1986/07/13 - 1986/07/15
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milouchatさん
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7月 7日から 31日までユーレイル・パスで
一切予約なしの 3週間の鉄道旅行。
まずはノルマンディに行ったが、寒すぎて南下、
リヨン経由オランジュからカンヌまで。
次はどこに行こうか…
地理的にはイタリアに行くのが順当だろうが、
行ったことのないスイスにでも行こうか、と
またまた夜行でローザンヌにやって来た。
そこでモントルーのジャズ・フェスティヴァルが
3日から 19日まであると聞き見に行くことに。
写真はスケジュールのカレンダー。
見ての通り、行った 13日当日は、前年グラミーの新人賞を
獲り人気絶頂のシャーデー & デヴィッド・サンボーン
だったが Sold Out!
翌日のマッコイ・タイナーの切符を買った (45スイスフラン)。
つまりローザンヌからモントルーまで2日通った。
タイナー・トリオのほかにミシェル・ペトルッチアーニ、
ジム・ホール、ウェイン・ショーター、そしてアル・ディ・メオラ、
他の日も含め、さすが凄い顔ぶれ!
一番よかったのはペトルッチアーニ、
さすがにアル・ディ・メオラの速弾きは凄かったが…
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カンヌからスイスには、またまた夜行で行くのだが、
直通列車はなくミラノで乗り換える。
22:35分カンヌ発の列車でミラノに朝 5:40分に着いた。
やはり列車は激混みで1時過ぎまで座れず通路に座り込んでいた。
ミラノ発は 10:07分だがイタリアは通過するだけなので
リラの用意をしていなかった。
駅の両替所は早すぎて開いてないので
空腹を我慢しながら開くのを待つ。
50ドル (69,500リラ) を両替し、駅でピザとエスプレッソを。
ピザは期待外れで本場のエスプレッソはデミタスの半分しかない!
(それが普通らしく 30cc)
列車に乗り込む前に、(当時は) 有名なイタリアの駅弁を買う。
もちろん車内販売ではなくホームで売っている。
パン2つと、鶏のモモ、サラミ 8枚、リンゴ、チーズ、
赤ワイン 250cc、ジュースがセットで 9,000リラ、安い!!
(また後日書くが味はボローニャの駅弁の方が良かった)
ローザンヌには 14:26分に着いた。
写真は、確かではないが昼間だし
スイスに入ってからの車窓だろう -
ローザンヌでもホテル探しに苦労し
(2日間夜行でシャワーも浴びていないし)
今回 初めての2つ星 18 rue Grand St Jean の
Hôtel Regina Garni に泊まる。
朝食付きで 45フラン (約4,200円)。
SVを見ると現在3つ星の Hôtel Regina になっている。
ちなみに、当時は本や雑誌など色々買い、荷物が重くなったので
郵便局から小包を送ったら 62フラン (6,000円近く) もした。
フィルムもなくなり 4本買ったが 27.60フラン (1本 600円以上) と
当然日本で買うより遙かに高い -
見えるか分からないが、86年のホテル・リストを見ると
マーカーを塗った Hôtel Regina は、ベッド数 55、
シャワーなしシングル 45からなので、合ってる。
時代を感じるが設備には電話と、テレビではなくラジオ!
エレベーターあり、犬 OK (犬以外のペットは?)。
ちなみに一番上の高い5つ星 Le Beau Rivage Palace の設備は
スイート、レストラン、電話、ラジオ、TV、エレベーター、庭またはテラス、
テラス・レストラン、プール、会議室、駐車場、バー、
料金は1人160フランから (今から見ると随分安い)。
左上 (Hôtels の上) に (共通して) 朝食付き定価とある。
ローザンヌ (スイス?) では1つ星でも原則 朝食付きらしい。
すべてのホテル名のあとに支配人 (?) らしき名前があるのは珍しい… -
有名な大聖堂 (La cathédrale Notre-Dame de Lausanne) に
入ったようだが、これしか写真がない。
ヨーロッパの教会は周りに広い空間があるのが普通だが、
ここは外の空間が少ない。
誰か寝てますよ!?
あと、写真はないがローザンヌでは、
オリンピック博物館にも行っている -
オリンピック博物館のリーフレットが出てきた。
建物外観 -
博物館だから色々な展示物がある。
下は過去の大会のパネルだが
真ん中に 1964年 Tokyo と見える。
(もちろん僕が選んで日本を撮ったわけではない)
一番左には 1972年 Sapporo と冬季オリンピックも。
その上は映写室の写真だが 35席しかない。
ほかに図書館もある。 入館料は不明 -
ローザンヌ Place de la Palud の Fontaine de la Justice に
上部が写ってないが非常にユニークなトーテムポール (?) がある。
1585年にできた正義の女神像。 ただし現在あるものは 1991年に
造られ。オリジナルは Neuchâtel の歴史博物館にあるらしい。
じゃあ、覚えてないが 1986年はオリジナルだったの?
