2019/08/17 - 2019/08/17
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mimicatさん
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エジンバラやグラスゴーは大抵の人が聞いたことのある都市名だと思いますが、それに比べるとスターリングは地味。
でも、ここはかつてスコットランド王国の首都でした。
国王の居城だったスターリング城があります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日はイングランドへ戻る日。
その前に是非ともスターリング城へ行きたくて、朝一にやってきました。
すごい狭くて急な上り坂を登って、駐車場へやってきました。
朝は未だ空いてたけど、1.5時間後にはほぼ満杯でした。 -
駐車場の外のお土産屋でチケットを売っているらしいので、ちょっと戻ってゲット。
城の入り口でも売っていたので、わざわざココへ来ることもなかったかもしれないけど、城の方は結構混んでたので正解でした。 -
チケットと一緒にもらったこの地図だけが頼りよ。
2019年8月時点の入場料は、大人£16
4-9月:9:30-18:00 でした。 -
ここからの眺めはなかなかナイスでした。
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スターリング城もエジンバラ城と同じように、小高い丘の上に立っているのでアクセスは大変ですが、眺めは抜群です。
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城壁の外には14世紀初期に国王だったロバート・ザ・ブルースの銅像が立っていました。
この王様(ロバート1世)は、13世紀から始まっていたスコットランド独立戦争時にイングランドからスターリング城を奪い返すと、二度とこの城をイングランドに使われないようにと破壊してしまいました。
(何するねん!) -
なので、今あるスターリング城はほとんどが15世紀後半から16世紀に建て直されたものです。
では出発! -
人が並んでいるのはチケット売り場です。
やっぱりお土産屋で買っておいて正解だったか?
内側にも門があります。
この城の基本は、戦争に備えた砦のようですね。 -
Queen Anne Gardenから見るスターリング城。
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内側の城門をくぐってすぐの壮麗な建物は王宮(Royal Palace)。
チケットと一緒にもらった地図だけを頼りに見学開始。
でも、中は迷路のように細い通路で別の建物につながっていたりして、結構迷いました。
見所も多く、またとても広い。
時間に余裕をもって見学した方が良いです。
出来れば1~1.5時間くらいで~と思っていた私は甘すぎた。 -
向かい側には沢山の大砲。
やっぱり戦う城なんだなぁ。 -
ココから狙い撃ちか。
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王宮手前に開いたトンネル。
なんだろ。
くぐりたくなるじゃん。 -
小さな部屋がいくつもありました。
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主に子ども向けのワークショップが行われているスペースでした。
木工とか、音楽とか、図工とか。
部屋の表にこんな素敵な看板が付いていて、何のワークショップかわかるようになっていました。
ココはテイラーなので、仕立て屋さん。
そこまで本格的ではないと思うので、お裁縫かな。 -
トンネルを抜けるとここでした。
-
案内板によると、「スコットランドの軍事史でおそらく最も重要なのは、この城に近いバノックバーンでの勝利である。」
そのバノックバーンはこの絵の左側の囲みのある部分だそうです。
このお城の周りには7つの戦場があるそうです。
-12世紀にロバート1世がイングランド軍に敗北した場所「バノックバーン」
-13世紀にウィリアム・ウォレス率いるスコットランドの民衆軍が重装備のイングランド正規軍を打ち破った「スターリングブリッジの戦い」
-14世紀にロバート1世がイングランド軍に完勝した場所「バノックバーン」
等等。 -
ばーっと眺望が開けて気分が良いです。
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あのサークル、いかにもですよね。
King's Knotと書いてありました。
ちょっと調べてみたら、もともと1100年代からある王室庭園に、チャールズ1世(清教徒革命で処刑されたイングランド王)が1633年スコットランド王として戴冠する時に整えられ、1842年ビクトリア女王の命令で修復されたそうです。
後日、ウェールズのカーナーフォン城を見学するのですが、そこにも円形の場所があって、現皇太子のチャールズ王子がプリンス・オブ・ウェールズの叙位式をするときに使われたそうで、UKでは円形の場所で戴冠式を行う風習があるのかもしれませんね。(よう知らんけど) -
スターリングの街が見渡せます。
ちょっと上の広場っぽいところがバノックバーンの戦場跡らしいです。
スターリング城は12世紀にスチュアート王家の居城として建てられました。
一度破壊されて、15世紀にジェームス4世、5世の頃に再建されます。
後にこの王家からイングランド王ジェームス1世が出ますが、それは17世紀の話。 -
なんだかくるくる回って(グレートホールに入ってしまったりして)戻ってきました。
こういう迷い方するのは私たちだけなのかな? -
忍び返しのような庇。
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渡り廊下?
