2018/10/06 - 2018/10/06
324位(同エリア2114件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1780冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,492,425アクセス
- フォロワー171人
午前6時にモーニングコールが入り、7時に朝食を食べにレストランに降ります。「ベイビューホテル」は朝食は種類も豊富で味も良かったです。何よりセルフのヌードルがペナン風のホワイトカレーヌードルだったのが最高です。午前8時にホテルを出た後はジョージタウンの観光になります。基本的に有料の観光スポットには立ち寄らないので朝早くても大丈夫です。前回に来た時にみっちり3日間ジョージタウンを歩いていて、ウォールアートもその当時の物はほとんど見て、「チョン・ファッツィーマンション」も「プラナカン・マンション」も「ペナン博物館」も「孫中山記念館」も見いたので気にはなりませんでしたが、本当に表面的な観光だけで終わりました。ただガイドさんの説明は知らなかったことも多くて勉強にはなりました。また前回に行っていない「ビルマ寺院」や「寝釈迦寺」にも行けたので良しとします。お買い物も今まで見るだけだったラテックスのトラベル・ピローを買ってしまいました。マレーシアは天然ゴムの本場ですからね。この日はペナンから1日かけてクアラルンプールに戻る長丁場だったので、早速買った枕を腰に当てましたがとても楽でした。12月にエジプト旅行とクリスマスマーケットの2回の往復長距離フライトが待っていますがこれで楽になりそうです。駆け足でジョージタウンを観光してクアラ・カンサーへ向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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今回の旅は羽田を夜に出て翌日の早朝にクアラルンプールに到着してそのまま観光がスタートし、毎晩遊び歩いているのですでにへとへとです。この日も早朝の午前6時にモーニングコールが入ります。このホテルはアンサーマシーンでは無くてホテルのスタッフがちゃんと電話してくれました。受話器を取ってそのまま置いたら数分後にもう一度電話してくれましたから。
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エッグ・スタンドもちゃんとあり、好みの卵料理を作ってくれます。
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ここの食事も充実していました。和洋中食べきれないほどの種類があり、ジュースも濃厚なネクターなのが嬉しいです。
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ここで一番だったのはセルフのヌードルでした。
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何故かというとこれがペナン名物の「ホワイトカレーヌードル」だからです。前の晩にコムタのお店でインスタントヌードルは買い求めていましたが、生麺は初めて食べました。
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この後にお粥もいただきました。焼きそばのミーゴレンはどこのホテルのものも美味しかったです。
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メロンの上に掛けてあるのは「酸梅粉」という乾燥した梅のパウダーです。マレーシアではあまり甘くないフルーツの上にこれを掛けて食べるそうです。すると不思議に甘く感じます。スイカに塩といった感じです。ホテルの朝食会場のフルーツのそばには必ずあるので試してみてください。夜な夜な遊び過ぎてスーパーで買えなかったのが残念です。マレーシアでは梅は採れないので中国からの輸入だそうです。
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朝から小雨が降っていましたが、バスで移動する間には止みました。
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トライショーと呼ばれながらナンバープレートには「人力車」と書いてあります。
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4年前はウォール・アートを探し求めてどれだけジョージタウンの街中を歩いたか分かりませんが、今回はバスに乗っての観光なのでらくちんと言えば楽です。ただ、「張弼士古宅(チョン・ファッツイー・マンション)」も「プラナカン・マンション」も「ペナン博物館」も見ているのでプラスアルファ程度の観光です。それも非常に表面的な観光でした。
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まずは「カピタン・クリン・モスク」の観光からスタートです。19世紀半ば以前はマレー半島でのイギリスの関心は領土の支配ではなく主に経済でした。既にインドで最も強力な植民者となり東南アジアへ新しい資源を探していました。
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最初の永続的な領土獲得は1786年にクダのスルタンから借りられたペナン島でした。1795年のナポレオン戦争時にイギリスはオランダの同意を得て、フランスに先んじてオランダ領マラッカを占領します。
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1805年にイギリスの知事のスタンフォード・ラッフルズがペナンに派遣され、ペナンで積んだ経験が後のシンガポール建設の参考となります。こうした海峡植民地が成立して各地に英国風の建物が建てられます。このモスクもその頃の建築です。
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現代的なデザインのマレーシアのモスクを多く見てきましたが、伝統的なムガール様式の建物は美しいです。