写真がないので傷み具合も分からない…
突き当たり薬局の上に機械仕掛けの時計があり
毎正時に人形たちが踊り出す (オメガ製だとか)。
ここで日本人バックパッカーに会い
ジャズ・フェスの情報を得たので、
モントルーに行くことに…
(今回 日本人と話したのは初めて) -
13日は列車でモントルーに (30分ほど)。
モントルーは感じのいい街で、一応 ホテルを探したが
やはりフェス期間中でもあり、空いていたのも
安くても 60フラン (5,500円ほど) もするので断念。
多分フェス期間中は値上げするんだろう… -
ローザンヌ、メトロの切符。
メトロと言っても、いわゆる地下鉄ではない。
(メトロとはメトロポリタン、つまり都市交通のことで、
ローザンヌの地下鉄開通は、20年以上あとの 2008年)
元は funiculaire 、つまり、一種の登山電車。
(ローザンヌも坂の多い街なのです)
チケット左には Metro LO et LG とある。
LO とは Lausanne-Ouchy、LG は Lausanne-Gare で
7月13日 22:33 Gare CFF からの切符で 0.70フラン。
相変わらず遅い時間に どこに行ったのか…
いや モントルーから帰ってきた時のものだろう。
ちなみに、切符真ん中上に四角いパンチ穴がある。
ピクトグラムで分かるように大人1人の意味だが、
その右の大人2人、大人1人子ども1人、
下右の子ども1日、大人1日、子ども2人は分かるが
一番左下は、どういう意味だろう?
子どもと犬の絵が描いてあるが… -
全員がジャズ・フェス目当てではないだろうが、
やはり期間中は特に観光客が多いようだ -
ところで、この横断歩道は何だ?
縦横にゼブラがある。
(SVでは同じ場所か確認できないが
カジノの建物も替わりゼブラはない) -
●今年 (2020年1月) 香港に行ったら
同じゼブラが何カ所かにあった。
これは映画館 旺角百老匯のそば -
モントルーは (も) レマン湖に面した街なので
景色はいい。
相変わらず街についての情報は何も持ってなかったが
小さな街なので適当に歩く -
何となく お洒落な人が多いような…
-
ユーレイル・パスでレマン湖の船にも無料で乗れるので
2日目の 14日は船で行った (1時間半ほどかかる)。
ところでシルエットの男性、
フランケンシュタインのモンスターみたい (失礼!)。
そう言えばフランケンシュタイン博士はスイス、
ジュネーヴの住人だったな… -
いわゆる観光クルーズ船ではなく
普通の定期航路なので、いくつかの港に立ち寄る
(どこだか確認できず) -
6月1日から9月27日までの船の時刻表が見つかった。
ローザンヌ発 18:05 に丸を付けてあるから
多分 それに乗ったのだろう。モントルー着は 19:25。
料金は2等 16.60、1等 23フランになっている -
甲板の様子。 それほど混んではいない
-
ヨットではなくウィンド・サーフィンの人がいる
-
これは分かる Vevey-La-Tour
(Vevey と付く港は3つほどあるようだ)
Vevey はチャップリンが晩年を過ごした街で
屋敷は 2016年にミュージアムになっている -
モントルーの港に着いた。
今とは様子が違うが向こうに
Hôtel Splendid が見える。
今も同じ場所にあるようだが、隣の建物は全然違う -
モントルーのどこか。
ジャズ・フェスの幕が出ている -
いわゆるフェスとは別で仮設のステージで、
バンドが入り皆さんが踊っている。お祭りですから… -
さてステージは、8時半開始になっているが、
実際には1時間近く遅れ、終わったのは夜中の3時前!
最初は途中で出て最終列車でローザンヌに戻り、
コインロッカーの荷物を出してブレゲンツに行くつもりだった。
しかし結局 最後までいてしまい、野宿しようと
駅に行ったが、誰しも考えることは同じで待合室は満員。
幸い登山列車が停まっていて乗り込んで寝たが
半袖に短パン! 荷物はローザンヌで着替えもない。
文字通り死ぬほど寒かった。
当然 会場にカメラや録音機は持ち込めず、
簡単な荷物検査があり入り口でカメラを預けた。
(じゃあ何で写真が??)
