1991/03/20 - 1991/03/25
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- #ちょっと昔のインドネシア
- #ビンタン島経由でスマトラ島へ
- #一人旅
- #伝統建築ルマ・ガダン
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- #マニンジャウ湖(マニジャウ湖)
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今は昔。
これは、SUR SHANGHAIの旦那がシンガポールで仕事の研修を二か月ちょっと受けに行った時のお話。
SUR SHANGHAIも一緒について行ったんですが、1991年当時のシンガポールは、まだまだ現在のように観光地や観光施設が整っていない頃。
当時のマリーナ・ベイにはマーライオンの像は有ったものの、マリーナ・ベイ・サンズはまだまだ影も形も無く、ラッフルズ・プレイスの高層ビル群もスカスカ。
現在のブギス・ジャンクションのあたりは、都市再開発のために古くなったショップ・ハウスが次々に取り壊されている真っ最中でした。
そう言う事もあり、シンガポール滞在の合間には、近場のマレーシアやインドネシアに行ってみようと決め、一人でGO!
研修で忙しい旦那はシンガポールに残し、文字通りバックパック一つで、足の向くまま気の向くまま行ってみました。
この編はその内の一つの小旅行で、スマトラ島中部のブキティンギへ行った時の旅記憶。
当時の紙焼き写真やネガはバラバラで、出土していない物があったり、詳細な記録も出て来ていないので、「あの時はこうだったっけ。」「この時にはああだったかなあ。」と思い出しながら写真を並べてみようと思います。
表紙の画像は、ブキティンギの町からゲスト・ハウス主催の日帰りツアーで行ってみたマニンジャウ湖(マニジャウ湖)。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この時のスマトラ島へは、まずシンガポールから夜行フェリーでインドネシア領のビンタン島タンジュン・ピナンへ渡った後、西スマトラ州の州都パダンまで飛行機で移動したはず。
夜行フェリー内は男女取り混ぜたドミトリー形式で、質素な二段ベッドが並んでいたなあ。
通路を挟んで隣になったインドネシア人らしき少年がガタガタ震えているので「どうしたの?」と聞いたら「マラリアなんだ。でも大丈夫。」と言うのでビックリ。
一夜明けた後はそのままお別れになったけど、あれからホントに大丈夫だっただろうか、と今も思い出すたびに思う。
これはその後、飛行機に乗り換え、スマトラ島へ向かう途中で見た風景。
どこの航空会社だったかな。
ガルーダかな? -
同じくブキティンギへ向かう機内からの眺め。
殻付きピーナッツのような小島の周りには桟橋と水上住宅らしき建築物がたくさん!
陸上にある家屋より多いんじゃないかな。
これって、後年行ってみたペナン島のクラン・ジェッティ(氏族ごとに造られた桟橋+水上住宅)に似ている。
島の左手に見える細長いロの字型の建物は、島の子どもたちの学校かも。
西スマトラ島の州都のパダン到着後、バスで着いたブキティンギも西スマトラ州の町の一つ。
賑やかな通りにあるドミトリー形式のゲスト・ハウスに泊まったっけ。
町の様子を撮った写真は出て来ていないので悪しからず。<(_ _)>
このゲスト・ハウス(名前は失念!)ではブキティンギ周辺の半日ツアーをいくつも主催していて、SUR SHANGHAIは自分で歩き回る以外にも、ほかの宿泊者と一緒になって三つ参加してみました。 -
イチオシ
上で言ったように、泊まったゲスト・ハウスが主催していた半日ツアーに参加してみたSUR SHANGHAI。
その内の一つが、ミナンカバウ人の住居のルマ・ガダンを訪れるというツアー。
ミナンカバウ人と言うのは、西スマトラ州に多数居住する母系社会を持つ民族。
詳しくは、次のウィキペディアのページで見てみるといいですよ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%90%E3%82%A6%E4%BA%BA
そして、ルマ・ガダン(ミナンカバウ語で≪大きな家≫の意味)は、この画像のように水牛の角型に尖った屋根を持つミナンカバウ人独特の建築様式。
この建築様式には伝説があって、昔ミナンカバウ人と対立していた王子とお互いの水牛を戦わせたところ、ミナンカバウ人の赤ちゃん水牛が勝った事から、その角をモチーフにした屋根を持つ家が建てられたのだそうです。
このお話も、上記のウィキペディアのページにもっと詳しく載っています。
ミナンカバウと言う民族の名も、ミナン(勝利)とカバウ(猛牛)を合わせた言葉になるんだそう。
ちなみに、西スマトラ州の紋章は、ルマ・ガダンとモスクを組み合わせた意匠になっています。 -
これは彩色された木彫りの板。
カラフルな植物のアラベスク模様が美しい。
住居の装飾の一部だったかな。
覚えていないのが残念。 -
細い水路脇に建てられた小屋には、日本の地方でも見かけるのとそっくりの水車が。
何だか懐かしい。 -
民家脇で初めて見た色鮮やかな植物。
いかにも熱帯の花と言った風情が珍しくて一枚パチリ!