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「檳榔嶼 潮州会館」とあります。潮州は広東省広州の東に存在する小さな港町ですが、世界中の華僑の多くは潮州から来ています。華僑はマイノリティながら同郷者で形成されるコミュニティーと、これをもとにした同業者の集団ができあがり、現地の経済や政治に大きな影響力を持つことが多くありました。そんな同郷の人々が集まる場所が会館で、潮州会館はベトナムのホイアンにもありました。
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その先の「マハ・マリアマン寺院」です。ガネーシャと同じポーズでのご協力ありがとうございます。
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マスジット・カピタン・クリン通りとクイーン通りの間にあるペナン最古のヒンドゥー寺院です。インド南部から移住したタミール人が建てたヒンドゥー神殿が基礎になり、1833年に現在のような寺院になりました。色鮮やかな塔門には南インド農村部の地母神である女神マリアマンが鎮座しています。
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マリアマンは死病と恐れられた天然痘やあらゆる病気を司る女神で、南インドのタミール語圏ではマリアマンと呼ばれ、北インドではシータラーと呼ばれています。起源は南インドのタミルナードゥ州やカルナータカ州で、タミル語でマリは雨、アマンは母を表し、元々は農村を守護し雨を司る女神だったようです。
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南インドでのマリアマンの人気は絶大で、タミル系インド人の多いシンガポールにもスリ・マリアマン寺院があり、お参りに行った覚えがあります。中国系の華僑に対しインド系の人は印喬と呼ばれることを思い出しました。
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これは富と学問を司る神ガネーシャです。シヴァとその妻のパールヴァティの息子でありながら、シヴァの怒りを買って頭を切り落とされ、我に返ったシヴァの手で通りがかりのゾウの頭を付けられて生き返ったという数奇な経緯を持つ神様です。ヒンドゥーの神々についてはバリ島に行ったときかなり勉強しました。
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ガイドさんの説明で勉強になったのは、インドの人は朝の店開きをするときにお米を撒くそうです。そのために鳩が店開きを待っているそうです。
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マレーシアのヒンドゥー寺院のお供えの花が菊が多かったです。インドだとマリーゴールドが多いように思います。
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そんなことを考えていたら「マリーゴールドホテルであいましょう」(The Best Exotic Marigold Hotel)という映画を思い出しました。
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そろそろインドを旅しないと気力的にも体力的にも行けなくなりそうです。この日は土曜日だったので小学生の子供も店の手伝いをしていました。
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妻に買ってあげようなんて思っていたら罰が当たってクアラルンプールで同じようなぼんぼりの付いたコロンビアのワユーバックを2つも買う羽目になりました。
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もうすでに新しい花環が供えられていました。
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「トックトックミー」
ワンタン麺の屋台はお客を呼ぶために拍子木を叩いたようです。その音がトックトックと聞こえたのでワンタン・ミーはトックトック・ミーとも呼ばれたそうです。このカリカチュアでは屋台が来たのを知ったこの屋の2階の住人が麺を入れる籠を窓から落としたら下で拍子木を打つ人に当たった場面を表しています。
ジョージタウンのウォールアート巡り https://4travel.jp/travelogue/10899875 -
「観音寺」はペナン最古の中国寺院で1800年代に建てられています。瓦屋根の寺院は屋根の上から柱まで壮麗な彫刻で覆われています。
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屋根の彫刻は陶器の破片を組み合わせたもので、それを割って組み合わせて花々や動物や人物の形にしています。「剪粘」と呼ばれるいろいろな釉薬の掛かった陶器を割って、花鳥や動物や人間の形に組み上げる技術です。
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造り方はこんな感じです。初めに素焼きの碗を作り、必要な色の釉を掛けて焼きます。それをヤットコで必要な大きさに割り揃えてセメントで固める訳です。これは以前に行った「チョン・ファッツィー・マンション」の2階に展示してあったものです。
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屋根の竜が見事です。これらは中国本土から職人を呼び寄せて造ったものです。
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ペナンには先ほどの同郷の会館の他に一族の先祖を祭る公司(コンシー)と呼ばれる廟があります。敷地内は寺院と集会場から構成されていています。中国から呼び寄せた職人によって建築されたと言われ、壁の細やかな彫刻や金銀等多彩な装飾が見事です。ジョージタウンには「クー・コンシー(邸公司)」という邸氏の見事な廟があるのですが今回の見学コースには入っていません。
