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浜離宮恩賜庭園<br /><br />この地は、寛永年間(1624~1644)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重です。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。<br /><br />明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。戦後東京都に下賜され、昭和27年に国の特別名勝及び特別史跡に指定されています。潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園です。潮入の池とは、海水を導き潮の干満によって池の趣を変えるもので、旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。<br />

徳川将軍家の庭園・・潮入の池と鴨場を持つ、浜離宮恩賜庭園をめぐります。

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2018/03/26 - 2018/03/26

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旅行記グループ 東京公園.庭園めぐり

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YAMAJI

YAMAJIさん

浜離宮恩賜庭園

この地は、寛永年間(1624~1644)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重です。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。

明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。戦後東京都に下賜され、昭和27年に国の特別名勝及び特別史跡に指定されています。潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園です。潮入の池とは、海水を導き潮の干満によって池の趣を変えるもので、旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。

  • 浜離宮恩賜庭園の水上バス発着所に、東京湾クルーズの「リーバータウン」で到着です。

    浜離宮恩賜庭園の水上バス発着所に、東京湾クルーズの「リーバータウン」で到着です。

  • 「将軍お上り場」です。<br />将軍が乗った「御座船」の接岸地点で、将軍が浜御殿に上陸する場所でした。

    「将軍お上り場」です。
    将軍が乗った「御座船」の接岸地点で、将軍が浜御殿に上陸する場所でした。

  • 「横堀水門」です。<br />東京湾の水位の干満に従って水門を開閉し、池の水の出入りを調節しています。

    「横堀水門」です。
    東京湾の水位の干満に従って水門を開閉し、池の水の出入りを調節しています。

  • 横堀(潮入りの池)です。<br />池にはボラをはじめ、セイゴ、ハゼ、ウナギなどの海水魚が生息しています。

    横堀(潮入りの池)です。
    池にはボラをはじめ、セイゴ、ハゼ、ウナギなどの海水魚が生息しています。

  • 「海手茶屋(汐見の御茶屋)跡」です。<br />最も海への眺望の良い御茶屋で、奥女中達が将軍の御座船を見物したり、漁夫達の漁猟の様子を眺めた場所でもありました。

    「海手茶屋(汐見の御茶屋)跡」です。
    最も海への眺望の良い御茶屋で、奥女中達が将軍の御座船を見物したり、漁夫達の漁猟の様子を眺めた場所でもありました。

  • 「海手お伝い橋」です。

    「海手お伝い橋」です。

  • 庚申堂鴨場(元溜り)です。<br />鴨場を3mほどの土手で囲い、土手には常緑樹や竹笹をびっしり植え、鴨が安心して休息できるように外部と遮断していました。今日見かけた野鳥は、マガモ、ハシビロガモ、コガモ、ヒドリガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ、ユリカモメ、コサギ、アオサギ、ドバト、シロハラ、シジュウカラ、ムクドリなどでした。

    庚申堂鴨場(元溜り)です。
    鴨場を3mほどの土手で囲い、土手には常緑樹や竹笹をびっしり植え、鴨が安心して休息できるように外部と遮断していました。今日見かけた野鳥は、マガモ、ハシビロガモ、コガモ、ヒドリガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ、ユリカモメ、コサギ、アオサギ、ドバト、シロハラ、シジュウカラ、ムクドリなどでした。

