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2011年にオーストラリアの永住権取得記念として、夢だったシルクロードを中心とした旅の記録。<br />4か月以上に渡る旅で、シンガポールからスタートし、ベトナムから陸路で中国に渡り、中国の南部から広東省・北京を経て中国横断を開始し、そのまま中央アジアのカザフスタン・キルギスタン・ウズベキスタンと続いて行った旅だった。<br /><br />この旅がスマホや翻訳・地図アプリなどに一切頼らない、最後の時だったと思うので、自分にとっても本当に貴重な体験が多かった、最後の聖戦でした。<br /><br />《ちょうど2011年はスマホへの移り変わりが加速していく変換期だったと思いますが(自分は2012年からスマホを使用)、この旅ではスマホを使用していなかったので、最後のネット情報にも一切頼らない、その場で切り開いていくスタイルの旅だったのでかなり行き当たりばったりで、それが故に色んなハプニングやローカルの人達・他の色々な国の旅人達との濃~~いエピソードに溢れまくってます。》<br /><br />出会った人達との、楽しかったり迷惑だったり恥ずかしかったりした色々なハプニングやエピソードのことなども折角なので隠さず赤裸々に書いて行きたいと思います。(最近あまりそういう旅行記無いと思うので。。。)<br /><br />今となっては自分のスマホにも地図アプリの他にも宿予約サイト・翻訳アプリなどが詰まっている。。。<br /><br />今は安宿まで予約を入れてしまう時代となり、どんどん自分達で旅の可能性を狭めていってしまっているのかも知れない。。。ネットが発達したからって便利になれど、希少な体験が増えたり行動範囲が特に広がっているとも思えないし。。<br /><br />なので、この旅行記はそういう旅を心底楽しんでいた自分へのレクイエムと、これからの時代には中々味わえない先の分からないワクワク感の強い旅を、読んでくれた人がヴァーチャル・リアリティ的に楽しんでもらえれば幸いです。<br /><br />旅の内容は一人旅で非常に濃く、前半の中国入国から西安まではおとなし目の普通の個人旅行といった感じですが、敦煌辺りの中国の後半から中央アジアに入ると旅はドンドン波乱に満ちてきて、ヒッチハイクからの縁を中心に名も知らぬ村でのローカル民家滞在や山奥でのキャンプ、荒野で食べ物・飲み物なくなり遊牧民に助けられたり、どこかの結婚式にいきなり合流、などの出来事の連続でローカル文化との濃~~~い触れ合いの連続で延々と終わらないジェットコースターに乗ってしまったような非現実感の強い空間をフワフワしてました。<br /><br />旅中に出会い一緒に行動し、色んなハプニングや漫画のような体験を沢山共にした、濃~~いキャラクターの色んな国の旅人達も多々登場?<br /><br /><br />そんな人生の大きな思い出の旅の軌跡を少しずつアップして行きたいと思います。<br /><br />旅の始めはウォーミングアップとしてシンガポールに3泊して、ベトナムに渡り日本からの友人と数日過ごした後中国に渡りそこから本格的な一人旅が始まったので、今回はシンガポールとベトナムは省きます。<br /><br /><br />第13弾は、劇的な展開が思い出深いカザフスタンを出国して次なる国・キルギスタンに入国します。<br /><br />そこでずっと一緒に濃~~~~~い体験を共にしてきたスイスコンビと別れを告げ、また違う旅人との再会から新たな旅のパートナーを得て、いきなりキルギスの深部の外国人旅行者の全くいない小さな村に滞在しちゃいます。。<br />また新しいステージの波乱に満ちた旅が始まりました。

スマホ無しの冒険 シルクロード行き当たりばったり旅⑬カザフスタンからキルギス入国して小さな楽園を発見

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2011/04/28 - 2011/09/03

147位(同エリア206件中)

DavePerthさん

2011年にオーストラリアの永住権取得記念として、夢だったシルクロードを中心とした旅の記録。
4か月以上に渡る旅で、シンガポールからスタートし、ベトナムから陸路で中国に渡り、中国の南部から広東省・北京を経て中国横断を開始し、そのまま中央アジアのカザフスタン・キルギスタン・ウズベキスタンと続いて行った旅だった。

この旅がスマホや翻訳・地図アプリなどに一切頼らない、最後の時だったと思うので、自分にとっても本当に貴重な体験が多かった、最後の聖戦でした。

《ちょうど2011年はスマホへの移り変わりが加速していく変換期だったと思いますが(自分は2012年からスマホを使用)、この旅ではスマホを使用していなかったので、最後のネット情報にも一切頼らない、その場で切り開いていくスタイルの旅だったのでかなり行き当たりばったりで、それが故に色んなハプニングやローカルの人達・他の色々な国の旅人達との濃~~いエピソードに溢れまくってます。》

出会った人達との、楽しかったり迷惑だったり恥ずかしかったりした色々なハプニングやエピソードのことなども折角なので隠さず赤裸々に書いて行きたいと思います。(最近あまりそういう旅行記無いと思うので。。。)

今となっては自分のスマホにも地図アプリの他にも宿予約サイト・翻訳アプリなどが詰まっている。。。

今は安宿まで予約を入れてしまう時代となり、どんどん自分達で旅の可能性を狭めていってしまっているのかも知れない。。。ネットが発達したからって便利になれど、希少な体験が増えたり行動範囲が特に広がっているとも思えないし。。

なので、この旅行記はそういう旅を心底楽しんでいた自分へのレクイエムと、これからの時代には中々味わえない先の分からないワクワク感の強い旅を、読んでくれた人がヴァーチャル・リアリティ的に楽しんでもらえれば幸いです。

旅の内容は一人旅で非常に濃く、前半の中国入国から西安まではおとなし目の普通の個人旅行といった感じですが、敦煌辺りの中国の後半から中央アジアに入ると旅はドンドン波乱に満ちてきて、ヒッチハイクからの縁を中心に名も知らぬ村でのローカル民家滞在や山奥でのキャンプ、荒野で食べ物・飲み物なくなり遊牧民に助けられたり、どこかの結婚式にいきなり合流、などの出来事の連続でローカル文化との濃~~~い触れ合いの連続で延々と終わらないジェットコースターに乗ってしまったような非現実感の強い空間をフワフワしてました。

旅中に出会い一緒に行動し、色んなハプニングや漫画のような体験を沢山共にした、濃~~いキャラクターの色んな国の旅人達も多々登場?


