が聞き出した 70年代には一般的ではない異端、<br />楽譜も日本では入手困難でパリで買ってきた。<br />1982年に &quot;Erik Satie Piano Music Vol.2&quot; という<br />ビデオ作品を作り、あるコンテストに応募、<br />佳作入選し今から見れば高額の 10万円の賞金を貰った。<br />帰りのエレベーターで審査委員長の故浦山桐郎監督と<br />乗り合わせ &quot;面白かったですよ&quot; と言う言葉も貰った。<br />写真は、そのクライマックス?<br />娘が習っていたピアノの先生に 「グノシェンヌ No.3」 の<br />冒頭部分をストップと言うまで永遠に(?)弾いてくれと頼み、<br />途中で猫がピアノの上に登場する。<br />楽譜立てにはキャットフードがあるので、当然 猫は手を出す。<br />そしてピアノの上に降り即興で猫がピアノを弾く。<br />不思議なことに猫は撮影意図が分かっているかのように<br />必要な鍵盤を1つ外した右に立つ。そこで再び先生が弾き出す…<br />ちなみに音大出の先生も、この曲を知らなかったが<br />楽譜を見せると初見で見事に弾き出した。<br />当然かもしれないが音楽家は凄いなと感心した。<br />もちろん賞金の一部は出演料として先生にも、そして<br />猫にも御馳走を買ってあげました

    これは旅行に関係のない自慢話だが…
    今ではサティの音楽はCMなどでも頻繁に使われ
    "心地よい" 音楽としてポピュラーになったが
    僕が聞き出した 70年代には一般的ではない異端、
    楽譜も日本では入手困難でパリで買ってきた。
    1982年に "Erik Satie Piano Music Vol.2" という
    ビデオ作品を作り、あるコンテストに応募、
    佳作入選し今から見れば高額の 10万円の賞金を貰った。
    帰りのエレベーターで審査委員長の故浦山桐郎監督と
    乗り合わせ "面白かったですよ" と言う言葉も貰った。
    写真は、そのクライマックス?
    娘が習っていたピアノの先生に 「グノシェンヌ No.3」 の
    冒頭部分をストップと言うまで永遠に(?)弾いてくれと頼み、
    途中で猫がピアノの上に登場する。
    楽譜立てにはキャットフードがあるので、当然 猫は手を出す。
    そしてピアノの上に降り即興で猫がピアノを弾く。
    不思議なことに猫は撮影意図が分かっているかのように
    必要な鍵盤を1つ外した右に立つ。そこで再び先生が弾き出す…
    ちなみに音大出の先生も、この曲を知らなかったが
    楽譜を見せると初見で見事に弾き出した。
    当然かもしれないが音楽家は凄いなと感心した。
    もちろん賞金の一部は出演料として先生にも、そして
    猫にも御馳走を買ってあげました

  • ポンピドゥー・センターの横<br />ニキ・ド・サンファールのオブジェがある<br />ストラヴィンスキー広場

    ポンピドゥー・センターの横
    ニキ・ド・サンファールのオブジェがある
    ストラヴィンスキー広場

  • レ・アール開発で隔離された (ウソです)<br />Église Saint-Eustache 。<br />貼ってある映画のポスターは<br />『バラの刺青』、その右は何と<br />石井聰亙の『逆噴射家族』

    レ・アール開発で隔離された (ウソです)
    Église Saint-Eustache 。
    貼ってある映画のポスターは
    『バラの刺青』、その右は何と
    石井聰亙の『逆噴射家族』

  • パリらしくない レ・アールの一画

    パリらしくない レ・アールの一画

  • そのあたりだったと思うが<br />女性の目つきが異様だったバックパッカー。<br />犬と猫 (男性の背中)を連れている

    そのあたりだったと思うが
    女性の目つきが異様だったバックパッカー。
    犬と猫 (男性の背中)を連れている

  • ルーブル美術館には長蛇の列が出来ている。<br /> (今から見れば少ない?)<br />これはバスからの写真だが、多分無料の日に<br />一度入ったが見たかったのはニケだけで<br />30分ほどで出ている

    ルーブル美術館には長蛇の列が出来ている。
    (今から見れば少ない?)
    これはバスからの写真だが、多分無料の日に
    一度入ったが見たかったのはニケだけで
    30分ほどで出ている

  • ルーブルのガラスのピラミッドが見える。<br />ところが不思議なことに、どの記事を見ても<br />ピラミッドの完成は 1989年になっている。<br />でも 86年には確実に出現している…<br />恐らく 89年というのは地下ロビーができピラミッドが<br />メイン・エントランスになった時のことだろうと思われるが…<br />今と違い横断歩道のゼブラがある<br />

    ルーブルのガラスのピラミッドが見える。
    ところが不思議なことに、どの記事を見ても
    ピラミッドの完成は 1989年になっている。
    でも 86年には確実に出現している…
    恐らく 89年というのは地下ロビーができピラミッドが
    メイン・エントランスになった時のことだろうと思われるが…
    今と違い横断歩道のゼブラがある

