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清澄庭園は、泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」です。この造園手法は、江戸時代の大名屋敷に用いられていたものですが、明治時代の造園にも受け継がれ、清澄庭園によって近代的な完成をみたといわれています。<br /><br />この地の一部は、江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。享保年間(1716~1736年)には、下総国関宿の城主・久世大和守の下屋敷となり、その頃にある程度庭園が形づくられたようです。<br /><br />明治11年、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰労や貴賓を招待する場所として庭園造営を計画、明治13年に「深川親睦園」として一応の竣工をみました。<br /><br />岩崎弥太郎の亡き後も、弟の彌之助、息子久彌により造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。

東京深川散策・・岩崎家三代が築いた名石の庭、清澄庭園をめぐります。

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2017/06/03 - 2017/06/03

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旅行記グループ 東京公園.庭園めぐり

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YAMAJI

YAMAJIさん

清澄庭園は、泉水、築山、枯山水を主体にした「回遊式林泉庭園」です。この造園手法は、江戸時代の大名屋敷に用いられていたものですが、明治時代の造園にも受け継がれ、清澄庭園によって近代的な完成をみたといわれています。

この地の一部は、江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と言い伝えられています。享保年間(1716~1736年)には、下総国関宿の城主・久世大和守の下屋敷となり、その頃にある程度庭園が形づくられたようです。

明治11年、岩崎弥太郎が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰労や貴賓を招待する場所として庭園造営を計画、明治13年に「深川親睦園」として一応の竣工をみました。

岩崎弥太郎の亡き後も、弟の彌之助、息子久彌により造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。

  • 清澄庭園の出入口です。

    清澄庭園の出入口です。

  • 清澄庭園の案内図です。

    清澄庭園の案内図です。

  • 伊豆磯石(左)と攝津御影石のなつめ水鉢(右)です。<br />清澄庭園には無数の名石が配置されています。これらの石は、岩崎家が自社の汽船を用いて全国の石の産地から集めたものです。

    伊豆磯石(左)と攝津御影石のなつめ水鉢(右)です。
    清澄庭園には無数の名石が配置されています。これらの石は、岩崎家が自社の汽船を用いて全国の石の産地から集めたものです。

  • 大和御影石の水鉢です。

    大和御影石の水鉢です。

  • 佐渡赤玉石です。

    佐渡赤玉石です。

  • 大正記念館です。<br />大正天皇の葬儀に用いられた葬場殿を移築したものです。建物は戦災で焼失したため、昭和28年(1953年)に貞明皇后の葬場殿の材料を使い再建されました。その後、平成元年(1989年)に全面改装され集会所として利用されています。

    大正記念館です。
    大正天皇の葬儀に用いられた葬場殿を移築したものです。建物は戦災で焼失したため、昭和28年(1953年)に貞明皇后の葬場殿の材料を使い再建されました。その後、平成元年(1989年)に全面改装され集会所として利用されています。

  • 大正記念館前の芝生庭園です。

    大正記念館前の芝生庭園です。

  • 伊豆網代石です。

    伊豆網代石です。

  • 生駒石です。

    生駒石です。

  • 高松宮記念植樹、黒松の木です。<br />大正記念館が、昭和28年(1953年)に再建された時の記念植樹です。

    高松宮記念植樹、黒松の木です。
    大正記念館が、昭和28年(1953年)に再建された時の記念植樹です。

  • 紫陽花が咲き初めています。

    紫陽花が咲き初めています。

  • 大正記念館前の芝生庭園からの大泉水です。<br />三つの中島を配した広い池、水面に島や数寄屋造りの建物、樹々の形を映し出すこの池は、庭園の要です。

    大正記念館前の芝生庭園からの大泉水です。
    三つの中島を配した広い池、水面に島や数寄屋造りの建物、樹々の形を映し出すこの池は、庭園の要です。

  • 芝生庭園から松島を見ています。<br />松島には、雪見灯篭と多層塔があります。

    芝生庭園から松島を見ています。
    松島には、雪見灯篭と多層塔があります。

  • 芝生庭園から涼亭(りょうてい)をみています。

    芝生庭園から涼亭(りょうてい)をみています。

  • 船着石です。<br />船遊びの船が着岸した船着場で、仙台石が用いられています。

    船着石です。
    船遊びの船が着岸した船着場で、仙台石が用いられています。

  • 船着石東側の磯渡りです。<br />磯渡りは、池の端に石を点々と置いて、そこを歩けるようにしたものです。広々とした池の眺めを楽しめるだけでなく、歩みを進める度に景観が変化するように配慮されています。

    船着石東側の磯渡りです。
    磯渡りは、池の端に石を点々と置いて、そこを歩けるようにしたものです。広々とした池の眺めを楽しめるだけでなく、歩みを進める度に景観が変化するように配慮されています。

  • 船着石西側の大磯渡りです。

    船着石西側の大磯渡りです。

  • 攝津御影石の水鉢(下)と春日灯篭(上)です。

    攝津御影石の水鉢(下)と春日灯篭(上)です。

  • 枯山水です。

    枯山水です。

  • 保津川石の水鉢です。

    保津川石の水鉢です。

  • 伊勢御影石の組井筒です。

    伊勢御影石の組井筒です。

  • 中の島に向かう散策路です。

    中の島に向かう散策路です。

  • ミシシッピーアカミミガメです。

    ミシシッピーアカミミガメです。

  • 中の島へ渡る木橋です。

    中の島へ渡る木橋です。

  • 中の島の秩父青石です。

    中の島の秩父青石です。

  • 中の島のあずまや跡です。

    中の島のあずまや跡です。

  • サツキが見頃です。

    サツキが見頃です。

  • スッポンです。

    スッポンです。

  • 中の島から大正記念館を見ています。

    中の島から大正記念館を見ています。

  • 中の島から船着石にズームアップです。

    中の島から船着石にズームアップです。

  • 中の島から富士山を見ています。<br />富士山はこの庭園で最も大きな築山です。関東大震災以前は、山頂近くには樹木を植えず、サツキやツツジの潅木を横に数列配置し、富士山にたなびく雲を表現していました。