そんな人生の大きな思い出の旅の軌跡を少しずつアップして行きたいと思います。

旅の始めはウォーミングアップとしてシンガポールに3泊して、ベトナムに渡り日本からの友人と数日過ごした後中国に渡りそこから本格的な一人旅が始まったので、今回はシンガポールとベトナムは省きます。


第13弾は、劇的な展開が思い出深いカザフスタンを出国して次なる国・キルギスタンに入国します。

そこでずっと一緒に濃~~~~~い体験を共にしてきたスイスコンビと別れを告げ、また違う旅人との再会から新たな旅のパートナーを得て、いきなりキルギスの深部の外国人旅行者の全くいない小さな村に滞在しちゃいます。。
また新しいステージの波乱に満ちた旅が始まりました。

旅行の満足度
5.0
観光
4.5
ホテル
5.0
グルメ
4.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス
旅行の手配内容
個別手配

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  • 《さんざん世話になった救世主・Elranとの別れ》<br /><br />もう既に住み慣れてしまった英雄・Elran宅でカザフスタン最後の夜を過ごした翌朝は7:30頃起きてElranとお別れをして、スイスコンビのヘイドリアンとビクトールと共にキルギスタン行きのバスターミナルに向かった。<br /><br />それにしても最後の最後までElranにはお世話になったな。<br /><br />彼に反対されながらも絶対あの国境を越えてみせる!と息巻いて出て行って、結局ホウホウの体で帰って来た俺達を再び暖かく迎え入れ、最後まで色々と世話を焼いてくれた寛大さと友情には感謝してもしきれない。<br /><br />そしてこのスイスコンビは“おう、またな!”的な軽いノリでお別れしているが、一体どこまで感謝をしているのだろう?<br /><br />それとも感謝という言葉がスイスには存在していないのだろうか? <br /><br /><br />意外と2人共実は極度の照れ屋で、心の奥底では泣いているのかもしれない!?、、いやそれはないか。。。<br /><br /><br />まーとにかく俺はメチャ感謝してるよ、お前は最高の男前だ!Elran!!

    《さんざん世話になった救世主・Elranとの別れ》

    もう既に住み慣れてしまった英雄・Elran宅でカザフスタン最後の夜を過ごした翌朝は7:30頃起きてElranとお別れをして、スイスコンビのヘイドリアンとビクトールと共にキルギスタン行きのバスターミナルに向かった。

    それにしても最後の最後までElranにはお世話になったな。

    彼に反対されながらも絶対あの国境を越えてみせる!と息巻いて出て行って、結局ホウホウの体で帰って来た俺達を再び暖かく迎え入れ、最後まで色々と世話を焼いてくれた寛大さと友情には感謝してもしきれない。

    そしてこのスイスコンビは“おう、またな!”的な軽いノリでお別れしているが、一体どこまで感謝をしているのだろう?

    それとも感謝という言葉がスイスには存在していないのだろうか? 


    意外と2人共実は極度の照れ屋で、心の奥底では泣いているのかもしれない!?、、いやそれはないか。。。


    まーとにかく俺はメチャ感謝してるよ、お前は最高の男前だ!Elran!!

  • サイランのバスターミナルは大小のバスが所狭しと佃煮のように並んでおり、最初どれに乗ったらいいのかさっぱり分からなかったが、人に聞いたりしてすぐにビシュケク行きの乗合いバスは見つかった。<br /><br /><br />*写真:サイランバスターミナル。ここからキルギスタンへの旅が始まる。ただ、ゴチャゴチャしすぎている。。。

    サイランのバスターミナルは大小のバスが所狭しと佃煮のように並んでおり、最初どれに乗ったらいいのかさっぱり分からなかったが、人に聞いたりしてすぐにビシュケク行きの乗合いバスは見つかった。


    *写真:サイランバスターミナル。ここからキルギスタンへの旅が始まる。ただ、ゴチャゴチャしすぎている。。。

  • 《再びカオスな国境越え》<br /><br />そう、今日はいよいよカザフスタンから出て、立派に王道の国境を正規のルートで越えて堂々とキルギスタンに入国してしまう日なのである。<br /><br />バスはハイエースサイズのミニバスで、案の定人も荷物もギュウギュウに積み込むのだが、国境までは割とスムーズに2時間程でついてしまった。<br /> <br /><br />ただ勿論この陸路の国境はテクノロジーの存在は皆無で、全て手動式で一人一人に時間が掛る。<br /><br />またここは一応国と国を結ぶ公的機関であるにも関わらず、地元民には列を作って並ぶという概念が存在して無いのか、皆鬼のような形相で押し合いもみくちゃになってろくに出国審査もせずに通過していく。<br /><br /><br />どうなってるんだ、彼らの出入国は?ジプシー扱いか?<br /> <br /><br />ただ俺達旅人には一人一人にえらく時間が掛かり、出国審査を終えようやくキルギスタン側へ。<br /><br />よくキルギスタンの国境では賄賂払うまで入国させなかったり、荷物検査を無理やりして係員が荷物を盗んだりといった噂がこの辺の旅人の間で話題になるが、今回は特にそういったトラブルもなくただ猥雑な国境を、ほこりまみれになりながら通過出来た。<br /> <br /><br />再びバスで走っているとキルギスタンの首都・ビシュケクの街が見えて来た。人々の顔つきはカザフ人ともよく似ていた(となりだから当たり前か)。

    《再びカオスな国境越え》

    そう、今日はいよいよカザフスタンから出て、立派に王道の国境を正規のルートで越えて堂々とキルギスタンに入国してしまう日なのである。

    バスはハイエースサイズのミニバスで、案の定人も荷物もギュウギュウに積み込むのだが、国境までは割とスムーズに2時間程でついてしまった。


    ただ勿論この陸路の国境はテクノロジーの存在は皆無で、全て手動式で一人一人に時間が掛る。

    またここは一応国と国を結ぶ公的機関であるにも関わらず、地元民には列を作って並ぶという概念が存在して無いのか、皆鬼のような形相で押し合いもみくちゃになってろくに出国審査もせずに通過していく。


    どうなってるんだ、彼らの出入国は?ジプシー扱いか?