  • ピラミッドの周りには池と噴水があった

    ピラミッドの周りには池と噴水があった

  • 噴水はピラミッドと並ぶほど<br />高くまで上っている

    噴水はピラミッドと並ぶほど
    高くまで上っている

  • 写真から見るとコンコルドではなく<br />チュイルリーだろうが観覧車が見える。<br />コンコルドの観覧車は 1993年に登場したようだ

    写真から見るとコンコルドではなく
    チュイルリーだろうが観覧車が見える。
    コンコルドの観覧車は 1993年に登場したようだ

  • チュイルリーのベンチ。<br />『リトル・ロマンス』に同じアングルで登場。<br />奥に見えるのは八角形の Bassin Octogonal で<br />『ディーバ』の印象的な夜明けの散歩で<br />池の椅子に座る

    チュイルリーのベンチ。
    『リトル・ロマンス』に同じアングルで登場。
    奥に見えるのは八角形の Bassin Octogonal で
    『ディーバ』の印象的な夜明けの散歩で
    池の椅子に座る

  • チュイルリーの端、コンコルドとの境に<br />2つの天馬の像がある 。<br />写真右は南側の 天馬に跨る名声の女神。<br />コンコルド広場の向こうにエッフェル塔が見える

    チュイルリーの端、コンコルドとの境に
    2つの天馬の像がある 。
    写真右は南側の 天馬に跨る名声の女神。
    コンコルド広場の向こうにエッフェル塔が見える

  • Pont au change から見たコンシェルジュリー

    Pont au change から見たコンシェルジュリー

  • 真ん中に車があるのが分かるだろうか…<br />船の上ですよ。  ヨーロッパは運河伝いに<br />どこにでも行けるので水上生活をする人も多い (憧れます)。<br />後ろの橋は Pont des Arts 。 橋を渡れば左岸

    真ん中に車があるのが分かるだろうか…
    船の上ですよ。 ヨーロッパは運河伝いに
    どこにでも行けるので水上生活をする人も多い (憧れます)。
    後ろの橋は Pont des Arts 。 橋を渡れば左岸

  • 左岸は、サン・ジェルマン教会から。<br />手前の盛り上がった敷石は道路工事中ではなく<br />美術品(?)。 一応噴水らしい

    左岸は、サン・ジェルマン教会から。
    手前の盛り上がった敷石は道路工事中ではなく
    美術品(?)。 一応噴水らしい

  • 今もサン・ジェルマンの 59 rue des Saints Pères にある<br />Hôtel Pas de Calais  。 『獅子座』に出てくる

    今もサン・ジェルマンの 59 rue des Saints Pères にある
    Hôtel Pas de Calais 。 『獅子座』に出てくる

  • サン・ミッシェルの噴水<br />ホームレスか分からないが<br />左隅にダウンしている人がいる。<br />いつも混雑しているのに避けているのか<br />彼の周りには人がいない (いや僕がいる?)

    サン・ミッシェルの噴水
    ホームレスか分からないが
    左隅にダウンしている人がいる。
    いつも混雑しているのに避けているのか
    彼の周りには人がいない (いや僕がいる?)

  • 警官だって仕事中でも<br />サンドイッチぐらい買います<br />Rue Saint-André des Arts の店

    警官だって仕事中でも
    サンドイッチぐらい買います
    Rue Saint-André des Arts の店

  • Rue Saint André des Arts の火を噴く大道芸人

    Rue Saint André des Arts の火を噴く大道芸人

  • これはクリュニー中世博物館

    これはクリュニー中世博物館

  • 同じくクリュニー中世博物館

    同じくクリュニー中世博物館

  • その時のチケットが出てきた<br />(裏にクリュニ-とメモがあった)<br />割引で8フランになっているが<br />ユーレイルパスの割引があったのかもしれない

    その時のチケットが出てきた
    (裏にクリュニ-とメモがあった)
    割引で8フランになっているが
    ユーレイルパスの割引があったのかもしれない

  • モンパルナス駅の屋上テラス。 突き当たりに<br />今はない Galerie Lafeyette という文字が見える。<br />この年だったかは分からないが<br />ここでパスポートの入った鞄を忘れ、<br />あわてて戻ったら、幸い無事だったことがある…

    モンパルナス駅の屋上テラス。 突き当たりに
    今はない Galerie Lafeyette という文字が見える。
    この年だったかは分からないが
    ここでパスポートの入った鞄を忘れ、
    あわてて戻ったら、幸い無事だったことがある…

  • 場所が どこか忘れたが<br />個展初日か何かのパーティがあり潜り込む。<br />最近は行かなくなったが、昔は<br />日本でも外国でも画廊には よく入った