これは、園芸ではヘリコニアと呼ばれるショウガの仲間。
そう言われれば葉っぱや茎にショウガの面影があるけど、オウムのくちばし形の苞は日本では見られない鮮烈な色で、オウムバナ科に分類されていると聞くと妙に納得。 -
ブキティンギ郊外には、川が流れる風景もあった。
ヤシの木が無ければ、日本の田舎にも似ているな。 -
別の日に行った半日ツアーは、砂糖作りの村。
この時にも、同じゲスト・ハウスに泊まっていた数人と行ってみた。
その途中、水牛を使って耕作している田んぼがあり、運転手さんが車を停めてくれた。
水牛君の物腰がやけに堂々。
カメラ目線でこちらを見てくれた。 -
砂糖作りの村訪問の半日ツアーでは、途中の眺めのいい場所で写真タイムを取りながらの移動。
山間の田んぼが広がる一画には小さい集落があって、人々の心の拠り所になっているらしきモスクも見えた。
ちょっと写真が不鮮明ですが、水牛の角を模した屋根を持つミナンカバウ人独特の建築様式のルマ・ガダンも見えています。
ミナンカバウ人は厳格なイスラム教徒。
ツアーの運転手兼ガイドさんだった男性もイスラム教徒で、「今はラマダンの時期だからお昼ご飯は食べないんだ。」
よって、昼のブキティンギの町では開いている食堂が少なくて、SUR SHANGHAIたちは外国人相手の小さなお店で食べてました。 -
これも半日ツアーの途中で見かけた集落。
さっき見た集落は谷間の田んぼにあったけど、これは谷を挟んだ対岸の山肌の集落。
ジグザグになった坂道に沿って民家が並んでいるのが分かります。
よく見ると、画像左上にはモスクがあるほか、水牛の角をかたどった屋根のルマ・ガダンもポツリポツリ。 -
ここが、砂糖製造所。
…と言っても大規模な工場ではなく、自宅の一部を作業場にした製造所。
二人の女性がかまどにかけた鍋でサトウキビの搾り汁を煮て、適度に煮詰まったら竹を輪切りにした筒に流し込んで固めていました。
その脇に積んである刈り取ったサトウキビの葉っぱは、かまどの燃料にしているんでしょうね。
うん、こういう砂糖作りが見たかったのよね。(・∀・)ウン!! -
ココナッツの実を割って棒を突き通したひしゃく。
それで煮ているサトウキビの汁をすくって、煮詰まり具合の確認をしている場面。
後で、固めた砂糖のかけらをいただいて味わってみたところ、精製されていないためえぐみもありましたが、これが本来の砂糖の味! -
三つ目の半日ツアーでは、ブキティンギの町から西へ25㎞程離れたマニンジャウ湖(マニジャウ湖)へ。
そこまでの道筋がやたら曲がりくねっていたような。
ちょっと具合を悪くした人もいたっけ。
マニンジャウ湖は、二千年ほど前の火山の噴火でできたカルデラ湖で、南北16km、東西7㎞もあり、一周約52kmもある大きさ。
ああ、晴れてよかった!と思う眺めが目の前に広がった! -
イチオシ
マニンジャウ湖(マニジャウ湖)を見下ろす斜面には民家のほかに棚田が有ったり、ヤシの木が茂っていてのどかな眺め。
ツアーの運転手兼ガイドさんの男性が、途中で見かけたバナナの花を指さして、「バナナの花は、赤ちゃんを産んだ女の人に食べさせるとお乳がたくさん出るんだよ。」と言っていたのを今でも思い出す。
実際、バナナの花は鉄分が豊富で、食べると血を増やし、母乳の出がよくなるんだそうです。 -
ツアーに参加した数人で歩いてみたマニンジャウ湖(マニジャウ湖)の棚田がある斜面。
この時一緒に歩いたのは、同じゲスト・ハウスに泊まっていたアメリカやドイツからのバックパッカー。
その人たちもこの風景を覚えているだろうか。 -
マニンジャウ湖(マニジャウ湖)の縁取りになっている棚田とヤシの林。
今戻って行っても、同じ景色が残っているかな。 -
自分でもテクテク歩いてみたブキティンギ。
これは、ブキティンギの町の歯医者さん。
入れ歯の絵がやけにリアル。(^^;
台湾でも、同じような歯医者の絵看板を見たなあ。 -
一軒の民家の出入り口で見かけた子どもたち。
後ろに座っている男の子が照れて頭を掻いていたな。 -
別の一軒のお宅から外を見ていたお母さんと男の子。
カメラを持ったSUR SHANGHAIに気付いたお母さんが、「ほら、あっちを見て。」と男の子のあごに手を添えてこちらを向かせた。
やんちゃそうな子と慈しみに溢れたお母さんの表情がよかったけど、ここではちょっとカット。 -
イチオシ
これは大きめのお宅。
はじめ、二階から姿を覗かせたのは画像左手の女性。
あ、いい感じ!とカメラを構えた時に、右手の窓が開いて男性が現れた。
二人とも画面に入れようと焦ったらちょっとピンボケになってしまった。
でも、何だかこの雰囲気が好き。 -
明日はもうブキティンギを出る日。
町からちょっと外れた場所まで行ってみたら、野焼き作業中だった。
灰は畑に戻して土壌改良するのかな。 -
ブキティンギを出て、パダンの空港へ。
その付属の建物の屋根も、ルマ・ガダンと同じように水牛の角の形をしているのに気付いてパチリ!
この時には、直接シンガポールに戻ったんだったかな。
覚えていない。(^^;
残っている写真も記憶も少なくて、中途半端な旅行記になりましたが、これで一旦〆て、今後また記録が出て来たら追加して行こうと思います。
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