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たくさんの提灯が下がる境内には、敬虔な祈りを捧げる華人系の人がたくさんいらっしゃいました。建物は風水にのっとって建てられており、堂内には数々の観音仏(慈悲の女神)が祀られています。
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パイナップルの形をした灯明が可愛らしく、マレーシアらしくも思えます。
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航海や漁業の守護神として強い信仰を集める道教の女神・媽祖(まそ)は祀られていないのだろうかと探してみましたが分かりませんでした。
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ジョージタウンで中国寺院を見学するなら「クー・コンシー(邸公司)」が素晴らしいのですが、モスクやヒンドゥー寺院も一緒に見学できるからここなんでしょうね。
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観光が終わった後はまたこの辺りのインド人街でお昼を食べることになります。
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「牛車の車輪」は2つの異なる話を組み合わせているようです。1つはこのピット・ストリートには牛車の駐車場になっていたことと、車輪に描かれた1/2セントコインのペナンの福建語の発音と車輪の大きさの発音にひっかけているようです。
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セント・ジョージ教会は東南アジアにおける最古の「英国国教会」です。 1819年5月に竣工し、大理石の床と高い尖塔が目を引く白亜の教会です。1941年12月に日本軍の空襲により深刻な被害を受けました。ペナン博物館に行くと日本軍が統治していた頃の品々が展示してあったり勉強になるのですが、駆け足のツアーの観光ではそんな説明もありません。
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教会の正面もバスの中から撮ったほどですから。隣のペナン博物館は非常に勉強になるのでもう一度見たいところでした。
ペナン博物館 https://4travel.jp/travelogue/10899827 -
昔の官庁街をバスで走り抜けます。この辺りはレストランを探していて何度も歩いたところです。探していた「COUZI-COUZI」というレストランは閉店していました。
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この塔の近くに「WESTERN SPICE」というトリップアドバイザーでも13位だった美味しいレストランを見つけて食事したのですが、スターバックスコーヒーになっていました。ジョージタウンの店の入れ替わりは早いなと思いました。
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あっという間に「市庁舎」に到着しました。
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かつてのイギリス東インド会社が拠点を置いた建物で1903年に完成しています。窓枠や屋根の形状など細部の装飾も見事で、ジョージタウンでも重要な建築物の1つです。
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4年前に夕涼みで散歩していたらパーティーか何かで賑わっていたのを見たことがあります。ライトアップした建物もきれいでした。
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ここへ来た目的はもう1つあって、このコタ・ラマ公園に入ります。この紋章はペナン市の紋章です。
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おじさんたちが掃除していたのは大きな木でした。
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根元には「プトラ・アキヒト」と書いたプレートが置かれてあります。プトラはプトラジャヤのプトラで皇太子の意味ですから今生天皇(残りわずかですが)が皇太子の時代の1970年に植樹されたものです。
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美しい公園で大きく育っていました。掃除している方にも感謝です。
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芝生の上では高校生くらいの女の子たちがダンスの練習をしていました。この日は土曜日なので学校は休みのようです。
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公園の先には「コーンウォリス要塞」がありますが、海側から外観を眺めるだけです。
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1786年に英国東インド会社のフランシス・ライト提督が最初にペナンを訪れた際に上陸した場所に建てられています。マレーシアで最大の砦で、その名前は当時のインド総督だったチャールズ・コーンウォリスにちなんだものです。煉瓦造りの壁に囲まれ、海に向かって設置された大砲が要塞を守っています。
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海岸との間の道路の下に古い要塞が埋まっているらしく、青いラインが引かれてありました。港を中国に埋められる前にマレーシアは要塞を強固にしたほうが良いと思います。
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沖を行く貨物船ののどかな風景を眺めます。