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チャペル・ロイヤル(Chapel Royal)。
スコットランドのスチュアート王家で有名人と言えばメアリー・スチュアート。
ドラマで有名になった(見てないのでよく知らない)そうですが、実際ドラマチックな生涯を送りました。
そのメアリーが戴冠式を行ったのがこのチャペル。
メアリースチュアート(1542~1587):在位は1542~1567。
父王ジェームス5世の死去で生まれて1週間で女王になりました。
フランスの皇太子フランソワ2世と婚約し、フランス王宮で成長。
夫の死後帰国し、以後親政。
再婚し息子を生んだのち、諸侯と改革派教会の反抗にあい、息子のジェームズ6世(後のイギリス王ジェームズ1世)に譲位。
イングランドのエリザベス1世に保護を求めたが、19年間監禁され、女王殺害を企てたとして処刑されました。 -
盛大な祝宴が催されたグレートホール(Great Hall)。
スコットランドで建設された最大の大広間。 -
では、まずは王宮から見学。
主に6つの部屋からなっています。
王と王妃用に次の3つずつの部屋があります。
Outer Hall 大きくていろんな用途に使った、ややパブリックなお部屋
Inner Hall それよりももう少し内輪な集まりに使った小ぶりなお部屋
Bedchamber ベッドが置いてありますが、側近たちとの仕事部屋でもあったそうです。 -
King's Outer Hall
2頭のユニコーンとスコットランドの旗。
この城のシンボルはユニコーンのようです。 -
King' Inner Hall
日本の格天井に似てる感じがして、天井が印象的でした。
天井はもともと「スターリング・ヘッズ」と呼ばれる美しい木製の円形プレートで飾られていたのですが、1777年に持ち去られました。
今は代わりに絵が描かれています。
この丸いところに木製の絵が飾られていた訳ですね。 -
Undiscovered Scotlandというwebサイトによると、この王宮はジェームズ5世が結婚する時に建てたそうで、彼は当初フランス王の娘マドレーヌと結婚しますが、すぐに彼女が死亡したので、翌年1538年にマドレーヌの妹のマリー・ド・ギースと再婚します。
当時スターリング城には父ジェームス4世が建てたKing's Old Buildingがありましたが、5世はフランスで見たのよりもっと良いモノがスコットランドにはあるんだぞと王妃に自慢したかったのか、新しい王宮を作る事にしたそうです。
姉ちゃんのマドレーヌの時には建てなかったのに?
残念ながら彼は4年後に亡くなってしまうので、王宮の完成は見られなかったと思われます。
マドレーヌの呪い? -
King's Bedchamber
ぐっとゴージャスになりました。 -
同じ紋章が天井にも。
ベッドは枠だけが隅に置いてあって、再現の途中って感じでした。
ジェームス5世が亡くなって、そのまま放っておかれたのかしらん。 -
スコットランドの冬は厳しいんだろうなぁ。
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Queen's Bedchamber
いきなり4柱のゴージャスなベッドが現れました。
King's Bedchamberとの差がすご過ぎ。 -
侍女というか上級女官って感じの役者さんが小芝居をしておりました。
よく聞き取れなかったけど。
暖炉の前の机といすがゴージャスです。 -
リネン類が保管されていた戸棚
ちょっとスターリング・ヘッズを思わせる意匠ですね。 -
こっちのチェストも素敵。
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Queen's Inner Hall
着ているものからすると、さっきの女官よりだいぶ位が下らしい役の役者さんたちが小芝居を行っていました。 -
なんでも、外国からの来客のために、今日は大忙しなんだそうです。
庶民の言葉の方がわかりやすいわ。 -
この部屋は何と言ってもタペストリーかな。
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”The Hunt of the Unicorn"と呼ばれる大きなタペストリーがずらずらと並んでいます。
だいたい1つ作るのに2-4年かかったそうで、城内にタペストリーのワークショップがあります。
見事な作品だし、是非タペストリーの製造工程等見たかったのだけれど、ワークショップは次回のお楽しみにします。 -
王のお部屋より、やっぱり立派に見えるのは何故?