    ただ俺達旅人には一人一人にえらく時間が掛かり、出国審査を終えようやくキルギスタン側へ。

    よくキルギスタンの国境では賄賂払うまで入国させなかったり、荷物検査を無理やりして係員が荷物を盗んだりといった噂がこの辺の旅人の間で話題になるが、今回は特にそういったトラブルもなくただ猥雑な国境を、ほこりまみれになりながら通過出来た。


    再びバスで走っているとキルギスタンの首都・ビシュケクの街が見えて来た。人々の顔つきはカザフ人ともよく似ていた(となりだから当たり前か)。

  • ビシュケクの中心街。<br /><br />首都とはいえ、こじんまりしている。

    ビシュケクの中心街。

    首都とはいえ、こじんまりしている。

  • 《唐突に訪れた別れ》<br /><br />そしてとりあえず宿を取ろうという事で近くにありそうな“さくらゲストハウス”という宿に向かった。ここはロンリープラネットでも地球の歩き方でも推薦されている宿らしく、宿の経営者は旦那が生粋の日本人、妻が日本語・英語ペラペラのキルギス人である。<br /><br />中に入ると庭には小さいながらプールがあり、建物も外観は赤い屋根が小奇麗で、中のドミトリーは靴を脱ぐ決まりなので床も綺麗だった。早速俺はパスポートを見せチェックインすることにしたが、何やらスイスコンビが揉めている。。<br /><br />何と彼らはやっぱりここに留まらずにこのままビシュケクを出て、山の方にダイレクトに行き、またすぐトレッキングを再開するらしい。俺も一緒に行こうと言われ迷いが生じたが、正直すぐトレッキングというのはきつく、今はちょっとこのビシュケクでゆっくりしながらこのキルギスタンではどうしようか考えたかった。<br /><br />また、俺の装備では今後ますます奥へ入って行く2人に迷惑が掛かりそうだし、俺もまたトレッキングはこのキルギスタンでするつもりだが、自分のペースで決めて動きたくなった。<br /><br />『久々に一人になりたいという気持ちと、なんだかんだ言って彼らと中国から色んな事があり、無茶苦茶な思い出を共有し、別れるのは寂しいと思う気持ちが複雑に入り混じったが、やはり一旦仕切り直ししたかったので俺はここに留まる事にした。』<br /> <br /><br />ビクトールに”本当にいいんだな?後悔しない?“と確認されたがやはり俺の考えは変わらなかった。<br /><br />ただいざ別れるとなると一気に思い出が溢れ出て来て、感情もマグマのように吹き上がりやっぱり一緒に行く、と口が開きかけたが思いとどまりそのまま見送った。。<br /> <br /><br />約2週間以上一緒にいたことになるが、本当に彼らと過ごしたこの2週間強の期間は、ウルムチのディスコに始まり、国境越えのバス移動からElran宅、現地女子、そしてトレッキング&ヒッチハイク&遊牧民のテント突撃訪問などの出来事とハプニングの目白押しでこんなに濃い2週間は無いんじゃないかと思うほど思い出が詰まっている。<br /><br />また、どこかで再会出来たらいいなと願う。今までの色んな旅の経験の中でもここまで欧米、いや日本人でも旅中にあった他の旅人と長く一緒に旅したことはなかったので、色んな意味で学ぶ事もあり面白かった!<br /><br /><br />いや、お互いに良い旅を! 

    《唐突に訪れた別れ》

    そしてとりあえず宿を取ろうという事で近くにありそうな“さくらゲストハウス”という宿に向かった。ここはロンリープラネットでも地球の歩き方でも推薦されている宿らしく、宿の経営者は旦那が生粋の日本人、妻が日本語・英語ペラペラのキルギス人である。

    中に入ると庭には小さいながらプールがあり、建物も外観は赤い屋根が小奇麗で、中のドミトリーは靴を脱ぐ決まりなので床も綺麗だった。早速俺はパスポートを見せチェックインすることにしたが、何やらスイスコンビが揉めている。。

    何と彼らはやっぱりここに留まらずにこのままビシュケクを出て、山の方にダイレクトに行き、またすぐトレッキングを再開するらしい。俺も一緒に行こうと言われ迷いが生じたが、正直すぐトレッキングというのはきつく、今はちょっとこのビシュケクでゆっくりしながらこのキルギスタンではどうしようか考えたかった。

    また、俺の装備では今後ますます奥へ入って行く2人に迷惑が掛かりそうだし、俺もまたトレッキングはこのキルギスタンでするつもりだが、自分のペースで決めて動きたくなった。

    『久々に一人になりたいという気持ちと、なんだかんだ言って彼らと中国から色んな事があり、無茶苦茶な思い出を共有し、別れるのは寂しいと思う気持ちが複雑に入り混じったが、やはり一旦仕切り直ししたかったので俺はここに留まる事にした。』


    ビクトールに”本当にいいんだな?後悔しない?“と確認されたがやはり俺の考えは変わらなかった。

    ただいざ別れるとなると一気に思い出が溢れ出て来て、感情もマグマのように吹き上がりやっぱり一緒に行く、と口が開きかけたが思いとどまりそのまま見送った。。


    約2週間以上一緒にいたことになるが、本当に彼らと過ごしたこの2週間強の期間は、ウルムチのディスコに始まり、国境越えのバス移動からElran宅、現地女子、そしてトレッキング&ヒッチハイク&遊牧民のテント突撃訪問などの出来事とハプニングの目白押しでこんなに濃い2週間は無いんじゃないかと思うほど思い出が詰まっている。

    また、どこかで再会出来たらいいなと願う。今までの色んな旅の経験の中でもここまで欧米、いや日本人でも旅中にあった他の旅人と長く一緒に旅したことはなかったので、色んな意味で学ぶ事もあり面白かった!


    いや、お互いに良い旅を! 

  • *写真:さくらゲストハウスの裏通り。中心街を一歩離れれば、首都とはいえろくに舗装もされていないほどのどか。<br /><br /><br />《そして偶然の再会》<br /><br />そして気分転換に宿の周りをウロウロしてスーパーで飯食って宿に戻ると、6人部屋の同部屋に日本人のチャリダーの男の子がやって来て、彼はもう3年くらいチャリで世界を回ってるらしい。<br /><br />この季節このルートはチャリダーが世界中からたくさんいるという事だが、確かに何人かに俺も会っている。いつか自分もチャリで長旅をしてみたいと思う。

    *写真:さくらゲストハウスの裏通り。中心街を一歩離れれば、首都とはいえろくに舗装もされていないほどのどか。


    《そして偶然の再会》

    そして気分転換に宿の周りをウロウロしてスーパーで飯食って宿に戻ると、6人部屋の同部屋に日本人のチャリダーの男の子がやって来て、彼はもう3年くらいチャリで世界を回ってるらしい。

    この季節このルートはチャリダーが世界中からたくさんいるという事だが、確かに何人かに俺も会っている。いつか自分もチャリで長旅をしてみたいと思う。

  • 夜になり疲れていた俺はぐっすり眠っていたのだが、夜中寝ている俺の膝を誰かたたく奴がいると思って暗闇の中目を開けると、見覚えのある顔が目の前にあった。<br /><br />それはあの中国・敦煌で出会い、ウルムチでも行動を共にしあの&quot;スイスコンビとの&quot;ウルムチディスコ事変&quot;を共有した、イスラエル人のマタンだった。?<br /><br />何と偶然な事か!<br /><br />彼はこの夜中の1時過ぎにたまたま同じ宿にチェックインし、たまたま同じ部屋の残りひとつ空いていたベッドをあてがわれたらしい。<br /><br />そういえば中国を出る前に彼はカザフスタン経由ではなくウルムチの西南のカシュガルという中国西端の街経由で、キルギスタンに行くからもしかしたら現地で会うかもね、とはいってたもののこんな形であのスイスコンビ2人と別れた直後に再会するとは!いやはや本当旅は面白い。<br /><br /><br />あの&quot;ウルムチディスコ・四銃士&quot;がこういった形で複雑に絡み合うとは。<br /><br />これはキルギスタンも面白くなりそうだ。しかし、この真っ暗な中よく俺だと認識出来たな。。

    夜になり疲れていた俺はぐっすり眠っていたのだが、夜中寝ている俺の膝を誰かたたく奴がいると思って暗闇の中目を開けると、見覚えのある顔が目の前にあった。

    それはあの中国・敦煌で出会い、ウルムチでも行動を共にしあの"スイスコンビとの"ウルムチディスコ事変"を共有した、イスラエル人のマタンだった。?