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マラッカのサンチャゴ砦とシンガポールのセントーサ島と並んで重要な拠点であったそうです。コーンウォリス要塞の中には全部で17の大砲が残されているそうですが、スリランバイという有名な大砲があるそうです。1603年という製造年とオランダ東インド会社の紋章が刻まれているのですが、不妊の女性が触ると子宝に恵まれるそうです。
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この灯台は現役で使われています。
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「スエッテンハム・クルーズターミナル」には以前来たときは大きなクルーズ船が停泊していました。シンガポール発着のクルーズ船の港でもあります。
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バスはフェリーの港もすっ飛ばして海上に延びる同姓のジェッティーの観光に向かいます。
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前に観たのと同じ姓周橋の「シュー・ジェッティー」でした。午前9時から午後9時までは自由に見学することが出来ます。
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メインのストリートよりお店などが無い脇道の方が風情があります。
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昔は全部こんな感じだったのでしょうね。早朝に降った雨が床板を濡らしていい感じです。
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懐かしいフェリーターミナルが見えました。
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以前はこんなお店があったのか記憶にありませんが。
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「大碗」というだけあって巨大なお椀が並んでいました。小さいものが通常の2倍くらいの大きさがあります。
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バタワースからお客を乗せてフェリーがやってきました。以前乗ったのは青いフェリーでした。
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ペナン島の北部のテレク・バハン・ダムという村(バトゥ・フェリンギの先)では国際ドラゴンボート・フェスティバルが開催され、世界中からの参加者があるそうです。多分そのレース用のボートなのでしょう。
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午前中の早い時間帯はだいぶ引き潮のようです。建物の間に寺院が浮かんでいます。
同姓橋には陸地に寺院があるのと桟橋の先端に寺院を設けるのがルールだそうです。 -
ペナン大橋と漁船。お昼を食べたらこの橋を渡ってペナンを離れます。
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夜明け前にバタワースにたどり着いたのが遠い昔のようです。明るいバタワースを見たことはありません。ここからバンコックまで寝台列車にも乗ってみたかったです。
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ビクトリア女王の名前を冠した時計塔も見えました。
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あまりきれいではない海水ですが、たくさんの魚がいました。
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そろそろ戻る時間のようですよ。
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この看板には見覚えがありました。でも以前の写真と見比べたら塗り替えられていました。だんだん日本語も崩れていくような…。
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こちらは4年前の写真です。
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バスに乗ってガーニー方面のビルマ寺院とタイ寺院の参拝に向かいます。途中コムターの近くを通り抜けます。現在はGAMAというショッピングセンターになっていますが、昔はそごう百貨店だったそうです。
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「ダーミカラマ」というビルマ寺院の参拝です。 尖塔の塔頂部の傘蓋(ティ)を見るとミャンマー寺院だと感じます。この形は菩提樹のモチーフで、釈迦が菩提樹の下で悟りを開いた事を意味します。ミャンマーには妻と2人で旅したのですが楽しかったことを思い出します。1803年に建造されたこの寺院はマレーシア唯一のビルマ寺院でもあります。
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中庭にはこんな天女の像がありました。今は無き香港のタイガーバームガーデンかシンガポールのハウパー・ビラを彷彿とさせます。三島由紀夫の「美に逆らうもの」を思い出します。
シンガポールのハウパー・ビラの狂気の世界に興味のある方は
https://4travel.jp/travelogue/10897371 -
おぉピンサッ・ユーパが地球を守っています。ミャンマーの想像上の動物で、吉祥のシンボルです。パーリ語でピンサッは「5」で、ユーパは「外見」という意味ですが、この名が示すように象と鳥と馬と鯉とホーという伝説上の有角獣の5つの動物を混在させたものです。獅子と象と水牛と鯉とアヒルの各部分が合成された場合もあります。普通は象の鼻と牙、ホーの角、馬の脚、鳥の羽、鯉の尾ビレという組合せと考えられています。