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Queen's Outer Hall
王様はブルー、女王の間はローズピンクで対になった感じを強く感じます。 -
全体に、Outer Hallは殺風景ですね。
-
ここで、13世紀のイングランド王エドワード1世の頃のスコットランドの歴史をおさらいしようと思います。
エドワード1世(在位1272年- 1307年)プランタジネット朝のイングランド王。
内政では法整備や代議制議会の走りのような事を行いました。
外交は戦争ばっかりです。
ウェールズ、スコットランドに侵攻し併合。フランスと開戦し、後に100年戦争へとつながっていきます。
この王はスコットランドに大きな影響を与えました。
付いたあだ名はハンマー・オブ・ザ・スコッツ、「スコットランド人への鉄槌」。
何をしたかわかりそうな名前ですね。 -
父のヘンリー3世の晩年は、内乱を制定した皇太子エドワードが政務を行っていました。
1272年、ヘンリー3世が崩御した時、エドワードは十字軍遠征中でしたが、すぐには帰らず、外国で王位継承を宣言し、貿易問題の交渉などを続けました。
1274年帰国し戴冠式を行っています。
のんびり帰っても大丈夫なくらい、既に地盤がしっかりしていたんですね。 -
スターリング・ヘッズ・ギャラリーへやってきました。
エントランスには歴代の王様たちが並んでおりました。
こちらはスコットランド女王メアリー・スチュアート。
当時から美貌の誉れ高く、生まれながらのスコットランド女王で、尚且つフランス王妃でもある、非常に身分の高い女性でした。 -
これらがKing's Inner Hallの天井に飾られていたスターリング・ヘッドです。
多くはここに保管展示されていて、あとはエジンバラの博物館などに散っています。
いつかKing's Inner Hallを元通りにすべく、スターリングヘッズを集める計画があるそうです。 -
さて、エドワード1世の続き。
ウェールズ征服後、スコットランド併合計画を開始します。
1286年、スコットランドではアレクサンダー3世がなくなり、ノルウェーにいる孫娘マーガレットが後を継ぐことになります。
エドワード1世は自分の息子をマーガレットと婚約させ、乗っ取りを図りますが、マーガレットがノルウェーからの移動中に亡くなり失敗します。
一方、女王を失ったスコットランドでは、諸々の王族が王位継承権を主張し始めます。
エドワード1世はこの混乱に介入、王位継承候補7人と個別に会見して、全員から自分への臣従を取り付け、1292年イングランド宗主権下のスコットランド王、ジョン・ベイリャル王が誕生しました。 -
ジョン王はエドワード1世に臣従を誓っていましたが、それに対する不満がスコットランドでは高まっていました。
あやつり人形の王様なんて要らんよなぁ。
フランスと開戦したエドワード1世は1294年、スコットランドにも徴兵を要求したことで不満が爆発。
ジョン王はエドワード1世への臣従を取り消し、今後は反英諮問機関が政務を行うことになりました。
これに対し、1296年エドワード1世はスコットランド侵攻を開始、ジョン王を捕らえ、王座を空位にし、王権をエドワード1世に譲ることを認めさせます。
(ジョン王情けなし) -
エドワード1世は戦争に明け暮れていたので戦費が必要です。
エドワード1世が任じたスコットランド総督が民衆を徹底的に弾圧する過酷な統治を行っていたので、中間層や民衆の抵抗運動を招き、それらは英雄ウィリアム・ウォレスのもとで団結します。
映画「ブレーブハート」の世界ですね。
1297年9月にスターリングブリッジの戦いにおいてサリー伯率いるイングランド軍はウォレス軍に惨敗(エドワード1世は外国で戦闘中)。
早速リベンジ。
ウォレス軍の勝利を聞いて1298年エドワード1世は帰国し、フォルカークの戦いでウォレス率いるスコットランド軍を撃破。
ついで1300年からスコットランド侵攻を繰り返し、ついにスコットランド占領に成功、ウォレスは捕まり処刑されます。
ウォレスに残虐刑を科すことでスコットランドを恐怖支配しようというエドワード1世の意図が裏目に出て、スコットランド人の憤慨を買い、より激しい抵抗運動を招く結果となりました。 -
ますます高まる反英機運に乗ってロバート・ザ・ブルース(門前の銅像の人)が1306年にスクーンでスコットランド王ロバート1世に即位し、エドワード1世への臣従を拒否。
ラッキーなことに1307年にエドワード1世が病死します。
後を継いだエドワード2世は父の遺言を守らず、スコットランドから撤退します。
そして、1313年バノックバーンの戦いでスコットランド軍に惨敗。これが決定打となってイングランドはスコットランドの支配権を完全に失い、スコットランドの独立が確定しました。
Flower of Scotlandで歌われているのは、この独立戦争です。
ロバート1世は1339年ハンセン氏病でなくなります。
この後はスチュアート朝のジェームズ4世までロクな王様は出てきません。
ウォレスとロバート1世はスコットランド独立の英雄として今でも尊敬を集めています。 -
グレートキッチンにやってきました。
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人々が立ち働き、調理中な臨場感のある展示で、スターリング城の展示はどこも良く工夫されているなぁと感心しました。
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ただいまパンが焼きあがりましたー!