    何と偶然な事か!

    彼はこの夜中の1時過ぎにたまたま同じ宿にチェックインし、たまたま同じ部屋の残りひとつ空いていたベッドをあてがわれたらしい。

    そういえば中国を出る前に彼はカザフスタン経由ではなくウルムチの西南のカシュガルという中国西端の街経由で、キルギスタンに行くからもしかしたら現地で会うかもね、とはいってたもののこんな形であのスイスコンビ2人と別れた直後に再会するとは!いやはや本当旅は面白い。


    あの"ウルムチディスコ・四銃士"がこういった形で複雑に絡み合うとは。

    これはキルギスタンも面白くなりそうだ。しかし、この真っ暗な中よく俺だと認識出来たな。。

  • 《カザフスタンのトランジットビザ申請》<br /><br />翌日は同じ宿に泊まっているオランダ人のおばちゃん2人組とマタンと4人でタクシーをシェアしてカザフスタン大使館に行く事にした。<br /><br />なぜ俺は既に行って来たカザフスタンの大使館に用があるかというと、キルギスタンを回った後俺もマタンも次はウズベキスタンに行く予定である。そしてウズベキスタンに北回りで入る場合は、再度カザフスタンに一瞬だけ入国する必要があるのでトランジットビザが必要なのである。<br /><br />このオランダ人のおばちゃん達はまだカザフスタンに行っていないのでこれから行くらしい。途中ビザ用の写真が無いことを思い出し、町に戻り写真を撮ってから大使館に行くと、旅行者の列が出来ており少し待ったがウルムチの時と違い人々が並んでいるだけましだと思った。<br /><br />ただ当日はビザが発行出来ないのでパスポートを預ける形になった。明日出来るらしい、本当か?<br /><br /><br />《ベジタリアンに厳しい中央アジア》<br /><br />腹が減っていたので町でランチを食べたが、肉と玉ねぎの炒め物は日本人の口にも合う感じで美味かった。ただマタンはベジタリアンの料理を頼んだが、通じてなかったのか肉が入っていた。<br /><br />このマタンはベジタリアンなので中国でも中国人に書いてもらった中国語で、“私はベジタリアンです‘と記入されたメモを常に持ち歩いていたが、この中央アジアではそもそも皆朝から晩まで肉を食い、およそベジタリアンとはなんぞや?といった食文化なのでこいつにはこれから厳しい環境が待っているだろう。。<br /><br />そしてその弊害がこれから一緒に旅をする俺にまで多々及んでくるとはこの時は思いもしなかった。<br /><br />【ただこの時は、こいつは何でベジタリアンなんだ! 面倒くせぇなー、、、くらいに軽く考えていたが、その後マタンが後天的にベジタリアンになった秘密を、奴の言動から色々と頭を働かせて探っていく事になるとはこの時は考えてもいなかった。。。】<br /> <br /> <br />そして宿の近くでスーパーに寄り、食材やビールを買って帰った。その後宿ではひたすらまったりとしていた。

    《カザフスタンのトランジットビザ申請》

    翌日は同じ宿に泊まっているオランダ人のおばちゃん2人組とマタンと4人でタクシーをシェアしてカザフスタン大使館に行く事にした。

    なぜ俺は既に行って来たカザフスタンの大使館に用があるかというと、キルギスタンを回った後俺もマタンも次はウズベキスタンに行く予定である。そしてウズベキスタンに北回りで入る場合は、再度カザフスタンに一瞬だけ入国する必要があるのでトランジットビザが必要なのである。

    このオランダ人のおばちゃん達はまだカザフスタンに行っていないのでこれから行くらしい。途中ビザ用の写真が無いことを思い出し、町に戻り写真を撮ってから大使館に行くと、旅行者の列が出来ており少し待ったがウルムチの時と違い人々が並んでいるだけましだと思った。

    ただ当日はビザが発行出来ないのでパスポートを預ける形になった。明日出来るらしい、本当か?


    《ベジタリアンに厳しい中央アジア》

    腹が減っていたので町でランチを食べたが、肉と玉ねぎの炒め物は日本人の口にも合う感じで美味かった。ただマタンはベジタリアンの料理を頼んだが、通じてなかったのか肉が入っていた。

    このマタンはベジタリアンなので中国でも中国人に書いてもらった中国語で、“私はベジタリアンです‘と記入されたメモを常に持ち歩いていたが、この中央アジアではそもそも皆朝から晩まで肉を食い、およそベジタリアンとはなんぞや?といった食文化なのでこいつにはこれから厳しい環境が待っているだろう。。

    そしてその弊害がこれから一緒に旅をする俺にまで多々及んでくるとはこの時は思いもしなかった。

    【ただこの時は、こいつは何でベジタリアンなんだ! 面倒くせぇなー、、、くらいに軽く考えていたが、その後マタンが後天的にベジタリアンになった秘密を、奴の言動から色々と頭を働かせて探っていく事になるとはこの時は考えてもいなかった。。。】