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世界を守っているピンサッ・ユーパですが、よく見ると日本の関東平野を踏みつけています。
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壁画には僧侶を襲う蛇の王であるナーガの姿が描かれています。
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妻を連れてベトナムへは3回、カンボジアも3回、タイも3回、ミャンマーには2回、スリランカは1回行ったので次はインドですね。
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ミャンマーの寺院では必ず置かれている像です。この像の由来が思い出せません。ただ鐘は9回打ち鳴らすことだけ覚えています。これはチェンライからゴールデン・トライアングルを周ったときに初めてミャンマーに入国したタチレイで教えてもらいました。
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こんな舌を出しているのは初めて見ましたが。
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ヤンゴンの空港の壁画を思い出させます。人形劇でも似たような演目があります。マハーバーラタの物語で、女性はナガールの女王でウィマラで、男性はナガールの王のエイランダティだと思います。
ヤンゴンの人形劇 https://4travel.jp/travelogue/10944093 -
ビルマ式寺院の特徴である黄金のパゴダです。ミャンマーの旅はとても暑く、寺院を参拝するのに境内の入り口で裸足になるのですが、足の裏が火傷するくらい熱かったです。
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寺院を守るのはチンテとチンシーというミャンマー古来の獅子像です。ヤンゴンのシュエダゴォン・パヤーの巨大な像を思い出します。
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本尊は高さ10メートルほどの釈迦立像です。施無畏与願印(せむいよがんいん)は信者の願いを叶える印相です。大きな手が願いが叶いそうな気がします。手のひらに描かれた模様を見ていると土着神のナッ神を連想させます。
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春のプノンペンの旅行でも同じようなアイアンワークのフェンスを見かけました。ここでこれを見ていて、ハッとしました。ジョージタウンのストリートアートの原点はここにあったのではないでしょうか。
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あの精巧な加工はこんな技術が無ければできないですからね。
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ビルマ寺院の通りを挟んだ前にはタイの仏教寺院があります。「ワット・チャヤマン・カララーム」は寝釈迦仏寺院と呼ばれるところです。
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軒の一番上に着く飾りはチョーファーと呼ばれ、象の鼻の形をしています。タイ北部のラーンナー建築の美しさを思い出します。
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派手派手なバンダイ・ナークが入り口を守るように一対並んでいます。
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同じように寺院を守るヤックとキンナラー。ヤックはタイ王室宮廷内の寺院入口にあるワット・シーラッタナーサーサダーラームのヤック像が有名ですね。バンコックの空港にも鎮座しています。一般にインド神話における鬼神の総称であるともいわれ、夜叉とも表されます。
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キンナラ(緊那羅)は見ても通り女性の姿をしています。インド神話に登場する音楽の神々(または精霊)で、仏教では護法善神の一尊で天竜八部衆の1つとされます。
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緊那羅は音楽の神で特に歌が美しいといわれます。ヤック(夜叉)と共にブラフマーの爪先から生まれ、カイラス山にあるクベーラの天界で楽師として音楽を奏でていると言われます。
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男性の姿をしたのはキンナリです。タイではキンナリとキンナラですが、国によって呼び名は違うようです。
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几帳面なタイの人の性格をそのまま表したようなタイルです。
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靴を脱いで本堂に入ると金箔をまとった全長33メートルの巨大な寝釈迦仏が横たわっておられました。タイの仏教で生まれた曜日が重要で妻は火曜日生まれです。火曜日の仏陀は(枕の上に)右手を乗せその手のひらに頭を抱え、左手は腰の辺りまで伸ばし、目を閉じ両足を揃えて横になった寝釈迦像です。タイ語でプラ・プッタループ・パーンサイヤートと呼ばれます。
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まるで妻が家でテレビを見ているときの姿です。火曜日生まれには間違いない。