  • 鴨猟の説明版です。

    鴨猟の説明版です。

  • 鴨場の「小覗き」です。

    鴨場の「小覗き」です。

  • 鴨場の「引掘」です。

    鴨場の「引掘」です。

  • 横堀の黒松です。

    横堀の黒松です。

  • 「御亭山」です。<br />浜離宮のほぼ中央にある小高い丘で、頂上からの眺めは最高です。

    「御亭山」です。
    浜離宮のほぼ中央にある小高い丘で、頂上からの眺めは最高です。

  • 御亭山からの大泉水(潮入りの池)の眺望です。

    御亭山からの大泉水(潮入りの池)の眺望です。

  • 「中の橋」です。

    「中の橋」です。

  • 横堀(潮入りの池)です。

    横堀(潮入りの池)です。

  • 満開のソメイヨシノと「中島の御茶屋」です。

    満開のソメイヨシノと「中島の御茶屋」です。

  • 満開のオオシマザクラです。

    満開のオオシマザクラです。

  • オオシマザクラにズームアップです。

    オオシマザクラにズームアップです。

  • 「富士見山」です。<br />浜離宮の南東端にある小高い丘で、江戸時代には富士山が見えていたそうです。現在はビル群に遮られて見えません。

    「富士見山」です。
    浜離宮の南東端にある小高い丘で、江戸時代には富士山が見えていたそうです。現在はビル群に遮られて見えません。

  • 富士見山からの大泉水(潮入りの池)の眺望です。

    富士見山からの大泉水(潮入りの池)の眺望です。

  • 「お伝い橋」と「中島の御茶屋」です。<br />左奥に見える太鼓橋は「中島橋」です。

    「お伝い橋」と「中島の御茶屋」です。
    左奥に見える太鼓橋は「中島橋」です。

  • 左が「燕の御茶屋」で右が「鷹の御茶屋」です。<br />手前が「お伝い橋」です。

    左が「燕の御茶屋」で右が「鷹の御茶屋」です。
    手前が「お伝い橋」です。

  • 南側の「お伝い橋」から「中島」へ渡ります。

    南側の「お伝い橋」から「中島」へ渡ります。

  • 「中島の御茶屋」です。<br />将軍が賓客たちとと共に和歌を詠んだり、池に浮かぶ船上の音楽を楽しんだ場所です。抹茶が頂けます。

    「中島の御茶屋」です。
    将軍が賓客たちとと共に和歌を詠んだり、池に浮かぶ船上の音楽を楽しんだ場所です。抹茶が頂けます。

  • 「中島橋」です。

    「中島橋」です。

  • 中島から北側の「お伝い橋」を渡ります。<br />「小の宇島」の藤棚です。

    中島から北側の「お伝い橋」を渡ります。
    「小の宇島」の藤棚です。

  • 大泉水の黒松です。

    大泉水の黒松です。

  • 「松の御茶屋」です。<br />「中島の御茶屋」と対をなす端正な外観で、池の眺望が大変良い御茶屋です。明治2年(1869)、英国公使パークスとの会食場としても使われました。

    「松の御茶屋」です。
    「中島の御茶屋」と対をなす端正な外観で、池の眺望が大変良い御茶屋です。明治2年(1869)、英国公使パークスとの会食場としても使われました。

  • 「鷹の御茶屋」です。<br />将軍が鷹狩をする際の休憩所として使われた御茶屋です。野支度のまま立ち寄れるように広い土間を備え、土間には囲炉裏もありました。

    「鷹の御茶屋」です。
    将軍が鷹狩をする際の休憩所として使われた御茶屋です。野支度のまま立ち寄れるように広い土間を備え、土間には囲炉裏もありました。

  • 「燕の御茶屋」です。<br />名前の由来は、釘隠しの形が燕または、燕子花(かきつばた)の形だったからとも言われています。

    「燕の御茶屋」です。
    名前の由来は、釘隠しの形が燕または、燕子花(かきつばた)の形だったからとも言われています。

  • 中の御門前広場です。

    中の御門前広場です。

  • 中の御門前の桜並木です。<br />ちょうどソメイヨシノが満開でした。

    中の御門前の桜並木です。
    ちょうどソメイヨシノが満開でした。

  • 蕾も残ってピンクを添えています。

    蕾も残ってピンクを添えています。

  • ハナショウブ田とソメイヨシノの並木です。

    ハナショウブ田とソメイヨシノの並木です。

  • 「中の御門跡」です。

    「中の御門跡」です。

  • 「芳梅亭」です。<br />一般に解放されている浜離宮の集会所です。

    「芳梅亭」です。
    一般に解放されている浜離宮の集会所です。

  • 「延遼館跡」の庭園だった部分です。<br />延遼館(えんりょうかん)は、近代日本の最初の迎賓施設でした。

    「延遼館跡」の庭園だった部分です。
    延遼館(えんりょうかん)は、近代日本の最初の迎賓施設でした。

  • 花木園の休憩所です。

    花木園の休憩所です。

  • 花木園の売店「濱見世」です。<br />桜餅と三色団子を頂きました。

    花木園の売店「濱見世」です。
    桜餅と三色団子を頂きました。

  • サトザクラです。<br />浜離宮はサトザクラが多く桜の見頃はまだ先のようです。

    サトザクラです。
    浜離宮はサトザクラが多く桜の見頃はまだ先のようです。

  • サトザクラにズームアップです。

    サトザクラにズームアップです。

  • 「内堀」です。<br />江戸時代には、船着き場や貯蔵蔵、荷揚げ場、水軍の拠点などとして使われていました。

    「内堀」です。
    江戸時代には、船着き場や貯蔵蔵、荷揚げ場、水軍の拠点などとして使われていました。

  • 内堀に囲まれた中には、「ボタン園」や「お花畑」、内堀広場があります。<br />江戸時代には、「浜御殿の籾倉」で、三十五間蔵が並んでいました。

    内堀に囲まれた中には、「ボタン園」や「お花畑」、内堀広場があります。
    江戸時代には、「浜御殿の籾倉」で、三十五間蔵が並んでいました。

  • お花畑は、この時期「ナノハナ」が咲き誇ります。

    お花畑は、この時期「ナノハナ」が咲き誇ります。

  • ビルの間から東京タワーが見えました。

    ビルの間から東京タワーが見えました。

  • 築地川から内堀への水門です。

    築地川から内堀への水門です。

  • 大手門前広場です。

    大手門前広場です。

  • 「三百年の松」です。<br />六代将軍家宣が庭園を大改修したときに植えられた黒松です。

    「三百年の松」です。
    六代将軍家宣が庭園を大改修したときに植えられた黒松です。

  • 「三百年の松」を横から見るとまた凄いです。

    「三百年の松」を横から見るとまた凄いです。

  • 「大手門の出入口」です。

    「大手門の出入口」です。

  • 「大手門」の石垣です。

    「大手門」の石垣です。

  • 夕食は築地場外まで歩き、「すしざんまい本店」で特選すしざんまい(大名碗付)をまず注文、ネタは新鮮、シャリも良し。

    夕食は築地場外まで歩き、「すしざんまい本店」で特選すしざんまい(大名碗付)をまず注文、ネタは新鮮、シャリも良し。

  • マグロ中トロ、エンガワ、ホッキ、赤貝、ミル貝、金目鯛、ウニを追加注文しました。会計は2人で6,672円でした。お勧めです。

    マグロ中トロ、エンガワ、ホッキ、赤貝、ミル貝、金目鯛、ウニを追加注文しました。会計は2人で6,672円でした。お勧めです。

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