    そして宿の近くでスーパーに寄り、食材やビールを買って帰った。その後宿ではひたすらまったりとしていた。

  • 《さくらゲストハウスにて》<br /><br />この宿のオーナーは前出の通り日本人の旦那とキルギス人の夫婦だが、旦那は若い頃バックパッカーで世界中を回ってたらしく、休みになると未だに家族でタイの無人島に行き魚などを焼いたりしてキャンプしてるらしい。<br /><br />基本仕事は嫁に任せてる感じで本人はフラフラしてる。<br /><br />ただここの子供達は本当に可愛かった。いってみればハーフなのだが、キルギスタン生まれにも関わらず、嫁が日本語を流暢に話すからなのか2人共流暢に日本語を話せた。<br /><br />2人共女の子で、小学校4・5年生くらいのお姉ちゃんと2年生くらいの妹。キルギス人も少し日本人に似てるからなのか、娘の見た目は2人共日本人そのまんま。<br /><br />一緒にプールで遊んだが、人懐っこくて俺の事を”おじさん“ではなく”お兄さん”と呼んでいたので更に可愛さが増した。<br /><br />ただここの嫁は滞在客にもアグレッシブで嫌な感じだ。<br /><br />チャリダーの欧米人達に足が臭いから何とかしろ、的な事を本人達に強く要求しているのを見て、とてもロンリープラネットで推薦されているような、“非常に暖かいアットホームな宿”とは言い難い。。。<br /><br /><br />*皆で食事をシェアしようという事になり、オランダ人カップル?達と一緒に料理を作る。ただし、マタンは野菜しか食べられない。。。

    《さくらゲストハウスにて》

    この宿のオーナーは前出の通り日本人の旦那とキルギス人の夫婦だが、旦那は若い頃バックパッカーで世界中を回ってたらしく、休みになると未だに家族でタイの無人島に行き魚などを焼いたりしてキャンプしてるらしい。

    基本仕事は嫁に任せてる感じで本人はフラフラしてる。

    ただここの子供達は本当に可愛かった。いってみればハーフなのだが、キルギスタン生まれにも関わらず、嫁が日本語を流暢に話すからなのか2人共流暢に日本語を話せた。

    2人共女の子で、小学校4・5年生くらいのお姉ちゃんと2年生くらいの妹。キルギス人も少し日本人に似てるからなのか、娘の見た目は2人共日本人そのまんま。

    一緒にプールで遊んだが、人懐っこくて俺の事を”おじさん“ではなく”お兄さん”と呼んでいたので更に可愛さが増した。

    ただここの嫁は滞在客にもアグレッシブで嫌な感じだ。

    チャリダーの欧米人達に足が臭いから何とかしろ、的な事を本人達に強く要求しているのを見て、とてもロンリープラネットで推薦されているような、“非常に暖かいアットホームな宿”とは言い難い。。。


    *皆で食事をシェアしようという事になり、オランダ人カップル?達と一緒に料理を作る。ただし、マタンは野菜しか食べられない。。。

  • そしてオランダ人のおばちゃん達と今晩料理をシェアする約束をしていたので、晩飯を共同キッチンで作り皆で食べ、飲んだ。<br /><br />このオランダ人のおばちゃん2人組は一人が約60歳、もう一人も50代といった感じで、職場の元同僚でもう30年近く毎年休暇を合わせて世界各地を旅行してるらしい。<br /><br />それにしてもこのおばちゃん達はおそらくというか絶対レズビアンカップルなんだろうな、向こうから言って来ないので特に聞きはしないけど。。<br /><br /><br />*料理が完成したら、皆でシェアディナー。今後の嵐のような怒涛の旅の前のつかの間の休息だった。。。

    そしてオランダ人のおばちゃん達と今晩料理をシェアする約束をしていたので、晩飯を共同キッチンで作り皆で食べ、飲んだ。

    このオランダ人のおばちゃん2人組は一人が約60歳、もう一人も50代といった感じで、職場の元同僚でもう30年近く毎年休暇を合わせて世界各地を旅行してるらしい。

    それにしてもこのおばちゃん達はおそらくというか絶対レズビアンカップルなんだろうな、向こうから言って来ないので特に聞きはしないけど。。


    *料理が完成したら、皆でシェアディナー。今後の嵐のような怒涛の旅の前のつかの間の休息だった。。。

  • 《キルギスの田舎を目指せ!東へ!東へ!》<br /><br />翌日マタンと田舎の方に向けて出発することにした。<br /><br />実はカザフ大使館にパスポートを預けっぱなしになってしまうのだが、地方はパスポートを提示することなどないだろう、という浅はかな考えで2人共パスポート無しで出発することにした。<br /><br />朝食を食べて、バスターミナルまで向かったが、ローカルバスは朝のせいかギュウギュウで狭くほぼスペースがなかった。<br /><br />ターミナルでチョロンボンという町まで250ソムであったので、その手前のタムチーという所まで行きたかったので、230ソムで合意しバスを待っている間に近くの食堂で飯を食った。<br /> <br />そこでも日本人というと”サムライ“”ニンジャ“などと声が掛かり、ここキルギスタンでも日本のイメージはそんな感じみたいだ。<br /><br /><br />*乗り合いバスが集まるターミナル。ここではタイムスケジュールなどない。。。

    《キルギスの田舎を目指せ!東へ!東へ!》

    翌日マタンと田舎の方に向けて出発することにした。

    実はカザフ大使館にパスポートを預けっぱなしになってしまうのだが、地方はパスポートを提示することなどないだろう、という浅はかな考えで2人共パスポート無しで出発することにした。

    朝食を食べて、バスターミナルまで向かったが、ローカルバスは朝のせいかギュウギュウで狭くほぼスペースがなかった。

    ターミナルでチョロンボンという町まで250ソムであったので、その手前のタムチーという所まで行きたかったので、230ソムで合意しバスを待っている間に近くの食堂で飯を食った。

    そこでも日本人というと”サムライ“”ニンジャ“などと声が掛かり、ここキルギスタンでも日本のイメージはそんな感じみたいだ。


    *乗り合いバスが集まるターミナル。ここではタイムスケジュールなどない。。。

  • そしてバスはやはりギュウギュウで、前のおじさんが少し英語を解すのかどこから来たのか?とか色々話しかけてきて、それを機に乗客は皆こちらに興味を示してきたので、ここでもカザフスタン同様旅人に対して積極的そうな印象を受けた。<br /><br />途中の休憩した所では山に囲まれたハイウェイのど真ん中で、すごく青空と山のコントラストが綺麗でこれからの素晴らしい旅を予感させる。<br /><br />そこで合ったポーランドからの3人組の女の子達がトレッキング目的地のカラコルから帰って来てて、すごく良かったと言っていた。我々もそっち方面に行くつもりなので楽しみだ!<br /><br /><br />*キルギスタンはカザフスタンよりも山々しい景色が全体的に多い。

    そしてバスはやはりギュウギュウで、前のおじさんが少し英語を解すのかどこから来たのか?とか色々話しかけてきて、それを機に乗客は皆こちらに興味を示してきたので、ここでもカザフスタン同様旅人に対して積極的そうな印象を受けた。

    途中の休憩した所では山に囲まれたハイウェイのど真ん中で、すごく青空と山のコントラストが綺麗でこれからの素晴らしい旅を予感させる。

    そこで合ったポーランドからの3人組の女の子達がトレッキング目的地のカラコルから帰って来てて、すごく良かったと言っていた。我々もそっち方面に行くつもりなので楽しみだ!