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お釈迦さまには三十二相八十種好(さんじゅうにそうはちじっしゅこう)と呼ばれる特徴があります。この足の裏だけでも、足下安平立相(そくげあんぴょうりゅうそう) という足の裏が平らで、地を歩くとき足裏と地と密着して、その間に髪の毛ほどの隙もない扁平足という相と、足下二輪相(そくげにりんそう) という足裏に輪形の相(千輻輪)が現れています。更に長指相(ちょうしそう) という10本の手指(もしくは手足指)が長くて繊細で、足跟広平相(そくげんこうびょうそう) 足のかかとが広く平らです。手足指縵網相(しゅそくしまんもうそう) の水掻きのような膜は見て取れません。当然柔らかさとかも分からないですね。
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壁面には小さな仏様で埋め尽くされています。寄進すると名前が入れてもらえるそうです。
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妻は毎日貯めていたコインをここの火曜仏に全部放出するようです。
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寝釈迦の基壇には釈迦の生涯のレリーフが嵌められています。釈迦が摩耶夫人の右脇から生まれた場面はすぐに分かりましたが、読み解いている時間はありません。
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寝釈迦の裏側にはいろいろな物語が描かれています。海の女神マニメッカラがミトゥラ王国のジャーナカ皇子を難破船から救うシーンです。
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ジャータカ物語や本生譚(ほんしょうたん)ともいう釈迦の前世の物語が描かれているのではないかと思いますが、読み解いている時間はありませんでした。
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色々な人が描いているので絵のタッチがまるで違うのがかえって面白いです。
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お釈迦様以外にも数々の菩薩像も安置されてありました。
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最後にもう一度お参りして本堂を後にします。
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立派なヤックです。
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中庭にはヴィシュヌ神の像も置かれてありました。マレーシアまで来ると仏教とヒンドゥー教は日本で思うより近いものだと思えます。ヒンドゥー教での偶像としては通常青い肌の色で4本の腕を持つ姿で描かれますが、ここではより人間に近い色です。半跏(はんか=片足を組み片足を下げる座り方)の形で座割るのはお約束です。下の左手にはパドマという蓮華、下の右手にはカウモーダキーという棍棒、上の左手にはパーンチャジャニヤという法螺貝、上の右手にはスダルシャナ・チャクラという円盤を持っています。
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三民主義を唱えて中国では国父とも呼ばれている孫文は、清朝打倒を目的に革命資金を確保するため世界中を周り、1911年の辛亥革命前の短期間にペナン島に住んでいました。孫文の革命運動は世界各地の華人の間でも展開されたが、清朝を擁護する反孫文派も各地に存在し、その運動は各地に影響を及ぼし活動は困難になります。
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ペナンがあまり反孫文派の影響を受けていないことや国際港のため通信網が整備されていることなどが本拠地を移す決め手となり、孫文は会員の再登録など組織強化に努め、ジョージタウンのダトー・クラマット通りの自宅で側近と「ペナン会議」を開きます。孫文はその数週間後に海峡植民地政府から追放を受け、再び欧米に向かいます。ペナンには約4ヵ月の滞在でしたが、「ペナン会議」で決まった武装蜂起はその後の広州黄花崗蜂起として結実します。ペナンにはアルメニア通り以外にも幾つか記念館があるようです。興味のある方はデレク・チウ監督の「夜明」邦題「孫文ー100年先を見た男」がよいです。
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ジョージタウンの観光が終わるとお約束のお土産物屋タイムです。今まで何回天然ゴムのお店に連れていかれたことでしょう。でも考えたらマレーシアは天然ゴムの産地です。この店の看板は翌日のマラッカへ行く高速道路にも大きく見えました。
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普段使う枕が7,800円でしたが、このサイズの旅行用の枕は3,800円でした。この後長距離のバスに乗る訳ですし、面白いので買ってみました。もちろん2個買うので割引してもらいましたし、日本円での支払いも可能です。我々以外誰も買わないであろうことは想像できたしガイドさんの会社に協力です。ところがこのトラベルピローが優れモノで、ペナンからクアラルンプールに着くまで背中に当てていたのですがすごい楽でした。ネックピローもあったのですが、こちらが正解でした。12月のエジプトと中欧のクリスマスマーケット巡りに持って行けば2回で元が取れそうです。
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次は「チョコレートブティック」ですが、ここは何と昨晩歩いたジミーチューのアイアン・アートの前のレッド・ガーデン(紅園)の横でした。この建物も100年位前のショップハウスのようです。
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店の前にはカカオの花が咲いています。いきなり幹の途中から花が咲いています。ベトナムのフエのお屋敷巡りした時に幹にびっしり果実が生えた木があって気持ち悪かったです。地元のおじさんが食べていろというので食べてみましたがすっぱかった。