    中の島から富士山を見ています。
    富士山はこの庭園で最も大きな築山です。関東大震災以前は、山頂近くには樹木を植えず、サツキやツツジの潅木を横に数列配置し、富士山にたなびく雲を表現していました。

  • 伊豆式根島石(下)と伊勢御影石の九重の塔(上)です。

    伊豆式根島石(下)と伊勢御影石の九重の塔(上)です。

  • 富士山から中の島を見ています。

    富士山から中の島を見ています。

  • 伊豆式根島石(右)と春日灯篭(左)です。

    伊豆式根島石(右)と春日灯篭(左)です。

  • 富士山から涼亭を見ています。

    富士山から涼亭を見ています。

  • 伊予青石の水鉢です。

    伊予青石の水鉢です。

  • 枯滝の石組です。

    枯滝の石組です。

  • 真鶴石です。

    真鶴石です。

  • 涼亭(りょうてい)です。<br />この数寄屋造りの建物は、明治42年(1909年)に国賓として来日した英国のキッチナー元帥を迎えるために岩崎家が建てたものです。その後、昭和60年(1985年)に全面改装され集会所として利用されています。

    涼亭(りょうてい)です。
    この数寄屋造りの建物は、明治42年(1909年)に国賓として来日した英国のキッチナー元帥を迎えるために岩崎家が建てたものです。その後、昭和60年(1985年)に全面改装され集会所として利用されています。

  • 春日灯篭です。

    春日灯篭です。

  • 満開の紫陽花です。

    満開の紫陽花です。

  • 涼亭から鶴島を見ています。

    涼亭から鶴島を見ています。

  • アオサギです。

    アオサギです。

  • 涼亭から富士山と枯滝を見ています。

    涼亭から富士山と枯滝を見ています。

  • 武州三波青石です。

    武州三波青石です。

  • 花菖蒲田です。<br />この時期、約350株の花菖蒲が見頃を迎えてます。6/3(土)~6/16(金)には、「花菖蒲と遊ぶ」と題したイベントが開催されています。花菖蒲特別ガイドや庭園ガイド、写真パネル展示、俳句の募集、お休み処&カフェコーナーの開設などがあります。

    花菖蒲田です。
    この時期、約350株の花菖蒲が見頃を迎えてます。6/3(土)~6/16(金)には、「花菖蒲と遊ぶ」と題したイベントが開催されています。花菖蒲特別ガイドや庭園ガイド、写真パネル展示、俳句の募集、お休み処&カフェコーナーの開設などがあります。

  • 花菖蒲が咲き始めています。

    花菖蒲が咲き始めています。

  • 花菖蒲です。

    花菖蒲です。

  • 花菖蒲です。

    花菖蒲です。

  • 花菖蒲田です。

    花菖蒲田です。

  • 花菖蒲です。

    花菖蒲です。

  • 松尾芭蕉の「古池の句」碑です。<br />「古池や かわづ飛び込む 水の音」、松尾芭蕉の最も有名な句が刻まれた石碑です。この句は、貞享3年(1685年)の春に、当庭園近くの深川芭蕉庵で詠まれたものです。元々は、深川芭蕉庵跡に建立されていました。

    松尾芭蕉の「古池の句」碑です。
    「古池や かわづ飛び込む 水の音」、松尾芭蕉の最も有名な句が刻まれた石碑です。この句は、貞享3年(1685年)の春に、当庭園近くの深川芭蕉庵で詠まれたものです。元々は、深川芭蕉庵跡に建立されていました。

  • 菖蒲田前の自由広場です。

    菖蒲田前の自由広場です。

  • 清澄園記です。<br />大正13年(1924年)に、岩崎家から東京市に公園として寄付されたことが書かれています。

    清澄園記です。
    大正13年(1924年)に、岩崎家から東京市に公園として寄付されたことが書かれています。

  • 傘亭跡に向かう散策路です。

    傘亭跡に向かう散策路です。

  • 磯渡りです。

    磯渡りです。

  • 傘亭跡です。

    傘亭跡です。

  • 傘亭跡から松島を見ています。

    傘亭跡から松島を見ています。

  • 手すりが付いた「飛び石の橋」です。

    手すりが付いた「飛び石の橋」です。

  • 松島の雪見灯篭を見ています。

    松島の雪見灯篭を見ています。

  • 紀州青石の石組みです。

    紀州青石の石組みです。

  • 讃岐御影石の山灯篭です。

    讃岐御影石の山灯篭です。

  • 石橋(長瀞峡西橋)です。

    石橋(長瀞峡西橋)です。

  • 長瀞峡です。<br />清澄庭園で最も力強い光景が広がっています。右端の石は高さ4mあると言います。

    長瀞峡です。
    清澄庭園で最も力強い光景が広がっています。右端の石は高さ4mあると言います。

  • 大磯渡りに繋がる石橋(長瀞峡東橋)です。

    大磯渡りに繋がる石橋(長瀞峡東橋)です。

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