    *キルギスタンはカザフスタンよりも山々しい景色が全体的に多い。

  • そしてバスは進みタムチーに近づいてきたら、右前の座席の綺麗な女の人やその前のおばちゃん達が一体タムチーで何をするのか?と聞いてきたりして色々コミュニケーションを取った。<br /><br /><br /><br />そういえばタムチーって何があるんだ?<br /><br /><br />タムチーは首都ビシュケクから東に横長に伸びる、イシクル湖の北側のビーチ沿いにある小さな村で、ロンリープラネットにもかろうじて記載がある程度だ。そしてマタンが持っているいつのだか分からないロンリープラネットのコピーには、一応宿が一軒あると記載している。<br /><br />ま、最悪寝床は俺が持っているテントでも良いのだが、例の右前の座席の綺麗な人が我々を心配して、その唯一と思われるホテルとコンタクト取ろうと頑張ってくれたが電話は繋がらなかったようだ。

    そしてバスは進みタムチーに近づいてきたら、右前の座席の綺麗な女の人やその前のおばちゃん達が一体タムチーで何をするのか?と聞いてきたりして色々コミュニケーションを取った。



    そういえばタムチーって何があるんだ?


    タムチーは首都ビシュケクから東に横長に伸びる、イシクル湖の北側のビーチ沿いにある小さな村で、ロンリープラネットにもかろうじて記載がある程度だ。そしてマタンが持っているいつのだか分からないロンリープラネットのコピーには、一応宿が一軒あると記載している。

    ま、最悪寝床は俺が持っているテントでも良いのだが、例の右前の座席の綺麗な人が我々を心配して、その唯一と思われるホテルとコンタクト取ろうと頑張ってくれたが電話は繋がらなかったようだ。

  • そのまま乗客の皆と別れタムチーで降りる俺達。<br /><br />見渡したところかなり田舎の村で、家がポツンポツンと並んでいるだけで他は家畜や畑があり、その奥に山が広がっているだけ。<br /><br />他に外人旅行者など全くいない感じ。という事はホテルなんてあるんだろうか?と思いながら適当に村を歩いていると前方に湖が見えて来た。これがイシクル湖か!なんか綺麗そうでビーチもあるぞ!<br /><br /><br />*写真:これがタムチ―村一番の繁華街のジャンクション。誰もいない。。。

    そのまま乗客の皆と別れタムチーで降りる俺達。

    見渡したところかなり田舎の村で、家がポツンポツンと並んでいるだけで他は家畜や畑があり、その奥に山が広がっているだけ。

    他に外人旅行者など全くいない感じ。という事はホテルなんてあるんだろうか?と思いながら適当に村を歩いていると前方に湖が見えて来た。これがイシクル湖か!なんか綺麗そうでビーチもあるぞ!


    *写真:これがタムチ―村一番の繁華街のジャンクション。誰もいない。。。

  • 《いきなりローカルハウスに滞在》<br /><br />しかし今は宿探しが優先なので歩き続けていると、子供が手を振ってきたり村人達が奇異の目で眺めてきたりするので、やはりこんな何もない所に来る外人は殆どいないらしい。<br /><br />*タムチ―村の子供たち。素朴で可愛い。

    《いきなりローカルハウスに滞在》

    しかし今は宿探しが優先なので歩き続けていると、子供が手を振ってきたり村人達が奇異の目で眺めてきたりするので、やはりこんな何もない所に来る外人は殆どいないらしい。

    *タムチ―村の子供たち。素朴で可愛い。

  • そして迷いながらロンリープラネットにホテルがあるとなっている場所(この村の地図も相当いい加減だった)に辿り着いても、なにやら変な城みたいな古い建物があるが、そこは廃墟になっており人のいる気配など全くない。。<br /><br />すると俺達の様子を見ていた30代くらいの女性がこちらにやってきて、カタコトの英語で、”泊まるところを探してるの?“と聞いてきたのでそうだというと、”家にこないか?“と提案してくる。<br /><br />ただカザフスタンの時とは違いいくらかのお礼が必要みたいなので、一泊二人で400ソム(約400円)でその女性・ライアの家に泊めてもらう事にした。

    そして迷いながらロンリープラネットにホテルがあるとなっている場所(この村の地図も相当いい加減だった)に辿り着いても、なにやら変な城みたいな古い建物があるが、そこは廃墟になっており人のいる気配など全くない。。

    すると俺達の様子を見ていた30代くらいの女性がこちらにやってきて、カタコトの英語で、”泊まるところを探してるの?“と聞いてきたのでそうだというと、”家にこないか?“と提案してくる。

    ただカザフスタンの時とは違いいくらかのお礼が必要みたいなので、一泊二人で400ソム(約400円)でその女性・ライアの家に泊めてもらう事にした。

  • 家は村の中心のジャンクション、と言っても村に唯一のレストランがあるコーナーの事で、特に信号があるわけでもないのだが、そのジャンクションのすぐ近くにあった。家の前のスペースで洋服を売っており、そこを抜けて敷地に入ると家は大きく綺麗だった。<br /><br />*ライヤ家の前の目抜き通り。どれくれい服売れるのだろうか。。?

    家は村の中心のジャンクション、と言っても村に唯一のレストランがあるコーナーの事で、特に信号があるわけでもないのだが、そのジャンクションのすぐ近くにあった。家の前のスペースで洋服を売っており、そこを抜けて敷地に入ると家は大きく綺麗だった。

    *ライヤ家の前の目抜き通り。どれくれい服売れるのだろうか。。?

  • ライヤの家の中庭。結構広くて綺麗。

    ライヤの家の中庭。結構広くて綺麗。

  • 中庭が綺麗で大きく、そこで3人の男の子たちが中庭の真ん中の芝の上にポンとある風呂に入って遊んでいる。<br /><br />男の子達を見るとちょっと白人っぽい血が入っていそうで、あとからさっきの女性ライアと共に旦那がやってきたが、やはりロシア系だった。<br /><br />ああ、こういう組み合わせって結構あるのかな?印象ではカザフスタンでもキルギスタンでもあまり現地系とロシア系が混ざってる印象が少ないけど、この夫婦は仲良さそうで子供達もすこぶる可愛い。<br /><br />案内された部屋は一軒の離れといったところで、俺達二人が寝る分には全く問題無い広さだ。<br /><br />造りはモダンだが、部屋にはやはりカザフスタン同様あの刺繍のカラフルな独特の絨毯やクッションがある。布団カバーもそれで何か豪華な感じで寝れそうだ。