実は最終列車でローザンヌに帰る予定だったので
クロークが混んで乗り遅れたら困ると、
休憩の間に荷物を引き取ったが、その時は…
予想通り (?) 荷物検査をしないんですよね。
ちなみに、ゲージツ家のクマさん (篠原勝之) が
日本テレビの仕事で来ていて椅子に座っている。
僕は隣に立っていたが、食事に行くから
席を取っておいてくれと頼まれ、運良く
1時間ほどは椅子に座って見た。
もちろん彼は着物で、僕も着物が好きだから
フンドシの話 (??) など雑談をした。
そう言えば、この年は出演していないが
渡辺貞夫も来ていてロビーで会った -
当日のスケジュールが出てきた。
8時開場 8:30開始だが、
実際に始まったのは9時過ぎ。
スケジュールではペトルッチアーニ1時間
ウェイン・ショーター1時間
アルディメオラ 45分
マッコイ・タイナー1時間 15分で
終わりは1時 45分と書いてあるが、
アドリブの多いジャズなので
興に乗れば予定なんて無視。
ということで予定より1時間以上かかり
朝の3時頃まで続いた
-
ジャズの次はオペラでもと、オーストリアは
ブレゲンツの湖上オペラを見ようと思った。
朝 ローザンヌに帰ると、
ちょうどチューリッヒ行きが停まっていたので飛び乗る。
(列車の時間も調べないことが多く、あわてて飛び乗ったら
予定の行く先と違い途中で降りて引き返す、なんてことも
何度かあった。 何しろ予定のない "自由" 旅行ですから)
少しチューリッヒも観光しようと
荷物はコインロッカーに預け街歩き。
チューリッヒは 2000年祭だったらしく
写真下のような記念メダルが発行されている。
左は Grossmünster 教会,右はチューリッヒの
守護聖人 Felix と Regula が刻まれている。
真ん中の顔は人間にもライオンにも見えるが
上部にもライオンが見える -
チューリッヒの紋章がライオンだそうで、
小公園にあった飾り物 (?) にも
2000年記念だと思われる2頭のライオンがいる -
中央駅から少し歩くと
ケーブルカーがあったので乗ってみる。
わずか数分の距離だがアプト式のようだ -
見晴らしのいい広場に出た。
何だか尖塔がたくさん見える。
恐らくチューリッヒ工科大学のテラスから南方面で
一番高い尖塔はプレディガー教会のはず。
その左、ずっと遠くに見える2つの尖塔は
Grossmünster 教会 -
大道芸ではないようだがオルガンがあり
子どもに弾かせている。
まさかレッスンじゃないだろうが
子どもが大勢見ている (順番待ち?) -
この橋は中央駅近くの Rudorf-Brun Brücke
-
橋を渡った先にはウラニア天文台のドームがあり、
その下に Heliographte と言う文字が見える。
回光通信機という光の点滅で通信する装置らしい -
Rudorf-Brun Brücke の1つ南隣の橋だが、
橋と言うより広場のような Rathaus-Brucke 。
Rathaus とは市役所という意味で
左端に少しだけ見えるのが市庁舎。
向こうに見えるのは、もちろん Grossmünster 教会 -
その広場の奥、Weinplatz 10 にプラークがあり
左には Zum Roten Achwert 、
右には Gasthaus 1406-1945 とある。
ゲストハウスと言っても、もちろん高級ホテルのことで、
皇帝、国王はもちろんナポレオンや、ゲーテ、
モーツァルト、ユゴーなど有名人が泊まったらしい。
真ん中には恐らく上記のような由来が書かれていて、
かろうじてユゴーやモーツァルトの文字が確認できる。
SV を見ると、改装されプラークも消えている。
何でプラークを消したんだろう… (実は違ったとか??)
ちなみに現在ドアの右には Dolce & Gabbana が入っている -
さらに1つ南隣の橋は Münsterbrücke 。
もちろん Grossmünster から取られた名前 -
これは Grossmünster 教会対岸の
Fraumunster 教会の回廊に並ぶ壁画の1つ。
シャガールやジャコメッティの
ステンドグラスが有名らしいが、
当然 その時は知らなかったし
聖堂内に入ったかどうかも覚えていない -
Grossmünster の2つの塔が重なって見える。
桟橋のようにリマト川に突き出した
Frauenbad Stadthausquai 。
Frauen とあるように女性専用の 19世紀末からある
銭湯 (プール?) のようなものだが、手前が更衣室で
壁が厚いスリガラスのような素材で、着替える人影が
かすかに見える -
チューリッヒは世界で最も噴水の多い街らしく
1,200以上あるらしい。
この噴水はオペラ座近くのベルビュー地区、
とまでは分かったがSVが少なく特定できない -
どの美術館か分からないが
何となく、どこかの美術館にも入った -
結構 大きな美術館だが入場者は少ない
-
人がいない
-
常設展か不明だが
様々なジャンルの作品がある -
人がいた!
-
人が大勢 (?)、中には双子の女性まで…
右の絵はポール・デルヴォーだね -
Cinema とあるが映画館ではない。
上に電話のマークがあるように電話ボックス (?) の
壁に貼ってある映画館案内。
ということで入ってはいないが
次は映画館の紹介 -
これは 13 Stüssihofstatt にあった Kino Stüssihof 。
1960年にオープン、すでにポルノ映画館になっていた。
2012年に閉館したが 2014年にアート系映画館として再開 -
こちらは Waisenhausstrasse 2 の Cine ABC 。
1913年に The Orient Kino として 700席で
オープンした由緒ある映画館だが、その後
3つ、4つのスクリーンに分割された。
2014年に閉館、今はカジノらしいが
中のレストランには ARRIFLEX のカメラが
展示されている。
[ちなみに、変色しているのは古いからではなく、
若い人には想像できないだろうが、ミスで
カメラの裏蓋が少し開いてしまい露光したから] -
結局 チューリッヒでは5時間ぐらい街歩きし、
オーストリアのブレゲンツに向かう。
疲れが溜まっていたのか、せっかくの
スイスのいい景色も ほとんど見ずに
寝てしまったようだ…
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