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グレートホール
スターリング城は1800年~1964年まで英軍の兵舎として利用されていました。
グレートホールは収容設備、チャペルは講義場や食堂、付属診療所となったキングズ・オールド・ビルディング、士官食堂となった王宮など、すべての建物をもとに戻す努力が今も続けられています。 -
天井の木組みが印象的です。
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この玉座にメアリースチュアートも座ったんでしょうね。
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こういうのもステンドグラスっていうのかな。
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中世のコスチュームの役者さんがいました。
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「素敵な衣装ですね」って声を掛けたら、
「そう?ありがとう。クローゼットの中はこんな感じの服ばかりだよ。5着はあるね」というお答え。
当時、5着も衣装を持っているのはお金持ちの類だったのかしらん。 -
少年が写真撮ってとおねだりすると、帽子を交換してポーズをとってました。
親切ね。 -
ロイヤルチャペルの中
ここも兵士に使用されていたせいなのかどうか、がらんどうな印象。 -
赤ん坊のメアリーはここで戴冠式を行いました。
なんか見学者が増えております。
だんだん込み具合がひどくなってきた。 -
さて、エドワード1世後のイングランドは?
エドワード2世は父とは違い、王になるような器ではありませんでした。
王妃のクーデターにより、幽閉されたのち、王妃の密命で殺害されました。
息子のエドワード3世は、若くして即位したのでしばらく我慢の後、母とその愛人を処刑しました。
50年間王座にあり、イングランドを強国に育て上げ、100年戦争へと続くフランスとの戦争を開始しました。 -
エドワード3世には早世しなかった息子が5人もいました。
皇太子エドワード(黒太子)にイングランドで最初の公爵位であるコーンウォール公を授けたのをはじめ、他の4人にもクラレンス公、ランカスター公、ヨーク公、グロスター公を叙爵、あるいは相続させています。
この4公爵名、ばら戦争で全部出てきた。
皇太子は父よりも先にペストで亡くなってしまいます。
その翌年、エドワード3世が崩御、黒太子の息子リチャード2世が跡を継ぎますが、わずか10歳でした。
この少年王が親政を始める前に、彼ら「有力な叔父たち」は着実に力をつけていく。
このことがエドワード3世の子孫たちによる王位継承の争いである薔薇戦争につながります。 -
リチャード2世でプランタジネット朝は終了。
ランカスター朝(赤ばら)→ ヨーク朝(白ばら)→ チューダー朝 → スチュアート朝と推移していきます。
で、スチュアート朝でイングランドとスコットランドは連合国となります。 -
1.5時間までと思っていたけれど、やっぱり押してしまいました。
今日はタイトなスケジュールなので、急がなければ。 -
チケット売り場の人がずいぶん減りました。
このくらいの時間がねらい目なのかな?
いや、城のなかの人口密度がかなり上がってたから、やっぱり朝一がお勧めですよ。 -
見逃したところが沢山あるから、スターリング城はまた来ないといけないなぁ。
-
門前にもう1体立っていた銅像。
確認していないけど、たぶん、ウィリアム・ウォレス。
では、次行ってみよう!
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