    中庭が綺麗で大きく、そこで3人の男の子たちが中庭の真ん中の芝の上にポンとある風呂に入って遊んでいる。

    男の子達を見るとちょっと白人っぽい血が入っていそうで、あとからさっきの女性ライアと共に旦那がやってきたが、やはりロシア系だった。

    ああ、こういう組み合わせって結構あるのかな?印象ではカザフスタンでもキルギスタンでもあまり現地系とロシア系が混ざってる印象が少ないけど、この夫婦は仲良さそうで子供達もすこぶる可愛い。

    案内された部屋は一軒の離れといったところで、俺達二人が寝る分には全く問題無い広さだ。

    造りはモダンだが、部屋にはやはりカザフスタン同様あの刺繍のカラフルな独特の絨毯やクッションがある。布団カバーもそれで何か豪華な感じで寝れそうだ。

  • ライア家族は今ここには住んでおらず、店を閉めると夜はちょっと離れた家に帰るので俺達だけになるらしい。なので夜自由に星空の下風呂に入る事にした。<br /><br /><br />*中庭の風呂で遊ぶ子供たち。このアウトドア風呂に後で俺達も入っちゃうのだ&#10069;&#10069;

    ライア家族は今ここには住んでおらず、店を閉めると夜はちょっと離れた家に帰るので俺達だけになるらしい。なので夜自由に星空の下風呂に入る事にした。


    *中庭の風呂で遊ぶ子供たち。このアウトドア風呂に後で俺達も入っちゃうのだ❕❕

  • その後一旦宿に戻ってから、この村で唯一CBTというキルギスタンのツーリズム協会みたいな団体に登録しているおばちゃんの家に行き、マタンがずっとやりたがっているホースライディングの値段などを聞いた。<br /><br />マタンは世界中を回ってきたのだが、このキルギスタンで何故か絶対ホースライディングをやるんだ!と意気込んでおり、これが後にまたひとつのエキセントリックなエピソードを生むことになる。

    その後一旦宿に戻ってから、この村で唯一CBTというキルギスタンのツーリズム協会みたいな団体に登録しているおばちゃんの家に行き、マタンがずっとやりたがっているホースライディングの値段などを聞いた。

    マタンは世界中を回ってきたのだが、このキルギスタンで何故か絶対ホースライディングをやるんだ!と意気込んでおり、これが後にまたひとつのエキセントリックなエピソードを生むことになる。

  • <br />《海のような湖とレストランでの出会い》<br /><br />荷物を置いて落ち着いたので村の散策に。<br /><br />ここは本当すぐそこの向かいにレストランがあるのともう一軒道の反対側にレストランがある他、一軒だけバスを降りた幹線通り沿いに小さな商店があるのみの小さな村だ。<br /><br />歩くたびに子供が手を振ってきたりしてとても平和そうに見えるが、ライアはここに泊まってることは他の人に言わないでと言っていたので、やはりこんなところでも泥棒とかはいるんだろうか?<br /><br />まーただ他人に言わないでも何も、もう既にとっくに村人達は俺達の存在を知っていると思うが。。<br /><br />そして店で菓子を買って湖でのんびりすることにした。<br /><br />湖には避暑で来ているのかロシア系の家族が2,3組いて、子供達と水の中に入り遊んでいた。俺も水着に着替え少し入っていると水は少し冷たい。近くでイスラムの女の子が水着で人前で水に入っているのを始めて見た。<br />そして湖の向こう側の奥には雪山が連なっており、ダイナミックな景色を堪能しながらの保養は本当に贅沢だ。


    《海のような湖とレストランでの出会い》

    荷物を置いて落ち着いたので村の散策に。

    ここは本当すぐそこの向かいにレストランがあるのともう一軒道の反対側にレストランがある他、一軒だけバスを降りた幹線通り沿いに小さな商店があるのみの小さな村だ。

    歩くたびに子供が手を振ってきたりしてとても平和そうに見えるが、ライアはここに泊まってることは他の人に言わないでと言っていたので、やはりこんなところでも泥棒とかはいるんだろうか?

    まーただ他人に言わないでも何も、もう既にとっくに村人達は俺達の存在を知っていると思うが。。

    そして店で菓子を買って湖でのんびりすることにした。

    湖には避暑で来ているのかロシア系の家族が2,3組いて、子供達と水の中に入り遊んでいた。俺も水着に着替え少し入っていると水は少し冷たい。近くでイスラムの女の子が水着で人前で水に入っているのを始めて見た。
    そして湖の向こう側の奥には雪山が連なっており、ダイナミックな景色を堪能しながらの保養は本当に贅沢だ。

  • この巨大な湖・イシクル湖に沿って旅していくような感じになる。<br />海のないキルギスタンではこの湖は地元民にとって海水浴場のような感じなのではないだろうか。<br /><br />ビーチもあってのんびりできる。。<br /><br />そして対岸の奥は雪をかぶった山脈群が綺麗である。<br />キルギスタンは山や自然が本当に豊富な国。<br /><br /><br />

    この巨大な湖・イシクル湖に沿って旅していくような感じになる。
    海のないキルギスタンではこの湖は地元民にとって海水浴場のような感じなのではないだろうか。

    ビーチもあってのんびりできる。。

    そして対岸の奥は雪をかぶった山脈群が綺麗である。
    キルギスタンは山や自然が本当に豊富な国。


  • *タムチ―村唯一のモスク。モスクはどんな小さな村でもありそうだ。<br /><br /><br />そして腹が減ったので、ライアの家の前のレストランで夕食を食べに行った。すると2人の若い女の子がウエイトレスでいて、嬉しいことに英語が流暢に話せた。<br /><br />どうやら大学生で、ビシュケクからこの夏の間だけバイトで来てるらしい。一人は現在アメリカに留学に行っているらしく、そっちのアクセントが強くマタンがずっと話相手をしていた。<br /><br />もう一人のとてもかわいい子は19歳のアイジャマールという名前で、例のアメリカに行ってる子とは対照的に穏やかで柔らかい感じだ。外人が殆どこない村だからか我々に興味津々で、また客も少ないのでずっとうちらの相手をしている状況だ。<br /><br />飯の方のクオリティはまあこんな辺鄙な所だからしょうがないかという物だったが、とにかくこの女の子とずっと話していて場が本当に華やいだ。このアイジャマールちゃんはこの3か月後の9月からドイツに留学に行くらしく、英語の他にもドイツ語も話せるらしい。

    *タムチ―村唯一のモスク。モスクはどんな小さな村でもありそうだ。


    そして腹が減ったので、ライアの家の前のレストランで夕食を食べに行った。すると2人の若い女の子がウエイトレスでいて、嬉しいことに英語が流暢に話せた。

    どうやら大学生で、ビシュケクからこの夏の間だけバイトで来てるらしい。一人は現在アメリカに留学に行っているらしく、そっちのアクセントが強くマタンがずっと話相手をしていた。