    場所が どこか忘れたが
    個展初日か何かのパーティがあり潜り込む。
    最近は行かなくなったが、昔は
    日本でも外国でも画廊には よく入った

  • まるで美術館のような立派な会場で<br />場所は分からないが左岸のどこか

    まるで美術館のような立派な会場で
    場所は分からないが左岸のどこか

  • これも どこの教会だったか分からないが<br />下の図を見ても大きな教会ではないようだ、<br />いや図で大きさは分からないか…

    これも どこの教会だったか分からないが
    下の図を見ても大きな教会ではないようだ、
    いや図で大きさは分からないか…

  • 夕暮れのツール・モンパルナス

    夕暮れのツール・モンパルナス

  • 夜のノートルダム

    夜のノートルダム

  • 夜のピラミッド

    夜のピラミッド

  • そして、夜のオルセー美術館。<br />かすかにエッフェル塔が見える。<br />ちなみにオルセー美術館のオープンは<br />約半年後の 1986年12月1日。<br />オープン前なのに内部の照明が明るいのは<br />急ピッチで工事を進めていたからでしょう<br />

    そして、夜のオルセー美術館。
    かすかにエッフェル塔が見える。
    ちなみにオルセー美術館のオープンは
    約半年後の 1986年12月1日。
    オープン前なのに内部の照明が明るいのは
    急ピッチで工事を進めていたからでしょう

  • オルリー空港内、シンガポール航空なので<br />チャンギ経由で伊丹に向かう。<br />行きは給油のためコロンボ、ローマで降機したが、<br />多分帰りも同じだろう…<br />

    オルリー空港内、シンガポール航空なので
    チャンギ経由で伊丹に向かう。
    行きは給油のためコロンボ、ローマで降機したが、
    多分帰りも同じだろう…

  • 飛行機は かなり空いていた

    飛行機は かなり空いていた

  • 飛行機はオルリー発の SQ 005 だったが<br />眼下に見えるのはシャルル・ド・ゴール空港。<br />上を通るのだろうか…<br />まだターミナル2の半分しか出来ていないようだ…<br /><br />そういうことで、3週間という長いようで短い旅も<br />無事に終わった。 一応 フランス語が出来るので<br />フランス、特にパリにいると我が家のように(?)落ち着く。<br />だからツアーは別として今回のように周遊するのは初めて。<br />いつもはパリだけにいて映画ばかり見ている。<br />イタリアやスペインはフランス語と同じ系統なので<br />会話は出来なくても、書いてあることは かなり理解できるし<br />相手の言うことも少しは理解でき、いかに言葉が大切かを実感した。<br />と同時に、今回の一切予約なし行き当たりばったりの<br />旅を続けたことで、逆に言葉のまったく通じない国でも<br />1人で旅をする度胸はついた (もちろんトラブルも多いが…)

    飛行機はオルリー発の SQ 005 だったが
    眼下に見えるのはシャルル・ド・ゴール空港。
    上を通るのだろうか…
    まだターミナル2の半分しか出来ていないようだ…

    そういうことで、3週間という長いようで短い旅も
    無事に終わった。 一応 フランス語が出来るので
    フランス、特にパリにいると我が家のように(?)落ち着く。
    だからツアーは別として今回のように周遊するのは初めて。
    いつもはパリだけにいて映画ばかり見ている。
    イタリアやスペインはフランス語と同じ系統なので
    会話は出来なくても、書いてあることは かなり理解できるし
    相手の言うことも少しは理解でき、いかに言葉が大切かを実感した。
    と同時に、今回の一切予約なし行き当たりばったりの
    旅を続けたことで、逆に言葉のまったく通じない国でも
    1人で旅をする度胸はついた (もちろんトラブルも多いが…)

  • 面白いものが出てきた。<br />帰国日 29日に空港まで行く<br />オルリーバスのチケットで 27フラン。<br />面白いというのは裏の注意書きで<br />En cas de ~ (~の場合)の例として<br />預け荷物の 紛失、盗難、破損の場合<br />1キロ 90 フランを限度として保障…<br />わざわざ 盗難 (Theft) なんて書くほど<br />泥棒が多いんですかね…<br />ちなみに一番左上だけ見たら<br />空港から市内用と思うだろうが、下に<br />vice versa (その逆) とあり両用、<br />最初から矢印両方にすればいいのに?<br /><br />

    面白いものが出てきた。
    帰国日 29日に空港まで行く
    オルリーバスのチケットで 27フラン。
    面白いというのは裏の注意書きで
    En cas de ~ (~の場合)の例として
    預け荷物の 紛失、盗難、破損の場合
    1キロ 90 フランを限度として保障…
    わざわざ 盗難 (Theft) なんて書くほど
    泥棒が多いんですかね…
    ちなみに一番左上だけ見たら
    空港から市内用と思うだろうが、下に
    vice versa (その逆) とあり両用、
    最初から矢印両方にすればいいのに?

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