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花が幹に咲くということは実も幹に直接なります。カカオの実を見るのはスリランカのスパイスガーデン以来です。
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一応博物館のような設えになっています。お店の女性が日本語で説明してくれます。
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博物館の後はショップに入ってお買い物です。チョコもコーヒーも試飲と試食が出来るのがうれしいです。チョコは買いませんでしたが、香港で飲んで美味しかった鴛鴦茶(えんおうちゃ、広東語 ユンヨンチャー)という紅茶とコーヒーをミックスしたものを買いました。それとココナッツフレーバーのホワイトコーヒー。子供でも飲めるので弟夫婦と母にもお土産にします。
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ペナン土産はホワイトカリーヌードルとコーヒーに決まりました。
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バスに乗ると隣はレッド・ガーデンでした。
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その隣は「チョン・ファッツィーマンション」です。そして宿泊したベイビューホテルがあって。
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「イースタン&オリエンタルホテル」ともこれでお別れです。
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ランチはインド人街の「GEM」というインド料理店でした。1階は地元の人で賑わっています。2階はツアー客用の席で、トラピックスの別のツアーが先に来ていました。
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まずは生ビールを注文します。ここはジョッキで14リンギットと懐にやさしい値段でした。ご飯はプラオライスと呼ばれるピラフ風。チキンマサラとチリフィッシュ。アロ・ムターというジャガイモとエンドウ豆をスパイシーなトマトベースのソースで作ったパンジャブ料理も美味しかったです。デザートはパヤサムというライスプディングのようなもの。セルフサービスでいただきます。
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食事の後は一目散にペナン大橋に向かいます。「ビクトリア時計塔」なんて写真を撮る暇も説明もなく通過します。
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もう一度スエッテンハム・クルーズターミナルの前を通り抜け。
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先ほどの姓周橋ももう一度通過します。
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李さんのジェッティーを通り過ぎるとジョージタウンともお別れです。
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海岸沿い南下してペナン大橋を走り抜けます。
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遠くに見えるコムタタワーともお別れです。前回はバンコック行きの機上から手を振りましたが今回は橋の上からです。
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これからクアラ・カンサーでマレーシアで一番美しいと言われるモスクを見学してひたすら高速道路を南下します。ラテックスのトラベル・ピローが役立ちましたが、対向車線のトラックの炎上事故で1時間30分ロスしながらもホタルの鑑賞とシーフードを楽しみながらクアラルンプールに戻ります。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- takacyan-4444さん 2018/12/28 13:08:10
- 今回、旅行記作成に何日かけていますか?
- 来年3月にマレーシアに行く為、参考にさせていただきました。
私はこれまで、旅行記を三ヶ所アップしましたが、時間がかかり過ぎて何か短時間で作成できないかとの思いです。
あまりにも写真も多く詳細なコメントが入っているので、質問させていただきました。
よろしくお願いいたします。
- kojikojiさん からの返信 2018/12/28 16:25:57
- Re: 今回、旅行記作成に何日かけていますか?
- 旅行記のひとつには仕事から帰っての夜に1日(3時間くらい)くらいは掛けています。旅行中から大体の見当をつけて、日にち別の旅行記にするかなど考えながら写真を撮っています。それとツアーであっても旅行前に調べられるものは調べておきます。旅行中はスケッチブックに日記をつけて、チケットとか資料も貼りこんでおきます。その日のうちに整理しておかないとどんどん忘れてしまうのもありますが、子供のころからの習慣で変えられません。ブログを作成するようになってからは特に重宝しています。旅行前に計画するのと、旅行中と、終わってからと3回楽しむようにしています。旅行後の旅行記のアップには事前の準備が良いのではと思います。あまり人気のない旅行記ばかりなので参考にならないかもしれませんが、参考になればと思います。
- takacyan-4444さん からの返信 2018/12/30 13:53:41
- Re: 今回、旅行記作成に何日かけていますか?
- 回答ありがとうございます。
旅行前の事前準備、旅行中の写真の撮り方、日記作成等大変参考になりました。
やはり、旅行中の記録をメモに残し当日に整理しておく事は必須ですね。
今後、旅行記作成の参考にさせていただきます。
ありがとうございました。
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