    もう一人のとてもかわいい子は19歳のアイジャマールという名前で、例のアメリカに行ってる子とは対照的に穏やかで柔らかい感じだ。外人が殆どこない村だからか我々に興味津々で、また客も少ないのでずっとうちらの相手をしている状況だ。

    飯の方のクオリティはまあこんな辺鄙な所だからしょうがないかという物だったが、とにかくこの女の子とずっと話していて場が本当に華やいだ。このアイジャマールちゃんはこの3か月後の9月からドイツに留学に行くらしく、英語の他にもドイツ語も話せるらしい。

  • カザフスタンでもそうだったが、これらの国の人々の語学力は極端で、田舎の方の人や中年以上は殆ど外国語を解することはなく、英語もハローすら通じないので中国以上にコミュニケーションが困難なのだが、若い、特に大学生は英語のみならず、ドイツ語やフランス語・中国語などもう1・2言語話すという人が多く、外国にとても興味があり勉強熱心だ。<br /><br />元々話す地元の言葉とロシア語に加え、英語プラスもう1言語と4か国語くらいしゃべるので、時折そういった若い連中とお互い何か国語話せるのか?という話題になった時、俺は日本語・英語のみの2か国語だと言うと、”それだけ?“ときょとんとされ驚かれるのである。<br /><br />向こうからしてみたら先進国の人間で、また旅行を色々してるのにそれしか話せないのかと不思議でならないようだが、逆に先進国の人間の方が全体的に語学力が低い人が多いように見える。<br /> <br /><br />【特に自国内で経済やTV番組、ファッション・あらゆる製品などが発達している国ではその傾向が強いと思う。何もない国の人ほど、外への関心・欲求が強く必要に迫られ自然と外国語を習得してるように思える。そして彼らにとって海外留学や海外での労働というのは、特別な事では無く当たり前の人生の選択肢になっているのである。】<br /> <br /><br />それが若い世代に顕著に出ててすごい。<br /><br />そしてふと考えたらある事実に気付き愕然とした!! <br /><br />それは、<br /><br />俺は外国語を一切話せない!<br /><br /><br />日本語は日本で生まれたから話せて当然で、英語は英語圏に移住したから話せなきゃ生活出来ないし、、、という事は俺は事実上外国語を一切話せないという事だ!<br /><br />これはやばい、オーストラリアに戻ったら勉強しないと。。この中央アジアで若い連中と多く接して刺激を貰ってるようだ。<br /> <br /><br />そしてその後も楽しく会話ははずみ俺はアイジャマールと明日の朝6:00に一緒にジョギングをする約束をしてレストランを出た。<br /><br /><br />*麗しのキルギスJDとの一枚。翌朝のジョギングデートの方はいかに。。?

    カザフスタンでもそうだったが、これらの国の人々の語学力は極端で、田舎の方の人や中年以上は殆ど外国語を解することはなく、英語もハローすら通じないので中国以上にコミュニケーションが困難なのだが、若い、特に大学生は英語のみならず、ドイツ語やフランス語・中国語などもう1・2言語話すという人が多く、外国にとても興味があり勉強熱心だ。

    元々話す地元の言葉とロシア語に加え、英語プラスもう1言語と4か国語くらいしゃべるので、時折そういった若い連中とお互い何か国語話せるのか?という話題になった時、俺は日本語・英語のみの2か国語だと言うと、”それだけ?“ときょとんとされ驚かれるのである。

    向こうからしてみたら先進国の人間で、また旅行を色々してるのにそれしか話せないのかと不思議でならないようだが、逆に先進国の人間の方が全体的に語学力が低い人が多いように見える。


    【特に自国内で経済やTV番組、ファッション・あらゆる製品などが発達している国ではその傾向が強いと思う。何もない国の人ほど、外への関心・欲求が強く必要に迫られ自然と外国語を習得してるように思える。そして彼らにとって海外留学や海外での労働というのは、特別な事では無く当たり前の人生の選択肢になっているのである。】


    それが若い世代に顕著に出ててすごい。

    そしてふと考えたらある事実に気付き愕然とした!! 

    それは、

    俺は外国語を一切話せない!


    日本語は日本で生まれたから話せて当然で、英語は英語圏に移住したから話せなきゃ生活出来ないし、、、という事は俺は事実上外国語を一切話せないという事だ!

    これはやばい、オーストラリアに戻ったら勉強しないと。。この中央アジアで若い連中と多く接して刺激を貰ってるようだ。


    そしてその後も楽しく会話ははずみ俺はアイジャマールと明日の朝6:00に一緒にジョギングをする約束をしてレストランを出た。


    *麗しのキルギスJDとの一枚。翌朝のジョギングデートの方はいかに。。?

  • 《星空の下、人生最高の露天風呂》<br /><br />そして家に戻って昼間子供達が入っていた、念願の庭風呂に入る事にした。<br /><br />中庭はもう真っ暗で頭上にには星が瞬いている。そして標高の高いキルギスタンは6月といえど夜は少し肌寒いので、この熱いお湯の風呂が最高だった。<br /><br />こんな辺鄙な村の最高に綺麗な湖のほとりの家の庭で、満点の星空を眺めながらの入浴は想像以上に素晴らしかった。<br /><br />思えば遠くへ来たもんだ、こんなキルギスタンの田舎の村で星空を眺めながら風呂なんて。。。全く現実感がない。<br /> <br />湯加減といい星空・置かれているシチュエーションと全てがパーフェクトで、今までの人生の風呂で間違いなく一番だと思う。<br /><br /><br />いやー、キルギスタンも早速やべ~~な。<br />これからどうなっていくんだろう。。<br /><br /><br />*写真:頭上には満点の星空が&#127775; 間違いなく、人生最高の風呂&#10069;&#10069;

    《星空の下、人生最高の露天風呂》

    そして家に戻って昼間子供達が入っていた、念願の庭風呂に入る事にした。

    中庭はもう真っ暗で頭上にには星が瞬いている。そして標高の高いキルギスタンは6月といえど夜は少し肌寒いので、この熱いお湯の風呂が最高だった。

    こんな辺鄙な村の最高に綺麗な湖のほとりの家の庭で、満点の星空を眺めながらの入浴は想像以上に素晴らしかった。

    思えば遠くへ来たもんだ、こんなキルギスタンの田舎の村で星空を眺めながら風呂なんて。。。全く現実感がない。

    湯加減といい星空・置かれているシチュエーションと全てがパーフェクトで、今までの人生の風呂で間違いなく一番だと思う。


    いやー、キルギスタンも早速やべ~~な。
    これからどうなっていくんだろう。。


    *写真:頭上には満点の星空が🌟 間違いなく、人生最高の風呂❕❕

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